表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/170

第五話 エルフの峡谷はどこに

 


 今日ほど緊張した日はないだろう。

 俺は今、忍び足で屋敷の外を歩いていた。

 誰にも見つからないように足を運び、ボソリと呟く。


「……まさか無断外出が、ここまでスリルあるものだったとはな」


 前世では考えられん話だ。

 あれは俺が高校生の時だったかな。

 休日の深夜に、R指定の映画を見に行こうとして、


「俺は外出するぞー! ジョ◯ョーッ!」


 と叫んだ結果、階段から足を踏み外し、一階へ転がり落ちたんだっけ。

 俺の醜態を見て、母親は無言だったからな。

 父親からは「死んでしまえ」発言も出てきた。

 今思えば、あの時訴えれば勝てたのかもしれない。


 しかし、今は事情が違う。

 親しい人たちは皆過保護で、中々外に出るのを許可してくれない。


 時は夕暮れ。

 治安が悪くなってきそうな時間帯。

 こんな時に、あえて行く必要はないのかもしれない。


 シャディベルガに心労をかけたくないし。

 ウォーキンスを困らせるのも心苦しい。

 だが、俺は行かねばならんのだ。


「……この下の村に、エルフが来てるんだっけか」


 俺が手に入れようとしているアイテムの一つに、

 『エルフの妙薬』というものがある。

 名前の通り、大陸に住むエルフが作った万能薬だ。


 人間を除いた他種族の中では、エルフが一番多い。

 しかし、人に虐げられているので心象はかなり悪いけど。

 他の種族だと、ドラグーンとかがいる。


 そして、今重要なのはエルフの妙薬。

 この大陸に多く散らばるエルフの里の中。

 その中でも一番謎の多い、『エルフの峡谷』という場所で作られている。


 一舐めすれば、一ヶ月は不眠不休で動き回れるほどの強壮作用。

 これに『竜神の匙』を合わせれば、

 世界の全ての病を打ち消す万能薬が作れるのだ。


 かつて昔の王妃が罹患した病の中に、永劫の不治と呼ばれたものがある。

 どんな回復魔法を持っても治療できず、もう終わりかと思われた。

 その時のことだった。


 ある日、エルフの妙薬と竜神の匙を持った女が現れたらしい。

 彼女はそれを調合し、配分を決め、王妃に服用させた。

 すると病はたちまち治り、国王も泣いて喜んだそうだ。


 半分伝説になりかけているが、その効き目はちゃんと保証されている。

 必ず効くはずだ。

 正規の治療法が見つかっていないセフィーナの病にも。


 ならば、やることは一つ。

 行かねばなるまい、会わねばなるまい。

 エルフの峡谷への手がかりを持つ者に。


「しかし、かなり村が寂れてるな。

 これじゃ治安も悪いはずだ」


 思わず零してしまうほど、村には活気がなかった。

 これは村おこしキャンペーンが必要と見える。

 いつか振興させるための手でも打ってみるかな。


 しばらく歩いていると、目標を発見した。


「ここか」


 村にある唯一の宿場。

 現在ここに、何らかの理由でエルフが泊まっているのだとか。

 もともとエルフは珍しい種族らしく、貴族からの人気が高いそうだ。

 もっとも、悪趣味な意味での人気なので、閉口せざるを得ない。


 宿屋に入ると、恰幅のいいおっさんが店番をしていた。

 筋肉質でガッチリしている。

 傭兵でもやってたのだろうか。

 あちこちに傷跡が見受けられる。


「失礼。エルフの客人がいるというのはここかな?」

「あー? そうだが、何だ小僧。泊まりたいなら金払っていけよ」

「俺はこういう者だ」


 そう言って、小さいナイフを店主に見せる。

 質のいい金属部分に、銀の剣と金の盾の刻印が彫られていた。

 これは、この領地を統治する貴族であることを示している。

 すなわち、ディン家の紋章だ。


 これは身分を証明するために持たされているものである。

 俺のナイフを見た途端、宿屋の主人は冷や汗を流した。


「……ひっ!? てことは、ディン家の……!?」

「口止めみたいで悪いんだけど、

 エルフが来てるってことはあんまり吹聴しないでくれるかな」


 もしエルフがこの村にいることを、周囲の人間が知ったらどうなるか。

 言うまでもなく、村にワラワラと山賊が群がってくる。

 そんな来客は、金を持っててもお断りだ。


 エルフを金山と見做している輩も多い。

 変な人間が入ってくれば村民にも迷惑がかかるし、この宿も危ない。

 もっとも、村外れの丘に住んでる俺の耳に入ってくる時点で――

 既に手遅れかもしれないけど。


「わ、分かりやした! エルフの客は二階の右奥に泊まってます」

「一人?」

「一人っす」

「ありがとう。

 ごめんな、領主の一族なのに、何もしてあげられなくて」


 素直に頭を下げる。

 こんなに客がいなかったら、ふてくされたくもなるよな。


 俺も分かるよ。

 久しく会っていなかった元クラスメートのブログを見た時と同じだ。

 あの時、俺を除いた卒業生全員で同窓会を開いてやがったんだよな。


 楽しそうにビール抱えちゃってさ。

 満面の笑顔でグビグビ飲んでやがった。

 あれは確実にステマだろ。

 あまりの人望のなさに、落ち込んだのを覚えてる。


「と、とんでもねえ。頭なんて下げないでくだせえ」

「いつか必ずこの辺りを振興させるから。約束する」

「感謝しやす。

 万一宿屋が潰れても、傭兵として私兵団に志願するつもりですし。

 まあ、嫁に任されたこの店は、絶対潰させねえですがね」

「ああ、頑張ってくれ」


 手を振って階段を登っていく。

 シャディベルガの仕事の手伝いを、少しづつ始めてはいるものの。

 なかなか結果が出なくて心苦しいな。

 この辺りの生活水準を上げるにはどうすればいいんだろう。

 今度にでも、シャディベルガと話し合ってみるか。


 二階に到達して、部屋の奥を見てみる。

 そこは、薄暗く明かりが灯っていた。


「……よし」


 エルフは同族意識が強いと聞く。

 俺が訪ねたい峡谷は、エルフにとっての聖地らしいし。

 ここに宿泊している人物が、所在を知っている可能性は十分にある。

 もし心当りがないと言われても、他を当たって次第に聞いていくしかない。


 これはその第一歩だ。


「お邪魔しまーす」


 ノックをして入室。

 掃除をしていないのか、ホコリ臭い。

 普段客が来ないから、掃除の手を抜いてるのか。

 こんな状態にしてると、ますます客足が遠のきそうな気がするんだけど。


「って……不在か?」


 部屋の中を見渡してみても、誰もいない。

 外出中なのだろうか。

 もう日が暮れるというのに。


 窓の付近を眺めていると、背後の棚から軋む音が響いてきた。

 俺の直感が、危ないと警報を鳴らす。


 ――後ろを取られるッ


 急いで振り向いた。

 開け放された収納具。

 一人くらいは十分に隠れられそうだ。


 慎重に中を確認していく。

 そこには――誰もいなかった。

 そう、誰もいない。

 しかしその代わり、細い銀色の糸がキラキラと光っている。


「……ん?」


 その糸は俺の背後へと続いていて、

 まるで油断を誘うための罠であるかのように――


 ――フォン


 鋭い音が耳元で空を切る。

 ゾワリと背筋が震えた。

 急いで横に飛ぶ。

 すると、ハラリと髪が数本宙を舞った。

 襲撃者だ。


「危ねぇなおい!」

「あっ、仕留め損なった!? ならば二の太刀をッ」


 続いて繰り出される横薙ぎ。

 ここで、俺の自己防衛本能が覚醒した。

 とっさに魔力を手に集め、魔法を発動する。


「灯り犇めく炎魔の光弾、穿ち貫き敵を討て――『ガンファイア』ッ!」


 俺の手先から、弾丸のごとく炎玉が射出された。

 ボッ、と派手な爆発音がして刀が弾け飛ぶ。

 破損させるまでには至らなかった。

 しかし、これで凶器は使えまい。


「くっ、何の! ならばこの剣で!」


 ジャキン、と新しい武器を構えてくる。

 これは予想外。

 何で二本も刀持ってるんだ。予備とは卑怯な。

 仕方がないので、もう一度魔法を使うか。


 ゴキブリは一匹見たら三十匹はいると思えの法則だ。

 あの曲剣を吹き飛ばしても、さらなる武器が出てくる可能性がある。

 ここは、本人を抑えるしかない。


 範囲魔法を詠唱しようとする。

 同時に目の前の人物は、俺の風貌を確認すると――


「……って、あれ。子供?」


 ポカンと、大口を開けた。

 そして、刀を下ろして鞘に仕舞おうとする。

 その反応に、俺も詠唱を止めざるを得なかった。


「ご、ごめん。賊が追いかけてきたのかと思ったよ。

 この近辺を歩いていた時に、襲われかけたから」

「勘違いで斬殺されるのは洒落にならんぞ……」


 俺は胸をなでおろしつつ、少女の姿を見やる。

 少し尖った耳に、金砂のような短髪。

 肩の辺りで切りそろえた金髪は、夕暮れの日差しで眩しく輝いていた。

 女性のエルフか。


「私はイザベル。

 近くの里から周囲視察に来たエルフだよ。君の名前は?」


 イザベルというらしい。

 そういえば、エルフは姓を持たないんだっけ。


 彼女の外面は、十七、八歳くらいに見える。

 だけど確か、エルフの外見年齢は当てにならなかったはずだ。

 人間とは成長スピードも寿命も一線を画している。

 普通の中年おじさんが妙齢のエルフに年を聞いてみた所、


『あなたの曾祖父さんが生まれた頃には、もうこの地に根を張っていましたよ』


 って答えられた――なんて話もあるくらいだ。

 このイザベルという少女も、恐ろしく長い時を生きているに違いない。


「俺はレジス・ディン。没落してる領主の息子だ」


 自己紹介すると、イザベルの耳がピクリと反応した。

 同時に、警戒するような視線を投げかけてくる。

 ああ、貴族という言葉に反応したのか。

 エルフを欲しがる客層だからな。


「一応言っておくが、俺はお前に何もするつもりはない。

 警戒してくれても構わないけど」

「身内に報告しないのかな? 私はエルフだよ」

「一族にそんな悪趣味を持ってる奴はいないよ。

 俺だって人が嫌がることなんて、極力したくない」

「……へぇ」


 イザベルは洞察するように俺の顔を見てくる。

 しばらくの沈黙の後、彼女は小さなため息を吐いた。

 どうやら、警戒を解いてくれたらしい。

 俺は本題を切り出す。


「今回来たのは、『エルフの峡谷』の場所を訊くためなんだ」

「峡谷? あそこはエルフの聖地だけど。行きたいのかな?」

「ああ。どこにあるのか教えてくれないか」

「んー……」


 イザベルは難しそうな顔をする。

 数秒間考えこんで、彼女は結論を下した。


「ダメ、かな。人間に教えちゃいけない掟になっているから」

「頼んでも無理か?」

「無理かな。と言うより、

 何の用があってエルフの峡谷の場所を知りたがるの?」

「……欲しいんだよ。エルフの妙薬がな」


 俺がそのアイテムの名前を出した瞬間。

 イザベルの表情が引き締まった。

 それがどのような物かは、エルフが一番知っているだろうな。


「身内に使うのかな」

「ああ、母さんにな。

 俺を産んで体力が弱り切ってる時に『不起の病み床』にやられちゃって」

「責任を感じているの?」


 俺は即座に首を振った。


「いいや。責任感や使命感なんてないよ。

 ただ、親しい人が窮地に陥ってる時、

 助けたいって思うのは誰だって同じだろ」

「ふふっ、親孝行な息子さんだね」


 感心感心、と軽そうな口調で言う。

 しかし皮肉や風刺を利かせているわけではなさそうだ。

 単純に感想を述べているのか。

 しかし、彼女の返答は変わりなかった。 


「でも、無理かな。

 どんな理由があろうと、エルフの峡谷は不可侵聖域。

 会ったばかりの人間に教えたりしたら、それこそエルフの恥だから」

「……そうか。分かった」


 そこまで言われては、仕方あるまい。

 このまま押し続けても、面倒と思われるだけだろう。

 一度引いて、違うアプローチをかけてみるか。

 俺の言葉に、イザベルは不思議な顔をする。


「あれ、食い下がらないの?」

「今日はもう遅いからな。一回帰るよ。

 だけど、諦めたわけじゃない」

「いい心意気だね。将来が楽しみだよ」

「そりゃどうも」


 粘っても教えてくれる可能性は皆無。

 一度出直してくるとしよう。

 後少ししたら、ウォーキンスが俺の部屋に来る時間だからな。

 早く切り上げられたのは、好都合といえば好都合。


「あと、賊に気をつけてくれよ。

 丘に引きこもってる俺の所にまで話が届いたんだ。

 情報に敏い山賊連中は、もう知ってるはずだからな」

「知ってるよ。明日立つ予定だから、心配ご無用」

「って、明日かよっ!?」

「うん。二度と会うことはないかもね。さらばだ少年」


 そういうのは最初に言って欲しかった。

 まだ交渉できる時間はあると思ってたのに。

 ここで引いたら、完全に機会を逸するんじゃないか?

 でも、本人に教えるつもりがなくては、どちらにせよ意味がない。


 くそ、エルフと邂逅するチャンスなんて滅多にないのに。

 どうして俺はこうツイていないんだ。

 思えば前世からそうだった。


 俺が電車に乗ろうとしたら、たいてい人身事故が起きるし、

 終いにはクリスマスの夜に鉄骨に殺される始末だ。

 内心で毒づいていると、ふと窓の外に視線が行った。


 不穏な空気が宿屋の周囲に満ちている。

 そこで確信した。

 俺にできることは、もう一つあるのだと。


「……明日、見送りに行くよ」

「貴族がそんなに頻繁に外出して大丈夫なの?」

「平気だよ。心配はいらない」

「そっか。誰かに見送られるのは初めてだな。

 じゃあ、楽しみにしておくね」


 俺は腰を引き上げ、部屋の外に出た。

 不満を彼女の前では出さないよう、押しとどめる。

 宿屋から出て、俺は大きく息を吐いた。


 手がかりを掴んだと思えば、これだ。

 だが、まだタイムアップではない。

 あるかも知れない次のために、一手だけ講じておくか。

 イザベルを狙う輩が、接近しているみたいだし。


 ……来るとしたら、明日か。


 十分注意しておこう。

 俺は気を尖らせつつ、家路についたのだった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ