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第九話 足手まとい

 

 

 今歩いているのは、峡谷から離れた霊峰の中。

 前方をイザベルが歩き、後ろに俺が追随している。

 アレクはというと、俺の背中にひっついていた。


 セミのように張り付き、細い腕を首に回してくる。

 なんだか酷い晒し者の気分だ。

 しかし、アレクをサポートするためなら仕方ない。

 それよりも、聞きそびれていたことを質問せねばならん。


「なあ、アレク。シャンリーズの戦い方って……」

「む、言っておらんかったか」


 情報がないと対策の立てようもないからな。

 発言を待っていると、いきなり耳に吐息がかかった。

 この野郎、こんな時までイタズラか。

 嫌いじゃないが、むず痒くて敵わん。


「おい、くすぐったいって……」

「……奴には大きく分けて二つの武器がある。

 一つはドワーフの力を利用した、接近戦での戦闘能力じゃ」


 ゴニョゴニョと耳元で囁いてくる。

 そんなことされると、心臓が早鐘を打つんだけど。

 話を聞くどころではなくなってしまう。

 邪念をねじ伏せて、アレクの解説を聞く。


 ドワーフの筋肉は人間に比べて遥かに性能が高い。

 細身のドワーフが、巨漢の人間を殴り倒すことも珍しくないのだとか。

 また、性別で身体的な特徴が違うらしい。


 男は肌が硬質で、圧倒的なパワーを有している。

 女の場合、肌は人間のそれと変わらないが、

 身体の柔軟性が高く、やはりパワーは人間より高いのだとか。

 ちなみに、肌色は男女ともに褐色である。


「……奴はその力を活かし、巨大な戦斧を操っておったのじゃ。

 もっとも、呪いで戦斧術を奪われておるから、その実力は半減しておる」


 となると、接近戦に活路が見いだせそうだな。

 俺が太刀打ちできるとしたら、インファイトでの殴り合いくらいかもしれん。

 戦略の一つとして頭に入れておこう。


 と、ここで前方を歩くイザベルが振り向いてきた。

 恨めしげな眼をしながら、アレクに不平を述べる。


「レジスの耳元で話すのは私への嫌がらせかな?」

「いーやぁ? こうすれば小さな声でいいから楽じゃしの。

 何を邪推しておるのじゃ。まったく、器の小さい輩はこれじゃから」


 俺を挟んで、二人の間に険悪ムードが流れ始める。

 さすが混ぜるな危険の薬物を混ぜたようなコンビだ。

 研究室を大爆発させかねない逸材だよ。


 言っておくが、俺の体力はプレパラートより薄いからな。

 爆発に巻き込まれて粉砕するのは御免こうむる。

 アレクの不敵な笑みに対し、イザベルは肩をすくめる。


「……まあ、どれだけ小声で喋っても聞き取れるからいいんだけどね」


 そう言って、再びイザベルは前を向いた。

 警戒しながら先導を続ける。

 あんなヒソヒソ声を拾うとは、さすがの五感だな。

 アレクは前を行くイザベルの姿を眺めながら、解説を続けてきた。


「そして、奴の武器2つめ――土魔法じゃ。

 堅守と雑魚の一掃において、奴は四賢一の力を発揮しておった」


 それを聞くと、エルフを連れてこなくて正解だったな。

 土の範囲魔法なんて喰らったら、それこそ百人単位で死者が出る。

 恐ろしい話だ。


 聞く限りでは、今までに見たことのない戦法だな。

 土魔法で全方位を制圧し、接近されたら戦斧術で片付ける。

 しかし、現在は呪いでかなり弱体化していると聞く。

 付け入る隙はありそうだな。


「勝算はあるんだよな?」

「無論。人生を捨てた偏執狂なんぞに負けるはずがなかろう」


 相変わらずの自信だな。

 一緒にいる者を安心させる天性の才を持っている。

 強気な口調である反面、アレクからは一切の油断を感じない。


「しかし、体力は温存しておくに限る。

 汝らを連れてきても、本当は邪魔にしかならんのじゃが。

 一つだけ妙案を思いついてな」


 耳元からアレクの哄笑が聞こえてくる。

 頸動脈に手を回されて、不気味に微笑まれる――

 なんか特殊な性癖に目覚めそうだな。

 俺の趣味には合いそうにないけど。


「その応援っていうのが、これか?」

「うむ。歩行や浮遊魔法による魔力消費がないだけでも、大助かりじゃ」


 アレクの場合、歩くだけで馬鹿みたいに魔力を使うからな。

 超上級魔法である浮遊魔法を使った方がまだマシ――という燃費の悪さだ。

 こうして運搬してやるだけでも、かなり違うのだという。


「言っておくが。

 汝がシャンリーズに手を出すのは許可しておらんからな。

 アレは我輩に任せておけ。

 もし相対しても、絶対に手を出すでないぞ」

「わかってるよ、静観しとく」


 アレクが優勢を保つようだったら、俺も大人しくしておこう。

 だが彼女に何かあれば、さすがにその時は動く。

 シャンリーズは、一筋縄で行く相手ではないのだから。


 アレクが危機感を抱くレベルだからな。

 用心に越したことはない。

 俺への忠告を済ませ、アレクはイザベルにも声を飛ばす。


「汝もじゃぞ、イザベル。水魔法が奴に通用すると思うな」

「ドワーフは水属性で一撃と聞いたけど?」

「ただのドワーフなら、じゃ。

 奴は四賢の中でも最高峰の魔法防御力を持つ女。

 苦手属性一つで揺らぐような相手ではない」


 なんだと。それは聞き捨てならんな。

 俺が急いで水魔法を覚えたのは、対ドワーフも見越しての事だったのに。

 シャンリーズ相手には効果が薄いのか。

 似たようなことを思ったのか、イザベルも首を傾げる。


「無効化されるってことかな?」

「効きはするじゃろう。

 しかし有効打になりえるかというと、まず無理じゃ」


 水魔法でも一撃必殺に持ち込めないってことか。

 唯一の弱点を突けない、って相当まずい気がする。

 となれば、やはり肉弾戦に持ち込むのが妥当か。

 厳しい戦いになりそうだ。


「はいはい、分かったよ。シャンリーズに手を出すなってことだね」

「うむ。奴はこの手で直々に消し飛ばす。汝らの出番はない」


 鋭く息を吐いて、アレクは強く拳を握り締める。

 その余波で、俺の首がミシミシと音を立てているわけだが。

 シャンリーズの前に俺を消し飛ばす気かね。

 食い込むアレクの手を引っぺがしながら、従順なことを言ってみる。


「なんであれ、役に立ってるなら嬉しいよ。

 逆にこんなことしかできなくて申し訳ないレベルだ」

「いやいや、十分じゃぞ。

 今なら奴を相手に完勝できそうじゃ」


 そう言って、アレクは体を強く密着させてきた。

 俺の肩に顔をうずめ、首元に回した手を強くホールドする。

 やめてくれませんかねぇ、立場を利用したセクハラは。

 止める気はさらさらないけど。


「しかし、こうして汝の背中に寄りかかっておると――」


 アレクがボソリと呟いた。

 どうした、父親でも思い出したか?

 ハハッ、俺の頼られ体質が真価を発揮してしまうとはな。

 いやぁ、参った。ついに父性に目覚める時が来たか。


「魔力を吸い取りたくなるのじゃ」

「誰かこの吸血鬼を引っぺがせぇええええええええええ!」


 もう魔力を吸い取られるのは嫌だ。

 三日間くらい、不眠不休で起きてたのと同じくらい疲れが来るんだぞ。

 お前は魔力を吸収して元気になるかもしれんが、こっちは干からびてしまう。


 まったく。

 人に首元を晒すというのは、リスキーな行為だ。

 戦々恐々しながら、俺はイザベルの背中を追ったのだった。






     ◆◆◆






 しばらく歩き、ケプト霊峰の中腹くらいまで来た。

 すると、アレクが小声で鋭い声を発した。


「――止まるのじゃ」


 即座にイザベルが足を止め、腰元の剣に手をかける。

 そんな彼女を、アレクはちょいちょいと指で呼び戻した。

 万が一の声漏れを気にしているのだろう。

 イザベルと俺はギリギリまで近づき、アレクの声を待った。


「――少し進んだ先に、土人形が潜伏しておる」


 アレクの探知魔法に引っかかったか。

 どうやら、敵はかなり近いようだな。

 向こうも索敵のために兵士をばら撒いてるのか。


 いや、どちらかというと――

 接敵する前に、アレクを疲弊させるのが狙いか。


 だが、残念だったな。

 土人形ごとき、アレクが相手をする必要はない。

 既に、対応策はいくつか考えてあるんだ。


「……前座は俺達に任せとけ」

「……うん。アレクサンディアは寝ておけばいいよ」

「……そうか。雑魚に魔力を使わなくて済むのは大きいのじゃ」


 アレクは安堵したように目を伏せる。

 精神を集中しているのか、彼女は深い呼吸に入っていた。

 イザベルが左腰に差した剣を抜く。

 それを見て、アレクが注意を飛ばした。


「あまり突っ込むでないぞ。

 我輩の探知魔法にシャンリーズが引っかかったら、すぐに撤退するのじゃ」

「可能な限りね」


 素っ気ない返事だ。

 どうやらイザベルも、シャンリーズに直接制裁を加えたいらしい。

 アレクは『やれやれ』と言った風に息を吐いた。

 彼女を安心させるため、俺は力強く頷いた。


「まあ、雑魚の掃除くらい俺達に任せとけ」

「無理せぬ範囲でな。汝らの行動はいつも心臓に悪いのじゃ」

「任せろって。いつまでも守られてばっかだと思うなよ」


 今の力では、アレクと肩を並べて闘うことは難しいのかもしれない。

 でも、露払い程度は安心して任されるようになったつもりだ。

 心を落ち着かせ、いつでも詠唱ができるようにしておく。


 少し進んだ所で――イザベルが一気に疾駆を開始した。

 背後を取られないよう、一気に開けた場所に移動する。

 アレクを背負いつつ、俺もその背中を追いかけた。


 その瞬間、左右に黒い影がチラついた。

 しかし、ここで相手はしたくない。

 俺は全速力で開けた場所へと到達した。


「……ふぅ」


 汗を拭う。 

 これで、茂みからの奇襲は不可能だ。

 待ち伏せする位置を間違えたな。


 俺も峡谷に伝わる地図を見て知ったことだが、

 ここには天然の闘技場みたいな広場が近くにあるんだ。

 こうやって中央に陣取ってしまえば、罠を仕掛けようもない。


 俺が動きやすいように、アレクは地面へ下りた。

 ここまで運んできただけで十分だろう。

 あとは、目の前の敵を俺が打ち払ってやる。

 イザベルは半眼のまま立っていたが、すぐに右方向を見据えた。


「さて、そこかな? 土の匂いでバレバレだよ」


 彼女は軽い風魔法で木々を押しのける。

 すると、茂みに潜伏していた帝国兵が姿を現した。


 しかし、その正体は帝国兵ではなく――土人形。

 隠れる意味がなくなったからだろう。

 周辺の藪から次々と兵士が突っ込んできた。

 しかし、イザベルは慌てない。


「大湖に踊る水の精霊よ。

 猛き水弾で邪を打ち砕け――『バークフロスト』ッ!」


 イザベルの頭上に巨大な水玉が現れる。

 高濃度の魔力によって、水が凝縮して硬化していく。

 そして、限界に達した所で水弾が四方八方に撃ち出された。


 その光景はまさにガトリング。

 鎧など関係なしに敵兵を蹂躙し、ドロドロの土へと変えていく。

 魔法耐性を貫通するイザベルの魔力もさすがだ。


 やっぱり、土人形は水属性が致命的な弱点らしいな。

 上手くヒットさせれば、俺の水魔法でも通りそうだ。


 イザベルは次々と高位の水魔法を詠唱する。

 範囲魔法を駆使し、先発して襲来した土人形を全て打ち払ってしまう。

 俺は驚嘆の息を吐いた。


「……すげぇ」

「いやいや、驚くことではない。

 熟達した者が使えば、水魔法は地形すら変えるのじゃ」


 そうだな、既に地面がぬかるんでるもの。

 エルフが詠唱すると効果も段違い、というわけか。


 なにしろ種族としての補正が反則級だ。

 風魔法と水魔法において、エルフに敵う種族は皆無なのだから。

 イザベルは不敵に微笑むと、更に魔法を詠唱していく。


「エルフ相手に土人形は自殺行為だよ。

 何体いるのか知らないけど、全部ただの土塊に変わっちゃえ。――『ストゥルムレイン』!」


 岩のように超圧縮された水の槍が降り注ぐ。

 氷塊でできた槍とは違い、爆砕した後に浸透するのが強みらしい。

 水魔法がことごとく決まり、土人形は壊滅状態に近づいていく。


 あとは、湧いてくる少数の兵を、俺が潰していくだけだ。

 水魔法が使える今、何も怖いことはない。

 手始めに、イザベルの横を突こうとしていた人形に狙いを定める。


「――『ガンウォーター』ッ!」


 水の弾丸を数発放ち、土人形の動きを止める。

 一撃で泥に変えるのは難しいか。


 いや――決めつけるな。

 可能なはずだ。

 低位とはいえ、強い心を持てば十分に通用する。


 魔法というのは、かなり精神に依存しているのだから。

 妄想力というパラメーターがあったら、

 俺は確実にスカウターをぶっ壊す自信がある。


 強く念じつつ、魔素で水の性質をいじってみるか。


「レジス、避けるのじゃ!」

「――って、うお!」


 アレクの声で思考から引き戻される。

 どうやら、背後から接近されていたらしい。

 帝国兵ルックの土人形が大剣を振り下ろしていた。

 とっさに横に飛び退いて躱す。


「ボーっとしておる場合か、バカものッ!」

「わ、悪い」


 でも、何となく水魔法の感覚が掴めてきた。

 アストラルファイアと同じで、性質をいじればいいんだ。


 火を消えない炎に変えるように。

 水を浸透しやすい流水に変える。


 よし……いける。

 もう一度魔力を集中させ、土人形に水魔法を放った。


「聖なる水刃は慚愧を切り裂く。

 水の理で敵を打ち払え――『セーバースワッシュ』ッ!」


 数枚の刃が空中に現れ、合図とともに襲い掛かる。

 帝国兵に直撃した刃は、すぐさま粘着質の水となって内部に浸透した。

 身動きが取れなくなった土人形は、為す術もなく泥へ姿を変える。


 よし、かなり効果的に倒せるようになったな。

 飛び蹴りをかまして悶絶していたのが嘘のようだ。


「ほう。良い筋をしておるではないか。

 汝はひょっとすると、水魔法にも才能があるのやも知れんな」

「そうか? 苦手属性だと思ってたんだが」


 俺の得意魔法は圧倒的に火。

 次点で雷。

 水属性はまだまだ覚えたてである。


 でも、確かに水魔法への苦手意識はなくなった。

 鍛えた分だけ、その属性に対する耐性も上がっていくからな。

 感心していると、イザベルは最後の土人形を相手にしていた。


「これでッ、最後! ――『アクアランス』っ!」


 数メートル級の水槍が、敵に襲いかかる。

 その一撃は、鎧を突き破って内部へと貫通した。

 すぐさま土人形が機動力を失い、崩れていく。

 見事なお手並みである。


 しかし、周囲が泥だらけになってしまったな。

 靴も水を吸って動きにくい。


「あらかた片付けたっぽいな」

「うん、この周辺のはね。

 接近さえ阻止できれば、怖い敵じゃないよ。

 これなら他のエルフでも、十分戦えそうかな」


 イザベルがほとんど倒してしまったので、あまり俺の出番はなかったな。

 それにしても、エルフに対して水魔法が弱点の兵をぶつけてくるなんて。

 一体どういう了見だ。

 どうも頭の端に敵の影がちらついて仕方ない。


「どうだ、アレク。そろそろ接敵しそうか?」

「……微妙じゃな。

 微かに魔力の波動を感じるが、あまりにも遠いのじゃ」


 波動を感じる。

 しかし――遠い。

 つまり反応が鈍いってことか?

 探知魔法を使って、そんなことになった経験がないんだけど。

 アレクは頭を掻きながら、不機嫌そうに呟いた。 


「ふん。さては奴め、尻尾を巻いて逃げおったか」



「――いやいや。

 私がそんなことをするはずあるまイ?」





 その時、俺は感じた。

 今までに経験したことのない、濃厚な敵意を。


 アレクの魔力とは全く違う、

 『敵を殺す』という思念だけが詰まった圧迫。

 声の発生源は、すぐ後ろ――




「――『バークフロスト』ッ!」




 俺の反応より早く、イザベルが水魔法を撃っていた。

 水の壁が、背後の人物に襲いかかる。

 その時に見えたイザベルの瞳は、驚愕と恐怖に満ちていた。

 反射的な攻撃に、アレクが焦ったような叱責を飛ばす。


「阿呆ッ! 逃げよ、早く逃げるのじゃ!」


 その声で、俺も我に返った。


 落ち着け。

 自分を見失うな。

 この刹那の一瞬で、冷静に考えろ。


 今いるのは天然の戦闘場。

 すぐそこには樹木が茂っている。

 少し広さがあり、三人がかりで囲い込むのに適している。

 更に、イザベルが初手で水魔法を発動した。


 よし、ここまで出揃えば十分。

 相手は強大だが、地の利は俺達にある。

 まだ、退却するには早い。


「――はっ!」


 思い切りバックステップ。

 奴から距離をとる。

 アレクの横にまで後退し、ナイフを構えた。


 イザベルもすぐに俺の横にやってくる。

 だが、彼女は愕然とした表情をしていた。

 水魔法を放った自分の腕を、呆けたように見つめる。

 その内心は、考えるまでもなく察することができた。


 ――渾身の水魔法を、水が苦手の敵に放ったのに。 


 そう。

 目の前の人物は、全く動じていなかった。

 イザベルの水魔法を受けながら、悠然とした態度で立っているのだ。

 奴は水滴のついた髪を鬱陶しそうに払いながら、挑発的な笑みを浮かべる。


「ほウ? なかなかの水魔法だナ。

 水に対する障壁を張っていなければ、傷くらいはついていたかもしれン」


 見た目は20歳ほど。

 長身の肢体に、豊満な胸が目を引く。

 露出の激しい鎧を着ていて、褐色の肌を惜しみなく晒している。

 腰まで伸びた鮮やかな銀髪が、妖艶極まりない。


 一言で形容するなら、絶世の美女といったところ。

 だが、その肉体から滲みだす魔力は、凶悪極まりなかった。

 あれが――


「アース・クイーン……大陸の四賢シャンリーズか」


 大陸の四賢の一人にして、永劫の呪いを受けた魔法師。

 アレクと互角の実力を持ち、制圧力と堅守に関しては四賢中で最強を誇る。

 そんな、神に匹敵する土魔法の使い手が――目の前に相対していた。


 シャンリーズは手に付着した水をペロリと舐めた。


「さて、いきなりの挨拶ダ。こちらも返事をしなければなるまイ」


 言いながら、片手をすぅっとこちらに向けてくる。

 次の瞬間――シャンリーズの身体から、波動のような魔力が迸った。


「お前、土に抱かれて死んでみるカ?」


 言い終わると同時に、大地が爆散した。

 魔素が地面へ浸透し、一気に溢れだしたのだ。

 波のように押し寄せる連続爆発が、俺たちに迫った。


「くっ。なんつう詠唱を――」


 言いながら、俺は立ち尽くした。

 なんだ……この範囲は。

 前後左右、どこに逃げても安全圏がない。


 なぜあの詠唱で、こんな魔法が撃てるんだ。

 詠唱省略をした上で、発声を伴わない内心詠唱で発動したんだぞ。

 不意打ちに使える代わり、一番魔力の伝導が悪い詠唱じゃないか。

 

「――レジスッ!」


 誰かが俺に手を伸ばしてきた。

 しかし、そちらに意識を向けている暇はない。


 この範囲魔法。

 切り抜けられなければ即死だが、

 上手く突破できれば、魔法詠唱後の隙を狙える。

 

「……やってやる」


 俺は魔力を開放した。

 使う魔法は、もちろんメテオブレイカーだ。

 この一撃を何とか当てて、吹き飛ばしてやる。



――と、その時。



 俺の身体が浮遊した。


 アレクが俺の襟元を掴み、そのまま持ち上げたのだ。

 そして、即座にサイドステップ。

 間一髪で魔法の有効範囲から逃れた。


 大地を弾き飛ばす一閃が、俺の眼前を通過する。

 恐るべき魔法は、激しく土煙を上げて収束した。


「……ふん」


 アレクは冷や汗を掻きながら、

 シャンリーズを睨みつけている。

 しかし、決して俺とイザベルから手を離さない。


 だが、今はそんなことより――

 目の前に、衝撃的な光景が広がっていた。

 イザベルが絶望した表情で呟く。


「地面が……真っ二つだなんて」


 そう。

 開けた広場が、今の土魔法で真っ二つに裂けていた。

 激しい地割れが起き、地層がめくれ返っている。

 尋常でない地形変動だった。


 一瞬で、脳裏に嫌な思考がチラついた。

 『やめておけ。俺では勝てない』と。

 きっとそれは、生存本能が打ち鳴らした警鐘だったのだと思う。

 

「――――」


 だが、ここで退くわけにはいかない。

 俺は唾を飲み込んだ。


 こんな災害を引き起こす魔法師、見たことも聞いたこともない。

 恐らく、俺の地力で太刀打ちできるレベルではないだろう。

 だが、絶対に逃げるわけには――


 その時――再び身体を持ち上げられた。

 ふと見れば、アレクが俺の首元をガッチリと掴んでいる。

 俺の動揺を無視して、彼女は投擲動作に入った。


「お、おい!? アレク――!」

「……イザベル、着地は汝が何とかせよ」


 絶望的な言葉。

 一瞬で、アレクが俺たちをどうするか分かってしまった。


「アレクサンディア、何を!?」

「いいから、早く逃げるのじゃあああああああああああああああああ!」


 切実なる咆哮。

 思い切り魔力を込め、アレクは俺たちを放り投げる。

 この場とは反対方向――峡谷へとつながる崖下へと向かって。


「うぉああああああああああああああああ!」


 強烈な浮遊感。

 俺の身体が加速し、あっという間にアレクから遠ざかってしまう。

 視界の端で、イザベルが風魔法の詠唱準備をしているのが見えた。

 着地する際に、魔法で衝撃を和らげるつもりなのだろう。


 今にも意識が飛びそうな空中移動の中。

 気づけば俺は、奥歯が鳴り止まなくなっていた。

 それは、畏怖に呑み込まれた者が、反射的にやってしまう行動。


 カチカチ、カチカチと。


 歯が震えて、寒気が止まらない。

 これは決して落下ゆえの恐怖ではない。

 あの魔力に、大地を粉砕する魔法に、身体が無意識に怯えているのだ。

 冷静になると、余計に恐ろしさを実感してしまう。


 思い切り歯を噛み締める。

 恐怖に染まった本能を遮断。

 身体の震えを強制的にストップさせた。

 すると、今度は抑えきれない悔しさが湧いてくる。


 ――なんでだよ


 彼女と同じ場所に立とうと、日々努力していた。

 守られる立場は性に合わないから、何とか変わろうとしていた。

 そして、いざ力を発揮する時が来たと思ったら――これだ。


 握りしめた拳から、血が滲んだ。

 沸騰しそうな感情を抑えこみ、俺は逡巡する。


 なんなら、盾代わりでもよかった。

 囮役を買って出てもいい。

 少しでも手伝って、アレクの横に立って、助けになってやりたかった。


 俺が弱いというのは、重々承知している。

 雑魚は引っ込んでおけ、と言われても仕方ないだろう。

 当たり前にして正当な糾弾だ。


 でも、それでも。

 立ち向かわないと、前世の失敗を繰り返しそうだったから。

 戦わずして、目の前の現実から逃げて、全てを失ってしまいそうだったから。

 だから、だから俺は――

 


「戦おうとしたんだ――ッ」



 絞り出した声。

 それは、自分でも驚くほど悲痛だった。


 覚悟を決めたというのに。

 アレク本人からストップを掛けられてしまった。

 お前ではダメだと、拒まれてしまったのだ。



『奴はこの手で直々に消し飛ばす。汝らの出番はない』


 

 あのアレクが。

 苦戦した所を見たことがない彼女が。

 初めて、死の危険のある戦いに臨もうとしているのだ。

 

 ハッタリでもいい。

 彼女に、大切な人に、頼られる奴でありたかった。

 いつも助けられてばかりだから、少しでも恩を返したかった。



 だが。

 アレクからすれば、今の俺は結局――



「足手まといにしか、ならないってことかよ――」



 相手は同等の力を持つ四賢。

 勝てるかどうかもわからないというのに。

 一人で挑もうとしやがって。



 本当にあいつは―――




「バカ、野郎が――ッ!」





 俺たちが着地したのは、

 投げ飛ばされた遥か後の事だった。



 


 

次話→4/6

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