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話の三 受縛 (前編)

「お名前は?」

「みずな――えっと、ゆぅぅ……ゆき、雪瑞奈ゆきみずなです」

「いくつ?」

 少女は視線を宙に泳がせて、少し考え込んでから口を開いた。

「十……三、いえ、十四です」小さく、たぶん、と最後に付け加えた。

「あら若ーい。中学二年生ってところね。で、どこの中学かしら?」

 珠希がメモを取りながら質問している。その様は、さながら記者の取材か刑事の尋問のようだ。



 ――予想外の、しかも相当に奇妙な展開になっていた。

 部屋に飛び込んできた時の珠希は、まるで鬼のような形相で、有無を言わさず力ずくで悪魔祓いでも強行しそうな勢いだった。

 が、健吾と「少女の首」との間抜けなやり取りを目の当たりにして、すっかり気が殺げたようだった。


 しかも、珠希が少女の首に向かって「おい」と、ちょっとドスの利いた声で呼びかけると、「きゃあああ」と泣きそうな声をあげながら、畳部屋の段ボールの陰に転がり込んで隠れてしまった。


 珠希の指示で、健吾が段ボール箱を全て畳部屋から持ち出すと、首を元の位置に戻し、正座したまま怯えきって震えている少女の姿があった。

 みるからにおとなしそうでか弱くて、まだ幼さを残す顔立ち。とても人に害を及ぼすようには見えない。

 こんな女の子相手に乱暴なことはできないと珠希も観念したのか、とにかく話をしてみよう、ということになった。


 話しかけても少女は怖がって――特に珠希を、だ――震えて涙目になるだけだったが、試しに健吾が「コアラの町」を差し出すと、けろっと機嫌が良くなり、質問に答えてくれるようになった。


 食べ物で釣ったのか餌付けに成功したのか――とにかくお菓子ひとつで言うことをきく、無害で緊張感の欠片もない相手に、健吾が当初抱いていた恐怖感もすっかり消えてしまっていた。



「ほーら、食べてないで答えてよ」

 珠希の質問よりも遥かに大切と見えて、雪瑞奈と名乗った少女は、隙を見ては「コアラの町」に手を伸ばしては頬張っている。

「お、ふみまへん――で、なんでしたっけ?」

 ほっぺをぱんぱんに膨らませながら、もごもごと口が動く。

 瑞奈の正面に座り、その様子を見ていた珠希の表情からは、次第に険しさは失われ、ため息とともに微かな笑みがこぼれた。もっとも、それは苦笑と呼ばれる類の表情ではあったが。


「中学よ。中学校はどこに通っていたの?」

 瑞奈は僅かに首を傾け、視線を宙に泳がせた。さっきから質問するたびに、いちいち考え込んでいる。

 今の質問の何がそんなに難しいのだろうか――と、健吾は訝しむ。


「中学校? さあ……?」

「ならいいわ、次」

「えっ?」瑞奈の回答よりも、珠希のリアクションの方に驚いた。「いいってことはないんじゃないの? 中学が分からないって、普通――」

「いいからっ」

 短く強く、珠希の制止を受けてしまった。仕方なく、健吾は黙って二人のやり取りを見ることにする。


「住所は? どこに住んでいたか分かるかしら?」

「ここですけど」

「そうきたか――では質問を替えるわね。ここはどこか分かる?」

「双塚市じゃないんですか?」

「……ご両親は?」

「とっても優しい人たちですっ」

「どこにいるの?」

「気にしてません」


 ふーむ、と唸りながら、珠希は手にしている手帳をめくり、何やら確認を始めた。

 それを見て、瑞奈は透かさず「コアラの町」を口に放り込んだ。


「どうなの? 今の質問で何が分かったの?」

 健吾は小声で珠希に尋ねてみた。


「そうね、分からないことだらけ、ということが分かったくらいね。だんだん気が進まなくなってきたわ」

「それは、どういう意味? 確かに中学知らないとか、ここが住所とか、かなり滅茶苦茶言ってるし……つまり面倒なコってこと?」

 さらに小声で、ほとんど耳打ちするように訊いた。横目でちらっと確認すると、瑞奈は幸せそうな顔でお菓子を食べ続けている。

「そういうものなのよ――」珠希は手帳を閉じ、視線を瑞奈に移しながら、呟くように言った。


「――ちゃんと覚えてる方が稀なの。大抵はどこか欠落していたり、曖昧だったりするわ。自分が誰かさえも分からないケースだって珍しくはないの。まあ、収穫としては、ここが双塚市だという認識があることね。市内に住んでいた可能性があるわ。雪、という姓もそんなに多いとは思えないし、どこぞの佐藤姓よりはよほど手掛かりになりそうね」


 なぜか最後に嫌味を交えたコメントに、どうせ佐藤はありきたりですよ――と、心の中だけで叫んでおき、口に出しては質問を続けた。

「で、これからどうするの? その、やっぱりお祓いとか除霊とか、そういうのをやるってこと?」

「やるならとっくにやってるわよ。でも私には無理。こんな可愛らしい女の子をバットでぶん殴るようなマネはできないわ」

「え? そ、そういうものなの?」


「実はその辺りはケースバイケースなんだけど、苦痛を感じることもあれば快感や安らぎを得ることもあるみたいね。ただ除霊は力で相手をねじ伏せるようなものだから、本質は暴力に似ていると私は思ってる。実際に苦しむかどうかはやってみないと分からないけど、このコ、相当に恐がりみたいだし――あなたならどうする? 健吾くん」


 言われて、改めて瑞奈を眺めてみた。

 健吾の視線に気づいたのか、瑞奈はにこっと微笑んで、持っていた「コアラの町」の箱を差し出した。

「あのう……なくなっちゃいました。おかわりは――」

「あ、ああ、ごめん。もうないんだ。後で買って来るから、今は我慢してくれる?」

「はあい」と、瑞奈はいかにも残念そうに、大きく肩を落とす。


 たまらず健吾は「無理。僕も無理。無理矢理は無理!」と珠希に訴えた。

 うんうん、と珠希は満足そうに頷いた。


「でしょうね、私も意外だったわ。男がいるときだけ出るっていうから、てっきり色欲まみれの変態女かと思っていたのに、まさかねえ。でもまあ、これまで住人に直接的な危害がなかったのは、これで納得ね。はあ、それにしても厄介だわ」

「打つ手なしってこと? このまま放置するしかないとか」


「いえ――」と珠希は少し真剣な面持ちで、強く否定してみせた。

「――それはダメね。彼女のためにも良くないわ。出てくるってことは、浮かばれてないってことだし、放っておくと悪いモノに変質してしまうかもしれない。私に出来るかどうか分からないけど、やれるだけのことはやってみるわ」


 そう言うと、珠希は姿勢を正し、真っ直ぐ瑞奈を見つめた。一度大きく深呼吸をしてから、ゆっくりと口を開いた。


「瑞奈ちゃん」

「はい?」

「ごめんなさい。お菓子切れちゃって。後でこいつ――健吾を指差しながら――が買って来るから、もう少し私に付きあってくれるかしら」

「はあ」

「ちょっと突っ込んだ質問するわね」

「なんでしょう?」


「教えて欲しいの。瑞奈ちゃん、あなたが、その――いつ、どうやって死んだか」

「…………は?」

 瑞奈は口をぽかんと開け、首を大きく傾げたまま固まった。


「何も覚えてない?」

「どういう、意味ですか?」

 やっぱり、と珠希は小さく呟いた。

「そのままの意味よ、瑞奈ちゃん。あなたは死んでいるの。今ここにいるあなたは、幽霊なのよ」


 数秒の沈黙の後、瑞奈の肩が大きく揺れて、「ぷっ」と小さく吹き出した。

「あはははは、まさかー。なんですかこれ? 何かのドッキリですかあ?」

 と、腹を抱えて笑いだしてしまった。


「そうよね。そういうリアクションになるよね、普通。だから気が進まなかったのよー」

 珠希は両手で頭を抱えた。その顔は、心なしか恥ずかしそうな表情をしているように、健吾には見えた。


(つづく)

後編に続きます。

あとで改稿するかもしれません。

サブタイトルの「受縛」は、「じゅばく」と読んでいただければ幸いです。


「珠希」と「瑞奈」、読みは「たまき」と「みずな」で全然違いますが、漢字にすると何となく見た目が似ている気がして、ちょっと反省してますw

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