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第十八話 完全なる討滅

 

 

 

 

 時は少しさかのぼる。

 レジスと研究所の前で別れたアレクは、高速で滑空していた。

 上空を飛び、帝国兵に気づかれないように移動する。

 アレクは王都の全貌が見える高度に達すると、静かにため息を付いた。


「はぁ……何故にして我輩が動かなければならんのじゃ」


 鬱陶しげに髪を払う。

 遠くを凝視すると、寮に走っていくレジスの姿が見えた。

 アレクは現時点におけるレジスの無事を確認して、再び移動を開始する。

 恐らく、レジスは苦戦することになるだろう。


 何となく、アレクは直感でそのことを予想していた。

 もちろん、外れることも否定できない。

 しかし例え、どのような強敵が現れようと。レジスは乗り越えてくれるはずだ。

 普段の無茶な訓練にも、しっかりレジスはついてくる。


 情けない泣き言を言いながらも、決して投げ出しはしない。

 その根気を考慮して、アレクは結論づけた。

 ともかく、まずは最重要案件である炎鋼車だ。


 アレクは王宮へ向かう途中に、ある光景を見た。

 帝国兵が王国貴族を斬り倒し、次々に貴族へ襲い掛かっていく。

 まだこの辺りは、王都本軍の手が届いていないようだ。

 アレクは絶叫に満ちた下の世界を、何の気なしに眺める。


 だが、特に興味もなくそのまま通過していく。

 人間同士の殺し合いを見て、アレク辟易した。


「……やれやれ、よくもまあ同族でやり合うものじゃの」


 沸き上がってきた思考と感情は、せいぜいその程度だった。

 戦闘になれば、命の取り合いになることは当然。

 いちいち見ず知らずの人間を助けるほど、アレクは人間に好意を抱いていない。


 レジスやシャディベルガに対しては、『彼ら』だから力を貸しているだけ。

 エルフを差別し商売の道具とする連中を、助ける義理などない。


 長い時を生きるアレクは、基本的に戦争を面倒臭いものだと思っていた。

 どのような強敵が来ようとも、己が死ぬわけでもなし。

 自分とまともな勝負ができるのは、せいぜい邪神か他の大陸の四賢くらいのものだろう。


 とはいえ。

 前者は封印され、後者は全員が所在不明。

 しかも大陸の四賢の内、一人は老衰死が確認されている。

 必然的に、アレクが脅かされるようなことはあまりない。


 今回の一件も、ただ単に『ああ、戦争が起きたなぁ』と感じるだけだった。

 しかし、レジスの危機を無視するわけにはいかない。

 シャディベルガから頼まれているのもあるのだが。

 個人的に、レジスには力を貸してやりたいと思ってしまう。


 謎の感情を抜きにして、簡単に理屈で理由付ける。

 とにかく、可愛い弟子が必死に戦おうとしているのだ。

 稽古をつける師匠がサボっているわけにはいかないだろう。


「……む、あれじゃな」


 アレクはついに炎鋼車を発見する。

 それらは色々な物を、燃料結晶の火魔法で破壊していた。


 あるいは逃げ惑う民衆。

 あるいは泣き叫ぶ貴族。

 あるいは荘厳な建築物。


 その全てを轢き潰しながら、国王の座する王宮へ迫っていた。

 狭い中央街を抜け、既に王宮への一本道の地点まで侵入している。

 王都本軍が死守する王宮前まで、あと少しといった所だ。


 周りには、建造物もなければ人間もいない。

 まさに独走状態だ。

 その様子を見て、アレクは邪悪に笑った。


「くくく。いい位置関係じゃな」


 ここならば、一帯をなぎ払っても文句は言われないだろう。

 アレクは凄まじいスピードで炎鋼車を抜き去る。

 そして、広大な一本道の真ん中で停止して浮遊した。


 空中に君臨する少女の姿に、炎鋼車の魔法師も気づく。

 窓から顔を出し、目を細めて仲間に尋ねた。


「……なんだ、ありゃあ」

「……浮遊魔法、か? まさかな」

「……馬鹿か。浮遊魔法の習得は至難の業だぞ。

 あんなガキが使えるわけがないだろう。

 恐らく、風魔法の応用で浮いてるだけだ」


 そう言い捨てて、再び炎鋼車の操縦に集中する。

 全員の意思確認は、一瞬で終わった。

 『撃ち殺せ』だ。


 早く王宮を制圧して、抵抗する連中の士気を削ぐ必要がある。

 この炎鋼車に乗っているのは、帝国でも腕利きの魔法師ばかりだ。

 王都本軍が立ちふさがろうとも、まず負けるはずがない。


 50両もの炎鋼車が、少女に向かって照準を定めた。

 半分笑み混じりで、魔法を詠唱しようとする者もいる。

 王宮を襲撃する前の、余興だと考えているのだろう。

 浅い考えを看破したのか、アレクは哄笑した。


「はッ、我輩を相手にするか?

 よかろう、肌に傷を付けられたら褒めてやるのじゃ。

 全力で来い。そして、絶望を知らしめてやろう」


 身体から魔力が湧き出る。

 だが、まだこちらから攻撃はしない。

 大陸の四賢の誓いを、蔑ろにするつもりはない。


 2つの理由から、大陸の四賢は大陸の出来事に干渉することを原則禁止している。

 理由の1つは、とても分かりやすい。

 大陸の四賢は、強すぎるのだ。


 あまりにも圧倒的な力は、他のすべてを駆逐してしまう。

 一人で国勢を覆す化け物が勝手気ままに振る舞えば、間違いなく秩序が崩れる。

 それが、あくまで表向きの理由。


 だが、もう1つの理由。

 それをアレクは頭に思い浮かべる。

 忌まわしい、かつての戦いで得た代償。

 そのことを認識して、アレクは悔しそうに歯を軋ませた。


 これさえなければ、大陸の四賢は苦しまずに済んだというのに。

 だが、これだけは仕方がない。

 アレクは脱力するように息を吐いた。


 その時だった。

 アレクの全身に砲撃が降り注いだ。

 炎鋼車が火魔法を打ち込んできたらしい。

 唐突な一撃に、アレクも少し驚いた。


「……む」


 爆風が巻き起こり、大気が振動する。

 どうやら、燃料結晶から火魔法を発生させているらしい。

 もうもうと煙が上がり、アレクの身体が隠される。

 障害物を取り払ったことを自認して、魔法師達は炎鋼車を進ませた。


 だが、しかし。

 煙が晴れた場所には、無傷のアレクが浮遊していた。

 先程と全く変わらぬ態勢で、炎鋼車を睨んでいる。

 それを見て、炎鋼車の中にいる魔法師達が一斉にざわめいた。


「……なっ、なんだとッ!?」

「……なんだあの小娘は」

「……構うな。連携を取れ! 50両で一斉に攻撃するぞ」


 言い捨てて、魔法師達は即座にテレパスで連携を取り合った。

 あの少女が何者か分からない以上、真っ先に駆逐するべき。

 そう判断したのだろう。


 炎鋼車における最上位級の火魔法・『炎鋼の光矢』を放つ準備に取りかかる。

 先程まで中央街で暴れさせていた燃料結晶を、急いで取り替えた。

 同時に全員が風魔法で着火をしようとする。

 そして、ある魔法師の言葉を合図にして、一斉に火魔法が放たれた。


「――放てッ、炎鋼の光矢!」


 一両の攻撃を皮切りに、全ての炎鋼車が魔法を発射した。

 光のような早さで迫る矢が、少女の身体に触れる。

 そして、その細い体躯を砕くために爆散した。


 何十連もの爆音。

 爆砕。蹂躙。

 辺りの木が、衝撃の余波を受けてなぎ倒される。

 空が真っ赤に染まり、業火が大気中で滞留した。


 誰が見ても、少女は粉々になったとしか判断できないだろう。

 一発一発が、中規模の施設を全壊させる威力だ。

 生身の人間に当たれば、塵になるに違いない。


 今度こそ、邪魔な存在は消えた。

 50台に乗車する総勢300人近くの魔法師は、静かに頷いた。

 そして、車輪を回して進軍しようとした時――。


 煙の中から、凄まじい衝撃波が到来した。

 一気に炎鋼車2台に突き刺さり、装甲を突き破る。


「……なッ!?」


 中にいる魔法師が驚愕した瞬間。

 車内の機関部に衝撃が達した。

 炎鋼車が盛大に爆発する。


 すると、燃料結晶を誘爆してしまう。

 二連の爆砕を受けて、炎鋼車が内部から崩れ落ちた。

 地盤が凹む大爆発に、周囲の炎鋼車に乗り込む魔法師が戦慄する。


「……嘘、だろ?」

「ちょっと待て。今、何が起きた……?」


 ドワーフとドラグーンの素材から削りだした特殊塗料。

 それらを強靭な合金に厚塗りして、炎鋼車は凄まじい強度を作り出している。

 外に張った魔法障壁は全ての魔法を跳ね返し、

 硬質な装甲は全ての物理攻撃を受け止める。

 はずだったのに――。


 魔法師達は、煙の晴れた上空を見上げる。

 そこには、やはり無傷の少女が浮遊していた。

 だが、先程までと少しだけ違うところがある。

 アレクは何がおかしいのか、凄絶な笑みを浮かべた。


「あーあー、やってくれたのう。痛い、実に痛い。

 汝ら、我輩の肌に傷を付けたな?」


 そう言って、綺麗な手を掲げる。

 そこには確かに、うっすらと火傷による傷が見られた。

 だが、すぐに完治してしまいそうなまでに淡い。


 ほぼ無傷な少女を見て、魔法師たちは息を呑む。

 アレクは掲げた手を固めにかぶせる。

 そして、爆発したような喜びを声に出した。


「大陸の四賢の誓い。その例外を発動させてもらうのじゃ。

 敵に身体を傷つけられた時。四賢の誓いは原則として破ることができる。

 さあ、我輩が正式に相手をしてやろう」


 ギロリ、と敵意のこもった視線を投じる。

 アレクの言葉が、帝国の魔法師を震え上がらせた。


 アレは、この化け物は。

 手を出してはいけない存在だったのではないか。

 今更ながらに、炎鋼車の中で戦慄した。


「しかしまあ、しょっぱい攻撃じゃの。

 防壁も張らずに受けてやったというのに。

 ロクに傷一つ付けられぬとは。

 ――信念のない一撃に、威力は宿らぬよ」

「もういい、早く殺せッ! 撃ちまくれ!」


 アレクはまだ詠唱の準備をしていない。

 そのことに気づいた魔法師は、再び攻撃の指示を出した。

 何か行動を起こす前に殺してしまわなければ。

 だが、アレクは全く慌てない。

 冷静に自分の行動を振り返っている。


「むぅ、2両を無為に壊してしまったの。

 実に失敗じゃ。我輩もまだまだ修行が足りんな――」


 何十両もの炎鋼車が、再び発射準備をする。

 だが、そんな超兵器を無視して、アレクは残酷に自嘲した。


「大陸の四賢に手を出せばどうなるか。

 骨身に染みるまで、力づくで分からせてやるのじゃ」


 その瞬間、すべての炎鋼車が炎の矢を射出した。

 先ほどよりも高濃度な魔力を凝縮している。

 人間の反応速度を超えた一閃が、アレクの身体に当たって爆発した。


 だが、アレクは全く気にする素振りを見せない。

 攻撃を受けながら、無造作に炎鋼車の一つに近づいた。

 そして、あろうことか正面から装甲に拳を繰り出す。


 バガンッ、という痛々しい音が響いた。

 すると、炎鋼車の壁に風穴が空いていた。

 鉄壁の装甲が、素手で打ち壊されてしまったのだ。

 中にいた魔法師が、アレクの姿を見て喉を引きつらせる。


「……ぁ、あ」

「燃料結晶はそこじゃな? ――『ハイエンド・ブレス』」


 アレクが風魔法を詠唱した。

 魔法師が止める間もなく、風の一刃が燃料結晶を切り裂いた。

 次の瞬間起きたのは、大爆発。


 辺りの炎鋼車の視界をくらます爆炎が迸る。

 それを見て、周りの魔法師達は絶望を感じた。

 だが、同時に淡い希望が湧いてきた。


「馬鹿がッ、炎鋼車の爆発に巻き込まれやがった!」

「しょせんは子供の身体。耐えられるはずがない!」


 喝采が辺りの炎鋼車の中から響き渡る。

 だが、それを打ち消すように、涼しい声が聞こえてきた。


「――『カオス・ウィンド』」


 立ち込めた煙が一瞬で撒き散らされる。

 そして、中から飛び出してきたのは風の暴力だった。

 おびただしい数の刃が、突風となって吹き荒れる。

 刃の一つ一つが、的確に炎鋼車の頭頂部を襲った。


 魔法障壁を一発で打ち破り、続く一閃で燃料結晶を切り払う。

 アレクの周りに密集していた炎鋼車、その数20両。

 その全てが一気に大爆発を起こした。


 辺りの木々がなぎ倒され、空が真っ赤に染まる。

 王国最強の兵器が、簡単に打ち破られてしまった。

 その事実を受け止めた魔法師達が考えたことは、ただ一つ。


「た、退却ッ。逃げろぉおおおおおおおおおおおおお!」


 炎鋼車が急速にバックを始める。

 操縦を担う魔法師は、完全に正気を失っていた。


 何だ、アレは。

 あんな化け物がいてはならない。

 なぜ攻撃が通らない。

 なぜあんな魔法が、障壁と装甲を撃ち抜いてしまう。

 怖い、怖い怖い怖い。


 虐殺を繰り広げていた魔法師達は、初めて理解した。

 ――アレは、相手にしてはいけない存在だったのだ、と。


「どけ、どけよこらッ!」

「おいッ! 早く後退しろ! 俺が逃げられねえだろうが!」


 炎鋼車の中から次々に悲鳴が上がる。

 ある者は、転がる炎鋼車の残骸が邪魔で後退ができない。

 ある者は、恐怖で操縦の仕方を忘れて立ちすくむ。


 この装甲の中にいても、安全ではない。

 先程まで、絶対的優位に立っていたというのに。

 戦局を一瞬で引っくり返されてしまった。

 醜い退却争いを見て、アレクは悪魔のようなほほ笑みを浮かべる。


「さて、これ以上時間を浪費しても仕方ないしの。決めてやるのじゃ」


 再び上空に舞い上がったアレクは、己の右手を眺めた。

 魔法師たちが退却する前に、一気に仕留める必要がある。

 だが、炎鋼車の機動力は並大抵のものではない。


 相当な訓練を積んでいるのだろう。

 しばらく混乱していたが、魔法師たちはすぐに統率の取れた遁走を開始した。

 範囲魔法の餌食にならないよう、アレクを中心にして放射状に広がっていく。

 アレクはため息をつくと、残念そうにつぶやいた。


「……これは、あまり使いたくなかったのじゃが」


 このまま逃せば、中央街でさらなる犠牲が生まれるだろう。

 転移魔法で逃げられるのならまだいいが、炎鋼車で逃走を図られると困る。

 魔法師たちは間違いなく、退却路にいる王国の人々をなぎ払いながら進むはず。


 とは言え、しょせんそんなものは戦禍の副産物。

 アレクとしては、気にしないことなのだが。

 レジスの意図を汲むに、なるべく味方被害は少ないほうがいいだろう。


 弟子のことを思い出す。

 すると同時に、かつて彼に言い放った言葉を思い出した。


 ――『魔力を使うと……我輩が我輩でなくなるのじゃ』


 そう。

 これこそが、大陸の四賢が積極的に動かない一番の理由。

 500年前の因縁が今でもこの身体を蝕む。

 術者を封印しても、決して消えなかった永劫の呪い。

 前にディン領で感じた何者かの気配を、アレクも身体から滲ませる。


「……使用もやむなし、というわけじゃな」


 こんな力、返せるものなら返してしまいたい。

 元々の魔法師としての力で、十分に戦力は高いのだ。

 先ほど炎鋼車を蹂躙したが、アレは全てエルフの力で成し遂げたもの。


 だが、今から詠唱するこの魔法は。

 この呪われ忌避される死の魔法は。

 決して称賛されるものではない。


 使う事自体が、恥ずべき行為なのだ。

 だが、しかし。

 アレクは下方を一瞥した。

 炎鋼車が中央街へ走り去ろうとしている。

 あの連中を野放しにしておく訳にはいかない。


 中には、転移魔法で炎鋼車の中から脱出する魔法師もいた。

 すでに広範囲の魔法を撃っても、一発で壊滅に追い込むことは難しいだろう。

 一両一両を破壊するにしても、時が経過して被害が広がるばかりだ。

 確かに魔法師たちの陣形は、撤退戦としては理想のものだと言えるだろう。


 だが、彼らの考えは甘かった。

 アレクは決して一両単位での破壊はしない。

 広範囲魔法が効果的でないならば、それを超越した広範囲魔法を放てばいいだけ。

 アレクは深淵に眠る呪いから、おぞましい魔力を引き出した。


「――我ガ身体ニ眠ル邪ナル残リ香ヨ。

 邪神ノ名ニオイテ地蟲ヲ討滅セヨ。

 ――『カタストロフィ・ブレイズ』ッ!」


 アレクの頭上に、黒い炎が浮かび上がる。

 同時に、十重、二十重と。

 数えきれない魔法陣が、炎鋼車全てに浮かび上がった。


 黒い炎が現れた途端、辺りの草木が一瞬で枯れてしまった。

 近くに存在する万物の魔力を吸い取り、炎は一気に巨大化していく。

 黒い宝石のような獄炎は、死を象徴しているかのように見えた。


 アレクの身体中に、赤い刻印が浮かび上がる。

 ギシギシと、エルフとしての魔力を押しのけて術者を飲み込もうとする。

 魔力が体内で荒れ狂って乱反射した。

 だが、アレクは眉をひそめるだけ。

 大陸の四賢の総魔力でもって、それをねじ伏せた。


 今にも暴発しそうになった炎が輝く。

 それはまさに邪の結晶。

 膨張した炎を見て、アレクは静かに宣告した。


「――堕チロ」


 黒い死炎が、一気に撒き散らされる。

 雨のよう炎鋼車へ降りかかり、その装甲を溶かしていく。

 竜の獄炎すら防ぐ炎鋼車が、ついに強度の限界を迎えた。


 魔法障壁が剥がれ落ち、装甲が崩れ始める。

 濃厚な死の予感を思い浮かべたのか、魔法師達が発狂するように叫ぶ。


「に、逃げろッ! 転移だ、転移魔法だ!」


 早くしないと、この炎が内部にまで侵食する。

 幸い、先程までの爆発力はないようだ。

 逃げ切れる――ッ!

 淡い期待が、魔法師たちの詠唱を何とか助けていた。


 だが、彼らは気づくべきだった。

 大陸の四賢が、無理を押してまで発動させた魔法。

 それがどれほど凶悪で、絶望を与えるのものなのかを。


 アレクはすべての炎鋼車を見渡す。

 全車両に、黒炎がまとわりついている。

 それを確認して、断罪するようにつぶやいた。

 万物を無に返す、最悪の一声を。


「――爆ゼロ」


 黒炎が一瞬だけ凝縮する。

 すると次の瞬間、赤い光を生じて爆散した。


 爆発、爆縮、爆裂、破裂、炸裂、爆砕、爆破――。


 形容することすら難しい、圧倒的な魔力。

 この一帯を完全に吹き飛ばす赤黒い光。

 圧倒的な死の光景が迫ってくるのを見て、魔法師達は思った。


――こんな苦しみを味わうのなら。


 魔法師たちの身体に、黒炎が触れる。

 すると、今までに味わったことのない痛みが身体を走り抜けた。

 今までに殺してきた人間の声が、大音量で聴こえてくる。

 最悪の呪いを込めた、邪悪な魔法だ。


 動けない中で、激痛を伴いながらゆっくりと訪れる終わり。

 意識を落とす寸前で。

 魔法師達は、真の絶望を味わった。


 ――最初から、こんな軍に従わなければよかった。


 黒い炎が全てを塗りつぶす。

 誘爆が誘爆を引き起こし、廃墟を完全に吹き飛ばした。

 王宮へと至る道を瓦解させ、反逆した敵を完全に駆逐する。


 大炎上して、完全に朽ち果てていく最強の兵器。

 王都全体に響き渡るこの爆発が、炎鋼車にとどめを刺したのだった。


 

 

 

      ◆◆◆

 


 

 

 黒い炎が収まる。

 そこには、元は兵器を形成していた残骸が、粉々になって転がっていた。

 使用済みの魔法陣があちこちに残っていて、転移で脱出した魔法師が多いことも分かる。


 だが、主戦力である炎鋼車が崩れた今。

 もはやラジアス家に、大規模な破壊をもたらす力はない。


 荒廃した地帯の上空で、浮遊するアレク。

 彼女は今、必死でこみ上げてくる邪の魔力を押さえつけていた。


「……くッ、忌々しい死に損ないめが。

 封印されてなお、我輩に牙をむくか」


 エルフとしての魔力を叩きつけ、奥深くに邪悪な魔力を押しやる。

 すると身体に浮かび上がった刻印が消えていった。

 完全に魔力に蓋をした後、アレクは溜め息をついた。


「……やれやれ。この魔法を使うハメになるとは思わなかったのじゃ」


 手をブラブラと振り、異常がないことを確かめる。

 あまり先ほどの魔力を使い過ぎると、癖になって依存してしまう。

 そうなれば、邪神にとって喜ばしい、災害級の操り人形の出来上がりだ。


 先ほど炎鋼車に負わされたかすり傷に、治癒魔法をかける。

 回復速度を急速に早め、すぐに傷を塞いでしまう。

 その上で、アレクは中央街方面に浮遊していった。


 恐らく、レジスはこの辺りにいる元傭兵を心配しているだろう。

 もし劣勢なら、挑発して先程と同じ状況に持ち込もう。

 そのつもりだったのだが――


「……必要なかったようじゃな」


 中央街は既に、帝国兵が瓦解していた。

 ほとんどが退却や捕虜状態で、戦える人数が残っていない。

 王都本軍とその他が奮戦したようだ。


 その中でも、ひときわ目立つ人物が二人。

 彼女たちはなおも抵抗しようとする帝国兵を、次々と斬り伏せていく。


「どうした帝国兵ッ! 一対一ではこの程度か!」


 両刃の剣を振り回す女性。

 王都本軍指揮官代行、リムリス・トルヴァネイア。

 彼女は立ち向かってくる帝国兵を、次々と切り払う。


「くそッ! この女強ぇーぞッ!」

「回り込め! 帝国の意地を見せてやる!」


 残り少ない兵が、なおも反逆しようとする。

 リムリスを囲もうと、兵たちが移動した瞬間。

 それを阻止するかのように、大剣が振り下ろされた。


「ぎッ、ぐぁああああああ!」


 一太刀で兵を甲冑ごと切り裂き、無抵抗状態に変える。

 そして、リムリスと連携して、残った兵を完全に駆逐してしまった。

 最後の一人を仕留めた後、エドガー・クリスタンヴァルは高らかに宣言した。


「完全制圧ッ!」


 すると、王国兵が一斉に気勢を上げる。

 その中には王都本軍の兵はもちろん、普段は仲の悪い傭兵と騎士が入り混ざっていた。


 詰所を襲撃された両陣営は、共闘することで被害を出さず立て篭もっていたのだ。

 そして増援が来たのを皮切りに、一気に攻勢に転じた。

 挟み撃ちにされた帝国軍は、緊密な連携によって敗北。

 助けに来た魔法師と共に転移魔法で退却する者や、武器を捨てて降伏する者もいた。


 エドガーが汗を拭っていると、彼女の肩を叩く人物がいた。


「ありがとう、エドガー。久しぶりだな。

 まさか、脱退したお前に助けられるとは思わなかったよ」


 赤い槍が二本、直角に交わった紋章。

 王国北方傭兵団の証だ。

 声を掛けた女性は、かつて傭兵団に所属していた旧友に助けられたことに驚いていた。


 同時に、惚れ惚れするような剣の腕を称賛し、救援の礼を述べる。

 しかし、エドガーは不敵に笑ってそれを受け流す。


「ふっ、礼ならあたしに言わず、レジスに言ってくれ」

「……レジス? ああ、あのディン家の一人息子か」

「その通り。手を出すなんじゃないぞ」

「別に、興味の欠片もないけど」

「それは良かった。旧友と愛憎入り乱れる戦いはしたくないからな」

「何の話なんだか……まったく、昔からお前はそういう奴だったよ」


 女性は困ったように肩をすくめる。

 しかし同時に、彼女は妙な違和感を感じていた。

 エドガーの姿を見て、かつての影と重ねあわせる。

 女性の注視に対し、エドガーは胸を張って応えた。


「どうした? あたしに恋心でも抱いたか。

 残念ながら……男女ともに、大切な人は決まってるんだ」

「勘違いもいいところだ。大剣使いの両刀女め」


 的確な罵倒を受けて、エドガーは不敵に笑う。

 自然な笑みを浮かべる彼女を見て、女性はやはり不審そうな表情を浮かべた。


「なあ、エドガー。お前、何か変わったな」

「そうか? 酒は控え気味だぞ。一日瓶一本に抑えている」

「いや、お前の壊れた飲酒間隔はどうでもよくてだな。

 なんか、素直に笑えるようになったっていうか……。

 お前、昔はいつも張り詰めてて、そんな感じじゃなかった気がする」

「そう、なのだろうか。あんまり自覚はないのだが」


 ポリポリ、と頬をかいてエドガーは首を傾げる。

 当人には、あまり変わったようには感じないようだ。

 しかし、旧友からしてみれば、すぐに気づく程の変化だったようで。

 女性は心中で、確実性の高そうな予想をしていた。


 ――レジスという少年と出会って、変わったのかな?


 久しぶりに出会った二人は、リムリスの指示を聞きつつ言葉を交わしていた。

 だが、エドガーは少し話をしただけで切り上げてしまう。

 彼女は女性に手を振ると、一目散に走りだした。


「悪いな、また今度じっくり話そう。

 今私には、助けなきゃいけない奴がいるんだ」

「あ、おいッ、こら! エドガー!

 ……あいつ、治療しないといけないくらいの怪我を負ってるくせに。

 一体、どこに行くつもりだ……?」


 大体予想はつくが、その背中を追いかけることはできない。

 傭兵団の団長として、団員たちと行動を共にしなければ。

 エドガーの無事を祈りつつ、女性はリムリスの言葉に耳を傾けた。

 全員に檄を飛ばすリムリスの指示は、とても頼もしい。


「よし、これから負傷者の治療と避難民の誘導を行います!

 王国騎士団は上位組織である王都本軍の指示のもとに負傷者を救出!

 各傭兵団も避難民の誘導と手当てをッ!

 今この王都は危機に瀕していますが、共に力を合わせれば必ず乗り越えられます!

 力を貸してください、王国のために!」

「うぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」


 賛同するように咆哮する。

 騎士と傭兵。

 今まで対立してきた両勢力が、真の意味で団結しようとしていた。

 そんな一団から離れて、エドガーはひた走る。


 ひたすらレジスの元へ。

 負傷した足を引きずり、大剣を構えながら前進していた。

 その痛々しい姿を見て、今まで待機していたアレクは辟易した。

 助けに向かうのは構わないが、まずは治療が先だろうに、と。


 仕方がないので、今回限り人間に魔力を施してやることにする。

 レジスと仲の良さそうな人物なので、アレクも甘くなってしまっていた。

 それに、一度盤上で交流をした仲だ。

 エドガーを助けることに、消極的になる理由がない。


 だが、いざ話しかけようとする寸前で。

 アレクは忘れていたとばかりに、魔法を詠唱した。

 この王都の危機は、あと少しで終結する。


 その仕上げはやはり、弟子に行なってもらうとしよう。

 それを達成するだけの力と信念が、レジスにはあるのだから。


(……魔力展開)


 アレクは心中で念じつつ、膨大な魔力を辺りに振りまく。

 そして、爆発的な連絡回路を王都中につないだ。


「――『ギガテレパス』ッ!」


 魔力で回路を作り、少し離れた人物と連絡を取ることができる魔法。

 アレクの魔力を持ってすれば、王都全体に張り巡らせることが可能。


 その上、今詠唱したのは、テレパス系魔法の中でも最上位の『ギガテレパス』だ。


 これは問答無用で、範囲内にいる人物に声を送ることができる。

 完全に魔力が広まった所で、アレクは思い切り言い放った。


「レジスよ、炎鋼車は完全に駆逐した。

 中央街の帝国兵も倒した。あとは、汝だけじゃ。

 ――終わらせるのじゃ、レジスッ!」


 虚空へ吸い込まれていく少女の声。

 遥か遠くから、『分かってるっての』という声が聞こえてきた、気がした。

 アレクは静かに微笑む。



 残された敵は、あと一人――

 


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