黒幕の正体
「もごおおっ。」
アルタイトが叫ぶが魔法封じの猿ぐつわで言葉になってはいない。
「そんなことは無いっ。」とでも言いたいんだろうが、ぐるぐる巻きの恰好と相まって非常に間抜けに見えた。
そんな芋虫アルタイトを杖で突きつつ、ジェーンが肩をすくめて言葉を重ねる。
「何言ってるかわからないよ。ただ、あんたが消されるのは決定さね。これだけ派手にやらかしたんだ。どう転んでも無事じゃいられないよ。」
すると、アルタイトは「ふごっ。」とうめいた。
「ふん。」とでも言いたかったのかもしれないが、やはりぐるぐる巻きの…以下略。
そんなアルタイトの姿にジェーンは深々とため息をつく。
この若者は何もわかっていないのだ。
「ジェーン。そいつの調べは俺らでやろうか?疲れんだろ?」
ホロがジェーンのため息を聞きつけて、優しい言葉をかけてくれる。
脳筋で知られたホロだが、奥さんをもらってからは気遣いが出来るようになったのだ。
「ありがとう。ホロ。だけど、こいつは魔法使いだ。ここには本職の魔法使いはあたしだけだろう?本部から人が来るまではいるさ。」
「そうかあ?無理すんなよ?」
「ジェーンさん。それならイスをどうぞ。立ったままはお辛いでしょう?」
ふたりのやり取りを聞いていたイージスがジェーンに椅子を差し出す。
こちらはもともと気遣いの出来る冒険者として有名だ。
「ああ。それは助かるね。ありがとさん。そこ置いとくれ。よっこらしょっと。…さて、この坊やはどうしたもんかね。」
「あー。こいつなあ。わかってなさそうだもんな。」
「…ですよねえ。」
侯爵子息の話を聞いただけでも、裏の業者の闇討ちに金品の強奪、さらに森を意図的に壊滅させている。
盗賊団のアジトに行ってきたホロ達の話によれば、金品はもとより明らかに奴隷用のオリもあったそうだ。
奴隷商はビルケム侯爵領では禁じられているが、国としては認めているれっきとした職業だ。
奴隷の売買には免許が必要で、奴隷の来歴は明確にしておかないといけないことになっている。
もちろん、裏取引もあるが、それだって勝手はできないことになっている。
仲間を殺した上、荷をうばって商売にしたと知られたら、さばきを受ける前に消されるのは確実だろう。
それに加えて、アルタイトのこの態度。
黒幕がいると言わんばかりだ。自分だけは無事に助けてもらえるとでも思っているのだろうか?
「あんたの後ろ盾は助けに来ないよ。来るなら殺しに来るさね。ハンサム伯爵だっけ?」
「っっ。」
「…そんな馬鹿なって顔ですね。」
ジェーンの一言にアルタイトは目を見開き、隠し事も出来ない相手にイージスは呆れかえっていた。
ジェーンは後ろ盾なんて知らずにカマをかけたのだが、もちろん顔には出さない。
ちょっと考えれば、黒幕がいるのは予想出来た。
面倒だから当って欲しくはなかったが。
今回の騒動で、盗賊の真似事も森を壊滅させたことも、ビルケム領にとっては大打撃になった。
先に襲われた奴隷商たちは港の高い利用料もきちんと払ってくれただろうし、ついでに他所で高く売るための物品もよく買ってくれただろう。
だが、今はもう別のルートに移ってるだろうし、しばらくは戻ってこないだろう。
そして、森は言わずもがなの薬草で、これから10年は他の領地から買わなくてはいけないのは確定だ。
しかも、それをやらかしたのが侯爵の子息ときた。
ビルケム侯爵家はこの先苦しい立場になるだろう。
しかし、話はこれだけで終わらない。
醜聞だけなら、子息を暴れさせるだけで良かった。簡単だし、足が着かない。
だが、アルタイトが子息にさせたことは、かなり具体的にビルケム領を追い込む方法だ。
一介の魔法使いがやるにしては大げさ過ぎる上に、本人のこの余裕。
一番考えられるのは、隣の領地からの乗っ取りで、そいつが後ろ盾になっているということだ。
ビルケム領は南は海、北は王都直轄地で、東西を他の領地に挟まれている。
そして、ビルケム領の西の領地であるハンサム伯爵領は、その昔、森が通行不可だった時に迂回ルートとして使われていた。
今では廃れたその道は、子息が転移で物を飛ばしたというルッケン山の麓の北端にあった。
子息の話を聞いた時に、ジェーンは昔港から王都まで行ったルートを思い出したのである。




