第六話 正体
本屋敷に戻った後。
会議は荒れに荒れ、大紛糾してしまった。
帝国兵をどう処理するかで意見が真っ二つ。
強硬派と慎重派が真っ向から対立してしまっている。
怒声が飛び交うこと矢の如しだった。
もはや意見の統合を図れる状態ではない。
誰か、俺に耳栓を取ってくれないか。
そろそろ耳のアイドルである鼓膜ちゃんが悲鳴を上げそうだ。
「戦える者を全て集めろ! 総力戦だ!」
「待て。峡谷の外での交戦は分が悪い。
砦攻めなど、攻撃側の不利は必至だ」
あちこちのエルフが、各々の主張を口にする。
ただ、意見としては出撃の方が多いみたいだ。
怒りに燃えるエルフ達が、鬼気迫る勢いでジャックルを問い詰めた。
「どうするつもりだ、族長!」
「族長ッ!」
ちょっと待ってやれって。
ジャックルも聖徳太子じゃないんだぞ。
いっぺんに言われても聞き取れるはずがないだろう。
浮き足立って、冷静な状態じゃなくなってるな。
このままでは有益な策も出てきそうにない。
どうしたものか。
そう思った瞬間――
ズガン、と凄まじい音が部屋に響いた。
衝撃と轟音で、両派の発言が止まる。
見れば、アレクが床を盛大に殴りつけていた。
木くずをパラつかせながら、アレクは騒がしいエルフを睨みつける。
「会議もせず、いたずらに声ばかり大きい阿呆は出て行け。邪魔じゃ」
「なっ、貴様! 私は峡谷を思って――」
「峡谷を思って……何じゃ?」
アレクが射殺すような視線を向ける。
その迫力に、エルフも言葉を失って黙り込んだ。
「……くっ」
おお、さすがはアレク。
先ほどまで騒がしかったのが嘘のようだ。
一転して、重苦しい沈黙が流れた。
これを好機と見たのか、ジャックルが咳払いをして切り出した。
「まずはイザベルに意見を訊くぞ。お前はどう思う?」
「えーっとね。砦を攻めるのはやめたほうが良いと思うよ。
物量も地の利も、帝国側が圧倒的だし」
「……ふむ」
無難な策だ。
恐らくは、それが一番被害が少ないだろう。
王国でも消耗戦に持ち込んだらキツい相手だというのに。
平地や砦で戦うとなればなおさらだ。
と、ここで出撃派のエルフが挙手をした。
「帝国の兵数が何だ。
我らとて、大陸全土のエルフに招集をかければ良いだろう」
「これは峡谷の儂達が招いた危機だ。他のエルフを巻き込む気か?」
ジャックルがすぐさま苦言を呈する。
む、少し意外だな。
エルフはみんな仲間意識が強いと思ってたんだけど。
峡谷の外――つまり里に散っているエルフは違うのか。
俺が首を傾げていると、イザベルがフォローを入れてくれた。
「里で過ごしてるエルフは、信仰心も薄いからね。
人間とのハーフもいたりするし。
そもそも、里で生まれたエルフは峡谷の位置すら知らないんだ。
危機と聞いても、すんなり来てはくれないと思うよ」
なるほど。
エルフの団結力は、大陸全土で通用するわけじゃないんだな。
一応は会議の形を保ちながら、意見の摺り合わせが行われていく。
強硬派の士気は、依然高かった。
次々に代案を出し、帝国兵の駆逐を唱える。
しかしそれらの作戦は、どれも無為な犠牲を強いたり、
勝ち目のないものばかりだった。
ジャックルや慎重派としても、認めるわけにはいかないのだろう。
一つ一つ弱点や欠点を挙げていき、強硬派を説得しようとする。
しかし、生半可な宥めは火に油を注ぐようなもの。
ここで、出撃派のくすぶりが頂点に達した。
「ふざけるな! あれもダメ、これもダメなどと。
こうして腑抜けたまま、滅亡するのを待つ気か!?」
「だいたい、神木は既に敵の手中なのだ。
放っておけば、峡谷にも戦禍が広がるぞ!」
それに対し、慎重派のエルフが正面から異を唱えた。
「だからといって、ここで突っ込んでも無駄死にするだけだろう!」
「やってみなければ分からん!
エルフが人間に屈してたまるかッ!」
いかん、また会議が混乱しかけてる。
ジャックルも渋い顔をして眉間を押さえていた。
こんなことをしてると、また床から轟音が響くことになるぞ。
俺が密かに耳を塞ごうとした瞬間――
「――簡単な話じゃ」
アレクが涼やかな声を発した。
彼女の発言を受けて、怒号を飛ばしていたエルフが萎縮する。
全員がアレクの言葉に耳を傾ける。
すると、彼女は衝撃的な意見を打ち出した。
「砦を攻めればよかろう。
あんなハリボテ、守備力も備わっておらぬ」
ざわっ、と部屋の中がにわかに騒がしくなった。
先日は、エルフを脅迫してまで止めていたというのに。
ジャックルとイザベルが慌てて説得しようとする。
「な、何を言い出すのだ!」
「……アレクサンディア。
貴方はこの中で一番戦い慣れしてるはずなのに。
砦攻めの危険を知らないのかな?」
イザベルはため息を吐いた。
邪神大戦を経験しておきながら、何を馬鹿なことを。
そう言いたげなジト目だ。
しかし、アレクは悪びれた様子もなく続ける。
「砦を落とすのは楽勝じゃぞ?
帝国兵など――最初から一人もおらんのじゃから」
「ど、どういう意味……?」
おぉ、やっぱりアレクも気づいてたか。
最初から違和感を覚えていたみたいだしな。
多分、俺より先に看破していたのだろう。
そう、最初からこの会議は意味がなかったんだ。
ありもしない帝国兵への対策なんて、無駄にすぎない。
最初に伝えようとしたが、
そんなことを言える雰囲気じゃなかったからな。
迂闊なことを言えば、エルフ諸侯に睨み殺されそうだったし。
しかし、時は来た。
俺は手を上げて注目を集めた。
「それに関して、俺の話を聞いてくれ」
エルフ達の鬱陶しそうな視線が俺に注がれる。
引っ込め小僧、と言われなかっただけ良しとしよう。
竜討伐の前だったら、発言すらさせてもらえなかっただろうし。
少しは認めてもらえたということか。
となれば、その期待に応えなきゃな。
「まず結論から言うぞ。
今回の事件に――帝国は一切関係ない」
「……おかしなことを言う」
「お前も見ただろう。甲冑を着込んだ帝国兵を」
すぐさまエルフから反論が飛んできた。
まあ、俺もついさっきまで、アレを帝国兵だと思ってたし。
すぐに納得できるものではないだろう。
「だいたい、帝国がなんで峡谷の中に入ってくるんだ?」
「……神木の強奪をするためではないのか」
「さっきも言ったけどさ。
それだと、帝国は最初から峡谷の存在を知っていたことになるぞ?」
人間の神木についての知識なんて、
せいぜい『エルフの峡谷を守っているとされる不思議な樹木』程度だ。
峡谷の所在を知らなきゃ、入手する算段すら成り立たない。
「つまり、誰かが帝国に自分たちの聖地を売ったってことだ。
でも、それはありえないんだろ?」
俺の質問に、エルフたちは大きく頷いた。
まあ、俺もエルフが仲間を売るとは思っていない。
派閥で対立しようとも、エルフの繁栄を願っている点では同じだ。
かつて他種族を虐げた帝国に力を貸す理由がない。
たとえ捕虜になって情報を求められても、
舌を噛み切って自殺しそうな気迫の持ち主ばかりなのだ。
エルフとしての覚悟が根本からして違う。
だいたい、もしそんな背信者がいたとしても、
位置を教えるだけなんてチャチな真似はしないだろうし。
本気で裏切るつもりなら、
それこそ大神木を焼き払うくらいのことはするだろう。
最初からありえない想定なのだ。
「では、何が目的だったのだ?」
「薬草と神木の共通点は、絶対エルフになくてはならないもの。
今回の首謀者は、その二つをおびき寄せる撒き餌に使ったんだ」
「目的は……我らエルフだったというのか?」
そう。
最初から敵は薬草なんて眼中になかったんだ。
狙いは、その草を大切にするエルフ。
だからこそ、彼女たちを刺激する行動ばかり起こしてきた。
ケプト霊峰での乱獲。
そして今朝の伐採。
恐らく、竜をけしかけたのも今回の首謀者だろう。
どれもこれも、エルフを激高させるものばかりだ。
「エルフ以外は峡谷に入れない――これは事実だろうな。
あらかじめ位置を知った上で霊峰に入らないと、
峡谷を目指して動くなんて不可能だろうし」
俺なんて地図か先導がないと、未だに生きて帰れる気がしない。
方位磁石持ってても二秒で迷うレベルだよ。
それ程までに峡谷のあるケプト霊峰は魔境なのだ。
ここで、ジャックルが首を傾げる。
「しかし、エルフ以外で峡谷に入った者など――」
「歴史を振り返ってみてくれ。
そしたら一つだけ、明らかな例外があるだろ?」
俺は含みを持たせて言った。
すると、イザベルが即座に反応する。
「そうか――大陸の四賢ッ!」
「その通り」
どの書物にもだいたい載ってるしな。
500年前に邪神と激戦を繰り広げた時――
劣勢に追い込まれた四賢と連合軍が、
ケプト霊峰まで防衛ラインを下げたのだ。
同時に、四賢は治療と潜伏のために峡谷に立ち入った。
排他的で、絶対に他の種族が立ち入ることのできない聖域。
だが、当時は大陸の危機を救うために種族が一致団結していた。
例外的だが、エルフ以外の者が峡谷に入ってたんだ。
そして、ちゃっかり峡谷の内部事情を知った奴がいた。
「じゃあ、この襲撃は――」
「そうだ。四賢の一人によって引き起こされている」
「…………」
俺がそう言うと、イザベルを含めた全員が一箇所を注視した。
視線を受け取ったアレクが不愉快そうな顔をする。
「……なぜ我輩を見る、汝ら。及びイザベルよ」
「いや、やるとしたら貴方かなって」
「はっ、こんな山一つ攻撃するのに、兵など使わぬ。
一晩あれば独力で更地に出来るのじゃからな」
しなくていいからな。
屋敷や炎鋼車を破壊したお前が言うと洒落にならん。
屋敷どころか霊峰から追い出されそうな真似はやめてくれ。
イザベルは不思議そうに首を傾げる。
「だとしたら、犯人は他の三人?
でも、一人は死んで、二人は行方不明って聞いたけど」
「そうじゃ。行方不明者の片割れ。
土魔法においては神に匹敵する大魔法師――」
かつてアレクと共に戦い、
邪神大戦において鉄壁の守護者となった伝説のドワーフ。
彼女はその人物の名を告げた。
「――シャンリーズ。そやつが今件の首謀者じゃ」
その名前が出た途端、部屋の中が凍りついた。
やっぱり、全員名前くらいは知ってるみたいだな。
シャンリーズ。
大陸の四賢にして最強の土魔法の使い手。
実力において、恐らくはアレクと同等。
大陸全土で忌み嫌われる魔法師だ。
シャンリーズの名前でピンときたのか、
イザベルがおずおずと訊いてくる。
「シャンリーズって要するに……。
巷で有名な『アース・クイーン』だよね?」
「ああ。紐付けできる証拠はないけど。
使ってる魔法や被害の大きさから、
まず間違いなく同一人物だろうな」
その辺については、傭兵関連の書物を読んだ時に出てきたな。
アース・クイーン。
謎の多い人物で、大陸最強の傭兵として知られる。
容姿の特徴は知られていないが、性別は女性。
人身売買を行う組織は、彼女の名前を聞くと震え上がるらしい。
アース・クイーンは時たま、奴隷商人を襲撃する。
そして商品である奴隷を選別し、若い少女だけを連れ、
どこかへ消え去るそうなのだ。
ちなみにその後、少女がどうなったのかは、知られていない。
そして、有名な話があと一つ。
アース・クイーンは襲撃報酬に対してシビアで、
未払いなどを一切寛恕しない。
しかし、報酬は仕事後にアース・クイーンが独断で決める。
場合によっては、貴族でも払えない請求をされることがあるそうだ。
ちなみに過去。
報奨を渋った依頼主が、組織ごと消された例があるらしい。
だが、そのようなリスクがあるにも関わらず、
アース・クイーンに依頼をする権力者は絶えない。
まるで灯火に集まる蛾のように。
彼女の圧倒的な力に惹かれるのだ。
その影響力たるや、まるで後ろに立たれたら殴ってくる殺し屋だ。
業の深い話である、
「レジスの言うとおり。
アース・クイーンの正体は――シャンリーズじゃ」
「やっぱりか」
他ならぬアレクが言うのだから間違いあるまい。
500年前に共闘した仲なのだ。
そこらの書物よりも詳しいに違いない。
「いけ好かぬ奴じゃ。
妹狂いの妄執狂にして、金の亡者。
四賢の誓いも無視する輩じゃからの。
我輩はあいつがずっと苦手じゃった」
なんだ、守銭奴という面ではアレクと同じじゃないか。
思わず口に出しそうになったが、
色々と殺されそうなので何とか止めた。
「やっぱり、強いのか?」
「我輩の次くらいにはな。
もっとも、水魔法を封じられておる今では、
少し分が悪いかもしれんがの」
アレクは遠い目をする。
どうやら、あまり仲は良くなかったみたいだな。
アレクを窓口にして、説得できないかとも思ったけど。
この分じゃ逆効果にしかなりそうもない。
ここで、エルフの一人が首を傾げた。
「だ、だが。シャンリーズはドワーフなのだろう?
どうして人間の兵を大勢率いていたのだ」
「大勢……っていうのも違うんだよ。
ちょっとこれを見てくれ」
俺は脇に抱えていた物を置く。
大きくヒビの入った蒼色の防具。
それを見て、エルフが首を傾げた。
「これは、帝国の兜……か?」
「一見はな。でもこれは正規兵の装備じゃない。偽物なんだ」
「だが、ここに紋章が入っているだろう」
エルフは兜の前面を指さす。
黒剣が禍々しくクロスした印章。
帝国のエンブレムだな。
「後からいくらでも偽造できるよ。
それに、隊長格の奴でもこんな高級鉱石は使わない。
帝国兵の装備は、安価な金属の上に色を塗ってるんだ」
兵の一人一人が着るようなものだぞ。
将軍ならまだしも、
足軽や武将の全員が名刀村正を持っているはずがない。
物資が豊富だったとしても、間違いなく破産する。
俺が兜の解説をしていると、イザベルが感心したように呟いた。
「レジス……よく知ってるね」
「たまたま、これと同じ規格の兜を見たことがあったんだ」
そう、見た場所は――エドガー魔法商店。
八年前、王都でエドガーが棚に飾っているのを見たのだ。
当時は単にボロボロの汚い兜だと思ってたけど。
まさかこんな所で役に立つとはな。
人生わからないものだ。
俺は兜を傾けてエルフに確認を促した。
「この部分、見えるか?」
「……断面まで綺麗に蒼いな」
これで塗装じゃないってことが分かる。
明らかに、帝国兵の装備じゃないんだよ。
俺の肩から覗きこんできたアレクが、兜をぺたぺたと触る。
「ふむ、これはドワーフ鉱山で採れる希少な石じゃな。
古代から耐魔鎧の素材として有名じゃ。
これから造られる鎧は、王侯貴族でさえも手が出せぬ逸品なのじゃ」
ほぉ、道理で魔法が通りにくかったわけだ。
水魔法がクリティカルヒットしても、倒れるまで時間がかかったし。
根本的に魔法を軽減する鎧なのだろう。
これを踏まえて、イザベルが訊いてきた。
「つまり、シャンリーズが帝国兵に装備を貸し与えたってこと?」
「いや、さっき言ったよな。
今回の一件は、シャンリーズによる単独の暴走だ」
最初から、犯人は一人だった。
言うなれば、大陸の四賢が引き起こした連続災害。
それを指摘すると、イザベルが戦慄したように呟いた。
「じゃあ、あの兵士は――」
「土人形じゃろ。邪神大戦の際に奴が使っておったわ」
アレクが断言した。
土人形。
これは土属性において、
最高位の魔法で作られる不死身の兵士。
最高難易度の土魔法を記した魔法書の達人編でさえ、
『修得不可』の文字が踊る代物だ。
現在シャンリーズ以外で、
これを使える魔法師は存在しないという。
その仕組みは案外シンプルだ。
大量の土を魔法によって削りとり、崩れないよう凝縮。
さらに高濃度な魔素を吹き込み、常に魔力をまとわせて操作する。
そうして初めて実用が可能な兵士なのだ。
最高峰の魔法師が一体も動かすことができないのに、
シャンリーズは軽々と数百体の土人形を使役するらしい。
まさに化け物だ。
「俺も何となく分かってたよ。
さっき帝国兵を蹴飛ばしたんだけどさ。
明らかに人間の重みじゃなかったからな。
あれは間違いなく、中に硬化した土が入ってる」
あんなゴーレム、二度と蹴りたくもない。
足の骨が砕けるかと思ったよ。
接近戦でさえ弱点がないもんな。
外は高性能な耐魔鎧。
中は不滅の土人形。
水魔法くらいしか弱点がないという、反則級の私兵だ。
水属性の魔法を覚えていなければ、確実に詰む相手である。
「まあ何にせよ、厄介な相手じゃ」
アレクは肩をすくめた。
俺は記憶を探りつつ、少し後悔する。
「……思えば、もう少し早く気づくべきだったのかな。
それこそ、変な石に声をかけられた時点で」
「変な石じゃとぉ?」
アレクが身を乗り出して訊いてきた。
そういえば、言ってなかったっけ。
峡谷に入った後、俺は小川で石と会話したのだ。
エルフの誰かが人間の俺を嫌って、
イタズラを仕掛けたと思ってたんだけど。
今思えば、
あれはシャンリーズが偵察で飛ばしていた石だったのだろう。
もっとも、あの時点じゃそんなことが分かるはずもないけどな。
「ああ。我が妹を犯すー、って息巻いてたんだ。
恐らく妹っていうのは、アレクのことを言ってたんだろうけど。
お前、あれが姉貴なのか?」
「冗談じゃとしても怒るぞ。
あんな変態褐色妄執銭ゲバ魔法師と一緒にするでない」
アレクがギロリと睨んできた。
まずい、目に殺意がこもってる。
どれだけ嫌いなんだよ。
しかし、なぜシャンリーズはアレクを妹だなんて言ったんだ?
向こうもアレクのことは嫌ってるはずだろうに。
皮肉だとしても、まずそんな呼び方はしないはずだ。
「というより、レジスよ――」
考え込んでいると、アレクが俺の頭に手を添えてきた。
なんだ、マッサージでもしてくれるのか?
ハハッ、見た目幼女な女の子に奉仕してもらえるとはな。
ここまで幸せなこともあるまい。
「そんなのに遭遇したのなら、報告ぐらいするのじゃ!」
メキメキメキ、と頭に指が食い込んだ。
恐ろしい激痛が側頭部にピンポイントで波及する。
「ぎゃぁあああああああ! 何しやがる!」
「何か異変が起きたら教えるのが筋じゃろうが!」
そう言って、アレクはさらに力を強める。
背後からのアイアンクローはやめんか。
お前の指力だと意識が飛ぶ。
訂正だ、全然幸せじゃなかった。
このままでは奉仕で殺されてしまう。
俺は正直に釈明した。
「知るかよ! 普通にエルフのイタズラだと思ってたんだ。
あの時は峡谷の内部にいたんだぞ。
敵が来るはずないと思うのも仕方ないだろ!」
峡谷に他種族は入れない、とあれだけ聞かされていたんだ。
敵が石を通じて内情を探っていると誰が思う。
俺の素直な弁解が効いたのか、アレクは手を離した。
「まったく。
どちらにせよ、その報告を受けていようがいまいが、
今回の場合は結果も変わらんかったじゃろう。
その代わり……次から気をつけるのじゃぞ」
そうさせてもらうよ。
次にしくじったら脳天に風穴が開きそうだ。
頭に血が通い、落ち着きを取り戻していく。
一悶着あった後、イザベルが尋ねてきた。
「それで、どうしてシャンリーズはエルフに接近しているのかな」
いかん……それは俺に聞かれても困るぞ。
俺が見抜いているのは、襲撃の真犯人と狙いだけなんだから。
そこまで詳しい動機までは分からなかった。
しかし、アレクがここでフォローを入れてくれる。
「端的に言えば、呪いのせいじゃな」
「……シャンリーズは、どんな呪いを受けたのかな?」
「ふむ、それを説明するには、この書物が必要じゃ」
彼女は懐から一つの紙束を取り出す。
ずいぶんと古臭い書物だ。
エルフ全員の注目がその紙片に集まる。
『ケロンの記述 -英雄シャンリーズの軌跡-』
表題から察するに、シャンリーズの伝記みたいだな。
アレクは書物を広げ、大きく息を吐く。
「我輩が知っておる中で、奴にかけられた呪いは二つ。
一つは、奴の得意技であった戦斧術の封印。
そしてもう一つは――」
アレクは強烈な一言を皮切りに、
シャンリーズの過去を語り始めたのだった。
「全ての少女が妹に見えてしまう、最低最悪の呪いじゃ――」