表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/11

~取引~

「やっと着いたわー、久しぶりの街よ」

「着いたー!」


 荷馬車に揺られて約数十分。検問所を通り、独の街にまでようやく私たちは辿りついた。

 布に覆われた馬車から降り、太陽の眩しさに目を細める。やがて陽の光に目が慣れてくると、徐々にその街の全容が見えてきた。

 噴水を中心に広がる広場。私たちと同じ人間、そこに混じる亜人たちの賑わい。繁華街では商人たちが店を構えて食品や日用品、または珍しげな物を売り、道行く者達は興味深げに品物を眺めている。

 広場で知人たちと楽しげに会話し、あるいは学院に在籍しているらしき者は友人と論議を交わし、子供たちは遊びに明け暮れている。


「わぁ……」


 感嘆としたようにシャオは言葉を漏らす。

 きっとこんなにも人が賑わう場所に来たことすらなかったのだろう。私も最初にこのような都市を見たときは大いに驚き、心躍らせたものだ。

 まるで幼い頃の自分を見ているかのようで、どこか奇妙で微笑ましい気分になる。


「さて、と。酒場はどこかな」

「ナギぃ、こんな真昼間からお酒を嗜もうってわけ? サムライさんなのにそんなことしちゃっていいわけぇ?」

「酒は飲まないよ。情報収集。あと、昨日からろくに何も食べてないんだ、食事くらいは済ませるさ」


 酒屋というのはいつだって、多くの民衆が通い詰める場所だ。

 騒ぐ、飲む。そういったものだけでなく、たくさんの人間が行きかいする場所で、しかも会話もさかんに行われるため情報が集まりやすい。

 つまりは情報収集にはもってこいの場所なのである。


「冗談だって! ま、私は特に用事もないしお酒でも飲んでよっかなーなんて思ったけど」

「おい」


 言ってることが無茶苦茶だ。サムライなんかじゃないと言ってるのに咎めてきて、そして自分はそのタブーをさっそく破る気満々でいる。なんというか、自由なヤツだ。

 やれやれとため息を吐く。

 そこにいる人たちから酒場はどこかと訊ねると、教えてもらった場所へと私たちは歩いた。

 着いたのは、木造の二階建ての家屋。ここでシャオに留まっているように言ったのだが、「私も中に入りたい!」とシャオは言って聞かなかった。どれだけ聞かせても拒絶するあたり、置いていってもどうせ中に入ってきてしまうのだろう。

 仕方なく、自分たちにはぐれることがないようにだけ伝えると、嬉々として了承した。

 ……あまりここを子供に見せたくなんてないんだがなぁ……。

 諦観から再びため息を吐くと、扉を開けて中に入る。

 真っ先に目にしたのは、外以上に話に盛り上がる人々の喧噪だった。

 ほとんどの者が片手にジョッキを持ち、顔を赤らめて笑い合っている。テーブルに腰掛けて談笑する者、賭博に熱中する者、立って仲間とバカ騒ぎをする者……そして、売春で金を稼いでいるであろう、派手な身なりをした女性。

 チラと壁の方へ目をやると、掲示板らしきものがぶら下げられ、そこには依頼書らしき書面が多く貼られていた。内容はいなくなったペットの捜索願から、付近に出没する魔物の討伐など、様々。

 うるささに思わずシャオは耳を塞ぐが、中の様子を見て興味深そうに何度も頷き……そして、最後に女性を見て赤面。

 全くそういったものに動揺することなく、私と男、ティアは先へと進む。ハッとしたシャオは慌てて駆ける。

 私たち四人が座るのは、カウンター席。それぞれ一つの席に並んで座ると、向こう側にいる店主らしき男に注文を頼む。


「私はミルクでいい。シャオは?」

「私もミルク!」

「うーんと、じゃあこのお店で一番高いお酒ちょうだい!」

「……水」

「あ、あといくつか料理が欲しい。どんなものが用意できる?」


 注文を受けた男は渋い顔をする。まあ、酒場なのに注文された四つのうち三つが酒じゃないというのはおかしなものだ。一人に至ってはただ同然。場違いにもほどがある。

 付け加えるように料理も注文したが、これでどうか機嫌を損ねないでくれるといいが……。


「……まぁいいか。で、何の情報が欲しいんだ?」


 どうやら話を聞いてくれるようだと、内心ほっとする。


「人探しのための情報」

「人探しだぁ? いったい誰を追ってるってんだ。賞金首でも狙ってるってのかね?」

「……極悪人には違いないがな、そんなところだ」


 店主の問いかけに対し、私はお茶を濁すように返答する。

 その回答が気に喰わなかったのか、店主は片眉をつりあげて私を睨みつけた。

 視線を受け流しながら情報を待っていると……彼は、いきなり私の胸倉を掴んで引き寄せた。


「ちょ、ちょっと!?」


 ティアとシャオは目の前で唐突に行われた暴行に慌てふためく。男はあくまで傍観を貫き、事の成り行きを見守ったままだ。

 正確には、店主は私が身に纏う黒のローブを引っ張り、その中身を見たのだ。

 その下で私が着る、騎士の制服を。


「――へっ。騎士様がこんな掃き溜めにいったい何の用だ? しかもこの獅子の紋章……仏の国に属する方と心得ますがね」


 その瞬間、店内に緊張が走り私は客全員から注目を集めることとなる。

 当然だ。仏の国とは独の国の隣国であり、これまで何度も戦争を勃発させたことのある国。そんなところからやってきた騎士など、普通は誰もが怪しむだろう。

 加えて騎士というのは、高貴なイメージを主張する一方で戦場では横暴をはたらく者も多い。彼らにとって戦場とは、最も収入が採れる場所でもあるからだ。

 ――略奪という名の、収入を。


「ハッキリ言っておく。俺は騎士が嫌いだ。どこの国だからとか、そんな理由じゃねぇ。名誉だのなんだのとのたまって人を殺して、物奪って、犯すヤツらなんざ人間とも思わねえ」

「……私はもう仏の国の騎士じゃない。あちこちを行き回る放浪者と同じだ」

「ンなこと知るかよ。大方そこで何かしらやらかして、公になって追放でもされたバカかもしれねぇだろうが。どっちにしろ、テメェにやる情報なんざ一つもねぇさ。袋にされねぇだけ有難く思って、メシ食ったらとっとと失せろ」


 それだけ言うと、店主は唾を私の頬に吐きかけて手を放す。

 あまりに粗暴な態度に、ティアとシャオは文句を言おうとした。


「ちょっとアンタ、いくらなんでもそんな風に言うのって――」

「いいよティア」


 が、そんな彼女らを私は片手で制する。

 なぜあれだけのことを言われておいて、彼を庇うのかとティアは憤慨する。


「別にいいさ。騎士道に沿っている騎士なんてのはほんの一握り。彼の言う通り、略奪なんかを繰り返す阿呆が多いのも事実だ、言い返すことなんで出来ないよ」

「……あんたもそんなことしてんの?」

「するくらいなら腹斬って死んでやる」


 すると店主は私の発言を煽るように口笛を吹く。

 腹を斬って死ぬとは、私の故郷である倭の国でのサムライの風習〝切腹〟から口にしてみたものだ。

 「……やっぱりあなたサムライじゃない」と小さく漏らすティア。何度目かわからないが私はサムライじゃない。否定してもどうせ意味はないから口にはしないが。


「……でも、それならどうしてよ。あなたはそんなことしてないのに、」

「自分がしてるしてないの問題じゃない。私たち騎士は組織で、そして人を守るための存在。それが人を自分の欲求のためだけに傷つけているんだ。民衆から見れば、騎士全員が悪でも仕方がない」


 個が悪を行えば、全員が黒であると言われる。

 国と人を守る責務を背負う私たち騎士であるなら、なおさらそれは拭い去れない悪評となるのだ。

 未だに納得できない様子のティアだが、そこで私は一言付け足す。


「ま、だからといって情報を諦めたわけじゃないけどな」


 え? とティアとシャオは聞き返す。

 改めて私は店主と向き直ると、会話を再開させた。


「こうしよう。この街で早急に解決したい大きな討伐依頼を一つ、私が解決する。そうすれば私の求める情報を渡す。これでどうだ?」

「……本来、解決すれば受け取れるはずの報酬は?」

「貰えるものなら貰いたいがね、それはそちらに任せるよ。あんたはこっちに知ってることをただ事後に話すだけで、無償で騎士一人を雇えるんだ。それに情報にだって金を払うよ。いい話だと思わないか?」


 自分で言うのも何だが、これはかなり破格の商談であるといえる。

 魔物の討伐という問題は、一般人などが手を出したところで早々になんとかなるものではない。それにまず成功するかどうかすら怪しい。こういった類の依頼主は、承諾した人物が信頼に足る者であるか、納得したがる者が多いから困りものでもある。依頼の受諾などを引き受ける酒屋にとっては、そういった要望に応えることは顧客との信頼度に繋がるので、棒に振るわけにもいかないのである。

 騎士を雇えば、そういった問題はない。腐っても戦いのプロだからだ。その点に関しては問題ない。

 だが、悲しいことに……大抵の騎士というのは、こういった仕事を請け負う際には大金を要求することがほとんどである。ほとんどの騎士は、馬の飼育や武具の手入れなどで金が次々となくなり、仕事がなければすぐに家計が逼迫することになるからだ。彼らとて自分たちの生活がかかっているため、一般人は中々に彼らの助力を得ることは出来ない。

 しかし今回彼らは金を一切払う必要はない。しかも失敗しても彼らは失うものなど何一つない。この討伐を受けるのは隣国・仏の国の騎士。失敗しても、この国にとって何ら損はないからだ。

 ローリスクハイリターン。一言で表すならば、まさにそれだろう。

 顎に手を置き、しばらく沈黙して思考に没頭する店主。

 やがて、固く閉ざしていた口を開くと、


「……一応聞いといてやる。どいつの情報だ?」


 前向きに検討する、というような口ぶりで訊ねかけてきた。

 その問いに対し、私は、




「――通称、『死神』。以前この街に、全身が白い、一本の刀を携えた男が来なかったか? そいつについて聞きたい」




 憎悪と憤怒にまみれた低い、低い声音でそう答えた。




訂正箇所などございましたらご一報お願いします。感想・批評などお待ちしております。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ