第二話 補給と採集
「……うぉ、っうぇぷ」
牛車出発から既に数時間。
俺は吐くまいと我慢していたが、ついに限界がやってきていた。
不快感なぞ、貧打の野球チームの如く簡単に抑えられると踏んでいたのに。
甘かった。
奴らメジャーリーガー級のパンチ力だよ。
ちょっと油断したらピッチャー返しで担架送りにしようとしてくる。
ダメだ。この内臓を蝕む気持ち悪さは、何度経験しても慣れない。
荒れ果てた平野を通過中なので、ガッタンガッタンと揺れる。
俺はひょっとしたら、とんでもないものに乗ってしまったのかもしれない。
「か、ハッ、うぇッ、ぁぐ……」
「また汝は酔っておるのか。軟弱な輩じゃの」
「レジス、大丈夫? 少し寝ていたほうがいいよ。顔色が悪いから……」
イザベルが心配したように顔を覗きこんでくる。
甘い匂いが喉奥の酸の匂いを打ち消してくれた。
非常に心強いのだが、その位置にいると被弾するぞ。
「なあアレク。これ止まれないのか? ちょっと吐くだけ吐いて来たいんだが……」
「無理じゃな。暴れ狂牛は一度指定した場所まで止まらず走り回る。
絶対的強者の制止すら振り切る疾走狂。それが暴れ狂牛の名前の所以じゃよ」
ほぉ、さすがは年の功。ニートの功より役に立つな。
アレクは知識を披露できたことが嬉しいみたいだ。
俺のねぎらいの言葉を待つように首を伸ばしてきた。
だが、今のお前にしてやれるのは吐瀉物をぶちまけることくらいだ。
間違いなく殺されるから内部に留めてるけどな。
「博引旁証ご苦労さま。
だけど、何の解決にもなってないってことだよな、それ……」
「まあ、中継地点をいくつか設けてある。あと少し粘るのじゃ」
アレクが素直に励ましてくる。
珍しく優しいな。いや、吐かれたら困るだけか。
とはいえ、中継地点があるというのは朗報。
問題は、そこにたどり着くまでに要する時間である。
「あとってどれくらいだ?」
「まあ、軽く半日?」
「それのどこが軽くなんだよ……」
怒鳴る気力もないので、弱々しく返答する。
胃の中で何か重いものが暴れ回る錯覚。
あぁ、これは吐く前兆だ。そろそろ窓を開けておくとしよう。
そう思った瞬間、アレクが俺の額に指を当てた。
「めんどくさいのぉ。要するに、継続的に治癒魔法を掛けておればいいんじゃろう?」
「いや……それはさすがに極論すぎるだろ」
「極論で十分。十分であってこその極論じゃ。それでは行くぞ。
傷持つ者に永久の祝福を与えよ。我が魔素は万物を癒さん――『スロゥ・ヒール』」
アレクの優しい魔力が溢れこんでくる。
絡まった思考がゆっくりと解けていく。
すぐに不快感が弱まっていき、吐き気も収まってしまった。
なんという即効性だ。
「……あ、ありがとう」
「下らんことに魔力を使わせおって。まあ良い。
魔法の効果で、数日は常に回復力が勝る。これで気分が悪くなったりはせんじゃろう」
「素直に礼を言いたいが……アレクが大変じゃないか?」
俺がためらうように言うと、アレクが首を傾げた。
説明を求めるように顔を近づけてくる。
「む? どういう意味じゃ」
「いや、治癒魔法って魔力消費が大きいって聞くし。それを数日間も続けるなんて……」
「阿呆。我輩を誰じゃと思っておる。
汝は我輩が魔力切れを簡単に起こす貧弱魔法師じゃとでも言いたいのか?」
別に、そんなことを言うつもりはないって。
まあ、たしかに愚問だったな。
常に認識を狂わせる魔法を使いつつ、戦闘を平気でこなす奴なのだ。
今はその魔法もオフにしてるみたいだし、魔力に余裕があるのだろう。
俺が肩をすくめると、アレクはボソリとつぶやいた。
「じゃが、心配されるのも悪くないものじゃな……」
暴れ狂牛は更にスピードを上げ続ける。
少し長い旅になりそうだから、多めに寝ておくか。
俺は壁に寄りかかると、静かに眠りについたのだった。
◆◆◆
目を覚ますと、ちょうど中継地点に着いた所だった。
ここは泉の近くにある森林地帯の入口。
しばらく暴れ狂牛を休ませつつ、俺達は飯の段取りをすることにした。
牛車の中で顔を突き合わせて、鬱屈とした食事会か……。
皮肉げに茶化そうとした矢先に、事件が起きた。
「おいおい、ロクに飯を用意してないのかよ……」
目の前にはゴミのようなゴミ……もとい、ゴミのようなパンの山があった。
これが食料だとアレクは言いたいらしい。
彼女が出発前に、
「あ、旅の分の飯は我輩が用意しておるから、買い溜めんでいいぞ!」
と言っていたので、俺はその言葉を鵜呑みにしてしまっていた。
思えば考慮すべきだったのだ。
こいつの味覚が、すごい勢いで狂ってるということに。
俺が辟易していると、イザベルが腕で嗅覚を遮断しながら訊いた。
「で、アレクサンディア。これは何の物体なのかな? 魔獣の餌に見えるんだけど」
蜂蜜たっぷりの二倍巻きトースト。
地雷商品としてガイド本にも紹介される、王都の名産品だ。
ネタとして、土産物を扱う雑貨店で買っていく旅人も多いのだとか。
そういえばこいつ、この食べ物が大好きだったな。
味を占めたのか知らんが、大量に買い込んでやがったのだ。
「何を言っておるのじゃ。
我輩が人に物を恵んでやるなど、天地が反転するより珍しいのじゃぞ」
「そんなことを誇らしげな顔で言わないでよ……」
イザベルが諦めたようにため息を吐く。
こいつに食事の調達を任せた俺達が間違っていた。
今度からは俺が担当しするしよう。
「ふん、小娘にこの味の良さは分からぬのじゃ。
なあレジスよ、汝ならば分かることじゃろう。特別に3つくらい食べることを許すぞ」
「安心しろアレク。お前の食料は恐らく一ヶ月は尽きない。
俺とイザベルは飢餓で極限の状態になると思うがな」
いくら腹が減ってても、それだけは食いたくない。
凶悪な害虫も、一口でコロリ。
そんなキャッチコピーが付けられそうな風格を持ってるもん。
まともな味覚の持ち主が好むものではないと言い切れる。
「なんじゃ、我儘な奴らじゃの。後で欲しいといってもやらぬからの」
そう言って、アレクは一人でパンの山を崩しにかかった。
完全に俺たちの食糧事情は無視である。
まったく、こっちはどうやって空腹を凌げばいいんだ。
真剣に苦慮していると、イザベルが懐から何かを取り出した。
「あ、量は少ないけど。こんなのもあるよ」
それは乾パンのようなもの。
穀物を砕き乾燥させて、ビスケット状にしているのだろう。
その甘さ控えめっぽいところが心にぐっとくる。
質素な菓子がこれほど輝いて見えるとはな。
礼を言いつつ、イザベルから受け取る。
「ああ、もらうよ。ありがとう」
「ほぉ、それはエルフの保存食じゃな」
「保存食?」
「うむ。エルフの好む味が良く凝縮されておる。
我輩も原料の穀物が近場にある時は、よく作ったものじゃ」
なるほど、エルフにとっての郷土料理みたいなものか。
味に定評があるなら期待していいだろう。
安心して口の中に放り込む。
噛む。味が広がる。
ふむ、この味を例えたらどうなるだろうか。
そうだな、魔女が壺の中でかき混ぜている、半流動で緑色の謎の液体――
「おぼろろろろろ……」
俺は光の早さで吐き出した。
なんだこれ。なんだこれ。上手く説明できない。
舌がのたうちまわって絶叫を上げる。
パサパサで、口中の水分を持っていく生地。
毒にも薬にもならない様な、恐ろしく後を引く苦味。
喉が嚥下を受け付けない。
「あ、口に合わなかった?」
「ああ、イザベルよ。知らんようじゃから教えてやるが。
エルフの保存食は人間の味覚からしたら地獄じゃぞ」
おお、この味をなんと表現すればいいのかと思っていたが。
まさに地獄だよ。口の中で閻魔大王がタップダンスを踊ってる。
あの世で受ける全ての苦難が、舌の上で凝縮されたかのようだ。
アレクの説明を受けて、イザベルが泣きそうな顔になる。
「そ、そうだったのか。と言うより、何でもっと早く言ってくれないんだ!
知ってたら、私も対処くらいしたのに……」
「なに、傍観する分には面白いと思ってな」
「――こ、こんの性悪女めがぁああああああああ!」
ヨロヨロと立ち上がりながら、俺はアレクに罵声を飛ばす。
知ってたんなら教えろというに。
イザベルは慌てふためきながら、俺を心配そうに見てくる。
「ご、ごめんねレジス。知らなかった……まさか、そんなに苦しむなんて……」
「いや、イザベルは悪くないって」
そう、悪がいるとすれば、それはただ一人。
人が空腹に苦しんでいることを笑い、呑気に自分にしか喰えない物を貪る鬼畜幼女だけだ。
いつかその腐った性根に喝を入れてやりたい。
「それにしても、さすがに腹が減るな……」
「私も、ちょっと保存食一つじゃ足りないかな。もっと作っておけばよかった」
俺とイザベルが腹の辺りを擦る。
さすがにこのまま出発するのはマズいな。
そう思っていると、アレクが指を立てて提案してきた。
「ならば、森の中で食べられるものを集めて来てはどうじゃ?」
「はぁ? 今からかよ」
「そうじゃ。それとも、空腹のまま峡谷に向かいたいとでも?
まあ、それなら我輩は止めぬのじゃ。
しかし、次の中継地点まではかなり時間を要するぞ?」
意地悪げに微笑んでくるアレク。
全ての元凶がなに得意げなポーズで立ってるんだ。
頬を緩ませてパンを喰らうのをやめろ。
「くそ、探してくればいいんだろ」
「うむ、ついでにこれを頼むのじゃ」
そう言って、アレクは牛車の奥から何かを取り出した。
検分して見るに、埃をかぶったバケツである。
それを俺に投げて受け取らせた。
「……これは?」
「桶じゃ」
「見りゃ分かる。どうすればいいんだ。とりあえずお前の顔に被せればいいのか」
「阿呆、水を汲んで来るのじゃ。暴れ狂牛用の水をな」
「ああ、そういうことか」
よく見れば、暴れ狂牛も少し疲れているようだ。
魔獣とはいえ、元々は動物であり生物。
水分がなくては満足に走れないだろう。
仕方ない、素直に行ってくるとするか。
ちなみに余談だが、水魔法で生じた水は、飲用水にはできない。
高濃度の魔素が入っていて、身体に毒な場合もあるのだ。
なので、魔力と引き換えに飲料水を得ることは不可能なのである。
「私もついていくよ。ついでにその辺りで何か食べようかな」
「そうだな。同行頼むよ」
「我輩はこの牛が逃げぬよう見張っておくのじゃ。
野盗は出んじゃろうが魔獣は出る。気をつけるのじゃぞ」
というわけで。
イザベルが俺に同行して、アレクが待機することに決まった。
面倒臭いが、空腹には勝てん。
俺達が森へ足を運ぶ中、アレクは幸せそうにパンを頬張っていた。
てめぇこの野郎。
◆◆◆
鬱蒼と樹林が茂った森の中。
イザベルは俺の隣を歩いている。
この辺りは山菜もあまり生えていない。
もう少し奥に行かないとダメか。
沈黙のまま歩くのも何なので、イザベルに話題を振る。
「そういえば、イザベル。
アレクがエルフの峡谷で出入り禁止を喰らってるのって、大神殿の柱を粉砕したからだっけ?」
唐突に話を振ったので、イザベルが首を傾げる。
いきなり聞かれても困るかな。
そう思ったのだが、彼女も頭の回転が速い。
すぐに話を整理して教えてくれた。
「うーん、それもあるんだけど。
実は、アレクサンディア本人も、500年前はエルフに愛想を尽かしていたんだ」
「そりゃまた何で」
「自分の両親が邪神の手先に殺されるのを、誰も助けようとしなかったからじゃないかな」
ピタリ、と俺の足が止まった。
聞き捨てならない事件だな。
王国でアレクの文献を漁っても、具体的な過去は殆ど書かれてない。
唯一詳しく書いてあるのが、アレク本人による伝記だ。
しかし、そこにはイザベルが言ったようなことは、全く触れられてなかった。
「それ、もう少し詳しく聞いてもいいか?」
「いいけど、私もそんなに知らないよ?
当時のことを直に知ってる人は皆死んじゃったし。
知ってるのは、アレクサンディアが今の姿よりもさらに幼い頃、
邪神が配下を従えて大陸に襲来して、打って出た両親が殺されたってことくらいかな。
彼女の両親は、他のエルフに見捨てられて死んじゃったらしいよ」
なるほど。
アレクがエルフの峡谷を出て行ったのは500年くらい昔。
そして、エルフの寿命は長くて300歳強。
当時の連中は、軽くお陀仏してるだろうな。
「どうして他のエルフは、アレクの両親を助けようとしなかったんだ?」
「両親が人間に親しい一派だったから……って聞いてるけどね。
当時はまだ今ほどの他種族差別はなかったけど、関係は険悪だったからね。
人間を助けようとしたエルフに手を貸す義理はない、って当時の人は思ったのかも知れない」
「……残酷な話だな」
そして、今のエルフと人間の関係はお察しだ。
片方はエルフを奴隷としか思わず、片方は人間を下等な生物としか見なさない。
どうしてこうなったと嘆きたいよ本当に。
「でも、話はそれだけじゃないみたいだけどね」
「ん、どういう意味だ?」
「その事件の後、アレクサンディアはエルフの規律を破って峡谷を出て行ったんだけど。
その時、人間を殺しかねないほどに憎んでたらしいんだ」
「……今のアレクからは、想像がつかないな」
正直、にわかには信じがたい。
アレクが人間を憎んでいた、と言われてもな。
人間と距離が近すぎて、同族から忌み嫌われるレベルなんだぞ。
そんなアレクが、昔は人間を憎悪していただなんて。
悪い冗談のように思える。
アレクの過去。
そして闇。
いつもの傲慢な彼女からは、とても考えられないことである。
だが、逆に考えたらどうだ。
辛いことを抑圧するために、あえて尊大に振舞っているということはないのか。
大陸の四賢は、何かしら苦しい過去を背負っていると聞いた。
残念ながら王国には、アレクの過去に突っ込んだ伝記がない。
それはつまり、本人が知られたくないから抹消しただけなのではないか。
まあ、考え過ぎかもしれん。
少し頭を落ち着けるか。
「本人が語りたがらないし、これ以上は推測の域を出ないからね。この話は終わりにしよう」
「ああ、そうだな」
話している間に、かなり歩いていたようだ。
数分の後、俺達は森の奥地にたどり着いた。
木に囲まれて凹んでいる辺りに、小さな泉を見つける。
「これが泉か。比較的綺麗だな」
「あまり人の手が入らない場所だからね」
ふむ、まあ綺麗に越したことはない。
俺はバケツいっぱいに水を汲んだ。これだけあれば十分だろう。
水の確保を終える。
「それじゃあ、次は何か食べるものを探そうか」
「そうだな。俺はあんまり山菜とか分からないから、判定はイザベルに任せるよ。
毒草とか摘んじゃったら警告してくれ」
俺の山に関しての知識はほぼゼロと言って良い。
かつてワライタケを喰いかけたことがあるからな。
毒関連の植物は本当にタチが悪い。人類の敵だよ本当。
ベニテングダケ先生とか本当に半端ない。
山を知らぬ愚者を抹殺する暗殺者だよ、毒キノコは。
十分に気を引き締めないといけない。
「了解。私の山菜知識は中々のものだよ。
もっとも、ケプト霊峰やエルフの里付近に生えてる植物限定なんだけどね」
「十分だ。繁茂してる種類は大して変わらないだろ」
一つ頷いて、俺達は山菜が多く育生している辺りを探索した。
普通に樹の幹付近を探しただけで、いっぱい食えそうな植物が生えている。
試しに美味そうなキノコを一本引き抜き、イザベルに鑑定を頼んだ。
「あー、これは毒だね」
「本当かよ」
「うん。食べたら全身が紫色になって死ぬと言われてるね」
「思ってた三倍怖い毒性だな。危ない所だ」
何だよ、身体が紫色って。
明らかに一級品の毒物じゃないか。
こんなのが普通に生えてるってのが恐ろしい。
しばらく探索していると、またしても良さげなキノコを見つけた。
毒の気配はない。これは間違いなく食えるだろう。
俺はイザベルに確認した。
「これは?」
「あ、それは大丈夫のはずだよ。
この辺りの植物は見たこと無いのばかりだけど。
エルフの里に生えてる『ゴルギアスダケ』っていう食用キノコに似てるね。
多分近縁種じゃないかな」
「なら大丈夫か。2,3個拾っとこう」
どうやらコロニー地帯だったようで、何本か一箇所に生えている。
とりあえず、大きいのを選別して採集しておく。
その時、イザベルがピクリと耳を動かした。
「レジス、後ろから何か来てる」
「なんだと」
「魔獣かな、匂いからして」
そう言って、彼女は俺を後ろに下がらせた。
茂みの奥を警戒する。
すると、木の間から一体の魔獣が姿を表した。
「――ヴォァァァアアア……」
2メートル近い体格。
口から大きく付き出した牙。
赤茶けた灰色の体表が、呼吸する度に大きく振動している。
イザベルは魔獣を観察しながら刀を抜いた。
「……なんだろ。魔獣なのは間違いないんだけど」
「ヘル・ボーアだな。雑食の猪が変異した魔獣だ」
前に書物で見たことがある。
文献のものより少し体格は小さいが、特徴が一致しているな。
まず間違いないだろう。
「味はどうなのかな?」
「魔猪より肉が柔らかいから、貴族には人気だった気がする」
「じゃあ、決まりだね」
そう言うと、イザベルは軽装の中に手を突っ込んだ。
そして中から刀を取り出して抜刀。
一気に猪へと突っ込んだ。
ヘル・ボーアが突進体勢を取る前に、一気に距離を詰めてしまう。
「――ヴォアァアアアア!」
猪はイザベルに向かって頭突きをしようとする。
強烈な一撃だ。
しかし、イザベルからしてみれば遅すぎる。
彼女はイノシシの反応速度よりも早く、振り下ろすように剣を突き入れた。
一気に頭蓋を打ち砕き、そのまま絶命させる。
一撃だった。
「早いな、瞬殺かよ」
「どれだけ大きくても弱点はあるからね。隙も大きいし」
さすがは素早さ特化の剣技と体術だな。
立ち回りで言えば、アレクよりも速いんじゃないだろうか。
アレクの本気を見たことがないので、なんとも言えないけど。
「でも、まだまだ私も未熟だよ。
前に一回、弱点を狙うのをためらって、痛手を負っちゃったからね」
「ああ、アレか」
ジークが雇っていたドワーフが、イザベルに痛撃を浴びせていたな。
地の利から言って、苦戦は避けられなかっただろうから、気に病むことはないと思うんだけど。
エルフはむしろ、こういう山の中とかで本領を発揮するんだから。
「まあでも。それ以来、迷わず致死性の攻撃を繰り出せるようになったよ」
「今のを見たら分かるよ」
一撃必殺で仕留めたもんな。
あの規模の魔獣は一般魔法師からしたら、かなり手強い部類なんだけど。
イザベルからしてみれば雑魚同然のようだ。
彼女はあちこちから薪を拾ってくる。
火起こしの準備を整えてから、猪の肉を切り分けていた。
「さて、それじゃあその辺りで焼こうか。生肉は身体に毒だからね」
「ああ、やっと飯にありつけるよ」
俺が火魔法で着火し、採集物と肉を焼いていく。
火が通った所で、さっそく食事開始。
まずはキノコを咀嚼する。
味は素朴であるが、食感は引き締まっており、噛むほどに旨味が舌に浸透していく。
「美味いな、これ」
「そうだね。私の知ってるものより味が良くて驚いたよ」
アレクもこの味には唸らざるを得まい。
どれ、一本持ち帰って後で喰わせてやろう。
俺なりの心遣いだ。
猪の肉も、そこそこ美味かった。
香辛料があれば更に良かったけど。
ひと通り食べ終えると、体力が溢れんばかりにみなぎってきた。
「いやー、幸せな一食だった。乾パンか激甘パンかを迫られていた先刻が嘘のようだ」
「じゃあ、そろそろ戻ろうか」
「そうだな。あんまり遅くなるとアレクがうるさいだろうし」
待ちぼうけを食らわせてやるのも一興だろうけど。
八つ裂きにされては敵わん。
バケツの水で火を消し、材料を片付けた。
すると、何かに気づいたようで、イザベルが慌てて俺に声をかけてきた。
「だ、ダメだよレジス!」
「えっ」
「その桶の水は、暴れ狂牛用の……」
「あ――」
何をしてるんだ俺は。
これでは何のために水を汲んできたのか分からん。
うっかりしてたとは言え、実に恥ずかしい。
「急いで汲んでくる」
バケツを引っ掴んで急いで汲みに行く。
その途中、蛇型魔獣と遭遇したり、足を滑らせて坂を転がり落ちたりと。
なかなかの七難八苦を経験した。
まさか生傷だらけの半泣き状態で、イザベルの元に戻ることになるとは思わなんだ。
アレクに要求されたものを全て揃え、俺達は牛車に帰還したのだった。
もう二度と水は汲まねえ。