ギルドの日常
キイィィ
木のドアを押して小柄な老婆が入ってくる。
中は右手奥にカウンター、手前の壁に掲示板、そして左側にはいくつかのテーブルと昼間から酔っぱらっている馬鹿たちがいた。
ここは冒険者ギルドと呼ばれる場所。
様々な依頼を受け、冒険者と呼ばれる者達がそれを引き受ける。
老婆のくるようなところでは決してないが、中にいた者たちは老婆の姿を見るとすぐに興味を失った。
カウンターの中にいた猫耳の黒髪ボブの女性は老婆に気付くと笑顔になる。
「ジェーンさん。お帰りなさい。お早いですね。」
「ただいま。パティ。運よく巣を見つけてね。おかげで早く帰ってこれたよ。」
「良かったですね。はい。グレートテンの依頼完了ですね。少々お待ち下さい。」
そう言って首から下げたカードを差し出すと、ジェーンと呼ばれた老婆はカバンから何かの牙を取り出した。
パティと呼ばれた女性はカードを備え付けの水晶にかざした後、牙を確認してトレーに乗せて奥に運んでいった。
「はい。ジェーンさん。グレートテンの牙4つ、確かに確認しました。こちらが買い取り額になります。お確かめ下さい。」
ジェーンはしわだらけの手で銀貨1枚と銅貨3枚を確かめ、財布代わりの布袋に入れる。
そして、財布を上着にしまうフリをしながらアイテムボックス(小)にしまった。
「たしかに。それじゃ。」
「お気をつけて。」
しわがれた声でいつものやり取りをすませ、宿に帰ろうとした。
すると、視界に影が落ちた。
ゆっくりと見上げると、大きな図体の品のない男が3人、ジェーンの前に立ちはだかっている。
ジェーンはまたかとため息をついて、慣れた様子でいつものやりとりをする。
「何だい?私は帰るんだよ。そこをどいとくれ。」
「よお。婆さん。帰る前に駄賃くれよ。どうせ、どっかのパーティーのおこぼれ貰ったんだろう?」
ぎゃははと下品な笑いがギルドの中に響く。
騒音に酒場からは剣呑な視線が向けられるが、相手がジェーンと知るとまた飲み直し始めた。
ジェーンは65という年齢と小柄な体格が合わさって、よくこういう輩に絡まれる。
だが、絡んでくるのは他所から来たごろつき紛いの者だけ。
まともな冒険者なら、ジェーンのウワサくらい耳に入れたことがあるからだ。
そして、その意味を悟ったなら喧嘩を売ろうとは思わない。
「失礼な小僧だね。私はCランクの冒険者だよ。上の者には敬意を払うもんだ。」
「ああ?婆さんが?そりゃ昔の話だろ?いいから、さっきの金寄越せよ。俺らが使ってやるからよ。」
ジェーンの言葉を鼻で笑いつつ、真ん中に立っていた男がジェーンに手を伸ばす。
その寸前、クルリと一回転して男はこけた。
「ぎゃあっ。」
「兄貴っ。このっ。ぎゃあっ。」
「ぎえっ。」
真ん中の男がこけると他の二人も次々にこける。
しかも、立ち上がろうとしてもまたこけるのだ。
しばらく男たちのつぶれた悲鳴が続いたが、3人とも気を失ってしまった。
それを見ていた酒場の連中が大笑いする。
「おし。今回は5回か。俺の勝ちだな。」
「ちっ。根性ねえ奴らだ。」
「まあ、ジェーン婆さん知らねえ時点でそんなもんだろ。」
どうやら賭けをしていたようだが、これもいつものことだった。
カウンターにいたパティもニコニコとしている。
「あんた達。見物してたんなら、このゴミをどけとくれ。見物料だよ。」
「ほいよ。」
「やれやれ。入口塞いじまってるじゃねえか。」
「うわっ。汚ねえ。こいつら。」
ジェーンがそう言うと、慣れたように酒場の男たちが気絶したごろつきを外に放り投げた。
通りを行く通行人も慣れたようにごろつきを避けていく。
「ほいじゃ。ジェーン気を付けてな。」
「ああ。あんたらも程ほどにしなよ。」
「がっはっはっ。まだまだこれからだ。」
「じゃあな。」
男たちに手を振って、ジェーンは宿に向かって歩き始める。
しっかりした足取りで迷うこともなく進んでいくジェーンを男たちはしばらく眺めていた。
「いやあ。相変わらず元気だよな。」
「グレートテン4つだろ?さすがベテラン。」
「『延命の冒険者』は今日も生き残るか。」
「よそ者が結構来てるみたいだし、しばらく続きそうだな。」
「おっ。賭けるか?」
「いいぜっ。」
「気が早ええよっ。ジェーンは帰ったっつーのっ。」
男たちはげらげら笑って、このギルドの名物冒険者を肴にしようと中に戻っていく。
数ある冒険者の中でもこれだけ目立つ冒険者もいないだろう。
ジェーンは冒険者史上「最年長」の現役冒険者だった。