第一話 目指すは峡谷
王都を出て、俺達は広い平野部で佇んでいた。
一歩外に出てしまえば、人通りは急に少なくなる。
これで、他人の干渉は少なくなった。
しかし同時に、このいさかいを止めてくれる人が消えたことになる。
勘弁してくれよ、どれだけ俺の手を煩わせるつもりだ。
そう。アレクとイザベルは、相変わらず仲が悪かった。
素晴らしきかな種族愛、なんて言葉を一蹴するかのような険悪さだ。
王都からここまで来るまでの間、ずっと毒の混じった言葉の応酬をしていた。
しかし、両者ともに飽きたのか、現在は無言の沈黙が流れている。
張り詰めた雰囲気が漂っていて、非常に居心地が悪い。
お前ら、俺の胃を突貫工事するつもりか。
見事貫通させてもボーナスは出さんぞ。
少し歩いた後、アレクが周りを見渡した。
人がいないことを確認して、ピーッと指笛を吹く。
魔力で声を強化しているみたいで、かなり鼓膜に響く。
あまりの音に、隣でイザベルがうずくまっていた。
「う……う、うるさい」
涙目で耳を抑えている。
やっぱり、エルフの五感は鋭敏すぎるんだな。
しかし、爆心地であるアレクは苦しんではいない。
多少の騒音には慣れ切っているのだろう。
「さて、必要な手紙を全部送ってやるのじゃ。確か、2つ出すものがあったじゃろう」
「ああ、1つは学院への申請書。もう1つは家への経過報告の手紙だ」
「うむ、確かに受け取ったのじゃ」
アレクは俺の手紙を受け取り、魔力を注いで強度を上げていた。
どうやら、相当荒っぽい配達をするみたいだな。
家につく頃にボロい紙切れになってたら許さんぞ。
アレクは先ほどの騒音被害を受けたイザベルに声をかける。
「で、イザベルは何をうずくまっておるのじゃ? 我輩への土下座はいらんぞ」
「だ、誰が頭なんて下げるか!
耳が聴こえない年寄りは、もう少し若い人に気を使って欲しいんだけど」
イザベルが反撃すると、アレクが少し眉を吊り上げた。
口のあたりをヒクヒクと痙攣させている。
どうやら、経験値が高いことを皮肉られるのはあまり好きではないようだ。
威厳を保とうと腕を組んでいるが、明らかに内心穏やかではないだろう。
「口の利き方に気をつけるのじゃ。
確かに汝はエルフとしての素養は比較的高いようじゃが。
エルフの頂点が誰かくらい、分かっておるじゃろう?」
「エルフの老齢番付の頂点というわけだね。
分かった、私としてもあなたが一番であることを認めるよ。
――頭の中が化石状態の英雄さん?」
アレクが沸点ギリギリまで震えている。
いかん、それ以上刺激したらダメだ。
腐海に手を出してはならん。火の7日間が勃発してしまう。
ここはやはり、俺が仲裁に入るしかないか。
「二人共、くだらない事で喧嘩するなよ。先が思いやられるぞ。
旅で同行する仲なんだから、協調性を意識してくれ」
「レジスは黙ってて!」
「黙るのじゃレジス!」
「誰がそんな所で協調性を出せと言った」
綺麗に揃ったな今。
コンマレベルの世界で同時だった。
痒いところに手が届かないくせに、痒くもないところを爪で掻きむしってどうする。
辟易していると、地面に大きな影が現れた。
どうやら、アレクが口笛で呼んだ怪鳥が来たらしい。
彼女は降りてきた鳥の頭を撫でると、手紙を胸に掛けられたポーチに突っ込んだ。
やっぱり、配達を魔物にやらせてたんだな。
「さて、これで手紙の懸念は解決。
ふふん、これは我輩でしかできぬことじゃぞ。何か言うことがあるじゃろう、レジス」
「ああ、ありがとう。助かった」
「よろしい。しかし、なんじゃな。
汝に礼を言われると、胸の奥が温かくなるのじゃ。不思議不思議」
ほほぉ、俺の謝辞はカイロの効果があるわけだな。
夏場に礼を言いまくったら、蒸し焼きになってくれないものか。
アレクは胸に手を当てて微笑んでいる。
同時に、皮肉げな視線をイザベルへと向けた。
「なに、エルフなら簡単なことじゃよ。
と言うより、魔物を飼い慣らすこともできぬエルフが、役に立つのじゃろうかなー?」
毒の入った言葉だ。
明らかにイザベルへのあてつけである。
だから、何でお前は一々火種を付けようとするんだ。
イザベルもカチンと来たらしく、烈火のごとくアレクに言い返した。
「知能の低い魔物と親交を温めるのは、エルフの規律に反してるんだけどね。
頭の中が古代の産物だから、忘れちゃったかな」
「存ぜぬと思ったか? エルフの戒律で、魔物との友好的接触は禁止されておる。
そのくらい、幼き頃より分かっておるのじゃ」
エルフの戒律か。どんなのがあるんだろ。
寿命の長さを利用した年金不正受給の禁止とかか。
もしエルフだったら色々と国から免税を受けられそうだな。
烈火のような差別が待っているから笑えないけども。
それ以前に、王国に年金制度なんてハイカラなものはないしな。
アレクは嘲るようにイザベルを見据える。
どうやら、イザベルも彼女相手だと分が悪いようだ。
明らかに手玉に取られている。
トドメとばかりに、アレクは拒否の意を示した。
「じゃが、そんなものを守ってやる義理はない。
なぜ下らん規則などで、友好関係を阻害されなければならんのじゃ。
それに――そんな硬いことを言うのじゃったら、イザベルよ。
人間であるレジスと親しくしておる時点で、汝も規律を破っておることになるぞ?」
「……なっ、いや、それは――」
急な切り返しに、イザベルが困ったような顔をする。
基本的にエルフは、人間と関わっちゃいけないみたいだからな。
恐らく、それも戒律の中に明示されているのだろう。
破戒僧みたいなアレクならともかく、イザベルはれっきとしたエルフ界の住人なのだ。
確かに、自尊意識の強いエルフが見たら、文句を言われるだろう。
アレクは彼女の動揺を見て、意地の悪い笑みを浮かべた。
「傍系とはいえ、歴代族長の血筋を受け継ぐ高貴な姫様じゃからのー。
そんなエルフ様が、人間と親しくしているのを見たら、峡谷の者はどう思うじゃろうな?」
「そ、その点に関しては事前に説明してあるから大丈夫!
族長である爺様にも話は通してあるし、レジスが入る分には問題ないよ」
おお、よかった。既に話はついてるのか。
峡谷に入るために試練でも課されたらどうしようかと。
そんなのがあったら、全力で無視して侵入する所存だったけども。
「さて、下らん会話をしておる暇はない。さっさと行くのじゃ」
「そうだね。私が近道を選んでいくから、一ヶ月弱もあれば着くかな」
「……え、一ヶ月弱?」
思わず突っ込んでしまった。
どんだけ時間がかかるんだ。
この位置からそれだけの日数を消化しないといけないのか。
まさか、帝国の中に峡谷があるんじゃないだろうな。
「ちょっと待て。一体エルフの峡谷はどこにあるんだ」
「――ケプト霊峰、という場所を知っておるじゃろう?」
「……まさか、王国とドラグーンキャンプの境にあるアレか?」
この王国の地理は、比較的簡単である。
帝国と大河を挟んで君臨しており、東には踏破不可能なケプト霊峰が位置している。
その大山を超えた先には、ドラグーン種族の本拠である『ドラグーンキャンプ』があるのだ。
人間の世界とドラグーンの世界の中間である。
もっとも、霊峰によって完全に隔絶されているので、両種族の間に交流はない。
ドラグーンキャンプには港も開かれていないし。
移動時間をかなり食うことだろう。
一回帰還するのも考えの一つにはあったのだけれど。
やっぱり、直行を選んで正解だったみたいだな。
「その通り。人間が足を踏み入れぬ秘境じゃ。
北部には排他性の強いドワーフ鉱山も隣しておるしの。まず人間の干渉は受けぬ」
「まあ、ドワーフ達もすぐ南にエルフの聖地が隠れてるなんて思ってないだろうけどね」
イザベルが頬を掻きながら苦笑する。
その言い回しから判断するに、ドワーフにも峡谷の位置は割れてないみたいだな。
尋常でなく精巧な隠蔽が行われているのだろう。
「隠れてる、か。前々から気になってたんだが、どうやって峡谷の存在を秘匿してるんだ?」
「えっと、それは――」
「エルフ特有の匂いを感知し、匂いのしない侵入者を迷わせる障壁が張ってあるのじゃ。
たとえエルフを脅して先導させようとも、匂いを付けていなければ弾かれる」
イザベルが言うより早く、アレク食い気味に説明をしてくる。
それを見て、イザベルが引きつった表情になった。
なんだ……? なにか二人の間で隠してることでもあるのか。
アレクが解説してくれそうなので、ひとまずそっちを頼るとする。
「なるほどな。でも、脅すことを考え始めたら際限ないと思うんだが。
エルフの匂いを脅して付けさせれば、悪党が入ってこれちゃうんじゃないか?」
考えたくはないが、外にいるエルフを尋問した時にエルフの峡谷の位置が割れたとして。
捕縛したエルフから匂いを採取して使用すれば、誰だって不法侵入が可能になる。
そう思ったのだが、アレクはすぐに首を横に振った。
「無理じゃな。エルフの匂いを他人に擦り付ける場合、『親愛の体液』を必要とするからの」
「親愛の体液? なんだそりゃ」
聞きなれない言葉だ。
首を傾げていると、俺とアレクの間に影が割り込んできた。
「あ、アレクサンディア! それ以上の説明は不要だと思う」
急にイザベルがうろたえ始めた。
頬を真っ赤にして、慌てたようにしてアレクの言葉を遮っている。
しかし、アレクはそんな彼女を無視して、残酷に微笑んだ。
そして、流れるように説明を続ける。
「エルフは親愛の伴った性的興奮を覚えると、体液に強い魔力が篭るのじゃ。
それを塗りつけることで、エルフの匂いを人間が発生させることが出来る。
故に、脅して匂いを擦り付けるのは不可能というわけじゃな」
「なるほど……つまり」
俺は7歳の時、イザベルに耳を噛まれたけど。
あれがエルフの峡谷に立ち入る許可証みたいなものだったのか。
なるほど、性的興奮ね。
これはこれは、とんでもない裏話を隠してくれていたわけだ。
ふと右隣を見てみると、イザベルが頭を抱えて悶絶していた。
俺と目が合い、頬を更に紅潮させる。
苦し紛れに、彼女は怒涛の勢いでアレクに詰め寄った。
「うわぁああああああ! 何で言っちゃうんだよ! 隠してたのに!」
「そうじゃな、普通は隠すと思うぞ。
自分よりはるかに幼い人間に親愛の体液を塗りつけるとか、正直引くのじゃ」
「あなたにだけは言われたくない!」
イザベルがアレクの肩を揺さぶっていた。
やかましい喧嘩が再び始まったが、俺は無視することにする。
しばらくするとイザベルの熱も冷めてきたようで、彼女は静かに息を吐いた。
そして、顔を沈ませながらボソっとつぶやいてくる。
「そ……そういうことだから。隠しててごめん」
そう言って、イザベルは顔を合わせずにうつむいてしまった。
一層可愛い表情だが、本人からしたら辛いんだろうな。
俺としてはフォローを入れてあげたいのだが。
今はそっとしておいたほうがいいかも知れん。
さっきのは聞かなかったことにして、さっさと出発するか。
「それじゃあアレク。峡谷に行こうか。道はこっちでいいよな?」
王国の東につながる道を指さした。目的地はケプト霊峰。
不眠不休で突き進んだとしても、かなり時間を喰うはずだ。
旅の予定を立てようとしていると、アレクが思い出したように声を上げた。
「そうじゃ、さっきイザベルが一ヶ月弱かかるといったがの。
それは歩いた場合の話じゃ。我輩の手にかかれば、数日の内に到着する」
「……それは本当か?」
「本当も本当じゃ。我輩が嘘を言うと思うか?」
私、思います!
と即答してやりたかったが、何とか言葉を飲み込む。
何かしらの策を用意しているのだろう。
しかし、それだけの時間を短縮するとなると……。
「まさか、転移魔法か?」
「ハズレじゃ。我輩は帝国出身ではないぞ。
前に習得方法を探ってみたことはあるが、守りが堅くて分からんかったのじゃ」
そうか。アレクの力を持ってしても、わからないことはあるのか。
まあ、当然だな。彼女とて全知全能ではない。
帝国出身じゃないと覚えられない魔法っていうのも難儀なものだ。
同じようなのが、王国にもあるけどな。修復魔法とか。
「じゃあ何だよ。さっきの鳥に乗って大空を羽ばたくか?」
「3人も乗せたら潰れてしまうじゃろう。
まあ、正解はこれから見せる。しばらく待っておくのじゃ」
そう言って、アレクは魔力を集中させ始めた。
指を口に突っ込み、指笛のような形を取る。
それを見て、俺は耳をふさぐ。
今度ばかりはイザベルも気づいたらしく、慌てて鼓膜を守っていた。
かくして、アレクの馬鹿でかい指笛が響き渡った。
ビリビリと大気が震え、遠くにある樹林がざわめく。
警告くらいはしろっての。
こんなに頻発されたら、鼓膜がストライキを起こすぞ。
「ふむ、こんなものじゃな。
この周辺に予め待機させておったから、すぐに来るじゃろう」
アレクはあたりを見渡す。怪鳥を人数分呼んだのか?
俺が怪訝に思っていると、近くの森から豪快な音が轟いてきた。
「な、なんだ……?」
「む、来たようじゃな」
次の瞬間、向こうの森から黒色の巨体が飛び出してきた。
ものすごい巨体だ。
首を振りながら、狂ったように咆哮している。
「――ヴォォォオオオオオオオオオオオオオオオオオ!」
腹に響く大声。
あれは確か、大陸で『村潰し』として名高い魔猪――を餌として食い荒らす巨大魔獣だ。
前に書物で見たことがある。
「な、何あれ……」
イザベルが飛び起きて警戒する。
しかし、凄まじい巨体だな。魔獣は加速しつつ、一直線に走りこんでくる。
招集でやってくるとは、かなり訓練されてるな。
感心しつつ、アレクの隣に並ぶ。
「『暴れ狂牛』か。実物は初めて見たよ。
魔物だけじゃなく、魔獣も従えてるのか。よく使役できるな」
魔物と魔獣は、字面こそ似ているが全く意味が違う。
魔物は魔素によって動物等が変異して、それらが繁殖したもの。
魔獣は、魔物の中で『人や他種族を積極的に襲う』ものを指す。
だから危険度レベルで言えば、あの暴れ狂牛はその辺の魔物よりはるかに上だ。
同じ魔獣である魔猪を蹴散らすほどなのだから。
俺が納得している間にも、暴れ狂牛は近づいてくる。
はて、そろそろスピードを落としていい頃だと思うんだけど。
「……ちょっと待て。あの暴れ狂牛、何か止まる気配がないんだけど」
「暴れ狂牛とはそういうものじゃ。
融通の効かなさと減速の効かなさは魔獣でも有数じゃぞ。
前に調教したんじゃが、もう主人が誰かも忘れたようじゃな」
暴れ狂牛を親指で示しつつ、アレクが頬を掻く。
どうやら、少し手違いが生じているみたいだな。
そしてそれは、俺達にとって致命的になりかねない。
「つまり、あの牛は俺たちを餌と思っているわけだ」
「そういうことじゃな」
「しれっと答えるなやぁああああああ!」
俺は慌ててアレクの背後に逃げ込んだ。
幼女の背中に隠れる俺を、笑いたければ笑うがいい。
だが俺は命のほうが大切だ。魔獣の突進で死ぬかもしれん場所にいられるか!
俺は後ろに下がらせてもらう!
「はぁ、やれやれ。脳まで筋肉な魔物はこれじゃから……」
文句を言いつつ、アレクは片手をすっと前に出した。
そして挑発的に指を曲げる。
来いよ、という簡単な意思表示なのだろう。
その舐めた挙動に、怒りを覚えたのか否か。
暴れ狂牛は更なる加速を見せた。
怒涛の勢いで突撃してくる巨躯。
牛の背中には鎖が付けられており、よく見たら背後から馬車らしきものがついてきていた。
いや、牛が引っ張ってるから牛車か。
なるほど、暴れ狂牛を足代わりに使ってたんだな。
アレク専用の乗り物というわけだ。
猛然と疾走する暴れ狂牛が、最大の勢いでアレクに激突した。
激しく土煙が立ち込めて、イザベルが苦しそうに咳をする。
次第に、煙が晴れていく。
すると、そこにはお察しの情景が広がっていた。
「ずいぶん加速したのぉ。まあ、魔力を少し込めればこの通りじゃけども」
アレクは手を暴れ狂牛の胸に当てて、その場に直立していた。
巨体を片手で完全に停止させてしまったのだ。
馬鹿力にも限度があるだろう。新幹線を素手で止める超人かお前は。
アレクは暴れ狂牛を睨むと静かに呟いた。
「――逆らうな」
同時に、大量の魔力を牛に流しこむ。
すると、暴れ狂牛の目から闘志が消え、急におとなしくなってしまった。
怯えたようにアレクを見据え、ジリジリと後ずさる。
一瞬で実力差を思い知らされたようだ。
これで二度とアレクには逆らうまい。
アレクは牛車部分の扉をこじ開けた。
ずいぶん使っていなかったのだろう。
木の部分が腐食してやがる。
「さて。この通り、暴れ狂牛は人間よりはるかに早く移動できる魔獣じゃ。
言うなれば、多少の難所も勢いで突っ切る移動要塞。
炎鋼車にはさすがに負けるが、速度は申し分ないのじゃ」
「……そ、そうか。それに乗れば、数日で着くんだな?」
「うむ。途中で休憩地点をいくつか挟まねばならんがな。
人の足では数日かかる難所も、この牛の前では整備された道路にすぎん」
そりゃあ心強いことで。俺とイザベルはアレクの後を追う。
その際、イザベルは巨大な牛を見て感嘆していた。
「確かに、この魔獣なら移動速度も安定しそうだね」
そこは俺も同意する。
先ほどの突撃を見るに、本気を出せばたちまち国境まで辿り着きそうだ。
アレクに続き、俺達も牛車に乗り込んだ。
彼女は俺とイザベルがいるのを確認して、手綱代わりの鎖を手に取る。
「一回走らせると目的地まで絶対に止まらんからの。忘れ物はないのじゃな?」
その問いに、俺とイザベルは力強く頷く。
次に王都に来るのはいつになるかな。
セフィーナの病が回復したら、また遊びにでも行くか。
俺達の返答を受けて、アレクが大きく鎖を引っ張った。
「ヴォォォォオオオオオオオオオオオ!」
激しく吼えて、暴れ狂牛が走り出す。
同時にアレクが高らかに叫んだ。
「久しぶりの里帰りじゃの。
さぁ、老いた若造連中に、目にもの見せてくれるのじゃ!」
アレクの好戦的な決意と共に、牛車は加速していく。
目的地はケプト霊峰。その中にある、エルフの峡谷。
そこへ向かって、全速力で疾駆する。
しかしこの時、俺は大切なことを忘れていた。
――揺れながら疾走する車。
――そして、それを引っ張る魔獣。
これ要するに、馬車じゃね?
そのことに気づいたのは、最高速度に乗った後。
こうして、俺の三半規管がご臨終になったのだった。