話の九 最後の願い (前編)
「彼女も前向き――という言い方が正しいか分からないけど、自分自身と向き合う覚悟がある、ということかしらね」
冷蔵庫にペットボトルや缶を放り込みながら、珠希が呟く。誰かに語りかけるというよりも、自身の思考を整理しているような口ぶりだ。
健吾の依頼を受け、数軒のコンビニを回って買い漁ったとおぼしき、大量の「コアラの町」と、好みで加えたらしいチョコレート味のアイスクリーム類、そして自分らの夕食のための弁当と、息抜き用なのか若干のビールを含む飲み物とつまみ類。
珠希が文字通り、抱えきれないほどの荷物と共に戻ってきたお陰で、部屋は一時騒然となった。
キッチンで買い出し品の整理と夕食の準備――と言っても湯沸かしくらいだが――をする間、健吾は珠希に、彼女が不在中の瑞奈の様子について伝えてみた。
あらかた片付けも終わり、冷蔵庫の扉を閉じると、珠希は立ちあがって少し伸びをしながら話を続けた。
「消えたくないのは――これは仮説だけど――消えてる間はたぶん意識も消えちゃうのよ。だから何も考えられない。つまり、考える時間が欲しいってことだと思うわ。ということで健吾くん、あなたは今後、原則として外出禁止ね。入用の物は私が買って来るから」
「り、了解……」
「さ、夕飯にしましょう。今夜は三人で一緒がいいわ」
瑞奈は畳の上から動けないから、ダイニングに置いてある小さなローテーブルを畳部屋に移し、三人で囲むように座る。
健吾と珠希の夕食は、コンビニで買ってきた弁当やカップめんなど。念のため、瑞奈も食べるか尋ねたらきっぱりと、
「私はお菓子がいいですっ」とのことだった。
「うは――――」
と、「コアラの町」とはまた違った新鮮な驚きと好奇心に溢れながら、瑞奈がアイスを頬張る前で、健吾と珠希は地味な食事をとり始めた。
実は、この夕飯から既に珠希の尋問大会も開始している。改まった時間と場を設定して対面しても、瑞奈の事だから緊張してしまい、かえって思考が鈍るだろう。話を強制するよりも気楽な雑談の形で進めた方がいいという、珠希の提案だ。
「ところで瑞奈ちゃん、昼間のことなんだけど――」
それとなく珠希が話を本題にシフトさせていく。
ちょうど同じタイミングで、三分が経ち、健吾の夕飯であるカップめんが出来上がった。
フタを開けると、食欲をそそる濃厚な香りとともに、湯気が立ち上る。
うん、なかなかにうまそうだ、と心の中で呟きながら、箸を入れて麺を軽くかき混ぜた。
「瑞奈ちゃん、どうかしたの?」
訝しげな珠希の声に、何ごとかと健吾は顔を上げた。
すると、こちらを――正確には健吾の手元にあるカップめんを――じっと見つめる瑞奈の顔があった。半開きの口からは、今にもヨダレが零れそうだ。
「…………食べてみる?」
瑞奈はぶんぶんと首をタテに振った。
少々心配なこともあったが、あんなにつぶらな瞳で凝視されたら仕方ない。健吾はカップめんの容器と箸を、ゆっくりと瑞奈の前に差し出した。
話の腰を初手から折られてしまった珠希は不満げだが、食事をしながらという形式である以上、これも仕方ないだろう。
瑞奈は興味津津の体で箸を容器に入れ、麺をすくい上げた。白い湯気が勢いを増す。
あーん、と口を広げて麺を含むと、ちゅるっと音を立てながら、麺が唇の中に吸い込まれていく。
瞬間、瑞奈の両眼がカッと開いた。
「か、から――――いっ!」
やはりか。心配は的中したな……と、健吾は内心呟く。
甘いお菓子大好き瑞奈には、超辛味噌特濃豚骨味は無理だったようだ。
「く、唇がヒリヒリするう、舌が痛いぃ」
「み、瑞奈ちゃん、危ない!」
悶え苦しむ瑞奈の首がもげそうになって、慌てて健吾は頭部を押さえた。
「み、みずぅ……だれか水を――」
「大丈夫か! 珠希ちゃん、すまないけど水を!」
「はいはい」
珠希が半ば呆れ顔で水を飲ませると、ようやく落ち着いた。
「ふーう。びっくりしましたあ。死ぬかと思った」
と、少々受け答えに困る台詞を笑顔でこぼした。
「ぅおっほん」
微妙に気まずい空気が生まれつつあるのを、珠希のわざとらしい咳ばらいが打ち消した。
「さて、落ち着いたところで、話を戻すわね。昼間のことなんだけど――」
「あのー健吾さん、このラーメン、最近流行ってるんですか?」
「え? いや、そんなに流行ってないと思うよ。これマニア志向だから」
「そうなんですかー。辛かったけど、でも本当は食べることのできなかったものを食べられたんですよね。それって、ちょっと得した気分ですっ」
「そ、そうか……えっと……じゃあ、他のも味見してみる?」
「はいっ! じゃあ、今度はそっちの――ひいっ!」
瑞奈の無邪気な指が差した先には、目も口も薄っすらと笑ってはいるが、こめかみにくっきりと青い筋を浮かび上がらせている珠希の姿があった。
「あら、瑞奈ちゃん、私のお弁当も味見、する?」
「ひぃいいっ」
「遠慮なんかいらないわよぉ。そのかわり、ちゃんと私の話を聴いて、質問にも答えて、ネッ」
瑞奈は涙目になりながら、カクカクと首を縦に振った。
*
結局、まともに話が進みだしたのは、食後になってからだった。
健吾と珠希は、お互い一本だけの約束で缶ビール。あとはお茶。
瑞奈は相変わらず「コアラの町」を食べ続けている。彼女の場合、食事なのかデザートなのか区別がつかない。
「まだ色々混乱も戸惑いもあると思うし、きちんと説明しようなんて思わなくていいわ。脈絡なくて構わないから感じたまま、思うままを話してね」
珠希は穏やかに諭す。まだ瑞奈の記憶が不完全であることは承知しており、何を思い出したかを確認するよりも、こうして話をすること自体が、思い出すきっかけになることを期待している。
ただ、好きなようにと言われても、それ自体がプレッシャーになっているようで、瑞奈はなかなか口を開かない。
「……あ」そんな様子に気づいて、珠希は思わず声を漏らした。いかにも「やっちゃった」という表情で、頭をぽりぽりと掻いた。
そりゃそうだよな、わざわざそんな前置きされたら、誰だって緊張するよ。ましてや、相手は瑞奈ちゃんだし。どうも珠希ちゃんは周りが見えなくなるときがあるな――と、健吾は溜め息をついた。
珠希が不服そうに唇を尖らせて睨んでくる。
いや、僕を睨んだってどうしようもないし――と、健吾は睨み返した。
とにかく、雑談的に気楽に、という当初の思惑はもう失敗している。こちら側から色々尋ね、糸口を探っていくしかなさそうだった。
珠希がまず取り上げたのは、墓地でいきなり消えた件だった。
「あのときのことで、覚えてることを話してみて」
「え、あう――あのとき、は……えっと」
「ゆっくりでいいから。はい、これ食べて落ち着いて」
完全に上がってしまってしどろもどろな瑞奈に、珠希は「コアラの町」を差し出した。
ひとつ摘まんで口に放り込み、ついでに珠希のウーロン茶を一口飲ませてもらって、「ふー」と肩で大きく息を吐き出す。それでだいぶ緊張も解れてきたようで、瑞奈はゆっくりと口を開いた。
「あの時のことは、健吾さんに少し話したんですけど……」
「聞いたわ。『不意に、この部屋に戻りたくなったような気がした』だっけ?」
瑞奈は頷いた。「どうしてそう思ったのかは、分からないんですけど」
「例えば、疲れたから戻りたくなった、と聞いてピンとくる?」
瑞奈は首を振った。
「お腹すいたから、では?」
「そういうのじゃなくて。『私はここにいなくちゃいけない』って感じで……」
「それは、使命感みたいなものかしら」
「うー……」瑞奈は考え込んだ。どうやらニュアンスが違うらしい。
「じゃあ、質問を変えるわね。墓地で最後に見たものは何だと記憶してる?」
「え? 最後に見たもの――えっと、私のお墓を見て、それから帰る時間になって駐車場に向かって――だから駐車場……それか、車?」
「私、瑞奈ちゃんが消える瞬間を見てないのよね。健吾くんはどう? 思い当たるものはある?」
健吾はあの時、ノインと合体した瑞奈を抱えていたが、消えた瞬間を見たわけではなかった。「あ」と声がしたと思ったら、もういなくなっていた。
「その『あ』という声を出した時に、瑞奈ちゃんは何かを見ていたのではないかしら。何かを見つけて、それが引き金になって急に『あ、戻らなきゃ』って気持ちになった――そんな風じゃないかと、私は思ってるんだけど」
「すみません。私、その辺りの記憶が曖昧で……」
瑞奈が済まなそうに肩を落とす。
「うーん、あの時は――」
健吾は必死になって記憶をほじくり返そうとした。消えた瞬間は見ていなくても、その時の自分自身の立っていた位置や方角、ノインの抱え方などを思い出せば、瑞奈の視覚はある程度絞れるのではないか。
「――駐車場に入ってすぐ、だったよね。まだ車の方に体は向けていなかったはずだよ。僕の体が向いていたのは、丘の斜面の方だと思う」
健吾は、瑞奈がちゃんと正面を見られるようにノインを抱えていた。つまりは、彼女の視界は健吾のそれとたいして変わらないことになる。もちろん左右を見回すこともできるが、仮に正面を見ていたとすれば、そこには頂上へと続く丘の斜面があったはずだ。そして、その頂上部にには――。
「一ノ塚病院……なるほどね」
珠希が納得したように呟く。
「何か分かったの?」
健吾の問いに、珠希は「うーん」と曖昧な返事をして腕組みした。
「病院を見たら、どうしてこの部屋に戻りたくなるのかしら。まったくもって意味不明ね。でも、この部屋で暗くなるまで窓から病院を眺めていたのと関係はあるんでしょうね……」
「あ、なるほど」
思わず珠希と同じ感想を漏らして頷く健吾。
「どうも、うまく筋道が通らないわ――」
眉間に出来た皺を指で摘まむようにしながら、珠希は続けた。
「――ここに戻ってからもずっと眺めるくらいなら、墓地からの方がずっと近くてよく見えるじゃない。やっぱり消えたのは病院とは無関係なのかしら。ここにいたいって気持ちがあって、実際に瑞奈ちゃんはこの畳の上から動けなくて……うーん、情報が全然足りないわね」
健吾も色々考えてみたが、わからないことばかりだった。
ただ、瑞奈が消えた件と病院のことはあながち無関係とは思えない。墓地へ向かう途中の車内でも、病院が見えた時の瑞奈の様子は少し変だった覚えがある。珠希の言う通り情報は足りないが、思考の方向性自体は間違っていない気がした。
「じゃあ瑞奈ちゃん、僕から訊いてもいいかな」
「はい、なんでしょう」
「確認に近いんだけど、夕方、瑞奈ちゃんがここの窓からずっと眺めていたのは、一ノ塚病院だったの?」
健吾の質問に、うんうん唸っていた珠希も顔を上げた。
瑞奈は「はい」と返事はしたものの、自信なさそうに最後に「たぶん」と付け加えた。
「どうして眺めていたのか、答えられる?」
「なんとなく、見ていたかったから……としか。ごめんなさい、何も分からなくて……」
瑞奈の瞳が潤んで輝きを増し始めた。
――やばい。
「いいからいいから。これ食べて」
健吾は慌てて「コアラの町」を渡した。
「ぐず、あいー」
ボリボリとお菓子を食べる音がどことなく寂しげだった。
*
あまり質問攻めばかりしても瑞奈がいっぱいいっぱいになってしまうから、休み休み進めよう、という健吾の提案を受けて、三十分ほどの休憩を挟んだ。
その間、珠希はしきりに携帯をいじったり、隣室から毛布を運び込んだりしていた。
「下手したら徹夜かもしれないしね。それにいつ強烈な冷気が出るかわからないし」
とのことだった。
確かに、テレビで確認すると今夜も残暑厳しい熱帯夜のはずなのに、既にエアコンなしで快適な室温になっている。
質問に上手く答えられないことで、瑞奈はかなり落ち込んでいるようだった。それでも珠希が「再開しましょう」と言うと、「はいっ」と明るく返事した。
「さっきの続きになっちゃうけど。瑞奈ちゃん、窓から病院を眺めていたとき、どんな気分だった?」
「気分、ですか?」
「ええ、気分とか感情とか。楽しいとか寂しいとか、なんでもいいから覚えてるところを教えてほしいの」
「そうですねえ――」
瑞奈は視線を上方で泳がせた。
これは答えられそうな質問だ。珠希は気を使ってわざとこうした質問をしたのだろうか。
「うーんと、楽しいって感じじゃなかったです。寂しいに近い雰囲気もありましたけど、どちらかと言うと『静か』な気分かな、と思います。でも――」
「でも?」
「うまく言えないんですけど、静かなくせに、気になると言うか、吸い込まれると言うか引っ張られるような感じと言うか……」
「何か、嫌な感じはなかった? 気分が悪くなったりとかは?」
「いえ、ないです」
「そう」
珠希は満面の笑みを浮かべて、瑞奈の頭を撫でた。
「よかったよかった」
「へ、なんですか、どうしたんですかあ?」
戸惑う瑞奈。健吾もわけが分からない。
「理由も分からずに、見ていて引っ張られるような感覚――これは何らかの因縁がある証拠よ。でも、どうやらそれはあまり悪いものではないみたいだわ。強い嫌悪や恨みを抱えていたりしたら、気分が悪くなったり、勝手に怒りがこみ上げてきたりするはずだから」
「そ、そうなんですかあ。それって、安心していいのでしょうか?」
しかし珠希は、その問いに対しては笑顔を返すだけで、何も答えなかった。
恨みなどはないかもしれない。でも明るい気分になったわけでもない。だから何も断言できないのだろう。
「じゃあ、少し突っ込んだ質問、いいかしら?」
「なんでしょう」
「ご両親について」
「あ……はい」
僅かだが、瑞奈に動揺が見られる。以前尋ねた時の無頓着な反応とは明らかに違っていた。
「夕方のあなたの様子からして、何か思い出したんじゃないかしら?」
「……えっと、どこから話せばいいのか、迷うんですけど……」
「辛かったら無理はしなくていいけど」
「平気です。ウーロン茶もらっていいですか?」
「え? うん……どうぞ」
少し首を傾げながら、珠希は手元のコップを差し出した。瑞奈は少しだけお茶をすすると、「こほん」と小さく咳払いした。
「お昼でのことなんですけど、自分のお墓を見て思ったんです。自分は死んだってこと、今の私は幽霊なんだってこと――。そしたら、ひとつ気になることがあって」
「何かしら?」
「これが私のお墓だとしたら、一体誰が作ってくれたんだろうって」
「あら、いつの間にそんなことを」
「初めは全然実感が湧かなくて混乱しました。けど、ちょっと落ち着いてきて、改めてお墓を眺めて『これって、私が死んだ後に建てたんだよね』と思ったら、それを見ているのが妙というか、だんだん珍しい感じになって。こんな私のために誰がお墓を作ってくれたのかが気になってきたんです。
そうしたら、すぐに頭の中に『親』という言葉が浮かんできました。もちろん本当の所は分からないですが、普通に考えたら、両親以外にないだろうなって。ちょっとショックでした」
「え?」
「なんで?」
不可解な発言に、健吾と珠希はお互いを見合った。
「私、ずっとずっと、両親のことを忘れていたんです。お墓を見て、初めてそのことに気づいたんです。なんだか申し訳なくて――」
聞いているうちに、健吾の脳内は疑問符で一杯になっていった。
瑞奈はとても真剣に話をしている。内容も、まあ、筋は通っていると思う。
でも、この冷静さと饒舌さは一体何なのだろう。まるで感情がこもっていない。泣きながら「ごめんなさい」と呟いていた姿と、あまりにかけ離れている。
「だから、謝ったってこと?」
瑞奈の話を遮って発問した珠希の顔にも同様の困惑が張り付いていた。
「……はい?」
「夕方、窓の外を眺めながら、言ってたわよね。『おかあさん、おとうさん、ごめんなさい』って」
瑞奈はきょとんとしている。
「……えっと、お墓があって嬉しかったです。作ってくれてありがとう、という気持ちもあります。今まで忘れていたことは申し訳ないと思いますけど、おかあさんとおとうさんに言うなら、『ごめんなさい』よりは『ありがとう』って感じかも……」
「瑞奈ちゃん、何を謝っていたのか、ちゃんと思い出せる?」
瑞奈は両手の人差し指でこめかみを押さえ、困りきった顔をしながら珠希、健吾へと視線を巡らせた。
「あのお、私、何か謝っていましたか?」
急に話が噛み合わなくなった。
「珠希ちゃん、これは一体――って珠希ちゃん?」
健吾が向けた視線の先で、珠希が脱力してテーブルに顔を埋めていた。
「ふー、相変わらず瑞奈ちゃん、手強いわー。あー、ちょっと疲れたから、休憩ねー」
言うなり、何やら寝息のような呼吸音が聞こえ始めた。
「ちょ、ちょっと待って。寝る前に説明を、瑞奈ちゃんはどうしちゃったの?」
「……どうやら、忘れちゃってるみたいねー。どうしようかなあ、今日はお開きで、仕切り直した方がいいかなあ」
「それはどういう意味、ていうか、どうなってるの?」
「記憶が戻りかけてはいるけど、まだ安定していないっていうのかしら。たぶん瑞奈ちゃんの頭の中は結構ぐるぐるしてて、色んな記憶が出たり入ったりして混乱状態なのよ」
「……そんな風には見えないけど」
瑞奈は落ち着いている。急に話が中断してしまってヒマになったのか、「コアラの町」を呑気に頬張っていた。
「まあ、自覚はないでしょうね」
「仕切り直しっていうのは?」
「私としては、一番肝心そうな部分が忘れられちゃった、って思ってるわ。健吾くん、何かこれ以上訊き出せるようなネタ、思いつく?」
「いや、急に言われても……」
「ある程度話はできたし、いくつか興味深い情報も得たわ。とりあえず明日はそれを吟味して、作戦を練り直す。そして夕方、また蝉が鳴く頃になったら今日と同じような条件で窓から病院を眺めてもらえば、再び思い出してくれるかもしれないし――」
「そ、それは――」
脳裏に夕刻の瑞奈の泣き顔が過り、とても承服できない提案だと、身を乗り出そうとした時。
「あ、あれ――なんだろこれ?」
瑞奈の弱々しい声が聞こえた。
お菓子を食べていた動作をそのまま停止させ、戸惑っている。
その両目からは、一筋ずつの涙が零れていた。
「瑞奈ちゃん?」
声を掛けると、健吾の方を向いて、
「私、涙出てますよね?」
と変な確認をしてきた。
「え、うん。泣いて……る」
「あれ」と瑞奈は首を傾げ、「そんなことはないと思うんですが……」
と言いながら、両手で拳を作ってごしごしと涙を拭う。
「止まらない……なんで?」
拭いても拭いても、涙は溢れてきた。
「健吾くん」
いつの間にか起きあがり、用心深く瑞奈の様子を観察していた珠希が、静かに口を開いた。
「さっきの話はナシ。休憩も終わり。このまま続けるわよ」
(つづく)
お読みいただきありがとうございます。
後で改稿するかもしれません。
次回は中編になると思います。
相変わらずスローペースですが、よろしくお願いいたします。




