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第十四話 たとえ拳が砕けても

 


「今度は私が泣く番、だト?」


 シャンリーズは怪訝そうに呟いた。

 彼女はため息を吐き、脚を地面に叩きつける。

 ほんの少し、魔力を込めただけの一踏み。

 

 しかし、地表が砕けるには十分な破壊力。

 激しい亀裂が広がり、俺の足元にまで衝撃が到達した。


「面白いことを言うじゃないカ。

 ニンゲンにそんなことを宣告されたのは初めてだヨ」


 肌がひりつく。

 邪悪な魔力を全身で感じた。

 まだ暴れるだけの力を残しているようだ。

 やはり、体力を削りきらない限り、シャンリーズは止められない。


「さっきの一戦で分からなかったのカ?

 己の領分をわきまえろヨ、劣等種ガ」


 劣等種とはご挨拶だな。

 いったい人間をどんな目で見てるんだか。

 まあ、ドワーフのトップから見れば、

 人間なんて塵芥みたいなものなんだろう。


「ああ、わかってる。

 俺とお前の戦力差は、十分に把握した。

 その上で確信してるんだよ。

 今のシャンリーズになら――俺でも勝てるってな」

「……よかろウ。ならば、証明してみロ」


 シャンリーズが更に魔力を開放する。

 邪神の魔力を使っている以上、魔力の枯渇は望めない。


 見ている限り、邪神が遺した魔力を使うと、通常以上の反動が発生するみたいだ。

 つまり、『これ以上の反動を喰らえば死ぬ』という状態になれば、魔法は使えない。

 体力さえ削り切ってしまえば――魔力も使い物にならなくなるわけだ。


 終わらせる前に、一つだけ訊いておきたいことがある。


「なあ、シャンリーズ」

「何だ、遺言は聞かんゾ?」

「――お前、本当に妹のことが大切なのか?」


 俺の声は、ひどく冷たいものだったんだと思う。

 シャンリーズが眉をひそめた。

 『どうしてお前がそんなことを訊く?』とでも言いたげだな。

 奴は髪をかきあげて、億劫そうに返答した。


「大切……大切、ねェ。

 まぁ、愛していたことだけは確かダ」

「そうか。その割には――シェナを裏切るようなことばっかりやってるんだな」


 ほんの少しだが、俺も似たような境遇を経験してきたからな。

 これだけは確実に言える。 

 シャンリーズのやってることは、愛情からきた行動ではない。

 弱い己を守るための、自分勝手な暴走だ。


「気安く妹の名前を呼ぶなよ人間。貴様に何が分かル?」

「お前が現実を直視していないことかな」


 流れるように切り返す。

 シャンリーズの瞳孔が開いた。

 そう怒るなよ、図星の証明にしかならんぞ。


 それに、俺は間違いを指摘しに出てきたわけじゃない。

 お前を完膚なきまでに打ち負かした後で、

 峡谷から叩き出すためにリベンジしてにきてるんだ。


「始めるぞ――」


 俺は静かに詠唱した。


「放つ一撃天地を砕く。

 墜ちる極星、核まで喰らう――『メテオブレイカー』」


 反動がミシミシと後頭部を痛めつける。

 一瞬だけ、血が逆流した錯覚さえ起きた。

 しかし、ボロボロになりつつある身体とは反面――


 大陸の四賢を相手にしておきながら、俺の心は妙に落ち着いていた。

 アレクが窮地から脱したから、ということもある。

 だがそれ以上に、俺はシャンリーズに苦手意識を覚えていないのだ。


 既に失くなったものに執着し、

 破滅的な行動を繰り返すシャンリーズ。

 その姿は、誰かの昔の姿にひどく重なって見えた。


 たった一人の身内に執着するあまり、客観的な事実を認めず、

 何もしないくせして都合よく愛情を求め、世間を憎み、

 周りを巻き込んで非常識なことばかりしてきた――そんな男の姿に。


「メテオ、ブレイカー……ねェ」 


 シャンリーズは呆れたような声を出し、

 ギロリと睨みつけてきた。


「それは先ほど破られた魔法だろウ?」


 一瞬、背筋が震えそうになった。

 おぞましい魔力と、恐ろしい闘志。

 その二つが重なれば、たいていの奴は怯え、戦意を喪失するだろう。


 だが、相手が悪かったな。

 もうビビることには飽きた。

 それに俺の妄想力は、常人のものではないんでな。

 思い込みこそが、この劣勢を打開してくれる。


「……ふぅ」


 深く息を吐き、精神を統一する。


 相手を強者と思うな。

 思い込め、空想でイメージを改変しろ。

 怯えれば足がすくみ、魔法の威力も落ちる。


 あれは、いわば――かつての俺だ。

 今に限り、あれが大陸の四賢であることは忘れろ。


 遠慮はいらない。

 同族嫌悪の憎しみを拳に込め、思い切りぶん殴れ。

 大きく息を吸い、呼吸を整える。

 

「――行くぞ」


 勢い良くスタートを切った。

 もう小細工もフェイントもいらない。

 一直線にシャンリーズへ突撃する。


「……ハッ」


 奴は嘲るように微笑んだ。

 心の声が面白いくらいよく分かる。

 『学習能力のない奴だ』、とでも言いたいんだろう。

 その証拠に、ある土魔法を発動しようとしているのだから――

 

「馬鹿がッ、土魔法の餌食ダ! ――『アースシャックル』」


 来た――

 シャンリーズの残存魔力。

 先ほどの戦闘の結末。

 そして、接近戦に持ち込もうとしている今の状況。


 これらを考えると、必ず来ると思っていた。

 俺を一発で戦闘不能に追い込む拘束魔法を、

 低リスクで詠唱できる絶好の機会なんだからな。


 この魔法のタネは分かっている。

 地面にある土を錬成してリング状に変え、敵の足元にある地面から射出。

 相手の自由を奪い去るものだ。


 しかし、最初から射出点が見えているのであれば、回避は可能。

 思い切り身体を切り返せば、狙った場所を拘束できない。

 俺は渾身の力で一歩踏みとどまり、サイドステップした。


「馬鹿は、お前だぁあああああああああああ!」


 石のリングが空を切り、腕の拘束に失敗する。

 両足を絡め取ろうとしていたものは、軌道が逸れて膝に直撃した。

 ベギッ、硬質な皿が割れたような音。

 息の詰まる激痛が走るが――拘束されてはいない。


「うぉらぁああああああああああああああああああああ!」


 俺は勢いを止めず突っ込んだ。


「……チッ」


 シャンリーズが舌打ちをする。

 今だ――奴は反動で動けない。

 このまま突っ切れば、接近戦に持ち込める。


「――『アーマーズロック』ッ!」


 シャンリーズが全身に石の鎧を纏った。

 俺の一撃に備えるつもりなのだろう。

 だが、そんなものがあろうと関係ない。

 俺は渾身の力で拳を振りかぶった。


「メテオ、ブレイカァアアアアアアアアアアアア!」


 初めてこの拳が届く。

 魔力が一極集中し、唸りを上げて奴の腹に直撃する。


「ぐ、ぉおおおおおおおおおおおおおおおお!」


 シャンリーズが苦悶の表情を浮かべる。

 高エネルギーの衝突が、石の鎧を打ち砕いた。


 同時に俺の拳が――メキャッと、

 人体が立ててはいけない音を響かせた。

 手首から先は血に染まり、痛々しく変形する。


 これでもう、拳はこの戦闘で使えない。

 だが――


「か、ハッ……」


 シャンリーズは盛大に吐血した。

 衝撃をダイレクトで受けた影響は大きい。

 しかし、奴の耐久力も尋常ではない。

 シャンリーズは反動で動きが鈍った俺の肩をつかんでくる。


「――ここまでだナ」 


 何とか逃れようとするが、握力に対抗できない。

 今のでも……仕留められないのか。

 シャンリーズは土槍を召喚すると、思い切り振りかぶった。


「この短時間で、その魔法を2度も使ったことは褒めてやろう。

 だが――全て無意味だ」


 残酷な言葉とともに、槍を振り下ろす。

 切っ先が肩を貫き、鮮血が噴き出す。


 傷口に熱い感覚。

 上半身の熱がショートした。

 だが――




「ようやく、捕まえた……」




 俺は土槍の柄を思い切り掴んだ。

 わざわざ固定するように突き刺してくれるとはな。

 自滅につながることも知らずに。

 この槍こそが、お前を敗北に縫い付けるんだ。

 

 刺さった土槍に、さらに体を押し付ける。

 迸る血を完全に無視し、もう一歩踏み込んだ。

 この行動に、シャンリーズが驚嘆する。


「貴様……その傷で――」


 こんな傷がどうした。

 俺は槍を掴みながら、続けざまに足を踏み出す。

 これで、拳の有効範囲に入った。

 絞りだすようにして告げる。


「痛く、ねえんだよ……」


 俺がどれだけ痛みの中で生きてきたと思ってる。

 この程度で心が折れるなら、とっくに俺は廃人になっていた。

 むしろ、そっちのほうがマシだったのかもしれない。

 痛みに耐えるというのは、それ程までに苦しいことなのだから――


 だがな、一つだけ言えることがある。

 こんな苦痛なんかより――



「鉄骨を喰らった時のほうが――」



 いや、違う。

 鉄骨そのものが痛かったんじゃない。

 あれは、そう――



「――約束を守れなかった時の方が、よっぽど痛かった」



 失う心の痛みに比べれば、肉体の痛みなんて問題にならない。

 ましてや、今貫かれたのは肩だ。

 この程度の苦痛なんざ、痛覚が相手にすらしねえよ。


「諦めロ。何と言おうが、貴様の手は出尽くしタ」


 シャンリーズは嘲るようにして、もう一本の槍を精製する。

 今度は、脳天を貫くつもりなのだろう。

 俺を確実に仕留めるために。


「両の拳は砕け、魔力も残りわずカ。万策尽きたナ」

「いや、あのさ――」


 勝手なことを言ってくれる。

 俺はシャンリーズに射抜くような視線を向けた。 


「なんで三発目がないと思ってるんだ?」

「……なに?」


 違和感に気づいたか。

 隠していても面白くないな。

 すぐに分からせてやる。

 この一手で、勝負が決するのだということを。


「――俺の拳を見てみろよ」


 その言葉で、シャンリーズは俺の手を一瞥する。

 奴の目が、初めて驚愕に見開かれた。


 そう、俺が振り上げている『左拳』。

 莫大な魔力を灯した最後の武器は――無傷そのものだった。


「なッ、貴様、まさかッ!」


 その通り。

 右拳は一回戦目で既に砕かれていた。

 他ならぬ、お前がやってくれたんだ。

 動かすのすら困難になるまでな。


 だが、転んでもタダで起きるつもりはなかった。

 この怪我を利用し、俺は一策を案じたのだ。

 意図に気づいたシャンリーズの表情が、焦燥に染まる。


「――先ほどの一撃は、砕けた右拳でッ!?」


 ご明察。

 さっきのは、ボロボロになった右拳でのメテオブレイカー。

 お前が身にまとう土の鎧を叩き壊すために、痛みを我慢して発動したんだ。


 最初から決定打になることは期待していない。

 本命は、今から叩き込む。



「もう一発だ。甘んじて受けろよ」



 今度は正真正銘――

 全ての魔力を込めて、最強の一撃を見舞ってやる。



「させるかぁああああああああああああア!」



 咆哮し、シャンリーズが土槍を振り下ろす。

 だが、俺の左拳の方が早い。

 喉から血がこみ上げるのも構わず――



「もう一発ッ――メテオ、ブレイカァアアアアアアアアアアア!」



 思い切り拳を振りぬいた。

 

 神速の打撃が、むき出しの腹部に突き刺さる。

 竜すらも一閃で粉砕する必殺技を、今度こそ叩きつけた。


 すれ違いざまに土槍で突いてきたが、

 柄ごと打ち砕き、シャンリーズの肉体を吹き飛ばす。

 まとめて骨が砕け、内臓を粉砕する感触。



「ぐッ、ああああああああああああああア!」



 宙に舞う奴の身体。

 鉄壁と制圧を司る大陸の四賢。

 シャンリーズを、打ち砕いた瞬間だった。






     ◆◆◆






 全身の疲労感が酷い。

 俺は荒い息を吐く。



 ――これが、俺のできる全てだ



 全ての魔力を使い果たした。

 体力が枯渇するまで振り絞った。

 これで決まっていなければ……もう。


「やって……くれたなナ」


 ゆらり、と立ち上がるシャンリーズ。

 その姿が見えた瞬間、俺は絶望を感じた。

 

 こいつ……不死身かよ。

 あれだけのダメージを受けて、何で立ち上がれるんだ。

 しかし、どうも様子がおかしい。


「ゲホ……ガハッ。

 ちッ、さすがに無理が祟ったカ……」


 激しい喀血。

 シャンリーズは魔力を収め、土槍を放り捨てた。


「想定外だ……まさか、ここまで魔力を浪費するとはナ」


 どうやら、戦闘を放棄する腹づもりらしい。

 当たり前だ、むしろよくそこまで戦えたものだ。

 アレクと戦った時点で、こいつの魔力は底をついていた。


 続けて、第一次俺との対戦。

 間髪をいれず、エルフたちとの総力戦。

 最後に、俺と戦った挙句、本気の一撃を食らったのだ。

 いかに四賢と言えど、これ以上の消耗は命に関わるはず。


「これ以上、遊ぶ余裕はなイ。

 まだ先が控えているのだからナ」


 シャンリーズが俺に背を向けた。

 そして、重々しく宣告する。


「今回は、私が退いてやろウ」


 ずいぶんと偉そうに退場しようとしてるな。

 ふざけやがって。

 俺はその背中に、皮肉を浴びせかけた。


「……だから言っただろ。

 今のお前は、アレクより弱い俺にも負けるってな」

「さんざん弱った所を狙っておいて。ずいぶんと偉そうだナ」


 それほどでもない。

 多人数対一人でも、戦いは戦いだ。

 連戦をするのが嫌なら、そっちも仲間を引き連れてくるべきだったな。


「レジス!」


 イザベルを筆頭に、エルフたちが駆け寄ってくる。

 だが、今俺はシャンリーズに意識を向けていた。

 彼女に一つのことを訊くために――


「なあ……シャンリーズ。

 お前、いつまで妹から目を背けるつもりだ?」

「はァ? 何のことだ」


 シャンリーズは「心外だ」というように聞き返してくる。

 あまり人に、押し付けがましいことを言うのは好きではない。

 俺自身が、意見を押し付けられることを嫌っているのだから。

 だがそれでも、あえて言葉にしないと、伝わらない事があるのかもしれない。

 

 この話をすると俺も胸が苦しくなるから、正直避けたかった。

 だが、仕方ない。

 俺はシャンリーズに詰問した。


「……妹を失わせた邪神の力にすがり、未練がましく妹の幻影を追う。

 さらにその過程で、罪なき少女を犠牲者にしようとする。

 こんなことを、お前の妹は望んでいたのか?」


 もちろん、そんなことはないだろう。

 伝記を見る限り、彼女の妹は純真無垢そのもの。

 こんな歪んだ行為に手を染めているのは、シャンリーズの独断ゆえなのだ。


「ハッ、貴様の尺度で私と妹を測ろうとするなヨ」


 俺の問いかけに対し、

 彼女は嘲るように答えてきた。


「――私がシェナに抱くこの想いに、一切の偽りはなイ」


 最後の一言。

 それを口にした瞬間の彼女は、確信に満ちていた。

 妹への愛は、決して嘘ではないと。

 俺に向けて、忠告しているかのようだった。


「しかし、珍しイ。

 私に真っ向から噛み付いてきた人間は久しぶりダ。

 こういう玩具は、丁重に破壊しないとなァ?」


 こちらを向き、シャンリーズは手を横に一閃する。

 彼女の指先から飛び散った血液が、俺の頬に付着した。


「何をするッ!」


 そう叫んで、イザベルが俺の前に立った。

 剣を抜いてシャンリーズを睨みつける。


「そう構えるなヨ。血を飛ばしただけダ。

 これ以上魔法は使わないと言っているだろウ」


 奴は肩をすくめ、戦う意志はないことを示してきた。 

 しかし、イザベルは警戒を解こうとしない。

 そんな彼女を無視し、シャンリーズは俺に聞いてきた。


「レジス――といったカ。貴様の真名を教えロ。覚えておいてやル」


 ファーストネームを知られている以上、

 どこの誰であるかは簡単に突き止めるだろう。 

 ここに至った今、隠し立てすることはない。


「……レジス・ディンだ」

「ハッ。人間らしい、凡俗な名前だ」


 そう言うと、シャンリーズは己の胸に手を当てる。

 ぽうっ、と橙色の光が目に映る。

 彼女は残った魔力を胸に灯し、荘厳な口上を述べた。


「我、ドワーフの純血に誓いて楔と成ス。

 一族に奉じられし土の精霊よ、我が信念の誓約を聞ケ」


 ……なんだ? いきなり。

 何かの魔法でも発動しようとしているのか。

 しかし、イザベルは魔法に対する防御姿勢は見せていない。

 どうやら違う意図があるようだ。


「我、一片の慈悲もなく、微塵の容赦もなく――

 レジス・ディンを土の生贄に捧げよウ」


 その瞬間、俺の頬についた血液が光を放った。

 これは、シャンリーズが飛ばしてきた血液だ。


 俺は理解した。

 彼女は魔力のこもった血を媒介にして、何らかの誓いを立てたのだ。

 ドワーフ云々と言ってたから、ドワーフとしての宣誓なのだろう。

 シャンリーズが愉快げに告げてきた。


「貴様を殺すまで、峡谷は狙わないでおいてやろウ。

 頑張れヨ? 貴様がみっともなく生きている限り、峡谷の安全は保証してやル」


 そう言って、シャンリーズは地面に脚を叩きつけた。

 衝撃は奥深くまで達し、人一人が潜れる大きさの穴ができた。

 こいつ……地下から逃げるつもりか。


「……待てよ」


 喉がおかしい。

 肺も変な感覚がして、まともに機能していない。

 声がかすれて、発声するのが精一杯だった。


「……まだ、話は終わってねえぞ」

「おや? ずいぶんと頑丈だナ。

 そろそろ意識が飛んでもおかしくないのだガ」


 頑丈さだけが、数少ない取り柄なんでな。

 熱い液体が、喉から胃へ流れていく感覚。

 急に身体が軽くなり、意識が消し飛びそうになった。


「だが、根性だけで解決できるほど甘くはなイ。

 その魔力消耗、下手したら死ぬゾ?」


 ……死ぬ?

 この程度でか。それはないだろ。

 反論してやりたかったが、もう指一本動かない。

 瞼が勝手に閉じようとし、見える光が集約されていく。


「――もしアレクサンディアが生きていれば、ヤツに伝えておケ。

 貴様は軟弱の風。私は強堅の土。

 やはり、根本から相容れんようダ、とナ」


 声すらも、遠くエコーが掛かったような聞こえ方になる。

 五感がダメになっているのか。

 激しい振動がして、地面が震えた。

 どうやらシャンリーズが土に潜っているらしい。


「――我が悔恨は永劫に尽きヌ」


 その言葉を最後に、シャンリーズの気配は消え去った。

 そして、先ほど聞こえた言葉。

 少女の名前を聞いて、俺はすべきことを思い出した。


「寝てる、場合、じゃ……ねぇ」


 そうだ。

 アレクを……アレクの治療を早く。

 あいつの怪我は、本当にまずいんだ。

 心肺停止から回復しただけで、まだ傷が塞がったわけじゃない。

 彼女の怪我は、一刻も早く治さないと。


 身体が微動だにしない。

 こんな所で、五体投地をしている場合ではないというのに。

 何で動かないんだ。

 

 その時、俺は今までの違和感に気づいた。

 腹から大量の血が流れ出ている。

 いつこんな傷を負ったのか、記憶にない。

 だが、恐らく察しはついた。


 最後のメテオブレイカーを撃った時、

 シャンリーズがすれ違いざまに突きだしてきた土槍。

 それが俺の腹に直撃したのだろう。

 なるほど、動きに支障が出るほどの血が流れ出ても無理はない。


 しかし、そんなことはどうでもいい。

 近くで俺の名前を呼ぶイザベルに、何とか伝えようとした。

 声が出ないため、口の形だけで意志を告げる。


 俺の治療は、後回しでいい。

 どうせ死にはしない。

 だから、一刻も早く――




 ――アレクの怪我を、治してやってくれ




 その言葉を伝え終わった瞬間。

 俺の意識は深淵に呑み込まれたのだった。



 

 

次話→4/15

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