第十三話 竜の脅威
アレクとイザベルから服を取り戻し、ようやく自由の身になった。
今日は厄日といって差し支えないな。
なんという慌ただしいスタートだ。
まだ午前9時くらいなので、時間はたっぷりある。
ちなみにイザベルとアレクは、それぞれ出かけていった。
イザベルは久しぶりに会った友人への挨拶、アレクが薬草の調達だったか。
せわしない奴らめ。
俺は優雅に午前の時を過ごすとするさ。
まずは昨夜から気になっていた書庫で、色々と情報を入手させてもらおう。
族長部屋の隣にある書庫へと立ち入る。
あまり整理されていないのか、ホコリ臭さが尋常でなかった。
浴場でも思ったけど、どれだけ整理整頓ができないんだ。
家政婦の一人でも雇えばいいのに。
てかまず自分で片付けろと。
「……えーっと。四賢について書かれたのが、このへんに――」
指差し確認をして、それっぽいのを手に取る。
あった、これだこれだ。
今にも真っ二つになりそうな劣化具合。
もう少し書物を丁重に扱ってはどうなのか。
本が泣いていますよ、と美人司書じみた独り言を呟いて読書開始。
手にとった本のタイトルは至極簡潔だった。
『大陸の四賢が犯した大罪』
おおう……。
どストレートである。
四賢を尊重する王国では、間違いなく発禁を食らう書物だ。
帝国ですら、大陸の四賢を貶める題材は禁忌としているというのに。
どうやらこの著者は連合国出身らしいな。
あの国は昔から各所の文化を取り入れてきた所だし。
比較的、四賢に対して冷徹な視線を向けたりする。
もっともその原因は、過去に四賢の一人に国を襲われたことにあるんだろうけど。
ペラペラとめくって、内容を見ていく。
『――私は思う。
四賢が敬われ、同時に恐れられる理由は、圧倒的な強さと精神の不安定さにあるのだと。
四賢は全員が全員、邪神との決戦で抱えきれない傷を負った。
直接的なもので言えば邪神の呪い。
そして間接的なもので言えば、神という絶対的存在への恐怖である――』
ふむ。
連合国では普通に、邪神の呪いに関して言及するんだな。
王国の書物だと、邪神に関しての記録がかなり曖昧なんだけど。
どのくらい曖昧かというと、
『第一章・邪神到来!
第二章・大陸ピンチ!
第三章・大陸の四賢、颯爽と登場!
第四章・力を合わせて邪神封印!
第五章・色々あったけど、なんか知らないうちに平和が訪れたぜ!』
こんなレベルだ。
しかも邪神封印後の記述は、各所がぼかされまくってるし。
王国が行う四賢の擁護も、かなり徹底されてるんだな。
まあ、不当に何かの悪口を言うよりかはマシだと思うけど。
この書物では、かなり批判的に四賢を描いている。
引き続きページをめくっていく。
『――大陸の四賢に降り掛かった災厄。
その影響が尾を引き、彼女たちは大戦後に姿を消した。
しかしその際、尋常でない影響を及ぼしていったのだ。
大きい事件では、『王国創始』・『連合国の襲撃』などが挙げられるだろう――』
その二つなら知っている。
一つ目は要するに、四賢の一人が王国を創った事を言っているのだろう。
王国が大陸の四賢を神聖視する理由の一端がここにある。
そして二つ目、これは連合国が四賢を毛嫌いする決定打になった事件だ。
これは俺もあまり詳しくはないのだが……。
四賢の中にドラグーンがいて、その人物が連合国の近辺で暴れ回ったんだっけ。
それ以来、連合国では『大陸の四賢は害悪』という認識ができてしまった。
この件に関しては、ほとんど情報を持っていない。
この機会に仕入れておくかと思ったのだが、なんと解説が一切ない。
……さすがに注釈の一つくらいはあるだろう。
そう思って余白を見ていくが、どこにも存在しなかった。
なんという不親切設計。
これは大いなる挑戦の意思を感じるな。
『我が崇高なる書物を読むんだから、この程度の知識くらいはあるだろう? ん?』
とでも言うつもりか。
思わず著者を腹パンしたくなるな。
どうでも良さそうな所は飛ばして、最後の章を眺める。
するとそこには、四賢への熱い思いが書いてあった。
『――最後に、私は断言する。
大陸の四賢は神様でもなく、ましてや英雄でもない。
圧倒的な強さを持った、ただの魔法師だ。
精神面も強いとは思えず、些細な事で簡単に発狂することだろう。
わが祖国を襲った四賢――あのドラグーンが犯した愚行を見ても明らかだ。
彼女たちに出会った場合、すぐさま離れることを勧めよう。
四賢の心に根付いた恐怖と呪いが、いつ爆発するとも限らない。
あんな不安定な絶対的強者は要らない。
むしろ駆逐されなければならない。
大陸の四賢こそが、この大陸を滅亡させる愚物――』
そこで、読むのを止めた。
これ以上は、俺の精神衛生上よろしくない。
大きく息を吐き、本を棚に戻す。
この書物……途中から著者のどす黒い感情が見え隠れしてたな。
どれだけ四賢に対して恨みがあるんだか。
分析書物で感情的になってどうする。
それに、一面だけ見て何かを悪者にしてほしくない。
確かに四賢を神聖視までするのは如何なものかと思うけど。
だからと言って、絶対的な悪と断ずるのは早計だろう。
アレクの著書を見てみろ。
あいつは書物において、偏見のない視点で物事を語ってるぞ。
途中で自慢が入ったり、食い倒れ道中記になったりしてるのが玉に瑕だが。
あれ。
でもそれって、偏見がないというより、中身が無いだけなんじゃね?
という降って湧いた疑念は、とりあえず置いておく。
少なくとも書物上において、アレクは私情で何かを蔑んだりはしない。
その辺りで印象の良さが根本からして違う。
まあ、この書物にも有益なことはいくつか書いてあったし。
意見の一つとして、記憶に留めておくとしよう。
書物を棚に戻しておく。
他に目ぼしいものはないだろうか。
少し探ってみるものの、興味を引くものは特になかった。
棚の奥を掘って秘密書物でも探してみるか。
あの爺、絶対持ってるって。法に触れるもの持ってるって。
俺ですらドン引きするブツを、必ずや秘匿してるはずだ。
ん、ちょっと待てよ。
爺、族長、ジャックル……。
何かを忘れてるような。
しばらくの黙考の後、ついに思い出した。
そういえば。あの爺のお陰で、ずいぶんと災難が降りかかったんだっけな。
浴場でアレクと激闘を繰り広げる羽目になったのも。
服をもう少しで持って行かれそうになったのも。
今思えば、ジャックルが俺を風呂場に置いて行ったことから始まったんだ。
あの時の恨みは忘れんぞ。
メラメラと怒りが湧いてくる。
『人に受けた恩は三倍にして返す』を信条の一つにしている俺としたことが。
うっかりしていた。まさかお礼参りを忘れるだなんてな。
少しばかり意趣返しをさせてもらおうか。
暗い笑みを浮かべつつ、俺は書庫を後にした。
◆◆◆
ジャックルの部屋は書庫の真横にある。
手始めに爆竹の一つでも放り込もうかと思ったが、残念ながら手元にない。
配達ピザがあったら、得意技のチーズ塗りたくり戦法を取れたんだが。
モノがないんじゃ仕方ない。
普通にお邪魔しておくか。
戸の前に立ち、殴り癖に抵触しないよう声をかける。
「入るぞ」
念を押した所で、いざ戸を引き開ける。
よし、致死性トラップである拳は飛んでこないな。
ひとまず安心。
ぐるりと部屋を見渡す。
ジャックルは本を読みながら、何かを紙に書いていた。
記録でも取っているのだろうか。
はッ、俺を置き去りにしておいて。
悪びれる様子は一つもなしか。
どんだけ辛い目に遭ったと思ってるんだ。
ジャックルの隣に移動し、外堀を埋めるように食って掛かる。
「おいこらジャックル。俺を置いて逃げたよな。
あの後、俺がどういう目に遭ったと思ってるんだ」
「……儂もどういう目に遭ったと思っておる?」
そう言って、ジャックルがこちらを見てきた。
思わずぎょっとしてしまう。
その顔には、至る所にアザがあったのだ。
深刻なダメージは一切与えず、表面だけを的確に攻撃した印象を受ける。
こんな手加減が可能となると、相手はかなりの実力者だぞ。
まず間違いなく、何らかの拳法は極めてるな。
「どうした? その青あざ……」
「アレクサンディアに『余計なことをセシルに教えるな』と言われてな。
抵抗虚しく、この通りだ」
「ああ、そう言えば……」
セシルがジャックルの言葉を、アレクにそのまま伝えてたな。
『きをたがえたひと』、だっけ。
なるほど、そりゃあ怒るはずだ。
悪口を言ったら、どこでアレクに伝わるか分かったものじゃないな。
俺も言葉には気をつけておこう。
場合によっては、ジャックルに報復の一つでもしようと思ってたんだけど。
既にアレクの折檻でオーバーキル状態だったか。
流石にここから追撃する気にはなれないな。
今回ばかりは見逃しておこう。
俺が寛容たる面持ちで頷くと、ジャックルが不敵な笑みを浮かべた。
「ふっ、儂とてただやられるだけではないぞ。奴の拳を一発だけ防いだ」
「結果は?」
「直後に15連打を叩きこまれた」
「だろうな」
土台抵抗するだけ無駄だ。
アレクは魔法にしても体術にしても、もはや人智を超越してる。
いかなる強者といえども、彼女に勝つのは難しいだろう。
俺がアレクの強さを実感していると、ジャックルが首を捻った。
「ちょっと待て。レジスよ、まさか、セシルの裸身を見たのか?」
「それがどうしたか」
「貴様っ、やはり変態か! この場で成敗してくれる!」
ジャックルが背後の槍を取ろうとする。
棚に設置されている多くの武具。
鋭く煌めく短剣に、床が抜けそうなハンマー。
その中で、鋭利さ極まりない槍をつかもうとしているのだ。
いかん、このままでは串刺し公と化してしまう。
「だから……危ない真似をするんじゃねえッ!」
俺は怒号を上げ、間一髪で槍を蹴飛ばした。
槍は宙を舞い、壁にかけてあった掛け軸へと突き刺さる。
その光景を見て、ジャックルが絶叫した。
「な、なんということをぉおおおおおおおおおお!」
「え……なに。まさか、高い骨董品だったのか?」
金釘流みたいな字で埋め尽くされた書だぞ。
どう見ても価値があるようには見えないんだけど。
いや、美術は意外と奥が深いからな。
俺の知らない技法が使われ、天文学的な値段が付けられることも多い。
ワナワナと指を震わせ、ジャックルは掛け軸を拾い上げる。
「こ……これは――儂が前に書き損じた練習書じゃ」
「価値ゼロじゃねえか。何で掛けてあるんだよ」
「いや……この汚い字を見て、己に活を入れるためにな……」
思ったよりも向上心のあるお爺様だった。
ものすごくどうでもいいんだけど。
怒りが再燃しない内に、さっさと申し開きをしておくか。
溜息をつきつつ、ジャックルを諭す。
「セシルの件についても、見なきゃ助けられなかっただろ。
だいたい、幼子の裸で心が揺れるか」
俺はナイスボデーな女性が好きなのだ。
幼女の身体を見ても、将来に期待くらいにしか思わん。
あまり見くびってくれるなよ。
俺が反駁すると、ジャックルは素っ気なく頷いた。
「ふん、救出したことには礼を言っておこう。大儀であった」
「あんたも大概上から目線だよな」
まあ、そうでないとエルフを率いるのは難しいのかもしれんが。
肩を竦めて頷いておく。
アレクが先に制裁を下したようだし、俺の出る幕はないな。
さて、ちょっと疲れちゃったし。
布団に入って二度寝するのも悪くない。
ふらりと立ち上がろうとした時――廊下から爆音のような足音が聞こえた。
今にも床が抜けそうな勢いだ。
どうやら、エルフ達が一気に押しかけてきたらしい。
「族長ッ!」
鋭い剣幕でジャックルに詰め寄るエルフ達。
全員が短刀を携帯しており、非常に危ない雰囲気を放っている。
連中はこちらに目もくれない。
どうやら、俺に用はないみたいだな。
俺はゆっくりエルフ達を観察する。
女性が20人、男が5人ほどか。
全員腕に覚えがありそうだ。
記憶にある顔の奴もいるな。
アレクに叩きのめされて、すぐに立ち直った連中だな。
今にも抜刀しそうな剣呑さを持つエルフ達に、ジャックルが応える。
「なんじゃ。何があったんだ」
「竜が――竜が峡谷近くまで降りてきたんだ!」
「薬草を摘んでいた者が襲われ、瀕死の怪我を負った……」
「……な、なんと」
ジャックルが口元に手をやり、押し黙る。
恐れていた事態が、ついに発生してしまった。
そんな雰囲気が感じられる。
沈黙するジャックルに対し、エルフ達が怒り狂ったように食って掛かる。
「族長が討伐を許可していれば、とっくに奴らを叩き出せていたんだ!
なぜ危険な竜を野放しにしていた!」
「……危険だからだ。
確かに、総力を上げて挑めば竜にも勝てるやも知れん。
だが、こちらにも甚大な被害が出るはず。
儂は、お前たちが傷つくのを見たくないのだ……」
ジャックルが苦しそうに反論する。
守ろうとしていたはずのエルフ達から、凄まじい批難をされている状況だ。
どんどんジャックルの顔色が悪くなっていく。
しかし、エルフ達も容赦がない。
「その結果が、今までに積み上がってきた犠牲者だ!」
「怠慢と愚鈍以外の何物でもない!」
「今朝襲われた者を手当している最中だが……もう助からないと聞いた。
これも全て、竜を放置していた族長の責任だ!」
その一件が決め手になったのか。
一族が危険に晒されていると考えれば、その怒りも分からないではない。
エルフたちはなおも怒りを爆散させる。
「アレクサンディアという害悪を招き入れ、竜を放置するとは……。腑抜けたか族長!」
「もう貴方に許可は取らない! 皆で竜の巣に向かうぞ!」
「そうだ、己の手で竜の畜生を討ち取ってくれる!」
「ま、待つのだ。もう少し考えてから――」
「くどい――ッ!」
ジャックルが宥めようとするが、エルフは即座に拒絶する。
取り付く島もない。
このままだと、本当に竜の巣に討ち入りをしかねないな。
アレクが討伐の案を練っているというのに。
勝手に動かれては困る。
恨まれるのが目に見えているが――動くしかないか。
俺はジャックルとエルフ達の間に割り込んだ。
「待てよ。
ジャックルは何の考えもなしに、
お前たちを止めていたわけじゃないだろ」
「黙れよ人間。
貴様に同胞を害された苦しみが分かるか?
我らエルフを虐げる畜生どもめが」
「苦しみが分かるかどうかは知らん。
でも、ジャックルがお前らの身を案じて、
穏便に解決しようとしてたってことくらいは理解できるよ」
俺の言葉に、ジャックルが驚いている。
いや、何だその顔は。
俺がエルフの連中側に肩入れすると思ってたのか?
確かに迅速な竜の討伐を望んではいるが、拙速は好まんぞ。
それに、ジャックルにはジャックルなりに何か考えがあるのだろう。
族長の地位にある男が、
味方を押さえつけてまでして出陣許可を出さないんだ。
必ず理由があるはず。
もっとも、目の前のエルフ達は察してないみたいだが。
彼女たちは俺に冷めた視線を向けてくる。
「……ほざけ。貴様が何を言おうとも、ただの甘言にしか聞こえん」
「そっちが聞く耳を持たないんだから、そりゃあそうだろう。
俺と議論がしたいなら、耳のフィルターを掃除してから来い」
ひときわ語調を強くして、エルフ達を睨みつける。
すると、連中は腰に下げた短刀に手をかけた。
暴力に訴えるつもりか。
こっちを攻撃するなら、反撃される覚悟はあるんだろうな。
俺は静かに魔力を身体に慣らしていく。
荒事は好きじゃないが、鎮圧せざるを得ないなら話は別だ。
しかしその瞬間――眼前に誰かが飛び込んできた。
「や、やめて! なんでそんな怖い顔してるの? 少し、落ち着いてよ!」
「せ、セシル……?」
思わず呟いてしまう。
剣呑な雰囲気の中、セシルが俺とエルフの間で両手を広げていた。
「お、お茶を淹れるから……少し、落ちつこうよ。ね?」
「戻るのだ、セシル!」
ガチガチに震えているセシルに、ジャックルが声を飛ばす。
しかし、彼女はエルフ達に言いたいことがあるようだ。
祖父であるジャックルの心配をはねのけ、正面のエルフに立ち向かう。
「お爺ちゃんを虐めないで!
レジスお兄ちゃんに、酷いことを言わないで!」
どう見ても怯えている。
怖いはずなのに、擁護をしようと出てきたらしい。
しかしエルフ達からしてみれば、ただの邪魔者でしかないようだ。
女性のエルフがセシルを冷たく見下ろした。
「今私たちは族長と話しているんだ。
こう言っては何だが、セシル。君には何の力もないだろう。
この場には不釣り合いだ。出て行け」
「……お、追い出すの?」
「分からないかな? 子供の冗談に付き合っている暇はないんだ。
今は峡谷の危機。力なきエルフに、口を挟む権利はない!」
怒鳴るような口調。
大人気なさが頂点に達している。
アレクでもそこまでは言わなかったぞ。
強い叱責をされて、案の定セシルは泣いてしまった。
しかし彼女は、ボロボロと涙をこぼしながらも言い返す。
「つ、強くなるもん! 竜……くらい、私にだって倒せるんだから……」
「もういいかな。出て行ってくれ。
いや、言い方が違うな。――消え失せろ、今すぐに」
最後の強がりも、一言でバッサリ切り捨てられる。
女性が強く退出を促すと、セシルは癇癪を起こして泣き叫んだ。
「う、うわぁあああああああああああん!」
セシルは嗚咽しながら、屋敷の外に出て行ってしまう。
大人気ないとか、もはやそういう次元ではない。
完全に泣かせに掛かってたように思える。
ジャックルはセシルを追いかけようと腰を上げた。
しかし、そこにエルフ達が待ったをかける。
「族長。どこへ行くつもりだ。まだ話は終わっていない」
「お前達……あそこまで強く言う必要はなかっただろう。
セシルはまだ子供なのだ。もう少し、優しく扱ってやれぬのか」
「世迷い言はそこまでだ族長。
貴方には族長としての意識があるのか?」
エルフの暴言に、ジャックルは歯ぎしりをして顔を背ける。
しかし、双方共に熱が入りすぎじゃないか。
特にエルフ達。
頭に血が上っていては、良策も浮かばないだろうに。
一族の危機に発奮する心意気は分からんではないが、流石に違うだろう。
特に、セシルに心ない言葉を浴びせたのは看過できない。
俺は無意識に、エルフたちを睨みつけていた。
すると、彼女たちも俺の視線に気づき、こちらに鋭い眼光を飛ばす。
あまりエルフたちを刺激するようなことは言いたくなかったが。
このままでは埒が明かない。
俺は完全に溝が深まることを覚悟し、
彼女たちに決裂の言葉を言おうとした。
しかし、その時――
「やーれやれ……。ちょっと暇じゃから覗いてみれば、なんじゃこれは。
いつから族長屋敷は雑魚の溜まり場へと化したのじゃ」
エルフ達がざわめく。
いきなりの闖入者――しかも、一番来てほしくなかった人物だろう。
彼女たちは悲鳴にも似た声を上げる。
「……アレク、サンディアッ! なぜここに!」
「……余計な所で出てきおって」
「……出て行け、貴様には関係あるまいッ!」
そう。誰が入ってきたのかと思えば。
アレクは面倒くさそうな顔をして、戸の傍に立っていた。
彼女は一つあくびをして、エルフ達に胡乱な瞳を向ける。
「レジスの泊まっておる所じゃし。
ここは我輩の別荘7号じゃし。別に我輩がいても問題あるまい?」
皮肉げにエルフ達の苦情を受け流している。
なんだろう、この安心感。
アレクが隣に立っていると、非常に心強い。
戦力的にも、心情にも。
てか、勝手に屋敷を別荘扱いにするんじゃない。
そのうちディン家の屋敷まで別荘とか言い出しそうな勢いだ。
それはさすがに許さんぞ。
「さて、ずいぶんと勝手な作戦を立ててくれたようじゃが。
そういうのは全て我輩を通してもらおう。
もし意の沿わぬ形で話が決裂したら……分かっておるじゃろうな?」
アレクが凄絶な笑みを浮かべる。
清々しいまでの直接的な脅しだ。
彼女は拳を鳴らし、眼前のエルフ達に挑発的に立ち向かう。
この瞬間、エルフ達の目がご臨終になったのだった。
……ご、ご愁傷様。