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~流浪の騎士・ナギ~

「ハァ、ハァ、ハァ……」


 足が痛い。

 息が苦しい。

 汗が止まらない。

 元々体力があるほうではなかったわたしは、ずっとずっと走り続けてきたこともあって既に疲弊していた。

 足は鉛のように重く、前に進ませることはおろか、ただ立っていることすらもう億劫だ。

 肩を大きく上下させ、膝に手をついて荒い呼吸を繰り返すものの、一向に気分はよくならない。それは肉体的な疲労以上に、精神的な摩耗も大きい要因だっただろう。

 無限とも思えるような森の回廊。木々が生い茂り、緑が自然の営みを行うその場所は、動物たちの姿がないことを除けば、他の森と何ら変わらぬ空間だった。

 土の匂い。花の香り。太陽の輝き。木の葉の囁き。

 そこは不快感など微塵も感じさせず、むしろ心地よさすら感じさせるこの場所はしかし、自分以外の『生』を全て拒絶しているかのような違和感を放っていた。

 それに気づいたときは、もう遅かった。

 すでに自分は、捕えられて(、、、、、)しまっていた。



 ――逃がさないよ、可愛い子――



 どこからか声らしくものが響き、わたしに語り掛ける。しかしそれはひどく歪んだ低いもので、人が出すものとは全く違う異物だった。

 耳に入るたびにゾクリと寒気が走り、身の毛がよだつ恐ろしさがある。

 人ではない、姿も見えぬ恐ろしい何かが、自分にまとわりついて離れない……そんな言いようのない不安を感じさせる何かがあった。


 ――どこへ行くの?―― 

 ――もう出られない。僕らの許しなしにここへ出ることは出来ない――

 ――私は許さぬ、一生涯許すことはない。君は俺のものだ、何があろうと私のものだ――


 じゅぶり。じゅぶりと。湿った何かが地を這いずるような気味の悪い音とともに、それは現れた。

 真っ黒な泥水。形容するならば、それが一番近いだろう。

 草木の隙間を通り抜け、形を変えながらこちらに近寄ってくるそれは、明らかに人間とも動物ともかけ離れたおぞましい物体だった。

 鼻が曲がりそうな異臭を放つそれは、じわじわとわたしとの距離を詰めていく。

 決して動きは速くないというのに、わたしはそれから逃げることが出来ずにいた。


 ――あなたの、お名前は?――


「あ……ぁ……!!」


 声を通して伝わってくる、純粋で邪悪な意思。

 子供のように無邪気でありながら、それゆえに残酷なことを口にし実行してしまえる脅威にまみれた声音。


 ――まだ君は受け入れていないのか――

 ――まだお前は私に屈服していないのか――

 ――僕の問いかけに返答してくれぬとは――

 ――ならばお前の心を、丁寧に折ってあげよう――

 ――君があがけばあがくほど、君は嫌でも理解する――

 ――俺から遠ざかることすらできないことを、この森から抜けることは出来ぬことを――

 ――ゆっくり、ゆっくり、小枝に徐々に力を込めていくように――

 ――雨粒が、岩に少しずつ傷をつけて穴を穿つように――

 ――時間をかけて理解させて、君の意思を壊してあげる――


「う……うぅぅ……」


 泥水のような何かは、やがて私の目の前にまで到達すると足に絡みつき、徐々にわたしの身体を登ってくる。

 生暖かいそれは肌に触れるとねばねばとして引っ付き、わたしの生理的な嫌悪を引き起こす。

 しかし、それに抵抗するだけの余力も何も、もうわたしの中には残っていなかった。

 いつまでもどこまでも続く森の中を、ずっと追いかけられてきた私は……肉体も、精神もすでに疲弊しきっていた。

 ……もう、やめて。

 わたしを、追いかけないで。

 追いつめないで。

 誰か助けて。

 もう……解放して。


 ――楽になりたければ、私の問いに答えておくれ――

 ――楽園へと招待しよう。俺のものとなれば、全てから解放しよう――

 ――悲しみから――

 ――不安から――

 ――痛みから――

 ――苦悩から――

 ――絶望から――

 ――ありとあらゆるものから解き放ち、ただ快楽だけがある場所へといざなってあげる――

 ――さあ、答えて――

 ――あなたの、お名前は?――


 そんなわたしの心を読んだかのように、泥水はわたしへと優しい声音で語り掛けてくる。

 足から腰へ。腰から胸へ。胸から、首にまで。

 湿った水音を鳴らしながら、それは這い上がる。

 そしてゆっくりと、今度は泥水から人のような姿へと形を変える。それに表情はなく、口や耳といったものだけが張り付くのっぺりとした顔だけがあった。

 泥水は、わたしの耳元でもう一度囁く。


 ――お名前は?――


 それが悪魔の甘言であると、わかっている。応えてしまえばわたしの全てが壊れてしまうとわかっている。

 それでも、抗えない。もう楽になってしまいたい。

 終わりの見えない苦痛の連続に、私のわたしはもう折れかけてしまっていた。


 ――さあ答えて。お名前は?――


「……………………」


 父が娘へとかけるような、優しく温かな言葉。

 固く閉ざしていたはずのその口を、やがてわたしはゆっくりと開けて――




 言葉が喉から外へと出ようとしていたその瞬間、わたしの上に乗りかかっていた黒い人間は腹を蹴り飛ばされた。


「……え?」


 ブジュウ!! と弾けるように腰と腹を形成していた黒水が飛び散り、崩れて地面に吸い込まれていく。

 完全にわたしから黒水が離れたその途端、誰かが腕を掴んでグイッと強く引っ張った。

 乱暴に立ち上がらされると、誰かの腕がわたしを抱きしめた。

 まるで、わたしを守ろうとしているかのように。


「……さっきから道に迷っていたのはお前のせいか」


 ボソリ、と囁くような声の大きさで、その誰かは呟く。

 それは女性の声。苛立ちと怒り、嫌悪……それらを混合させた沸々と湧き上がる激情を込め、その人は黒水にしゃべりかけていた。

 振り返れば、そこには凛とした顔立ちの女の人。

 黒く長い髪を二つに束ね、首から下は黒いローブによって全て覆われている。

 屈んでいるから正確にはわからないけれど、背丈は170㎝ほど。女性にしては大柄な方のその人は、汚らわしいものでも見るような目で黒水を睨んでいた。


「随分と嫌なヤツにつきまとわれたものだな。自分の気に入った人間に名を問い、返答をした者を永遠に隷属させる精霊……お前のようなヤツなどさっさと消えてしまえばいいのにな、『エールケニッヒ』」


 忌々しげにその名を口にする女性。地面に零れ落ちた黒水は、まるで餌に向かって行進するアリのように一点に集まると、再び人としての形をつくって女性と対面する。


 ――あなたはどなた?――

 ――あなたは旅人?――

 ――迷ったの?――

 ――ならば歓迎しよう――

 ――名前を教えてくださいな――


「…………」


 黒水がまとわりつくように迫り、次々と言葉を女性に投げかける。

 が、女性は訊ねかけられた質問に一切答えることはなく、沈黙している。

 チラとこちらを見ると、女性はわたしに向かって言葉をかけた。


「……知っているからこそ逃げ続けていたんだろうが……一応言っておく。あいつらの問いに答えるな。少しでも言葉で返答をすれば、永遠に隷属させられるぞ。あれはそういうヤツだ」


 この時の女性の声は相変わらず厳格なものだったが、あのエールケニッヒに対して投げかける乱暴な言葉とは違う響きがあった。


 ――我らを知る者か――

 ――俺たちの問いに答えた者の運命を知る者か――

 ――だとしても何の意味もない――

 ――私たちの許しなしに、ここを出ることは出来ぬ――

 ――餓死するもよい。遺骸であっても、我らは拒まぬ――

 ――腐敗させることなく、死んだそのままの身体で永遠に愛で続けよう――

 ――クヒ、クヒヒッ――


 女性の言葉を聞くと、それをあざ笑うかのようにエールケニッヒは呵々と哄笑する。その笑い声を聞くわたしは、悔しげに歯噛みするしかなかった。

 エールケニッヒ。一部の国では魔王とも呼ばれ、恐れられている森の精霊。

 森に迷い込んだ旅人を気に入れば結界で閉じ込め、その者に付きまといいつまでも問答を投げかけてくる。その問いに応えてしまえば最後、その者はエールケニッヒの奴隷とされ、永遠に服従させられてしまう。

 助かる手段は一つ。このエールケニッヒの質問に一切答えることなく、こいつを殺すこと。

 だが、それは一介の旅人などでは不可能に近い芸当だ。エールケニッヒは邪悪な存在であるとしても、紛いなりにも『精霊』。その肉体は霊体に近く、手で触れることも出来るが物理的手段で傷を負わせることは不可能。『魔導』に秀でた者が同じ精霊の力を借りなければ、その存在を消すことはおろかヤツに一矢報いることすら敵わない。

 何の力もない者が迷い込んでしまえば、道は二つに一つ。服従か死か。それだけしか、ないのだ。


 ――いつまでも問い続けよう――

 ――死ぬまで。魂がその肉から離れるその時まで、ずっと問い続けよう――

 ――お名前は?――

 ――お名前は?――

 ――お名前は?――

 ――お名前は?――

 ――お名前は?――

 ――お名前は?――

 ――お名前は?――

 ――お名前は?――

 ――お名前はぁ?――

 ――クヒ、クヒヒッ――


「……っ」


 人によって助けられたことで振り払われた絶望が、再びわたしの心を侵蝕してくる。

 逃げても意味はない。結果は同じ。

 ……いつまでもずっとこんなことが続くのだったら、いっそ…… 




「……おい、おまえ」


 そんな思考が脳裏をよぎった瞬間、唐突に女性に呼びかけられたわたしはハッとしてその人の方を見る。


「……危ないからちょっと下がってろ。ちょっと荒っぽいことするから」

「……はい?」


 何のことかと思うよりも前に、目の前の女性は素早く行動に移った。

 引き剥がすように、全身を覆うローブを脱ぎ去る女性。そしてそれとともに彼女の全体像が露わになる。


「……え……」


 ダークブルーを基調とした上着、そこに赤いリボンと白のシャツ。膝までの長さのスカートと、黒のニーハイソックス。

 シンプルにデザインされ整然としたそれは制服で、その女性の表情も相まって人物の厳格さを表している。

 しかし私が目を奪われたのは一点。その制服の胸元。

 獅子が描かれた紋章を目にしたわたしは、目を驚愕で見開くこととなった。


「――き、騎士の紋章!?」



 仰天し呆気に取られるわたしだったが、驚くのはこれからだった。

 女性の制服は突如として輝きだすと、その服装一つ一つが金属へと変質し、鎧を形成するためのプレートのように変化していく。

 従来の騎士がつけるような分厚い鋼ではなく、まるでドレスのように薄い漆黒の鎧。

 その右手には、彼女の身の丈に迫りそうなほど長大な白銀の剣が握られ、木漏れ日に照らされ眩く煌めいていた。


「シッ――!!」


 掛け声とともに女性は駆け出して接近し、肉薄すると白銀の切っ先が横へと走る。

その速度はまさに縮地の如し。数瞬のうちに行われた斬撃は目にも止まらぬ勢いで繰り出され、黒い人型の泥水に一文字を刻もうとする。

 エールケニッヒは、自身にとって全く意味のない斬撃が迫るのをただ傍観していた……かと思いきや、寸前のところで人の形を解いて液体状になり、回避する。

 小さく、しかし腹立たしげに舌打ちすると、女性はその視線を分散した黒水へと移す。

 今までの動きが嘘のように黒い泥水は機敏に動き、女性から距離を取ると再び人型に戻った。


 ――怖いな、その剣――

 ――肉を持たぬ魂の存在すら斬り捨てる魔導の剣か――

 ――忌々しい輝きを放ちおって……魔導騎士ぶぜいが……!――


 苛立ったように、慄くようにエールケニッヒは口々に呟く。

 それは歓喜と狂気以外に見える、初めての感情だった。

 津波のように押し寄せる怒り。

 何者も阻むことが出来ぬはずの自分の前に立ちふさがり、何者も傷つけることが出来ぬはずの自分を斬り殺そうとする彼女の存在に、邪悪な精霊は激昂した。

 それほどまでに、恐怖を感じているのだ。

 人間である彼女を。

 光を放つ剣を握り、漆黒の鎧に身を包むその女性のことを。

 エールケニッヒから罵声を浴びせかけられ、心底うんざりしたようなしかめっ面で女性は言葉をかける。


「……選べ、死ぬか失せるか。お前と鬼ごっこするつもりもくだらん問答をするつもりもないんだ」


 一方的に投げかけられた選択肢。その黒い人型に顔はないのに、どこか苦々しい表情を浮かべてエールケニッヒは唸る。

 繰り広げられたのは、一瞬のうちの攻防。しかしそれだけであっても相手の実力を測るには十分なものだった。

 精霊すら斬り殺すことのできる魔導の剣、間合いを瞬時に詰めて肉薄できるだけの素早さ、対峙する相手の特性を熟知しその上で最善の行動を取る知能。そして何よりも、その特性により一部では『魔王』とすら呼ばれるエールケニッヒを相手取っても乱すことのない冷静さ。

 しかも随分と余裕な態度を取っていることから、まだまだ全力を出し切ってなどいないということがわかる。

 それが真実かプラフなのかはわからないが、しかし相対するエールケニッヒにとって彼女と『鬼ごっこ』を行うのは少々危険な賭けだった。


 そよ風が吹き、木の葉が揺れて騒めく音だけが響く静寂。

 ほんの少しの時間――その場に居合わせた私にとってはそれでも一時間が経過したようにすら思える時間――が経過して。


 ――……あーあ。欲しかったのにな、その娘――


 悪戯に失敗した子供のようにエールケニッヒはそう呟くと、周囲の空間に異変が起こる。

 なんというか、空気が違った。この世のものではない、命ある者の存在しない空間から、現世へと戻ったという感覚をどこかで覚えた。

 ……結界を、解いたの?


「ようやく外に出られるな」


 やれやれというように嘆息する女性。

 ごくごく自然体で振る舞っている彼女と違い、未だに私は今起こったことを信じることが出来ないでいた。

 ……自分が助かったのだと。この女性によって助けられたのだというその事実を、認識することは出来ても理解が追い付かない。

 そんな中で、エールケニッヒは悔しげに言葉を漏らす。


 ――まさかまた逃がしちゃうなんてなぁ――

 ――こんな偶然もあるものなのかねぇ――

 ――惜しい。実に惜しい。どちらもとても美しかったのに――


「……『また』だと?」


 ふと気になったように、女性はエールケニッヒがふとつぶやいた言葉を反復する。


 ――あの人は真っ白だった――

 ――そう、透き通るような眩しい白だった――

 ――髪も、服も、肌も、全てが色なし――

 ――あの人……男かしら、女かしら。いや、まず本当に人間だったのかしら? 美しくて煌めいていて、とっても素敵だった。何が何でも手に入れたかったわぁ――


 相変わらずその表情こそ窺うことはできないが、一人称と二人称が滅茶苦茶なその言葉には羨望と後悔の響きがあった。


 ――でもダメだった。あれは手に入れられない――

 ――見つめられて分かった。言葉をかけられてわかった――

 ――あれは、無理だ。あの人は、手に負えない――


 わたしは、目を点にした。

 エールケニッヒが、隷属を諦めた。それは、あり得ないことだから。

 彼らは一目見て気に入った人間がいれば、どこまでも付きまとって追いかける執念深さを持つ。今回は自身の生命の危機があったからこそ渋々身を退いたのだろうが、基本的に何があっても手に入れたい奴隷は手に入れる。それが目の前にいる邪悪な精霊の性質だ。

 その精霊が。ただ言葉を交わしただけで、諦めた。

 只事であるはずがない。




「………………その男、何処に行った?」


 と、わたしが驚愕して言葉を失っていたそのとき。女性が、エールケニッヒへと問うた。

 その声を聞いたわたしはふと女性の顔を見やって……視界に表情を収めたその途端、思わず総毛立った。

 なぜなら。女性の目つきは目の前の邪悪な精霊に向けていたものよりも、遥かに鋭く殺意で尖り、そして冷め切っていたから。

 人がしていい表情ではない。人間としての温かみが完全に消え去り、ただその思考に存在するのは、絶対に殺すという己自身への誓約のみ。

 それはまるで……怒りに駆られた修羅の如き顔つきだった。


「……答えろ。その男、どこに行った? それはいつの話だ?」


 声音は、努めて平坦であろうとしていた。しかし、その裏で膨れ上がる憎悪と憤怒の情が溢れ、語尾がかすかに震える。


 ――知り合い? それとも探し人?――

 ――あれはやめておけ。あれはもう――






 ――人じゃない。本物の、死神だ――






 それだけを言うと、黒い泥水は元の液体へと姿を戻して土に沈んでいくように消える。

 すぐ近くで感じていた気配……身の毛がよだつような寒気を感じさせるものは、だんだんと私たちから遠ざかり……やがて、エールケニッヒはどこかへと去っていった。


「ふあっ……」


 身の危険が去ったという事実に安堵して私はつい足の力が抜けてへたり込んでしまう。ずっと走ってきたせいですでに足はボロボロで、本来ならもう立つことすらできなかったのだろう。


「いたっ……!」


 それと同時に、恐怖で麻痺していた足の痛みが戻ってきた。

 自分の目と鼻の先にあったはずの絶望。夢のように消えてなくなったそれはしかし、過ぎ去ってなおもわたしの心に不安と言う名の影を落としていた。

 もう大丈夫だというのに、わたしの身体はいつまでもカタカタと震えたままだ。

 立たなければならないと頭ではわかってはいても、身体は言うことを聞いてくれない。


「うっ……」


 ズキズキと痛む足に声を漏らすわたし。すると、女性は私の方へと歩み寄って語り掛けてきた。


「大丈夫か?」


 何時の間にか、彼女が身に纏っていたはずの漆黒の鎧は元の制服へと戻り、剣もどこかへと消えていた。

 彼女自身も、修羅の如き表情から代わって――もはや豹変と言っても過言ではないが――母親が娘を、あるいは姉が妹を慈しむような優しいものになっている。

 あまりの変わりぶりに目を白黒させながらも、わたしはどうにか口を動かした。


「……ちょっと、立てそうにないや……アハハ」


 苦々しく笑うわたしを見て、女性は屈みこんで傷だらけの足を見る。

 しばらくジィッと傷ついたところを眺めていたけれど、女性は懐から小瓶を取り出す。

 中は青色のどろりとした粘液が入っていて、女性は人差し指につけると私の足に触れた。


「に゛ゃっ!?」


 その途端、ヒリヒリとした痛みが走って悲鳴をあげた。

 しかし、女性はそんなことなど聞こえていないかのように指先を動かし、薬品らしき液体を広げる。その度に傷口がズキズキと痛み、泣きそうになるのを必死に堪えなければならなかった。

 一通り塗り終わると、女性は小瓶を仕舞い込みながら優しい口調で話しかけてきた。


「よく我慢したね」


 そう言うと、彼女は屈んだまま私に背中を向けて、上体を前に傾ける。

 まるで、わたしをおぶさろうとしてくれているかのように。


「いいの?」

「その足じゃまだ歩けないだろ? ここを抜けたら街まですぐだし、いいよ」


 手を後ろにやり、おいでと言わんばかりに手招きする女性。

 恐る恐る手を伸ばし、わたしは彼女の首に両腕を回して体重をかける。

 すると、わたしの重みなど何も感じていないかのように女性はすぐに立ち上がった。


「わっ!」


 騎士であるとはわかっていても彼女の身体の線は細く、とてもではないが力があるようには見えない。なのにこの女の人は、軽々とわたしを背負って立った。

 見た目とのギャップや急に身体が浮遊するような感覚を覚えたのもあって、わたしは驚きの声をあげる。


「足に障るようなら言ってくれたらいいよ」


 肩越しに振り返って私に声をかけると、森の中を歩き始める。

 先ほどのエールケニッヒとの会話からして、彼女もこの森に少なからず閉じ込められ、彷徨っていたはずだ。疲労だってしているはずなのに、まるで何でもないかのようにわたしを助け、そして介抱してくれている。

 今まで出会った大人たちの中でも、彼女はとてもわたしに優しく接してくれていた。

 ――どうしてそこまでしてくれるんだろうと、そんな疑問を抱かずにはいられないほどに。


「……ねえ」

「ん?」


 生い茂る草木を掻き分けながら、女の人はわたしの声に反応を示す。


「どうしてそこまで良くしてくれるの?」

「騎士の本分は、戦って人を守ることだろう?」

「今時そんな騎士らしい騎士もいないよ。なんだか胡散臭いって思っちゃうくらい優しいもん、お姉ちゃん」

「んー……」


 返答に困ったように唸る女の人。

 どう答えるべきか戸惑っている間、土を踏みしめる音と、木の葉が風に揺らいで囁く音だけが聞こえた。

 少しの間の沈黙。やがて彼女は口を開いた。


「……昔ね、私が小さかった頃。故郷の村で私は子供たちの中で年長者だったんだ。男親が出稼ぎに出てて、母親も仕事に忙しかった時は……他の子供たちとよく遊びながら、世話をしたよ」

「つまり、みんなのお姉ちゃんだったわけ?」

「そうなるね。遊び盛りの子供ともなると、みんなやんちゃでね。ほんとに世話が焼けたもんさ。怪我なんてしたときはおぶったもんだよ……こうして、今みたいに」

「へえー」


 昔を懐かしむように、女の人は可笑しげに語る。

 でも、最後はどこか哀愁というか、悲しそうに声を落としていた。

 どうしたのかな、と思って訊ねかけるよりも先に、彼女は次の言葉を紡ぐ。


「だからかな。みんな、ちょうどお前くらいだったから……お節介にも助けたくなった、っていうのが本音かな」

「……そっか」


 ……なんとなく、言葉を交わして思った。

 彼女は騎士で、とっても強くて、きっととっても厳しい人だと思う。

 エールケニッヒ相手に悪態をついたり、嫌悪を隠したりしないところもそうだし、それに最後に見せたあの表情。

 とても怖い人だと思っていた。

 だけど……ホントのホントは、とっても優しい。

 戦う時だって、わたしを守るために下がらせたり。

 こうして歩けなくても薬を使って、背負ってくれたり。

 ……悪い人なんかじゃないんだって、思った。


「……シャオ」

「え?」

「わたしの名前! お姉ちゃんの名前は?」


 唐突な自己紹介と、名前を訊ねられたことに目を点にする女の人。

 けれど、すぐにフッと笑って、


「……ナギだよ、シャオ」


 私に、教えてくれた。




 これがわたし、シャオとナギお姉ちゃんとの出会い。

 この時のわたしはまだ気づくことはなかった。お姉ちゃんの心に存在する、復讐の執念の深さに。

 ただこの時は……母のような、姉のような頼もしく温かい背中に全てを任せて……心地よさを感じながら、わたしは眠りについていた。

YesロリータNoタッチ!

うらやまけしからんペド精霊は退散じゃーーー!



あととりあえず、ちょこっと主人公の武器紹介をば。


魔導剣・ヴェンデッタ

 ドワーフの技工師によって鍛えられた、『肉無き者達』をも斬り裂く魔導の剣。

 刃は片方についているため、ジャンル的には『刀』である。

 FF10のアーロンさんの剣を真っ白にした感じ?

 ちなみに意味はフランス語で『復讐』(イタリア語だったかもしんない……orz)


魔装制服(ドレスアーマー)

 制服の姿に擬態した、ナギが身に纏う騎士の鎧。魔力を供給していなければ、少々頑丈なだけのただの服に等しいが、一端魔力を提供すれば瞬時に展開が可能。こちらもドワーフ製。

 その素材一つ一つが精霊の加護を受けた強力な鋼であり、並の物理攻撃ではビクともしない上に軽い。


批評や感想などお待ちしてます。


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