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話の九 最後の願い (中編)

「ごめんなさい。もうおさまったみたいです」

 今日はもう何度になるのだろう。今回は涙が止まるのに、およそ五分ほどを要しただろうか。

 若干の戸惑いは見られるものの、瑞奈は声も顔つきも落ち着いている。彼女曰く、泣いていたわけではく、勝手に涙が出てきたらしい。


 どうやら嘘ではなさそうで、

「念のため訊いておくけど……」

 と珠希が口を開くと、透かさず「はい、どうしてかは、分かりません」と質問を先回りして答えた。とても冷静だ。

「実は目にゴミが、なんてオチではないわよね?」

「ないですっ!」

「じゃあ、何か頭に浮かんだこととかは、ない?」

「うー。一瞬、何かがモヤっと、したようなしないような」


 瑞奈は両手の人差し指でこめかみを押さえ、細い眉を八の字にして、うーうー唸りだした。彼女にとっても不可解だった分、一体何が起きたのか思い出そうと必死になっているのだろう。まだ全然訊き足りない、という顔をしていた珠希にもその必死さは伝わっているようで、今は邪魔しないよう、質問は一旦中断した。


 珠希は手元のコップにウーロン茶を注ごうとしたが、なぜか途中でやめ、何かを思いついたようにキッチンに向かい、小走りで戻ってきた。

「ふう、録音でもしておけばよかったわ。瑞奈ちゃんの声は拾えないだろうからと、準備しなかった自分の迂闊さが恨めしいわ」

 腰をおろしながら、愚痴のようなつぶやきを漏らしている。


「やっぱりそうなんだね――」

 健吾はテーブルの上の、半ば水溜りのようになっている瑞奈の涙を拭きながら、今の珠希の台詞を聞き、自分が考えていたことと、彼女の考えが合致していると確信した。

「――これまでの僕らのやりとりの――たぶん会話かな――どこかに、無意識に瑞奈ちゃんの涙腺を刺激する『引き金』があったってことだよね」

「あら、あなたもそう思った? なかなかいい勘してるじゃない。私もその可能性が高いと思ってるわ。まずはその線から当たるべきでしょうね」

 感心したように、珠希が笑顔を作った。その手には、健吾との約束を破って二本目の缶ビール。


「で、健吾くん、そのキーワードはなんだと思う?」

「え? いや、そこまでは。話の中身を思い出しながら検証しないと」

「そうね、録音してたら楽だったのにね。でも、だいたいの目星はついているわ。あなただってさっきの状況を思い起こせば、私と似たような考えに行きつくんじゃないかしら」

 言われて健吾は記憶を探ろうとしたが、珠希はそれを待ってはくれなかった。

「それで瑞奈ちゃん、何か思い出せたことはある?」

 瑞奈はいつの間にか唸るのをやめ、お菓子をモグモグ食べていた。その呑気な表情で、だいたい結果の見当はつく。諦めたか、飽きたかのどちらかだろう。

「いえー。全然」

 完全に予想通りの回答だった。


     *


 喉を鳴らしながらごく短時間でビールを飲み干し、オヤジさながらに「ぶはあっ」と大きく吠えて気合いを入れる珠希。空になった缶は悲鳴のような金属音を立てながら乱暴に握りつぶされ、無残な姿でテーブルに転がった。

 是が非でも今夜中に有力な手掛かりを掴んでやる、という決意の表れなのだろうが、テンションが高ければ高いほど、それが空回りした際のとばっちりが怖く――もとい面倒になりそうな気がする健吾だった。

 こうなったら、「だいたいの目星はついている」と言った珠希の、その「目星」が的中していることを祈るしかない。


「さて、瑞奈ちゃん、何度も繰り返すようで申し訳ないんだけど、もう一度、夕方の事について話しましょう」

 珠希はそう切り出した。もう回りくどいことはしないだろうから、それが彼女の「目星」の核心部分に直結するのだろう。それは健吾にも理解できる。瑞奈が涙を流したときは言うまでもなく、そもそもこれまでの話題の大半が夕方の出来事についてだった。問題はその中の何がキーなのか、だが。


「えー、またそのお話しですかぁ?」

 瑞奈は詰まらなそうに返事をする。あれだけ長時間、じっと窓の外を眺め続けていたのに今は関心を持てないのは、やはりもうほとんど忘れかけているからなのだろう。

「まあいいから、もう少しだけ私に付き合って。夕方、あなたは窓の外――一ノ塚病院――を眺めながら、『おとうさん、おかあさん、ごめんなさい』って言ってたわよね」

「はあ、珠希さんがそう言うのなら、そうだったのかも……本当に私、そんなこと言ったんですね」

 納得したというより、もう抵抗するのは諦めたという体の生返事で瑞奈は答えた。珠希もこうなることは予想の上で、確認として尋ねたに過ぎないのだろう。軽く頷くと、躊躇することなく話を続けた。


「あの時、それ以外にも口にしたことがあるんだけど、それは覚えてる?」

「はい?」

「さっきの涙を見て、私は思い出したわ。夕方にもあなたは泣いていたけど、実のところ、ご両親に謝る前に、既に泣き始めていたわね。つまり瑞奈ちゃん、あなたが涙を流したのはご両親のことではなく、その前に口にした一言に関係があるのではないかしら」


「……私、何て言いました?」

「蝉」

「セミ?」

「蝉のことを気にしていたわよね。健吾くん、夕方に聞こえてた蝉は何て種類だったかしら?」

「え、ああ、たぶん『ひぐらし』だったと思うけど……」

「そう、ひぐらし。どう、思い出した? それとも改めて何か感じることはない?」

 瑞奈はきょとんとしている。

「そう言われても……うーん。セミ、ひぐらし……あ、あれ? あれれ?」

 その目から、再び涙が流れ始めた。

「あれれれ、どうして? 別に悲しくないのに、また涙が――」

 戸惑う瑞奈を眺めながら、珠希が小さく拳を握りしめた。

「どうやらビンゴね」


「ものすごく意外だ。全然思いつかななかった。どうして蝉がキーワードだと思ったの?」

 健吾が瑞奈にティッシュを渡しながら訪ねると、珠希は「さあ」と肩を竦めて見せる。

「私にもわからないわ。ただ、あの時瑞奈ちゃんが喋ったのは、ご両親のことと蝉くらいだったはずだから。他に候補になりそうな単語が思いつかなかっただけ。一か八かだったのよ。ホント、どうして蝉なのかしら」

 続けていくつか質問してみたが、瑞奈は首を左右に振るばかり。ただ蝉という言葉に涙腺が反応することが判明しただけだった。


「もう、こうなったら奥の手を試してみるしかないわね――健吾くん!」

「は、はい?」

 いきなり呼ばれてびくっとする。

 こういうときの珠希は何か途方もない無茶振りをしてきそうで、嫌な予感しかしない。

「実際にひぐらしの声を聞いてもらいましょう」

「い、今から?」

「うん。セミの鳴き声くらい、ネットで探せるでしょ? よろしくね」

「でも、そんなことをしたら……」

 夕方の、しみじみと泣く瑞奈の姿が健吾の脳裏に浮かんだ。今ここで蝉の鳴き声を聞くよう強いれば、またあんな状態になるのではないか。それは瑞奈をひどく傷つけることになりはしないか。


「躊躇する気持ちは分からなくもないけど、このまま進展しなければ、どのみち明日の夕方にまた試すことになるだけ。つまり同じことよ。それに何も打つ手がないまま夕方を待つのも時間の無駄だし、今やれることは出来るだけやっておきたいの。どうしても反対するなら、私がやるわ」

「……わかった。僕が探すよ」

 健吾は携帯を取り出した。


 検索をかけると、『蝉百科』なるサイトがすぐに見つかった。国内に生息するあらゆる蝉について詳細に紹介しており、その鳴き声も聞くことができるようになっている。

「じゃあ、いくよ」

 健吾は携帯をテーブルの上に置き、ひぐらしの鳴き声を再生した。

 音質はかなり鮮明で、生々しい。

 美しくて、少しもの悲しさを含んだような蝉の声音が、部屋の空気を震わせた。


「あ……この声……」

 しばらくして、瑞奈の声がか細く聞こえると同時に、部屋中が強烈な冷気に包まれ始めた。今までにない反応だった。

「セミ、蝉の声が……」

 涙が止めどなく溢れ出す。先ほどと違い、今は明らかに瑞奈の感情が大きく揺らいでいることがはっきりと見て取れた。

「こ、これは半端ないわね」

 珠希は猛ダッシュでリビングから毛布を二枚取ってきて、一枚を健吾に放り投げると、もう一枚で自らを包んだ。


「瑞奈ちゃん、何が見える? 何が聞こえる?」

「あ、あの……えっと」

「あなたはちゃんと自分で理解しよう、あるいは私たちにちゃんと説明しようとし過ぎて、うまく整理できないところがあるみたい。いいの、脈絡なくていいから、説明しなくていいから、頭に浮かんだことをそのまま言ってみて」

 瑞奈は涙を流しながらも、小さく頷いた。それから両の瞼を閉じ、一度ゆっくりと深呼吸をする。


「セミ……せみのこえ」

 やがてゆっくりと、瑞奈の口が動き始めた。

「せみのこえが、まどから……とてもとおくから」

 それを聞き、珠希はひぐらしの鳴き声のボリュームを絞るように健吾に指示した。

「せみのこえ……それから、ゆうやけ。きれいなゆうやけ、しかくいゆうやけ、なみだ、なみだがながれるかんじ、おじいちゃん、おじいちゃんがふたり、てれび」


     *


「色々出たわね、断片的だけど」

 真冬のように冷え切った部屋で、珠希はふーっと白い息を吐き出した。

 既に瑞奈の涙は止まり、思い出したことは全て言いつくしたのか、口の動きも止まった。

そのまま落ち着きを取り戻してくれれば、やがて気温も上昇するだろう。だが、今回の冷気はかつてないほどに強力で、一瞬本気で身の危険を感じるほどだった。もうしばらくは毛布を手放せそうにない。


 瑞奈は静かに、ぼんやりと座っている。疲れたのか、それとも寒さのせいなのか、その顔はいつもより若干青ざめているように見える。

 少しこのまま休ませた方がいいかもしれない、そう考えた健吾は、質問を再開する前に、瑞奈が口にした単語のリストアップを提案した。

 大きめの紙を用意し、瑞奈が口にした言葉をできるだけ正確に、口にした順序で書きだしていく。作業自体はすぐに済んだが、耳にしたことを改めて文字に書き起こしたことで、健吾の思考は幾分か整理されたようだった。


「僕らが聞いたのは、瑞奈ちゃんの記憶だよね。それって、ある特定の時間や出来事に関する記憶なのかな? それとも、生前の色んな記憶がごちゃごちゃになっているのかな?」

「それは何とも言えないわね。本人に確認してみないことには――瑞奈ちゃん?」

 珠希が声をかけると、

「はい」と短く答えた。

 存外声はしっかりしている。会話はできそうだった。しかし、未だに室温が回復の兆しをみせていないことから、内心はまだ動揺しているのかもしれない。

 それでも珠希は質問を開始した。何せ、瑞奈は記憶が不安定だ。今さっき口にしたことをまた片っぱしから忘れてしまう可能性があった。


「やっぱり気になるのは、この『おじいちゃん』よね。これは『祖父』って意味かしら? 確か二人って言ってたけど……まあ、父方と母方で二人いても不思議はないし」

「ソフ? ……ああ、たぶん違うと思います。私のおじいちゃん――えっと、祖父――は……うん、お父さんのお父さんは私が生まれる前に、お母さんのお父さんは小学生の時に亡くなってますから」

「ほう、スラスラ出てきたわね。いい傾向だわ――」

 珠希が感心したように唸る。


「では、ずばり『おじいちゃん』って誰かしら?」

 改めて訊くと、途端に瑞奈は困った顔をして俯いた。

「それが――何て言うか、勝手に口から出てきたような感じで……でも『おじいちゃん』って言葉が浮かんだとき、少し気持ちが温かくなったような気もするんですが……」

「名前、容姿、声とか、あるいは交わした会話の内容とか、何か思い出さなかった?」

「何も――ただ、笑っていたような、気がするようなしないような。でも顔も名前もぼんやりしていて出てきません。ていうより、名前なんてあったんでしょうか」

「は? ふ、普通は名前はあると思うけど」

「なんとなく、あのおじいちゃんたちには名前がない方がしっくりくるような……これって私、どこかおかしいんでしょうか?」

 今度は珠希が困惑顔になってきた。


「名前のないおじいちゃん、か……」

 健吾が言うともなしにつぶやくと、珠希がすぐ傍まで近づいてきて、耳打ちするように囁いた。

「心配しなくても大丈夫。まだ相当に記憶が混乱しているのよ――きっとそのうちに思い出すから慌てずにじっくりいきましょう」

「いや、もしかしたら、思い出さないんじゃないかな」

「え、それはどういう意味?」

「あ、ごめん、言い方が変だった。正しくは、名前を知らないってことかも」

「何よそれ、余計に分からないわ」

「いやあ、何となく――ってそんなに怒った顔しないで――ついさっき瑞奈ちゃん、祖父の事をスラスラ喋ったでしょ。まだまだ曖昧な部分も多いけど、戻った記憶も相応にあるってことだよね? だから今、これからも色々思い出しつつある瑞奈ちゃんが感じていることは、思い出すのに必要なプロセスかもしれないから、できるだけそのまま信じて、そこから色々検討してみるのもいいのかなって思って」


「要するに、瑞奈ちゃんの思考や感性を妨げない、一切否定しないってこと?」

「そうだね。その線でいくと、『名前がない方がしっくりくる』という彼女の発言は、そもそも彼女の閉ざされた記憶の何処を探しても、二人のおじいちゃんには名前がないから。でも現実に名無しの老人というのは現代では考えにくいから、結果『瑞奈ちゃんは二人のおじいちゃんの名前を知らない』という仮説に辿り着く」

「ふーん……可能性はなきにしもあらず、か」


 珠希はしばらく考え込んだ。その顔はどこか納得できないと言いたそうでもある。

 健吾自身、自らの考えに自信があるわけではなかった。ただ、珠希のように「何?」「誰?」と立て続けに細かく突っ込んでもかえって瑞奈は焦ってしまうように思えた。もっと瑞奈のペースで自由に漂うように、思考の海を泳がせた方がいいのではないか。


「でも、それだと『おじいちゃん』は『印象深くて謎の人物』で終わってしまうわよ? それも不自然じゃない?」

「そうだね。僕が間違っているかもしれない。でもこの際、『おじいちゃん』は後回しにしたらどうだろう」

「どゆこと?」

「これは僕の勝手な想像なんだけど――」

 健吾はテーブルの『瑞奈発言リスト』を指した。


「――瑞奈ちゃん、最初は蝉のことを言ってる。これは僕が携帯から流した音声に反応したことが出発点となって、それが刺激となって記憶が断片的に呼び覚まされていった。そんな風に思えるんだけど」

「そうかもしれないわ。だとしたら?」

「一種の連想ゲームのような流れじゃないのかなあ、これ。蝉の鳴き声から始まって、そこから思い起こされる、ある特定の場面の記憶が少しずつ、数珠つなぎのように甦った。仮にそう考えると、『おじいちゃん』の部分が異質に見えるんだ。いきなり出てきて前後の関連もわからないし。だからそこは後回しで、まずは分かりやすそうな部分から考えて、どんな場面だったかを組み上げていったらどうだろう」


 まだ完全ではない。しかしリストを書きだしているときに健吾が考えてみたことを、そのまま言ってみた。

 根拠もなければ内容も中途半端。珠希は呆れるか怒るかしてくるかと思ったが、ただ目を丸くしてうんうん頷いてくれた。

「健吾くん、す……」

「す?」

「あ、いえ――す、するべきことは『何でもやってみる』が、今の私たちの役割よ。あなたがそう考えるなら、その線で一度やってみましょう」

 珠希は乱暴な手つきでテーブルの『瑞奈発言リスト』を引き寄せた。


「えっと、まずは蝉の声。それから夕焼け……この辺りは夕方とシチュエーションが近いわね。夕方の出来事はそういう条件が揃ったから起きた、というわけね」

 そこで不意に珠希の口が止まった。眉間に皺を作りながら、リストを健吾に渡す。


「あとは『涙』と『おじいちゃん』と『テレビ』しかないわ。涙はさっきみたいに瑞奈ちゃんが泣いた記憶かもしれない。だとしたら、それでおじいちゃんを後回しにしたら、テレビしか残らないじゃない。これをどう繋げるってわけ?」

「いや、もうちょっと細かく見ないと。ほらここ」

 健吾はリストを珠希に返しながら、ある部分を指差した。

「ん? しかくいゆうやけ……四角い夕焼け? なんだか歌詞みたいなフレーズね」

「うん、瑞奈ちゃんがポエムっ子だったらそういう言い回しもアリかもしれないけど、そうじゃなければ、実際に四角い夕焼けを見たんだろうね」

「あ……もしかして、テレビ画面」

 健吾は頷きながら、「窓、という可能性もあるけど」と付け加えた。


「おじいちゃんは? 今の段階で無理矢理おじいちゃんを関連付けると、どんなことが考えられるかしら?」

「うーん、例えば、テレビに映ってた人……だったら、名前が分からないってことも」

「なるほど、つまり……」

 珠希はそこで沈黙し、長い思考に突入した。時間が経つにつれ、やや興奮気味に上気していた顔色は元に戻り、その表情からはむしろ落胆の色が濃く滲み出ていた。


「仮に、仮によ。今の健吾くんの考えに基づいた推理がそれなりに、当たらずも遠からずだとしたら、瑞奈ちゃんは『夕方、蝉の声が聞こえる頃にテレビを見て、あるいはテレビに映った夕焼けを見て泣いた』ことを思い出した。ってこと? それだけ?」

「ま、まあ、この『発言リスト』に限定するとそうなるかも。でも的外れかもしれないし、他にも考慮すべきことはいくつか――」

「病院をずっと眺めていたこととの関連もないわ。どんだけ感動的な番組だったのよ。これじゃあ、手掛かりなんて――」

「テレビしか残ってないよね」

「え?」

「お墓や病院のことを尋ねても、両親のことを尋ねても何も出てこなかった。ところが蝉の声を聞かせたら、テレビが出てきた。ならば次はテレビの件を突き詰めれば、また何か出てくるかも。そうやって続けているうちに、病院のこともおじいちゃんの謎にも近づけるかもしれない。まあ、長くなったけど、概ね僕の考えは、そんな感じ」


 珠希はじーっと健吾の顔を見つめた。

「あ、あれ、やっぱりダメ、だったかな」

「ダメじゃないわ。ダメじゃないけど」

 珠希はさらに顔を近づけてじーっと健吾を見つめた。一瞬、鼓動が大きく脈打つ。

 しかしそれ以上は何も言わず、ぷいっと顔をそむけた。


「……いいわ。訊いてみましょう。瑞奈ちゃん、今の話――」

「はいっ! なんだか分からないですけど、聞いてた気がします」

 いきなり瑞奈の元気でアバウトな返事が飛び込んできた。


「そ、そう――じゃあ、テレビのことなんだけど、四角い夕方っていうのはどんな――」

「テレビ、見たいですっ!」

 瞳をキラキラ輝かせ、ぐいぐいと迫るように訴えてくる。


 ――あれ、こんなにテレビ好きだったっけ?

 健吾は首を傾げた。確かに以前にもテレビを見たいと希望してきたことはあるが、こんなに積極的ではなかった。むしろ暇つぶし程度のレベルだったんじゃないだろうか。

 元気を取り戻したのは構わないが、それにしては未だに室内が寒いまま、というのも何か様子がおかしい。

 急なハイテンションに珠希も戸惑っているようだった。


「い、いいわよ。じゃあテレビ、見ましょうか……」

「やたー、テレビー!」

「それで、瑞奈ちゃん、何か見たい番組があるの?」

「えーっと……時代劇!」

「は?」

「思い出したんです! ずっと、続きが気になってた時代劇があるんです。それを見たいです」

「…………」


 口を半開きのまま、珠希が固まってしまった。

 健吾の脳裏にも不吉な予感、いや、ある可能性を秘めた恐ろしい推測が組み立てられつつある。

「た、珠希ちゃん、しっかり」

 増大する不安に急き立てられるように、健吾は珠希の肩を大きく揺すった。


「あ、ああ、健吾くん……」

 ようやく我に返った珠希は、まだ虚ろな目を泳がせながら言った。

「ビンゴっちゃあ、ビンゴね。テレビが手掛かりなのは、どうやら正解……ふう」

「そ、それで、珠希ちゃん――」

 健吾は勇気を振り絞り、己が脳裏に浮かぶ恐ろしい推測を口にした。きっと珠希なら否定してくれると信じて。


「もしかして、瑞奈ちゃんが成仏できない理由――この世に残している強い思い、未練というのはまさか、『時代劇の続きがどうしても見たかったから』なんてことじゃあ、ないよね?」

 珠希は何も言わずただ、

「フッ」

 と、小さく鼻で笑うだけだった。


(つづく)



お読みいただきありがとうございます。

途中から風邪引きながらの作業だったので、ぼーっとして変になっている部分がありましたら、申し訳ありません。

次回は後編。怒涛の展開になればいいなあ、と思っていますが、ストーリーの進行が遅いので微妙な雰囲気になりつつあります><


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