表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ディンの紋章 ~魔法師レジスの転生譚~  作者: 赤巻たると
第六章 領海の脅威編
99/170

第一話 誰の味方か

 


 アレクは魔力を込めた拳を繰り出した。

 唸るような一撃。

 空間が軋み、大気が悲鳴を上げる。


 しかし、ウォーキンスは避けない。

 ただひたすらにアレクの動きを見ている。

 当たれば即死するであろう拳が、彼女の眼前へ迫った。

 その瞬間――


「――”覇軍舞踏・相殺”」


 ウォーキンスが呟きと共に踏み込んだ。

 その瞬間、猛るような魔力を彼女から感じた。

 見たこともない動きで距離を詰めると、アレクの一撃を正面から受け止めた。


 片手である。

 一歩も下がることなく、アレクの攻撃を殺してしまったのだ。

 ウォーキンスはアレクの腕を掴み、淡々と語りかけた。


「初めまして。ディン家使用人・ウォーキンスと申します」


 その言葉に対し、アレクは無言。

 掴まれた腕を振り払おうとしていた。

 だが、ウォーキンスの膂力は凄まじい。

 アレクの腕を封殺したまま、身体を入れて追撃を牽制していた。


「英雄・アレクサンディアとお見受けします。

 お会いできて光栄ですが……いきなりの襲撃とは。

 いかなるお考えがあってのことでしょう」


 ウォーキンスは困ったように口角を上げた。

 しかし、その目は決して笑っていない。

 明らかに、いつもの彼女が見せる表情ではなかった。


 ギシギシと、空中での魔力の拮抗が伝わってくる。

 と、ここでアレクが無理に振り解くのをやめた。

 奇襲攻撃は諦めたのだろう。

 その代わり、鷹のように鋭い眼をウォーキンスに向けた。


「なぜここに――王国におるのじゃ?」


 要領を得ない質問。

 ウォーキンスは首を傾げながら、アレクに返答する。


「なぜ……と申されましても。

 恐れながら、このウォーキンスを誰かと勘違いされていませんか?」

「ふざけるなッ!」


 アレクが一喝した。

 怒りで身体を震わせ、先ほどの発言を糾弾する。


「”初めまして”? それに、”ウォーキンス”?

 なんじゃその名は――舐めておるのか」


 アレクは厳然とした口調で言い捨てた。

 そして直後、地面に魔法陣を展開させる。

 二人の立つ床に、複雑な文様が浮かび上がった。

 それを見て、ウォーキンスが眉をひそめる。


「――死にますよ?」

「汝がな」


 言い返して、アレクは足元に魔力を注ぎ込む。


 魔法陣。

 特殊な技法によって描かれた、魔力の通り道だ。

 魔力を一時的に肩代わりしてくれる他、

 魔法の発動地点を精密に指定することができる。


 帝国の機密である転移魔法を筆頭に、

 『結果がどこに発生するか分からない魔法』を使う時には必須の技術だ。


 そして、もう一つ。

 魔法陣を使えば、広範囲の魔法を陣内に集約することができる。

 水を吐き出すホースを、潰した時のイメージに近い。

 普通に魔法を放つよりも、局部的な被害は甚大なものとなる。


 そして当然――

 アレクが魔法陣を使ったのは後者のためだ。

 爆発的な威力を持つ魔法を、

 己とウォーキンスの範囲に叩き込もうとしている。


 俺たちを巻きこないようにしているのか。

 あるいは、魔力を一箇所に集めないと攻撃が通らないのか。

 混乱した思考では、どちらが真実なのか判断がつかない。


 しかし、真っ白になった頭でも、一つだけ確信は持てた。 

 この魔法が発動すれば、取り返しのつかないことになる。

 そんな気がしたのだ。


 と、その時。


「――”覇軍舞踏・破魔”」


 ウォーキンスが脚を床に叩きつけた。

 その瞬間、アレクの敷いた魔法陣が砕け散る。


「……なんじゃと」


 魔素によって創られたものは肉体では干渉できない。

 そんな常識をくつがえすかのように、ウォーキンスは魔法陣を踏み砕いた。


 さすがに予想外だったのだろう。

 アレクは冷や汗をかく。

 そんな彼女に、ウォーキンスは屹然と言い放った。


「屋敷の中で、これ以上の狼藉は認められません」

「ほざけッ! 汝が500年前に犯した愚行、忘れたとは言わせん!」

 

 その一言で、確信した。

 やはり、アレクとウォーキンスは面識があった。

 そして、明らかに友好的ではない。


 面倒事を嫌うアレクが、問答無用で襲いかかっているのだ。

 二人の間で、不可逆的な決裂があったのだろう。


 ジリジリと、緊張が高まっていく。

 アレクはセフィーナが退避していった方向を一瞥し、険しく問い詰めた。


「セフィがあの状態なのは、汝の仕業か?」


 あの状態。

 時の経過を無視した風貌のことを言っているのだろう。

 アレクの詰問に、ウォーキンスは冷たく言い返す。


「黙秘します」

「2度は言わん――答えよ」


 しびれを切らせたように、アレクが左拳を握りしめた。

 ロックされていない逆の手で攻撃しようとしている。

 その刹那、ウォーキンスは小声で何かを呟いた。


「――開け、界魔の門」



 聞き覚えのある詠唱の形。

 エリックの使う引用魔法に、呪文が酷似していた。

 だが、発動する現象はまるで異なっている。

 

 ウォーキンスの右側の空間が、突如歪んだのだ。

 ドロドロとした空間の裂け目が現れる。 

 彼女はそこに手を入れ、何かを引っ張り出した。


 ――禍々しい大剣。


 いつもウォーキンスが使っている、クレイモアに近い殺傷武器だ。

 それを思い切り振り上げ、アレクを威圧する。

 しかし、アレクはいかなる敵にも怯えたりはしない。

 彼女はそういう魔法師であり、拳闘士なのだ。 


 アレクの拳。

 ウォーキンスの大剣。

 あんなもので戦えば、双方無事では済まないことは明白。


 正直、転変する眼前の光景に、呑み込まれていた。

 しかし、ここに来てようやく思考が冷静に戻る。

 半ば無意識に、俺は呟いていた。


「――やめろ」


 絞り出したような悲痛な声。

 俺は二人の間に入り、距離を置かせようとする。


「もう、やめてくれ……」


 二人が戦うところなんて、見たくない。

 見たくないんだ。


 俺の介入を見て、まずはウォーキンスが力を緩めた。

 しかし、アレクは未だに魔力をまとい続ける。


「……アレク」


 声をかけると、彼女は俺を睨んできた。

 思わず背筋が凍りつく。

 しかし、俺はアレクから目を逸らさなかった。


「……お前とウォーキンスの間で、何があったのかは知らない。

 ただ、お前がそこまで怒ってるんだ。

 なにか許せないことがあったんだろう。でも――」


 その瞬間、アレクの眼光がさらに鋭くなった。

 事情を知らないなら引っ込んでいろ、とでも思っているのだろう。

 至極もっともだ。


 しかし、俺は言った。

 皆の安全を確保するため、言わなければならなかった。


「だからといって――いきなり殴りかかることはないだろ」


 この場にはセフィーナがいたんだぞ。

 巻き込まないよう配慮はしていたのかもしれないが、明らかにやり過ぎだ。

 下手をすれば屋敷ごと全員が吹き飛んでいた可能性もあった。


 それに……。

 ウォーキンスを敵対視されても、俺としては困惑しか返せない。


 そう言うと、アレクは眉をひそめた。


「レジスよ……この女を庇うつもりか?」


 ギリッと、彼女が歯を噛み締めたのがわかった。

 アレクを悲しませたくない。

 だが、これ以上の被害の拡大は避けるべきだ。

 ことを穏便に済ませるため、俺は頷いた。


「ああ、そうだ」

「……………………」


 アレクは沈黙した。

 顔を俯かせ、拳闘の構えをやめる。

 握った拳を下ろし、悲壮に満ちた表情になった。


「…………」


 アレクは無言のまま修復魔法を発動した。

 破壊した物を元通りにしようとする。

 粉々に砕けていた家具が、壁が、全て修繕された。


「汝は、我輩の味方じゃと、思って……」


 どこか震えた声。

 それだけ言って、アレクは窓から飛び去った。

 山上の研究所の方へ、ふらつくように飛んで行く。


 その時に見えた彼女の顔は――今にも泣き出しそうだった。




     ◆◆◆





 アレクが出て行った直後。

 ウォーキンスは剣を空間にしまった。


 そして、修復魔法でカバーできなかったものを直していく。

 床に落ちたカーテンを、窓に取り付けたりしていた。

 そんな彼女に、俺は謝辞を述べた。


「……守ってくれて、ありがとな。ウォーキンス」

「お安いご用です」


 ウォーキンスは平然としている。

 あれだけのことがあったのだ。

 もう少し、せめて何か言及することがあるのではないか。


 いや……違うな。

 恐らく、ウォーキンスは悟られないようにしているのだ。

 過去にアレクとの間で起きたことを、必死で隠そうとしているのだろう


 しかし、あそこまでアレクが激高するなんて……。

 いったい、何をしたんだよ。


 しかし、物事には優先順位というものがある。

 ウォーキンスには後で話を聞くとして、今すべきことは――


「……ちょっと、外に出てくる」


 このまま放置していたら、事態の悪化は確実。

 俺はウォーキンスの後ろを通り、扉の方へ走った。

 すると、ウォーキンスが手を止めて聞いてくる。


「アレクサンディア様の元へ、行くのですか?」

「ああ――そうだ」


 俺は言い切った。

 すると、ウォーキンスは少し困った顔をする。

 俺とアレクが関わるのを、快く思ってないのだろう。

 彼女は心配そうに訊いてきた。


「護衛がなくて大丈夫でしょうか」

「もちろんだ。むしろ、ついて来られると困る」


 ウォーキンスがいると、さらに話がこじれそうだ。

 まずは俺が一人で事情を聞いてくる。

 その上で、どうするか考えよう。

 俺が扉を閉める直前、ウォーキンスが一礼してきた。


「では、お気をつけて。四賢の毒牙に掛からぬよう――」


 この言い方……。

 どうやら、アレクだけではなく、

 四賢全員と何かしらの因縁があったみたいだな。


 まあいい。

 とにかくアレクを追いかけないと。

 セフィーナが無事であることだけを確認し、俺は屋敷を出たのだった。




     ◆◆◆



 ひたすらに走る。

 つい直近まで、俺の身体はシャンリーズとの戦いでボロボロだった。

 そんな状態での全力疾走は、かなりキツかった。


 しかし、すぐに見つけた。

 山の方へ飛んで行くアレクを視界に捉える。

 思ったより低速度で飛空しているようだ。

 俺が追いつくのを待っていたのか?


 とりあえず、俺は大声を張り上げた。

 あいつを止めないことには、何も始まらない。


「アレク! 待てッ! 話をしよう!」


 すると一瞬、アレクがこちらを振り向いた。

 やはり、悲しげな顔をしている。

 だが、彼女は俺の姿を確認すると、その表情が少し和らいだ……気がした。


 しかし、アレクはすぐに前を向いてしまう。

 聞こえてるのに、あえて無視してやがるな。

 本当に研究所に行くつもりだ。


「こら! また俺に急勾配の山を登らせる気か!?」


 このままでは翌日の筋肉痛は不可避。

 ようやく勝ち取った安穏を、疲弊しながら享受するのは嫌だ。


 なにも俺の位置まで飛んでくることまでは求めない。

 ただ、その場で地面に降りてくれさえすればいいのだ。


 と、ここで脳内に名案閃く。

 俺は渾身の力を振り絞り、大声を出した。


「俺の所に来れば、王都名産のトーストをいくらでも買ってやろう!」


 物で釣るという、前時代的な手法。

 だが、俺の中に勝算があった。


 アレクの甘党は相当なもの。

 特にあの味覚兵器トーストには目がないのだ。

 ここでもう一押しすれば、確実に堕ちるはずだ。


「お嬢ちゃん、おじさんと一緒にお店行こうや!」


 これで……完璧。

 かの諸葛孔明をも凌駕する良策と言えよう。

 俺は勝利の確信と共に、両手を大きく広げた。


「さあ戻って来たまえ――迷える子羊よ!」




 結果。

 アレクは止まることなく、無事丘の方へ飛んでいった。

 血も涙もない。


 こうして俺は、楽しい登山をすることになりました。

 もう王都の名産品は信用しねぇ。





     ◆◆◆





「……ゲホッ、ゴホッ」


 山の八合目。

 そこでようやくアレクに追いついた。

 木の影で涼んでいたアレクを見た時は、後頭部をひっぱたきたい衝動に駆られた。

 が、彼女に追いついた喜びが上回っていたので不問とする。


 俺は肩で息をしながら、アレクに近づいていく。


「お前、なんで逃げるんだよ」

「別に……逃げてなどおらぬ」


 アレクはバツが悪そうに目を背けた。

 しかし、俺の視線が気になったのか、ぶっきらぼうに答えてくる。


「ただ、眼にゴミが入ったから、外で洗い流そうとしただけじゃ」


 その程度、ディン家の水汲み場でいいのに。

 まあ、ゴミが入ったというのはブラフで、本当は離れたかっただけなのだろう。

 かつて何かがあったウォーキンスから、遠くへと――


 回りくどいのも何なので、俺は単刀直入に訊いた。


「ウォーキンスとの間に、何があった?」

「…………」


 無言。

 ウォーキンスが隠し事をするなら分かる。

 しかし、何でもあけっぴろげに話すアレクが、こんなにも押し黙るのは珍しい。

 やんごとなき事情があるみたいだな。


「昔の諍いを引きずっておるだけじゃ。気にするな」

「俺にも話せないのか?」

「――奴が先に非を認めれば、我輩も喜んで話そう」


 低くドスの利いた声。

 どうやら、そこだけは茶化してほしくないらしい。

 仕方ない、質問を変えるとしよう。


「アレクは、ウォーキンスがどういう奴なのか知ってるのか」

「うむ。

 しかし教えたことが露見すれば、汝が殺されるやも知れん。

 じゃから――教えられぬ」

「殺されるって、俺がウォーキンスにか?」


 そんな馬鹿な。

 確かにウォーキンスは秘密主義な面がある。

 しかし少なくとも、彼女が俺に危害を加えようとしたことはなかった。

 この十五年間、決して、一度もだ。

 俺は説得するように、アレクへ語りかけた。


「ウォーキンスはさ、右も左も分からなかった俺に、

 嫌な顔一つせず、色んな事を教えてくれたんだ」


 例えば、この世界の常識。

 魔法。戦闘術。

 そして、誰かを守りたいという欲求。

 

 青臭いとは自分でも思った。

 だが、こんなにも正直な気持ちを保てたのは、

 正真正銘――初めてだったのだ。


 ウォーキンスがいなければ、

 前世の死に際で誓った言葉も守れなかったに違いない。

 きっと、斜に構えていた前世の自分に負けていただろう。


 なにが大切な人を守りたい、だ。

 誰も俺を守ってくれなかったのに、

 なぜ俺が他人を守らなきゃいけないんだ。


 みたいなことを、上手くいかない時に、

 平気で口にしていたかもしれない。


 それを、ウォーキンスが変えてくれた。

 芽を出させてくれた。

 俺が無気力にならずにいられたのは、彼女のおかげなのだ。


「あと、やっぱり魔法だな。

 ウォーキンスが基礎を教えてくれなかったら、

 俺はきっと魔法学院にも行けなかったと思う」


 幼い頃の修行。

 ほぼ毎日に近い鍛錬に、彼女は惜しむことなく付き合ってくれた。

 あれがなければ、学院など門前払いだっただろう。


 推薦人を呼ぶ以前の問題だ。

 基礎から発展まで、根気強く教授してくれたのはウォーキンスだ。

 使用人として、新しい世界を見せてくれた。


「魔法を覚えてなかったら、

 推薦人だったアレクにも出会えなかったわけだしな。

 本当に、感謝してるよ」


 そう言うと、アレクは微妙な表情をして首をひねった。

 嬉しさ半分、困惑半分、といった感じだ。

 ただ、一つ納得したことがあるようだ。


「そうか……汝に魔法を教えていたのは、奴じゃったのか。

 ならば、あの一見時代遅れな教育法も頷ける」


 そういえば、アレクは俺の教育者が誰なのか疑ってたな。

 異常なまでに整然とした知識の修得。

 学院入学後の立ち回りに特化した実戦的な魔法訓練。

 全てにおいて、アレクを驚嘆させるものだったのだろう。


「じゃが、奴が人に魔法の稽古をつけるとはのぉ……」


 アレクは頬をポリポリと掻いた。

 彼女はため息を吐いて、ボソリと呟いた。


「どうやら、我輩の知る奴と、汝の知る奴は違うようじゃな」

「みたいだな」


 いったいアレクの目には、ウォーキンスがどう映っているんだ。

 分からない。

 分からないが、どうにかしないといけない問題のように思えた。

 沈思していると、アレクが恐る恐る訊いてきた。


「レジスよ、汝は……奴が大切なのか?」

「ああ」


 俺は即答した。

 この想いに揺らぎはないのだから。


「そうか……そうじゃな」


 アレクは悔しげに微笑んだ。

 儚い笑みだ。

 見てて胸が苦しくなる。

 ただ、勘違いはしてほしくない。


「言っとくけど、アレクも俺にとって、かけがえのない存在だからな?」

「……む」


 俺の言葉に、アレクは顔を上げた。

 当たり前のことを何度も言わせないで欲しい。

 あまり多くのことを言いたくない。

 この一言で伝わるだろう。


「今までの旅を、思い出してみてくれよ」


 そう言うと、アレクはすっと目を閉じた。

 妙に素直だな。

 まあ、変に曲解されても困る。

 俺も彼女との記憶を追った。


 屋敷を出て、学院に行って、峡谷を旅してきた。

 苦難に満ちていたが、同時に濃い毎日だった。

 数十秒の後、アレクは目を開けた。


「どうだった? 俺との珍道中は」

「――楽しかったのじゃ」


 彼女はただ一言、そう言った。

 だから俺も、簡潔にこう答える。


「俺もだ」


 好きじゃない奴と旅をして、楽しいわけがない。

 ウォーキンスが俺に新しい世界を与えてくれた存在であるならば。

 アレクは俺の世界をどこまでも広げてくれた存在なのだ。

 大切に――決まってるだろうが。


「これからも、一緒にいてくれよ」

「もちろんじゃ」


 アレクは嬉しそうに頷く。

 その眼には、少し涙が溜まっているように見えた。

 自分で気づいたのか、アレクは慌ててゴシゴシと涙を拭う。

 見なかったことにするか。


「…………」


 しかし、妙に決まりが悪い。

 ごまかすためか、俺は思わずアレクの頭に手を伸ばしていた。

 金砂のような、絹糸のような、ドキリとする触感だった。

 前に一度頭を撫でられたことがあるからな。

 ささやかなお返しだ。


「……頭をなでられるのは、好きではない」

「そうなのか?」

「その昔、無礼にも我輩を幼女じゃと思い、頭を撫でてきた輩がいてな。

 反射的に腕をへし折った記憶がある」

「怖すぎる!」


 俺は思わず手を引っ込めた。

 しかし、指先をガッと掴まれてしまう。

 指をもぎ取られる予感。辞世の句を考えた刹那――


「じゃが、まあ……汝にされるのは、嫌いではない」


 アレクは俺の手を自分の頭に押し付けた。

 もっと撫でろということらしい。

 一杯食わされた気分だった。


 本当に、面倒くさい奴だな。

 まあ、そこが可愛い所なんだけど。

 苦笑しながら、俺はアレクの頭を撫でたのだった。


 

  

 

次話→7/5

ご意見ご感想、お待ちしております。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ