アルタイトの隠し玉
「コホン。よくいらして下さいました。皆さんどうぞ席について下さい。まずはお茶でも用意しましょう。」
しびれを切らした王がオーレンに抱き着こうとするのを、宰相が遮り立ち上がって茶器に手を伸ばす。
昔は王のお忍びの付添いで侍従のようなこともしていたから、高い身分にも関わらず、彼は一通りのことが出来る。
「いえ、それなら、私が淹れましょう。」
「お気遣いなく。いつものことですし、招待したのはこちらですから。」
「そうだな。こやつのいれる茶は美味い。」
「そうですか。では、お言葉に甘えます。」
身分と女性であることを考えてジェーンが手を挙げたが、宰相にきっぱり断られてしまった。
昔から、王とお忍びで出かける際は、彼が口に入れる物を用意していた。
万一のことを考えてだと思うが、今回の場合は習慣の問題のようだった。
オーレンもジェーンも王たちと付き合いは長いので、そこで引き下がる。
とりあえず、防音は施して、いつ本題に入っても良いようにする。
王の方でも魔法使いを用意してるかもしれないが、防音効果のある魔法は調整が案外難しく、長時間続けるにはコツがいるのだ。
ジェーンは経験の賜物で、完璧な防音を長い時間維持できるが、王城で働いている若手に同じだけの技量が望めるかはわからない。
「ふむ。あいかわらず見事だな。なら、早速だが本題に入るとするか。ビルケム侯爵、話は聞いているが、そなたの口からも事実を聞きたい。」
「はっ。我が息子がこちらにいるアルタイトにそそのかされ、我が領の森の薬草の大半をルッケン山の麓に転移させたようです。息子からも、アルタイトからも同じ証言が取れましたので、間違いはないと思われます。」
ビルケム侯爵の直球な過ぎる説明に、師匠のジェーンは呆れたが、王は厳しい表情ながらも満足気に頷いた。
侯爵の裏表のない真っ直ぐな気性を、この王は昔から気に入っている。
だが、薬草の大半をという部分には、眉を寄せていた。
それも当然で、薬草がなければ、モンスターへの対応も後手に回ることも多くなる。
そうなったら、街道の危険性は増し、港から王都へ直結する街道は使えなくなる。
それは国にとっては死活問題だった。
チラリとアルタイトを見ると、王と宰相を前に緊張と自分のしたことの重さで死にそうな顔色になっていた。
だが、事が事だ。これくらいは自業自得だと、ジェーンは思った。
「そうか。そなたの息子は確か我が息子の1つ下だったか、その年で転移を操るとはすごい才だな。だが、やってくれたことは重大だ…。アルタイト、だったか。」
「!!」
「その計画、誰に言われた?」
王に声をかけられて、アルタイトはもう蒼白だ。
だが、背筋を伸ばして、まっすぐ王を見つめている。もう腹は括っているということだろう。
「父に…ハンサム伯爵に言われて。森の薬草が、なくなれば、街道が使えなくなるから、何とかしろ、と。」
「それを証明するものは?」
「…。証明になるかわかりませんが、父がその時持っていた手紙がこれです。」
これにはジェーンもオーレンもギョッとした。
恐らく、ビルケム侯爵も驚いているだろう。
そんな手紙を隠し持っていたなんて、今まで一度も聞かなかった。
まさかの隠し玉に、室内の空気が凍りつく。




