表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
85/170

第五話 追撃と確信

 




 翌朝。

 まだ早朝の頃だ。

 思い切り寝ていた所に、エルフ達の怒号が響き渡った。


 またアレクが何かやらかしたのか。

 そう思いながら目を開ける。

 すると、眼前にアレクの寝顔が広がっていた。

 どうやら膝枕をしたまま、彼女も眠りに落ちてしまったらしい。


「芸術的な寝相だな……」


 いっさい身体の姿勢を崩していない。

 俺の頭を膝の上に乗せ、そのまま寝息を立てている。

 再び本屋敷の方から轟く怒声。

 それを受けて、アレクの瞼がピクリと動いた。


 いかん、このままでは確実に目が合ってしまう。

 さすれば耐え切れぬ羞恥心が襲い来ることは必至。

 俺はゆっくりと身体を起こした。

 すると、イザベルもちょうど目を覚ます。


「なにか起きたのかな?」

「分からん」


 少なくとも良いニュースではあるまい。

 アレクは微妙に覚醒状態にあるものの、まだ寝ている。

 辟易しつつ、彼女に声を掛けた。


「おい、起きろアレク」

「……なんじゃ、まだ眠いというのに」

「何か異変が起きたみたいだぞ」

「……ふむ」


 アレクはよどみなく身体を起こした。

 すぐにマントをはためかせ、部屋から出ていこうとする。

 ずいぶんと寝起きの良いやつだ。


 目覚ましを7つかけて寝過ごしたことがある俺に、その力を分けて欲しい。

 感心しつつ、俺とイザベルも立ち上がる。

 そして、一直線に本屋敷へ向かったのだった。





     ◆◆◆




 本屋敷では激論が交わされていた。

 ジャックルの族長室で、エルフ達が怒りをまき散らしている。


「ふざけた真似をッ!」

「もはや我慢ならん! 帝国の畜生共が!」

「奴らを峡谷から生きて返すな!」


 物騒な言葉が飛び交ってるな。

 帝国がらみで何か起きたらしい。

 とりあえず、頭に血が上っているエルフを諌めよう。


「まあ落ち着け。人間、理性を失ったら終わりだぞ」


 何人かのエルフに睨まれた。

 しまった、失言だったな。

 人間扱いするなといった表情だ。


 俺はいそいそと族長であるジャックルの傍に寄った。

 彼は渋い顔をして、熟考にふけっている。


「よう、おはよう」

「レジスか。見ての通り、今は惨状だ」

「何があったんだ?」

「この峡谷に代々伝わる神木を、帝国兵が伐採したのだ」

「……神木?」


 どこか聞き覚えのある単語だ。

 そういえば昨日――渓流下りの最中にチラッと名前が出たような。

 俺が聞き返すと、ジャックルが懇切丁寧に説明してくれた。


「神木というのはな――」


 聞く所によると、神木はエルフにとっての秘宝らしい。

 神木はこの世界の神話にも登場する、魔力を有した樹木だ。

 太古の昔、エルフの祖が峡谷に植えた74本の大木のことを指す。


 峡谷の要所に、ニョキニョキと生えているのだそうな。

 それらは障壁を張る際の補助装置としても、重要な役割を果たしている。

 ちなみに、大神殿にはひときわ大きな神木が安置されているらしい。


 その名も『大神木』。

 神木の中で最大の魔力を秘めており、

 大神殿を中心として広大な結界を形成している。


 本屋敷を含むエルフの居住地区を、

 完全に障壁で覆うことができているのは、

 大神木の存在あってのことだ。


 霊峰にそびえる73本の神木と、大神殿の大神木。

 これらはエルフにとっての守り神。

 この峡谷が聖地と呼ばれるのも、

 エルフ統合の象徴――神木があるからなのだ。


「――みんな、静粛に」


 ヒートアップする部屋の熱気に、冷水が浴びせられる。

 イザベルが透き通るような声で鎮静を促したのだ。


「怒ってても被害は小さくならない。

 まずは、現状を整理してみようか」


 彼女の提案を受けて、周囲のエルフが一旦大声を出すのをやめた。

 おお、ナイスだイザベル。

 さすがはエルフ一族の姫様だ。

 一つ咳払いをして、イザベルはエルフの一人に確認した。


「君が帝国兵を監視してたんだよね? 説明して」

「わかった――」


 返事をしたエルフには見覚えがある。

 峡谷に入った時、イザベルと会話を交わしていた女性だ。

 彼女は数人のエルフに目配せをして、簡潔に話し始めた。


「私は深夜より警戒の任を引き継ぎ、

 他のエルフ数名と哨戒に当たっていた。そうだな?」


 女性の確認に、他のエルフ達がコクリと頷く。


「そして、私は無人に見える砦を監察していたのだが――

 突如、帝国兵が峡谷の奥地に出現した」

「……出現?」


 それまたおかしな表現だな。

 しかも、突如として奥地に帝国兵が現れたのか。

 となると、なおさらあの魔法を使ったとしか考えられない。


「その数、約200とのこと。

 転移魔法……しか考えられないが、

 探知魔法を練り込んだ障壁に、反応はなかった」


 やっぱり奇妙だな。

 転移魔法を使ったら、確実にエルフが魔力を感知するはず。

 魔力の漏れを防ぐ隠遁魔法でも使用してたのか?

 それでも、峡谷という場所において、エルフの目は欺けないだろう。


「そして帝国兵は神木を4本切り出し、下山を始めた。

 現在も、拠点の方面に向かって霊峰を下っている。――以上だ」


 女性は説明を終えると、元の位置に座った。

 すると、他のエルフが『なぜ止めなかった』という視線を彼女に向けた。

 しかし、女性は一切の申し開きをしない。


 居心地の悪さを感じたのだろう。

 彼女と一緒に警戒をしていたエルフが、おずおずと手を挙げる。


「私達も止めようとしたのですが、なにぶん相手の数が多く……」

「いや、よかろう。無理に手を出して焚きつけることはない」


 ジャックルがフォローするように言った。

 まあ、手を出さなくて正解だろうな。

 エルフの所在をわざわざ教えることもないし。

 少人数で200人相手に挑んでも物量で殺されるだけだ。


 エルフの、所在。

 ……ちょっと待てよ?

 一つ気になることがある。


「なあ、神木っていうのは、人間が見て判別できるのか?」

「凄まじい魔力を秘めた大木じゃしな。

 接近して探知魔法を使えば、一発で分かることじゃろう」


 なるほど。

 見分けることは可能なんだな。

 となれば、別にかっさらっていくこと自体に違和感はない。

 だが――


「でもさ、いきなり現れて神木を奪取したんだろ。

 何の前情報もなしに、そんな事が可能か?」


 明らかに計画的な犯行だろう。

 今の話だと、帝国側が予め神木のことを知っていたことになる。


 そして神木の位置が割れているということは、

 峡谷があることを敵に把握された可能性があるのだ。

 俺の疑問に、エルフの一人が不愉快そうに反応した。


「どういう意味だ。

 我らの中に、神木のことを密告したものがいると?」


 ギロリと睨んでくる。

 いや、可能性の話をしただけなんだが。

 まあ、峡谷エルフを見るに、仲間を売る輩はいないだろう。

 憎んでいる人間の味方をする道理もない。


 分かった上での、ささやかな確認だ。

 ここで、ジャックルが立ち上がった。


「何にせよ、このままでは峡谷の位置を帝国本部に知られてしまう。

 神木がエルフの峡谷付近にあるという話は、学者間ではあまりにも有名。

 奴らを生きて返せば、大軍で峡谷に押し寄せてくるやもしれん」


 それだけは避けたいな。

 大陸で2番めに人口の多い王国ですら物量負けするんだから。

 正面からぶつかれば、エルフ側に勝ち目がない。

 ジャックルは拳を握りしめ、重々しく呟いた。


「今できることはただ一つ。

 伐採後、帝国兵が転移魔法を使った形跡はない。

 そして報告によれば、奴らはまだ下山中とのことだ」


 『そうだな?』とエルフたちに改めて訊く。

 女性たちはコクリと頷いた。

 すると、ジャックルは全員を見渡しながら言った。


「ここは人間にとって死の境地――エルフの峡谷。

 数十人、数百人だろうが飲み込み遭難させる秘境だ」


 彼の言わんとすることがわかったのか。

 血気盛んなエルフ達が驚いた顔をした。

 まさか、あの日和見主義のジャックルが――といった表情だ。


「帝国兵から神木を取り返し、奴らを闇に葬り去る。

 さすれば、峡谷の存在を知られることだけは避けられるやもしれん」

「――ということは」


 ジャックルは首肯して、力強く告げた。


「――出陣だ」

「おぉおおおおおおおおおおおおおおおおお!」


 即座に好戦的なエルフが歓声を上げる。

 竜の時でも、戦いたくてウズウズしてた連中だな。

 彼女たちは盛大に喜びながら士気を上げる。


「神木を奪還するぞ!」

「帝国の人畜共が!

 よくも好き勝手に薬草を荒らしてくれたな!」

「目にもの見せてくれる!」


 恐ろしい士気の高さだ。

 何この人たち怖い。

 志願制の軍でさえ、ここまでの戦闘意欲は見られまい。

 今にも本屋敷を飛び出して行きそうなエルフ達だったが――


「ただし――」


 ジャックルが一言待ったをかけた。

 エルフたちは彼に耳を傾ける。


「頼むから、無理だけはするな」


 彼はエルフ一人一人に視線を合わせていく。

 そして、慈しむように言った。


「神木や峡谷は、確かに最優先すべき至宝。

 しかし、お前らもエルフ一族にとって大切な存在なのだ。

 失いたくはない――分かったな?」

「把握!」


 エルフ達の声が一つになった。

 そして、各々の武器を取りに戻る。

 なんだ、ジャックルも頼りになる族長じゃないか。


 孫のことになると槍を持ち出す面もあるけどな。

 今のはエルフのことを慮ってないと、出てこない言葉だ。

 ふと、俺はアレクに耳打ちした。


「アレクが口出ししないのは珍しいな」

「ふん、言っても止まらぬ馬鹿共じゃろう」


 その通りだけどさ。

 エルフたちが死にそうな場所に突っ込もうとしてた時は、

 毒を吐きながらも制止してたじゃん。


「平地でドンパチしようとしておるのじゃったら止めもしたが。

 ここは峡谷じゃからの。余程のことがない限り、敗北はないじゃろ」


 地の利はエルフにあり、ってことか。

 しかも相手は退却中。

 上手くやれば、一方的に叩いて壊滅に追い込めそうだな。


「まぁ我輩としては――小僧が追撃を決意したのが驚きじゃったな」

「……儂がどう言うと予想していたのだ」


 急に話を振られ、ジャックルが困ったような声を出す。

 そんな彼に、アレクは微笑を浮かべながら言った。


「日和った汝のことじゃからな。

 情報が集まりきるまでは手を出さん、とか言い出すのではないかと」

「見くびるなよ。確かに儂は慎重だ。

 臆病で戦嫌いなことも自覚しておる。だがな――」


 ジャックルは軽鎧を着こみ、大槍を手に取った。


「帝国ごときに神木をくれてやれるほど、儂は温厚ではない――ッ!」


 そう言うと、彼は出口に向かって歩いて行った。

 おぉ、頼もしいな。

 何だかんだ言われつつも、ジャックルが族長の座に着いてるけど。

 その最たる所以が、彼の芯の強さなのだろう。

 悠然と出陣しようとする彼の背中に、アレクが言葉を浴びせる。


「ほんの少しじゃが、汝のことを見なおしたかも知れぬ」

「ほ、本当か!」


 ジャックルが尋常でない勢いで振り向く。

 すごい嬉しそうだ。

 そういえば、アレクに認められることを熱望していたんだったな。

 期待に満ちた目をするジャックルに、アレクは無表情のまま告げた。


「嘘じゃ」

「…………」


 ジャックルは撃沈した。

 なんて酷いことをするんだ。

 肩を落とす彼を尻目に、アレクも立ち上がった。


「まあ、峡谷のことじゃからの。

 我輩も静観くらいはしてやろう。

 助けてと泣きつけば、200人くらい細切れにしてやるぞ」

「……ふん。貴様に頼らんでも対応できる所を、見せてやろう」


 そう言い捨て、ジャックルは完全装備で外に出て行った。

 俄然やる気になってるな。

 アレクの焚きつけが効いたみたいだ。

 エルフが出払ったところで、イザベルがため息を吐いた。


「ふぅ、大変なことになっちゃったね。

 まさか帝国兵と交戦することになるなんて」

「……帝国兵、か」

「どうしたの?」


 アレクのつぶやきに、イザベルが首を傾げた。

 しかし、アレクはそれを受け流す。


「何でもない。妙な予感がするだけじゃ。

 それより、我輩たちも向かうぞ」

「ああ、帝国兵には嫌な思い出しかないが――」


 学院で戦った時はボロボロにされたからな。

 しかし、一番怖いのは魔法師だ。

 今回やってきてるのが兵だけなのなら、十分立ち回れるはず。


「――ここで打ち払って、少しはマシな思い出にしてやる」



 こうして、俺達は本屋敷から出撃したのだった。







     ◆◆◆






 森に足を踏み入れて、十秒で理解したことがある。

 それは、こと森林内において、人間はエルフに敵わないということだ。

 特に辺りが木々に囲まれていては、まず人間側に勝ち目がない。


 人間にとって不利な要素が、エルフにとって有利に働くのだ。

 地の利として、これ以上のものはあるまい。


「本当、実感するな……」


 前方にアレク。

 後方にイザベル。

 俺が迷わないよう、前後から挟んで誘導してくれている。

 しかし、俺も走ってるんだが、なかなかエルフ達に追いつけないな。


 彼女たちは樹から樹へと飛び回って、陣形を組み立てていた。

 戦慄するような進軍速度だったな。

 あれほどの勢いだ。

 そろそろ接敵しててもおかしくない。


「ジャックル達、大丈夫かな」

「阿呆。ここは峡谷じゃぞ。

 魚にとっての水。鳥にとっての空。汝にとっての監獄じゃ。

 地の利がある以上、まず負けはせぬ」

「おい、最後の具体例はどういう意味だ」


 人を囚人扱いするんじゃない。

 文句の一つでも言おうとした瞬間――アレクの強い視線に気づいた。

 なんだ、俺の顔をジロジロと。

 彼女は念を押すように告げてくる。


「レジスよ。我輩とイザベルから離れるでないぞ」

「……ああ、分かってる」

「イザベルよ、汝も我輩から離れるな」


 会話を振られるのは予想外だったのか。

 イザベルは意外そうな顔をする。


「貴方がそんなことを言うなんて珍しいね」

「……ふん、気まぐれじゃ」


 それだけ言って、アレクは会話を打ち切った。

 俺も走ることに集中しよう。

 大口開けながら進んでると喉に小枝が突き刺さりそうだ。


 茂みの中を強行突破とは、生傷がまた増えるな。

 道がこれしかないならしょうがないけど。

 獣道を抜けると、激しい喧騒が聞こえてきた。


「やってるのか……?」

「エルフが追撃してきたと知って、反転したみたいだね」

「出て行っては邪魔になる。しばらくここで待機じゃ」


 そこまで遠くが見えるお前らが恐ろしいわ。

 でも、確かに。

 更に接近すると、木の上に登っているエルフが見えた。

 彼女たちは眼下の敵を睨みつけている。


 うっすらだが、俺も数十人の帝国兵が視認できた。

 よく目を凝らし、細部を観察する。

 蒼い甲冑に、黒剣が交差するエンブレム。

 帝国の印だ。


 一般兵の中に、一定の割合で輝かしい藍色の装備を発見する。

 おいおい、あの兜は――隊長格のものじゃないか。

 正規の部隊が出張ってきてるのか。


 しかし、妙だ。

 足取りがあまりにも遅すぎる。

 牛歩戦術をやってるのかと見間違うほどである。


 だが、一歩ずつ。

 着実に、こちらに迫ってきていた。

 それを見て、エルフたちが叫んだ。


「揺らめく聖火は蒼天の鋒矢。

 燃え上がれッ――『グレイブフレイマー』!」


 詠唱によって、帝国兵の足元が燃え上がる。

 大火は渦巻状になり、周囲へと波及していく。

 中位魔法だが、束になっているので規模は大きい。

 吹き上がる熱風が、辺りを否応なく巻き込んだ。


「おい……山火事が起こるぞ」

「まあ見てて。あれがエルフの集団戦術だよ」


 イザベルは気楽そうに戦場を見ている。

 エルフの聖域が燃え盛ったらまずいと思うんだが。

 そう思っていると、反対側の樹上から、

 ジャックルの声が聞こえてきた。


「――大空を舞う悠久の風よ。

 嵐となりて吹き降ろせ、『レイザーゲイル』ッ!」


 おぉ、ジャックルの魔法か。

 しかし、魔力を絞って殺傷力を抑えている。

 こんなものを唱えてどうする気だ。


 そう思っていると、炎に変化が現れた。

 風に導かれた大火が帝国兵を飲み込み、周りの木へと――


「おいおいッ、やっぱりダメじゃん! 延焼してるぞ!」

「よく見るのじゃ。風で火力を操り、敵だけを飲み込んでおるじゃろ」

「そ、そうか……?」


 焦点を引き絞り、炎の動きを見た。


 なるほど。

 確かに樹を避けるようにして、敵兵だけに直撃している。

 周りのエルフも、風魔法で火炎が帝国兵に集中するようにしていた。

 ……上手いことやるもんだ。


「森林での戦法としては基礎の基礎じゃな」

「私なら氷魔法の矢で追撃を加えるけどね」


 胸を張るエルフ娘二人。

 さすが天才殿は言うことが違いますな。

 水魔法の習得に手間取りまくった俺とは雲泥の差だ。


 あっという間に敵は火達磨になった。

 火の勢いが衰え、煤の付いた兜があらわになる。

 しかし――エルフは絶句した。


 帝国兵の進軍が、止まらない。

 火を意にも介さず、こちらに近づいてきていた。

 倒れている兵は、一人としていない。


「バカなッ、効いていない……?」

「障壁でも張られたのか!?」


 エルフ達も愕然としていた。

 ここまで動揺が広がるとまずいな。

 それに、エルフが足場にしている木を、帝国兵が切り始めた。

 ここで、ジャックルが矢継ぎ早に指令を下す。


「これ以上接近されてはいかん!

 先鋒ッ、後ろに下がって第二陣と合流!

 第二陣ッ、後退しつつ風魔法の用意!」


 ジャックルの大声で、次々とエルフが戻ってくる。

 だが――ここで想定外の事態が起きた。

 先鋒の一部エルフが、命令を無視して突撃したのだ。


「ここで退いてはエルフの恥ッ!」

「神木は必ず取り戻す!」

「生きて帰れると思うなよ、平地の蛮族がッ!」


 樹木から飛び降り、頭上から攻撃しようとしている。

 それを見て、ジャックルが叫んだ。


「よせッ、相手の戦力が不明だ! 突っ込むでない!」


 ジャックルの声虚しく、

 エルフ達が帝国兵に白兵戦を挑んでしまう。

 明らかな命令無視だ。


「貴様らに、この場所は穢させん!」


 エルフ数人が樹の幹を蹴り、帝国兵へ斬りかかった。

 落下速度を加えた痛烈な一閃。

 帝国兵は避けもせず、兜で受け止めた。


 鈍い音がして、エルフの剣が砕け散る。

 帝国兵の兜にヒビが入った。

 だが、中にダメージは通っていないようだ。


 すぐさま帝国兵が斬りかかろうとする。

 しかし、これはエルフも予想通りだったようだ。

 攻撃したエルフは一瞬で飛び退き、木の上に戻る。

 入れ違いにして、地面に降りていたエルフが斬りかかった。


「もらったッ!」


 突進の勢いのまま、甲冑の隙間に剣を突き刺した。

 普通であれば、完全な致命傷。


 だがその瞬間――堅固な剣が、隙間部分からバキッと折れた。

 そこから一切の間断なく、帝国兵が後ろのエルフに反撃する。


「な、なんだとッ――ぐぁああああああ!」


 重たい一撃だ。

 エルフも鞘で受け止めようとしたが、帝国兵の力のほうが上だ。

 武器を打ち砕かれ、腕を斬られてしまった。

 幸い、傷は浅いようだ。

 しかし、すぐさま他の帝国兵が、地に降りたエルフを取り囲もうとする。


「……ぐッ!」


 エルフは木に飛び乗ろうとしたが、距離が遠すぎる。

 帝国兵は徐々にエルフを追い込んでいく。

 強行突破をしようにも、魔法は効かず、剣も通らない。

 こんな敵兵を相手に戦いを続行しても、被害が出るだけだ。

 

「くそ、無茶だったか」

「撤退だッ、撤退――」


 今になって、分が悪いことに気づいたようだ。

 しかし、彼女たちは自分の周りを見て唖然とした。

 四方を完全に囲まれている。

 あれでは木伝いに逃げることも不可能だ。

 間に合うか――俺は走りだした。


「ちッ――」

「良い、我輩が行く」

「やかましい! 俺が行ってくる!」


 時は一刻を争う。

 悪いが、どっちが行くなんて決めてる場合じゃない。

 アレクの手を振り払い、俺は斜面を駆け下りた。


「アレクとイザベルは、怪我人たちの退却を手伝ってやってくれ!」


 そう叫んで、俺は救援に向かった。

 背後でアレクが何か言っていたが、聞いてる暇はない。

 助けられる状況で見捨てるのは嫌なんでな。


 それに、試したいこともある。

 障壁も張ってないのに、魔法が効かないなんてあるわけがない。

 その理由を、見極めてやる。


「――ガンファイア!」


 エルフを包囲している帝国兵。

 奴らに向かって、炎玉を撃ちだした。

 頭にぶち当てたが、怯む様子はない。


「……ダメか」


 俺の火魔法は、間違いなく強力の部類に入るんだけどな。

 妙なこともあるもんだ。

 まあいい、次だ。


「……火が効かないなら、雷だ」


 少し距離を取り、帝国兵たちの歩調を確認。

 奴ら一人一人が互いに接近した所で、思い切り詠唱する。


「疾駆す雷撃、地を穿つ。

 魔にて迸る天の審判――『ボルトジャッジメント』ッ!」


 超高速の一閃が、敵の間を伝播した。

 激しい閃光が響き渡る。

 しかし、帝国兵はよろめきもしない。


 いったん魔法を試すのはやめて、先に退却路を確保するか。

 俺は帝国兵の一人に飛び蹴りをかます。

 だがその瞬間――足先がミシリと嫌な音を立てた。


「――痛づッ!」


 いかん、足が折れそうだ。

 鎧を着込んでるとはいえ、明らかに人間の重さじゃないぞ。

 一人が斬りかかってきたが、ナイフを使ってのパリングで躱す。

 カウンターで当て身を食らわし、追撃の足払いでダウンさせる。

 かなり狭いが、十分退却路になるはずだ。


「こっちだ、早く!」


 退路を断たれていたエルフを誘導する。

 帝国兵の動きが遅いのがせめてもの救いだ。

 横を通過する際、俺はエルフに言い放った。


「ちゃんと周りを見ろよ。緊急の時はなおさらな」

「……かたじけない」


 エルフの一人は頭を下げて、

 怪我した腕をかばいつつ逃げていった。

 逃げ遅れた全員がそれに続き、樹上に避難して事なきを得た。

 これで、アレクとイザベルが保護してくれるだろう。


 あとは、こいつらを足止めするだけだ。

 しかし、雷魔法も無効だったからな。

 魔法で防御しているわけでもないのに。

 火、雷を無条件で防ぐなんて無茶苦茶すぎる。

 他の属性を試すしかない。


 まだこの属性は使い慣れていないが――やるしかないだろう。

 敵を指さし、ガンファイアと同じイメージを描く。


「滴り落ちるは大海の雫。清き水は破邪の弾丸。

 いざ撃ち出でよ――『ガンウォーター』!」


 前に帝国魔法師に食らったことのある魔法でもある。

 弾丸の如き水玉を、甲冑の隙間に叩き込んだ。

 すると――目に見えて帝国兵の動きが鈍った。

 


 なんだ……?



 ガンウォーターを喰らった帝国兵は、

 歩行すらできず地面に倒れ込む。

 明らかに効いている。


 水魔法の障壁だけ張り忘れたのか?

 よく分からないが、攻撃が通るなら追撃を加えるまでだ。


「喰らえッ――『セーバースワッシュ!』」


 圧倒的な水量が空間に発生する。

 それを刃状に圧縮し、敵に思い切りぶつけた。

 今度は関節部分にダイレクトだ。


 しかし、やはり使い慣れていない魔法。

 身を蝕むような反動が走った。


 心臓を下から強く圧迫するような不快感。

 神経がズキズキと痛む。

 だが、この程度、我慢できないことはない。


 魔法が直撃した帝国兵は、よろけながら茂みに隠れる。

 確実に倒すため、俺はその後を追いかけた。


 これでトドメを――。

 ところが、そこに帝国兵の姿はいなかった。

 水刃の直撃を喰らい、ここに逃げ込んだはずなのに。


「……え?」


 目を離した覚えはない。

 走って逃げる暇なんて、どこにもなかったはずだ。

 しかしよく見れば、地面に甲冑と兜が転がっていた。

 あたりの土が隆起し、墓に遺品を備えているように見える。


「……普通、跡形もなくなるか?

 いや、転移魔法で逃げ帰ったのか」


 しかし、その可能性も低い。

 転移魔法を使ったら魔法陣の痕跡で気づくしな。

 それ以前に、装備を残していく必要性はないのだから。


 高価な甲冑だぞ。

 戦国の世なら落ち武者狩りのボーナスポイントだ。

 帝国兵の動きに注意しつつ、地面の武具を見やる。

 先ほどエルフの一撃を頭に喰らった奴のものらしいな。

 兜に大きなヒビが入っており、断面が見えていた。


「ん……?」


 なんだ……どこか違和感がある。

 俺は、この兜が『おかしい』ことを知っている。

 どこだ、何がおかしいんだ――


「我輩を置いていくとは何事じゃ」


 俺が焦燥の中にいると、アレクが背後から現れた。

 敵兵を威嚇しつつ、腕をグイグイ引っ張ってくる。

 腕が肩からもげそうな勢いだ。


「いだだ、痛いって!」

「こうでもせぬと、勝手に走って行くじゃろう。

 我輩の言うことをよく聞けというに」


 いや、仰るとおりなんだけどな。

 あの場面で静観ができる性格じゃないんだ。

 背後を見ると、エルフは完全に退却していた。

 どうやら、アレクが安全圏まで運んでくれたらしい。


「ジャックルは?」

「エルフの女どもを助けると言って、

 我輩の言うことを聞かんかったからな。

 少し説得して、本屋敷に帰らせたのじゃ」


 少し説得、ねぇ。

 いったいどんな暴言を浴びせたのか。

 ただ、文句を言いつつも、

 しっかり仕事を果たしてくれるあたり、アレクはさすがだな。


 とにかく、考えるのは後だ。

 兜を回収して、脇に抱える。

 そして、再び帝国兵と相対した。

 しかしアレクが俺に耳打ちをしてくる。


「一回退くのじゃ。この兵は相手にするな」

「いや、でもまだ神木も取り返せてないし――」

「ごちゃごちゃ言わず、早く走るのじゃ!」


 彼女は俺の身体をぐいっと引っ張った。

 どれだけ焦ってるんだ。


 いつもなら、アレクは帝国兵など一瞬で蹴散らすはずなのに。

 しかし、今回はそれをしない。

 と言うことは――倒しても無駄ってことか?


「えーい、何を黙考しておるのじゃ。早く来い!」


 アレクがトドメとばかりに俺を引き寄せた。

 そのはずみで、俺の足元がふらつく。

 すると、ズボッという音と共に、足が動かなくなった。


 ――沢だ。


 登山最大の敵に捕まってしまった。

 いかん、抜けない。

 あれ……これは冗談じゃなく抜けんぞ。


「ちょ、ちょっと待て。沢に足が――」

「たわけ! ふざけとる場合か」

「ふざけて沢に足を突っ込むほど馬鹿じゃねえよ!

 というか痛いッ、足がもげる!」


 無理に引っ張ってくれるな。

 新手の拷問か。


 しかし、悠長なことは言ってられない。

 帝国兵がじりじりと迫ってきている。

 まずいよ、このままじゃ嬲り殺しにされるよ。

 俺が危惧した瞬間、アレクがため息を吐いた。


「仕方ない。イザベルよ、運搬するのじゃ!」

「は? 運搬?」


 そう言って、アレクは俺の身体を持ち上げた。

 沢から足が抜けたのは重畳。

 しかし、アレクは更に俺を木の上にぶん投げた。


「どわぁあああああああ!」


 強烈な浮遊感が内臓を揺らす。

 転落したら死ぬんじゃないかというところまで上がり、

 落下の一途をたどる。


 その瞬間、誰かが俺の下に滑り込んだ。

 イザベルだ。

 彼女は空中で俺を背中で受け止めると、

 背負ったまま木の上を移動し始めた。

 追随して、アレクも浮遊魔法でついてくる。


「ちょ、俺自分で走れるから……」

「こっちの方が早いからね。

 すぐに戻るから、しっかり掴まってて」

「……そ、そうか」


 確かに。

 地面を移動したら、敵兵に捕まるかも知れん。

 この判断が正解だろう。

 俺たちは霊峰の奥へ突き進んで行く。

 一直線には峡谷へ戻らず、敵を撒く気のようだ。


 後ろを見ると、アレクが不機嫌そうな顔でついてきていた。

 更にその背後に、遠ざかっていく帝国兵の姿。

 奴らは俺達の退却を見て、凄まじい勢いで追いかけてきた。


 エルフという追手を振り払った今、

 もう何の問題もなく砦に戻れるというのに。

 大きく迂回しながら、大神木による障壁の境界まで来た。

 後ろを見ると、まだ帝国兵は追いかけてきている。


「なんで逆に追撃してきてるんだ……あいつら。

 砦に帰還したいんじゃなかったのか」


 せっかくエルフという追手を撃退したというのに。

 なぜ執拗に追い回してくるのか。


 その時――俺の脳内で閃くものがあった。


 帝国兵の軍勢。

 正当な理由が見当たらない峡谷への侵入。

 不自然な兜。

 エルフを執拗に追い回す戦い方。


 それらを一本化してつなげると、ある可能性に行き当たった。

 しかし、話すのは峡谷に戻ってからだ。

 帝国兵の姿が見えなくなった所で、アレクが指示を出した。


「イザベルよ、もう良い。全速力で峡谷に戻るぞ」

「そうだね。奴らも大神木の障壁に入れば追ってこれないし」


 そう言って、イザベルが大きく跳躍した。

 一気に木々を飛び越え、障壁の中に飛び込んだ。


「……ふん、やはりな」


 アレクは後ろを見て呟いた。

 どうやら彼女も、何かの確信を得たようだ。


 障壁の中から観察するに、

 帝国兵たちは俺たちを完全に見失ったようだ。

 しばらく辺りを散策していたが、砦の方向へ走り去っていった。


 俺達も、態勢を立て直すために本屋敷へと向かう。

 かくして、峡谷というホームでの追撃戦は、

 エルフ側の撤退という結果に終わったのだった。




 俺とアレクに、予想を確信に変える、大きな証拠を残して――



 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ