前半は平穏
翌日の日の出の頃、ジェーンは南の大門の前にいた。
ギグルシュカの街には北と南にしか大門がない。
街道が南北に街の真ん中を通っており、それを中心に物資が動いているからである。
東と西の方はあまり人の手が入っておらず、門も通用門くらいしかなかった。
「おはようございます。ジェーンさん。」
「おはようさん。相変わらず早ええなあ。」
「年寄りは朝に強いんだよ。それより、こんな朝早く出るなんて、どこまで行く気なんだい?」
「ずっと南のオーレンカの街さ。あの辺は今薬が不足してんのさ。」
「どっかのバカが取りつくしちまったのかい?」
「まあな。南の方は森が使いもんにはならねえってよ。」
顔見知りの3人は朝の挨拶と世間話をしながらもテキパキと馬車に乗りこんでいく。
薬屋ホロがいかつい身体を御者台に乗せると出発となった。
急な依頼であったため、ジェーンは今日の詳しい行き道をホロから聞いた。
昨日オーレンから依頼を受けた後は黄色草を煎じて届け、その後は「一泊は野宿することになる。」と聞いていたため、その準備までしか出来なかったのだ。
ある程度は聞いているものの、普段なら、近くの酒場や薬屋で情報を手に入れて、詳しい打ち合わせをしたうえで準備に取り掛かるくらいである。
情報は少しでも欲しかった。
「オーレンカの手前でキリクの村とベッカの村を通って、近くの村をちいっと回る。あやしいのはここだな。周りの村と離れてるし、森を通らなきゃいけねえ。」
「うーん。まあ、普通ならそうなんだけどねえ。」
「今回の盗賊には不向きですよね。」
後ろの荷台から顔を出したイージスが話に加わってくる。
彼もギルド長から今回の盗賊の話を聞いている。
移動の魔法は移動させる対象物は少なければ少ないほど魔力消費が少なくてすむ。
そのため、森の中などで使うには不向きであった。
「いや。それがよお?森や林の中でぽっかり穴が開いたみてえに空間ができてるって話もあってよ?」
「バカがいたってことかい。」
「もしくは大魔法使いさまがいたってことですね。」
「バカの方であってほしいねえ。」
「まったくだな。」
「同感です。」
対極的な可能性を浮かべて、どうかやっかいな方でないようにと3人は祈った。
そして、ホロの予想通りなのか、前半の見晴らしのいい街道では襲われることはなく、野宿の時も警戒はしたものの何も起こらなかった。
翌朝、一行は南のキリクの村へと到着した。