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戒縛の王と 森の妖精

2 獅子王さまの側近の毎日は、疲れる事だらけです。

作者: にくきぅ

常用漢字ではない漢字の使用が多々あります。 僅かですが、当て字もあります。それ等は、誤字・脱字と共に、広い心で お赦しください。

また『話なげーよ、メンドクセェ』と感じた方も、不快をもよおす前に戻る事を お薦めします。


ラッケンガルド滞在 1日目になります。


___視点:国王側近-クランツ=バルトロメイ___



この国には、魔法使いがいる。

いや、魔法使いが『いる』と云うのは、語弊がある。

正確には、隣国の魔法使いが この国に来てくれている、と云ったところだ。

畏れ多い事に、その隣国は 大層な大国で、而も その魔法使いは、大国の王の従妹と云う お立場だ。

何故、やんごとなき ご身分の姫君が、こんな吹けば飛ぶ様な小国においでくださっているのか、は 考えるだけでつかれる。

思い出すだけでも 腹が立つやら、眩暈がするやら……まぁ、早いはなし 我が王のせいである。

昔から とんでもない事をする 我儘な人だと思っていたが、この件に関しては その域を超えた気がする。

執務に関しては 優秀であらせられるが、如何いかんせん、根が気儘で サボり屋で 腹黒で 冷徹で のほほんだ。

幼少からの環境のせいだろうが、結構な 二面性がある。

精神が不安定な訳ではなく、オンと オフの差が激しいのだ。

大国に囲まれ、つい数年前まで国の内情が傾いていた 我が国としては、国の内外の どちらにも、この事は隠し通さねばならない重要機密だ。

その為、年頃でありながら、陛下の縁談は ことごとく断ってきた。

おのれの娘や 身内を推薦してくる大臣達を警戒して、陛下-自身も 妃を迎える事には消極的だった。

だから と云う訳ではないが、陛下が 見た事もない美女を腕に抱き『妃に』と言い出した時には、一瞬 言葉を失った。

幾ら ご自身も魔法を使えると云っても、あの方は 魔法使いではない。

なのに、手を出す対象が エスファニア王国の魔法使いである〔幼き妖精ファニーナ〕と云うのは 勘弁して頂きたい。

……あぁ、思い出しただけで 気が遠くなる。

あの方は、この国を滅ぼす気だろうか?





少し前の事。

いつもの様に、執務室には 陛下の冷やかな声が響いていた。

20代になって数年だが、陛下は 実に優秀な お方だ。

判断も早いし 仕事も早い。

自分の好みが そうだからか、先代の時に乱れに乱れた国政を立て直す為か、何より 実用的な事を優先する。

役に立つ情報-しかり 役に立つ人物-しかり、執務にいての若き王は 無能な者達に容赦がない。

この日も、いつもの様に 臣下を叱責し、執務室から追い出していた。

隣室に控えていた私は、顔面蒼白で逃げ出す様に去って行く官吏達を 冷やかに見送って、溜息をついていた。

執務室と廊下の間にある部屋にいる私の手には、何枚かの重要書類がある。

今すぐにでも を通して頂きたい書類だ。

普段なら 颯爽と陛下の御前へ進み出て、不躾にも『とっととサインしてください』などと催促出来る私だが、今は避けたい。

こちらが不躾な態度を取れるだけあって、陛下は 私に対し 大変『気易い』方だ。

不機嫌なところ居併いあわせれば、間違いなく 八つ当たりをくらう。

出来れば、入りたくはない。

しかし、手にしているのは 重要書類だ。

持ち戻る事は出来ないし、先延ばしにも出来ない。

可能ならば、紙飛行機の様にして 執務室のデスクへ飛ばして逃げ去りたいが、そもそも 重要書類なだけに、妙な折り目を付ける事は躊躇ためらわれる。

悩む事 10数分。

たっぷりと時間を掛けて 覚悟を決めた私は、意を決して 執務室へ踏み込んだ。

「陛下ーーーー 」

私は、言葉を飲んだ。

陛下は、ソファに腰を掛け 愉しそうに微笑んでいる。

先に訂正しておくが、陛下が笑んでいたから硬直した訳ではない。

その笑みが黒かったからではない、断じて。

私が驚いたのは、我が王の腕に 異国の娘がいたからだ。

我が国は 単一民族で成り立ち、皆が黒髪だ。

異国との婚姻もある為、稀に 色素の薄い者もいるが、そう多くはなく 漆黒ではないと云った程度だ。

陛下の腕にいる娘の様に 銀の髪をする者は、この国には有り得ない。

「なあっ⁈ へっ、い、こっ⁈ どどどど、どう⁉︎ いっ、だ⁈」

驚きすぎると 喋れなくなるのだと、初めて知った。

私の『陛下、一体これは どう云う事だ』とか『いつの間に連れ込んだのか』とか『何処の誰なのか』などの疑問は、一切 声にならなかった。

「大きな声を出すな。おびえるではないか」

陛下は、黒さの滲む笑みをたたえて 忠告してきた。

こちらとしては、反論しようにも 言葉が出ない状態だ。

従うまでもなく 絶句している、と云ったほうが正しかった。

……唐突だが、我が王は 見目麗しい。

眉目秀麗にして 文武両道、かの内乱の時には みずから兵を率いて戦場を駆けた英雄でもある。

黙って微笑んでいれば、娘達が放ってはおかない容姿をしている。

実際は、恋慕をいだいていても 陛下に近寄る娘は少ない。

うとましい者に優しく接する様な方ではないし、そう云った者に近付かれる事を好まない方だ。

娘達が ふところに入ろうと近付いた瞬間、二度と近寄れない程の恐怖を味わわせるからだ。

そんな訳で、若き王の腕に女性がいると云う状況は 私を混乱させるには覿面てきめんだった。

それが、このラッケンガルド王国の国民ではない女性ともなれば 混乱は当然だろう。


《 人攫いでもしてきたんですか⁈ 》


この 不敬としか云い様のない声は、有り難い事に 心の中に留めておく事が出来た。

処罰される事はないだろうが、今は めたほうが良い。

私だって、空気は読める。

尤も、空気を読んで黙った訳ではなかったが。

……などと言っている場合ではない。

此処-執務室は、王宮の中央にある。

当然、王宮には そう簡単に出入り出来ないし、異国の商人を招いた憶えはないから 異国の娘が王宮にいる理由が判らない。

真っ先に思い付いたのは、誰かの手引きで紛れ込んだ可能性だが、大臣達の身内に 異国の者はいない。

王に取り入ろうとしていても、自分の娘などの前に 異国の娘を差し出す理由が薄い。

点数稼ぎにしても、余り良い方法とは思えない。

「愛らしい小鳥が来たものだ」

私の考えが顔に出ていたのか、陛下は 喉の奥で笑いながら そう呟いた。

『愛らしい小鳥』は 銀髪の女性の事を示すとして、次の言葉は 頂けない。

迷い込める程、王宮の警備は緩くない。

忍び込める程、王宮の警備はあまくない。

比喩的な言葉だとしても、ものの10数分で 執務室へ入り込む方法はない。

何せ、官吏達が去る前から 私は執務室の隣にいたのだから。

疑問が頭の中で ぐるぐると回っている私を他所に、陛下は 大事そうに銀髪の娘を抱き締めていた。

「お願いで す、お放し くださ…… 」

陛下の膝の上にかかえられ、長い銀髪ごと 背に両腕を回されている女性は、繊細かぼそい声で懇願した。

語尾が消え入った声は、震えていた。

完全に怖がられている。

流石は 我が王。


《 そんな穏やかな表情をしていても怖がられるとか、その容姿で有り得ませんね。》


そう言ってやりたかったが、まだ 声は出なかった。

「放せば、逃げるのだろう?」

「そ、それは…… 」

意地の悪い笑みで問い掛けられ、娘は 口籠もった。

答えなかったが、肯定はあきらかだろう。

「では、放す訳にはゆかぬな」

「もう、お赦しくだ さ ぃ、どうか…… 」

「駄目だ」

この言葉に、娘は 微かに硬直した。

「そなたは、この腕に囚われておれば良い」

「そ、の 様な…… 」

逃げ出したい、と銀髪におおわれた背が語っていた事に、私は ようやく気が付いた。

これに対し 何処の魔王ですか、と言ってやりたくなるくらい 陛下は愉しそうだった。

良く見れば、娘は 懸命に陛下の腕から抜け出そうと 腕に力を入れ、細い身を捩ろうとしている。

可哀想だが あの人-相手では 叶わない事だろう、と ぼんやりと考えていると、娘が こちらを見た。

「っーーー 」

この時 初めて、私は 異国の娘の顔を見た。

僅かに身を捩った彼女は、何とか 顔だけを巡らせて、執務室の入口にいた私を見たのだ。

長い艶やかな銀髪に 蒼い瞳、滑らかそうな白い肌。

その どれもが、この国の国民ではないと示している。

そして、何よりも、大変 うつくしかった。

どう表現したら良いのか、正直 判らない。


《『絶世の美女』? それで、足りるだろうか……。》


そう思う程の美女だったのだ。

この国にも美人は多いが、彼女達とは 一線を画す。

同一線上にあると思ってはいけない、そう云った美貌だった。

凝然としている私を ひたと見て、うつくしい娘が言葉を紡いだ。

「おたすけ くださ ぃ」

大きな声ではない、強い口調でもない。

繊細かぼそく、切れ切れな願いだった。

しかし、私の止まっていた思考を活動させるには 充分だった様だ。


《 どう見ても、この状況は 王が美女を襲っているものだ。》

《 何処も誰とも知れないが、たすけを求められたなら たすけるのが筋だ。》


使命感に近い感情が湧いた。

そして、王をいさめるべく 一歩を踏み出そうとした。

「邪魔をする気か?」

こちらへ向けられた眼光は、まさしく〔獅子王〕のモノだった。

私は、思わず震え上がる。

はっきり言おう、私は 王に対して気易い態度をとる 数-すくない臣下の1人だ。

友人の様にたしなめる事もあるし、時には 横柄な態度をとる事もある。

そんな私でも、戦場の夜叉と呼ばれた〔獅子王〕は 恐ろしい。

背筋に冷たいモノが流れるのが判る。

あのを向けられ あの声を掛けられると、逃げ出したくなる。

尤も、逃げようにも いつも足が動かないのだが。

しかし、この日の私は違った。

「で、ですが、いやがっている様にしか見えませんよ」

びくびくとしながらも、そう進言する事が出来たのだ。

奇蹟である、どう云う事なのだろうか。

先程 湧き上がった使命感は 恐怖の前になりひそめたが、消えてしまった訳ではない。

何とか 機嫌を損ねない様に、更なる進言を試みる。

「う、うつくしい娘御 を、無理矢理な ど、と…… 」

言葉を詰まらせているが、何とか銀髪の美女をたすけようと努力する。

内心は、ガクブル状態だったが。

そんな私を 静かに見た後、陛下は おのれの腕の中で 頬を赤らめ ふるふると震えている美女を、肉食獣の様なで見詰めた。

「 ーーーーこれは、アシュリーの力か?」

返答はなかったが、否定もされなかった。

「ふむ」

我が王は、やおら真剣な表情になった。

こう云う時は、大体 良くない事を考えている。

「そなたに、決めた」

「は?」

変な声を出した私を他所に、陛下は にやりと笑んだ。

「我が妃に相応しい」

「なあーーーーっ⁈」

私は、顎が外れんばかりに驚いた。

「陛下ーーーーっ⁉︎」

「後宮管理人が喜ぶな」

確かに ダェル老師は『仕事きさき寄越めとれせ』と文句を言っていたし、後宮に 初めて迎える女性が こんな美女なら大層 喜ぶだろう。

だが、今は どうでも良い。

「この娘ならば〔獅子王〕の妃に相応しいぞ?」

「た、確かに 大変 おうつくしい」

思わず賛辞を呟いてから、気を取り直す。

我が王の腕の中にある娘は、天使を想わせるうつくしさと 清らかさだ。

赤くなって震えているだけでも溢れてくる気品も相俟あいまって、何処かの姫の様である。

玉座でならてば、これ程 似合いの2人もいないだろう、とも思う。

だが、それと これとは別問題だ。

「今 そんな事をすれば、反発も起きますよ」

「大臣達か」

常日頃から 身内を後宮へ入れようと 躍起になっているのだ。

唐突に 妃が現れれば、善からぬ事を企む者達も現れる。

この場合、狙われるのは陛下ではなく その妃となる女性ーーーつまりは、今以て 陛下の腕にとらわれている美女と云う事になるのだ。


《 おたすけしなければ!》


先程 掻き消された使命感が、再燃した。

勿論、愉しそうにしている陛下の邪魔をするなど、後々がおそろしくて堪らない。

今も膝が震え出しそうな状態だ。

それでも、この方をたすけるのは 今しかない。

誰かに見られたり 正式に発表された後では、逃がしてやる事も叶わない。

そう考えると、誰もいない今しかないのだ。

私は、勇気を振り絞って 一歩を踏み出そうとした。

その時だ。

「なーーーーっ⁈」

私の背後で、喫驚が零された。

陛下のが、私の背後へと向けられる。

振り返らなくても判る。

大臣だか 官吏だかが、執務室へ来たのだ。

タイミングの悪さに 舌打ちをしたい気分になりつつも、どうやって 背後の者の口止めをしようか と思案する。

しかし、すぐに 複数の足音がやって来る事に気が付いた。

「なっ⁈」

執務室と 隣室の境で足を止めた者達は、短く息を飲んだ様だ。

そろり と、私は 後ろを振り返った。

其処にいたのは、やはり 大臣達だった。

而も、10人以上いる大臣の中でも、名門でありながら 大して仕事の出来ないーーーつまりは、最悪な部類の権力者達だ。

おそらく、陛下に縁談を持ちかけようと、仕事も そこそこに、いそいそと やって来たのだろう。

これだけの人目に付いては、隠し立ても 誤魔化しも 言い訳も出来ないだろう。

1人なら兎も角、数人の大臣の口止めなど 不可能に近い。

それが、脳足りんの大臣達なら 尚更だ。


《 ああ、終わった。》


小さな絶望に包まれ すっかり遠いになっている私や、揃って 阿保あほの子の様に あんぐりと口を開けている大臣達の様子は、どれ程 面白かったろうか。

陛下は、喉の奥で 笑声を殺している。

「へっ、へっ、へっ」

最初に来た官吏の1人は、混乱の余り うまく声が出ないらしい。


《 判る、判りますよ。》

《 私も さっき、そんな状態でしたから。》

《 驚きすぎると、声って出ないですよね。》


同類憐愍どうるいれんびんとでも云おうか、何だか 生温い眼差しで 大臣達を見てしまった。

そんな私を他所に 大臣達の様子を愉しんでいるのか、若き王は 緩く笑んでいた。

「何が可笑しいのだ?」

笑っているのではない事くらい理解した上で、そんな事を言う。

基本、この方は 人が悪いのだ。

「なっ、そっ、ええぇええ⁈」

ようやく脳が活動し始めた 大臣達の喫驚は、当然の事だった。

これまで この王は、女っ気もなく 臣下からの『妃をめとれ』と云う話題に興味も示さなかった。

「だっ、だっ、だっ⁈」

相変わらず 言葉を失っている大臣達を見て、陛下は、にや と笑む。

「我が妃に、と 考えている」

意地の悪い、黒い笑みを浮かべているところを見るに、本当に愉しんでいる ご様子だ。

「なーーーーっ」

「陛下ーーーー⁈‼︎」

「騒々しい、おびえるではないか」

喫驚を叫んでいる大臣達に そう言っているが、陛下の腕の中の美女が震えているのは 大声のせいではない。


《 貴方が その腕を解けばいいだけです!》


この場に大臣達がいる事が 口惜くちおしい。

人目さえなければ、間違いなくツッコんでやるというのに。

尤も、陛下にとっては 織り込み済みだったのだろう。

狼狽うろたえる大臣達から こちらへ視線を向けて、口角を上げた。

そんな腹の立つ主君へ 苛立ちの浮いた顔を向けるのは、臣下として どうだろうかとも思うが、最早 それを気にしている場合でもない。

私は、泣きそうな顔をしている美女を見た。


《 申し訳ありません。私の力じゃ、もう どうにもなりません。》


数人とは云え、大臣達に存在を知られたのでは 隠し通す事は出来ない。

口止めが可能な程 賢い者達ではない事も、状況を悪くしている。

大して仕事も出来ない癖に 野心ばかりが強く、考えて行動をする事のすくない 残念な部類の大臣達だったのも 大変に宜しくない。


《 黙って仕事だけしていればいいものを。》


思い切り 険悪な表情で舌打ちをしなかった私を、今は 褒めてやりたいくらいだ。

忌々しく思いながら、大臣達を見る。

未だに混乱が解けないらしく、私の 不敬-極まりない視線に気付く者はない。

「わ、わわ われわれ々に、何の そそ相談も なく、と と 突然 そののの様な」

聴き取りづらい程 吃りながら、大臣の1人が 言葉を発した。

彼等にとっては、衝撃的な展開だった筈だ。

彼等の身内に どれ程 うつくしい娘がいようとも、決して 彼女に敵う者ではないだろう。

見栄えの良さだけで 後宮へ推薦しようとしていたとしたら、もう 絶望的である。


小喧こうるさい者達を黙らせるには 最適な方ですが……。》


私は、彼女が 心底 逃げたい、と思っているのが判る。

たすけを求められた あの時、今すぐにも帰りたい と、蒼い瞳が訴えてきた。

現在も、どうにかして 逃がしてやれないかを考えるが、中々 良案が浮かばない。

陛下は、特殊な能力をそなえておられる。

俗に 魔法とばれる力であり、専門的には『天賚てんらい』とばれるちからである。

これは 幼少期に覚醒したモノで、今では 幾つかのじゅつを使う事が可能だそうだ。

その能力の1っに『戒縛』と云うモノがある。

読んで字のごとく、戒め 縛る魔法だ。

陛下が『動くな』と言えば 身動きが出来なくなり『喋るな』と言えば 声を発する事が困難になる。

我々 魔力を持たない者達でも この程度には効くが、この力の本領は 魔法使い達に対して発せられる。

言霊だけで、魔法を封じる事さえ出来るのだ。

その加護の お陰で、このラッケンガルドには 魔法使いがいない。

国境の近辺で 魔法使いが暴れる事はあるが、国の中心へ現れ 迷惑を掛けられた事は、この10数年ない。

そんな力を持つ陛下だ。

彼女に対し『逃げるな』と言えば、たとえ 離れる機会があったとしても、彼女は 逃げようとする意思を折られてしまう。

勿論、未来永劫 効力が続く訳ではない。


《 だけど、陛下の事です。その点は、抜かりがないでしょう。》


我々-臣下には、それ程 強力な戒縛のちからを振るう事はないが、やろうと思えば 一切の身動きを戒める事すら可能なのだろう。

陛下の興味が失せるまで、逃亡は不可能だと思われる。

そして、私にも 彼女を逃がしてやれない理由が出来てしまった。


《 此処で いなくなられては、陛下は『花嫁に逃げられた王』になってしまわれる。》


いや、本心は『自業自得』だと思っているが、対外的には 非常に宜しくない。

一国の王が、而も〔獅子王〕と異名をとる お方が、正式な婚姻を前に 恋しい者に逃げられた、など 示しが付かなさすぎる。

後ろの大臣達は 単純に喜ぶだろうが、実力者の中には 陛下の脚を掬おうとする者達もいる。

隣国に対しても、油断は出来ない。

ラッケンガルドは、小国だ。

国土は 乾燥地が多く、国力も 強くはない。

妙な噂を立てられるだけで、何が起こるか判らないのだ。


《 だからこそ、縁談を断ってきたと云うのに、一体 何を考えておられるのか。》


げっそりとした気分で 陛下を見ると、相変わらず 愉しそうに微笑んでいた。

しばらく 人払いをしろ」

「な、っ」

「良いな?」

命令されれば、多少の口答えは出来ても 逆らう事は難しい。

従う道しかない様なモノだ。

一旦 この部屋を離れれば、こっそり戻ってくるなど 不可能に近い。

「 ーーーーっ、は、はい」

返事をしてしまえば従う道しかない事を、彼等は知らない。

陛下の魔法を知っているのは、極-わずかな者達だけなのだ。

「クランツは残れ」

大臣達に続いて 執務室を出ようとした私の背に、新たな命令が下りた。

私は足をめ、大臣達が 隣室から廊下へ出たのを確認した後、ソファを振り返った。

「何故、この様な…… 」

執務室の入口にいる私の耳に、繊細かぼそい声が届いた。

「このところ、見合いのはなしが多くてな」

この一言だけで、陛下の狙いが判ったのだろう。

「 ……わたしを使って、すべて お断りになるおつもりですか」

「暫く 協力する、な?」

「 ーーーー長く、陛下の おそばを、離れる訳には…… 」

異国の娘の言葉に 違和感が湧いたが、どう云う訳か 声が出ない。

「大した理由にはならぬな。エスファニアは、平和だろう? それに…… 」

「そなたは、断れる立場ではあるまい?」

「密入国 及び 王宮への不法侵入などは、これで 不問にす……と云う事でしょうか?」

「どうする?」

「 ………… 」

陛下の問いに、彼女は 沈黙した。

熟考しているのを邪魔したくはなかったが、こちらとしても もう黙っているのが限界だ。

「へ、陛下……?」

「ああ」

説明してほしい と促せば、陛下は 小首を傾げた。

「何からはなすか…… 」

陛下は、わずかに考え込んだ。

おそらく、長いはなしになるのだろう。

それは察しが付くし、今程の会話にも 大いに気になる単語があったのだが、この場合は 当初の疑問を打付ぶつけるべき、と 私は判断した。

「いろいろと お訊きしたい事はありますが、まずは『何故 この様な真似をなさったのか』を ご説明くださいますか?」

詰め寄りたい気持ちは堪える事が出来たが、温度の低い声が出てしまった。

たぶんだが、顔も 穏やかではないだろう。

「怖い顔だな」

やはり、そうだったらしい。

尤も、私が そうである事は、割と いつもの事である。

「茶化さないでください。今 こんな事をすれば どれだけの反発が出るか、判っておいででしょう?」

「大臣達か」

鼻で嗤う様に、陛下が にやと笑む。

この方の こう云った表情は見慣れているのだが、何度 見ても、背筋が ひやりとする。

それでも、慣れがある分 表面上は取り繕えるのだが。

「これまで 何度も お身内の娘達を薦めてきたと云うのに、何の前触れもなく…… 」

王が みずから選んだとしても、彼等は納得しない筈だ。

この片鱗は、先程の大臣達の口からも呟かれていた。

「誰とも知れない女性を お迎えすると云うのは…… 」

嫌味や いやがらせなら 未だしも、暗殺を考える者も出るだろう。

そうなれば、狙われるのは 陛下ではない。

王の腕の中で震えている美女の生命いのちが危ないのだ。

そう気付いて、私は 何とかならないものかと 思案を巡らせる。

「炙り出すには、丁度良かろう?」

あっけらかんと返された言葉に、思わず 飛び上がりそうになった。

「それでは、そちらの女性がっ」

危険に曝され、あまつさえ 殺されてしまうかもしれない。

そんな懸念を、陛下は 軽く笑い飛ばした。

「この姫は、その爪にも 牙にも掛からぬ」

一体 その自信は何処から出てくるのか、まずは 根拠を知りたいところだ。

「これは、私が選んだ姫だぞ?」

そんな事を訊いているんじゃない、根拠をはなせ、根拠を。

そう云う思いを込めて 睨むがごとを向けるが、陛下は にやりと笑っただけだった。

やはり、この人は、睨んだところで びくともしないのだ。

引き止めたのだから、自分からはなせばいいモノを。

「一体 誰なんですか? そもそも、何処から連れ込んだんです?」

この問いに、陛下は へらりと笑んだ。

あきらかに、今までとは違う笑顔だった。

「名前は、アシュリー。エスファニアでの呼称は、ファニーナ」

この時点で、私の意識は、私の思考は、ブチ飛んだらしい。

「エスファニアの〔森之妖精イリフィ〕だよ」

遠くに、陛下の声が聴こえた。


《 あ あ…… お わ っ た……。》


それ以上の説明は、もう 聴きたくなかった。





衝撃の瞬間から、どれ程の時間が経ったのか。

私の魂は 肉体に戻り、私の意識は ようやく稼働し始めた。

「確か、エスファニア王に 仕えているとか…… 」

「はい」

エスファニア王国は、我が国の北西にある 大国だ。

常に旱魃に悩まされるラッケンガルドとは違い、豊かな国だ。

其処には〔森之妖精イリフィ〕の異名をとる魔法使いがいて、国を護っていると言われている。

恵みを司る能力をそなえている と云う噂で、彼女がいるだけで あらゆる恵みが約束されるらしい。

広い国土の半分が高地であるエスファニアが、常に豊かであるのも〔森之妖精(イリフィ)〕のちからるとされている。

だからこそ、かの魔法使いは、魔法使いでありながら 王に仕えているのだと噂されていた。

その本人が、眼の前にいるのだ。

「美人だよね〜」

陛下は、うつくしい姫君を腕に、すっかり ふにゃふにゃな口調になっているが、今の私には それに構っている余裕などない。

陛下が〔獅子王〕ではなくなっていても、ツッコミを入れる気にもならない。

「何故〔森之妖精イリフィ〕が、こんな小さな国に⁈」

エスファニアの魔法使いは、相当の魔力を持つと聴く。

彼女-独りでも、こんな小さな国くらい 吹き飛ばす事が可能なのかもしれない。

「まだ 決まった事ではありませんが、我が王の外遊先に こちらが挙がりまして…… 」

「どんな内情なのかさぐりに来て 僕につかまっちゃった、と」

「 ……はぃ」

実に愉しそうな陛下の腕の中で、彼女は 複雑な表情をしていた。

侵入経路は判らないが、彼女は 魔法使いだ。

空をんで この王宮へ忍び込む事など 朝飯前だろう。

この場合は、それをつかまえた陛下が凄いのだ。

しかし、この状況は、やはり頂けない。

「逃げちゃ駄目だよ? アシュリー」

「陛下ーーーーっ⁉︎」

「なに? クランツ」

「エスファニアと戦争する気ですかーーーー⁈」

「大袈裟だなぁ」

「大袈裟なんかじゃありません!」

叫ぶ様に声をあげてしまったが、今は 冷静になれない。

意識の何処かに 混乱しているのだと云う自覚があっても、すぐに態度を改める事は出来そうになかった。

「エスファニア王国は、フォルモーサ王国の 倍はある大国ですよ⁉︎ 其処の大事だいじな魔法使いをとらえて帰さないなんて、赦される筈ないでしょう! 隣国-サマリアや フォルモーサの恩人でもある方だと云うのに、国交を結ぶ前に 戦争になりますよ⁉︎」

下手をすれば エスファニア・フォルモーサ・サマリアの3国から宣戦布告をされかねない。

大袈裟ではなく、そのくらい されそうな人を、巻き込んではいけない事に巻き込もうとしているのだ。

「知られなきゃ大丈夫だよ」

「知られるでしょうが!」

怒号の様な声を出してしまったが、今は 勘弁してもらいたい。

大袈裟ではなく、国家存亡の危機なのだ。

「吹けば飛ぶ様な こんな小さな国、あっと云う間に 粉微塵にされますよ⁉︎」

「大丈夫だよ。そうでしょ?」

獅子と云うよりは 猫の仔の様に、陛下は、腕の中の うつくしい魔法使いを見詰めた。

「 ーーーーこの姿を知るのは、身内だけですから」

この言葉を聴いている間に、私の思考は 外れたところに飛んだ。


《 先程『陛下』と言っていたのは、エスファニア王の事だったんですねぇ。》


エスファニア王国と このラッケンガルド王国に、国交はない。

かの国の情報は、辛うじて国交がある隣国からもたらされたモノだけ と云って良い。

決して多くはない情報量だが、確かな事がある。

それは、フォルモーサ王国にとって 浅からぬ縁のある〔森之妖精イリフィ〕は、かの国の恩人であると云う事だ。

数年前、隣国-フォルモーサは、これまた隣国であるサマリアに侵略された。

西にある小国-サマリアに因る かなり一方的な戦争だった。

あっと云う間に国家は占拠されたが、いろいろとって 半年前にフォルモーサから撤退した。

サマリアの新しい王妃が 魔女であったのだとか、その王妃が よくをかいて、あろう事か エスファニアに手を出そうとしたのだとか、理由はある。

だが、特筆すべきは その侵略の芽を摘んだのが〔森之妖精イリフィ〕である事と、王妃に暗殺されそうになっていたサマリア王家の者達が フォルモーサを返還した事だ。

サマリア王は、おのれの後妻となった女が 魔女の1人である事を知らなかった。

見抜いたのは、恐らく 高位の魔法使いである〔森之妖精イリフィ〕だろう。

むしろ、彼女にしか成し得ない事だ。

サマリア王国で 次々と起きた頓死の原因も、王国の乗っ取りを企んだ魔女と その下僕達の仕業であった。

果ては、夫となったサマリア王と その息子達を 毒殺する計画を練っていたと云うのだから、本当に危険だったのだ。

それを阻止したと云う功績は、国王を、いては 国家を救ったに値する。

サマリア王は、どれ程 彼女に感謝したのだろう。

それが、無条件での 国土返還と、即時 撤退に繋がるのだが、これは そう出来るものではない。

つまりは、サマリア王国にとっても フォルモーサ王国にとっても、エスファニア王国の魔法使いは 恩人に当たるのだ。

サマリアの王は、心底 感謝したからこそ、強引な方法とは云え、みずから得た領土を 無条件で手放す事にしたのだろう。

フォルモーサにしても、エスファニアに降り掛かる脅威を払い除けただけに過ぎなくとも、結果 国家奪還の立役者となってくれた彼女には、感謝をいだいているだろう。

その女性を、戒縛のちからもっとらえているなど、がたい蛮行だろう。


《 終わった、この国は もう駄目だ……。》


独り 絶望に打ちひしがれている私を他所よそに、陛下は 愉しそうな笑顔のままだ。

「ねぇ、エスファニアでの姿って どんな?」

何か、無邪気に尋ねている様な気がするが 忠告する気力が湧かない。

「フォルモーサ王国の第一王女の 幼い頃の お姿を、お借りしております」

「幼いって、幾つくらいの?」

「あの頃は、12歳くらいだったと思います」

美女-ファニーナの言葉が、現実逃避をしていた私の耳に やけに鮮明に入ってきた。

「そんな小さな子供の姿で 王城にいるんですか?」

そのせいか、気が付いたら 会話に乱入していた。

「陛下と 主だった臣下の方達は、わたしが『普通ではない』事を知った上でしたので、えて 偽らせて頂きました」

「幾つだって言ってるの?」

「雪が降る頃には 13齢になる、とだけ 申し上げておりました」

「それは…… 」

「魔法使いの年齢だね?」

魔法使いは、当人の資質に因るのだが、いつ その能力を開花させるかは決まっていない。

少年期に覚醒する者もいれば、老人になって ようやく 魔法使いの序列に加わる者もいる。

実年齢とは異なる『魔法使いとしての経験年数』を示すモノが、今し方の『齢』だ。

そして、長寿である魔法使いにとって、100齢-未満は『ひよっこ』の部類に属するらしい。

「良く ご存知で」

「そんなに幼いんですか⁈」

13齢など、赤子の様なものだろう。

確かに〔森之妖精イリフィ〕は 幼い魔法使いである、と云われてきた。

強大な魔力を持っている とも聴いているが、まさか そんなに若い魔法使いとは思っていなかった。

数多くの魔人や魔女をしりぞけていると聴いていたので、もっと 老練の魔法使いだと思っていた。

しかし、ソファに囚われている女性は、私にとっての否定の言葉を返してきた。

「はい」

今日は 驚きっぱなしで、何だか 疲れてきた。

「まさか、その姿って…… 」

「変幻じゃないよ」

私の疑問に 陛下が、イラッとする笑顔で答えてくださった。

「こんな美女が実在するんですか⁉︎」

「眼の前にいるでしょ」

勿論『風の噂』程度の知識でしかないが、魔法使い達は 隠れ住んでいるとも言われているから、変幻で容姿を変えるなど 珍しい事ではないのだろう。

だが、これは 叫ばずにはいられなかった。

「だったら、何で その姿を隠すんですか⁉︎ 勿体無い!」

何とも 主観的な意見だったが、離れた所にいる魔法使いは それを咎めはしなかった。

「いろいろと、不都合があるのです」

「どんな?」

「この姿は、母に……少し 似ているので」

急に歯切れが悪くなった。

おそらく、この先は 訊かれたくないのだろう。

だが、そうと判っても訊いてしまうのが 我が王だ。

「母上も美人だったんだね。でも、どうして それが『隠す理由』になるの?」

案の定、質問の手を緩めはしなかった。

く云う 私も、その返答に興味があった。

何より、陛下の質問に 嘘をつくなど出来る事ではない。

魔法使いなら、その効果は顕著に現れる。

嘘は おろか、隠し事も 誤魔化しも効かない。

「この姿 を……知っている方が、あの王城には、いる かも、しれなくて…… 」

「いちゃ いけないの?」

「母は……前エスファニア王の、娘……だった の、です」

「っ‼︎?」

喫驚を飲み込みながらも、頭の何処かで、私は 得心していた。

溢れる気品も たおやかな容姿も、王の血族と聴けば 納得だ。

「じゃあ、アシュリーは、本当に お姫様だったんだぁ」

「もしかして、20年前に 山賊に襲われたと云う、第二王女-アナスターシァ様の…… 」

私の問いに、幼い魔法使い-ファニーナ こと アシュリー姫は 沈黙を返した。

沈黙は 肯定、そう思えば 何もかもが納得である。


《 それは、歯切れも悪くなりますね。》


一体 何がったのか判らないが、王女であったアナスターシァ様は、公的には 死んだとされているのだ。

彼女は、エスファニア王のそばに在りながら、自分が従妹である事を 名乗り出てはいないのだろう。

知られたくないと思って隠しているのなら、国交がないとは云え、他国の王に それを教えたくはなかった筈だ。

その辺りを察したのか、陛下は、腕にとらえている 幻の姫に、優しいを向ける。

「大丈夫、秘密にするよ?」

安心させる様に 柔かく微笑んで、そっと髪を撫でる。

その様子を ぼんやりと見ていたのは、最早もはや 情報処理能力が追い付かなくなっていたからだ。

決して、異を唱えるつもりがあった訳ではない。

断じて、そんなつもりはない。

だが、口約とは、言葉にして 初めて効力を持つものだ。

「クランツ、秘密にすると約束するな?」

いつまでも黙っている私に痺れを切らせたのか、陛下が 氷点下の声で問い掛けてきた。

「っーーーーもっ、勿論です!」

「ならば、良い」

先程までの ふにゃふにゃとした口調は 何処へやら、陛下は 獅子たる顔を覗かせている。

一連の会話をかんがみて、アシュリー姫が 私と陛下を交互に見た。

「 ……その ご性格と天賜の事は、宮中では 内緒なのですね?」

「当然です! 陛下が、実は こんなだなんて、知られる訳にはいかないんです。内乱を治めたとは云え、この国には まだ いろいろとあるんです」

詳しくはなせば長くなるが、前王の代に国政が乱れた事は 各国に知れ渡っている。

どうやら、彼女は 大凡の事情を察してくれたらしい。

「対外的に、今は 国を安定させる事が優先です。したがって 今暫くは、陛下には〔獅子王〕でってもらわなくては」

国の内外の不穏分子に対する 牽制の意味もある。

内乱を 短期間で制圧した陛下は、戦場の夜叉と言われる程の猛者もさだ……全く知らない者のには、痩身長躯の 優美なからだ付きからは 想像も出来ないだろうが。

「今は まだ、弱味も 切り札も、見せる訳にはいかないからねぇ」

再び ふんにゃりとした口調に戻って、陛下は 他人事の様に呟いた。

「そんな中ですので、うっかり臣下達の身内を妃に迎えて あれやこれやがバレるなど、あっては困るんです。尤も、貴女が 本当に正妃になってくれると言うなら、安心ですが」

この方なら、陛下の二面性を知ろうが 裏の性格を知ろうが、大した動揺はないだろう。

現に、今 そうなのだから。

エスファニア王国の様な大国ともなれば、こんな小国の王の弱点など わざわざ々 突いてくる必要もない。

或る意味、最も安全な相手と云えた。

「承諾は出来ません」

当然な返答だ。

大国であるエスファニア王国にとって、彼女を 政略結婚の道具にする必要などないし、この国には その価値もない。

それどころか、生命いのちを狙われると云う 危険な立場になるだけなのだ。

余りにも 判り切った返答で、落胆もしなかった。

「だが、逃がさぬ」

陛下が、にんやりと笑んで 腕の中の美女を見た。

「っ」

アシュリー姫は、きくん とからだを強張らせた。

それは、そうだろう。

先程 陛下が発した『逃がさない』と云う言葉は、行動を縛るモノだ。

魔力もない私達にも あれだけ効くのだから、魔法使いである この方には、相当の戒めになっている筈だ。

私が ぼんやりとしていたのが悪かった。

「そなたは、私の妃だ」

この言葉は頂けない!

私は、反射的に叫んでいた。

「駄目です!」

相手は、大国の王の血族だ。

婚姻は もってのほかだし、手を出されるのも困る。

いや、現状だって 既に困る事だらけなのだが。

「アシュリー姫が エスファニアの王室に連なる方なら 尚更、このまま帰して差し上げるべきです!」

「だけど、それだと『結婚して すぐに花嫁に逃げられた王』になっちゃわない?」

「くっ!」

そうだった、出来ないのだった、私とした事が 動転の余り 忘れていた。

「それって、クランツも困るでしょ?」

困るどころの騒ぎではない。

これまで こつこつと積み重ねてきた『陛下のイメージ作戦』が 根底からくつがえされかねない。

いや、いっその事、余りの怖さに 花嫁が逃げたと……いやいや、やはり駄目だ。

「だっ、だったら、一時的に夫婦を演じてもらうだけです! 仲睦まじいフリをするのは 兎も角、本当に手を出すなんてしないでくださいよ⁉︎」

「こんなに愛らしい小鳥を前に、か?」

いやそうな顔で アシュリー姫を抱き締めるのは めてください!

震えているじゃないですか!


《 やはり、おたすけせねば‼︎ 》


此処で きつく言っておかなければ、アシュリー姫が危ない。

主に、性的な方面で!

「当然です! 相手は〔森之妖精イリフィ〕で、非公認とは云え エスファニア王の従妹なんですよ? もしも、この事が先方にバレでもしたら、重大な外交問題です! 国家存亡の危機です‼︎」

「良いではないか。何かの時には、アシュリーを正式に私の妃にすれば、事足りる。簡単に 西側の3国と国交が結ばれるばかりか、エスファニア王家とも 縁続になるぞ?」


《 なに、莫迦 言っとるんじゃーーーー! このエロ国王が‼︎ 》

《 普段は 猫のクセに、こんな時ばかり 獅子になるなーーーーっ‼︎ 》


肉食獣のごとを向けられたアシュリー姫は、戒縛のちからのせいで逃げる事も叶わず おびえている。

「無理に決まっているでしょう⁉︎ 戦争になりますよ⁈ すくなくとも、ご本人が承諾しない限り、絶対に赦しません!」

逃がして差し上げたいのは山々だが、こうなってしまっては無理だ。

私に出来る事は、アシュリー姫の御身を護る事くらいだ。

……あぁ、そんな 泣きそうなで見ないでください。

力不足は痛感しております、おりますとも。

ですが、わたしの立場としては これが最大限の譲歩であり、これが全力です。

「いいですか⁉︎ アシュリー姫には『臨時』で『仮初かりそめの妃』になってもらうだけです! 絶対に 何かあってもらっては困りますよ⁈」

「 ………… 」

「不満そうな顔をしても、駄目なものは駄目です‼︎」

私の言っている事は判っている筈なのに、どう云う訳か、陛下は 首を縦に振らない。

我儘な方ではあるが、此処までき分けが悪……かった、か……うん、そうだ、そんな方だった。

考えてみれば、知り合った頃から どれだけの我儘に振り回されてきた事か。

思わず、遠いになってしまった。

そんな隙が いけなかった。

「きゃ、っ⁉︎」

短い吃声が耳に届いた時には、アシュリー姫は 陛下の腕の中で真っ赤になっていた。

陛下はと云うと、姫を より深く抱き締め、その首許に 頬を寄せる様にしている。

「こんなに綺麗で、美味しいのに」

「⁈ーーーー食ったんですかあぁああっ‼︎⁉︎」

「うん、ちょびっと」

そう言って、陛下は 細い首筋に唇を寄せた。

アシュリー姫のからだが、びくん とねる。

今は 薄紅色に染まっている その首筋の一部に、紅潮とは違った赤みがある。


《 こりゃ 駄目だぁ。》


どうやら、気紛きまぐれれや 興味本位ではなく、本当に アシュリー姫が気に入ったらしい。

捕食する気-満々の猛獣陛下を前に、私は 諦めた。

たぶん、何を言っても 放す気はないだろう。

こうなったら、この方は止まらない。

「は、放して…… 」

「逃がさないよ」

困り果てたアシュリー姫は、こちらを見た。

「っーーーーたす」

「駄目だ」

恐らく、私へたすけを求めようとしたアシュリー姫だったが、その口を 陛下の手が塞いだ。

「私の腕からのがれる為の言霊は使うな」

言霊……成程なるほど、先程の あれは、言霊だったのか。

道理で、あの恐怖に打ち勝とうと試みてしまった訳だ。


《 そうか、そうだったのか、彼女は 高位の魔法使いだ、そのくらいは出来て当然だった。》


どうやら、私の神経は可妙おかしくなってしまったらしい。

眼の前に たすけるべき対象がいると云うのに、何だか 行動に移れない。

危機感が薄れてしまったのか、非常に冷静に、2人の様子を見ている。

「 …………思い切り いやがられているんじゃないですか」

「この初々しい反応も、また 愛らしい」

「だからって、襲わないでくださいね。戒縛のちからも、その為に使ったら駄目ですからね」

私に出来る事は、忠告だけだ。

「 ーーーー…… 」

嫌そうな顔で こちらをみているが、欠片も譲歩する気はない。

これは、私なりに 彼女をたすける方法だ。

「陛下」

時々だが、思いの外 冷たい声が出る時がある。

この時も、そうだった。

「努力しよう」

この言葉を引き出せたのも、底冷えのする声の お陰か。

「宜しい」

尊大に言い放っているが、内心は 自分の『氷点の声』に驚いていた。

声が震えなかった事にも、驚いた。

これは、秘密にしておこう。




そんな事があって、冒頭に戻る。

一応、誓約は立てさせたが、心配が消えた訳ではない。

この後、宰相と打ち合わせの時間を設けて、アシュリー姫の事を 相談しなくては。

「 ーーーーあ」

呟きを零すと共に、私は 足早に動かしていた足をめた。

私は、やはり 動転していたのだろう。

手には、陛下からサインをもらうべき書類が握られたままだ。


わ、わすれていたあ……。


最早もはや 脳内で漢字変換をする気力も湧かなかった。



この後、仮の王妃となった お人好しの魔法使いさんは、旱魃に喘ぐ大地に水の恵みを与え 国境付近で暴れる魔人や魔女を 倒しまくり、国民から信奉される様になり、結果的に 逃げられなくなったとか いないとか。

これも、王様の計画通りだったのかも……オシアワセニ。

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