薬屋での密談
極わずかに流した魔力で秘密のドアを開けると、中でホロが待っていた。
仕切りの向こうは店内で、薬草の匂い以外にジェシカお手製の薬草茶の香りが漂ってくる。
「こっちです。ドアを先に閉めて下さい。奥の部屋へどうぞ。」
ホロの案内で奥の部屋へと向かう。
奥は普段は調合に使われる部屋だが、場合によってはけが人が運ばれたりもするのでベッドに小型のイスも幾つかあって、座って話すのに問題はない。
部屋には薬草の匂いが染みついていて、アルタイトは顔をしかめていたが、ジェーンの弟子であった侯爵は懐かしそうな顔をしていた。
皆が揃った所で、ジェーンは音を遮断するために結界を張る。
「さて、もう話してくれていいよ。外に声は漏れないから。」
「いつの間に。助かる。」
「いつみても、先生の技はお見事です。」
ジェーンが声を出していいと言うと、ホロと侯爵が感嘆のため息を吐き出す。
発動の速さとそれを気取らせない自然な魔法の発動は、ジェーンの熟練の技の賜物であった。
それまで不満たらたらだったアルタイトも、ジェーンの技に目を丸くしている。
行きは自分の恰好と粗末な馬車に押し込められたことに意識が向いて気がつかなかったようだが、落ち着いて見たジェーンの魔法は無駄のない美しいものだった。
「あ?ジェーンの魔法なら何回か見てるだろ?」
「余裕が無かったんだろう。やっと落ち着いたかな?」
「っ。え、あ、はい。」
呆然としているアルタイトは、呆れたようなホロと理解している侯爵の苦笑を聞いて、ハッとしたように姿勢を正す。
ようやく話が出来る状態になったところで、ジェーンはこれからのことを切り出した。
「さて、これからだけどね。馬車を借りて、ギルドの納品のフリをしていくよ。先に知らせは出してあるから、準備してくれてるだろう。」
「私たちは先程のように隠れていればいいですか?」
「そうだねえ。基本は隠れてもらうけど、ここからは、髪の色も変えた方がいいね。王都の門をくぐる時には結界もさすがに効かないから、見つかった時に面倒だ。」
あまり知られていないことだが、王都を守る城壁の門には魔法無効化の細工がされている。
古の技術をそのまま活用しているらしいが、それが王都の守りの1つになっていた。
アルタイトを証人として引き渡すには、まずはそれを通り抜け、侯爵の王都の屋敷まで無事に辿り着かなければならない。
そのためには、侯爵の金髪は隠す必要があり、手入れの行き届いたアルタイトの黒髪も布で隠しておく必要があった。
美しい髪は貴族の必須。見ればすぐにわかってしまう。
魔法での対策とそれ以外の対策、双方を十分に考えておく必要があった。
それから暗くなるまでジェーン達は対策を話しあい、翌日の早朝には街を出発した。
ギルドの荷馬車には、御者席にジェーンと若い男の姿があったが、その男の茶髪は朝日を受けて輝いて見えたという。




