第六話 山賊の襲撃
イザベルに会ってからというもの、何だか知らないがソワソワしてしまう。
だけど多分、これは恋愛感情なんかじゃない。
新しいトランペットを買った少年の心境というか……。
探し求めていた物品の横にもっと大事なものがあったというか。
ダメだ、この感情が何だか分からん。
俺が頭を掻きむしってウロウロしていると、
ウォーキンスとばったり出会った。
彼女は掃除道具を抱えながら、首を傾げている。
「レジス様、昨日どこかへ行っていました?」
「いや? 思うところあって、館の中を探索してただけだ」
「ああ、それで夕暮れ頃に見当たらなかったのですね」
大嘘だけどな。
俺の返答を聞くと、ウォーキンスは素直に首肯した。
そして何やら荷物をまとめて、書物をバッグに突っ込んでいる。
時は早朝、小鳥のさえずりが耳に心地いい。
さわさわと風も気持ちよく、まさに外出日和だった。
「あれ? どこか行くのか」
「はい。これから王都にある魔法協会本部に足を運ぼうと思ってます。
もちろん本業に支障は出ませんのでご安心下さい。
他の小間使いを待機させています。
用がありましたら、そちらにお申し付けください」
「ずいぶん急な話だな。何しに行くんだ?」
「ふふふ、秘密です。
大人の女性は、秘密をアクセサリにするから美しいんですよ」
口元に手を当てて、チロリと舌を出すウォーキンス。
なるほど、よく分からん。
「魔法協会は、頭の凝り固まったお爺さま方が多いですからね。
正直者で嘘をつかないレジス様とは大違いです」
「は、はは。そうだな……」
何だろう、心が痛くなってきたぞ。
とはいえ、目的を達成するためなら、多少の悪事は働く所存だ。
どうせ責任は俺に帰結して、困るのは俺だけなんだ。
誰に憚ることもない。
「では、出立します。明後日には帰ってきますので」
「早いなおい。徒歩で片道4日はかかるだろ」
「私はハイパー使用人ですよ。移動魔法を使わせてもらいます」
そう言って、ウォーキンスは荷物を背負い直す。
そして詠唱を開始した。
「……我が魔力の前に、距離の壁は意味を成さぬ。
縮まれ空間、捻れろ因果。――『ギガテレポーテーション』ッ!」
その瞬間。
ウォーキンスを中心にして、破裂するような風が吹き荒れた。
烈風で書庫の本棚に傷が走り、窓が震える。
一際凄まじい光と魔力が爆発した。
その衝撃に押され、ウォーキンスの声が響き渡る。
「あ、そうそうレジス様。外は危ないので、出ちゃダメですよ」
声が耳に届いた刹那、ウォーキンスの姿は完全に消え失せていた。
ただ、窓のカーテンがひらひら踊っているだけ。
転移時の爆音を聞いて、シャディベルガがバタバタと走ってきた。
「な、なんだい今の音は!?」
「ウォーキンスが出発したんだよ」
「転移魔法を使うなら外でやってくれよーっ!
うーん。こんなこと、小間使いにやらせるのも心苦しいな。
ちょうど時間も出来たし、僕が片付けるかぁ……」
とぼとぼ歩いてきて、シャディベルガは撒き散らされた書類や本を拾っていく。
効率を考えるなら、そこは人に任せるのが正しいんだけどな。
この人は本当に苦労人だ。
セフィーナが倒れてから、共倒れしそうなくらい落ち込んでたのに。
それでも領地のことで問題が山積みなため、政務をしないといけない。
いよいよ、俺が手伝う必要が出てきたかな。
「てか親父。ウォーキンスなんだけどさ」
「なんだレジス。僕は今忙しいぞ」
「あいつ、一体何者なんだ?」
「……え?」
素朴な疑問を投げかけると、シャディベルガは言葉をつまらせた。
事情は知っているみたいだが、言い難い。
そんな感じだな。
「普通じゃないだろ。
山賊が来たら一人で剣を振るって鎮圧するし、
魔法なんて常人のレベルじゃない。
達人編に載ってない魔法をめちゃくちゃ覚えてるしな」
「……僕もよく知らないんだ。
セフィーナの家が没落する前から彼女に仕えていたらしいけど。
とにかく謎が多いのが彼女の特徴さ」
「そうか。親父もあんまり詳しくないんだな」
嘘を付いている様子もない。
ただ、ウォーキンスがミステリアス過ぎるのだ。
素性を探るつもりなんてない。
だけど、あの驚異的な能力は気に掛かるんだよな。
魔法協会の本部に出向って。
うむぅ。謎が多すぎるな。
「ウォーキンスはいい使用人だよ。もちろん人としてもね」
「そうだな、それだけははっきり分かる」
「あとは、僕のコレクションを探らなければ嬉しいんだけどな。
あと、逐一セフィーナに報告するのもやめて欲しい……」
トラウマを思い出したのか、シャディベルガはどんよりと気分を沈ませる。
少し一人にさせてやるか。そう思った時だった。
「――シャ、シャディベルガ様! 大変でございます!」
直したての扉をぶち破らん勢いで入ってきたのは、小間使いだった。
肩で息をしながら、シャディベルガに報告を入れる。
「ど、どうしたんだい?」
「山賊が、北の山賊が村に押し寄せてきています!」
「何だと? くっ、ウォーキンスがいない時に……最悪のタイミングだ」
「い、いかが致します? 山賊の数およそ三十との話ですが……」
「私兵団を五十人ほど向かわせてくれ。僕もあとで行く」
「りょ、了解しまし――たぁ!?」
頷きかけた小間使いの横を、俺は猛進した。
くそ、襲ってくるなら闇に乗じてだと思っていたのに。
イザベルが早めに出立するのを恐れて、急襲してきたのか。
「こ、こらレジス! どこに行くんだ」
「ちょっと友達作ってくる」
「な、何を言っているんだお前はー!?」
悪いが、今はシャディベルガの声も耳に入らない。
遅れれば遅れるほど、村に被害が出る。
しかも、山賊の狙いは十中八九イザベルだ。
真っ先に襲われる施設が、容易に想像できる。
出来ればこっそり外出したかったのに。
こうなってしまっては仕方がない。
「……死ぬなよ、宿屋のおっさん!」
それに、イザベル。
彼女の身が絶望的な危機に瀕しているのだ。
靴をしっかりと履き、正面を見据える。
そのまま正門をくぐり抜け、一直線に村へと走りだした。
◆◆◆
村は騒々しかった。
村人のほとんどが家畜を家の近くに匿い、家に引きこもっている。
正しい対応だな。
山賊が、こんなに明るい時間帯に動いてきたのだ。
私兵団が到着する前に、仕事を終えて立ち去るつもりなのだろう。
だから、ここら辺の農作物になんて目もくれないはずだ。
「って……そうでもないみたいだな」
収穫期には少し早いが、もう食用可能になった農作物たち。
山賊数人が畑に群がり、略奪を繰り返している。
親分の指示が行き届いていないのか?
あるいは、エルフの拉致は真の目的ではないのか。
一瞬迷ったが、すぐに答えは出た。
「陽動か」
本懐を達成するために、捨て駒に派手なことをやらせているのだ。
こうしていれば、私兵団から真っ先に止める標的と見做される。
こいつらに手こずっている内に、目的を達成しようというのだろう。
なら、今すべき行動はただひとつ。
略奪している山賊の背後を通り過ぎ、宿屋へ向かう。
どうせ、村の入口は一箇所しかない。
しかも村の入口は、宿屋の傍にあるのだ。
そこを潰せば、この辺の連中もまとめて捕まえることが出来る。
だからこいつらを無視しようとしたのだが――
「わ、わしが精魂込めて作ったモンに、汚い手で触れるでねぇ!」
「あぁん? なんだこのジジイは」
「殺しとけよ。俺達の仕事は目立つこと。
赤い花を咲かせりゃ、良い見世物になるだろ」
「そうだな。じゃあ、死ねよジジイ」
な、何をしてるんですかーっ。おじいさん。
そいつらを捕まえたら、どうせ後で回収するんだから。
まあ、理屈じゃないのかもしれない。
作物は自分が必死に作ったもの。
それを目の前で蹂躙されて、黙っていられるわけもないか。
予定変更だ。
「灯り犇めく炎魔の光弾、穿ち貫き敵を討て――『ガンファイア』ッッ!」
詠唱すると、炎弾が唸りを上げて飛んでいった。
それが山賊の背中に命中し、大発火する。
「ぐ、ぐわあああああああああ!」
絶叫しながらのた打ち回る山賊その一。
いきなりの攻撃に、周りの山賊が激高する。
「なんだこのガキはッ!」
「やっちまえ!」
残った山賊が走り寄ってくる。
その両手には刃物が握られていた。
あんな物で頭をかち割られた日には確実に昇天する。
警戒の念も込めて、少しずつ距離を取っていく。
後ろに下がって行くと、山賊たちが畑から飛び出してきた。
頃合いだな。
ここなら、一帯を火だるまにしても文句は出ないだろう。
「……紅き光は地へと堕つ。
広がる業火は地を灰塵と化す――『クロスブラスト』!」
小さい炎の雫が、山賊の足元にポタりと垂れる。
その瞬間、辺りを覆い尽くすような大火炎が巻き起こった。
「あ、熱いァああああああああああ!」
「死ぬ、死んじまうッ!」
勝手に死んでてくれ。
出来れば黙ってな。
とは言え、火力を抑えたから死にはしないだろうけど。
畑を荒らす山賊を一掃した所で、村の入口方面へ向かう。
その時、腰を抜かしたじいさんが声をかけてきた。
「れ、レジス様ですかい!?」
「そうだよ。もう少しで私兵団が来るから、家に入ってて」
「レジス様はどうなさるんじゃ!?」
「ちょっと助けたい人がいるから、宿屋に行ってくる」
「無茶ですじゃ! 殺されてしまいますぞ!」
「大丈夫。なんてって俺は――
痛みに強いことだけが、唯一の取り柄なんだから」
そう、例えばとんでもない反動が来る魔法を使ったとしても。
俺は耐え切ってみせる。必ずな。
もう七年前の赤子とは違うんだ。
たとえ死ぬような痛みが走っても、耐え切る自信がある。
しばらく走っていると、ついに宿屋が見えてきた。
しかし、宿屋の周囲を二十人近くの盗賊が取り囲んでいる。
奴らは一様にして、何かを見物していた。
俺は裏手から宿屋の前が見える位置に回る。
宿屋の前には、男と少女が立っていた。
ただ、男の方は深手を負っていて血を垂れ流している。
しかし、それでも山賊の前に立ち塞がって、後ろにいる少女を守っていた。
「絶対に渡さん! 消え去れ山賊ども!」
「こいつ……切り刻んでも引きやがらねえ」
「囲め、三人づつで掛かるん――」
「うぉおあああああああああああああ!」
男が調理器具である木棒を振るった。
その一閃は山賊の一人の頭を直撃し、昏倒に追い込んだ。
どうしてそこまでするのか。
山賊の目には焦りの色が浮かんでいた。
「このまま立ってたら、お前死ぬぞ? 大人しく後ろの娘を渡せ」
「休める場所を貸すのが宿屋なら、宿泊客を守るのも宿屋なんだよッ!」
切り傷にまみれて立っている男性。
彼はやはり、昨日会った宿屋のおっさんだった。
もういつ倒れてもおかしくない状態。
だというのに、体を張って山賊の侵入を防いでいる。
「部屋が汚ねえからなぁ、その分警備はキッチリさせねえと……。
お、ぉお? 何だこりゃ、身体に力が――」
ドサッと倒れこむ店主。
どうやら気絶したようだ。
よく見ると、後ろにいたイザベルが手刀を決めていた。
彼女は溜め息をつきながら、店主を端に避ける。
「はぁ……私のために死なれるみたいで、気分が穏やかじゃないなぁ。
大切な店なんだから、まず自分が生きてなきゃダメでしょ」
ここから見る限りだと、おっさんの傷は浅い。
疲労が溜まりすぎていたんだろう。
緊張の糸が切れたように、店長は爆睡していた。
「はッ、観念しやがったか」
「悪いようにはしねえよ。貴族に売りさばくまでは大事な商品だからな」
「……クズめ」
イザベルは大太刀を抜き、正面に構えた。
「エルフが抵抗する力を持っていないと思っているのかな。
――思い上がるな劣等種族。汚らわしい目で私を見るんじゃない。
私に狙いをつけた罪は重い。全員再起不能にしてやる」
そう言うと、イザベルは疾風のように動いた。
まず目の前にいた山賊を斬り払い、返す太刀で更に二人を斬り刻んだ。
敏捷性の高い動きに、山賊がどよめく。
「……ひっ、何だこいつ!」
「ば、バケモノだ!」
「――チッ。どけ、てめぇら!」
舌打ちをして、前に出てきた男。
どうやら、山賊の首領格のようだ。
奴は懐から何かを握り出すと、イザベルの足元に向かって投擲した。
地面をコロコロと転がる球体。
「……何を」
不審に感じたイザベルが足を止める。
その瞬間――球から閃光が放たれた。
網膜を焼き切るようなフラッシュ。
反射的に目を閉じた俺でも、異常な赤色が視界に焼き付いてしまう。
イザベルは呻きながら目の付近を押さえていた。
「……なッ。なに、これ」
「ハッ、エルフは五感が異常に鋭い。
身体能力の高さも相まって、キレたら手が付けられねえ。
だが、一見無敵に思えるその鋭敏な感覚こそが弱点。
こういう風にして、動きを止めればいいだけの話だ」
ニヤニヤと、下卑た笑みを浮かべる首領。
さっきの光は、恐らく魔法を使って何かの発光物を炸裂させたのだろう。
ただの人間ですら、数秒の間は行動不能になる。
それが五感の敏感なエルフなら、答えは決まりきっていた。
「……ぐ、卑怯な」
平衡感覚が麻痺したのか、フラフラとするイザベル。
これに乗じて、山賊が一斉に飛びかかろうとする。
イザベル一人では、もう戦局は覆せない。
それが分かっていた俺は、宿屋の正面に飛び出した。
そして、覚悟を決めて詠唱する。
とんでもない反動を受けてしまう一手。
七年前は発動に失敗した、炎の上位魔法を――
「我が体躯より溢れし魔血、炎種となりて業火とならん――『アストラルファイア』ッッ!」