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第七話 狂乱の四賢

 


 アレクは書物を紐解いた。

 それは、シャンリーズの過去を綴った伝記。

 500年前、ケロンという人物が書き残したものなんだとか。

 それを手に、シャンリーズという英雄が何者なのか説明してくれた。






 シャンリーズ。

 ドワーフ鉱山出身。

 黒髪が艶やかな、美しい少女だったという。


 早くに両親が疫病に倒れ、

 彼女は一人で生計を立てていた。


 当時ドワーフ種の多くは共和国に従属しており、

 鉱山で奴隷のように働かされていたのだ。

 シャンリーズはドワーフ鉱山の、一番底辺で働いていた。

 たった一人残った、愛しい妹を養うために。


 妹の名前はシェナ。

 生まれつき病弱で、いつも咳をしていたらしい。

 シャンリーズは妹思いで、いつも傍で背中をさすってあげていた。

 また、シェナ自身も、そんな姉のことが大好きだったという。


 食事にすら困りながら、二人は毎日を生きていた。

 精一杯、暮らしていたのだ。


 そんなある日、事件が起こった。

 共和国貴族の雇った誘拐犯が、鉱山で凶行に及んだ。

 身寄りのない子供や女性など、

 抵抗できないドワーフを次々とさらっていったのだ。


 ドワーフの骨はとても硬く、

 金属と混ぜて加工すれば上質な金属素材ができた。

 それゆえに、秘密裏にドワーフを誘拐して、

 貴族に売り飛ばす輩が存在していたのだ。


 誘拐犯はシャンリーズやシェナをも狙いに定めた。

 だが、無我夢中で反撃したシャンリーズは、

 誘拐犯を一撃で粉砕してしまった。

 彼女の魔力量は、すでに常人の比ではなかったのだ。


 魔法の概念すらも知らない状態で、土魔法の発動。

 シャンリーズを後の四賢たらしめる圧倒的な才覚である。

 その時、シャンリーズは己の才能に気づいたのだ。


 以降、彼女は土魔法を磨くようになった。

 彼女の努力に応じて、魔法は日に日に上達したそうだ、

 新たな土魔法を覚え、鉱山の奥地で仕事が可能になった。


 そこでもらえる給金は、今までの比ではない。

 少しずつ、食事に困ることはなくなっていった。


 しかし、それと同時期。

 シェナが血の入り混じった咳をするようになった。

 当時大陸で流行っていた謎の病だ。


 後に『永劫の不治』と呼ばれ、

 未曾有の死者を出すことになるものである。

 シャンリーズが治療法を知っているはずもない。


 ひたすら薬を買い込み、

 己の食費も全て注ぎ込み、

 シェナの治療に専念した。


 しかし、全く回復の兆しは見えない。

 そればかりか、必死に貯めていた金が底をついてしまった。


 報酬の多い仕事を選んでいるとはいえ、

 しょせんは奴隷身分のドワーフに支給される金。

 薬を買い漁っていれば、溶けるのも当然だった。

 この時シャンリーズは、己の無力と金の不足を呪った。


 なぜ妹一人を助ける力すらない。

 なぜ大切な家族を守ってやれる金すらない。


 苦しむ妹の姿を見て、彼女は苦悩していた。

 それでも力の限り、

 金の許す限り、シャンリーズはシェナの看病を続けたのだった。


 そんな折、今までにない依頼が飛び込んできた。

 シャンリーズはそれを、土魔法によって簡単に遂行してみせた。


 すると、彼女の評判を聞いた者たちが、

 次々と似たような仕事を持ち込んできた。

 彼女の化け物じみた魔法の才能が、徐々に開花してきたのだ。


 採掘報酬は、今までの5倍。

 奴隷身分の者が手にする給金では最高峰と言えた。


 これで、今までに買えなかった薬も試せる。

 シャンリーズは遠く離れた街まで買い出しに行った。


 もっとも、この時全ての薬を与えていたとしても、

 回復は見込めなかっただろう。

 シェナの病は、それ程までに厄介だったのだ。


 シャンリーズも、そのことは薄々感づいていた。

 だから彼女は、金を貯めて大きな賭けに出ることにした。

 鉱山近くの町医者ではなく、

 首都にいる優秀な医師に見てもらおうとしたのだ。





――しかし、それすらも許されなかった。





 ある日、シェナが連れ去られたのだ。



 抱きしめて寝ていたはずの妹がいない。

 シャンリーズがそのことに気づいたのは、

 ドワーフキャンプの医療院の中だった。


 彼女の身体は魔法で切り刻まれ、死ぬ一歩寸前。

 右肩から左腰にかけての裂傷は、内臓にまで達していた。

 全身に切り傷が刻まれ、四肢の骨も完全に折れていたらしい。


 誘拐犯が、魔法師を伴って襲撃してきたのだ。

 闇夜に紛れて忍び込み、シャンリーズを攻撃し、

 そして――シェナを誘拐した。


 普通、共和国の魔法師が手を貸すということはありえない。

 そんな連中を私事で動かすことができるのは、有力な貴族のみ。

 シャンリーズは即座に、強い権力が絡んでいると予測した。


 彼女はすぐに医療院から脱走した。

 血を垂らし、赤黒い跡を地面に付けながら、妹の行方を追ったのだ。


 その時シャンリーズは、自分の怪我や痛みに頓着していなかった。

 ただひたすらに妹の無事を願い、

 少女を誘拐した連中に激怒していたらしい。


 シャンリーズは土の痕跡を特殊な魔法で調べ

 まず誘拐犯の身元を暴きだした。

 まさか足がつくとは思っていなかったのだろう。

 誘拐犯は絶命するその一瞬まで、驚愕に目を見開いていたという。


 次にシャンリーズが目をつけたのは、

 誘拐犯が持っていた顧客名簿。

 それらを全て奪い、しらみ潰しに貴族の館へ潜入した。


 時折、見張りに見つかることがあったが、何の問題もない。

 土魔法を開花させた彼女に、もはや敵はいなかった。 



 ――シャンリーズは歩みを止めず、ひたすらに妹を探し続けた。



 そして、顧客リストの最後。

 当時、共和国で最大の勢力を持っていた貴族。

 その貴族の屋敷で、ついに見つけた。

 彼女が何に代えても守りたかった最愛の妹――シェナの亡骸を。



 間に合わなかったのだ。

 それも当然。間に合うはずがない。

 誘拐された数日後に、シェナは既に殺されてしまっていたのだから。

 最初にここへ来ていても、結果は変わらなかっただろう。


 冷たくなったシェナを見て、シャンリーズは泣いた。

 号泣した。

 嗚咽し、全ての怨嗟をぶちまけたのだ。

 

 別に、何も求めていなかった。

 贅沢に生きたいとか、

 そんな大それた希望を持ったこともなかった。


 貧しくてもいい。

 労働が辛くてもいい。

 ただ、妹と一緒に――幸せに生きたかっただけなのだ。




――しかし、それすらも貴族に奪われた。




「……絶対に、許さん」


 シャンリーズはそう呟いたという。

 唯一無二にして心の支えだった妹――シェナ。

 そんな少女を犠牲にした輩を、絶対に許さない、と。


 その怒りは凄まじく、

 変容した魔力が、彼女の身体にも異変を及ぼしたという。


 漆黒の髪は色素が抜けて銀色へ。

 少女らしい表情は消え、

 無機質な暗殺者のそれとなった。


 皮肉なことに、この異変によって、

 シャンリーズの魔法は更に強くなったのだ。


 シェナの命を奪った貴族は、

 一族郎党に至るまで根絶やしにされた。

 この一件は激震となって共和国を駆け巡り、

 彼女は大陸全土に指名手配された。


 しかし、そんなことは全く関係ない。

 復讐を終えた後、

 シャンリーズは抜け殻のような状態になったという。


 もう、大切にしたいと願った人はこの世にいない。

 シェナがあの世にいるというのなら、自分も向かってみるか。

 そう思いつめてしまうほどに、

 彼女の心は消耗し、疲弊していたらしい。


 そんな折。

 この書物の筆者ケロンと出会い、

 シャンリーズは衝撃的な事実を知った。


 シェナを犠牲にした貴族の裏には、

 更に大きな存在があったのだという。


 邪神。

 そう呼ばれる神が、有力貴族を操っていたのだそうな。

 無抵抗な人間や他種族を集め、

 己の目的を達成するために虐殺していたのだという。


 つまり、シェナを失わせたのは、他ならぬ邪神。

 復讐は――まだ終わっていなかった。


 シャンリーズの怒りが、再び燃え上がった瞬間だった。

 この時、修羅の道を歩む大魔法師が誕生したのだ。


 彼女はその後、邪神討伐軍に合流した。

 そして大陸の四賢と呼ばれ、

 英雄として名を馳せることになる。


 邪神を封印した戦いでは、

 堅守の第一人者として広く世に知られた。

 彼女の名声は、貴族殺しの大罪人から、

 一気に救国の英雄へと変わったのだ。


 ――しかし、決して名誉ばかりではない。


 邪神を封印した後、彼女は豹変してしまった。

 禍々しき神が遺した呪いで、『目』をやられてしまったのだ。

 その呪縛は、とても恐ろしかった。


 老婆や大人の女性は、普通に目に見える。

 だが、少女や若い女性を視認した場合、

 その全てが妹――『シェナ』に見えてしまうのだ。


 当初、シャンリーズは何が起きたのか分からず、

 ひたすら錯乱したという。


 これ以上に酷い仕打ちがあるだろうか。

 もう亡くなってしまったものと、諦めていたというのに。

 踏ん切りがついていたというのに。

 そう悲観したという。


 己の力不足で守りきれなかった尊い存在。

 シェナの幻影が、笑顔でこちらを向いてくるのだ。

 もはや本当のシェナは、この世にいないというのに――


 この時、立ち直りかけていたシャンリーズの心が、

 完膚なきまでに折れてしまったのだという。

 友人であるケロンが説得したが、彼女は聞き入れなかった。 



 邪神大戦が終わった後。

 シャンリーズは人々の前から姿を消したのだった――





「……ふぅ」




 そこまで解説して、

 アレクは書物をゆっくりと畳んだ。

 最後に、一番裏に書かれた筆者の引用文を朗読して――




【以上


 これが私――ケロンの書いた、

 シャンリーズに関しての記述である。


 彼女は消息を絶ってしまったため、

 以降の記録は残っていない。

 だがしばらくの後、『妹を探しに行く』という言葉を私に伝えてきた。


 正直、嫌な予感しかしない。

 止めてやりたいが、私もこの怪我だ。

 残った邪神の波動が、肉を蝕んでいる。

 恐らく、私は長くないだろう。


 だから、この書物を読む人がいたら、

 どうか私の忠告を聞いて欲しい。



 ――絶対に、シャンリーズに近寄らないでくれ。



 今の彼女は凶暴にして冷徹。

 どこにも慈悲の心はない。


 もし、シャンリーズに会ってしまっても、

 絶対に逆らってはいけない。

 即座に逃げるか、死を覚悟するのが吉だ。


 暴れれば暴れるほど、

 彼女はいたぶって殺すだろう。

 自分が味わった苦しみを、他人に擦り付けるかのように。


 しかし、本当に。

 どうしてこうなってしまったのだろう。

 邪神を封印したら、みんな幸せになるはずじゃなかったのか。


 どうしてこんなにも、戦った者が苦しまなければならない。

 戦禍の残り火がシャンリーズを狂わせ、

 その膨大な魔力を駆使させ、さらなる犠牲を生もうとしている。

 今の彼女はまさに、爆薬そのものだ。


 だから、近寄るな。

 命が惜しければ、相手にするな。


 そう。

 妹の幻影を追う亡者となったシャンリーズは、

 危険人物として今でも――






     ◆◆◆




 グシャリ。

 軽い音と共に、書物が握り潰された。

 手の中に収まる紙片は土へと変わり、掌内からこぼれ落ちる。


 ここは峡谷の外。

 帝国の旗が立てられた拠点の中である。

 そこで、一人の女性が腹立たしそうに舌打ちした。


「……チッ、ケロンめ。

 いらぬことを、よくもまあぺらぺらト」


 はるか昔に寿命で死に絶えた知人を罵倒する。

 久しぶりの霊峰。

 ここに来たのは、邪神大戦以来だ。


 そう、邪神大戦。

 それを起点にして、ケロンのことを思い出したのだ。

 たまには思い出してやってもいいだろう。


 そう思い、彼女はケロンの遺品を帝国図書から強奪し、

 暇つぶしがてら、ここで読み耽ることにした。

 しかし――


「的外れもいいところダ。

 奴の目も腐っていたようだナ。

 こんなものが出回っていると思うだけで気が滅入ル」


 ケロンの主観で、己を語ってほしくない。 

 こんな書物を遺されるくらいなら、何も話さなければよかった。

 そう言いたげな様子だ。


「……はァ、面倒ダ」


 土に還った書物を、唾棄するように見る。

 彼女から溢れだす魔力に共鳴し、大地が小刻みに震えた。

 そう、彼女こそ――この霊峰に挑発をしかけた張本人。


 大陸最強の傭兵と名高い魔法師『アース・クイーン』である。

 その正体は、大陸の四賢の一人、シャンリーズ。

 彼女はため息を吐いて、帝国の旗をぼんやりと眺める。


「馬鹿めガ。大人しく報酬を払えば良かったものヲ」


 つい数週間前。

 王都反逆の時だったか。


 ジークを始末した後、

 シャンリーズは帝国に報酬を請求した。

 その額は、国庫に収められた財宝の一割。

 彼女からすれば、良心的な値のつもりだった。

 

 だが、帝国幹部は数十人の兵を寄越してきただけ。

 ふざけたことに、報酬の支払いを拒否したのだ。


『ジークを殺せとは言ったが、

 周りの帝国魔法師まで巻き込めとは言っていない。

 これは重大な任務違反。仕事の報酬を払うことはできない』


 それを伝えるためだけに、

 捨て駒として帝国兵を派遣してきたのだ。

 自分で挨拶に来る度胸もない腑抜けめが。

 シャンリーズは内心で毒づいた。


 帝国兵にも、

 『可能であればアース・クイーンを殺せ。機密を漏らさせるな』

 という指示が出ていたようで、

 数十人の帝国兵が彼女に襲撃をかけてきた。

 もっとも、シャンリーズはそれを一瞬で返り討ちにした。


 帝国貴族が利用していた奴隷商を、

 シャンリーズが叩き潰したことに立腹しているのだろう。


 一貴族が独断でこんなことをしたのかもしれないが、

 その愚行を止められない帝国も帝国だ。

 貴族の横行が過ぎれば、腐敗が進むだけだというのに。


 もはや帝国からは二度と仕事を受けまい。

 そう思いつつ、シャンリーズは意趣返しをすることに決めたのだ。


 ここはドワーフ鉱山とケプト霊峰の中間。

 そこに、帝国の旗が掲げられた拠点が建てられている。

 この現状を、外部の者が見ればどうなるか。


 周囲の目には、

 『帝国が国境を破り、王国領と霊峰を犯している』

 と映ることだろう。


 シャンリーズは帝国のふりをして、エルフに挑発を仕掛けたのだ。

 もとより、この仕事が終われば峡谷に行こうと思っていた。

 己の目的の成就と、帝国への仕返し。

 その2つを同時に達成にすべく、拠点を設置したのだ。


 これで帝国は、他国や他種族から糾弾されることだろう。

 十分に溜飲は下がった。


 となれば、今は目の前のことに集中するだけ。

 今朝、エルフの少女を得るため、200もの土人形を送り込んだ。

 しかし、エルフを手中に収めることができなかった。


 頑強に抵抗してきた輩がいて、捕縛に失敗してしまったのだ。

 しかし、収穫はあった。


「……王都の時点では見逃したガ。

 邪魔をするなら、我が眷属の一人に加えてやろウ」


 土人形を通して、例の魔力の波動を感じたのだ。

 シャンリーズは好戦的な笑みを浮かべた。


「それも叶わぬなら、ただ絶命させるのみダ。

 なあ――アレクサンディア」


 邪神に立ち向かっていた時から、あの女は気に食わなかった。

 自分を執着心の塊、と罵り、傲慢に振る舞う。

 味方でさえなければ、間違いなく夜襲をかけていた。


 しかし、今は別に共闘する存在でも何でもない。

 次に出会えば、確実に敵対するつもりだった。


 いい機会だ。

 妹を手に入れる傍ら、ここで相手をしてやろう。

 シャンリーズは静かに立ち上がると、指をパチンと鳴らした。


「其は流転する不死の鋭兵。

 土の神命に従い、我が導きに応えヨ――『クレイ・ソルジャー』」


 暴風のような魔力が吹き荒れた。

 あたりの土が次第に盛り上がっていく。

 周囲の山肌から鉱物が飛び出してきて、土の塊に張り付いた。


 みるみるうちに土は人の形を取り、

 周囲の鉱物は鎧へと姿を変えた。

 しばらくすると、数百の土人形が大地に立っていた。


 まさに完全武装。

 藍色の甲冑は帝国兵を模している。

 表面上は絶対に見破られない。


 兵の動作を確認しつつ、

 シャンリーズはエルフの峡谷の方角を眺める。


「さて、私直々に向かってやろウ。絶望するが良イ――」


 数百の兵。

 そして、土魔法の使い手・シャンリーズ。


 大陸の四賢の一人が、圧倒的な敵意を持って、

 再び霊峰に侵入したのだった――




 

次話→4/2

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