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~七年後~

少し戦闘アリ。

今回も楽しんでいただければ幸いです。

 ~七年後~



「…………」


 目覚めた私がまず目にしたのは、木々の葉をすり抜けてきた陽の光だった。

 眩しさに目を擦り、周囲を見渡す。見渡す限り、そこには緑が広がっている。

 あちこちから鳥たちのせせらぎが響き、風のそよぎで木々が揺れた。

 心地よい陽の光と木の葉の囁きが私を優しく起こし、土と緑の豊かな香りが鼻を包む。

 まさに、素晴らしい目覚めの朝と形容するに相応しい。

 自分が、現在進行形で遭難中の身でなければ、の話だが。


「……もう、朝になったのか」


 こんな森の中へと迷い込んで、いったいどれくらい時間が経っただろうか。

 そもそもの始まりは、私が道を短縮して街へと急ぎたいと思ったことだった。

 ここのところは夏の日照りで飲み水がすぐになくなるし、貴重な保存食もあまり残ってはいなかった。

 順当なルートで街にまで行こうというのならば、少し時間がかかりすぎる。そんなときに見かけてしまった、この森。

 地図を確認してみれば、直進すれば目的の場所にまですぐに辿りつける位置。直線距離に修正できるのならば、大幅に時間短縮ができるその道なき道に、私は誘惑されてしまった。

 野宿になるとしても、きっと大丈夫だろう……そんな楽観的な思考に陥っていた自分を叱責したい。

 すでに水も食糧もなくなりつつあるし、人どころか野生の動物すら見かけていない。

 せめて川にでも辿りつくことができればいいのだが、あいにくとそんなに上手くはいかなかった。

 あちこち動き回ってみてはいるが、どこへ行ってもあるのは木、木、木。

 実は同じところをグルグルと回っているだけなんじゃないかとすら思えてくる。

 ……どうすれば、ここから抜け出すことが出来るんだろうか……


「……考えていても仕方がないか。さて、これからどうしよう……」


 私に残された選択は、三つ。

 一つ目。とにかく直進して森から抜け出すことを目指す。

 二つ目。来た道を引き返し、そこから街道へと戻る。

 三つ目。どこかの誰かが通り過ぎるのを待ち、外まで連れて行ってもらう。


「……三つ目は論外だ。こんな人の通らなさそうなところにとどまっていたってまず遭遇することなどないだろう。二つ目も、来た道を戻ろうにも道がわからん……それに戻っても、街まで持つかどうかがなぁ……」


 となると、もう選択肢は決まっている。

 とりあえず歩くしかない。せめて森の中で水場に行きあたることを願うしかないと思いながら、荷物をまとめる。

 どうか普通の道に出ることができますように。藁にもすがる思いで、私は足を前に進めた。




 ――1時間後――




「ダメだ。完全に迷った」


 迷った。完全に迷った。もはや何も言い訳ができないほど迷った。

 空に昇る太陽と地図を頼りに歩いてみてはいるのだが、森から抜けるどころか先ほどよりも深いところにまで入り込んでしまった気がする。

 ……おかしいな。方角は正しいはずなんだが、一向に抜け出せる気配がないぞ。

 ホントに精霊か何かの悪戯で閉じ込められているんじゃないか?

 そんなことをふと考えていたそのとき、私の腹が空腹を訴えてきた。

 人目はないとわかっていながらも、どこか気恥ずかしい気持ちになってしまう。

 若干赤面しながらも、荷物の中から食料を取り出そうとしたが……


「……まずいな。もう食料が何もない……」


 その中身を見て、思わず私は嘆息してしまう。

 せいぜいあと一日もつかどうかといった量だった保存食と水は、昨晩と今日とでもう一口分もないほど消費されてしまったのだ。

 いったいどうしたものか……晴れ渡った青天とは裏腹に、途方に暮れてどんよりとした心境で空を見上げた。


「はぁ…………ん?」


 そんなとき、遠くから聞こえる小さな足音を、私の両耳が捉えた。

 足運びは忙しなく、足元の雑草を掻き分けて一心不乱に走っている。

 地面を踏みしめる音と、草木の騒めきは徐々に大きさを増していき……

 私の目の前に、何かが現れた。


「わっ!?」


 それはとても小さな子供だった。

 健康そうな褐色の肌と、肩まで伸びた後ろ髪。ポーチを肩に下げたその少女は息を切らしていて、身体中あちこちに傷がある。特に足はひどかった。あちこちに泥が付着  し、打ち身と数多の擦り傷が目立つ。この周辺を必死に駆けまわり、何度も倒れたのだろうか。


「……お前、誰だ?」

「人……? なんで、こんなところに……ッ!?」


 私自身、こんなところにこんな幼い少女がいるなどとは思いもしなかったから驚いたが、しかしあちら側もかなり驚愕した様子でいるようだ。

 そうして面喰って茫然としていると……なにやらおかしな気配が、彼女の走ってきた方向からやってくるのを感じた。

 それを少女も感知したのか、背後から迫る不気味な気配に身を大きく震わせ、振り返る。


「――ッ!!」


 戦慄し目を見開いた少女は、痛みと疲労でボロボロの足に鞭打って、引きずるように駆け出す。


「あっ、おい!」


 私は少女を呼び止めるが、少女は私の声などもう耳に入っていないかのように無視して森の奥へと行ってしまった。

 どうするべきか逡巡する。そんな私の足元に、おぞましい感触が走った。


「……っ?」


 まるでねっとりとした生暖かいものが、自分の足の裏をなめたような感触。そしてその瞬間、まるで土が腐ったような臭気が鼻をつき、思わず顔を顰める。

 自分の足元にふと目をやってみたが、そこには枯れ葉に覆われた土の地面があるだけ。

 ハッとして振り向き、正体の掴めぬ気配がした方向へと目をやるが、もうそこに気配はなかった。

 ……今のは、いったいなんだ?


「…………」


 一瞬感じた奇妙な感触と、謎の存在に私は首をかしげた。

 ……何か嫌な予感がする。

 自分の勘があたっていないことを祈りながら、私は少女の跡を追うべく駆け出した。




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