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第七話 初めての友達

 


 

 ……重い。

 身体が石になったかのようだ。

 頭痛は酷いし、えづきそうな程の吐き気がする。

 だけど、イメージとポーズは、完全にマスターしている。


 だから、この程度の痛みで、コントロールに支障は出たりしない。

 目の前に拳大の火球が現れる。

 これに目標を設定すれば、

 対象を燃やし尽くすまでノンストップで燃え盛る。

 まさしく星を焦がす業火。


「目標はあいつらの『服』と『髪』だ。行け――」


 その瞬間、炎玉が炸裂した。

 地獄へと引きずり込むかのように、山賊たちへと襲いかかる。

 為す術もなく被弾した連中は、絶叫を上げた。


「ぎゃぁあああああああああ! 熱いいいいいいい!」

「くそ、くそッ! 消えねえぞ! なんだこの炎はぁあああああああッ!」


 炎球が山賊の一人に直撃し、反射してまた違う連中に襲いかかった。

 圧倒的な質量を持った炎が、山賊たちの服と髪を覆い尽くす。

 奴らは火を消そうと地面の上でのたうち回っている。


 目標を山賊自体に定めなかったのには、理由がある。

 もし奴ら自身を目標にすれば、殺すまで燃え続けてしまうからな。

 そんなのは御免だ。


 身体に火がついた状態で、村中を走り回られても迷惑だし。

 別に連中を殺したいというわけでもない。

 愚行をやめさせられるのなら、それでいい。


「……てめえ、絶対に許さねえ。お前の一族郎党、確実に殺してやる」


 ひどい悪臭が立ち込める中、首領は俺を睨みつけていた。

 しかし、そっちから仕掛けておいて、復讐宣言はないだろう。

 俺としては、ここで禍根を完全に断っておきたい。

 上手くいくかは微妙だが、少し揺さぶってみるか。


「そうか、俺も殺されたくないしな。

 じゃあ、今ここでお前だけ殺しておくか」

「……へ?」

「いや、俺とその家族を殺すんだろ?

 だったらトドメはしっかり刺しとかないとな」


 俺や他の連中に危害を加えるというのなら、容赦する気はない。

 守れない苦々しさを味わうのは、もう懲り懲りなんでな。


 俺の言葉に、首領は顔を青ざめさせる。

 どうやら威勢だけだったらしい。

 弁解するように声を上ずらせた。


「いや、今のは冗談だ!

 な、もう二度とこんなことはしないから、許してくれよ」

「あと、三発分だ」

「……へ?」

「一つは宿屋のおっさんを襲った分。

 二つは俺の見送りの邪魔をした分。

 三つはイザベルをさらおうとした分だ。

 ――甘んじて受けてもらおうか」


 ドスを聞かせて指を振り上げる。

 すると、首領は絶望的な顔で大声を張り上げた。


「し、死んじまうだろそんなの!」

「かも知れないな。人はこれを自業自得と言う」

「じゃ、じゃあこうしよう!

 その娘をお前たちにくれてやるから、俺達を見逃してくれ!

 エルフはいいぞ、市場で取引しても高値がつくんだ!」

「まず一発目。これはおっさんの分だ」


 指を振り上げ、魔力を指先に込める。

 その上で、首領に向かって火魔法を詠唱した。


「灯り犇めく炎魔の光弾、穿ち貫き敵を討て――『ガンファイア』」


 炎玉が首領の額に直撃した。

 奴はたまらず悲鳴を上げる。


「ぎゃあああああああああああああああ!」

「反省の色がないな。そしてこれは、俺の見送りを邪魔した分――」


 再び詠唱を開始する。

 首領の目は恐怖で見開かれていた。


「灯り犇めく炎魔の光弾、穿ち貫き敵を討て――『ガンファイア』」


 再び繰り出された火球。

 それが首領の腹部に直撃する。

 鈍い音が盛大に弾け、身体に爆発的なダメージが迸った。


「~~~~~~~~~~~ッッッ!」


 顔を歪め、声にならない叫びを上げる。

 もう意識が残っていないのだろうか。

 注ぐ魔力を少なめに調節して、俺は首領を見下ろした。


「最後だな。俺的にこれが一番腹が立ったんだよな。

 強烈なのを行くぞ。これはイザベルの――」


 指を振り上げる。

 すると、その手首が優しく掴まれた。

 後ろを見ると、目眩から回復したイザベルが立っていた。

 彼女は黙って首を横に振る。


「この程度、罰するに値しないよ。

 私の名を借りるのなら、その一撃はやめてあげて」

「……そうか。分かった」


 最後の一発は脅しのつもりだったのだが。

 まあいいか。

 首領から視線を切り、辺り一帯を見渡す。

 他の山賊は全員、初手のアストラルファイアで地面に倒れていた。


 それより――少し懸念が残ってるな。

 男たちから燃え移った炎が、辺りに燃え広がろうとしている。

 消火しないとまずいか。


「農作地に火が回らない内に……消さないと」


 どこかにバケツはないものか。

 そう思って立ち上がった瞬間――強烈な立ちくらみを感じた。


「……あ、あれ?」


 酷い倦怠感だ。

 まるで、フルマラソンを走りきった後に、

 400メートルを全力疾走させられた時のような辛さ。

 立っていられなくなり、地面に倒れる。


「くッ、そ。ガッツが、足りない……」


 私兵団の声が遠方から聞こえる。

 なんとか、消火は彼らに任せられそうだ。

 だけど俺は、眠くて動けない。

 指一本すら満足に動いてくれない。

 まぶたを閉じると、あっという間に意識の深淵に落ちていった――



 

 

      ◆◆◆



 

 

 小鳥の声がする。

 川のせせらぎが耳に心地いい。

 目を開けると、そこは山の中だった。


 恐らく、魔力の使いすぎで気を失ってしまったのだろう。

 強力なアストラルファイアに加えて、何発も魔法を使用したのだ。

 俺の小さな身体では、耐え切れる負荷じゃなかったのだろう。


「あ、起きたね。レジス君、だったっけ」

「……イザベルか。俺はどうしてここに?」

「私がここまで拉致してきたんだよ」

「…………」


 おかしいな、今のは聞き間違いか。

 そうだよな。

 人さらいを誰より憎むエルフが、こんなこと言うわけないもんな。


「悪い、なんて?」

「君が昏睡しているのをいいことに、私が誘拐してきたんだ」


 より具体的に説明してくれた。

 嬉しいなあ、生まれて初めてだ。

 誘拐された経験なんて。


「冗談だよ。そんな目で見ないで」

「何の目的で俺をここに?」

「私兵に見つかりそうになったから。

 かと言って、黙って出立するのもどうかと思ったんだ」

「だから俺をこんな山の奥深くまで連れてきた、と」


 コクリと頷くイザベル。

 思考と結果が短絡的すぎやしないか。

 貴族の手先に見つかりたくないってのはわかるけどさ。


「そういえば、レジス君。君はなぜ私を見送ろうとしたのかな」

「……あー、理由を聞くか」

「まあ、だいたい分かるけど。

 どうせエルフの峡谷の場所を聞き出そうと、

 少しでも好機をうかがってたんでしょ?」

「それもあるけど。一番の動機はそんなのじゃないかな」

「……んん、どういう意味?」


 怪訝な視線を送ってくる。

 みなまで言わせるつもりか。

 仕方がない奴め。

 俺は恥ずかしい内心を抑えて、なるべく真面目に言った。


「いや、イザベルともっと話したかったから」

「え?」

「俺さ、今まで友達が出来たことがないんだよ。

 だから同年代……とは言えないかもしれないけど、

 対等に付き合えそうな奴を見つけたから。嬉しかったんだ」


 もちろん、最初は道案内をしてくれればいいかなと思っていた。

 だが、会ってみれば刀を振り回す、とんだお転婆娘。

 初対面の俺に対して、警戒マックス状態だったし。

 だけどその挙動が憎めなくて、すぐに打ち解けて話してきた。

 

 何というか、親近感が湧いてしまったのだ。

 こいつと接してると、普通に楽しいと感じる。

 俺がそう言うと、イザベルの張り詰めていた耳が少しふにゃっとなった。

 なんだ。エルフってのは心情が耳に表れるのか?


「そ、それは私がエルフだからかな?」

「違うと思う。理由を挙げるなら……うーん。

 単純にこいつとはなんか気が合いそうだなー、って感じたから」


 そう。

 俺は前世から今世を通して、一人も友達がいなかった。

 ぼっちの中のぼっち。

 キング・オブぼっちだ。

 得意技は多分『まけいぬのとおぼえ』。


 だけど、こいつといると何か楽しそう。

 そんな感覚を覚えたから、イザベルとだけは接点を持っておきたかった。

 今朝慌てて家から飛び出してきたのも、

 こいつと会いたかった、っていう動機があったからなんだろう。

 

 ああ、やっと分かった。

 今日の朝に感じた謎の感情は、きっとこれだったんだ。

 今まで経験がなかったから、すぐに分からなかった。


 俺はきっと、こいつと友達になりたいって思ってたんだ。

 きっと、最初に出会った時から。

 

 素直に受け答えをしていると、突如イザベルの頬が紅潮した。

 日が昇って来たからか。

 暑くなってるもんな。

 熱中症にだけは気をつけて欲しい。


「エ、エルフの峡谷について知りたいんだっけ」

「そうだけど、教えてくれないんじゃなかったのか」

「もちろん教えることは禁じられてるよ。

 だけど、友人として招く分には問題ないからね」

「その手があったか……」


 そうか、仲介を頼めば良い話だったな。

 もっとも、エルフの知り合いなんて普通いないんだろうけど。

 イザベルが手引きしてくれるなら、俺も峡谷に入れるということか。


「だけど、今私は大切な仕事を任されてるんだよね。

 遂行するにはあと七、八年くらいは掛かりそう。

 それが終わったら、付き合ってあげてもいいよ」

「本当か!」

「も、もちろん。子供相手に嘘をついたりしても仕方ないからね」


 心強い言葉だ。

 人脈が皆無な俺にとって、これ以上頼もしいことはない。

 セフィーナの病気は、十年二十年掛けて死へと向かう病。

 それくらいの年数なら、まだ大丈夫のはずだ。


 それにしても、こいつ急に穏便になったな。

 閃光で目がやられた時に助太刀されたことを、借りだと思っているのか。

 恩を着せるつもりなんて微塵もないのだけど。


「私、この仕事が終わったら、王都の学院で魔法を学ぼうと思っているんだ」

「王都って、王都魔法学院か?」

「うん。あそこを卒業したら、身分も保証されて多少動きやすくなるからね」

「……おおお」


 上手く事を運べば、竜神の匙も過程で入手できそうな気がする。

 最初から王都の学院には行くつもりだったし。

 立ち回りによっては、最短時間で両方揃えることができるかもしれない。


「実は、俺もそこに行く予定になっているんだ」

「そっか。学院で会ったら、その時はよろしくね。

 じゃあ――私はそろそろ」

「ああ、ありがとな。この地に来てくれて」

「こっちこそ、助けてくれてありがとう。

 人間はあんまり好きじゃないけど、レジス君は嫌いじゃないよ」


 そう言ってくれると嬉しくなるな。

 イザベルは腰をゆっくり上げる。

 そしていざ歩き出そうかという時、俺の方をチラリと見た。


「……まあ、いいかな」

「ん、何がだ?」

「動かないでね。すぐ終わるから」


 何だろう。視線で説明を求めてみる。

 しかし、イザベルは含みのある笑いを浮かべるだけで、答えてくれない。

 彼女は呆けている俺の横にすっと近づいてくる。

 そして――


「……はむっ」


 俺の耳を甘噛みしてきたのだった。

 唐突に、不意打ち気味に。

 心臓が跳ね上がる。


 心地良いくすぐったさ。

 舌の先が皮膚を舐めると、官能的な感触が広がった。

 同時に若干の痛みが走る。

 イザベルの犬歯が、耳の柔らかい部分に突き立ったのだ。


「……イ、イザベル?」

「ふぅ、そう驚かないで。

 これでエルフにだけ分かる匂いが、君の体内に入った」

「匂い?」

「うん。たいていエルフは、初対面の人間を警戒するんだ。

 だから中々親密になれない。なる必要もないしね」


 やはりイザベルも、人間を味方としては見てないらしい。

 人間とエルフの溝は深いということか。 

 彼女は俺の耳を撫でながら、柔らかく微笑んだ。


「だけど今の匂いは、同族に『この人は安全』って分からせる目印。

 これで他のエルフとも話がしやすくなると思うよ」

「ほぉ、便利だな」


 何だ、他意はなかったのか。

 思い切り胸をときめかせた俺は何だったんだ。

 煩悩の塊だとでも?

 間違ってはないな。


「まあ、このマーキングには他の意味もあるんだけど――説明はいらないよね」


 くすり、と笑ってイザベルは身を翻した。

 ものすごく気になるんだけど。

 なんだろうか、他の意味って。


「じゃ、私は失礼するね」

「ああ、道中気をつけてな」


 イザベルは手をひらひらと振って、疾風のように去っていった。

 身体能力は人間より遥かに上みたいだな。

 敵に回したらいじめ倒されること請け合いだ。

 友人になってくれてよかった。


「……さて」


 まさかイザベルとの出会いが、俺の方針に合致するなんてな。

 人生とは分からないものだ。

 出会いをくれたこの山に感謝しよう。


 そう、見知らぬ未開の山。

 感心したようにうなずき、天を見上げた。

 ここに来て、重要なことに気づいたのだ。




「どうやって帰ろうか」




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[一言] こいつも殺しはダメな主人公かあ・・・
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