梟のおはなし
ある森の奥で、私は染物屋をさせていただいておりました。はい、沢山の方々にご贔屓にしていただいて、それはもう繁盛していたと言いますか。私自身、喜ばれる皆様を見て嬉しかったのです。
私、種族で言うならば捕食者に分類されまして。え? 嗚呼、こんな姿ですが一応梟です。貧相だと言われる事には慣れております、はい。自覚してます。梟と聞けば、大抵の方は貫禄ある姿をご想像なさるでしょうから。
まあ、私の姿に関しては構いませんよ。
それで、所謂捕食者なのですが、私はそういった殺生を好みません。異端だと仰られるかもしれませんが、私は……。はい? だから弱々しいのだと? いや、放っといて下さい。自覚はしてます!
……えー、どこまで話しましたかね。そう、染物屋をしてました。
それでですね、最初私が梟だと警戒されていた方々からも心を許され、私はただ幸せに働いて居たのですよ。森の中は空気も美しい為か、それは綺麗に染まると評判で。
はい、私自身の色ですか? この茶色ですね、これは作業中に誤って染料を被ってしまっただけですが。羽に付いた色はどれだけ洗っても落ちないのですよ。嗚呼、お気に召したようならどうぞ。今なら安くでお引き受けしますが……いりませんか。良い色なんですけどね。
話が脱線してしまいましたが、私は染物屋が楽しかったのですよ。楽しくしていたのですよ!
ところが、話を聞き付けた烏さんがやって来ましてね。はい、森の外に住んでらっしゃる烏さんです。あの丘の。
何で知っているかですか? 実は、幼馴染みでして。私が独立して染物屋を初めて、長らく会って居なかったのですが。
再会して、まあ、嬉しかったです。故郷まで名が届いていたのかと思うと誇らしかったですし、何より、私の事を覚えてくださっていた事も。
……それなら、昔を懐かしむだけで済むなら、染物屋畳んで洞窟に来ませんよ。
いえ、洞窟が悪いと言う訳ではありませんよ! ただ、私には洞窟住まいが向いていないと言いますか。慣れてませんから。
それでですね、烏さんの注文を受ける事になったのですが。烏さん、今まで誰にも使ったことのない最高の色にしろと仰るのですよ。
嫌じゃありませんでしたよ。寧ろ、私の考える最上の色を使わせていただきました。何色かって、それは勿論。
黒ですよ。それも全身です。綺麗でしょう!?
……あれ、何ですかその目。呆れたって、何故ですか。綺麗でしょう? 何にも染まらない、絶対無二の色です。
実は、烏さんにぴったりだと思いまして、出来るだけ取っておいたのですよ。一部に黒を所望される方が居られたので、全て烏さんの為に置いておく様な事は出来ませんでしたが。ですが、全身が真っ黒な方は烏さんだけですよ!
嗚呼、はい。烏さんですか? 実は、その色がお気に召されなかったようで……怒られてしまいました。それで洞窟まで逃げて来たのです。
見付けられたらまた酷い剣幕で怒られてしまうので、その、森に居ると他の方にも迷惑が掛かりますし。もう居られないかと。
何故黒くしたか、ですか? 先程も申しましたが、私の考えうる限り最上の色ですから。何にも染まらない、寧ろ相手を染め上げてしまう最も強く気高い色です。周りを暖かく包む宵闇の色ですね。
何を照れているのですか? 貴方も、もっと誇りに思われてもいいでしょう。
はい? はぁ、そうですか……解りませんねぇ。
あ、私が何故黒色を取り置きしていたか、ですか? 確かに、烏さんが私を覚えてくださって、更には染物屋を訪れてくださるなんて考えてはいませんでした。
ですが、例え烏さんと再会できなくとも、黒色は烏さんの為だけの色にしようと決めていたのです。自己満足と思われるでしょうね。私も思います。
烏さんは私の大切な幼馴染みです。疎遠になってしまいましたが、それでも私にとっては大切な方なのです。ですから、烏さんの為に出来ることを考えていたんです。
うぅ……確かに怒られてしまいましたけどぉ! 嗚呼どうしましょう!
謝ろうとはしましたよ。ですが、目が合っただけで襲われるのですよ。弁解のしようもありません。烏さん、ああ見えてお力も強いですし、本当に怖かったのですからね。
嗚呼、自業自得。確かにそうですね。私が烏さんの意見をちゃんと聞き出さず、勝手な判断をしてしまったので……え、違いますか? 烏さんの自業自得? 何故です?
烏さんの注文の仕方が悪いと。烏さんは昔からその様な性格でしたから、そうは思いませんが。慣れちゃってます。
今から烏さんに会いに行ったとしても、話も聞いてくださらないでしょう。謝りたいと私がいくら思っても、烏さんは私の顔など見たくないのです。
私に出来るのは、烏さんと出会わないよう夜に行動するくらいです。寂しいですが、出会って烏さんを不快にさせてしまうのは、嫌ですから。
恥ずかしい奴って、何がですか? 私、変なこと言いました? 当然な事を言っただけですよ?
大切な幼馴染みを傷付けたくないと思うのは当然な事だと思います。あ、ですが、私がそう思っていると言うだけなのですから、貴方と意見が合わなくても仕方がありませんか……。
やはり、難しいです。
おや、空が白んできている様ですね。皆さんが起き出した様です。洞窟の中って、外の声がこんなに響くのですねぇ。
はい、洞窟も思っていたより良い所です。いえ、ですから! 悪いだなんて言ってないじゃないですか! まったく……からかってますね?
そろそろ、私は寝床に戻ります。また会いましょうね、蝙蝠さん。