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第十五話 踏破

 

 

 

 男子寮付近は、まさに混乱の極みだった。


 実力のない貴族生徒が、次々と帝国の魔法師になぎ倒されている。

 何という脆弱。

 お前ら、いつもの虚勢はどうした。

 下位貴族を見下すヘラヘラ顔をどこにやった。

 ボコボコの顔で倒れてても分からんぞ。


 僕の顔をあげても回復するか微妙なラインだ。

 俺はそこまで他人に献身的じゃないしな。

 とは言え、まだ死人はそこまで出てないみたいだな。


 悪いが、合流してから体勢を整えるほうが先だ。

 俺は戦場の間を突っ切り、入口付近へと急ぐ。

 すると、玄関から帝国兵が吹っ飛んできた。


「……ぐぉあッ、がッ」


 兵は頭から着地し、あっという間に戦闘不能になる。

 よく見れば、辺りには10人近くの帝国兵が倒れ込んでいた。

 そして、ついに無双していた人物が寮から出てくる。

 連絡して戦闘状態に入ったエリックだ。


「無事か、エリック」

「楽勝だ。いつかやるとは思ってたが、ついにやらかしやがったか」

「事態はさっき話した通りだ。まずはこの周辺の敵を駆逐するぞ」

「了解。俺は裏口付近の連中をやる。正面は任せたぜ」


 そう言って、エリックは裏手の方へ走っていった。

 王国の熟練した魔法師を瞬殺するエリックだ。

 まず負けはしないだろう。


 辺りを見渡すと、帝国兵が5人が接近してきていた。

 その奥には、魔法師も3人見える。

 表側を殲滅し終わったのは、向こうも同じか。

 情けない高位貴族どもめ。


 とりあえず、隣で倒れてる貴族をその辺りに安置しておく。

 邪魔なものは道の端にどけておかないとな。

 よし、これで戦いやすくなった。


「あのガキだ、やっちまえ!」

「うぉおおおおおおお!」


 帝国兵が槍を振り回してくる。

 俺は刺突をジャンプして避け、柄を思い切り踏みつけた。

 その上で、男たちに向かって魔法を放つ。


「――喰らえ、『クロスブラスト』」


 槍の男を中心にして、大きな炎の渦が巻き起こった。

 同時に、密集していた兵をまとめて飲み込んでいく。


「ぐ、ぁああああああああああ!」


 火の付きが甘い奴がいたので、そいつに回し蹴りを打ち込んだ。

 側頭部を揺らされた兵は、あっという間に崩れ落ちた。

 さすがアレク師匠直伝の蹴り。

 効果てきめんだよ。

 俺の脇腹を一度粉砕してくれた技なだけある。


「く、なんだこのガキは。こんな奴が居るなんて聞いねえぞ!」


 しかし、敵も相当な練度だ。

 不平を言いながらも、魔法師たちは炎を回避していた。

 大玉転がしの玉を彷彿とさせる回避法だ。

 

 奴らはクロスブラストの範囲外から、俺を攻撃しようとしてくる。

 だが、甘い。

 ここで魔法師としての差が出るんだよ。

 俺は一瞬で敵の懐に踏み入り、ボディーブローを決めた。


「……が、ハッ」


 怯んだ所に、後ろ回し蹴り。

 それが首に直撃したので、打たれ弱い魔法師は昏倒した。

 体術をおろそかにしてる魔法師は、こういう時に弱い。


 接近さえしてしまえば、『軟弱軟弱ゥ!』状態で蹂躙することが可能だ。

 逆に王国の魔法師は、意外と体術も嗜んでることが多い。

 これがお国柄の違いによる戦力差よ。


 残った二人は、合図をしつつ同じ魔法を詠唱する。

 どうやら、俺を一撃で仕留めたいようだ。


「泡立つ水に毒はあり。その身を冒せ、毒蛇の――」

「遅えよ。――『イグナイト・ヘル』」


 だが、俺の魔法の詠唱のほうが速い。

 詠唱省略が不可能な魔法を、対人戦で使うなよ。

 まあ、それだけ俺の詠唱速度が予想外だったんだろうけど。


 熟練が異常なまでに高い俺だ。

 速度の勝負では絶対に負けない。


 ウォーキンスは対人戦において、熟練が一番大切だと言っていた。

 その意味が、今ようやく分かった気がする。

 魔法師たちを巻き込み、大爆発が起きる。

 反動で汗が吹き出し、歯がカチカチと音を立てた。


 くそ、やっぱり上位魔法は反動が大きい。

 俺の調節の下手さもあいまって、まるで痛覚地獄だ。

 だが、連鎖する爆発は後続の兵たちも巻き込み、20人以上の戦闘能力を奪った。


 よし、これで表側は制圧したな。

 あとはエリックの方だが……。


「くそっ、くそッ!

 こんな、こんな人外がいるなんて、聞いて――ぎゃあああああああああああ!」


 こっちに逃げてこようとした兵の腕が砕けた。

 残党を蹴散らしながら、エリックは現れる。

 とんでもない力だな。

 あと、殲滅も早い。


 派手な魔法は使ったように見えなかったが。

 ちぎっちゃ投げ、ちぎっちゃ投げの、ゴリ押し戦法で無双したのか。

 それとも、どこかの英雄の魔法を引用したのか。

 それは分からないが、エリックは万魔の書を閉じて大きく息を吐いた。


「やれやれ……一掃できたのはいいが。教員棟は見る影もねえな」


 エリックが示した方向を見ると、教員の宿泊している建物が全壊していた。

 おおぅ……工事現場跡みたいになっとる。

 どうやら、最初の無差別攻撃で集中砲火を浴びたようだ。

 中にいた教員の大勢は……。


 それを思考した瞬間、唐突に気分が悪くなった。

 胃がひっくり返ったような不快感。

 このことを意識すると、否応なしに反応してしまう。


 喉の奥から胃液が漏れ出してくる。

 腸が軋んだように揺れ、頭痛がひどくなった。

 気持ち悪い、気持ち悪い、気持ち悪い。

 やっぱり、人の死は誰であろうと、近くで感じると不安になる。


 あまり俺は、人の生死に関与したくないんだ。

 殺すのだって怖くて無理だし、虚勢を張っているだけにすぎない。

 妹も俺が死んだ後、こんな気分を味わったのだろうか。

 だとしたら、悪いことをしたな。


 胃の内容物が逆流してきたが、何とか元の位置に戻した。

 強制的に。

 こういうのはまあ、得意技だ。

 牛だって反芻とかするしな。

 他愛もないことを考えて、心を落ち着ける。


「レジス、大丈夫か」

「……ああ、心配するな」


 教員の中には、脱出できた人もいるみたいだ。

 遠くの方で帝国兵と戦いを繰り広げている。

 けど、優勢みたいだからすぐに決着するだろう。

 さすがは選抜された就職者たち。

 敵国の魔法師と、互角以上に渡り合うとは。


 気分が落ち着いてきた所で、周囲を確認する。

 この辺りの兵は一掃したが、まだ学院内に入り込んでいるだろう。

 だが、あまり人数は多くないはず。

 王都を押さえるなら、主要施設を制圧する必要がある。


 だから、ここ以外にも兵を割いているはずだ。

 これ以上の増援はないと思っていいだろう。

 疲労感を噛み締めた所で、遠方から数十人の人影がやってきた。

 彼らは帝国兵の残党を蹴散らし、その脚でまたどこかへ向かう。


 魔法協会の人たちだな。

 王都に本部を置く、魔法師の総本山だ。

 やはりそこら辺の魔法師とは格が違う。

 学院内の完全駆逐は、あれに任せていいか。


 少し休んで、エリックと共に体力を回復しておくとしよう。

 そう思った時だった。


「――誰か……誰か!」


 ふらふらと、見知らぬ女性が走ってきた。

 足にひどい怪我を負っていて、今にも倒れそうだ。

 痛々しい。

 部屋着のまま、裸足でこんな所まで来るなんて。


 何か相当な理由があるに違いない。

 ゲフンゴフン、俺はこう見えて意外と紳士でありまして。

 肩で息をする女性を、放っておくことはできんな。


 謎の庇護欲求が湧いてきた。

 まあ、年齢は俺よりはるかに年上っぽいけど。

 俺たちは立ち上がって、女性のもとに駆け寄った。


「どうした?」

「……み、ミレィを。娘を、助けて! 誰も助けてくれる人がいないの!」


 女性は喉を引きつらせながら懇願してくる。

 裾を掴んで、一心不乱に頭を下げてきた。

 そんなことより、俺は他に気になることがあった。


「……ミレィ? ミレィに何かあったのか」

「あなた、知り合いなの?」

「まあ……ちょっとした縁で」

「なら、助けてあげて!

 ラジアスの刺客に捕まって、ラジアスの屋敷にさらわれたの!」

「なんだと?」


 一体何のつもりだ。

 って、答えは出てるか。

 王都三名家を狙い撃ちしているんだ。

 けど、なんでわざわざ誘拐までするんだ。

 その場で殺せばいいはずなのに。


 どこか、違和感がある。

 まるで整然とした部屋に、1つだけゴミが混じり込んで入るような。

 そんな感覚。


「ってことは、ラジアスの連中はそこにいるんだな?」

「ええ、間違いないわ。ねえ、お願いだから、ミレィを――」

「任せろ」


 俺は間髪入れずに頷いた。

 その言葉を聞いて、横のエリックが驚いたような顔をする。

 だが、俺は女性の手を握って、その願いを聞き届けた。

 すると、彼女は安堵したように表情を緩めた。


「……ありがとう。あなた、名前は?」

「レジス。レジス・ディンだ」

「……ディン?」


 女性の目が驚愕に見開かれる。

 彼女は俺の顔を見て、唇を噛み締めた。

 複雑な心境のような、そんな感じ。

 深い葛藤と戦っているようだ。


 だが、ふっと何かに気づいて、首をブンブンと横に振る。

 その上で、再び頭を下げて頼み込んできた。


「……分かった。お願いするわ。何でもいいから……ミレィを、助けてあげて」

「ああ、任せておけ。……傷がひどいな。安静にしてないとマズい。動くなよ」


 それだけ言って、俺は走り出した。

 全力疾走で、学院の外へ走っていく。

 そうか、そこにいたのか。


 ラジアス家の本邸。

 北の貴族街近くに位置する、最大の屋敷だ。

 炎鋼車が無差別で攻撃していた地域のはずだが。


 つまり、ラジアス家は自分が潜伏している地帯をも襲撃させていることになる。

 そんな破綻した行動を、老獪なクロードが取るだろうか。

 謎すぎる。


 俺が走っていると、追いついてきたエリックが声をかけてきた。


「レジス。あれが誰だかわかってるんだろうな?」

「わかってるよ。ミレィの母親だろ」

「……それが分かってて、頼みを聞いたのか?」


 ああ、エリックは基本的に貴族が嫌いだったな。

 俺が救出依頼を受諾したことを、快く思っていないのかもしれない。

 だが、俺はあえて自信を持って言い切った。


「困ってただろ」

「……は?」

「困ってる女性を見つけたら、助けるだろ普通。

 まあ、原則女の子限定だけどな。野郎は知らん」

「敵意を向けてくる奴にもか?」

「程度によるけど。俺はそう生きようって、十五年くらい前に決めたんだよ。

 誰かを救える人間になりたいってな」

「……まあ、レジスがいいならそれで構わんが」


 複雑そうな顔をするエリック。

 だが、エリック自身もちゃんと戦闘準備を整えてる。

 結局、ついてくるんかい。

 素直になれない奴め。


「恐らく、学院外は帝国の兵で溢れかえってる。油断するなよ」

「オレの敵は腐敗貴族なんだけどな。

 だがまあ、向こうが襲いかかってくるなら、容赦はしない」


 決意を固めて、エリックもひた走る。

 学院の外へ出ると、住民がパニックに陥っていた。

 帝国兵は基本的に庶民を無視し、貴族の家へなだれ込んでいる。

 上位貴族を全員粛清するつもりか?


 北の貴族街へ向かうごとに、兵が多くなっている。

 目的地まであと少しという所。

 そこで、とんでもない数の帝国兵と出くわした。


 その数、約100人。

 入り口を塞ぐようにして待ち構えている。

 これは、正面からぶつかったらキツい。


「二手だ! ラジアスの本邸で落ち合おう!」

「ああ、気をつけろよレジス!」


 俺は右へ進路を変え、エリックも逆方向へ進む。

 普通なら、貴族街は門を通らないと入れないんだが。

 炎鋼車の攻撃で、あちこちの建物が吹き飛んでいる。

 そこを踏み越えていけば、接敵せずに目的地へ着けるはず。


「――だと思ったんだが」


 囲まれたな。

 80人近くが俺の方に来たか。

 範囲魔法を警戒して、遠巻きに包囲している。

 そこから一斉に魔法を撃たれたらマズいな。


 こうなれば、一点突破で包囲を切り抜けるしかない。

 人数が少ない通りに狙いを定めて、一気に走りだす。

 その瞬間、辺りから魔法が降り注いできた。

 多属性による一斉攻撃だ。


「――『ハイドボルテックス』!」

「――『アイシクルヘッド』っ」

「――『ガンウォーター』」

「――『ガンファイア』……!」

「――『ウインドスライス』!」

「――『へヴィーアース』ッ!」


 雷、氷、水、火、風、土……。

 それぞれが嵐のように吹き荒れ、全て直撃した。


 熱い……?

 いや、冷たい。

 違う、痛いのか……?


 頭が急に混濁する。

 特に風魔法がもっとも痛覚を刺激してきた。

 くそ、俺の熟練を打ち破ってくるのか。


 しかもこいつら、全員詠唱を省略してきやがった。

 一発一発の威力じゃなくて、小技で追い詰めるつもりか。

 スピード重視とはまた、タチが悪い。


 マズいな、この調子で攻撃されたら、間違い無く死ぬ。

 相手は俺の苦手な属性だって網羅してるのだ。

 風と水と土に対しては、あまり耐久力がない。

 早く、早く切り抜けないと。


「――う、ぉあああああああああああああ! 『クロスブラスト!』ッ!」


 咆哮して身を奮い立たせる。

 右方面と左方面に、大きな炎の壁を作った。

 これで、側面からの攻撃は防げる。


 正面の敵まではまだ遠い。

 ならば――!

 俺は一瞬で後ろを向き、速度重視の魔法を放った。


「――『ボルトジャッジメント』ッ!」


 人体の反応速度を超過した雷が牙をむく。

 背後から魔法を打ってきた魔法師は、いきなりの反撃に面食らったようだ。

 密集していたからだろう。

 雷撃が次々に通電していく。


「……ぎッ」

「……ぐぁッ」

「か、ガハッ!」


 よし、何人かはなぎ倒したな。

 これで正面に集中できる。

 いざ正面突破を敢行しようとした瞬間。

 最悪の攻撃が襲いかかってきた。


「――神風の災いよ。天空より吹き降ろせ。『ゲイルブレス』」

「――峡谷を渡る時の風。今こそ超えて、荒れ狂え。『ヴァリーストーム』」

「――地を蹂躙する魔の邪風。其が肉体を切り刻め。『レヴッジブラスト』」

「――天と地に吹き荒れし大嵐よ。弱き愚虫を薙ぎ払え。『シャダートルネード』」


 まさか……全て風魔法だと?

 くそッ、何でだ。

 何で分かった。


 俺の苦手な魔法を、選別して集中攻撃してくるなんて。

 まさか、さっきの多属性攻撃の時か。

 あの時の反応で、苦手な魔法を看破されたんだ。

 詠唱が乗った強烈な風が、俺の身体を蹂躙した。


「――ぐ、ぁああああああああああ!」


 痛い、痛い痛い痛い。

 何だ、これ。

 数千枚のカミソリを、肌の上で引かれたような鋭い痛み。

 神経をキリキリと痛めつける、最悪の痛みだ。


 ガチガチと、寒くもないのに歯の根が震える。

 しかも、今の風で炎の壁が飛ばされてしまった。

 無防備なまま、再び百人近くの前に姿を現してしまう。


 まずい、今度こそ、殺される――。

 そう思った瞬間。

 全ての絶望を打ち砕くような声が、高らかに響いてきた。


「せぇえええあああああああああああああ!

 秘技・十文字斬り! 五連刺突! 乱れ斬りッ!」

「な、何だこいつ――ぐあぁあああああああああ!」

「ひ、ひぃ。来るな、来るなぁあああああああああああ!」


 右方向が、いきなり混乱状態に陥る。

 誰か知らないが、まさに天の助け。


 動くなら、今しかない。

 ノイズがかかったような意識の中。

 俺は身体を右に傾け、一心不乱に走った。


 こっちから、突破してやる。

 乱入して手助けしてくれた人物が、目に入る位置に入った。

 すると、帝国兵を斬り倒しながら、その女性は名乗りを上げた。


「エドガー・クリスタンヴァル! 見、参ッ!」


 加勢してくれたのは、エドガーだった。

 彼女は抵抗しようとする魔法師たちを、いとも簡単に倒していく。

 円状に広がった敵の陣形に、乱れが生じる。


 エドガーの脅威から逃げようと、敵が一箇所に密集し始めた。

 これを逃す訳にはいかない。

 俺は反動を覚悟して、一気に魔法を打ち出した。


「燃え上がるは修羅の業火。災い来たれ火炎の導き――『イグナイト・ヘル』ッ!」


 俺の手から撃ちだされた獄炎が、一気に帝国兵に向かって襲来する。

 なすすべなく被弾した帝国兵は、絶叫しながら倒れた。


「……熱い熱い熱いアツイぁあああああああああ!」

「……ぐぉぁあああああああああ!」


 今の一撃で、さらに陣形が崩れる。

 よし、敵の統率が取れなくなってきた。

 一気に20人近くは片付けたな。


 良い連携だ。

 だが、エドガーが奮戦していても、このままじゃ力尽きる。

 敵の数が多すぎるのだ。

 俺は慌ててエドガーの背後に回る。


「助かった、ありがとうエドガー」

「ふっ、こっちにレジスがいるような気がしたんだ。

 昨日は酒場で寝てしまってな。早朝の炸裂音で目が覚めたんだ」

「状況は……わかってるか?」

「行くんだろう? この先にいる敵の元へ」

「ああ、そうだ」

「なら、あたしが食い止めてやる。さっさと行け」


 エドガーが俺の前に立って、仁王立ちをする。

 徐々に迫ってくる敵を威嚇するように、進路に立ちふさがった。

 俺は恐らく、このまま進めば順調に到達できるだろう。


 だが、エドガーは無事に切り抜けられるのか。

 この敵勢の前に、一人で持ちこたえられるのか。

 無理に、決まっている。


 俺は唾を飲み込んで、エドガーの背をポンと叩いた。


「バカか。お前を一人置いていくか。一緒に来い」

「……だ、だが。このままでは全員共倒れになるぞ」

「じゃあエドガーを見捨てて行けってか?

 そんなことをしてもしお前に何かあったら、俺は一生後悔するぞ。

 呪うぞ、地獄まで行って化けて出てやるぞ」

「な、なら、死なないようにするから! ほら、行くんだ!」

「信用できん。少なくとも、お前をこんな場所に置き去りにすることはできない」

「こ、この……レジスのわからず屋ッ!」


 エドガーが困ったように叫んだ。

 どれだけ言っても、俺はお前を置いて行かないからな。

 俺はエドガーの横に立って、敵を見据えた。


 まだ、100人近くいるな。

 増援が来たのか。

 このままじゃ、本当にマズいな。

 そう思った刹那――


「――逆賊の征伐、大儀であります」


 鈴のように凛とした声。

 いきなり、敵兵に絶叫が迸った。

 側面から現れた女性が、魔法師の中へ突っ込む。

 そして、次々と敵を切り払っていく。


 それに呼応して、あちこちから兵が飛び出してきた。

 胸元に輝く大盾の紋章。

 あれは、シャルクイン家が牛耳る『王都本軍』だ。

 確か、今は違う人物が統括していたはず。


 陣形が崩れ、敵兵が次々と降伏していく。

 よく見れば、王都本軍の兵が200人近く、ここに集合していた。

 帝国兵を蹴散らした女性は、剣をしまってこちらに近づいてくる。


「王都本軍、統率者代理。リムリス・トルヴァネイア。

 逆賊を討ち果たすため、馳せ参じました」


 俺に向かって敬礼してくる。

 その顔は、どこか見覚えがあるような。

 少し考えていたが、その凛とした佇まいで思い出した。


「あ、あの時の立会人――」

「おや、覚えていてくれましたか」


 リムリスは微笑する。

 エドガーも俺が言ったのを見て、思い出したように手をポンっと打っていた。

 八年前、ホルゴス家と決闘した時の、立会人だ。

 そういえば、王都本軍を統率してたんだっけか。


「あ、ありがとう。助かった」

「いえ。申し訳ありません。王都を守護する我らが、こうも後手に回ってしまって」

「リムリス――さんが悪いわけじゃないだろ。

 悪いのは、こんなバカをやらかした連中だ」

「そう願いたいものです。――さて、私はまだやることがありますので」


 そう言って、リムリスは味方の兵を呼び戻した。

 この付近の帝国兵は、あらかた掃討したようだ。

 リムリスは俺に一礼する。


「我らはこれより、中央街の『傭兵団詰所』を救援して参ります。

 ですが正直、今から行っても間に合うかどうか」


 そこは、ホルトロス家が持っている傭兵団の大本だったか。

 炎鋼車の被害が一番大きい辺りだ。

 炎鋼車の本体こそ、ここから離れた王宮へ向かっているものの。

 兵力はむしろ、そこに一番集中しているだろう。


 今頃、そこでは生死を賭けた戦いが繰り広げられているはずだ。

 王都本軍の大半は、王宮の護衛に回っているのだろう。

 元は1500人近くいたはずなのに。


 リムリスが率いているのは、わずか200人程度だ。

 1300人を、炎鋼車の制止に向かわせているのか?

 いや、王宮の守りを考えると、動かせるのは600人ってところか。

 だが、それでも止められるかどうか。


「援軍要請を出してきたのは、王国公認第七傭兵団・『王国北方傭兵団』です。

 今、彼らが最前線に立って敵を食い止めているとの報告が入っています。

 そこで、今から分隊を作って助けに行ってきます」


 その一報を聞いた瞬間、エドガーの顔がひきつった。

 王国北方傭兵団。

 そこは確か、昔にエドガーが所属していた傭兵団のはずだ。

 旧知の友人なども、たくさんいることだろう。


 彼女とともに戦ってきた人たちが、命の危機に貧しているのだ。

 エドガーは悲しそうに表情を曇らせる。

 だが、静かに息を吐いて、俺の方に手を置いた。

 苦渋の決断を、無理やり振り切ろうとしている。


「……レジス、行くぞ」


 なんだよ、そんな顔するなよ。

 いつもの馬鹿騒ぎに浸るお前はどこに行った。

 酒が入ってないから鎮静しているのか。

 これ以上、お前のそんな顔を見たくない。


 俺は一つ頷くと、エドガーに指示を出した。

 

「ああ、そうだな。俺は目的地に向かう。だけど、1つだけ予定変更だ。

 エドガー、お前はリムリスの軍に合流して救援に向かえ」

「はぁ!? あ、あたしはレジスと一緒に行くぞ」

「俺だけで十分だ。戦力は有効に分散しようぜ。

 少なくとも、今状況を見て、増援が必要なのはそっちだろう。

 ――戦況を見ろ、エドガー」


 どの口でそれを言う。

 自分で言って笑えてくる。

 本当は、リムリスから兵を借りたいほど心細いのに。


 だが、エドガーがこっちに来て、もし昔の仲間が全滅したらどうなる。

 彼女は間違いなく悔やむことだろう。


 ならば。

 エドガーを向かわせて、誰ひとり失うことなく、救援させる。

 そして俺達も、死ぬことなくラジアスを止める。

 これが、俺の掴むべき最善の未来だ。


 エドガーが普通に言っても聞かないことくらいはわかってる。

 だから、エドガーの心を揺さぶった。

 『戦況を見ろ』。

 それは、元傭兵からしてみれば、歯がゆく感じるくらいに当たり前だろう。


 エドガーは心が楽になったのだろうか。

 いきなり俺の頭を撫でてきた。


「ははは、言うじゃないか。お前も」

「こら、俺を子供扱いするな」

「レジスは人の内面を、無駄に尊重しようとするんだな。

 だけど、そういう所が好きだよ――」


 そう言って、エドガーは王都本軍兵と共に走って行った。

 その背中は、とても頼もしく見えた。


 中央街方面から、凄まじい戦火の音が轟いてくる。

 だが、あの連中が向かったからには、すぐに片がつくだろう。

 リムリスは一連の流れを見たあと、俺に声をかけてきた。


「さて、ではレジス殿。あなたは我が王都本軍が保護――」

「冗談言うなよ。それじゃあ、また後で」


 俺は逃走するように走りだす。

 すると、リムリスが慌てて止めようとしてきた。


「って、……え? ちょ、危ないですよ、こらッ!」


 だが、スタートダッシュを切った俺のほうが速い。

 リムリスを振り切り、ラジアス本邸へ向かう。

 瓦礫を踏み越え、一気に突き進む。

 あとは一本道だ。


 そこまで進むと、隣から一人の少年が飛び出してきた。

 エリックだ。無事だったみたいだな。

 何とか、合流できた。

 後は、この屋敷にいる首謀者を引っ捕らえるだけだ。

 俺の横をひた走りながら、エリックが訊いてくる。


「……できるかな」

「なにがだよ」

「昔の因縁を、十年前の因縁を。

 この機会に全部まとめて叩き返す。

 親父の分まで、ラジアスに報復してやる。

 ……そう思ってるんだが、オレにできるだろうか」

「さあな。けど、俺とお前ならできるんじゃないか」

「そうか、そうだな。でも、さすがに二人で挑むのは辛い気がするけどな」

「まあ、気にするな。その分、俺たち一人一人が奮闘すればいいんだ」


 複雑な顔をするエリックを、元気づける。

 正直、さっき俺が取った選択は、傍から見れば愚かなものだろう。

 貴重な戦力であるエドガーを、向こうに送り出してしまった。


 俺はきっと策士にはなれない性質なんだろう。

 だが、板挟みになって辛そうにするエドガーを、見ていられなかった。

 あいつにはやっぱり、いつもの通りでいて欲しいからな。


 馬鹿みたいに酔っ払って、セクハラばっかりしてきて、

 時々かっこよくて、でもやっぱりどこか抜けてて、

 それでも反省しないような、そういう奴でいて欲しい。


 板に挟まれる前に、どっちかが押し出してやる。

 だから、俺が背中を押してやったのだ。

 もちろん、俺達の危険度はグッと上がった。


 だが、それがどうした。

 我慢して、いつも以上に力を出せばいい。

 そう、我慢して。

 我慢には、慣れているから――


 ついに北の貴族街を踏破する。

 最奥まで踏み込み、角を曲がった。

 俺とエリックは、ラジアス邸へ到着する。


 そして、ついに目に入った。

 今回の黒幕らしき、最悪の相手が。


 凄惨な笑み。

 人を舐めきった挑発的な瞳。


 ジーク・ハルバレス・ラジアスが。

 今回の首謀者が、両手を広げて俺達を歓迎したのだった。



「おや、遅かったですね。待ちくたびれましたよ」



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