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第十二話 アレクサンディア


 


 

 


 

 俺の宣告に対して、

 シャンリーズは表情を崩さなかった。


「威勢がいいナ。

 誰に物を言っているか、分かっているのカ?」

「もちろんだ。

 地面に引きこもって幼女を追いかけてる変態魔法師に、

 こうして平身低頭、誠意を持って命令してるんじゃないか」

 

 俺の煽りがクリティカルヒットしたらしい。

 シャンリーズは明らかに不愉快げに口の端を歪めた。

 しかし次の瞬間――呵々大笑する。


「フフッ、フハハハハハハハハハハハハ!」


 何がおかしいのかは知らんが、ともあれ目論見通り。

 もっとだ……もっと俺に注意を向けてこい。

 圧倒的弱者に舐めた口を聞かれてるんだぞ。


 不愉快に思え。

 カップ麺を流し台にぶちまけた時のような気分を味わえ。

 口元に手をやりながら、シャンリーズは呟いた。


「王国の貴族はどいつもこいつも、己の力量も分からないらしいナ。

 王都三名家の子息と言い、愚か者ばかりで困ったものダ」

「なに……お前、ジークを倒したのか?」


 王都三名家の子息。

 間違いなく、ジークのことを指している。


 確か、あいつは帝国に逃げようとしていたはずだ。

 途中でシャンリーズに殺されたってことか。

 帝国側がジークを不要と判断した可能性が高いな。

 俺の質問に対して、シャンリーズは誇らしげに答えた。


「あァ。今頃干からびて土に同化している頃だろうよ」

「そうか……反吐が出るような奴だったが、

 王国の法で断罪できなかったのは悔しいな――『ガンファイア』」


 可能な限り、自然な流れで。

 俺はシャンリーズに向けて火魔法を打ち出した。

 不意打ちとして機能することを期待したのだ。


 しかし、叶わなかった。

 奴は俺の炎玉を、折れているはずの片手で防いでみせたのだ。

 いとも簡単に消火か。

 火魔法を軽減する魔法を使ってやがるな。 


「しゃべっている最中に攻撃カ。ずいぶんと躾が悪いナ。

 ぬるい魔力を叩きつけても、私は動じんゾ?」

「なら、これはどうだ――『アストラルファイア』ッ!」


 正面から衝突。

 渾身の力を込めていたため、補助魔法を貫通した。

 シャンリーズも後ずさる。


 これにより、アレクの上から足がどけられた。

 だが、やはり発火まではいたらない。


 なんつう魔法耐性だ。

 アレクと戦って消耗しているはずなのに。

 イグナイトヘルでも仕留められるか怪しい。

 

「気は済んだカ?

 慈悲による冥土の土産は、こんなもので十分だろウ」


 何を言ってるんだか。

 お前から慈悲なんぞ受けたくもない。

 シャンリーズは鎧の欠片を弾き飛ばし、静かに告げた。


「では、そろそろ再開するカ。

 大地に捧げ、土神に奉じる生贄を見繕おウ」


 俺に向けられた手の先から、魔力の片鱗があらわになる。

 破滅的なまでに美しく、重厚な波動。

 それはまさしく、英雄が英雄たることを示すような魔力だった。


 思わず身震いする。 

 だが、思考は湖のごとくゆったりしていた。

 奴と渡り合うための戦略を必死で考える。


「まずは貴様ダ、名も知らぬ貴族ヨ――」


 奴は土魔法の使い手。

 逆に言えば、ここぞという時に使う属性は、ほぼ確実に『土』なんだ。

 地面に注意しておけば、大体の攻撃を先読みできるはず。


 そこまで思考した刹那――シャンリーズが手を違う所へ向けた。


「しかし、気が変わった。まずはこの女を殺してからにすル」

「な……ッ!?」


 奴はすぐ傍で倒れているアレクに魔法を撃とうとする。

 焦りが顔に出ていたのか、シャンリーズは意地悪く笑った。


「どうした? それで騙したつもりだったのカ。

 私を挑発し、アレクサンディアから注意を逸そうと思っていたのだろウ?」

「……ッ!」


 さすがに、こんな苦しい手が通じる相手ではなかったか。

 上手いこと誘導できないかと思ったんだが。

 となれば、取れる手段は一つ。

 今、ここで、やるしかない。


「――最終通告だ。アレクから離れろ」

「拒否する。この英雄もどきが没するのをそこで見ていロ」


 そうか、仕方ない。

 俺は魔力を最大限に引き出して火魔法を唱えた。


「――『クロスブラスト』ッ!」


 燃え上がる炎の壁。

 アレクだけ例外にして、その周囲を派手に燃やした。

 どんな補助魔法で火を軽減していても、食らい続ければ解除される。

 案の定、シャンリーズは火炎の範囲外に飛び退った。


「ふん、下らン」


 全方位を完全に囲んだ上で、アレクの元に駆け寄った。

 即座に身体の状態を確認。大丈夫だ、息はある。

 致命傷スレスレだが、すぐに止血すれば助からない傷じゃない。


「……アレク、しっかりしろ、アレク!」


 すると、彼女はゆっくりと目を開ける。

 ひどく弱々しい、うつろな眼で俺の顔を見てきた。


「な、ぜ……ゲホッ、カハッ――」


 アレクの口から、おびただしい量の血がこぼれ出る。

 発声するだけで喀血するほど、内部がボロボロになっているのか。

 俺は必死で叫んだ。


「もういい、喋るな!」

「なぜ……戻ってきたのじゃ。バカ、もの……」


 なぜって。

 決まりきってることだろう。

 俺は思い切り口調を強め、断言した。


「――お前を置いて、逃げるわけないだろうがッ!」


 すると、この状況にもかかわらず、彼女は「ふっ」と笑った。

 聞こえるか聞こえないかの小声で、「汝は本当にバカじゃ……」と呟く。

 そんな彼女に、俺は曖昧な笑みを返した。


 バカで結構。

 下らない打算や臆病な本能に負けて逃げるよりはマシだ。 

 それに、バカというならお前もだろう。


 俺が渡した通貨を、弱みにでも使われたのか。

 そんな子供の小遣い程度の金を、なんで拾おうとしたんだ。

 本当にお前は……。


「――――」


 言葉を飲み込んだ。

 これ以上、彼女を喋らせたくない。

 血を吐くところを、見たくない。


 さっきのことは後でしっかり追及してやる。

 だから、今は寝ていてくれ。

 しかし、彼女は俺の腕を掴み、引き止めようとしてきた。


「シャンリーズの相手は……汝では無理……ゲフッ!? 

 カハッ……! う、うぅうう……」

「喋るなって言ってるだろ! すぐに治療してやるから、寝てろ!」


 あまりにも、血が出すぎている。

 これは非常にまずい。

 今のうちに、何とか止血だけは――


 俺は手製の止血帯を取り出そうとする。

 だがその瞬間、冷たい声が響いてきた。


「――私を無視して談笑とは、ずいぶん余裕だナ」


 炎の壁の外。

 俺には見えない位置から、何かが飛んできた。


 とっさにアレクをかばう。

 すると、肩に鋭い衝撃が走った。

 見れば、太い土槍の先端が突き刺さっている。


「……ぐぅッ」


 だが――痛くない。

 この程度の傷、アレクに比べれば――全然痛くない。

 俺はアレクの瞳をゆっくり閉じさせる。

 気道を確保して、楽な体勢で寝かせた。


「まあ、待てよ。シャンリーズ」


 俺はクロスブラストを解除する。

 魔力の元を失い、すぐに消えゆく炎。

 そして、煉獄の中からシャンリーズの姿が現れた。

 俺は毅然とした態度で立ち向かう。


「俺が相手だ。アレクに止めを刺したいなら、まずは俺を倒すんだな」


 すると、シャンリーズは首をひねった。


「理解できないナ。

 どうした、そこの雌にたぶらかされでもしたカ?」

「…………」

 

 そんな動機じゃねえよ。

 俺はただ、情けないトラウマを打ち消そうとしてるだけだ。

 でも、そんな発端でも、人は本気になったりする。


 何が何でも、アレクを守るって決めたんだ。

 この約束は、たとえ俺が死んで亡霊になろうとも――決して違えない。


「まあいイ」


 軽くつぶやき、シャンリーズは再び俺に手の平を向けた。

 魔力を開放し、攻撃の予備動作に入る。


「邪魔をするなら、土に埋めるだけダ」


 恐ろしいことを言ってくれる。

 俺は球根じゃないんでな。

 土に埋まるのなんざまっぴらゴメンだ。


 奴の魔力残量は、アレクとの戦いで10%を切っているはず。

 普通なら確実に勝てる条件だが、相手は大陸の四賢。

 今の状態でも、簡単に俺をあしらえてしまうだろう。


 長期戦に持ち込むには、消耗が足りないか。

 やはり、一撃必殺を狙うしかない。


「放つ一撃天地を砕く。

 墜ちる極星、核まで喰らう――『メテオブレイカー』ッ!」


 竜すら一撃で葬る必殺の攻撃だ。

 全身の魔力を力に変え、拳に集中させる。

 俺の魔法総量を見たシャンリーズは、眉をひそめた。


「……ほう、膨大な魔力。貴様、本当に人間カ?」


 そんな哲学的な問いはあの世でやるんだな。

 俺は大きく息を吸い、全力で疾駆した。


「うぉらぁあああああああああああああああ!」


 狙うは、右方向からのえぐり込む一閃。

 奴の左腕と肩は完全に機能が停止している。

 この右拳で急所を突けば、四賢といえど無効化は難しいはず。

 しかし、シャンリーズは余裕の表情だった。


「いいことを教えてやろウ。

 どんなに強かろうと、直接攻撃には致命的な弱点があル。

 こんな風にナ――『アースシャックル』」


 不可視の一閃。

 次の瞬間、俺の両足が急に重くなった。

 まるで大人を片足で引きずっているかのようだ。

 メテオブレイカーの力を足に回さないと、歩行すらできない。


「く……っそッ!」

「こうして接近させなければ、その力も無に等しい。

 勇猛な突貫だったが――無駄死にだナ」


 このまま動きを止められていては、死を待つだけだ。

 魔力が無駄になるが……選択肢はない。

 俺はメテオブレイカーを解除した。

 すぐさま水魔法をシャンリーズに撃ち出す。


「聖なる水刃は慚愧を切り裂く。

 水の理で敵を打ち払え――『セーバースワッシュ』ッ!」


 よし、発動時の魔力も十分。

 会心の一撃だ。

 空中の水を巨大な弾丸に変え、思い切り打ち出した。


 しかし――シャンリーズは防御態勢も取らなかった。


 正面から魔法を受け、そのまま一歩も動かない。

 奴がまとっている補助魔法が、完全に相殺してしまったのだ。


「――ッ」


 俺は歯噛みした。

 苦手属性すらも、弱点じゃないっていうのか。


「……ふん、魔法を切り替えたのカ。小賢しイ」


 言いながら、シャンリーズが無造作に歩いてくる。

 メテオブレイカーによる強化がないため、石の重みで逃げられない。

 渾身の力を足に込めたが、ピクリとも動いてくれなかった。

 シャンリーズは俺の目の前に立つ。


「私を殴ろうとした拳は、これカ?」


 奴は俺の両拳を掴むと、思い切り握りしめた。

 ――ドワーフの力は人間の比ではない。

 俺の拳がミシッと音を立て、そのまま更に力が加えられる。


「ぎッ、ぁあ――」

「黙レ。騒がしいのは好きじゃなイ」


 激痛が手を抜けて脳天に駆け巡った。

 しかし、シャンリーズは力を緩めない。

 俺の右拳を掴む手に思い切り力を込める。

 万力のような力が加わり、骨の強度が限界を迎え――


 ――べギッ、ベギギッ

 

「あ、ぁあああああああああああああああああああああああ!」


 自分の絶叫で鼓膜が破れそうになる。

 右拳が破滅的な音を立てた。

 痛覚が完全に麻痺し、右半身の感覚が一瞬消え去る。


 だが……俺はそれ以上叫びをあげなかった。 

 みっともない姿を、そこで休んでいるアレクに晒せない。

 俺が注意を向けたのに気づいたのか、シャンリーズが口を開いた。


「そこの女が気になるカ?」


 絶対安静の状態にあるアレクを見て、毒を吐いてくる。


「滑稽だなァ。500年前から、そこの女は気に食わなかっタ。

 私を見下し、傲慢な態度で接してきたんダ」


 俺は腕に力を込め、シャンリーズを振り払おうとする。

 しかし、奴の膂力は尋常でなく、びくともしなかった。


「邪神と戦っていた最中、アレクサンディアは何て言っていたと思ウ?」


 俺を押さえつけながら、耳元で囁いてくる。

 やめろ……近寄るな。

 それ以上口を開くな。

 シャンリーズは嘲笑するような声で、アレクの言葉を再生した。


「この戦いが終わったら、誰かと一緒に世界を見て回りたい――とほざいていたんダ」


 誰かと。

 孤独で心を許せる者がいなかったアレク。

 そんな彼女が抱いていた、ささやかな夢。

 しかしシャンリーズは、アレクの全てを否定しようとする。


「誰からも嫌われる存在でありながラ。

 同種からも疎まれる埒外の輩でありながラ。

 英雄として名声を高めた後ならば――

 誰かに相手をしてもらえると思っていたのだろウ」


 アレクの過去を知っていて。

 彼女がどういう性格をしていたのかを分かっていて。

 その上で、シャンリーズは彼女を貶めているのだ。


「本当に勘違いの激しい輩ダ。

 大戦後にどうなったかは知らんが、どうせ孤独に諸国を回ったんだろうヨ。

 『一人』で『孤独』にナ。

 ――フハハッ、ハハハハハハハハハハ!」


 その時、俺のどこかがブチッと音を立てた。


 お前みたいな奴が――

 妹の幻影を追って、目の前の現実すら放棄したお前が――


「お前も相手をさせられていたようだガ。

 さぞ面倒くさかったことだろウ。

 切り捨てたいと思ったことだろウ。

 それも当然、その女はどうにも救いがたい――」

「――お前ごときが、アレクを語るなよ」


 その瞬間、俺はエンチャント魔法――ガードハンマーを発動していた。

 両腕に力を集中させ、思い切り爆散させる。

 一瞬だけ、左手が自由になった。


 俺はそれを見逃さない。

 手刀を奴の左腕に炸裂させ、右手を離させる。

 その上で、逆に奴の左腕を思い切り掴んだ。


「お前がアレクをどう思おうが自由だけどな。

 そんな負の考えを――俺に押し付けるなよ」


 お前はアレクを反吐が出るほど嫌っているんだろう。

 だがな、俺はアレクのことを涙が出るほど大切に思ってるんだよ。

 この気持ちは、お前の弄言なんかで揺らぐものじゃない。


 ――彼女に抱くこの想いに、微塵の嘘偽りもないんだ。


 反駁する俺を面倒に思ったのか。

 シャンリーズは気だるそうな眼で睨みつけてくる。


「貴様はかつての奴を知らないから、そんなことが言えるんだヨ」

「お前は今のアレクを知らないから、そんなことが言えるんだろ」


 即座に言い返した。

 たとえアレクがどんな歴史を歩んできたとしても。

 常人であれば嫌悪するようなものであったとしても。


 ――俺は彼女が大切だ。


 いなくてはならない、大事な人なんだ。

 ため息を吐き、シャンリーズが詠唱を始めようとする。


「貴様の妄言は聞き飽きた。もういい、死――」

「燃え上がれ――『イグナイトヘル』ッ!」


 シャンリーズの詠唱速度を、俺の魔法発動が上回った。


 ここしかないと思った。

 今まで内心で伏せていた詠唱を、一気に開放。

 この超至近距離で、俺の持てる最大の火魔法を叩き込む。


「食らいやがれぇえええええええええええええええ!」


 魔力の潮流が吹き荒れ、業火が巻き起こった。

 続けざまに、シャンリーズを中心に爆発が起きる。

 範囲を絞ったが、俺も尋常でない熱風を感じた。


「……くッ」


 熱い、皮膚が焼き切れそうだ。

 火魔法の熟練がなかったら、身体が発火して焼死体になっていたことだろう。

 だが、危険を冒してでも、これだけは決めたかった。

 これこそが、俺が残していた最後の策だったのだから。




 しかし――





「それで終わりカ?」





 大陸の四賢・シャンリーズの強さは、

 俺の及ぶところではなかった。




     ◆◆◆




 

 奴は左肩の辺りに火傷を負っただけ。

 決定打など、夢のまた夢だった。

 イグナイトヘルの反動で、身体がしびれている。


 シャンリーズは俺の首を掴み、愉快げに笑った。


「私の熟練を突き破り、火傷を負わせたことは褒めてやろウ。

 だが、貴様が土に還る運命は変わらン」

「ぐッ、ぁッ、けほッ――!」


 息ができない。

 こいつ……窒息死させるつもりか。

 いや、違う。このまま首をへし折るつもりだ。


「苦しいカ? 安心しろ、すぐに楽になル」


 そう言って、奴は更に力を加えた。

 俺の身体が浮き上がり、腕だけで奴に支えられている状態になる。

 首から下の感覚が――なくなっていく。


 意識が揺らぎ、頭が不思議な高揚感に包まれた。

 しかし、そんな中でも、俺は自分を保とうとした。


「……い、やだ」


 嫌だ。

 こんな所で、死にたくない。

 死んでられない。

 死ぬわけには行かないんだ。 


 煮えたぎる想いが脳内を駆け巡る。

 しかし、それを魔力に変えるだけの余力が、残っていなかった。

 もう、意識が、飛ぶ――




「――――」




 その時。

 背後から、おぞましい魔力を感じた。

 次の瞬間、目の前のシャンリーズが横合いに吹っ飛んだ。

 俺は宙に投げ出され、そのまま背中から地面に落ちる。


「ゲホッ、ケホッ……」


 激しく咳き込みながら、何が起きたのか理解しようとした。

 そして、すぐ把握する。

 出てきてはいけない奴が、出てきてしまったのだということを。



 ――アレクが


 ――獣じみた勢いで


 ――シャンリーズを攻撃していた




「殺技――頚砕撃」




 ひどく冷たい。

 凄まじい憎悪に満ちた声だった。

 アレクの貫手がシャンリーズの首に直撃する。


「がッ、はッ!? 貴様……まさかッ!」

「獄技――剛戎葬」


 言葉すら許さず、アレクは連撃を繰り出す。

 あれは……見たことがある。


 学院で体術の修行をしていた時に、使ってきた技だ。

 一秒の内に縦横無尽の打撃を叩き込むもの。

 でも、俺が受けた時は――あんなに一撃が重くなかった。


 アレクの猛攻撃を見て、シャンリーズが吐血しながら呟く。


「その魔力……貴様、死ぬぞ?」


 しかし、アレクは構うことなく凄惨な打撃を加えていった。


 たった一発。

 その一撃が、シャンリーズの肉を裂く。

 筋を断つ。骨を砕く。

 暴力の海に沈めようと、アレクは吼えながら攻撃を続けた。


「あぁああああああああああああああああ!」


 鉄拳。足刀。肘打ち。手刀。貫手。

 頭突き。膝蹴り。当て身。裏拳――


 それらを視認不可能な速度で叩き込んでいく。

 尋常でない量の血液がほとばしった。

 しかし、そのうちのほとんどは、シャンリーズのものではない。

 アレクの血液だ。


「……おい」


 どう見ても致命傷になりうる大怪我を負っているというのに。

 止血しないと、手遅れになりそうな傷だったというのに。

 迫り来る反動を無視して、魔力を込めた連撃を叩き込んでいる。


「……やめろ」


 止めないと。

 動けよ、俺の身体。


 骨が折れたからどうした。

 いくらポンコツだからって、この程度で動かなくなるわけないだろ。

 砕けた右手を軸に、無理やり身体を立たせようとする。

 その刹那、吠え猛る一声が耳をつんざいた。


「調子に乗るなぁあああッ! ――『フィーフスピアー』!」


 地面から出現した土の槍が、アレクの胴部に突き刺さった。

 直視するのも痛々しい量の血が、どくどくと溢れ出す。

 だが、その攻撃は止まらない。


「闘技――喉突壊」


 アレクの手刀が喉に炸裂した。

 シャンリーズが盛大に口から血を吐く。


 決まらない。

 どんな土魔法を撃っても、アレクは倒れない。


「ぐ、おぉおおおおおおおおおおおおオ!」


 シャンリーズは苛立ちの叫びを上げた。

 しかし、その声すらもアレクが次の技でかき消す。


 己の命を削り、

 命の全てを魔力に変え、

 敵を討ち滅ぼそうとしている。


「……やめてくれ」


 俺は足を引きずり、二人の方へ歩いて行く。

 あの間に巻き込まれれば、ひとたまりもない。

 ミキサーに手を突っ込むようなものだ。


 しかし。

 それでも。

 だからこそ。


 今止めなければ、きっと後悔することになる。

 俺は歩みを止めず、アレクへ近づいていった。



 ――シャンリーズとアレクは、なおも攻撃をやめない。



「くたばるがいいッ! ――『ダストロック』ッ!」


 アレクの両脚を土の鋏が襲う。

 柔らかな肉を裂く、痛々しい音。

 しかし、それとすれ違いざまに、アレクが執念の一撃を叩き込んだ。


「烈技――闘鎧殺」


 全身をシャンリーズに叩きつける。

 その瞬間、鉱物が粉砕するような音が響いた。


「……が、ハッ」


 シャンリーズの鎧が完膚なきまでに砕け散る。

 ついに耐え切れなくなったのか、奴は地面に倒れた。

 同時に、反動でアレクの身体から血が噴き出す。


 しかし、それでも彼女は攻撃を続行する。

 最後の止めを刺そうとしたのだろう。

 拳を振り上げ、反動無視の攻撃をしようとした。


「爆技――」




 しかし――





「もうやめろ、アレク……ッ!」




 その一撃は発動しなかった。

 俺が彼女に後ろから抱きつき、攻撃を止めさせたのだ。


 泣きそうになりながら、アレクを強く抱き締める。

 彼女からは、濃厚な血の匂いがした。

 今の一発を撃たせると、アレクがどこかへ行ってしまいそうな気がした。


 だから――止めた。

 無我夢中で阻止したのだ。

 俺は彼女を強く抱きしめ、耳元で懇願した。


「それ以上動いたら……本当に死んじまう」


 嫌だ。

 それだけは、嫌だ。

 そんな未来なんて迎えたくない。

 すると、アレクが何かを呟いた。


「……せぬ」


 ゴポリと、血を吐き出しながらも、何かを言おうとしている。

 彼女は激しく咳き込んだ後、もう一度同じ言葉を口にした。


「……手は、出させぬ」


 もう、意識がないはずなのに。

 身体が動くことすら奇跡なのに。

 アレクは屹然とした面持ちで言い放った。


「レジスは――我輩が守る」


 その言葉を発し終わった瞬間。

 アレクの身体からフッと力が抜けた。

 俺は慌てて体重を支える。


「しっかりしろッ、おい!」


 反応がない。

 完全に気絶してしまったようだ。

 とにかく、急いで処置をしないと。

 そう思った刹那――


「……はァ、面倒ダ」


 ゆらりと、シャンリーズが立ち上がった。

 こいつ……なんだってんだよ。

 いくらなんでも、しぶとすぎるだろ。


 だがその時、あることに気づいた。

 俺とアレクの身体についていた土のリングが、消滅していた。

 これは多分、術者の魔力が低下すると消えるはず。

 もうこいつは、アレクとの戦いでボロボロだったんだ。


「邪神の力を借りて、それでも殺しきれぬとはナ。

 しょせん貴様は、四賢最弱――」


 血塗れの左手を俺たちに向けるシャンリーズ。

 攻撃魔法に魔力を回すため、さっきの魔法を解除したのだろう。

 まずい、今狙われたら――


「『ウィンドスパイク』――ッ!」


 その時。

 魔法を発動しようとしていたシャンリーズに、風魔法が直撃していた。

 アレクとの戦いで、風魔法の補助魔法は相殺されている。

 まともに風の攻撃を喰らい、シャンリーズはよろけた。


 その隙を縫って、俺とシャンリーズの間にエルフたちが割り込んでくる。

 イザベルが救援を連れてやってきたのだ。


「ごめん、遅くなった! 大丈夫!?

 レジス、アレクサンディア!」


 大丈夫ではないが、天の助けだ。

 総勢百人を超える選り抜きのエルフの戦士が、シャンリーズを取り囲んでいた。

 指揮を執るジャックルが、シャンリーズに目標を定める。


「あいつだ、諸悪の根源は!」

「袋叩きにして大水源に沈めてしまえッ!」

「うぉおおおおおおおおおおおおおおおお!」


 一斉にシャンリーズに攻めかかろうとする。

 圧倒的な物量を前にして、奴は舌打ちした。


「チッ、ここに来て新手か……」


 その残存魔力と体力で、どこまで持つかな。

 俺を時間内で殺しきれなかったのは不運だったな。

 イザベルが俺の肩を叩き、アレクの身体を持ち上げた。

 アレクをしっかりと受け取り、背負い直す。


「シャンリーズの相手は任せて。

 レジスは……アレクサンディアを、看てあげてくれるかな」

「……ああ、分かった」


 俺は口の中に溜まった血塊を吐き出し、歩き出した。

 エルフとシャンリーズから離れた、安全圏へと。


 その時すれ違ったイザベルは――なぜか泣いていたように思う。


 おいおい。

 なんで登場早々、涙してるんだよ。

 そういうのは、あいつを追い払ってからにしろって。


 なんでもないことで涙を流して、縁起でもない。

 俺は乾いた笑みを内心で浮かべる。

 離れた木の下で、アレクを降ろした。 


「アレク、しっかりしろ。もう大丈夫だ」


 声を掛けながら、彼女の反応を見る。

 しかし、全く返事がない。

 意識が戻ってないんだな。


 でも、これだけ呼びかけてたら、

 普通呻いたりするもんじゃないのか?

 不安になり、アレクに優しく声を掛けた。


「シャンリーズの相手は、

 イザベルたちが引き受けてくれてる。治療、するぞ」

「…………」


 やはり、反応はない。

 少し肩のあたりを揺するが、微動だにしない。

 おかしいな、単に気絶しているだけだろう?


「……止血、しなきゃな。そうだ、血を止めないと」


 止血帯を取り出し、アレクの身体を見渡した。

 その瞬間、俺は息が詰まった。

 ジワジワと、焦燥と疑念が湧き上がってきた。


 ――止血って、どこを?


 アレクの身体からは、おびただしい量の血潮が流出している。

 もはや、どこを押さえれば効果があるのか、わからないほどだった。

 明らかに、命を脅かす大量出血。


 思わず唾を飲んだ。

 大丈夫だ……まだ助かる。

 俺が鉄骨に潰された時ほど、血は出ていないんだから。

 直感的にそう判断した。


 しかし、それは単なる願望だったのかもしれない。

 信じたくなかっただけなのかもしれない。

 分かりきっていることを、受け入れたくなかっただけなのかもしれない。


 

 俺は、本当に。

 彼女が無事であることを、確認したいがために――

 そっと、アレクの胸元に耳を当てた。






無音。





 彼女の体の中は、静寂が広がっていた。

 何もない。



 全てが、無。

 皆無、虚無――



「アレ……ク?」


 

 引きつった喉は、言葉を紡ぎださない。

 視界が霞み、何も見えなくなる。


「……なん、で」


 頬の上を、何かが流れるのを感じた。

 それが何なのか知らない。

 知りたくもない。



 脈打つ血管の音も。

 生きるために必要な呼吸の音も。

 そして、生の証である拍動の音も。

 何も聞こえない。 

 

  



――アレクの心臓は、完全に停止していた。



 

 

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