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話の九 最後の願い (後編)

 とにかく、真実が何であろうと、やるべきことはやる。

 珠希はそのポリシーに則り、行動に出た。

 即ち、瑞奈が所望した「時代劇」を捜し出し、可能であれば続きを見せること。

 それが叶えば、瑞奈の思いは遂げられ、成仏できるのだろうか――健吾の問いに対する珠希の回答は「保留」だった。


「可能性はゼロではないけど、高いとも思わないわ。瑞奈ちゃんは何らかの『思い』を残し、それに引っ張られてこの世に留まっている。であれば、今現在の彼女の言動には、大なり小なりその『思い』の影響が出てくるはずなのよ。原因がテレビや映画なら、もっとそういうことに執着したり興味を示したりするはず。以前一度だけテレビを見たようだけど、それだけでは弱いと思う。時代劇の続きを見たかったのは本当でしょうけど、本命ではない気がするわ。でも、これは真相に辿り着くための大きなヒントにはなり得るかもしれないから、とことん調べるべきね」


「そう言えばあの時も、どんな番組が好きかって訊いたら、『時代劇』って答えてたな……」

「そうなのよ――あの時点で、既に瑞奈ちゃんの記憶は戻りかけ始めていたことに――そのことに気づかなかった私たちは、随分と遠回りしてたことになっちゃうわ」

 珠希は口惜しそうに舌打ちした。

「ここで愚痴っても仕方ないわね。とにかく私は出かけるから、あとはよろしく。何か手掛かりが出てきたらメールちょうだい」


 珠希が向かったのは、DVDレンタルショップ。このマンションの近所ではなく、駅の近くに市内で最もフロアが広く、時代劇コーナーもそれなりに充実している所があるらしい。瑞奈が見たがっている作品がDVD化されていれば見つかる可能性もある。

 そういう作業は人手があった方が早いのだが、健吾は外出すると瑞奈が消えてしまうので、留守番しつつその時代劇に関する情報を訊き出すことになった。


 タイトル、内容については瑞奈の記憶が漠然とし過ぎていて不明。

 ただ、以前一緒にテレビを見ながら会話したときは、「架空の話ではなく、実在した人物が出てくるのが好き」と言っていた。つまり歴史物である可能性が高い。その点、珠希よりは大学で歴史を学んでいる健吾の方が、期せずして取材には適任だった。

 とは言っても、健吾は歴史小説などはそれなりに読むが、映画やドラマに関しては興味がなく、ほとんど知識もない。

 時刻はいつの間にか午後十一時を過ぎている。レンタルショップは午前三時まで営業しているそうだが、はたして今夜中に目的の作品に辿り着けるだろうか。


 それにしても――。

「さ、寒い……」

 部屋の気温は一向に上昇する気配さえない。本当に今は八月なのか、と疑いたくなる。

 念願の時代劇が見られるかもしれないと、瑞奈の気分が高揚しているせいなのだろうか。

 耐えかねて健吾は窓を開け放った。途端に湿った熱気が入り込み、それはそれで不快なのだが、凍えるよりはましと思うことにした。今夜はほぼ無風らしく、窓を開けていても室内の空気が大きく攪拌かくはんされることもなかった。結果、窓際は暑く、瑞奈に近づくと寒いという極めて奇怪な状況ができあがった。

 これまで瑞奈による住人への直接的な危害は一度もない、らしいが、これは住環境的にも健康的にも、充分に危害と呼ぶに値する霊障なのではないだろうか。


「ところで瑞奈ちゃん、寒くないの?」

 念のため尋ねてみると、

「いえー、まったく」

 と、こともなげな返事を寄こしてきた。


 チョコを美味しいと言い、ビールを飲めば酔っ払い、ラーメンを食べて辛いと叫んで、昼間に外出すれば暑いと悶える。なのに、自身が発生源とはいえ、この冷気に平然としていられるとは、何とも理不尽というか、やはり瑞奈は常識の外側の存在であることを実感せざるを得ない。


     *


 健吾の「時代劇探し」は、スタートの時点でまず躓いた。

 タイトルや内容が分からなくても、「いつ頃見たか」「どのチャンネルで見たか」が分かれば、候補はある程度絞り込める。しかし、その辺りの事も瑞奈は覚えていなかった。

 時代劇が少ない地上波であれば助かったのだが、これではBSやケーブルテレビなどで時代劇を専門的に流しているチャンネルの可能性もあるし、そもそもテレビ放送ではなく、録画や市販ソフトを見たということもあり得てしまう。


 それでも「続きが見たかった」のだから、単発の映画ではなく連続ドラマで、最終回まで見ていないのだから、瑞奈の死と放送時期が重なっていた番組から当たるべきだろう。

『蝉百科』のような便利なデータベースはないかな、と携帯でネット検索を始めた頃、レンタルショップに到着した珠希から連絡が入った。

 まだめぼしい情報は得ていないことを健吾が告げると、

『じゃあ、こちらからは手当たり次第にいくわよ!』

 と宣言するや、間をおかずして画像付きメールを次々と送り込んできた。


 それらは、レンタルショップの時代劇コーナーに置いてあるDVDのパッケージの写真。内容も製作時期もバラバラだが、タイトルがなんとなく「あいうえお順」になっているところから、陳列してある商品を文字通り片っぱしから撮影しているらしいことが窺えた。

「……まさか、全部の写真撮って送ってくるつもりなのか?」

 その無茶っぷりに思わず溜め息が出てしまったが、結果的にこの珠希の行為が突破口となった。


 ひっきりなしに送られてくる画像付きメール。その都度鳴り続ける着信音に、

「携帯、壊れちゃったんですか?」

 と瑞奈は心配そうな表情で訊いてきた。

 健吾は苦笑しながら首を振った。

「じゃあ、嫌がらせ? 迷惑メールってやつですか?」

「まあ、似たようなものだけどね」

 送信元の珠希には自覚がないだろうが、健吾がやろうとしていたネット検索を妨害していることは確かだった。


「ほら、これ」

 健吾は送られてきた画像を表示して瑞奈に見せた。

 そこで瑞奈は意外な反応を見せた。携帯の画面にちらっと目をやっただけで、

「ちがいます。これではありません」

 と、いとも簡単に答えてみせた。

「えっと、どうして違うって思ったの?」

 瑞奈に見せたのは最初に送られてきた『嗚呼、一番槍』という戦国時代モノの映画だった。パッケージには勇ましい鎧武者が雄たけびを上げながら槍を構える姿が大きく描かれている。

「こういうヨロイとかカブトとか、出てこなかったと思います」

「ほーう……」


 これは大きなヒントになりそうだった。タイトルも内容も不明だが、映像としての記憶は多少あるらしい。

 念のため健吾は、他にも鎧武者や足軽、大規模な合戦シーンなどが映っている画像を選んで見せてみたが、瑞奈は悉く「違う」と言った。


「どうやら戦国時代の話ではない、か?」

 よくよく考えてみれば、日本史を題材にした映画やドラマの大部分は戦国時代か幕末と相場が決まっている。もちろん例外はいくらでもあるし、戦国時代でも『宮本武蔵』のように、具足や鎧などがあまり出てこない場合もあるが、可能性としてはまず「幕末モノ」と見るのが無難だろう。


 健吾は送られてきた画像の中からいかにも「浪人」風情の人物が映っているものを探し出し、瑞奈に見せてみた。

「あっ――えっと、こんな感じの人がいっぱい出てきます」

「おおっ!」

 一気に核心に近づいたような感触。ここまではどうやら正しい方向に向かっているらしい。しかし、まだ喜ぶような段階ではない。単に幕末モノと言っても様々で、この先どうやってさらに絞り込むかが問題だった。


 こうなったら、画像を片っぱしから瑞奈に見てもらうしかないか――あまり気が進まないが、他に効率的な手だても浮かばない。健吾は珠希に電話し、幕末を扱った作品に絞って画像を送ってもらうよう依頼した。


『ふむ、幕末か……幕末、幕末って…………うん、わかった。まかせて!』

 元気な珠希の声に、むしろ一抹の不安を感じる健吾だったが、ここは彼女を信じて待つしかない。


 しばらくして、再び画像付きメール攻勢が始まった。

 届いた画像を確認する健吾の眉に、深い皺が浮かび上がる。

 先ほどまでは、「あいうえお順」に作品が送られてきて、だいたい「お」の辺りまで進んでいた。それが一気に「さ行」にまで飛んでいた。

 見ると、そこには西郷隆盛、坂本龍馬、桜田門外の変、新選組……以上。

 少し間を置いてからさらに送られてきたのは、もう「ら行」だった。『龍馬が走る』というタイトルだった。

 ここで、メールは途切れた。

「…………」

 これが珠希にとっての幕末の全てなのか。健吾は何故だか涙が溢れそうになった。


     *


 結果として珠希の判断と行動が悉く有効だったのは、単に運が良かっただけだ。健吾はそう信じたかった。

 珠希の知識量によって自動的に絞り込まれた作品群の中に、偶然にも探し求めていたものがあった。

 確かに、なまじ歴史を学び多くの言葉を知っている分、健吾には一般的に何が(誰が)メジャーで何がマイナーかの区別はつけにくく、あるいは認識にズレがあって候補の絞り込みには苦労したかもしれない。それは理解できるが、それでもなんとなく自分の専門とする得意分野で負けてしまったような感覚から、しばし逃れることができなかった。


「あ、これですっ。この〝らんだらー〟!」

「らんだらー?」

 瑞奈が喜んで声を上げたのは、画像の中から新選組の隊服を見つけたときだった。


「なるほど、新選組か……らんだらーじゃなくて、『段だら』模様だね」

 健吾も新選組についてはある程度の知識は持っているが、歴史の流れを学ぶ上での重要度で言えば、実はそれほど高いとは思っていない。しかしそんなこととは係わりなく、新選組は非常に知名度があって、多くの小説や映画の題材になっている。その意味では健吾にとって盲点になり得る存在だったかもしれない。


 女性のファンも多いと聞くし、イケメン俳優とかいっぱい出てるのかもな――などと妙な納得をしながら、健吾も画像を確認してみた。

『新選組豪傑伝』というかなり古い映画だった。ていうか、モノクロだ……。


「……この映画が見たい、で正解なの?」

 しかし、ここでの瑞奈の反応は歯切れが悪かった。

「その〝だんだらー〟が出てくるのは覚えているんですが、その映画かどうかは……」

「段だら、ね――もしかして、実際に本編を見ないと分からない?」

 瑞奈はぶんぶんと首を上下に振った。

 他の新選組モノの画像を見せても答えは同様だった。

 つまり、あとは中身を見なければこれ以上絞れないということらしい。その旨を珠希に連絡し、新選組を扱った作品をありったけレンタルしてもらうことにした。


     *


 実は、ここからが大変だった。


 珠希が持ち帰った作品は十六もあった。実際はもっとあったかもしれない。その中には、ダンダラ模様で勘違いしたらしい『忠臣蔵』関係が三作品ほど混ざっていたし、見落としがあった可能性は否定できないが、とにかく、まずは目前の十三作について逐一内容を確認していかなければならない。


 片っぱしからプレーヤーで再生し、短ければほんの数分で、長い場合は三十分くらい見た後、「違うと思います」と瑞奈が判断する。そんなことを幾度か繰り返し、九枚目のディスクを再生したとき、瑞奈の態度が大きく変わった。


「これですこれですう!」

 ドラマのオープニング映像が始まった途端に、これ以上はないというほどの自信を込めて瑞奈は断言した。同時に、喜びの感情がひたすら部屋を冷やしていく。


 タイトルは『壬生の牙』とあった。

 なんとなく、健吾も聞き覚えがあるような気がした。

 幕末モノで壬生みぶと言えば、十中八九は新選組のことを指す。結成時、壬生村に屯所を構えていた事から、壬生狼みぶろなどと呼ばれていたことに起因するのだろう。新選組が好きな者にとっては常識と言ってよい知識だが、それを持ち合わせていない珠希に新選組の「し」の字もない、しかも「ま行」のこの作品がよく見つけられたものだ。


「うーん、なんとなくね、覚えてたのよ、このタイトル。ちょっと流行ったんじゃないかしら。見たことはないけどね」

 健吾の聞き覚えはどうやら勘違いではなさそうだった。小説にも似たようなタイトルのものがあったような気がしているので、それが原作なのかもしれない。


「もっと苦労するかと思ったけど、案外早く見つかったわね。メジャーな作品で助かったわ」

 独りごちた後、思いついたように珠希は小走りで冷蔵庫から缶ビールを一本持ってきた。

「はは、そうだね。マイナーなやつだったら、レンタルショップに置いてなかったり、最悪DVD化されてない、なんてこともあったかもしれないね――うん?」

 ふと健吾の視界に入った、『壬生の牙』のディスクを収納するケース。勿論そこにはタイトルが印字されたラベルが貼ってあるのだが、それには、

『壬生の牙 第一巻』

 と書いてあった。


「ああそうか、連続ドラマだし、このディスク一枚で全部ってことはないか」

 念のため、ネットでこの作品の概要を調べてみた。

「……こ、これは!」


『壬生の牙』は、同名の小説を原作としたテレビドラマで、BSテレビで製作された。二部構成となっており、十一年前に第一部、十年前に第二部を放送。その後、人気が出たことから、翌年地上波でも放送される。

 新選組の副長、土方歳三ひじかたとしぞうを主人公とし、その生涯を描いた長編作品。全六十話(各話六十分、ただし初回と最終回は九十分)。DVD化されている。全二十巻。


「ろ、六十話……二十巻……」

 震える手で、作品情報を表示した携帯を珠希に見せた。

 それを読んだ彼女の手も、缶のプルトップを引き起こす寸前で凍りついた。

 その傍らに視線を移すと、テレビを見つめたまま微動だにしない少女の幽霊が、冷気の渦を撒き散らしながらちょこんと正座していた。

 一旦DVDの再生は止めているが、その黒い画面の前で念願の時代劇が始まるのを今か今かと待ち構えている。

 ここには『壬生の牙 第一巻』しかない。今これを観賞してしまうと、次は『第二巻』を観たくなるのが自明の理ではなかろうか。


「さ、さあーて、と。今夜はもう遅いわねー。眠くなってきちゃったわぁ」

 珠希が平静を装おうとして明らかに失敗した、擦れて上擦った声を発した。

「そ、そうだねー。今夜は遅いから、続きは明日にしようかあ」

 調子を合わせようとした健吾の声も半ば裏返ってしまった。


「えっ」

 と、力ない声とともに、瑞奈の視線がこちらに向けられる。虚を突かれたような小さな驚きと困惑を込めた瞳が、健吾の胸を貫いた。

 辛い。辛いが、ここは耐えねばならない。


「ほ、ほら、もう日付も変わったし――うっ」

 たちまち、瑞奈の両の眼が充血していく。正視できなくなった健吾は、事態の収拾を頼もしい従兄妹に託すべく、未開封の缶ビールを握ったまま固まっている珠希に向かって、拝むように両手を合わせた。

 一瞬嫌そうな表情を見せたものの、珠希は「はあ」と小さく息を吐き、テーブルに缶を置きながらゆっくりと、諭すような口調で瑞奈に語りかけた。


「瑞奈ちゃん、あなたの願いは、たしかドラマの『続きが観たい』だったわよね。だから、今夜は遅いし、お店も閉まっちゃうし、明日『続き』の部分を探しましょうね」

「う――――……」

 瑞奈は少し唇を尖らせて、不満の意を表明した。

「さ、さあ健吾くん、そういうことだから、さっさと支度して寝ちゃいましょう」

 急かすように早口でまくしたてながら立ちあがろうとした珠希のシャツの裾を、瑞奈の両手がぐっと掴んだ。


「あ、あのう、たまきしゃん……最初から観たら、ダメ、ですか?」

「う……今、最初から……って言った?」

 珠希を逃がすまいと、裾を握る手を若干引き寄せながら、瑞奈は大きく頷いた。


「『続き』ではなくて、最初から?」

「最初から、お願いしてもいいですか?」

「あの、でもね――」

「もうこんなワガママ言いませんから、これが最後ですから――」

「み、みずな――ちゃん?」

「お願いしますっ」

「……」

 上目使いで懇願する瑞奈の前で、力なくへたり込む珠希。

 ――あ、落ちた。

 健吾には最早、瑞奈を止める術はない。覚悟するしかない。


 というわけで、あっけなく瑞奈の願いは通り、『壬生の牙』の全話上映が決まった。

 全六十話。各話六十分だが初回と最終回は九十分なので、トータルで六十一時間に及ぶ、昼夜ぶっ通しの時代劇観賞会の始まりであった。




お読みいただきありがとうございます。

何と言いますか色々ありまして、かなりブランク空けてしまって、実に約4カ月ぶりの更新になってしまいました……

でもここまで続けたのだから、未完にはしません。ちゃんと終りまで行きます^^


今後もペースは決して早くないと思いますが、それでも今回ほど間隔が空くことはないでしょう。

次回からは「話の十 瑞奈」の予定です。

よろしくお願いいたします。


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