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第二十二話 明日への誓い

 


「それでは、これで私は――」

「ええ、ありがとうございました」

「道案内、ご苦労じゃったな。そこは褒めてやるのじゃ」


 偉そうな口を叩くアレクを無視し、リムリスを見送る。

 毅然として立ち去る彼女は、とても頼もしく見えた。

 またどこか出会うことがあるだろうか。

 まあ、縁次第かな。

 俺はアレクを伴い、中央街をふらつく。


「さて、と。イザベルを探さなきゃだな」

「もう報告も終わっておるじゃろう。探知魔法で探してやってもよいが」

「いや、その前に挨拶して行かないとな」

「……挨拶?」


 アレクが首を傾げる。

 こいつ、この流れで分からないのか。

 仕方ないので、懇切丁寧に解説しておく。


「そ、挨拶。王都を出る前に、世話になった人に礼を言っておかないとな」

「はぁー、律儀というか堅苦しいというか。面倒臭い奴じゃのぉ」


 懇切丁寧に解説した結果、罵倒された。

 何これ、金を払って殴られるみたいなもんじゃん。

 なんという理不尽なカツアゲだ。

 辟易しつつ、辺りを見渡す。


 瓦礫を次々と撤去していく傭兵、騎士。

 修復魔法を掛けていく魔法師たち。

 みな忙しそうに動き回っている。

 そのせいもあって、中央街の様子は慌ただしいものだった。


「復興にはまだ、結構かかりそうだな」

「修復魔法の使い手に招集をかけておるみたいじゃし。

 3ヶ月もすれば完全に元に戻りそうじゃがの」

「そっか。とりあえず、先に約束を果たすとしようか。アレク、パス」


 俺は懐から銀貨を一枚取り出す。

 中央に穴の空いた、王国でポピュラーな通貨である。

 あんまり多くはないが、足りるとは思う。

 輝く銀貨をアレクに向かって放り投げた。

 パシッとキャッチして、アレクは怪訝な顔をする。


「な、なんじゃこれは。金か? 我輩を金で買収しようとするしておるのか」

「宿に一泊したら消し飛ぶ金で懐柔なんかするか。

 てか、そんな俗物でどうする。

 大陸の四賢は、基本的に金とかじゃ動かないんだろ?」


 俺としては、冗談っぽく言ったつもりだったのだけれど。

 次の瞬間、アレクの瞳孔が急に開いた。

 同時に、強い目線で俺を睨みつけてくる。


 全身が震え上がった。

 なんだ? 失言でもしたか。

 アレクの睨みは相変わらず怖い。


「『我輩は』動かぬよ。好きな時に暴れて、好きな時に姿を消す。

 これが一番気楽じゃからの」

「凡俗なのか高尚なのかよく分からん信念だな。

 あと、何だよその言い回し。引っかかるな」


 俺が突っ込んだことを訊くと、アレクは溜息をついた。

 そして、俺をガン見していることに自分で気づいたのか。

 慌てて穏やかに相好を崩した。


 てことは、今見つめてきたのは無意識だったのかよ。

 よく分からんが、不機嫌にさせたのは悪かったよ。

 でも、だからと言って、そんなおっかない目で睨まんでも。

 気の弱いやつだったら失神するぞ。


「話すと長いのじゃ。

 とにかく、世の中には誓いすらもロクに遵守できぬ俗物がおるということじゃ」

「はぁ……まあ、触れない方がいいんだろうな」

「で、この金は結局なんじゃ?」


 アレクは金をジャラジャラと揺らし、指で弾く。

 厭世家みたいな生活ばっかりしてたんだろう。

 金を珍しそうにいじっている。

 そんなアレクに、俺はポリポリ頬をかきながら説明した。


「いつぞや奢るって言ってた、蜂蜜たっぷりの二倍巻きトースト。

 王都がこの有様じゃ、店じまいも多いだろうけど。

 南の貴族街近くにも商店があるんだ。そこでは売ってるんじゃないか?」

「まさか、体術の訓練中に言っておったことか?」


 そう。

 この間、地獄の日課を食らわせてくれた時、アレクは言ったのだ。

 『我輩は王都名産、蜂蜜たっぷりの二倍巻きトーストしか食わんぞ』と。

 後で調べたところによると、それは王都限定の屋台名物らしかった。


 原料一覧を見ただけで歯が溶けそうだったのを、よく覚えている。

 化け物スイーツとはああいうのを言うんだろう。

 少なくとも俺は完食できる自信がない。

 舌が甘みで焼き切れるわ。


「そうだよ。お前が奢れって言ったんだろ」

「いや……本気にしておるとは思わんかったのじゃ。

 じゃがまあ、ありがたく受け取っておこう。褒めてつかわす」

「どんだけ上から目線だよ」


 ふんぞり返って礼を言う奴なんて初めて見たよ。

 だが、アレクはとても上機嫌だ。

 柄にもなくピョンピョン飛び跳ねて、全身で喜びを表現している。

 そういう態度を取ってたら、見た目相応の少女に見えるんだけどな。

 いかんせん、いつもは鬼畜外道よ。


「それでは、早速買ってくるとしようかの」

「おお、行ってこい。あとでちゃんと合流しろよ?」

「分かっておるのじゃ」


 そう言うと、アレクは南方面へ走っていった。

 さて、これから挨拶をするに至って、まず邪魔なやつを引き剥がせたな。

 アレクがいると話が進まん。


 とりあえず、ここから近いのは俺が今朝起きた医療院か。

 となると、エリックからだな。

 そろそろ気持ちの整理も終わっただろうか。

 その確認も込めて、話をするとしよう。

 俺は小走りで医療院へ向かったのだった。

 


 

      ◆◆◆

 


 

 個室に入ると、やはりエリックはそこにいた。

 さっきまで散歩に出ていたのか。

 靴が若干汚れている。


 かなりの山際でも走ったのかも知れん。

 でも、どんな散歩だそれ。

 クールダウン中のエリックに声をかける。


「よ、エリック。もう怪我は治ったのか?」

「まあな。あんまり怪我はしてなかったし。

 それで、オレに何か用でもあるのか?」


 お、勘がいいな。

 改まって聞いたから、何かを察したのかもしれない。

 もったいぶっても仕方ない。結論から言うとしよう。


「まあ、急な話なんだけど。俺、今日で多分王都出るから」

「おいおい……ずいぶん早い決断じゃねえか」


 エリックが驚いた顔をする。

 そう言えば、俺が何で入学したのかは教えてなかったっけ。

 記憶力が悪いからよく覚えてないが。

 この反応を見る限りそうなんだろう。


「元々この学院に来たのは、竜神の匙を手に入れるためだったからな」

「てことは、もう手に入れたんだな?」

「ああ。さっき国王にせびったら、あっさり許可が出た」


 出発前に頂けるとのことだ。

 太っ腹だよあの人。

 貸してくれって言ったら、あげるって返してきた。


 さすが愛される国王。

 アレクに暴言を吐かれても動じなかった所がさらに素敵。

 俺が謎の心酔に浸っていると、エリックが思い出した様に手を打った。


「竜神の匙っていうとアレか。薬の効果を高めるやつだな」

「そうだけど。よく知ってるな」

「大陸の四賢が創造した宝だからな。

 かなり有名だぞ。オレはそれなりに本読んでるし」


 そう言えば、エリックは普段から相当本を読んでるみたいだな。

 俺も本は大好きだが、前世では基本的にラノベくらいしか読んでなかったかな。

 萌え豚と呼ばれたかつてが懐かしい。


 もっとも、今は知識書、歴史書、魔法書ばっか読んでるけど。

 実用性が高いから、結構好きだったりする。


「引用魔法って、本読むのが修行になるんだっけ?」

「本を読むっていうか、意識の具体化って感じじゃねえかな。

 共感できそうな英雄の思想とかに触れて、ひたすらイメージ。

 そしたら、次第に引用できるようになる」

「なるほど、適合性がないとダメなんだな」


 研究半ばで潰された学問だけに、謎がまだまだあるな。

 そこはエリックが解き明かしそうなので、親父さんも報われそうだけど。

 でも、英雄の魔力を借りられるのは羨ましい。


 召喚術みたいでかっこいいじゃん。

 強そうだし。というか実際強いし。

 若干嫉妬を抱いていると、エリックが思い出したように声を上げた。


「そうだ。そのことでオレも話そうと思ってたんだが。

 実は、オレも近々王都を去るつもりだ」

「おい、それこそ初耳だぞ」

「言ってなかったからな。

 それに、オレが入学したのは、全部復讐のためだし。

 もう過去は振り返らねえ。これからは、自分を幸せにするために生きるさ」


 ふっ、と微笑むエリック。

 前とは違い、そこに自嘲じみた感情は入っていない。

 安心だ。だけど、代わりに疑問が湧いてきたぞ。


「それなら、王都を出る必要がないんじゃないか?」

「いや、実は引用魔法にそろそろ限界を感じててな」

「ん、どういう意味だ」

「王都で手に入る有名な英雄の書物は、だいたい読んじまったんだ。

 その上で適合性があったのは、10人程度だった」


 ほー、もう少しいると思ったけど。

 やっぱり、誰でも彼でも引用するってことは出来ないのか。

 万能に見えて、不便な面もあるんだな。


「10人もいれば十分だと思うけどな」

「でも、まだ満足してねえ。これはオレだけが持ってる特別な力だ。

 同時に、親父たちの形見でもある。なら、どこまで行けるか試してみたいんだよ」

「野心家だな」


 思わず苦笑してしまう。

 お前、俺が中3の時なみの夢じゃないか。

 って、俺達の年齢は15だったな、そう言えば。


 自分の年を忘れるところだったぜ。

 けど、エリックの場合気合と覚悟が違う。

 こいつなら、途中で折れることはないだろう。


「まあ、本心は親父に負けるのが悔しいからだけどな」

「親父に負ける?」

「ああ、親父は引用魔法をかなり深く研究してたんだ。

 それで、15人くらいまで英霊の引用が可能だったみたいでさ」

「親父の背中を超えたい、ってか。どっちみち、中々熱そうな動機だな」

「恥ずかしくて他人には言えねえけどな」


 エリックも気恥ずかしそうに頬を掻く。

 否定はしない辺り、図星なんだろう。

 でも実際、引用魔法を強化するのはどうやるんだ。

 やっぱり、地道に書物を漁るしかないのか。

 素朴な疑問が湧いてきた。


「てことは、どこかの辺境に伝わる書物でも探しに行くのか」

「いや、まずは有名所から行こうと思ってる。

 オレが次に向かうのは、帝国の主要都市だ」

「おいおい、敵対国かよ。バレたら処刑されるぞ」


 帝国って。

 まず入国時点で捕虜になったら死刑じゃないですかー。

 何というデンジャラスアタック。

 でも、引用魔法を使えば、難なく侵入する自信があるのだろう。

 エリックは力強く拳を握りしめた。


「死なねえよ。友達100人作るまで死なねえって約束しただろうが」

「にしても、リスクが高すぎるだろ。

 でも、王国と同じくらい向こうにも英雄がいるんだよな」

「ああ、しかもそういう奴らの思想書に限って、王国には出回らねえ。

 なら本場に行って読み漁るしかねえだろ」


 確かに、それは言えている。

 アレクが大陸をよくほっつき歩いてたらしいけど。

 王国の本が帝国で高く売れ、帝国の本が王国で高く売れてたらしい。

 あんまり偏った思想の本とかは、見つかった時点で没収されるのだそうな。


 市場に出回ることは稀なので、普通に買い付けに行ったほうが早い。

 だからエリックの行動も理解できるのだが。

 しかし、あまりにも危険じゃないか。

 本人が納得してるなら、俺が止めるべくもないけど。


「まあ、本気なら止めないけどさ。十分気をつけろよ」

「分かってるっての。帝国にいて不穏な動きがあったら伝えてやるから。

 情報網が増えたと思って喜んどけ」

「危険な旅を思えば喜べないけど。

 でも、やっと前を向けて歩き出したって感じだな」


 俺がそう言うと、エリックは素直に頷いた。

 いつも以上に輝いた笑顔だ。本当に、2ヶ月前から変わったな。


「そうだな。これからは縛られずに生きるぜ。

 それで、レジス。お前、いつ出発するんだ?」

「特にやり残したこともないしな。

 午前中で挨拶して回って、すぐに次の目的地に行こうと思ってる」


 正直、まだふさがってない傷もあるけど。

 アレクが治癒魔法をかけてくれてるみたいだし。

 すぐ完全回復することだろう。

 となれば、急ぐに越したことはない。

 俺の予定を聞いて、エリックは苦笑いした。


「そっか。強行軍だな。オレも数日後には旅立つとするさ。

 学院もこの有様だしな。半年も待ってられねえよ」

「だな。俺に至っては、早いに越したことはないし」


 エリックはクールダウンを終えると、荷物を引っ張りだした。

 散歩の際に、これを一緒に取りに行ってたのか。

 確かに、これで好きな時に出立できそうだな。

 ちなみに俺の荷物は、王宮に行く前にアレクが持ってきてくれていた。


 これでもう、いつでも旅立てるな。

 エリックは荷物を背負うと、爽やかに微笑んだ。


「それじゃあ、お別れだ。レジス」

「ああ、またどこかで会おうぜ。エリック」


 こうして、俺とエリックは別れたのだった。

 まだ見ぬ明日に、幸福を求めて。





     ◆◆◆





 エリックと別れた後。

 俺は学院付近を練り歩いていた。

 さて、そろそろイザベルと出会ってもおかしくないんだけど。


 未だ見つからないな。

 あちこち探しているんだが、それらしい影はない。

 仕方がないので、他の予定を先にすませるか。

 そう思った時――


「見つけた! 見つけたわ!」


 鬼の首を取ったように叫び散らす声。

 物凄く聞き覚えがあるな。

 振り向いてみると、そこにはミレィの姿があった。

 いまだ傷跡や疲労感が見え隠れしているが、瞳に宿る光は強く輝いている。


「おや、ミレィか。もう起きて大丈夫なのか?」

「私はシャルクイン家の当主よ。

 王都が苦しい時に、一人だけベッドの上で休んでいられないわ」


 殊勝な心がけだな。

 一度研究室に引きこもったら、中々出てこない馬鹿師匠に聞かせてやりたい。

 というより、俺は他のことが気になってるんだ。


「それはいいけど、お前。何しに来たんだ?」

「そ、それは――」


 ミレィは言い澱む。

 何だろう、触れてほしくないことなのか。

 もしくは、言いづらいことか。

 そこまで考えを巡らせた結果、心当たりが一つ出てきた。


「ああ、ドワーフから助けた礼か?

 それならイザベルにしてやってくれ。

 多分貴族が接近したら姿を消すと思うけど」

「いえ、違うわ。謝罪の意味も込めての挨拶よ」

「それこそ必要ない。俺は最初からあんまり気にしてなかったよ。

 って、これ前に言わなかったか?」


 ドワーフはエリックが倒したんだし。

 救出したのはイザベルだし。

 正直、助けたことに関して、俺は関与しているか怪しいくらいなんだけど。


「受けた恩を返せないのは、騎士としての誇りが許せないの。

 とにかく、あの時は助けてくれて……ありがとう」

「え、何だって?」


 今のはなかなか心にグッとくる謝罪だったな。

 聞こえないふりをして、もう一度聞き出してみる。

 すると、ミレィは恥ずかしそうに顔を赤らめた。


 分かるよ。

 二度同じ事を言うのって凄い恥ずかしいよな。

 だが、分かっているからこそ、敢行させてもらおう。


「だ、だから。助けてくれて、ありがとう……」

「悪い、起きてからどうも耳の調子が悪くてな。

 きっとどこかの幼女賢者に、テレパスで虐められたからか。訴訟ものだなこれは」


 トドメとばかりに聞き返す。

 すると、ミレィの身体がフルフルと震える。

 だが、なんとか羞恥心をこらえて、最後の礼を繰り出してきた。


「だ、だから! 助けてくれて……あ、あり――」

「蟻が十匹で?」

「も、もう言わないわよ! いい加減にして!」


 キレられてしまった。

 当然だな。ちょっと悪乗りしすぎたか。

 アレクやエドガー相手だと、からかわれることが多いからな。

 やっぱ年上を相手にするのは苦手だ。


 だがしかし。

 俺と大して年の離れていないミレィならば。

 簡単にあしらえるという。

 なんという食物連鎖。というか負の連鎖。

 社会に何も生み出さない最悪の循環だな。


「残念だな。てか、本当は最初から聞こえてた。すまんな」

「……知ってたわよ」

「とにかく、これで恨み云々は無しにしようぜ」


 そうそう、俺はこれが言いたかったのだ。

 いい加減、過去のしがらみで喧嘩するのはうんざりだ。

 それはミレィも同感だったらしく、大きく頷いてきた。


「ええ。母上も、もう吹っ切れたみたい。

 それどころか、代わりに謝罪と礼を伝えておいてと言われたわ。

 もう完全に毒気は抜けてたわよ」

「そりゃ良かった。足を怪我してたみたいだけど、大丈夫だったか?」


 俺に助けを求めてきた時、かなり痛そうだったからな。

 傷口をかばうように歩いているのを見て、若干俺の胸も痛んだし。


「ええ。私と母上は迅速な処置を受けたから……。

 ノーディッド殿も、まだ療養中だけど回復しつつあるみたいね」

「間に合わないんじゃないかと危惧したが。何とかセーフだったか」


 良かった良かった。

 王都三名家の当主が全員死亡とか、洒落にならんぞ。

 ただでさえ傾いてる王都が、完全に倒れてしまう。

 命を落とさなくてよかった。


 やっぱ死ぬなら寿命だよ寿命。

 腰曲がった状態でゲートボールをやりつつ、

 750ccバイクを乗り回して最期を迎えたい。

 そんな刺激的な生活してたら、途上で死にそうだけれども。


 あちこちで、瓦礫を撤去する掛け声が聞こえてくる。

 それに反応して、ミレィは残念そうに学院を見た。


「学院が壊れてしまったのは残念だけど。

 気長に半年待つとするわ。

 これからもよろしく……なんて、言えた立場じゃないかもしれないけど。

 それでも、これからは仲良くしてくれると嬉しいわ」

「おお、俺も嬉しい。嬉しいのは山々なんだが。

 実はな、俺今日でこの王都から出るんだ」

「え、え……えええええええええ!?」


 うおっ、いきなり大声を出すんじゃない。

 ただでさえ鼓膜が、有給を欲するほどに疲弊しているというのに。

 これ以上攻撃されたら、限界を迎えるやも知れん。


「もう目的も達成したしな。いる意味もない感じだし」

「せ、せっかく学院試験を突破したのに? 

 学院を卒業したら、それだけである程度の学術的地位を約束されるのに?」


 ミレィはなおも納得できない様だ。

 まあ、普通学院に入ったチャンスを棒に振ることはしないからな。

 俺のケースが珍しいだけだ。


「いやー、人命優先だからな基本。半年なんて待てないし、それに……」

「それに?」

「俺はどうやら、学生が向いてないみたいだな。こういう人が多いところは苦手だ」


 前世で学生生活が上手く行かなかったのもあるけど。

 やめよう。灰色の青春は、思い出しただけで顔も灰色になりそうだ。

 ミレィは口元に手をやり、首を傾げて笑った。


「そう……でも。ディン家が珍しい目で見られるのは、そういう奇行も原因だと思うわ」

「俺もそう思う。珍しい目っていうか、嫌悪の目だけどな」


 そりゃあもう。

 あちこちの貴族から下に見られたり憎まれたり。

 没落貴族と嫌われ貴族が合体した所だからな。

 王都でも悪名はバッチリだ。

 泣けてくるな。


「でも、王都を守ったのは確かにディン家の人間なのよ。

 これで少しは、風当たりも緩くなると思うわ」

「そう願いたいもんだ。

 だけど、この風潮は一回の栄光ごときで吹き飛ぶもんじゃないだろ。

 没落貴族は没落貴族らしく、辺境に引きこもってるとするよ」

「ということは、実家に帰るのかしら」


 お、惜しいな。

 俺もそう願いたいんだが。

 残念ながらまだやることがあるんだ。

 指を一本立てて、ミレィに説明する。


「いや、その前にもう一箇所よる所があってな。

 帰るのは、そこで重要な物を手に入れてからになる」


 ところで、エルフの妙薬は、どんなものなんだろうか。

 くれと言ったら、くれるものなのだろうか。

 まあ、それはないだろうけど。


 とにかく情報量が少ないから、エルフの紹介を頼るしかない。

 俺が自問自答していると、ミレィは心配するように顔を覗きこんできた。


「あちこち動きまわって大変ね」

「ああ。いつか過労で倒れるんじゃないかと思って、ガクブル状態だ」


 疲れが急に腰に来たらどうしよう。

 若年性のぎっくり腰とか洒落にならんぞ。

 というか、この年で腰が使えなくなったら本気で洒落にならんぞ。


 身体は大切にしないとな。

 痛みに強くても、身体の耐久力が高いわけではないのだ。

 そのことは、よく肝に銘じておかねばならない。

 ミレィはあたりを見渡し、俺から一歩離れた。

 その上で、格式張った敬礼をしてきた。


「それじゃあ、私はこれで」

「おお。お前も頑張れよ、ミレィ」


 頭を深々と下げてくる。

 まあ、最高敬礼みたいなのをしてくれるのは嬉しいけど。

 下位の家の者に、そんなことをしていいのかな。


 とは言え、通行人もちょうどいなかったし。

 問題ないな。

 俺が返事をすると、ミレィは最後に大きな声で後押ししてきた。


「――貴殿の一日に、大いなる祝福あれ!」


 とびっきりの笑顔だった。

 昼前からいいものを見れた気がする。

 ミレィはそれだけ言うと、風の様に消えてしまった。


 さて、あと挨拶しておくべきなのは。

 やはりあいつだな。気を引き締めていくとしよう。

 俺は酒乱エドガー警報を脳内に鳴り響かせ、学院内の購買ストリートに向かった。


 

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