第二十話 招集
――レジス視点――
俺が目を覚ましたのは、反乱鎮圧から3日後だった。
よくもまあ、そんなに惰眠を貪れたものだと思う。
2ヶ月前にエリックと殴りあった時も、何日か寝込んでたんだっけ。
でも、今回は違うからな。
俺だけでなく、エリックも見事に数日入院だった。
理由は単純明快。
魔力の使いすぎだ。
帝国兵としのぎを削り、炎鋼車を破壊し、ジークを戦闘不能に追い込んだ。
まあ、これだけ暴れたら当然、代償もついて回るわけで。
倒れるのも仕方なかったと言える。
俺たちは今、王都一番の治療院にいた。
学院に備え付けられた医務室は、見事に吹き飛んでしまったらしい。
まあ、学院そのものが壊滅したからな。
都合よく一部の施設が残ってるなんてことはなかった。
さっき目を覚ました俺は、医者に色々と問診をされた。
怪我の後遺症はないか。
何の魔法を使ったのか。
反動の不快感は残っていないか、など。
さすがに王都で腕利きの魔法医師だ。
色々と手際が良かった。
すぐに問診も終わったので、医者にアレクを呼びに行ってもらっているところだ。
ふとベッドの脇を見れば、お茶の入ったティーカップが設置されている。
隣にはティーポットもあり、おかわりも自由らしい。
ハッハッハ、さすがは上流階級の治療院。
貴族が普段利用しているだけはある。
VIP待遇とはこのことよ。
俺は貴婦人さながらに熱い茶をすする。
うむ、全身の気だるさは未だ残るが、全快と言って差し支えない。
いつ頃ぶりだろうな、この心の平穏は。
時刻は朝の9時頃くらいだろうか。
しばらくはベッドの上で、まったりさせてもらおう。
茶を喉に流しこみつつ、窓の外を見る。
炎上した王都は鎮火され、瓦礫も撤去されつつあった。
驚くべきはその復興速度だ。
修復魔法を覚えた魔法師が総結集しているらしい。
わずか3日程度で、もう重要施設を半分近く再建してしまっていた。
さすが王国秘匿の魔法。
転移魔法も十分性能が頭イッてるけど、こっちも負けてないぜ。
着々と進む後始末に、俺も安堵の息を吐く。
さて、茶も一杯飲み終えたし、アレクが来るまでもう一眠りするか。
そう思っていると、何やら視界に黒い影が映った。
何だアレは。
窓の外――遠い空から、何かが降ってきている。
デジャブだな、どこかでこんなことがあったような。
そう、あれはシャディベルガと一緒に執務室にいた時だったか。
それに気づいた瞬間、俺は跳ね起きていた。
同時に、超高速で飛来した影が窓をぶち破ってくる。
ズガァン、と破滅的な音が病室内に響き渡った。
「どわぁあああああああああああああああ!」
到来した衝撃で、俺はベッドから転げ落ちた。
完治していない擦り傷たちが悲鳴を上げる。
しかものたうちまわった拍子に、脛をベッドの足に強打してしまった。
「……あぅ、おうッ」
声にならない痛み。
悶絶するように地面を這いずりまわった。
死にかけのセイウチだよもう。
ふざけた侵入をしてきやがって。
怪我人をなんだと思ってやがる、この非常識人めが。
俺は怒りと共に立ち上がった。
「またかアレク! お前は窓に何か恨みでもあるのか!?」
ビシッ、と指を突きつけて糾弾する。
すると、大陸の四賢ことアレクは、小悪魔のように微笑んだ。
「刺激が足りぬと、人生が楽しくなくなるのじゃ」
「そんな理由で窓をかち割られたら業者が泣くわ」
そぉい、とか言って窓を割る不審者の事案が発生。
とかなっても俺は擁護しないからな。
大陸の四賢が器物破損で逮捕、とか中々胸がときめくものがあるけど。
俺が巻き込まれるのは御免だ。
「冗談じゃ。ちゃんと動けるかを不意打ちで試しただけじゃよ。
こうやって直せば――問題ないじゃろう?」
そう言って、アレクは修復魔法を唱えた。
粉砕した窓の破片が、次々と組み上がっていく。
そして、あっという間に元の姿に戻ってしまった。
恐るべし修復魔法。
アレクが修理し終えたのを見計らい、現在の状況を訊いた。
「それで、今の王都はどうなってるんだ?」
「順調に復興中じゃ。炎鋼車は中央街付近で止まっておったし。
ただ、王都全体の建物が5割近く損傷したそうじゃ。
派手にやられた、としか言えんじゃろうな」
まあ、最小限に抑えられたといってもいいだろう。
直接被害が出たのは、中央街と北の貴族街だ。
他の場所に波及してたら、目も当てられない惨事になっていただろう。
今回ので十分大惨事だけどな。
「てかちょっと待て。今帝国に攻めてこられたらマズくないか?」
「それはないじゃろうな。
境界線上の大橋が何故か破損したみたいじゃし。
進路が確保できない以上、大軍を動かすことはせんじゃろう」
やっぱり、伝令の言ったことは嘘じゃなかったんだな。
境界線上の大橋は馬鹿でかい通行路と聞くが。
そんなものをへし折るって、一体どんな化け物なんだか。
「橋を落としたのが誰か、分かるのか?」
「大体はの。あんな真似ができるのは、大陸でも数人くらいじゃ。
特定の誰かとは決定づけられんが……。
そこら辺の魔法師でないことは確かじゃな」
どうやら、大体の目星は付いているようだ。
数人まで絞った、って感じなのかも知れん。
ところで、俺は前世でとある探偵ゲームをプレイした経験があるのだが。
トンチンカンな名推理を発揮して、数々の事件を迷宮入りにしてきた。
名探偵な子供も、プレイヤーの頭が腑抜けてると上手く動いてくれなかったな。
眠らされることに関して右に出る者のいない迷探偵に加え、
俺の奇抜な発想によって、更に事件解決率が下がっていったのは良いトラウマだ。
俺はきっと刑事に向かないんだと思う。
まあ、俺は社会不適合者だったわけだからな。
きっと何にも向いてなかったんだろうけど。
認めるのは悲しいな。
「じゃあ、とりあえず王都は平和が保てるってことでいいのか」
「うむ。この件で、ラジアス家とそれに加担した貴族が取り潰されるじゃろう。
全てとはいかんみたいじゃが、腐敗した連中を大量に片付けることができる」
「怪我の巧妙……なんて言いたくないな。犠牲も出たんだし」
ラジアス家と、それに与する連中。
そいつらは、今回で表舞台から消えることだろう。
腐敗貴族の割合が多かったから、王国からしたらプラスなのかもしれない。
だがそのために、何人もの犠牲が出たわけだが。
他の奴らの動向が気になるな。
「エリックはこの治療院にいるから良いとして。
エドガーとイザベルはどうなったんだ?」
「ああ、あの元傭兵は既に全回復しておる。
面倒臭いが、我輩が治癒魔法をかけてやったのじゃ」
「そりゃあ、ありがとう」
珍しいな。
アレクは基本的に、無気力な奴だから他人に力を貸さないんだが。
この二ヶ月の間で、人に慈悲をくれてやってる所を見たことがない。
俺に対しても地獄の鍛錬を組んでくれるからな。
いつか足の小指をタンスにぶつけて悶絶すればいいのに。
「ふん、吾輩が好きでやったことじゃよ。
あと、我が種族……イザベルは姿が見えんな。
身を隠すということは、同族と連絡を取りあっておる最中か」
イザベルは今、どこかに行っているのか。
そう言えば、時々誰かと連絡を取ってるみたいなんだよな。
エルフの里とかに、定期的に報告を入れているのかもしれない。
八年前も、ディン家の領地に調査を目的に来てたっぽいし。
しかし、気になるな。
俺の心の機微を見抜いたのだろうか。
アレクは安心させるようにフォローしてきた。
「邪な気配も今はしておらんし、放っておいて大丈夫じゃろう」
「そりゃよかった」
俺が安堵の息をついた途端。
扉が叩かれ、透き通るような声が聞こえてきた。
「――失礼します」
これは聞き覚えがあるな。
どうぞ、と促して入ってくるのを待つ。
進入してきたのは、凛とした女性。
八年前に立会人をしてくれ、今は王都本軍を代理で率いている人。
リムリス・トルヴァネイアだ。
とりあえず、会釈して挨拶をする。
「あ、リムリスさん」
「おはようございます、レジス殿。そして――」
アレクの方を見て誰かを尋ねる。
そうだったな。アレクは基本正体を隠す魔法を使ってるんだっけ。
隠蔽するのも不要と感じたのか。
アレクは纏っている魔法を解除した。
その上で、自分の本性を明かす。
「我こそは大陸の四賢が一人。アレクサンディア。と呼ぶがいいのじゃ」
「……大陸の、四賢?」
「うむ。疑うなら証拠も見せてやれるぞ?」
ニヤリ、と微笑んで手を差し出す。
指一本で、この治療院くらいなら吹き飛ばしてしまうだろう。
いざ馬鹿なことをしでかしたら、チョークスリーパーも辞さぬ構えだ。
何をするか分からんからな、アレクは。
リムリスは彼女の挑発じみた仕草を見て、納得したように頷いた。
「いえ……なるほど。となれば、炎鋼車を撃破したのは――」
「我輩じゃ」
「なるほど、合点がいきました。あれほどの圧倒的な殲滅。
可能なのは、確かに大陸の四賢を置いて他にいませんでしょうね。
まずは臣下の私から感謝させて頂きましょう。
王家のための奮戦、ありがとうございました」
流れるようにして頭を下げる。
いやぁ、綺麗な一礼だ。
汚い土下座しかできない俺とは大違いだな。
これこそ人間性の違いが立ち振舞いに出るのだろう。
アレクなんか見てみろ。
人のベッドに腰掛けて腕を組んで、ふんぞり返っていらっしゃる。
何様だお前は。
「何を言っておるのじゃ。我輩は喧嘩を売られたから買ったに過ぎぬ。
我輩の面子を保とうと思っておるならば。
間違っても『王家のため』などと口にしてくれるな。
我輩は何者にも与せぬし、何事にも束縛されぬ」
アレクは「不愉快だ」ということを全身で示した。
ああ、そういう言い方は禁句だもんな。
特定の権力者のために動いたと思われている。
アレクはそのことが心外な様子だ。
「それは失礼しました。では、要件に入らせてもらっていいでしょうか」
「あ、はい。てか、いつまで睨んでるんだアレク」
「ええい、鬱陶しい。ベタベタ触るでない」
とりあえず不機嫌なアレクを隣に引き寄せる。
拘束しておかないと暴れ出しそうだ。
アレクの肩を押さえた上で、リムリスに続きを促した。
「――陛下がお呼びです。
今回の一件について、何か仰りたいことがあるご様子。
是非、お仲間と共に王宮に来ていただけませんか」
よし、待ってた。
これを待ってた。
この話を逃す訳にはいかない。
怪我が酷いと思われたら、延期もあり得そうだからな。
跳ね起きるように了承し、元気であることを示す。
「分かりました」
「では、我輩はその辺りをぶらついておくとするのじゃ」
アレクはそう言うと、俺の手から逃れて立ち上がろうとする。
俺は慌ててその手を握って制止した。
「おい、何でだよアレク」
「何で我輩が出向いてやらねばならんのじゃ。
国王? なんじゃそれは。我輩を呼びつけられるほど偉いのか?」
うわぁ……面倒臭い性質が祟ってるよ。
プライドが凄い高いんだよ。
自分を中心に世界が回ってると思ってるタイプだ。
間違いない。
そして、アレクなら本当に自分を中心に世界を回らせようとしかねない。
「そりゃあ、お前から見たらみんな若造だろうけど……。
俺からも頼むよ。一緒にいてくれたほうが心強いんだ」
「はぁ? 我輩を相手にするなら王がこちらに出向いて――」
「頼む」
俺は真剣に頼み込んだ。
すると、アレクは毒気を抜かれた顔になる。
そして、しばらく口ごもってしまう。
だが、俺の腕を振り払うと、吐き捨てるようにして言った。
「……ちっ。まあいいじゃろう。
レジスに免じて、同行してやるとするのじゃ」
よし、何とか止めることに成功。
こいつがいるのといないのとでは、無茶の出来る範囲が全く違う。
大陸の四賢としてのネームバリュー、全力で利用させてもらうとしよう。
清純な心を持つ者は、俺を口汚く罵るだろう。
だが甘んじて受けよう。
フハハ、俺は目的のためなら手段を選ばんぞ。
俺の小物っぷりに震え上がるがいい。
「では、同行する仲間の名前を教えてください。
今から兵を派遣して探して参りますので」
「不要じゃ。我輩が連絡をとって参加不参加を聞いてくる。
レジス、少しその女の相手をして来るのじゃ」
リムリスの申し出を、アレクはあっさり断る。
どうやら、テレパス魔法で連絡を取るらしい。
俺より範囲が広いから、王都内にいればどこでも通じるみたいだからな。
なんという携帯電話女。
電波飛ばしてる女はやっぱり違うぜ。
だが、今聞き捨てならないことを言ったな。
「相手って……外でか?」
「別にそこのベッドの上でも構わんぞ?
その場合、汝の名声が死ぬじゃろうがの」
「さて、外に行っておきましょうか。リムリスさん」
俺はあっさり折れた。
なんつう逆セクハラをしやがる。
前世の俺の家がどんな場所だったと思ってるんだ。
外国ドラマにおいて、濡れ場が出てきただけで固まるピュアな家庭だったんだぞ。
『ハッハッハ、ナイスストローク』とか和ませようとしたことを言って、
妹は赤面し、俺は親父にぶん殴られたこともあった。
あれは自分でも正直どうかと思ったな。
リムリスの前を通り過ぎ、外に出るように誘導する。
「了解しました」
リムリスは扉を後ろ手に閉めた。
すると、なんとも気まずい雰囲気が流れる。
いかん、このままではコミュ障なのがバレてしまう。
何とか場を繋がねば。
とりあえず、さっきからのアレクの態度を謝っておくことにした。
立場としてはリムリスの方が上なので、敬語で進行するとしよう。
「何か、すいませんね。
あいつ――アレクはちょっと捻くれてるんですよ。
自分より上の存在がいることを認めないみたいで……」
「私は気にしませんよ。
この大陸を守護する英雄――
場合によっては、確かに一国の王より上の存在かもしれませんね」
「……臣下の人がそんなこと言っていいんですか?」
今、王国の重鎮として言っちゃいけないことを言った気がするぞ。
まあ、心の広い人なんだろう。
分かる、分かるよ俺は。
この人、徳が身体からにじみ出てるもん。
身体から昆布の出汁すら取れない俺とは大違いだ。
「ええ、ですから他の者には内密にお願いします。
そうすれば誰も不満は持ちません」
「そんなものですか」
「そんなものです」
しばらく談笑していると、中から声が聞こえてきた。
「終わったのじゃ。入って来い」
俺とリムリスは再び中に入る。
するとアレクは、勝手にティーポットを使って茶を飲んでいた。
俺のティーカップなんだけどそれ。
奥の棚にまだ予備があっただろ。
この横着者めが。
「で、どうだった?」
「まずは元傭兵の娘じゃが。
吹き飛んだ魔法商店の復旧で忙しいみたいじゃの。
なので、王には上手く出れない言い訳をしておいてくれ、らしいのじゃ」
そうか、魔法商店、また壊れちゃったのか。
つくづくあいつは、商人としての運が無いのかもしれん。
立て直すのを手伝えたらいいんだけど。
それよりも、懸念事案が発生したな。
言い訳をしてくれって、なぁ。
「臣下の目の前でそれを言っちゃったら、もう言い訳も何もないよな」
「まあ、大丈夫ですよ。王は温厚で寛容な方ですから。
他の大臣がいい顔をしないと思いますが、そこは私にお任せください」
さすが大僧正リムリス殿。
失言暴言なんのそのだな。
あんまり菩薩のような広い心を持つと、アレクが増長するぞ。
ところどころ反発する気概も必要だと思うんだ。
「で、次じゃ。イザベルとついさっき連絡が取れた。
『人間に会うために王宮に行くのが煩わしい』らしいの。
我輩よりは可愛い理由じゃな。はっきり言ってやればいいのにの。
人間ごときがエルフを呼びつけるなど1000年早い、とな」
「あんまり毒々しく言うなよ……」
何となく想像はついてたけどさ。
イザベルも相当な拒否反応を示してるな。
いや、アレクが人間に対して距離が近いだけか。
基本的にエルフは、人間を見ただけで嫌悪するからな。
イザベルもどっちかといえば、人間に近しい方なんだろうけど。
さすがに、王宮に出向く気にはなれないか。
「そして最後に、復讐に燃えておった少年じゃが――」
「ああ、エリックは同じ治療院だったよな。今から聞いてこようか?」
「もう聞いておる。
『貴族の元締めに会うのは御免だ』と言って、散歩に出かけたみたいじゃぞ。
あれは言っても聞かんじゃろうな」
「……まあ、あいつ権力とか大嫌いだもんな」
エリックよ、お前もか。
まあ、心の整理をつける時間とかも必要だろうし。
そっとしておいてやろうか。
選別した結果、どうやら人員は二人に決まりそうだな。
「ということでリムリスさん。王宮に向かうのは俺とアレクで」
「そ、そうですか」
「はぁ……面倒臭い。本気で面倒臭い。
なぜ我輩が足を運んでやらねばならんのじゃ」
アレクがものすごい勢いで文句を言っている。
呪詛の手紙を書いてるホラー女子高生かお前は。
ブツブツと悪態をつくアレクに対して、ついにリムリスが注意を飛ばした。
「アレクサンディア殿。
王を軽んじる発言は、王宮内では控えて頂くようお願いします。
私は胸に留めておきますが、中には血気盛んな臣下もおりますので――」
「却下じゃ。我輩に指図をするでない」
アレクは簡単に拒否してしまう。
まあ、そうだよな。
こいつ、多分俺が指図しても聞いてくれないだろうし。
お願い、という形をとって初めて、聞くか聞かないかのラインに立つわけだ。
相変わらず、偏屈なところがあるんだよな。
「……了解しました。では、できる限りでお願い致します」
「できる限りじゃな。ならば聞こう」
そう言うと、アレクはベッドから飛び降りた。
長い金髪がふわりと跳ねる。
朝日の光を浴びる幼き少女……。
アリだと思います。
あ、睨まれた。
気配で俺の劣情を見ぬいたようだ。
露出狂のくせに、そういう所だけ敏感なやつだ。
数秒程度続く、俺とアレクのにらみ合い。
それを尻目に、リムリスは治療院の外を示したのだった。
「では、案内いたします」