第十七話 討伐と戦果
「ガ、ァアアアアアアアアアアアアアア!」
竜が威圧するように吠え猛る。
しかし、そんな轟音も既に慣れた。
もはや後のことを考える必要もない。
ただ全力で、この竜を叩き潰す。
――最初から全開だ。
「放つ一撃天地を砕く。
墜ちる極星、核まで喰らう――『メテオブレイカー』ッ!」
身体の中に貯めていた魔力が一気に吹き出す。
ただ、この一撃で眼前の竜を屠るだけだ。
地面を蹴り、電撃的に突っ込む。
すると、すぐさま竜が尻尾を振り回してきた。
だが、先ほどの竜と大して軌道は変わらない。
膨大な魔力を足に集中させ、爆発的な推進力を生む。
そして、尻尾が迫ってきた瞬間、大きく跳躍した。
すぐさま着地し、今度は魔力を全て腕に集中させる。
少しづつ、メテオブレイカーの調整にも慣れてきた。
今なら、魔力を小出しにして立ち回りに利用することも可能だ。
よし、あとは下顎を打ち砕くだけ――
そう思った瞬間、竜がガパァッと口を開けた。
人を丸呑みすることも可能な、巨大かつ深遠な顎門。
直接的な噛み付き攻撃だ。
とっさに半身を捻り、牙の襲来は回避する。
だが、突如として背中に鋭い痛みが走った。
「――ぐあッ!」
鋭利な痛みが背筋を駆け巡る。
地面を意識的に転がり、一回距離を取った。
どうやら、薙ぎ払った爪を喰らったらしい。
注意していたはずだったんだがな。
しかし、出血が妙に少ない。
一発で身体が弾け飛んでいてもおかしくないのに。
爪が上手く刺さらなかったか?
まあいい。
助かったのは幸運。
同じ手は二度と食わん。
魔力が暴走しないよう調節し、再び突貫する。
メテオブレイカーの維持で、側頭部に鈍い痛みが走った。
歯を食いしばり、無理やり激痛をねじ伏せる。
竜が腕を振り上げ、なぎ払ってきた。
それを上手く躱し、かすりそうな部位はナイフの柄で受けた。
若干、ミシ……と鈍い音がする。
しょせん複製品の耐久力か。
しかし、この紋章をつけている限り、無様な負けは晒せない。
「うぉおおおおおおおおおお!」
もう一度、拳に魔力を集約する。
さっきまでは小出しだったが、今から放つ攻撃は違う。
魔力の発露により、拳がまばゆい輝きを発する。
一気呵成に距離を詰め、ついに竜の顎に到達する。
竜が牙を剥こうとするが、俺の攻撃の方が早い。
思い切り踏み込み、下顎を撃ち抜く。
「メテオ、ブレイカァアアアアアアアアアアアアアッ!」
べキャリ、と顎の骨を打ち砕く感触がした。
拳が全てを粉砕し、衝撃が脳天にまで達する。
次の瞬間――下顎から頭までを、凄まじい衝撃が駆け抜けた。
大量の血液が吹き出し、辺りを濡らす。
竜の目から光が消え、巨体が地面に倒れた。
格上と思われた竜との連戦を、見事に乗り切ったことになる。
しかし、妙な違和感を感じた。
さっきの個体といい、こんなに簡単に竜を絶命させられるものなのだろうか。
しかしそれ以上に――チラリと竜の亡骸を見る。
雄々しい下顎が粉々に砕けていた。
自分でも驚いてしまう程の、圧倒的破壊。
「……昏倒させる程度だと思ってたんだが」
思わず自分の拳を見てしまう。
魔力によって保護されているため、損傷は少ない。
エリックと殴り合った時は、とんでもない骨の折れ方をしたんだけど。
数々の修羅場をくぐり抜けた経験で、魔法の威力も格段に向上しているようだ。
俺だって痛みや苦戦が好きなわけじゃないしな。
それらを回避するためなら、いくらでも己を強化してやる。
しかし、まだ強いとは決して言えない。
俺一人の力では、セシルを守り切ることが出来なかっただろうから。
せめて竜を5体同時に相手取っても、味方を守り通せるようになりたい。
それでこその、大切な人を守れる力だ。
「ガァアアアアアアアアアアアアアア!」
竜の咆哮で、我に返る。
そうだ、周りはまだ交戦中なんだった。
苦戦しているのなら、サポートに回らないと。
そう思ったのだが、結果から言って――どうやら不要だったらしい。
アレクは魔法を全く使わず、竜を翻弄していた。
「どうした。かすりもしとらんぞ?」
挑発しながら、二体の竜の間を跳び回っている。
時には回し蹴りを叩きこみ、時には軽いジャブで敵を怯ませる。
明らかに遊んでるな。
あいつはいいとして……イザベルはどうだ。
反対側では、まさに激戦が繰り広げられていた。
「――『レヴッジブラスト』」
「ギ、ギギュガアアアアアアアアアアア!」
イザベルの風魔法が、竜の鱗を引き裂く。
更に、鱗が取れた所を、太刀で幾重にも斬りつけている。
アレクと違って真剣にやっているが、両者の戦法は似ている。
まずは隙の大きい竜の攻撃を避け、 打撃を積み重ねていく。
そして怯んだ所で、急所を強襲する。
竜はイザベルに攻撃を当てられず、疲弊していくばかりだ。
その動きは明らかに鈍くなっていた。
しかし、竜も必死だ。
大きく顎を打ち鳴らすと、盛大に獄竜炎を吐き出した。
燃え盛る炎が、イザベルに襲いかかる。
だが、彼女はその程度で揺らぐほど未熟ではなかった。
「――邪炎を滅ぼす浄き水。
我が御手より湧き出でよ――『アンチフレア・ウォーター』
消火に特化した水魔法で、正面から対抗した。
あの魔法は、そんなに上等な魔法ではない。
水魔法の指南書で言う中級編程度だ。
しかし、イザベルは水と風に特化したエルフの姫。
たとえ下位の水魔法であろうとも、上位魔法をしのぐ効果を見せる。
勢いが弱まっていく灼炎。
それを見て、イザベルが地を這うように驀進した。
なんという瞬発力だ。
明らかに俺の接近速度より速い。
すかさず下顎に潜り込み、渾身の風魔法を詠唱する。
「風神の吐息は大空の墓標。
いざ導かん、天空の霊園――『ゴスペルブレス』ッ!」
台風のような風が周りに発生し、竜の動きを奪う。
徐々に風は一箇所に集中していき、イザベルの太刀に宿った。
激しい魔力の奔流を、あの刀から感じる。
彼女は太刀を構え直し、威勢よく声を上げる。
「はぁあああああああああああああああ!」
勢いよく飛び上がり、竜の顎に刀を突き刺した。
柔らかい下顎を、疾風の如き刺突が打ち破る。
更に、貯めこまれていた風魔法が、堰を切ったように暴れ狂った。
「ガァッ、ギィィイィギャガアアアアアアアアアア!」
竜が断末魔の悲鳴を上げた。
しばらくして、地面に倒れこむ。
溜まっていたホコリが一気に舞い上がった。
イザベルは一つ息を吐いて、鞘に剣を収めた。
「……ふぅ。上位の風魔法を使ったのは久し振りだね」
余裕の立ち振舞いだ。
さっきの技は、俺がナイフに火魔法を込めるのと同じ手法だな。
まるで魔剣を振り回しているかのようだった。
これで、残るはあと2体だ。
俺達が倒し終えたのを見て、アレクは感慨深く頷いた。
「ふむ、なかなか良い戦いぶりじゃったぞ。
さて――遊ぶのも飽きたのじゃ。終わりにするかの」
そんなことを言ってる間にも、縦横無尽に竜が襲いかかっている。
しかし、アレクは体術の回避技だけで全て無力化してしまう。
二匹を引きつけた所で、浮遊魔法を最大限に強化。
竜の上を取る。
「風魔法の真髄を見せてくれる。喰らうのじゃ」
皮肉げに笑って、魔力を込め始める。
ローブがたなびき、とても教育衛生上に悪い光景が――見えそうで……見えない。
なんだそのチラリズムは。
どっちにしろ、セシルを逃がして正解だったな。
洋画劇場で濡れ場が出てきた時の、お茶の間状態になってしまう。
アレクは一つ息を吐き、詠唱を開始する。
「風神の吐息は大空の墓標。
いざ導かん、天空の霊園――『ゴスペルブレス』ッ!」
あいつ……イザベルと同じ魔法を。
明らかに当てつけだな。意地の悪い奴だ。
しかし、その威力はまさしく段違い。
アレクを中心に、風の壁が出来上がる。
風の覆いは縦横無尽に広がり、ドームの天蓋部分を塞いでしまう。
反射的に飛び去って逃げようとした竜たちは、為す術もなく上昇をやめた。
そのまま滑空し、術者であるアレクに猛然と襲いかかる。
しかし、次の瞬間――
「消えよ」
アレクが指を振り下ろした。
全ての風が一つの塊となり、二体の竜を包み込む。
猛る風が一定の範囲の中で、ここぞとばかりに暴れまわる。
鼓膜を刺激するような鋭い音が、辺りに響き渡る。
同時に、燦然と放たれるまばゆい光。
「ぐあっ!」
「きゃっ!?」
俺とイザベルも、思わず目を背けてしまう。
俺達の方に風の刃が及ばないように絞ってるみたいだが。
さすがにやり過ぎだ。
網膜ちゃんが白旗を振ってるんだぞ。
しばらくして、光が収まっていく。
すると、竜の亡骸はどこにも存在していなかった。
アレクが、全てを切り刻んでしまったのだ。
肉体を一片も残さず、破壊し尽くしたことになる。
「ありゃ、消滅するとは思わんかった。
しかし、どうじゃイザベル。同じ魔法とは思えんじゃろう」
「わ、私のは手加減してただけだし。
それに、威力だけが魔法の強さじゃないからね」
挑発的に声をかけるアレクに対し、イザベルは強がった答えを返す。
確かにイザベルは速度特化の魔法ばかり使うからな。
火力自慢のアレクとは重視している点が違うのだろう。
しかし……竜を二体同時に相手すると聞いた時は、冗談だろうと思っていた。
だが、アレクは本当に倒してしまった。
しかも有無を言わさぬ瞬殺だ。
これが大陸の四賢か。
その強さを、改めて見せつけられたような気がした。
神と渡り合っただけあって、本当に常軌を逸している。
アレクは俺のところまで、すぅー、と何事もなかったかのように降りてきた。
そして、屈託のない無邪気な笑みを見せる。
その姿に、俺は心底恐ろしさを感じたのだった。
◆◆◆
竜を倒した後、亡骸は全て埋葬しておいた。
両手を合わせて供養も忘れずに。
その時、アレクとイザベルに物珍しげな目で見られてしまった。
何だその目は。そんなにもの珍しいか。
まぁ、仕方ないな。
少し休憩した後、アレクが俺たちに声をかけてきた。
「さて、あとは巣の焼却じゃな。汝らも手伝うのじゃ」
「何をすればいいんだ?」
「そこら辺に寝床になりそうな資材があるじゃろう。それを全部燃やすのじゃ」
「了解」
俺とイザベルも、火魔法を使って巣材を燃やしていく。
これを残してると、また巣ができやすくなるのだそうな。
もっとも、今回のは特殊なケースで、再び巣を作られることはないだろう。
焼却を終えると、アレクが気にかかるような表情をしながら呟いた。
「しかし……竜を相手に蹂躙が可能な者か……」
「どうした?」
「いや、この竜たちは恐らく、元は20匹近い群れだったはずじゃ。
ドワーフ鉱山に住まう竜一族の平均が、それくらいじゃからの。
しかし、ここに逃げてきたのは――」
「たった6匹だったってわけか」
「うむ。竜からすれば、尋常ではない敗北じゃ」
15匹近い竜が、ここに来る前に討滅されたってことだな。
やはり連合国の竜殺しが動いたのだろうか。
しかし、あの国はドラグーンキャンプの竜にしか手を出さないはずだ。
ドワーフ鉱山はドワーフの聖域。
討伐隊を派遣するなんて考えにくい。
しかし、事実多くの竜が鉱山から逃亡してきている。
何かあったとしか思えない。
「特に、レジスよ。汝が相手にした竜は爪が折れておったじゃろう。
と言うより、この巣にいた竜は、全て手傷を負って万全ではなかったのじゃ」
「そう言えば……一撃を食らった時、傷が妙に浅かった。そういう理由があったのか」
本当なら身体が4つに分裂しててもおかしくない一発だった。
それに、俺の放った強化魔法でいとも簡単に沈んでたし。
最初から、竜は瀕死の状態だったのか。
なるほど、俺が勝利できたのは敵の不調に起因していたわけだ。
先ほどの違和感は解消した。
「つまり……竜は死にかけで逃げ去って、ここで体力を回復しようとしてたってことか?」
「うむ。竜は凶暴なれど知的。考えなしにエルフを襲うとは考えにくい。
ぞろぞろと増援が出てくる可能性があるからの。
それでもエルフを襲わざるを得ないほど、追い詰められておったのじゃろう」
それ程までに窮地に陥っていたのか。
凄まじい強さの竜を蹴散らし、追い出してしまうほどの圧倒的な力か。
一瞬災害を疑ってしまうが、大きな自然の変動があったとは聞かない。
単純に、人為的なものなのだろう。
「裏で糸を引いてるって言うか、原因になってる奴がいるんだな」
「うむ、そうなるのじゃ」
竜をまとめて相手にして打ち破るような奴か。
かなり絞られて来るな。
王国の魔法師でも、そんな芸当が可能なのは少ないはず。
ドワーフ鉱山がもっと地理的に断絶した位置にあればよかったんだけどな。
周囲に色んな国がありすぎて、特定が難しい。
「ま、今考えても仕方ないことじゃし。戻るとするのじゃ」
「ああ、そうだな」
「族長たちとも合流しないとね」
こうして、俺達は竜の巣があった場所を後にした。
これで、竜の脅威に怯えることはないだろう。
もっとも、今回の竜騒ぎ自体、誰かがけしかけたものである可能性もある。
まだ不穏な空気は払拭できてないな。
俺も気を緩めずに行くとしよう。
身体を擦りながら歩いている最中、
洞窟の明度に合わせたつもりか、アレクは暗い笑みを浮かべた。
「くく。こき下ろしておった余所者に、全てを解決される気分はどうなんじゃろうな」
「面倒臭い火種を引き起こすなよ……頼むから」
「善処するのじゃ」
「……信用ならねぇ」
挑発して刃傷沙汰は嫌だからな。
もう少し、峡谷のエルフとも穏便に付き合えないものか。
歩く爆弾岩みたいな危険性を孕んでるアレクのことだ。
エルフと口論になって、超次元爆発を起こす可能性もある。
いつでも仲裁に入れるようにしておこう。
出口が近くなると、明るい光が見えてきた。
おお、広場で差し込む光は不気味だったからな。
やはり、開放感のある場所で浴びる日光が一番だよ。
洞窟の外に出ると、急に空気が良くなった。
血生臭さが消え、透き通るような風が気道を癒してくれる。
さあ、深呼吸して自然の匂いを嗅ごうではないか。
大きく息を吸ってー、
「レジスお兄ちゃーん! 無事だったんですね!」
俺の腹にセシルがタックルー。
ズドンッ、という音と共に抱きつかれる。
むせた。
すごい勢いでむせた。
咳が止まらなくて涙がでる。
「せ、セシル……心配してくれるの嬉しいけど。
もう少し時と場合を選ぼうか」
深呼吸で息を溜めきった瞬間を狙われるとは思わなかった。
狙ってやったのかというタイミングだ。
俺が苦しんでいるのを見て、セシルが背中をさすってくれる。
ええ子や……エルフの宝やで。
エセ関西弁が登場した所で、ジャックルに向き直った。
「な、言っただろ? セシルを無傷で守り通したぞ」
「無茶をしすぎだ。いつか死ぬぞ。
……しかし、本当に助かった。この恩は一生忘れまい。
礼を言うぞ、レジス」
「言ったことだしな。約束は破らん」
俺としても、セシルが無事でよかった。
竜の巣に単独で入ったと知った時は、流石に血の気が引いた。
まあ、誰も甚大な被害は負わなかったわけだし。
終わりよければすべて良し、ということにしておこう。
「それにイザベル、アレクサンディア。
お前達にも迷惑をかけた。すまなかったな」
「いいよ別に。峡谷のことだしね」
「うむ。一応我輩の肉親の墓標がある地じゃからの。
助けるのもやぶさかではない」
アレクとイザベルが、さらりと受け流す。
過分なまでに義を重んじるジャックルとは違う方向性だな。
でも、それで調和がとれているんだから面白い。
きっと、絶妙のバランスが介在しているんだろう。
「それでは戻るぞ。峡谷の皆にも、事の顛末を話さねばならん」
「小僧よ。もしや、誰にも言わずに我輩らを連れて来たのか?」
「う、うむ。今頃、みんな儂がいなくて大騒ぎしておるはずだ」
それはいかん。
てか、事前通達してなかったのかよ。
既に昼になりかけているというのに。
この分だと、今頃村では、
『族長がいないぞー』
『あの爺めが、責任怖さに逃げたか!』
『露出狂の一行も消えたぞ!』
『あいつらは討伐に向かったんだろう。放っておけ!』
『セシルはどこへ行った!』
みたいな、熱い錯綜が繰り広げられているに違いない。
半分俺の妄想が入っていることは置いておこう。
それに、露出狂の一行って……呼称があまりにも酷すぎたな。
我ながら末恐ろしいパーティー名を思いついてしまった。
永久封印しておこう。くわばらくわばら。
「……はぁ、段取りの悪いやつじゃのぉ」
「仕方ないだろう。儂だって必死だったのだ」
「まあよい。その代わり、詳しい解説は汝に任せるぞ」
「ま、任せておけ」
ジャックルが冷や汗を掻きながら頷く。
あの連中を相手に納得の行く解説をするのは、骨が折れる事だろう。
とりあえず成功を祈っておく。
エルフの峡谷を襲った危機――竜の巣騒動。
あわや大惨事と思われたこの一件は、迅速な解決がなされたのだった。
◆◆◆
以下、余談。
峡谷に戻った後、ジャックルがエルフ達に一連の説明を行った。
セシルが勇み足で突撃してしまったこと。
俺達が助けに行って竜を倒したこと。
ついでに竜の巣を完全に撤去したこと。
色々と不満ありげだったエルフ達も、助けられてしまったことは事実。
イケイケ状態で胸を張るアレクに礼を言っていた。
アレクは『どうじゃ。見なおしたか』とばかりに無い胸を張っていた。
イザベルもかなり持ち上げられていたが、適度に謙遜していた。
竜を一体倒したんだし、もっと自信を持っていいと思うんだがな。
周りのエルフも同感だったらしく、功績高い者として一層評判になった。
その名声、とどまることを知らず。
対照的に、キングオブ部外者である俺は、誰にも相手にされなかった。
実にショックだった。
褒章以前に、周囲からの警戒されっぷりが半端じゃない。
セシルがベタベタ遊ぶのをせがんで来たが、エルフとの交流は精々その程度だった。
何となく悲しい。
しかも、だ。
戦果報告に欠席する形となった結果――
セシルを助け、竜を討伐したのは、アレクとイザベルということになっていた。
ふざけるなと。
俺の功績はどこへ消えた。
ジャックルの説明にも、俺の名前が出ていたはずだろう。
しかし、聞き手からすると、竜を倒した衝撃が先行してしまうものらしい。
誰が倒したのかは、ハンバーグ定食のパセリにも満たない重要度だった。
となれば、祭り上げられるのは身近にいる人物たち。
即ち、アレクやイザベルになってしまうのも当然と言える。
さりげなく俺の戦果もアピールしてみたが、焼け石に水だった。
納得いかん。
べ、別にチヤホヤされたかったわけじゃないけど。
完全に手柄を二人に持っていかれてしまったのが悔しい。
しかも俺には、『セシルに接近する幼女偏愛者』という不本意なレッテルが貼られていた。
要するに、ロリコン呼ばわりだ。
くくく、初めてですよ。
俺をここまでコケにしてくれたお馬鹿さんたちは。
絶対に許さんぞ。次に似たようなことがあったら、全ての手柄を横取りしてくれる。
不穏な誓いを胸に秘めつつ。
俺は峡谷で、三日目の夜を過ごしたのだった。
◆◆◆
翌日。
昨日の手柄横取りショックがあったせいだろうか。
かなり遅くまで寝てしまっていた。
まだ疲れが残っていて、非常に体がだるい。
これ以上寝ていても仕方ないので、とりあえず起きる。
ジャックルの部屋に行くと、彼は熱心に本を読んでいた。
「何読んでるんだ?」
「竜についての書物だ」
「ほぉ、そりゃまだなんで」
「今回の件は、明らかに外部の者が一枚噛んでおる。
少しでも特定するために、まずは竜のことを知っておこうと思ってな」
「勉強熱心だな」
その歳になっても、いまだ知識欲は衰えずか。
その分だと、楽しげな老後を遅れそうだな。
俺も見習って、後で書物を漁って勉強でもしておくかね。
「ところで、アレクとイザベルは?」
「イザベルは魔法の修業をすると言っておった。
アレクサンディアは……知らぬ。
またどこかで武勇伝でも聞かせておるのではないか」
なんだよ武勇伝って。
酔っぱらいの戯言にも劣る無駄話に相違ない。
あいつの話に付き合わされるエルフも可哀想だな。
とりあえず合掌しておくか。
念仏でも唱えようかと思った瞬間、背中に重みを感じた。
飛びつかれて首に腕を回される。
そしてその直後、耳元で元気な声が炸裂した。
「レジスお兄ちゃん! おはようございます!」
「ああ、おはよう……セシル。朝から元気いっぱいだな」
俺はどうも身体の調子が悪いけどな。
昨日の立ち回りで、魔力が底をつきそうになったし。
そこに低血圧がトドメだ。
年取ると、朝は機敏に動けないんだよ。
それを俺が言うのはどうかと思うけど。
あくびをしていると、セシルが手をクイクイと引いてきた。
「遊びましょう!
今日は近くの川で、いっぱい楽しいことをするのです!」
ほぉ、幼女と近所の川で楽しい遊びをねぇ。
半裸のお兄さんと半裸の幼女が、キャッキャウフフと水の掛け合い。
国家権力の方々が聞いたらすっ飛んできそうな字面だな。
ものすごく魅力的ではあるが、ちょっと今は勘弁して欲しい。
「ちょっと昨日の疲れが残っててな……。今度にしてもらえるか?」
「えー……はい、わかりました。でも、今度はきっと一緒に遊びましょう!」
「おう、約束だ」
今動き回ったら、精神と肉体の両方が死んでしまう。
そのうち埋め合わせをする、ということにしておく。
何とかセシルを引き剥がし、ジャックルの部屋から出る。
自室で用意されていた朝飯を食べ終え、少しの間寝っ転がった。
エルフとは味覚が根本的に相容れないので、心配していたのだけれど。
イザベルが何やら口を利いてくれたらしく、食べやすいものばかりを用意してもらえた。
有難い有難い。
エルフの郷土料理とやらを昨夜見たが、とても直視に耐えないものだったからな。
アレクやイザベルは普通に食べていたので、少し戦慄を覚えた。
あれは人間の食べ物じゃない。断言する。
……そういえば。
ここ数日、アレクと体術の特訓をしてないな。
自主鍛錬は毎日、空いた時間にやっているのだけれど。
またアレクに稽古を付けてもらうか。
日頃からあいつの体術に追随していってるからだろうか。
ここ最近、常人の拳闘術に驚くことが少なくなった。
とは言え、まだまだ発展途上だ。
更なる力を付けて、誰にも心配されず戦えるようになりたい。
屋敷の外に出て、アレクが宿泊している屋敷に向かう。
すると、その道中。
ちょうどアレクの姿を発見した。
彼女はぼーっと空を見上げて、たそがれている。
何をしとるんだあいつは。
とりあえず声をかけるか。
「おーい、アレ――」
しかし、そこで声は止まってしまう。
アレクの様子が、少し変だったからだ。
少し淋しげな顔をしている。
不意に、胸がざわめくのを感じた。
俺が二の足を踏んでいると、アレクはスタスタと歩いて行ってしまう。
あっちは宿泊している屋敷の方角ではない。
……気になるな。
声をかけず、一応ついていくか。
こそこそとした不審者ルックで、アレクの後を付けたのだった。
◆◆◆
しばらく歩いた後。
アレクがどこに向かってるのか、何となく察しがついて来た。
彼女は大神殿を通り過ぎ、のどかな小道を行く。
峡谷の外に出るつもりかと思ってヒヤヒヤしたが、どうやらここも峡谷内のようだ。
そろりそろりと、地を這うようにして追尾する。
この姿を他人に見られたら、確実に一発通報モノだな。
気をつけねば。
しばらく歩くと、開けた場所に出た。
ここは……墓地だな。
墓石が自然に紛れて、あちこちに打ち立てられている。
やはり、墓参りに来ていたんだな。
邪魔するのもなんだし、立ち去るか。
そうは思うものの、先ほどのアレクの表情がチラついてしまう。
先日のように、突如として呻いたりはしないか。
心配なので、つい背中を見守ってしまう。
アレクはそこら辺に生えている花を無造作に引き抜く。
何というお供え品の現地調達であろうか。
彼女が手にとったのは、流水のように蒼い綺麗な花だ。
アレクはそれを、二つの墓に丁寧に供えていく。
そして、墓の前に屈みこんでボソリと呟いた。
「……何十年ぶりじゃろうか。また来てやったぞ」
挨拶をするが、当然墓は返事など返してくれない。
涼しげな風が、墓地を通り過ぎるだけだった。
「……必ず仇は取る。安心して眠るのじゃ」
仇。
それは恐らく、邪神のことを言っているのだろう。
アレクの両親は、邪神の手先によって命を絶たれたのだ。
親の敵である神に、何としてでも報復しようという意志が見て取れた。
「……全てを終わらせるまで、もう少しここで我慢するのじゃ。
全部終わったら、峡谷と王国の間に大きな墓を作る。それまで……待ってくれるかの」
峡谷と王国の間。
それは即ち、エルフと人間の境目。
アレクの両親は、人間に親しくしていた数少ないエルフだったらしい。
その遺志を汲み取って、境界に弔おうとしているのだろう。
……いかん、何か涙が出てきそうだ。
俺も涙腺が緩くなったな。
ハンカチ的な布で拭うとするか。
ポケットに手を突っ込み、布を取り出して目の周りを拭う。
そしていざ再び目を開けた瞬間――
目の前にアレクが立っていた。
「……は?」
「何しとるんじゃ汝は」
ちょっと待とうか。
さっきまで遥か前方にいたアレクが、なぜ眼前に。
瞬間移動か、テレポーターだったのか貴様は。
そう思ったが、墓標の前とここまでの中継地点に一つだけ足跡がある。
一足飛びで俺の目の前まで来たらしい。
何という脚力だ。
「気づいてたのか?」
「探知魔法は常に張っておるのじゃぞ。
逆にいつ我輩が気づいておることに気づくかを楽しみにしておったのに。
とんだ期待はずれじゃ」
ひどいダメ出しを見た。
それに今思えば、アレクが探知魔法を常に使ってるのは当然のことだったか。
俺のボディーガード的な役回りで来てるわけなんだし。
敵の接近を感知するため、常に魔法を張り巡らせているのだろう。
そうやって張り詰めた結果……以前のような惨劇に――
少しだけ、胸がチクリと傷んだ。
そのせいだろうか。
俺は半ば無意識に、アレクに話を切り出していた。
「その探知魔法……別に切ってもいいぞ」
「む……なぜ魔法の使用を、汝にとやかく言われねばならんのじゃ」
「いや、かなり疲れるだろ。
せめて峡谷の中にいる時だけでも、心身を休ませておけよ」
「ほう。我輩の身を気遣っておるのか」
そりゃあもう。
てか、それ以外の意図で使用をやめろとは言わんだろ。
曲解されても何なので、ストレートに意を伝える。
「ほら、俺が足手まといになってる節があるし。
俺の実力不足のために魔力を使わせちゃってるのは、なんか申し訳なくてな」
「はぁ? 寝ぼけるのは寝起きだけにするのじゃ。
探知魔法の使用意図すら分からんのか」
「というと?」
「己の身を守るために使っておるに過ぎん、ということじゃ。
誰が汝のために唱えたと言った」
確かに、一言も言ってないな。
ということは何だ。
俺の意識のし過ぎということか。
あれ、あいつもしかして俺のために索敵してくれてるんじゃね?
という、思春期特有の勘違いだとでも。
そんなわけがない。
俺に負い目を感じさせないために、強がって言っているのだろう。
こんな所で優しさを発揮されてしまうとは。
俺が感じ入っていると、アレクが付け加えるようにして呟いた。
「……それに、もし汝のために使うのじゃとしたら。なおさら止めたりはせぬ」
嬉しい事を言ってくれる。
しかし俺としては、アレクの心に負荷がかかるようなことは、なるべく避けたいのだ。
リラックスしてて欲しいといえば良いだろうか。
たまには羽根を伸ばして欲しいのだ。
「で、尾行までして我輩の後を追ってきたのじゃ。
何かしらの用があるんじゃろう?」
「ああ。体術の特訓をしたいと思ってな」
「……ふむ、そういえば最近ご無沙汰じゃったか。
よかろう、少し相手をしてくれる」
よし、実践訓練のお触れが出たな。
学院にいた時は、何度も挑んだが全く勝てなかったが。
この数日で濃密な経験をした俺であれば、以前より善戦が出来るはず。
相手は手負いとはいえ、竜を拳で仕留めたのだ。
確実に力は付いてきている。
その成果を、アレクに叩きこんでやる。
「さあ、来るのじゃ!」
「ふっ、先に謝っとくぞ。うっかり倒しちゃったらゴメンな!」
開花した俺の体術を見せてやる。
勝利した後にアレクを跪かせて、免許皆伝を授けてもらう道が見えた。
あとはその想像を、具現化して現実にするだけだ。
勝てる、間違いない。
この勝負……もらった――!
「うぉおおおおおおおおおおおお!」
かつてない自信と共に、アレクに突撃したのだった。