襲撃者
妙に静かな夜だった。
あれから自警団の詰め所の前の広場に場所を移して、今はアルタイトとジェーンにオーレンだけだ。
ホロとイージスは数の多い盗賊達の方を見てもらっている。
あちらも無事だとは言いきれないからだ。
まあ、そうならないように目立つ場所でわざわざ待ち構えているのだが。
村にはすでにオーレンが防火の魔法を張っていた。
炎による攪乱は最も避けなくてはいけない事態だ。
善良な村人を巻き込むわけにはいかない。
「静かだね。」
「ああ。いやだねえ。」
さっきから虫の声が1匹も聞こえない。
こんな状況をオーレンもジェーンも良く知っていた。
何かが潜んでいるのだ。
それも魔法を使える者が近くにいる。
魔力は抑えても身体から漏れだすものだ。
それに中てられるからか、近くに来ると虫も動物も静かになる。
それを防ぐ方法もあるのだが、相手はそこまで知らなかったようだ。
いや、相手が死ぬなら必要なかったのかもしれない。
シュッカキンッ
暗闇の中を何かが来る。
細い三日月の夜ではそれが何かはわからないものの、オーレンはそれを素早く杖で叩き落とした。
オーレンの杖はミスリル製で、棒術にも使うのでとても長い。
手に入れた経路はタダ同然だったが、いくら丈夫でもミスリルの価値を考えると未だにもったいないとジェーンが思ってしまう逸品だ。
シュシュシュッバチュッ
叩き落とされたのが見えなかったのか、懲りずに攻撃が加えられるのを、オーレンが今度は水球でくるんで威力を殺してしまう。
魔法で作り出す水球は絶えず高速で回転しているためこんな小技が使えるのだが、相手は知らなかったらしくほんの僅かに動揺したようだった。それも気配のみだったが。
かさりっ
草のかすかな音と共に黒い影が複数出現する。
夜の闇に溶け込んではっきりとした視認は難しいが、「いる」と言うのがわかっただけで十分だ。
彼らの獲物であるアルタイトはジェーンの腰の下だ。
押さえつけるのとイス代わりと一人二役である。
お互い様子を伺うものの、見た目には変化はない。
一人、簀巻きにされたアルタイトが逃げようとうごめいているくらいだ。ジェーンが杖で軽く突くと大人しくなったが。
狙いがこちらに向いてる以上、こっちからはへたに動かないのが鉄則だ。
後ろにはキリク村、傍には自警団の詰め所がある。
村人たちには奥に避難してもらってるし、防火の魔法を施してはあるものの、何かあってからでは遅いのだ。
相手の戦力がわからなかったので、罠をしかける訳にもいかない。
連中の背後にある森だって、村にとっては薪という生活の糧になる資源だ。
それを火炎球や水球で台無しにするようなことは出来なかった。
こちらが仕掛けないと見るや、影たちは動揺などなかったかのように、すぐにこちらに向かってくる。
ここまでのやり取りはほんの数瞬のことだった。相手はすべてオーレンがしている。
影たちは決して弱くなかったが、オーレンの暗殺者に対する場数の多さが上であった。
オーレンはその容姿から貴族のご令嬢の警護を仰せつかることも多く、令嬢になりすまして襲撃者とやり合ったことも10や20ではない。
中には、人の影から影に移っていく者もいて、非常にやりにくい思いをしたこともあった。
それに比べたら、今回の襲撃者はとてもまともな手順を踏んでいた。
ゴスッガキンッ
向かってきた襲撃者のうち数人がオーレンの棒で弾かれ、蹴りで叩きのめされる。
残りは目当てのアルタイトに掛かってきたが、ジェーンの結界に武器をはじかれた。
ジェーンの結界は範囲が狭ければ狭いほど強度が増すという特徴があり、今は自分とアルタイトの周りにしか張っていなかった。
これくらいの範囲なら、鋼鉄製の壁と同じ強度があり、そうと知らず思いっきり振り上げられた敵の武器ははじき飛んだのだ。
「何っがっ。」
思わずと言ったようにつぶやく影。
それを言い終わらないうちにオーレンによって叩きのめされる。
残った影は2つ。
この二つは先頭の影の武器が弾かれるや距離を取った連中である。