第十六話 復讐の日
「お前か。この一連の事件の首謀者は」
「いいえ? 僕は貯蓄されていた爆薬に、一日早く火を点けただけです」
「……クロードの方か。やっぱりな、納得したよ」
「おや、何がですか?」
興味深げに訊いてくる。
それを無視して、奴の回りを見渡すが。
ふむ、特に敵の姿はないな。
ただ、いつ攻撃してくるか分かったもんじゃない。
警戒しつつ、ジークに返答する。
「今回の奇襲は、手が込んでいて回避不可能なものだった。
転移させた帝国兵を手引きし、炎鋼車で王宮を破壊し、王都の完全制圧を目論む。
そしてそれは、今成し遂げられようとしている」
恐らく、このまま何も手を打たなければ、この王都は落ちるだろう。
帝国兵と王都本軍が拮抗しているみたいだが、まだ敵には炎鋼車がある。
あの50台が王都を巡り歩けば、それだけで王都本軍は壊滅するだろう。
「だけど、何で一日早めたんだろうって思ってた。
明らかに、決行すべきは明日なんだ。
一番防御が手薄で、一気呵成に王宮を攻め落とせる。
なのに、パレードという防備の厳しい日を選んだ。
そこで分かったよ。変な奴が、陰謀に一枚噛んでるんじゃないかってな」
「ご明察、ですね。知っての通り、一日早めたんですよ。
一般人を盛大に巻き込むつもりでしたから。
もし明日決起してしまうと、虐殺ができないじゃないですか」
そうでしょう?
と、同調を求めてくる。
ああ、狂ってるな。
完膚なきまでに狂ってる。
理性とか、欲望とか、そういうベクトルに向いて生きてない。
まるで歩く地雷だ。
こんな奴に権力なんて持たせちゃダメだろ。
損得勘定抜きの破滅を導くことくらい、分かっていただろうに。
ジークはともかく、クロードは比較的権力に素直だったはずだ。
なぜこんな愚行を許しているんだ。
「クロードは……お前の親父はどうしたんだ?」
「ああ、父上ですか。殺しましたよ?
母上のもとに行けてお喜びのことでしょう。
今日実行した理由の一つに、父上の生誕も絡んでいたんですよ。
はは、ハハハハハッ。誕生日が命日なんて、すごく素敵だと思いませんか?」
「思わねえよ」
きっぱり言い捨てた。
気持ち悪い思考をしやがる。
前世を含めても、こんな奴には会ったことがない。
最初に出会った時から、おかしい人間だとは思っていた。
だけど、ここまで突き抜けた狂人だとは思わなかった。
この王都をひっくり返すかもしれない輩だなんて、誰が思う。
ここに至った以上、もうやることは一つ。
ジークを駆逐して、この王都の崩壊を止める。
それだけだ。
だが、これだけは何としても言っておきたかった。
ジークを思い切り睨みつける。
「俺さ、一回だけ暗殺者に説教かましたことあるんだよ。
兄弟で仕事してて、コンビネーションもばっちりな奴だった。
だけど、驚いたことがあってさ。
そいつらは、全然互いのことを特に大事にしてなかったんだ」
「……ふむ。何の話でしょうか」
ジークが顎に手を当てて首を傾げる。
そりゃそうだ。
シュターリン兄弟なんて、知らないだろうからな。
王都の暗殺事情に通じているならまだしも。
こいつは権力に溺れて勝手気ままに生きてきただけなんだ
知ってるわけがない。
シュターリン兄弟。
二人組の暗殺者。
あいつらは、反吐が出るような奴らだった。
でも、それでも。
まだ改善の余地はあったんだ。
「もったいないなって思ったんだよ。
そいつらは敵で、汚い手も使った連中だったけど。
家族のことは大切にして欲しいなって。
そう思って、中身はないかもしれないけど、一つ説教をしたこともあった。
だけど――」
言葉を留めて、俺はジークを睨みつけた。
狂気の光が宿る、その瞳を。
そして、切り捨てるようにして言い放った。
「お前だけは、本当にどうしようもないよ。
――目の前から消えろ、狂人」
後ろのエリックが少し震えたのが分かった。
自分でも、驚くくらい冷たい声が出たと自認する。
本音の時は、少し声が低くなるんだけどな。
ジークは肩をすくめると、嬉しそうに尋ねてきた。
「つまり、もう話し合いは結構、ということですね?」
「ああ、改心の見込みがない奴を説得しても意味がないからな」
そう言い切って、俺はナイフを抜いた。
よく見れば、ジークの周囲にいくつか魔法陣が張られている。
転移魔法の文様をしてるな。
援軍か、それとも奇襲をかけるためのものか。
俺が警戒していると、ジークが肩をすくませた。
「ああ、その魔法陣は伝令用ですよ。
君たちごときを処理するために、大所帯は必要ありません」
ふざけたことを。
まあ、たとえ魔法陣から敵が出てこようと、全てなぎ払ってやる。
「ジーク、今からお前に制裁を加えてやるよ」
「おやおや。僕が何か罪を犯しましたかね」
「言ってろ。もうそのうざったい語り口は結構。
ただ――お前の親父に土下座して謝れってことだッ!」
俺は走りだした。
もはやジークと会話するのも馬鹿馬鹿しい。
叩きのめして、断頭台の露にしてやる。
ジークは俺の動きを見ると、指をぱちんと打ち鳴らした。
「落ち着いてください。僕と戦う前に、もう一つ余興を楽しみませんか」
そう言うと、奴の足元の土が急に隆起した。
すると、土の中から褐色の腕が出てくる。
地面を割って、大男が姿を表した。
ああ、見覚えがある。
あいつは――
「あの時の、ドワーフか」
「その通りです。一度失敗しましたが、許してあげたのですよ。
僕は愛でる虫には寛容ですからね」
くくく、とジークは喉を震わせる。
いや、何が面白いのかは知らんけど。
ジーク、お前は勝算というものを考慮に入れているのか。
あのドワーフは確かに強力だった。
だが、この2ヶ月で俺たちが伸ばした力を考慮してみろ。
ドワーフ一人程度、瞬殺する自信がある。
地面から出てきたドワーフは、挑発するように俺を見てきた。
「よぉ、ガキ。お前にやられた傷が、まだ疼きやがる」
「悪かったな2ヶ月前は。こんなことなら、とどめを刺しておくんだったよ」
「ハッ、これを見ても、まだそんなことが言えるのか?」
そう言って、ドワーフは土の中から誰かを引きずり出してきた。
出てきたのは、一人の青年。
かなり年を食っているな。
全身が血だらけで、誰だか判別が難しい。
だが、有名人ともなると、さすがに分かる。
瀕死の状態で地面に打ち捨てられている人物。
それは、ノーディッド・ハルバレス・ホルトロス。
王都三名家の一つ、ホルトロス家の当主だった。
「……お前、なんてことをしやがる」
「ハッ、こいつをさらうのは面倒臭かったぜ。
警護が一番手薄な所を狙って、なんとか引っ張ってきたんだ。
まあ、抵抗しやがるから、半分殺しかけちまったがな」
カエルが潰れたような声で、大笑いするドワーフ。
非常に不愉快だ。
要するに、人質を取ろうとしているのだろう。
だがそれを見て、止まるような人間はここには居ない。
俺もそうだし、エリックもそうだ。
俺が動くよりも先に、エリックが襲いかかっていた。
ドワーフを無視して、一直線にジークへと。
拳を振りかざして突進していく。
「らぁああああああああああああああ! 開けッ、万魔の門!」
引用魔法を詠唱して、身体を強化する。
その上で、猛然とジークに襲いかかろうとする。
それを見て、ドワーフが慌てたように道を遮った。
取り出した鉈を使って、その拳を受け止める。
金属が爆ぜるような快音。鉈が真っ二つになる。
だが、同時に拳も傷ついたのだろう。
エリックは舌打ちをして、一歩下がった。
ドワーフはエリックを見て、罵詈雑言を浴びせかける。
「このガキがッ! この男が誰だかわかってねえのか?」
「そいつに人質の価値はねえ。
オレを相手に人質が通用すると思うなよ?
一部の貴族を除いて、あとは全員どうなろうが知ったことか」
エリックは断言する。
周りから見れば、強がっているだけに見えるかもしれない。
だが、アレは本気だ。
おそらく国王が人質に取られても、エリックは大して気にしないだろう。
そういう男だ。
逆に清々しくて気持ちいい。
ドワーフはエリックではなく、俺に向かって声をかけてくる。
「おい、この男は関係ないかも知れん。だが、この女はどうかな?」
そう言って、ドワーフが一人の人物をまた穴から引っ張りだした。
それは――気絶したミレィだった。
こいつ……他のところにも襲撃をかけてやがったのか。
王都三名家を壊滅させて、動きを取れなくする目論見なのかも知れん。
ミレィとノーディッド。
二人とも息はあるようだが、相当な深手を負っている。
早く処置をしないと、命が危ないだろう。
くそっ、面倒臭い手ばっかり使いやがって。
「ハハハハハハ! 手を出せねえよなぁ?
動くんじゃねえぞ、今からひねり潰してやるからよ」
その言葉を聞いて、エリックが俺の方を振り向いてきた。
ミレィが人質に取られているのは、予想外だったのだろう。
俺にどうすればいいか、視線で尋ねてくる。
このまま二人の解放を要求すれば、
間違いなく不利な状況の中でタコ殴りにされるだろう。
だが、俺の本心としては、ミレィを殺したくない。
どうすればいいんだ……。
頭を悩ませていると、ドワーフの背後に誰かがいるのを気づいた。
裏から屋敷の中に今入ってきたようで、ジークも気づいていない。
その人物は、静かにエンチャント魔法をかけると、静かなスタートを切った。
疾風のような加速を見せ、一気に俺達のところへ向かってくる。
それを見て、俺はエリックに指示を出した。
「行け、エリック!」
「ああ。喰らえやデカブツが!
――岩を砕くのに何がいるだろう。斧か、槌か。
否、ただ我が拳にてなされる――『ガージェイド・エレネス』ッ!」
古代の拳法家から、魔力を引き出して引用する。
凄まじい魔力が拳にこもり、ドワーフへと直撃する。
脇腹へ突き刺さった一撃は、硬質な肌を砕き、一気に内蔵へダメージを与える。
攻撃されるとは思っていなかったのだろう。
ドワーフは顔を真赤にして逆上した。
「てめぇ! この人質がどうなっても――」
だがその瞬間、ドワーフの腕からミレィが消えていた。
空の手でグーパーグーパーしているだけである。
奴は慌てて足元のノーディッドを見る。
だが、そこにも瀕死の男はいなかった。
疾走を見せた人物が、二人を抱えて俺の元へやってくる。
そして、してやったり、というような笑顔を見せた。
「間に合ったかな。ちょっと匂いをたどるのが難しくて、遅れちゃったよ」
そう。
ドワーフの元から人質をかっさらったのは、イザベルだった。
さすが風魔法の使い手だ。
超絶加速っぷりが尋常じゃない。
だけどこいつ、どうやってここに俺がいるって分かったんだろう。
アレか、アレクがさっき言ってた匂いか。
どれだけ鼻がいいんだよ。
エルフの前では、あんまり変な匂いをつけてたらマズいってことか。
イザベルは大怪我を負った二人を見て、俺に訊いてくる。
「どうする? この二人、手当できる所まで運んでもいいけど。
私としては、ここで一緒に戦っても構わないよ」
「いや、その二人を安全地帯の医療所まで連れて行ってくれ。
特にホルトロスのおっさんは死にかけだろう」
「……んー、分かった。それじゃあ行くけど、気をつけてよ」
「ああ、任せろ。お前の期待は絶対に裏切らない」
そう言って、俺はイザベルを送り出した。
イザベルはミレィを背負い、ノーディッドを両手で掴んで引きずっている。
傷口には触っていないが、地面にあちこち擦れてるな。
……あの運ばれ方は、屈辱だろう。
案外、わざとやってるのかもしれないな。
イザベルは基本、貴族が大嫌いだし。
死んでも生きてても、別に頓着しないんだろう。
エルフと人間の確執は深い。
去っていったイザベルを見て、エリックがニヤリと笑った。
同時に、ドワーフが引きつった顔になる。
「さて、人質はもう居ないぜ?」
「お、おいガキ。近づくな」
「断る。
そこの腐敗貴族に味方してる時点で、てめえはぶっ飛ばさねえと気がすまねえ」
エリックがバキバキと指を鳴らす。
暴れたくてウズウズしていたようだ。
早くこの男を片付けて、奥にいるジークに鉄槌を下したい。
そういう願望が透けて見えている。
感情に素直なのはいいことだ。
俺は邪魔が入らないよう、ジークの動きを見張っているとしよう。
手を出してきたら、その場で開戦してフルボッコにしてやる。
エリックが好戦的な笑みを浮かべ、引用魔法を詠唱した。
「そんなに地面が好きなら、永遠に埋まってろよ。
天に浮遊す極星の輝き。
落ちる星は我が御脚なり――『シャクリ・ディクレスト』ッ!」
それは、異常に覚えるのが難しい星魔法だ。
エリックは正攻法でその魔法を使うことはできない。
だが、相性を合わせて昔の人物の力を借りることはできる。
ならば、星魔法を得意とする魔法師の言葉を、借りればいいだけだ。
空に広がる雲が割れ、巨大な隕石が落ちてくる。
俺は急いでその場から離れた。
よく見れば、ジークも後ろへ飛び退っていた。
そして、屋敷の中に入って行ってしまう。
なんだ……何で屋敷の中にまで入った?
思考をつなごうとした瞬間、目の前が粉塵に包まれた。
とんでもない爆音がして、地面が盛大に吹き飛ぶ。
煙が吹き上がり、地獄のような様相を作り出す。
ああ、直撃したな。
かすった俺ですら死にかけたのに。
あれはもう、跡形も無いだろう。
大きなクレーターが出来たそばで、エリックは汗を拭う。
「……ふぅ、あとはジークの野郎だけか」
俺は爆砕した跡地を見てみる。
ごっそり敷地がえぐれていて、ドワーフの姿はどこにもなかった。
まあ、土と心中できたなら本望だろう。
合掌しておくか。
エリックは土煙が晴れた後、激高するように叫んだ。
「ジーク! 出てきやがれ!
どうやらオレが死ぬほど殺したかった奴は、もうこの世にいねえみてえだけどな!
お前を再起不能にするまで、オレの復讐は終わらねえ!」
屋敷の中へ逃げ込んだジークを指弾している。
十年間溜め込んだ憎しみを、叩きつける好機なのだ。
エリックほど、ラジアス家に恨みを持った人間はいないだろう。
エリックからにじみ出る気迫は、とんでもないくらい本気だった。
俺はエリックの隣に並ぶ。
すると、いきなり目の前で大爆発が起こった。
唐突に、屋敷の一階付近が崩落する。
「……ぐおぁ!」
「……チッ、なんだってんだ」
思わず後退してしまう。
すると、機械の駆動音が聞こえてきた――。
発生源は、馬鹿でかい倉庫から。
屋敷に備わっている、貴族御用達のドーム状倉庫だ。
それが大爆発を起こし、屋敷を完全に吹き飛ばした。
そして、破片が舞い散る中で、ソレが姿を見せた。
銀色に輝く鋼の車体。
かつて王国を守護し、今まさに王国を崩そうとしている魔の兵器。
――炎鋼車。
そう言えば、ラジアス家は51両持ってたんだっけな。
訓練で使った一両がどこに行ったのか、疑問に思ってたけど。
まさか、こんな最悪の状況で出てくるなんて。
やばい、予想外すぎるわ。
エリックも冷や汗を流す。
「……くそッ、面倒臭えな」
敵は魔獣すらも粉砕する、最強の地上兵器だ。
そこら辺の魔法師が束になってかかっても太刀打ち出来ない。
炎鋼車の窓から、ジークの嘲笑が聞こえてくる。
「おや、どうしました? 命乞いをするならどうぞ。
這いつくばった虫を踏み潰すのも一興ですからね」
機敏な駆動。
どうやら、他にも魔法師が数人同乗しているようだ。
つまり、万全の状態。
普通に考えて、勝てるわけがない。
だけど、残念ながら俺もエリックも普通とは言いがたい。
何のために、炎鋼車の動向を見守ってきたと思ってる。
対抗策の一つや2つくらい、ちゃんと用意してるっての。
俺はエリックの方を向いて、安心させるように微笑んだ。
「任せろよ、炎鋼車の弱点は見抜いてる。
どれだけ強い兵器を開発しようとも、無限の力を持つ人間の前では無力だ」
「……オレに、倒せるってか」
「もちろんだ。隣に俺がいるんだからな」
「はッ、そうだな。レジスがいるなら、なんだって出来る気がするぜ」
エリックは柔和な笑みを浮かべる。
緊張した身体がほぐれていく。
よし、これなら動けるな。
力を結集すれば、決して倒せない相手じゃない。
「耳を貸せ。炎鋼車の攻略法だ」
俺はエリックに効果的な攻撃方法を教える。
とんでもない機動力に、非常に硬い合金の装甲。
ほとんどの魔法を弾き、かつ一方的に攻撃できるんだ。
正攻法で戦ったんじゃ、まず負ける。
だからこそ、虫は虫らしく足元から崩していこう。
底辺を舐めてるとどうなるか、上に思い知らせてやるよ。
攻略法を教え終わると、エリックが自信あり気な顔になった。
「任せろ。その程度、今までの苦しみに比べれば、何でもねえよ」
「じゃあ、そういうことで――!」
俺とエリックは同時に横に散った。
翻弄するように動き、敵に接近していく。
それに呼応して、ついに炎鋼車が起動した。
「――炎鋼車、起動」
巨大な機体が燃え上がる。
それをゴング代わりに、因縁の戦いが幕を開けたのだった。