エピローグ
予想通りというかなんというか。
やはり、エドガーはそこにいた。
自分の店である、エドガー魔法商店に。
だが、炎鋼車による砲撃の影響か、商店は更地になっていた。
何というショッキングな光景だろうか。
瓦礫が中途半端に残ってて、余計悲しいな。
付近で腰を下ろしているエドガーに、声をかける。
「よ、エドガー。やっぱここにいたか」
「レジスか。元気そうで何よりだ」
見る限り、エドガーに大きな傷は見られない。
あれだけの激闘だったのだ。
もう少し負傷していてもおかしくないのだが。
まあ、エドガーは相当強いし。
案外簡単に切り抜けたのかもしれない。
「エドガーは、どうやら無傷だったみたいだな」
「いや? かなり深手を負ったぞ。
ただ、アレクサンディアと名乗る少女に治療を受けたんだ。
そしたら、異常な速度で回復してな。
なんと2日で傷がふさがった。跡もなく綺麗に」
驚いたというように、脚の裾を捲り上げてくる。
『ここ、ここ』と太ももを指で示しているが、
傷跡がないんだったら分からないのではないだろうか。
こいつ、単に脚を見せびらかしたかっただけじゃないのか。
確かに、魅力的で素敵な生足だとは思うけど。
時と場合を考えろと。
てか、やっぱりアレクが治療してたんだな。
そのことが驚きだ。
「大陸の四賢だからな。基本的に性能がおかしいんだよ」
「大陸の……四賢? まさか、あの少女は、英雄・アレクサンディアなのか」
「そうだよ。てか、何で知らなかったんだ」
と、そこまで言って気づく。
そう言えば。アレクは認識を狂わせる魔法を纏ってたんだっけ。
だから、『アレクサンディアという名前の少女』としか認識されないんだ。
そこに俺が情報をぶつけたから、一瞬混乱したんだろう。
「あたしも不思議だ。
おかしいな、本で読んだことがあるから、姿を見れば分かりそうなものだが。
今思えば、確かにアレクサンディアの特徴そのままだったな」
「そういう魔法を使ってるんだよ。恐ろしい効果だろ、それ」
古代魔法自体が、かなり危険度高いからな。
古代魔法はすべて、何らかの理由があって消滅した禁忌の魔法。
それを普通に使えるのは、せいぜい大陸の四賢とか、その辺の連中だけだろう。
エドガーは納得したように、手をポンと叩いた。
「まあ、同じ匂いを感じだから、どこか普通の人間ではないと思っていたぞ」
「と言うと?」
「ウォーキンスさんと同じで、何というか。
違う世界で戦っているような……。そんな気がしたんだ」
「勘にしては恐ろしい予想だな」
俺も確かに。
アレクと会って最初に思ったことは一つだな。
何となく、ウォーキンスと纏ってる雰囲気が似てる、だ。
きっと二人の間には、何らかの関係があったんだと思うけど。
ウォーキンスは知らないって言うし。
アレクに至ってはよく分からないし。
結論としては、思考の放棄だ。
考えても不明なことを夢想しても、時間の無駄。
とりあえずそういう感じで、区切りをつけておくとする。
「ひょっとして、ウォーキンスさんは大陸の四賢だったりするのだろうか」
「ないな。大陸の四賢の中で、種族として人間は一人だけ。
しかも既に死んでるんだ。
それに、ウォーキンスからそんな気配はしないしな。気のせいだろ」
確かに、ウォーキンスは気になる所がいっぱいあるけど。
アレクと同じで、年を取らない。
古代魔法らしきものを使う。
そして、どこか過去を隠すような立ち振る舞い。
本当に、あちこち共通点があるんだよな。
「確かに。それでレジス。あたしに何の用だ。
もちろん、用がなくても来てくれて構わないんだけど」
「おいおい、商店がまた壊れたのか」
俺は甲斐甲斐しく更地を眺めた。
すると、エドガーがむすっと頬を膨らませて立ち上がった。
この野郎、身長が高いからって俺を見下ろしやがって。
見てろよ、俺の成長期はきっとこれからだから。
まだ本気出してないだけだ。
多分来年あたりから本気出すと思う。
「無視か。そこは突っ込んで欲しかったぞ」
「お前、まだ建てて新しかっただろうに。何というか、不運だな……」
「ああ。実はこの機会に、商店を出すのはやめようと思ってな」
いきなり衝撃的なことを言うエドガー。
商人としての心意気はどこへ消し飛んだのか。
「何でだよ。お前、こだわりがあったんじゃないのか」
「魔法に関わりたい、というのはあるよ。
でも、こうも立て続けに崩壊するとな……。
神様は暗に、あたしに商売をするなと告げているのかもしれない。はは」
エドガーは遠い目をする。
確かに、よくぞそこまで店が壊れるとは思うよ。
だけど、別にそれは神様が嫌ったわけではないだろうに。
「いや、普通に人為的な破壊だっただろ。前回は放火。今回は砲撃。
壮絶な魔法商店だな。だけど、流石に諦める必要はないと思うぞ」
「違うんだ。実はやり直すにしても、お金が……」
再びしゃがみこんで、エドガーは指先で砂を弄る。
何だ。金が足りないのか。
でも普通、こういう時のためにストックしておくもんじゃないのか。
「貯金がないのか?」
「購買ストリートの一番いい土地に、新しく建てたからな。
学院も崩壊して、教員の仕事もお役御免になってしまったんだ……」
「あー、辛いな」
一気に無職じゃないか。
何という事だ。
傭兵を経験した実績がある魔法商店、と言う素晴らしいハッタリが効いてたのに。
今や元傭兵にして元店長の、元王都魔法学院の教員か。
何というハードな無職だろうか。
クラスチェンジと言っても差し支えないな。
でも、全く羨ましくないのはなんでだろう。
「もうダメだ。お酒を呑む金もないなんて。
あたしは明日から、何をして生きていけばいいんだ」
「まずそのアル中の思考をやめようか」
酒から物事を始めようとする習慣を何とかしろと。
依存したり飲み過ぎたりすると、えらい目を見るぞ。
いつかの俺みたいに。
階段から転げ落ちて、蹴りを入れられてしまうぞ。
「安心しろよ。
なんか知らんが、アレクがお前に金をやるよう国王に要求してたぞ。
恐らくその内、一生遊んで暮らせる金が入ると思う」
「一生呑んで暮らせる金?」
「鼓膜までアルコールに侵されたか」
エドガーのすっとぼけた発言は無視する。
そう言えば。
アレクが他人に力を貸してる所なんて、今まで見たことがないのに。
何でエドガーだけは助けたんだろう。
そして、金まで褒美として与えている。
明らかに、異例の対応をしているのだ。
ふむ、何かアレクの琴線に触れるものがあったんだろうか。
「というより、あのアレクサンディアが私のために?
何だろう、そこまでしてくれる理由が見当たらない」
「まあ、くれるって言ってるんだからもらっとけよ。
入った金でしばらく休養して、それから後のことは考えようぜ」
心機一転、他の仕事を始めるも良し。
入る金を使って、新しく店を建てるも良し。
いきなり可能性が広がったな。
それを自覚したエドガーは、みるみる活力を取り戻していく。
「そ、そうだな。このエドガー。
次彼女に出会うことがあったら、全力で愛でるとしよう」
「あれ、お前子供とか好きな奴だっけ?」
女性の方も好きだという事は、既に知っているんだが。
そこに幼女偏愛属性が含まれてしまったら、もう通報するしかなくなるぞ。
エドガーは一つ咳払いをすると、宣言するように告げた。
「可愛ければ男女問わずだ。
と言っても、男は一人だけだがな!」
「あ、悪い。ちょっと瓦礫に脚が引っかかった」
「わざとらしすぎる!」
知ったことか。
俺は足元の瓦礫を蹴飛ばした。
もうほとんど撤去されて、大きな石などはなくなってしまっている。
迅速な回収だ。王都の傭兵や騎士も侮れんな。
「てか、お守備範囲広すぎじゃないか?
お前って確か、女性も……」
「まあ、この胸に宿るウォーキンスさんへの愛は本物だ」
「そうかい。なら今度、本人に聞かせてやれよ。
何だかんだで、すごい喜ぶと思うぞ」
ウォーキンスがどういう観念を持ってるかによるけど。
案外、エドガーに対しては甘そうな予感がする。
8年前の王都でも、かなり会話が弾んでたみたいだし。
エドガーは二度ほど頷きつつ、質問をしてきた。
「ところで、レジスはこれからどうするんだ?」
「んー、王都から出ていくよ」
「む、予想外だな。他に用事でもできたのか」
「まあ、本当は王都に今回来たのも、学院が本命じゃなかったし。
次の場所にも急いで行きたいから、多分今日中に出発するよ」
俺がそう言うと、エドガーは少し寂しそうな顔をした。
目に見えてテンションが下がったのが分かる。
分かりやすい奴め。
「そうか……しばらくお別れだな」
「ああ。俺がいなくても、酒の節制はできるよな?」
「任せてくれ。樽1杯以上は、絶対呑まないから」
「それのどこに節制という要素が含まれているのか。
教えてくれるかエドガー元先生」
教師としての恥だよ。
大丈夫大丈夫、タバコは一日5カートンまで。
とか言ってる愛煙家並みのヤバさだ。
「とりあえず、あたしはもう少し王都に残る。
ふらっと外に出て行くかもしれないから、
会った時は全力で抱きついてもいいか?」
「全力で逃げるから勝手にしろ」
もしそんなことになれば、脱兎のごとく退散してやる。
俺は逃げ足には自信があってな。
持久力でなら、エドガーを振り切る自信があるぞ。
無言で頷いていると、エドガーは俺の頭をクシャクシャと撫でてきた。
同時に、愛くるしい微笑みを浮かべてくる。
「さて、それじゃあ引き止めても悪いな」
手を振り払ってやろうかと思ったが、我慢する。
こいつはとことん俺の頭を撫でようとするな。
恥ずかしいからやめて欲しいんだけども。
まあ、エドガーが喜んでるならいいや。
我慢しよう。
しばらくして、エドガーの手は愛おしそうに離れていった。
それを合図に、俺は出発する。
「じゃあな、エドガー」
「また会おう。レジス」
こうして、俺は購買ストリートを後にしたのだった。
◆◆◆
イザベルを探し続けること数十分。
ついに王都の出口付近まで歩いてきた時。
正面からイザベルが現れた。
「あ、いたいた。探したよレジス」
「イザベル。どこに行ってたんだ?」
朝に王宮に行くか否かを聞こうとした時、既にいなかったよな。
恐らくは身内と会ってたんだと思うけど。
俺の問いに対して、イザベルは屈託なく答えた。
「今回の一件に関しての報告。定期的に連絡入れないとうるさいんだ」
「エルフの里……だっけ」
エルフの里。それは大陸のあちこちに点在している。
里は強固な魔法障壁と、エルフ特有の結界。
その2つを重ねて張ることで、外部者の侵入を防いでいるんだったな。
「両方だね。そっちは故郷だから」
「両方? ってことは、もう片方は――」
「うん。エルフの峡谷。やっと案内できそうだよ」
「おお、ついにか!」
エルフの峡谷。
エルフにとって聖地であり、大陸で最も神秘的と呼ばれる場所だ。
その周りに張り巡らされた結界は、里の比ではないらしい。
未だに峡谷の位置を、他の種族に悟らせないほどだ。
500年前の邪神侵略の時、多くのエルフが峡谷から出撃したという。
色んな意味で、エルフにとって重要な場所なんだっけな。
そして、エルフの妙薬はそこでしか得られない。
だから、俺はどうしてもエルフの峡谷に行く必要があるのだ。
「でも、ちょっと困ったことが起きてて。
最近帝国の分隊がエルフの峡谷付近で陣を張ってるんだ」
「それ、位置がバレてるんじゃないか?」
帝国の分隊がとどまってるってことか。
嗅ぎつけられてる可能性しか考えられないんだが。
てか、帝国は相変わらず兵力が多すぎるな。
あちこちに兵を分散して、よく戦線を維持できるものだ。
帝国の北東に小国が乱立していて、そこにも兵を割いてるからな。
なかなか王国と帝国の総力戦が勃発しないのは、そういう地理関係もあってのことだ。
俺の危惧に対して、イザベルは首を振る。
「それはないよ。
結界を張ってるから、特殊な人間以外は感じることも不可能なんだ。
陣にいる帝国兵の目的も分かってる。
だけど、それが尚更エルフの反感を買うものでね……。
今かなりピリピリしてるから、紹介があっても人間が入るのは難しいかも」
「おいおい、いきなり難関じゃないか」
そんなに警戒レベルが高い状態なのか。
おのれ帝国、ここでも俺の邪魔をしやがるのか。
恨むぞこの野郎。
「まあ、私が説得したら大丈夫だと思うよ。
どうしても拒否されるなら、裏から侵入して族長に会えばいいし。
族長は何だかんだ言って穏健だからね。うるさく言わないはずだよ」
「そりゃ良かった。一生立ち入りできないのかと」
エルフの族長……アレクとどっちが偉いんだろ。
まあ、アレクはどっちかといえば人間世界側に浸かってるし。
案外、エルフの世界では地位が低かったりするのかも。
でも、一応大陸を守護した英雄だからな。
どういう位置づけなのやら。
「それで、レジスの方は用事がもう終わったのかな?
学院が崩壊した以上、調査任務もなくなったから、学院にいる意味ないんだけど」
「俺もそうだよ。もう目的は達した。今日にでも出発できそうか?」
俺はイザベルに確認を取る。
即座の返答に、イザベルも若干驚いたような様子だ。
「急いでるんだね」
「早く助けなきゃいけない人がいるからな。その人、家で必死に戦ってるんだ」
「そっか。なら、もう行こうか。
退学手続きは、後から手紙を送っておけばいいよ」
そんなものでいいのか。
そんな書類一枚でどうにかなるものなのか。
まあ、ナプキンを契約書代わりにしたなんて話も聞いたことあるし。
その辺りの厳しさ緩さは、千差万別ってことだろう。
冷静に考えれば、他にもっともな理由もあるんだろうけど。
「まあ、王都がこんな状態だし。
報告を入れるのはむしろ後のほうがいいか」
「それじゃあ、出発するか」
「――ちょっと待つのじゃ!」
イザベルが第一歩を踏み出そうとした瞬間。
目の前にアレクが現れた。
その手には暖色のスイーツが握られている。
しかも食いかけだ。歩き食いとは、マナーの悪い奴め。
「そ、それが例の食い物か?」
「その通り。
王国に愛着などないが、この料理を生み出したことだけは評価してやるのじゃ」
そう言って、大きく口を開けてパンを頬張る。
中から蜂蜜が溢れてくるのかよ。
どんだけ甘いのやら。
アレクと少し離れてるのに、甘ったるい匂いが鼻腔をくすぐる。
いかん、見てるだけで尿に糖成分が含まれそうだ。
アレクの姿を見て、イザベルが鬱陶しそうな表情を浮かべる。
「アレクサンディア……。何で来てるの?」
「呼び捨てか。若造が勢いづいても良いことはないぞ。
まあ良い、同種のよしみで許してやるのじゃ。
それで、どうした? 我輩がいては何かマズイか」
いきなり周囲の温度が急激に下がった気がするぞ。
アレクとイザベルが直接話してるのは、今まで見たことなかったな。
なんだ、二人とも同じエルフなのに。
協調性の欠片もない。
てか、恐らくアレクとイザベルには恐ろしい年齢差があるんだろうけど。
どう見てもアレクが年下にしか見えないな。
不思議だ。
「あなたがいると全てが破綻するから、同行はやめて欲しいんだけど」
「却下じゃ。エルフが聖地に戻って何が悪い」
「大神殿の柱をへし折った人と一緒に凱旋したら、
立ち入れる場所も立ち入れなくなってしまうよ」
あー、そういえば言ってたな。
アレクは峡谷の大神殿の柱を蹴りで折って、
そのまま外の世界に飛び出したんだっけか。
何という風来坊だ。恐ろしい。
「500年以上前の話じゃろう。
当時の連中は皆死んだから気にすることはない」
「いや、エルフの峡谷に伝わってるよ。
石碑にも書いてるしね。
恥知らず、アレクサンディアの立ち入りを永久に禁ずるって」
イザベルが淡々と非歓迎ムードを構築する。
すると、アレクも少しカチンと来たようだ。
二人とも、徐々に感情を込めて言い合うようになってきた。
「後で粉々にして、漬物石にしてやるから安心せい。
それに、シャディから面倒を頼まれておるのでな。
レジスがディン家に戻るまで、我輩は決して離れんぞ」
「……はぁ、面倒臭いなぁ。いらない荷物がついてくるのか」
……いづらい。
非常にいづらい。
何で俺は同種族の喧嘩に立ち会わなくてはならないんだろう。
修羅場になんて、一秒たりともいたくないんだけど。
二人ともかなり火花散らしてるし。
俺に飛び火しないように祈るばかりだ。
すると、突如アレクが小悪魔的な笑みを浮かべた。
「それに、汝とレジスを二人きりにするのは危険じゃしの」
いきなり着火してきたんだけど。
空気を読んでくれよアレク。
俺今、せっかく我関せず状態でいたのに。
なぜ引きずり込もうとするのか。
俺の名前が出たからか、イザベルも少し反応が変わった。
「どういう意味かな、それ」
「自分がしたことを忘れたか? とぼけるのならば良い。
我輩が上書きしてやろうぞ。レジス、こちらを向け」
いきなり、アレクが俺の頬を両手で包み込んできた。
そのまま引き寄せようとしてくる。
だが、そこでイザベルが凄まじい殺気を発した。
「待った。そんなことをしてみろ。
いくら同種でも、血を見ることになるよ」
とんでもない眼光を飛ばしてくる。
なんだ、お前らは一体何の話をしているんだ。
イザベルの脅迫を受けて、アレクは俺から手を離し、一歩後ろへ跳んだ。
その上で、イザベルをからかうように哄笑する。
「ククク、恐ろしいの。最初からその本心を出しておけばいいのじゃ」
それに対し、イザベル必死に何かを言い返そうとする。
いかん、これ以上は本気で血を見ることになりそうだ。
俺は決死の覚悟で二人の間に割り込んだ。
「と、とりあえず。さっさと行くぞ。エルフの峡谷に!」
すると、まずアレクが毒気を抜かれたように、軽口を叩くのをやめた。
それに応じて、イザベルも態度を軟化させる。
「……はぁ、そうだね。言ってても仕方ないし」
「ふっ、峡谷に行くのは久しぶりじゃな」
そして、イザベルとアレクは俺を置いて先へ行ってしまう。
あっという間に王都の城門をくぐり、外へ出ていった。
「おいこら、急に足を早めるんじゃない!」
慌てて二人を追いかける。
その際、俺は王家の大臣から見送りを受けた。
同時に、竜神の匙を進呈される。
匙は思ったよりも質素で、何の変哲もなさそうに見えた。
だが、溢れ出る魔力が普通の物品ではないことを如実に表している。
これなら、確かにどんな病でも治せるかもしれない。
俺は即座に大臣へ礼を言った。
感涙にむせびたいところだったが、エルフ二人はもう先へ先へと行ってしまっている。
いかん。
見失ってしまっては、一生エルフの峡谷に行けなくなる。
シャディベルガへの連絡もしたかったんだが、仕方ない。
移動中に手紙を書いて、それをアレクの使い魔に届けてもらうとしよう。
見送ってくれた大臣に挨拶をし、門の外へダッシュする。
少し、慌ただしい出発になってしまったな。
息をつく暇もないくらい、濃密な時間だった。
もうしばらくは、この王都に来たくはないな。
でも。
全部終わらせたら、目的を達成した後になら。
また、観光目的で来るのもいいかもしれないな。
だけど、とりあえず今は――
俺は走って門をくぐり、イザベル達に追いつく。
そして、背後にそびえる王都を振り返った。
色んなことがあったけど、何とか切り抜けることが出来た。
そう思うと、感慨深くなってくるな。
俺は風に消えるか消えないか、ギリギリの小声で、
この場所に別れを告げたのだった。
「あばよ、王都」
さあ、行こう。
次はエルフの峡谷だ。
あと一つ、エルフの妙薬があれば、セフィーナの病を治せる。
もうひと頑張り、してくるとするか。
イザベルとアレクの隣に並ぶ。
そして胸焦がれる明日に向かって、俺達は歩き出したのだった。
第三章・完