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ディンの紋章 ~魔法師レジスの転生譚~  作者: 赤巻たると
第四章 エルフの峡谷編
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第七話 窮鼠猫を

 

 

 しばらく移動すると、綺麗な清流にたどり着いた。

 そういえば、もう少しドワーフ鉱山寄りに行けば、大河の源流があるんだったか。

 源流はケプト霊峰とドワーフ鉱山の境に位置しているので、ちょうど境界の役割を果たしている。


 上着を脱ぎ、泥を叩く。

 そして水を手ですくって、最低限の汚れを落とした。

 ……しかし、エルフの妙薬の入手は前途多難だな。

 色々と策を案じないと、切り抜けるのは難しいだろう。


「はぁ……ここにも帝国兵がいるんだもんなぁ」


 帝国の連中を、どうやってこの霊峰から叩きだすか。

 それが問題だ。

 でもその前に、竜の脅威が立ちはだかる。

 同時に2つの難題を捌くのは、容易ではない。


 アレクは先ほど、霊峰に巣食う竜を壊滅に追い込むと言っていた。

 俺としても、それが一番手っ取り早くて有効だと思う。

 いざ帝国兵を追い出す作戦を組んだ時に、竜が乱入してきて台無しになったら目も当てられん。


 とはいえ、焦りすぎると事を仕損じる。

 迅速が好ましいが、だからといって拙速は望んでいない。

 一つ一つ潰していくのが正解だろう。

 色々と考えつつ、服を洗浄していく。


 その時――俺の肌にピリピリとした違和感が走った。

 強力な魔力の波動を感じる。

 今気づけば、敵意のこもった魔素が、辺りに立ち込めていた。


「……なんだ?」


 まさか侵入者か?

 いや、ないな。

 他種族がエルフの障壁を越えてこれるはずもない。

 俺を良く思わないエルフの仕業と考えるのが妥当か。

 そう思っていると、今度は地面がグラグラと揺れた。


「――うおッ」


 地震か。

 層が重なる霊峰近くでは、日常茶飯事らしいけど。

 地殻変動やらは、王都や屋敷においては殆ど経験しなかったからな。

 この妙な浮遊感を新鮮に感じてしまう。


 しかし、妙に長い揺れだな。本当に地震か?

 竜が近くで魔物を相手に暴れてるんじゃないだろうな。

 だとしたら怖すぎるんだが。

 もっとも、峡谷内にまでは入ってこれないだろうけど。


 俺の不安に反して、すぐに揺れは収まっていく。

 同時に、蔓延していた魔力も収束する。

 だが、それと引き換えに、どこからか女性の声が聞こえてきた。


『ついに、見つけタ……』


 透明感のある声だ。

 しかし、どこか淋しげで、刺がある。

 てか待て、今の声はどこから聞こえた?


 ――ここには俺以外、誰もいないはずなのに。


 全身に鳥肌が立つのを感じた。

 そんな俺の動揺を無視して、声はさらに響き渡る。


『銀色の髪。幼き容姿。独特の気品。我が妹が、こんなにも沢山……』

「……誰だ、お前」

『我は土の申し子。奪われ続けた我は、全てを奪う権利を有すル』

「……何を言ってやがる」


 俺が訝しむように聞き返すと、不気味な哄笑が聞こえてきた。

 不躾な反応だな。どこのエルフの悪戯だ。


 驚かそうと思ってかは知らんが、安い手を使いやがって。

 こんなもので俺がビビると思うなよ。

 こっちは幽霊より怖い死を経験してきてるんだ。


 もはや悪霊と永久の友情を結べる自信だってある。

 貞子ちゃんと肩を組んで井戸に潜るのも本望よ。

 隠れている場所をあぶりだして、アレクと族長の前に突き出してやる。

 俺は内心で探知魔法を唱える。


(……我に仇なす害たる敵を、明き魔網で炙り出せ――『ハイディテクション』)


 周辺に魔素を飛ばし、魔力の発生源を探っていく。

 しかし、術者と思われる存在は確認できない。

 かなり広範囲に探りを入れてるんだが……。 

 俺が探知魔法を唱えたのを看破したのか、声の主は挑発的に脅してきた。


『フハッ、無粋なことをするなヨ。

 障壁がなければ、その首をねじ切って挨拶をするのだがナ。

 それはともかく、ダ。いずれ、直接会うことになるだろウ』

「――いい加減にしとけよ。アレクの逆鱗に触れても知らんぞ

 ついでに俺も激怒するからな。今出てきて謝るなら、許してやらんでもない」


 俺は即座に切り返す。

 すると、その時――アレクという名前を出した途端。

 突如として、声の主の様子が変わった。

 弱者を見下すような声調から、興味深気な調子へと変わる。


『……アレ、ク? お前、その名前で奴を呼ぶカ』

「ん? ああ、普通の奴がそう呼んだら怒るんだよな。でも、俺は特に何も言われないぞ」

『何も、言われなイ? ……お前、名前ハ』

「教える義理はない。姿を表したら偽名くらいは告げてやるよ」


 軽々に教えると思ってるのか。

 だいたい、まず人に名前を聞く時は自分から名乗るものだろう。

 礼儀がなっとらんぞ礼儀が。

 俺の情報遮断に対して、声の主は吐き捨てるような口調で唾棄してきた。


『まあいイ。次に会った時、我が妹を犯してやろウ。お前の目の前でナ』


 凄みのある声と共に、またしても高濃度の魔力が立ち込めた。

 すると、張り巡らせていた探知魔法に反応が生じる。

 よし、今度こそ掴んだ。間違いない。

 魔力の発生源は、川の付近にある石だ。


 黒色に鈍く輝く石が、魔力と声を垂れ流している。

 なるほど、あれで遠距離から音をつないでたのか。

 恐ろしいことをする。俺はすぐに石を蹴り砕いた。

 すると、こもっていた魔力が雲散霧消する。


「……気色悪いな。何だったんだ」


 周囲を見渡しても、やはり何もない。

 石の破壊を最後に、立ち込めていた不穏な雰囲気も、完全に消失していた。

 術者が逃走を図ったか。あるいは……最初から超遠距離から魔力を飛ばしていたのか。

 どちらにせよ、タチの悪いイタズラだ。

 

 しかも、石を直接蹴ったから足が痛いし。

 おのれ、俺の黄金の右足になんてことを。

 下手人を見つけたら、世にも恐ろしい懲罰を課してやる。


 まあいい。

 服も洗えたし、一応目的は果たせた。

 一つ頷き、俺は屋敷へと戻ったのだった。


 ちなみに、これは余談だが。

 後から確認した所、俺の足は赤く腫れ上がっていた。

 石がなかなかの硬度だったみたいで、足先が悲鳴を上げたらしい。


 に、二度と石なんて蹴るものか。



 


      ◆◆◆

 

 


 ジャックルに貸してもらった無人の屋敷は、実に粗末なものだった。

 質素と言うよりは貧乏。長年の風格というよりも、色あせたボロさを感じさせる。


 普段は使われていないのだろう。

 あちこちが腐食していて、使用できる部屋が一つしかない。

 こんな所で一夜を明かさねばならんのか。


 部屋に入ると、アレクが目を瞑ってくつろいでいた。

 イザベルは外出中のようだ。

 久しぶりの帰郷なわけだし、仲間と情報交換でもしているのだろう。


 むしろ好都合。

 旅の間、なかなかこいつと二人になれなかったからな。

 この機会に、今まで気になっていたことを、洗いざらい吐いてもらおう。


 アレクと話していると、どうも彼女が意図的に遠ざけている話題があるように思える。

 そして、その話題に含まれる過去が、時折アレクに暗い影を落としているのではないかと。

 雑談を交える度に、薄々感じていたのだ。


 あまり詮索するのも良くないとは思うが、どうしても聞かずにはいられない。

 俺はアレクの正面に座り、それとなく切り出した。


「なあ、いくつか訊きたいことがあるんだけど」

「何じゃいきなり」


 休んでいたところに声をかけたためか、若干機嫌が悪そうだ。

 小さくあくびをして、半目で俺を見てくる。

 そんな彼女に対し、俺は真剣な眼差しを向けた。


「お前、俺に色々と隠してることがあるよな」

「はぁ? 邪推もいい所じゃ。もう少し筋道立てて物事を考えよ」


 なんで説教をされなきゃならんのだ。

 いや、話を逸らそうとしてるだけか。


 しかし、今回ばかりは騙されん。

 これは確認しておかないと、いざという時に困る。

 俺はもったいぶらず、端的に問いただした。


「お前、もしかして水魔法が使えないのか?」

「…………」


 アレクは押し黙る。

 どうやら図星みたいだな。

 俺は今までに、彼女の風魔法や火魔法、雷魔法などを見てきた。


 だが、エルフの十八番である水魔法だけは、何故か一回も見たことがない。

 明らかに不審。どう考えても怪しい。

 原因を考察すると、1つだけ俺にも心当たりがある。

 それこそが、500年前の邪神大戦に関わる伝説だ。


「それって、あの『邪神の呪い』じゃないのか?」


 そう。

 大陸の四賢の書物を漁った時、必ずと言っていいほど出てくる言葉がある。

 それは、神に逆らった愚か者への制裁。

 ――『邪神の呪い』だ。


 500年前。

 神の力を有した邪神は、決戦の最中に敵対者へ呪いを掛けた。

 邪神に接近して戦った魔法師ほど、多くの呪いを受ける結果になったらしい。


 ある者は、呼吸機能を奪われて死に至った。

 またある者は、魔力を完全に封鎖され、内部で魔素が暴走し、体が四散した。

 魔法師を絶望に陥れる呪いを、邪神は四方八方にまき散らしたのだ。


 しかし、邪神を絶命させれば、呪いは解けるはず。

 そう信じて、当時の人々は決死の戦いを続けた。

 大陸の四賢の奮戦もあり、最終的には邪神を無力化することに成功した。


 だが、邪神は封印されているだけで、未だに死んでいない。

 邪神との大戦が終わって500年も経つが、未だに呪いは解けていないのだ。

 もっとも、呪いを受けたほとんどの魔法師たちは、邪神大戦の最中か後に命を落としている。

 

 しかし、大陸の四賢は違う。

 邪神を封印した後も、何らかの要因で長い時を生きている。

 最前線で戦った彼女たちが、果たして呪いを受けていないと言い切れるだろうか。


 無論、そんな事はあり得ない。

 むしろ、誰よりも強力な呪いを受けているはずなのだ――


 この話を聞いたのは、アレクに出会ってからである。

 屋敷から持ってきた書物を、学院で読んでいる時に知ったのだ。

 この知識を仕入れて以降、アレクの行動に少しづつ違和感を持つようになった。


 俺の質問に、アレクは顔を曇らせる。

 だが一つ頷くと、沈黙を破るように話し始めた。


「そうじゃ。我輩は水魔法の力を奪われておる。

 水魔法に限って言えば、適性も熟練も素人以下じゃ」


 やっぱりな。

 全てを超越した大魔法師・アレクサンディア。

 しかし彼女は、邪神の呪いで得意属性の一つを封じられてしまっている。


 いつもアレクが空中から魔法を放つのは、水魔法が苦手だったからなんだ。

 もし地面に水罠などを仕掛けられたら――問答無用で敗北してしまう。

 それを危惧して、アレクは速攻で敵を倒すか、上空からの攻撃という戦闘スタイルをとっていたのだ。

 俺の推測は、どうやら当たってたみたいだな。


「先ほどエルフたちが、我輩を倒せると息巻いておったじゃろう。

 あれは我輩の弱点を知っておったから出た言葉じゃ。

 まあ、もっとも――その程度で我輩は動じぬがな」


 分かってるよ。

 それくらい、さっきのエルフに対する奮戦ぶりで理解してる。

 弱点があるからと言って、アレクが簡単に負けるはずもない。


 エルフたちは、水魔法主体でアレクを狙ったことだろう。

 数十人による人海戦術で、畳み掛けるように。

 もっとも、結果として彼女の体術の前に完敗だったわけだが。

 今は、そんなことはどうでもいい。


「どうして言ってくれなかったんだ?」

「別に、隠しておったわけではない」


 いや、明らかに言うのを嫌がってただろ。

 だけど、アレクの性格からして、自分からは言わないか。

 『邪神に得意属性の一つを封じられてるから、場合によっては負けちゃうかも。ごめんね』

 なんて言葉を、こいつが口にしたがるはずもない。


 そこを責めるのは酷だろう。

 だけど、話はそれだけじゃない。

 俺はもういくつか、アレクが秘匿している呪いに心当たりがある。


「あと、ずっと気になってたんだが。

 お前――どうして長丁場の移動の時に、浮遊魔法を使おうとするんだ?」

「ふん、地を這う劣等を見下すためじゃ。それ以外に理由などない」


 アレクは尊大そうに胸を張る。

 でも今、少し顔がひきつったな。

 動揺が顔に出てるぞ。


「違うだろう。どう見ても嘘だ」

「さて、何のことやらじゃ」


 とぼけて首を傾げるアレク。

 埒があかないので、俺は核心に迫る事実を言い放つ。


「ひょっとしてお前、長時間の歩行ができないんじゃないか?」

「――ッ! な、何故それを……」


 彼女は本気で驚いている。

 まあ、他のエルフも気づいてないみたいだったし。

 本人的には隠していたつもりなんだろう。

 俺も今回の旅がなかったら、きっと確信できなかった。


「屋敷にいた時と、学院の時から感づいてたけどな。

 この山登りで確信したよ。

 長時間歩くのを嫌って、なるべく浮遊魔法で移動してるんだろう」


 最初に会った時から、何となく疑問に思ってたんだ。

 窓を突き破って入ってくる癖。

 長時間の移動に、わざわざ浮遊魔法を使う習慣。

 学院の中を移動する時でさえ、地面を殆ど踏みしめていなかった。


 何故そんなことをするのか。

 答えは簡単だ。

 ――そうしないと、生命の危機に陥るから。

 でないと、そんな面倒臭いことをアレクがするものか。


「恐らく、歩くだけで致死性の魔力消費が働いてるんだ。そうだろ?」

「……正解じゃ」


 アレクは冷や汗を流しながら頷く。

 いつもは見せない焦った表情だ。

 彼女の身に降り掛かっている、致命的なまでの呪い。

 致命的であるがゆえに、敵対者にそれを知られてはならない。


 いや、情報が漏洩する危険を考えたら、味方にだって話したくないだろう。

 だからこそ、自分の内で留めていた。

 そして、横着な性格で二重に覆い隠していたわけだ。


「浮遊魔法で移動するよりは、普通に歩いた方が消耗は少ないはずなのに。

 わざわざ使用してるのを見た時、おかしいなと思ったんだよ」


 もっとも、魔力チェックをするために研究所へ行った時。

 あの時アレクは、自分の力で山を登っていた。

 アレは、まだ信頼出来ない俺に、弱みの一端を見せるのを嫌ったんだろう。


 もっとも、帰りは俺におんぶをさせるグダグダっぷりだったけど。

 俺が秘密の核心に至るような頭の持ち主ではないと感じたのかもしれない。

 失礼な奴め。


「――なるほど、の。

 確かに我輩は、歩行に莫大な魔力を費やす呪いを受けておる。

 そこに気づくとは……汝の観察眼を少し見誤っておったようじゃな」


 いやあ、それほどでも。

 幼女を観察することは、趣味の関係で日課だったものでな。

 穴が空くくらい見てたら、さすがに違和感にくらい気づくさ。

 胸を張って言えることじゃないけども。


「水魔法の件はともかく、歩行の件に関しては、500年以上隠し通してきたのじゃが。

 見破られてしまったか。やれやれじゃ」


 アレクは諦観したように笑みを浮かべた。

 もっと拒絶されるかと思ったが、意外と素直に喋ってくれたな。

 こっちもとしても安心する。


 呪いなんて、一番触れて欲しくない所だろうしな。

 アレクの懐が深くて助かった。

 そう思って、俺は一つ深い息をつく。

 すると、いきなりアレクがボソリと呟いた。


「……仕方ない。あんまり我輩も乗り気ではなかったのじゃが。

 我輩の秘密を知った以上、口を封じさせてもらう」

「……え?」


 その瞬間――突如視界からアレクの姿が消えた。

 俺が反応するより先に、アレクは距離を詰めてきていた。

 胸のあたりを強く押してくる。

 為す術もなく、俺は背中から床に倒れてしまった。


 さらにアレクは俺の腹に飛び乗ると、押さえ込みの要領で動きをロックしてくる。

 すぐさま振り解こうとするが、間に合わず組み敷かれる。


「……な、ななな、何をする! 何をするでおじゃるか。放せ、不埒者めが!」


 動揺のあまり麻呂口調が出てしまう。

 それにしても、ふざけたことを言ってくれたな。

 俺は強がった笑みで、アレクの隙を誘う。


「ハッ、何が口封じだ。俺の動きすら封じられんようでは……封じられんようではッ!

 封じられんようではああああああああぁぁぁぁぁぁぁ……」

「……思い切り封じておるんじゃが」


 本当だ。

 言葉に合わせて力を込めるものの、指一本動かせない。

 なにこれ不思議。


 関節の可動域が、極端に狭まってやがる。

 完全に極められていて、体がピクリとも動かせない。

 流石は体術のプロだよ。匠だよ、匠の技だ。

 焦り始める俺を尻目に、アレクは不敵な笑みを見せる。


「くくく、寝技も体術の一つじゃ。

 我輩に捕まった以上、逃れられると思わぬことじゃな」


 舐めやがって。

 見てろ。関節技の外し方には、少し心得があるんだ。

 力の方向をねじ曲げ、全身に力を込める。

 だが、アレクは先んじて抵抗を潰してきた。

 反応速度が、俺の比ではない。


 なるほど。

 どうやら、力づくで逃れることは不可能のようだ。

 ここは口で説き伏せて、どかす他ない。


「なんでこんな真似をしているのかは知らんが。

 俺がお前に不都合になるようなことを、他人に言うと思うか?」

「思わぬよ。しかし、念には念を入れて、というやつじゃ」

「……何が言いたい」

「汝は我輩の弱点を知っておる。しかし、我輩は汝の弱みを知らぬ。

 ――これは不公平というものじゃろう?」

「は……?」


 不公平と来たか。

 是非とも言葉の定義を問いたいところだな。

 俺が冷めた視線を送るものの、アレクは相変わらず不遜な態度のままである。

 

「ククク、存分に恥ずかしい姿を晒すがいい」

「……すでにお前の行動が恥の塊だよ」


 要するに、だ。

 さっきの話にかこつけて、俺を襲うつもりか。

 自分の秘密を知ったんだから、お前の恥ずかしい秘密も握らせろと。

 そう主張したいわけだな。


 なるほど、なかなかに理論の破綻したことをおっしゃる。

 ふざけるなよ、お前の欲求不満に付き合う義理もない。

 俺がそんな下心に負けると思うな。


「ずいぶん積極的だが、お前経験あるのか?」

「な、なな、何じゃいきなり。変なことを聞くでない!」


 なら変なことをするのをやめてくれないでしょうか。

 それにしても、意外と羞恥を感じやすいタチみたいだ。

 あれか、行動では恥ずかしさを感じないが、いざ言葉にされると照れるタイプか。


 ギャルゲーの攻略キャラCパターンとEパターン亜種を混ぜた感じだな。

 PCゲーム内で高校生を280年やり続けた俺だぞ。

 牙城を崩すための会話運びには自信がある。

 もっとも、前世ではこの技能を活かす前に、鉄骨さんと衝突してしまったがな。

 アレクの羞恥心を刺激するようにして、俺は不敵に微笑む。


「残念だなー、四賢は誰でも性欲に任せて襲う痴女だったのか。

 英雄の本性がこんなのだと知ったら、大陸の魔法師も失望するだろうな」

「じゃ、じゃからッ。なぜ我輩の経験があることを前提にしておるのじゃ!」

「500年も生きてて、一回も経験ないのか? 本当に?」

「……な、ない。研究一筋じゃったから……」


 アレクは顔を真っ赤にして、ゴニョゴニョと呟いた。

 どうやらこの反応を見るに、嘘はついてないようだな。

 しかし、普通の人の7,8倍生きておいて、未だに経験なしとは。

 

「……なんだ、行き遅れかよ」

「今なんと言った? もう一度言ってみよ!」

「あだだだ、拘束が強い! 内臓が口からはみ出る!」


 どうやら触れてはいけない部分に触れてしまったらしい。

 さらに身体の接地面積を増やし、きつくホールドしてくる。

 心を強く保とうとするが、心臓の鐘が鳴り止まない。


 どうした、何だこの気持ちは。

 まさか、こいつに心を乱されているのか?

 はっ、こんな貧相な身体にか。ありえんな。

 俺はナイスボデーが好きな正常感覚の持ち主なんだぞ。


 ――と思っていたのだが。

 身体のあちこちに異変が起き始めている。

 これだから生粋の玄人童貞は。

 思わず自嘲してしまう。


 だが、これ以上は本当にまずい。

 具体的に言えば、俺の下半身が。

 迫撃砲が本気を出してしまうぞ。


 リーサルウェポンが長年の眠りから覚めてしまっては一大事。

 はたから見れば、幼女に欲情していると思われかねない。

 そんな場所をエルフの峡谷の住人に見られてみろ。

 『やあ、人間にもいい人はいるんだよ?』

 なんて無害アピールをしても、間違いなく毒矢が飛んでくる。

 社会的にも物理的にも死ぬことだろう。


 この窮地から脱する抜け道はないのか。

 大声で助けを求めてみるか?

 いや、口を塞がれてしまうのがオチだ。

 せめて近くに他人がいれば、伝えようがあったものを。


 何という不運。何という位置関係。

 誰だ、空きの屋敷を借りようなんて言い出した奴は。

 お前だよアレク。いらん所で策謀を張り巡らせやがって。


 しかしこれは、茶化せば茶化すほど俺の首が締まっていくな。

 まずは落ち着け。アレクといえど、付け入る隙はある。

 こいつは大人ぶってるように見えて、そっち方面には意外と疎いようだ。

 その辺りを上手く刺激すれば、拘束も緩まるはず。

 

「でも、お前が好きでもない奴を襲おうとする変態性を有してることには違いないよな」

「なっ、あらぬことを言うでない!」

「相手を選んでるのか?

 ならこの場合、俺のことが好きってことになるが。それでいいのか?」

「そ、それは……」


 アレクの表情が、困ったような、それでいて後悔はしていないような、曖昧なものになる。

 少し意地悪な質問だったか。

 だが、上手く矛盾を突くことができれば、思考停止まで追い込めるはず。

 そうなれば、俺が反撃する機会も得やすくなる。

 もう少し追い込むか。


「もう一度聞くぞ。なぜこんなことをする?

 答えに窮するようなら、なおさら俺に迫る必要は――」

「う、うるさい! うるさいうるさい、黙るのじゃッ!」


 黙れと言われても。

 思考を停止するどころか、放棄しやがった。

 その辺りを責めて、無責任さを追及してくれようか。

 いざ皮肉の一つを言おうとした瞬間、アレクが遮るようにして言った。

 

「こ、細かい理由とかはどうでもよい……じゃが、我輩は嫌なのじゃ」

「なにがだよ」


 アレクがここまで感情的になるのも珍しい。

 何だかんだで、いつも冷静に他人を見下しているのに。

 俺に対しては、ずいぶんと感情をむき出しにしてくるな。

 いつも溜め込んでる物を、ここぞとばかりにぶちまけているのかもしれん。


「……我輩を差し置いて、イザベルが汝に親愛の体液を擦りつけたじゃろう」

「そうだけど。あの時、まだ俺とアレクは会ってなかっただろ?」

「ぐむむ……確かに、仕方ないといえば仕方ない。

 しかしあの娘に遅れを取るのは嫌じゃ。

 他人に先手を譲るのは、何より忌避することなのじゃ。

 誰がなんと言おうと、我輩が許さぬ――!」


 俺が許すから勘弁してくれないかな。

 おかしいと思ってたんだよ。

 何でそこまで意固地になるのかってな。 


 どうやら、イザベルへの対抗意識が火を点けてたみたいだな。

 下らんことで人を巻き込みおって。

 彼女は一つ咳払いをすると、意を決したように訊いてくる。


「じゃから……我輩を助けると思ってじゃな」


 頬を羞恥に染めて、しどろもどろに頼み込んできた。

 今まで見たことがない表情に、思わず理性が揺らいでしまう。

 だが、しかし。

 それ以上の疑念が湧いてきて、俺は首を縦に振ることができない。


 本当にそれでいいのか、と。

 よく考えてみろ。

 俺は今、ここへ何をしに来てるんだ。


 エルフの峡谷という辺鄙な地。

 そんな場所へ、何日もかけて、命を賭してたどり着いて。

 俺のすべきことは、欲望に負けることなのか?

 違うだろう。全くもって大外れだ。


 ……なあ、アレク。

 正直俺も、平時ならこのまま理性を埋没させていたと思う。

 お前は掛け値なしに可愛いし、それ以上に精神的な拠り所でもある。

 大切な師匠の一人であり、俺を学院まで導いてくれた恩人でもある。


 だからこそ、こんな欲に任せたやり方は間違ってる。

 少し冷静になれ。

 下らない独占欲なんかで、好きでもない奴を襲おうとするな。

 残念だが、現時点でお前の意志には添えない。


 せめて俺が、お前と肩を並べるようになってから言ってくれ。

 その時には、また違った答えを返せるかもしれない。


 ――と、まあ。

 なぜ柄でもないことを、大まじめに思考しているかというと。

 これにはちゃんとワケがある。


 今から俺がすることは、正当な理由があるのであって。

 危機から脱するためには、このやり方はやむをえないわけであって。

 決して道徳的に責められるものではない。

 という、自分を納得させるための予防線である。


 さて、良い感じに覚悟はできた。

 反撃といこうか。

 俺を困らせてくれた罰だ。


「いきなり話が変わるんだが、ちょっといいか」

「……ん、なんじゃ?」

「実は俺、あんまり胸という部位に魅力を感じないんだ」

「なんじゃ、性癖の話か?」


 力を緩めず、アレクが怪訝な顔で見下ろしてきた。

 食いついてきたな。

 胸にコンプレックスでもあるのか?

 安心しろ。大小の優劣を語る気は毛頭ない。


「胸は大きい方がいいー、とか。小さいほうがいいー、とか。

 俺にとっては児戯にも等しい争いであってな。正直、論戦している姿を見ていて辟易する」

「ほう、では汝は女性の身体に興味がないと?」

「いやいや、俺は人一倍欲があると自負してるよ」


 ……よし、まだ俺の魔力に気づいてない。

 これなら内心の詠唱でも発動できる。

 今だ、詠唱開始――。


(我が体内に巣食う不屈の底力よ。背水の魔力にて湧き上がれ――『ガードハンマー』ッ!)


 身体に力が満ちていく。

 メテオブレイカーほどの力が出るわけではない。

 しかし、全身の力を一定量強化するエンチャント魔法である。

 学院から出る前に、こっそり習得しておいたのだ。


「だけど、俺が好きな部位は恐らく他の人間と一線を画するんだ」


 全身に力を加える。

 地面に半身を叩きつけ、反動で一気にアレクを押し上げた。

 即座に押さえつけようとしてくるが、今の俺は強化された状態にある。

 瞬発的な力では負けない。

 腕を拘束から外し、思い切り高く掲げる。


「――なぜなら」


 時は来た。

 紳士に歯向かった愚か者に、制裁を加えてくれよう。

 俺は誰も見ていないことを祈り、アレクのとある部位に手を添えた。


 そして、思い切り揉みしだく。



「俺は尻が好きな変態だからだぁあああああああああああ!」

「ひ、ひにゃぁああああああああああああああ!」



 今ここに、命を賭けた決死の反撃が始まった。

 

 

 

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