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第八話 撃滅の誓い


    ――レジス視点――


 


 アレクは書物をローブにしまった。


 しん、と静寂が部屋の中に充満している。

 エルフの誰も、口を開こうとはしなかった。

 それ程までに、シャンリーズの半生が苛烈だったのだ。


 伝記において、シャンリーズは家族思いの優しい女性だった。

 金と妹に執着はあったものの、

 仲間に敬意を払う人物だったのだ。


 しかし、邪神によって人生を狂わされ、

 邪神大戦後に目をやられ、失踪してしまった。

 いわば、二度も掴みかけた幸せを奪われたのだ。


「邪神の呪いによって、奴は妹の死を受け入れられなくなった。

 そして大戦後、妹の幻影を追い始めたのじゃ――」


 書物の内容も踏まえて――アレクの話を聞く。

 概要をまとめると、シャンリーズの軌跡は次のようになる。


 500年前。

 シャンリーズは妹を貴族に殺され、深い悲しみを味わった。

 悲愴は憎悪へと変わり、

 共和国を破壊しかねないほど暴れまわった。


 そして、倒した貴族が実は邪神に操られていたことを知る。

 間接的に言えば、妹を失わせたのは邪神なのだ。


 シャンリーズは邪神討伐を決意し、

 各地方で雑魚の殲滅を繰り返した。

 時の流れは、悲しみを少しづつ癒していく。


 邪神への憎しみはそのままに、

 徐々に妹の死と向き合っていくようになったという。


「四賢の首領というか、面倒臭い女がいたのじゃが。

 そやつがシャンリーズを励ましていたこともあり、心も安定していった。

 当時、シャンリーズにはケロンという知己もおったわけじゃしな」


 そして激戦の末、大陸の四賢は邪神を封印することに成功した。

 幹部は大陸外に逃げ去ったが、

 首領である邪神は大陸に縛り付けることができたのだ。

 一応は勝利を手にしたと言えるだろう。


 しかし封印直後、四賢たちに異変が現れた。


「全員に現れた共通の異変が、不老と禍々しい魔力の付与じゃな。

 そして追加で、個別に違う呪いが発動したわけじゃ」


 例えば、アレクは水魔法が使えなくなり、

 長時間の歩行が不可能になった。

 そしてシャンリーズは、十八番の戦斧術を封印され、

 少女が死別した妹に見えるようになってしまった。


 その時、シャンリーズは決定的に変わってしまったのだという。


「その時の奴は酷いものじゃったぞ。

 まあ我輩も、当時は他人の世話をする余裕などなかったがの」


 そりゃそうだ。

 アレクだって、一生トラウマに残るような呪いを受けたんだから。

 しかしそんな中でも、彼女はシャンリーズを意識に入れていたようだ。


「他の連中が治そうとしたのじゃが、打つ手なしでな。

 気がつけばシャンリーズは、

 両目を包帯で塞いだまま、何処かへ行ってしまったのじゃ」


 両目を隠して、か。

 妹の姿を見るのが、それほどまでに辛かったのだろう。

 死んでしまった妹を、少女を視界に入れる度に思い出す。

 それは、何よりも苦しい拷問だったのではないか。


 一度は、妹の死を受け入れたというのに。

 目を開けばいつも、笑顔で屈託のない、往年の妹が見えてしまう。

 人の無力さを、むやみに煽る呪縛というわけか。

 しかし、アレクは一切同情した様子はない。


「その後、奴は暴走し始めた。

 少女を己の手元に置き、

 形だけでも妹と生きることを選んだのじゃ」

「でも、その妹っていうのは――」

「うむ。とっくの昔に死んだ妹に『見えるだけ』の他人じゃ」


 妹に見えるだけの、他人。

 自分の悲しみを癒やすため、

 シャンリーズは見知らぬ少女を犠牲にしているわけか。


 完全に危ない人だ。

 当然のことながら、理解できん。


 だが、妹を奪われ、亡き姿を見せられることが、

 どれだけ苦しいかは、分かるような気がした。

 いや、きっと俺が想像する以上の苦痛だったのだろう。


 そんなことをされたら、心が折れるのも当たり前だ。

 俺だったら発狂するに違いない。

 辛いに決まってる。


 もしあいつが――妹が、幻影になって目の前に現れたとしたら。

 俺はいったい、どうなるんだろう。

 考えただけで、もう――


「……レジス?」

「――ッ」


 アレクの声で、黙考から戻る。

 彼女は心配そうな顔で訊いてきていた。


「どうしたのじゃ? 顔色が悪いぞ」

「いや……何でもない」


 どうやら、暗い顔をしてしまっていたらしい。

 心配されてしまった。

 いかんな、どうも妹のことになると考えが偏ってしまう。

 俺は話を戻すため、しみじみと呟いた。


「なるほど、話は分かった。

 妹に見える少女を欲するがために、

 奴隷商人を襲ったりしてたんだな」


 義憤から動いていたのかとも思ったが、私利私欲の延長線だったのか。

 奴隷で金を稼ぐ商人に同情するつもりはないが、

 シャンリーズに目をつけられたのは運が悪かったな。

 ふと――ここであることが気になった。


「シャンリーズは、少女や若い女性を外見で区別できないのか?」

「いや、魔力の質と量で判別できるはずじゃ。

 それに、声はそのまま聞こえるみたいじゃったからの」


 なるほど。

 聴覚や魔力感知に頼れば、識別は可能なんだな。

 だまし討ち作戦を思いついたんだが、この分じゃ通用しそうにない。

 俺が黙考に沈んでいると、アレクは気だるげに告げた。


「しかしまあ、不老というのは悲しみしか産まんぞ。

 シャンリーズや我輩は不変じゃが、周りは変わってしまう。

 奴の場合、それが致命的だったじゃろうな」

「というと?」

「言ったじゃろう。

 妹に見えるのは『少女』だけであると。

 その少女が歳を重ねて大人になったら、奴の目にはどう映ると思う?」


 その言葉を聞いて、全てがつながった気がした。 

 妹としてその少女に接しても、

 時が経てば見知らぬ『女性』になってしまう。

 そんなことになれば、寂しさは和らぐどころか、倍加するだけだ。


「つまり、奴がエルフを欲しがったワケは――」

「エルフは全種族で最長の寿命を誇る。

 長く少女の姿を保っていられる種として、エルフを狙ったのじゃろう」


 そうか。

 そうだったのか。

 情報という名の鈍器で、頭を殴られた気がした。

 エルフを狙っていた動機は、こんなにも恣意的なものだったのか。


 本当に、何の疑いもなく――

 竜の到来から始まった峡谷の事件は、

 たった一人のドワーフによる、我儘の結果だったのだ。


「たったそれだけの理由で、峡谷を狙ったのかよ」

「エルフの里を見つけ出すのも難しいしの。

 唯一、居場所を知っておるのが峡谷だったのじゃろう」


 一番守りが堅いはずの峡谷を躊躇なく襲ってくるのか。

 自分を慰めてくれる人形を作るためだけに、

 他種族の聖地に手を出すなんて。

 ここまで来ると、逆に諦めさせるのは難しそうだな。


 アレクの話を聞いて、

 沈黙を保っていたエルフ達が怒りの声を上げた。


「ふざけるなッ!」

「話を聞けば、単なる偏執狂ではないか!」

「我らエルフを何だと思っている!」


 『愛玩用として妹の代替者を欲する』

 という意味の分からない理由のために

 竜をドワーフ鉱山から解き放ち、

 帝国兵の振りをして、薬草と神木を奪い取ったのだ。

 その怒りはよく分かる。


 アレクは過去を語り終えて、ふぅっと一息ついた。

 すると、イザベルが結論を切り出す。


「要するに。

 今回の一件は、シャンリーズを倒せば全て片付くんだね?」

「その通りじゃ。しかし、予め言っておくが。

 奴は帝国の一軍団より遥かに強いぞ?」


 そう聞くと、背筋がゾワッとする。

 アレクと互角の力を持つ大魔法師が、敵対関係にあるのだ。

 しかも奴は、アレクみたいに手加減なんてしてくれないだろう。

 だが、エルフ達は強気だ。


「はッ、帝国と事を構えるよりは断然マシだ!」

「奴を一人屠れば終わりなのだろう?」

「峡谷の総力で叩き潰してくれる!」


 相手が単独だと聞いて、いきなりやる気が出てきたな。

 でも俺としては、

 まだ帝国兵を相手にする方が楽だったんじゃないかと思う。


 どれだけ強くても、しょせん帝国の兵は人間。

 しかし、圧倒的な魔力を有するシャンリーズは、

 その枠に当てはまらない。


 アレクはエルフ達に注意を飛ばした。


「阿呆か。貴様らが束になってかかっても無駄無駄。

 男や成人の女は殺され、若い娘が連れ去られるだけじゃ」

「何を言う!

 たかがドワーフ一匹に、何を怯えることがあるのだ!」


 エルフたちは聞き入れない。

 意地でも戦いに挑むつもりだ。

 その姿を見て、アレクは大きなため息を吐いた。


「そうか……汝らも本気か。

 その言葉を吐いたからには、証明する気概があるのじゃな?」


 その瞬間。

 背筋に液体窒素を流し込まれたかのような寒気を感じた。

 アレクは低い声で、エルフたちに言い放った。


「――今から我輩が汝らを皆殺しにする間に、傷一つでも付けてみよ。

 傷がついた時点で、生き残った者を同行者として連れて行ってやろう」

「な――ッ!」

「貴様、正気か!?」


 エルフたちがどよめく。

 さすがに冗談だろう、と。

 しかし、アレクは更に魔力を開放し、エルフたちに浴びせかけた。


「無駄死にを承知で挑む覚悟――ありや否やッ!」


 鋭い一言だ。

 アレクの常軌を逸した魔力が、ビリビリと部屋の壁を揺らす。

 その勢いに圧倒されて、戦意を喪失したエルフもいた。


 数秒後には、誰も騒ぎ立てなくなった。

 重苦しい沈黙が形成される。

 それを見て、アレクは魔力の放出を止めた。


「峡谷の兵力を10倍にしても、我輩は片手で事足りる。

 とっくの昔に、あるいはつい先日――

 四賢との力の差を、汝らは十分に理解したはずじゃ」


 そう。

 アレクの強さは、エルフが一番良く分かっているだろう。

 人海戦術で襲いかかっても、返り討ちにされたんだから。


 しかも、その時アレクは手を抜いていたのだ。

 どれだけ自信家なエルフでも、彼女に勝てるとは思えないはず。


「我輩が汝らを簡単に消し飛ばせるという事実。

 それは敵にとっても、土の魔法師シャンリーズにとっても、全く同じことなのじゃ」

「…………」

「無駄死にしたくなければ、峡谷で大人しくしておれ。

 ――奴は我輩が仕留める」


 その言葉は、ひどく冷たく感じた。

 いつも俺と話している時の声とは全く違う。

 本当に、他の四賢と戦うつもりなのか。

 俺は一つ確認する。


「お前、四賢の誓いがあるんじゃないのか?」

「はぁ?」

「いや、四賢は俗世のことに関わらないって……」


 そういう誓約があったはずだ。

 現に王都で力を貸してくれた時は、

 わざわざ敵に先手を譲ったと聞く。


 それ程までに、厳格なルールで己を縛っているのだ。 

 今回の件に関しては大丈夫なのだろうか。

 すると、アレクは何でもない事のように呟いた。


「なぜエルフとして峡谷の危機を守ろうというのに、

 誓約に邪魔されねばならん?」

「いや……でも俗世ってくくりだと――」

「ここは俗世ではない。聖地じゃ」


 ドヤァ、と効果音が後に付きそうな口調で断言してきた。

 そんな湿気た理屈でいいのか。

 俺が微妙な気持ちになっていると、彼女は諭すように続けた。


「冗談は抜きにして、正当な理由じゃぞ。

 種族としての戦いには、誓いは干渉せぬ。

 だからこそ逆に、王国で遊んだ時は雑魚に先制攻撃させたのじゃ」


 なるほど。

 人間世界や他種族の抗争に、割って入るのを禁止してるのか。

 四賢の干渉で、大陸の勢力図に異変を起こさないように。

 そういう理由で始まった約束だったもんな。

 説明した上で、アレクは不愉快そうに言った。


「むしろ、誓約を破っておるのは奴の方じゃ。 

 ドワーフのくせして、霊峰で魔力を行使しおってからに。

 鉱山かドワーフキャンプならともかく、

 この地で調子に乗って良いのは我輩だけじゃ。

 聖地で遊んだ代償は大きいぞ。嬲り殺しにしてくれる」


 そう言って、アレクが立ち上がった。

 ぐーっと背伸びをして、

 まるでジョギングにでも行くような体で歩き出す。

 そして部屋の出口で振り向き、エルフ達に最終通告した。


「一人も峡谷から出るでないぞ。

 魔法に巻き込まれて死んでも、我輩は責任を取らぬからな」


 こいつ……何の用意もなしに、なぎ払って来るつもりだ。

 正直、嫌な予感しかしない。

 いや、当然シャンリーズの力量は、

 アレクが一番分かってるんだろうけど。


 向こうは、峡谷にアレクがいる可能性を考えてないのか?

 四賢同士が衝突したら、自分も無傷では済まないはずなのに。


 それでもなお、手を出してきているのだとしたら――

 罠か、それに準ずる仕掛けを張っている可能性がある。

 アレク一人で行かせるのは得策じゃないな。


 俺は立ち上がり、アレクの横に立った。


「……俺も行く」

「はぁ? 阿呆か。足手まといが来ると邪魔じゃ」


 アレクは素っ気なく吐き捨てる。

 どうやら、本気で俺を同行させたくないらしい。

 足手まとい、とは言ってくれるものだな。

 実際その通りだけど。


「俺の力を信用してくれ」


 アレクに正面から言い放った。

 確かに、直接的な戦闘では助けになれないかもしれない。

 だが、移動や偵察の面では役に立てるはずだ。


 それに、敵が何を仕掛けてくるか分からないんだ。

 戦力は少しでも多い方が望ましい。

 たとえそれで――俺自身が窮地に陥ったとしてもな。

 しかし、アレクは頑として聞かない。


「信用した上で不要と言っておるのじゃ。

 今回だけは、絶対に認めるわけには行かぬ」

「邪魔にならないよう、サポートに徹するよ」


 食い下がると、アレクは鬱陶しそうな顔をした。

 と、次の瞬間。

 彼女は俺の胸ぐらをつかみ、

 自分の顔の高さまで引きずり下ろした。


「二度は言わぬ。

 ここで待機しておくのじゃ――レジスッ!」


 最後の呼びかけは、叱咤のように聞こえた。

 こんなことでアレクが声を荒げるのは初めてだ。

 余裕のある態度とは裏腹に、かなり切迫している証拠でもある。


 不覚を取れば、敗北してしまうかもしれない相手なのだ。

 だからこそ――アレクを一人で行かせるわけにはいかない。


「蹴飛ばされても、暴言を吐かれても、

 たとえ――嫌われることになったとしても、俺はついて行くからな」


 確かにお前の意固地は相当なものだ。

 テコでも動きそうにない意志を持っている。

 だがな、俺という人間は、お前以上に頑固なんだよ。


 引く様子がないのを見て、アレクは大きく息を吐く。

 その上で、脅すように言ってきた。


「よかろう。ならばその覚悟、見せてみよ――」


 アレクは俺を睨みつけながら、魔力を開放した。

 ビリビリと、部屋の中が震える。


「――ッ!」


 不意に、全身の汗が吹き出すのを感じた。

 アレクが魔力を行使するのは何度も見てきた。

 しかし、今の魔力開放は――いつものとは質からして違う。

 弱者を射殺すような、強靭たる殺意が混じっていた。


 彼女が指の一本でも動かせば、俺は絶命するだろう。

 そしてそれは、シャンリーズでも可能なこと。

 四賢を相手に、立ち向かう覚悟があるのか――

 そう問いかけているようにも思えた。 


 その審尋に、正面から応えてやる。

 いつもの俺なら、裸足で逃げ出すような状況なんだろうが。

 アレクを一人で危険な場所に送るよりは、断然マシだ。


「――――」


 無言で耐えていると、身体に異変が現れた。

 ひりつくような魔力が、肌に突き刺さる。

 呼吸が浅くなってしまい、視界が霞んでしまう。

 生の魔力を浴びているだけで、この重圧感か。


 しかし、それでも――俺はあくまでアレクから視線を外さなかった。

 すると、彼女はおもむろに俺の額に手をかざしてきた。


 なんだ……?

 こいつまさか、魔法を使う気か。

 今の状態で攻撃魔法を喰らったら、

 身体が弾け飛ぶ気がするんだけど。

 濃厚な死の予感が、脳内に充満する。


 アレクは指をゆっくりと動かし、

 ロクな抵抗もできない俺へと――






 超高速のデコピンを繰り出してきた。





 乾いた音がして、俺の額に激痛が広がった。


「ぬぐぅぉおおおおおおおおおおお!」


 声にならない叫びを上げ、床の上をのたうち回った。

 痛い、地味に痛い。

 なんつう鋭いデコピンだ。

 俺は即座に立ち上がり、アレクに批判を――


「まったく……言うことを聞かんやつじゃ」


 そう言って、彼女は俺の手を取った。

 もう片方の手で額を擦りながら、困ったように告げてくる。


「危険になったら、すぐに帰らせるからの。

 それで良いなら、勝手についてくるのじゃ」


 おお、許可が出た。

 怖い脅しを掛けてきやがって。

 心臓が止まるかと思ったぞ。


「任せろって。ちゃんと上手いこと補助を――」

「ちょっと待った! レジスが行くなら私も行くよ」


 威勢よく名乗り出たのは、案の定イザベルだった。

 彼女は床に置いていた装備を付け、俺の横に立つ。

 すると、アレクが鋭い眼光を向けた。


「黙れイザベル。汝こそ足手まといの筆頭じゃ」

「見くびらないでくれるかな。

 こう見えても四賢への対策はしてるつもりだよ」


 イザベルはアレクの威圧をはねのける。

 まあ、彼女には凄んでも効果がないだろうな。

 アレクの鬱陶しそうな顔を一瞥し、

 イザベルは自分の胸に手を当てた。


「私には貴方の使えない水魔法があるわけだし。

 シャンリーズに対する切り札になると思うけどね」


 一理ある。

 ドワーフはほぼ全ての魔法への熟練値が高い。

 直接打撃も効きにくく、接近戦では種族中最強クラスだ。

 平地の地面で戦うなら、

 騎乗状態のドラグーンくらいしか太刀打ちできないだろう。


 しかし、ドワーフという種族は、根本的に水魔法が弱点。

 大陸の四賢と言えども、ドワーフであることには変わりないのだ。

 下手をすれば、水魔法を封印されたアレクよりも、

 イザベルが戦った方が有効な場合もあるかもしれない。


 食い下がる俺達を睨んでいたアレクだが、

 諦めたように溜め息を吐いた。


「ちッ。……まぁ、よかろう。

 汝の水魔法など水遊びもいいところじゃが。

 レジスを逃がす際の足代わりとして、同行を許可してやるのじゃ」

「どうも。期待に応えられるよう、せいぜい頑張るよ」


 水遊び、という言葉が癪に障ったのだろう。 

 イザベルは少しムッとした顔になった。

 「想定外じゃな……」とアレクは頭を掻く。


 と、その時。

 廊下から凄まじい足音が響いてきた。

 すわ新手かと身構えたが、ジャックルが応対した。

 どうやら外に出ていたエルフが戻ってきたようだ。

 報告を聞いた上で、ジャックルは再び腰を据える。


「偵察より連絡だ。

 つい先程、土人形が再び霊峰に侵入したらしい」

「なっ――!」


 エルフ達が絶句する。

 先ほどのトラウマが蘇ったのか、

 顔を真っ青にするエルフもいた。

 しかしそんな中、アレク好戦的に笑っていた。


「はっ、砦に引っ込んでおけばいいものを。

 よかろう。霊峰内で殲滅して、魔獣の餌にしてくれるのじゃ」


 そう言って、彼女は魔法を詠唱した。


「狭間に潜むは隠遁の徒。

 唸りし探神の光矢にて、其が僻隅を照らさん――『スウォームシーカー』」


 探知魔法か。

 俺も使えるが、あれはかなりの上位魔法だな。

 それにアレクが詠唱した場合、範囲が全然違う。

 これで不意打ちを喰らうことはなさそうだ。

 ただ、相手がアレク以上の探知魔法を使ってなければだが――


「他の者はここで待機じゃ。

 そこの小僧の指示に従い、避難の準備でもしておけ」


 避難の準備て。

 派手に戦うつもりか。


「……不覚だ」

「……敵が来ているのに、

 指をくわえて見ていることしかできぬとは」


 エルフ達は非常に悔しそうな表情をしている。

 だが、下手に手を出せば返り討ちは確実。

 無力な自分に、苛立ちを感じているのだろう。


 アレクが出ていこうとすると、ジャックルが声を掛けた。 


「アレクサンディアよ。

 貴様の言いつけに従い、儂らはここで待機しておく。

 だが――エルフの力が必要になった時は呼ぶが良い」


 その言葉に、アレクは「うむ」とだけ答えた。

 俺とイザベルは、彼女の隣に並ぶ。

 しかし、アレクの張り詰めた表情が気になるな。

 俺は彼女の肩に手を置き、爽やかスマイルを向けた。


「まあ安心しろって。

 何かあったら俺が身代わりになってやる」

「汝を盾にしても、3秒で倒れそうな気がするのじゃが」


 酷いことを言ってくれる。

 否定できないのが辛いな。


「なぁに。俺を盾にしてる3秒の間に、

 アレクなら必殺の一撃を叩き込めるだろ」

「……そんなわけがあるか。まったく、緊張感のない奴じゃ」


 アレクが苦言を呈してくる。

 しかし、その顔は先程よりも和らいで見えた。

 よしよし、そのくらいがベストコンディションだ。


 アレクが歩き出したのを見て、俺達も追従した。

 今回の目的は、ただ一つ。

 敵首魁を排除し、峡谷の平穏を取り戻すことだ。

 ここを乗り越えれば、薬草も手に入るだろう。


 シャンリーズ、だったか。

 悪いが、お前の行動は容認できない

 たとえどんな過去があったとしてもな。


「では、とっとと向かうとするのじゃ。

 あの阿呆の、ふざけた目論見を止めにな――」


 アレクの号令で、俺とイザベルは大きく頷く。

 こうして俺達は、大陸の四賢――



 シャンリーズの撃滅に向かったのだった。 


 

 

 

次話→4/4

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