面倒な予感
その後、村長宅兼薬屋に行き、帰ってきていたボーンとラシュカの兄妹の盛大な出迎えを受けると、ジェーンは奥に通された。
どうやらいろいろと話があるようだ。
「先生。いいとこに来て下さいました。ここらも物騒になってしまって。」
「盗賊が出るんだってね?」
「そうなんです。そのせいで、薬の材料が入らなくなっちゃって。あのバカ息子のせいで森は全滅だし。」
「バカ息子?」
「こらっ。ラシュカっ。なんてこと言うんだっ。」
「だって、ホントのことじゃないっ。皆言ってるわ。領主の息子はバカ息子だって。あいつのせいで、薬草はほとんど手に入らなくなったっ。」
なんと、バカ息子とは領主の息子のことだったらしい。
森の薬草が全滅というのは来る途中にホロから聞いたが、それが領主の息子が原因とは誰も知らなかった。
それもそのはずで、相手が領主の息子となれば、おいそれとウワサも出来ない。
下手をすれば捕まるだろう。
「ここらの領主っていうと…。」
「ビルケム侯爵さまですね。」
「ありがとイージス。そうかビルケム侯爵…。領地が広がったんだっけね。」
ジェーンは自分の知識を掘り起こしていた。
ビルケム侯爵といえば王都の南に領地を持つ有力貴族だ。
ジェーン達が通ってきた街道は南に行くと港に突き当たる。
その港街を領都とし、代々交易で栄えている領地であった。
ジェーンがビルケム侯爵領で思い出すのは、アルフレッド=ビルケムの代に港から王都までの街道を整備して、海からの物資の輸送を各段に早くしたことだ。
その功績により、ビルケム侯爵家はギグルシュカの少し南側にある森を含めた一帯を下賜された。
「せっかくもらった森を台無しにしたのかい…。」
「ええ。どうも、その御子息が転移の魔法に長けてるお方らしくて…。」
「転移?」
「そうなんです。珍しい魔法なんですよね?レベッカに聞きました。御子息は鍛錬を熱心になさってるそうなんですが、それをどうも森でなさってるようなんです。最近、森の中にぽっかり広場みたいに木が無くなってる場所があちこちに出来てて、木こりが身分の高そうな方が何かやったと思ったら、木がごっそり無くなってたって言っていたので恐らく…。」
「他にもあちこちで魔法を試しては、焼き払ったり、氷漬けにしたりしてて…。」
「…別件ですかね?」
「これだけじゃまだ何とも言えないね。現場を見に行かないことには。」
ボーンとラシュカの話にイージスとジェーンは眉をひそめた。
本当だとしたらロクでもないバカ息子だ。
それに腕試しのようにあちこちで魔法を使っているのが気になった。
イージスは領主の息子とあって盗賊とは別件と思ったようだが、ジェーンには心当たりがあった。
現在の領主であるブライアン=ビルケムの若い頃とそっくりなのだ。
ブライアンは思い込みが激しく、猪突猛進な所がある若者だった。
それも有効に使えば精力的に仕事に取り組める良い領主になれるのだろうが、ブライアンは一度思い込むと人の話を聞かなかった。
冒険者気取りで、悪者退治と称して魔法を無作為に使いまくっていた。
しかも、たちの良くない冒険者に言いくるめられていいように使われていたのだ。
それをジェーン達のパーティーは父親のアルフレッド=ビルケムに「バカ息子に現実を見せてやってくれ」と頼まれて、遠慮なく吹き飛ばして根性を叩き直した。
今回の話は当時のそれと状況が良く似ている気がした。
ジェーンはすぐにオーレンに連絡を取って、もしもの時の対処を頼んでおこうと決める。
「面倒なことになりそうだね。」
ため息と共にいえば、その場の全員が同意した。