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第十四話 崩壊

 

 ――レジス視点――

 

 



 いい加減俺は、キレちゃってもいいんじゃないだろうか。

 最悪の眠気の中で、俺は東研究棟の階段を登っていた。

 そう、アレクに呼び出されているのだ。


 太陽が昇らぬ学院は、妙に空気が震えているように感じた。

 はるか遠くから炎鋼車の振動が響いてくる。

 50両による凱旋パレードだったか。

 よくやるもんだ。

 まるで統治者による独裁政権だよ。


 俺は早起きしてまで、ラジアス家マンセーなんてしたくない。

 今日は久しぶりの休日だから、『俺は昼まで寝るぞー!』と気合を入れて寝てたのに。

 ニートは昼まで寝てなんぼなんだよ。

 朝起きたら太陽が高く昇ってると、何だか祝福されているような気になったからな。

 本当のところは、早く働けっていう催促なんだろうけど。


 だが、今の空をよく見て欲しい。

 太陽の『た』の字もないんだ。

 そりゃそうだよな。だって今、5時半くらいだもん。

 正直、発狂したくなった。


 安眠してる所に、いきなり幼女の目覚ましだ。

 字面だけ見ると天国に見えるけど、全くもってそんな事実は存在しない。

 ガード下クラスの騒音で叩き起こされたのだ。

 無防備な所に『起きるのじゃー!』ってテレパスが飛んできた時は、

 普通にショック死するかと思ったよ。


 鼓膜が死ぬとかそういうレベルじゃなかったからな。

 もう脳が死にかけた。

 無駄に魔力が濃いから、アレクのテレパスは素で拡声器がついてる大きさの声になる。

 奇声を上げて飛び起きてみれば、エリックはまだ寝てるし。

 時刻はまだ5時過ぎくらいだったし。


 それなのに、『すぐ研究棟に来るのじゃ。ダッシュ。三分』だもんな。

 さすがに殺意が湧いたよ。

 短気から限りなく遠ざかった男である俺を苛つかせるとは、さすが大魔法師だ。

 いつか必ず制裁を加えてやる。


 そうだな、寝てる所をマジックで落書きしてやろうか。

 この前のお返しも含めてな!

 二度と嫁に行けないよう、ありとあらゆる部位に淫語を書きまくってくれる。

 実るかも不明な復讐に胸を躍らせ、階段を登り切る。


 俺が研究室に入ると、アレクが白衣姿で出迎えてきた。

 そして、不満気な顔をして糾弾してくる。


「遅いのじゃ」

「黙れ」

「黙らぬ」

「いい加減怒るぞ。なんつう時間に呼んでるんだよ」

「研究者の朝は早いのじゃ」

「なら一人で勝手に早起きして、肌の寿命を短くしてろよ。

 こんな善良なニート上がりを捕まえて、一体何のつもりだ」


 自分で言ってて悲しくなるが、今回の横暴だけは許さん。

 睡眠といえば、人間の三大欲求に含まれるものであって。

 決して邪魔をしていいものではないのだ。


 いい機会だよ。

 どれだけ惰眠を貪ることが人生によって有益か、実体験を踏まえて説明してくれる。

 どこかに図で説明できるボードはないか。

 俺がキョロキョロ辺りを見渡していると、アレクがいきなり眼前に現れた。


「……なっ!?」


 眼前というのは、すなわち目の前である。

 さっきまでは、5歩分くらいの距離はあったのに。

 いつの間に接近してきたんだ。

 アレクは触れるか触れないかくらいの位置に来て、俺を見上げてくる。


 おかしいな。

 俺が見下してる格好なのに。

 何でこんなに震えが止まらないんだろう。

 とっさに危険を感じて、後ろへ下がろうとする。


 すると、アレクが突如として抱きついてきた。

 腰のあたりに手を回し、きつくホールドしてくる。


「……お、おい。なんだよ」

「動くな。動くと死ぬかも知れん」


 ナ、ナンダッテー。

 まさかここから得意の舞空術で俺を虐げるつもりか。

 フランケンシュタイナーを超える必殺技を放つつもりか。

 動くと死ぬとか言ってるけど、高確率で動かなくても死ぬだろ。


 これは退避した方がまだ安全なのではないだろうか。

 アレクからの拘束を解こうとするが、力が強くて引き剥がせない。

 ぎゅうぅっ、と内臓が悲鳴を上げそうな圧力をかけてくる。

 空っぽの胃が危険信号を発信した。


「……く、苦しいって」

「もう少し、このポーズが大事なのじゃ」 


 ポーズ。

 その言葉を聞いた瞬間、俺は戦慄した。


 イメージとポーズ。

 未修得の魔法を使う時に、必要な要素だ。

 例えるなら、ガンファイアは手を突き出すポーズを取り、

 手から銃弾を打ち出すイメージをすれば、比較的簡単に習得できる。


 一度会得してしまえば、ポーズを崩したりしても詠唱ができるようになるのであるが。

 アレクがこうしてポーズを重視するということは、

 何らかの魔法を覚えようとしているのだろう。


 全属性魔法が得意と豪語するアレクだ。

 恐らく、新しくマスターしようとしている魔法は――古代魔法。

 そんなものを喰らっては命が危ない。

 俺は慌ててアレクを引き剥がす力を強めた。


「てめえ、古代魔法を俺に使うつもりか!」

「む、気づくとはこしゃくな奴」

「こしゃくな奴、じゃねえよ! 離せ離せ、今すぐ離せ!」

「断るのじゃ」

「ええい。離せ、離さんかぁああああああああ!」


 身体をよじってみるが、余計アレクが密着してきて効果がない。

 頬をグリグリと俺の腹にこすりつけてくる。

 アレクがベタベタ身体を触ろうとしてくるので、非常にまずい状態になっている。


 待て、慌てるな。

 こんな未成熟な身体に興奮するな俺。

 この生命の危機に瀕して、生殖本能が刺激されたか。


 ハッ、ありえんな。

 俺の本質はイエスロリータノータッチだ。

 この信条はどこぞの不殺侍の誓い並みに固い。


 それに、こいつの内面はどうだ。

 何歳生きてるか分からん奴じゃないか。

 正当なロリじゃないんだぞ。

 その上、とてもおしとやかとは言えない面倒な性格だ。


 この程度で、俺の心は揺るがん。

 もっと発育して出直してくるがいい。

 内面でここぞとばかりに悪口を言った天罰が下ったのか。

 アレクがついに魔法の詠唱に成功してしまった。


「――邪ナ匂イ二身ヲ焼カレシ神狗ヨ。

 其ガ御力デ真実ヲ嗅ギ分ケヨ――『アブソリュート・フレイバー』ッ!」


 何かとんでもなく毒々しい詠唱なんだけど。

 いきなり身体が弾け飛んだらどうしよう。

 生きた心地が全くしない。


 だが、アレクは特に攻撃姿勢を取っていないのだ。

 ただ、拘束した俺に顔を押し当て、スンスンと匂いを嗅いでいるだけ。

 ……待てよ、匂いを嗅ぐ?

 朝飯の具材が足りないからといって、まさか俺の肉を食卓に出す気か。

 俺の背筋が物凄い勢いで震えた。

 

「やめろー! カニバリズムだけはダメだ!

 そっちの世界に入ったら、もう戻ってこれなくなるぞぉおおおおお!」

「……何を一人で騒いでおるのじゃ」


 アレクが鬱陶しそうに顔を上げ、俺を解放した。

 あれ、今ので終わりなのか。

 てっきり、もっと無茶なことをするのかと思ったが。

 まあいい、痛みを感じなかっただけよしとしよう。


「今のは、新しく解読に成功した古代魔法か?」

「うむ。実際に効果を試してみたのじゃが、特に異変はなかったの」 


 異変? てことは、何かを調べる魔法だったのか。

 妙に俺の匂いを嗅いできてたな。

 案外、嗅覚を超強化する魔法なのかもしれない。


「そう言えば、エルフって鼻が良いんだよな」

「まあ、感覚は人間よりは鋭いはずじゃ」

「それって、どのくらいまで分かるんだ? 匂いで人を識別できたりするのか」

「余裕じゃな。他のこともできるぞ。そうじゃな、例えば。

 ――魔牛の腹肉、清涼サラダ、特製厚切りパン、ゴブリアスープ……」

「……おいおい。過去に食ったものまで当てられるのか?」

「魔猪のもも肉のソテー、歯砕きパン、海藻の七種香辛料和え……」

「わ、分かった。もう十分だ」


 なるほど、エルフの五感は尋常じゃないわけだな。

 昨日食った飯まで当てられるなんて。

 極まった嗅覚というのも、何だか恐ろしい気がする。

 俺が驚いていると、アレクはイタズラっぽく微笑んできた。


「他にも色々分かることがあるぞ。そうじゃな、ちょっといいか?」


 再びアレクが俺の身体を嗅いできた。

 主にズボンの辺りから、腰のあたりにかけて。

 何やら企んでいるらしい。


 ククク、俺を不潔だとでも言うつもりか?

 甘かったなアレク。

 俺は基本的に洗濯を欠かさない。

 その原因は、ニート時代のズボンに起因する。


 洗濯を忘れて部屋の隅で放置した結果、ポケットがナウシカ状態になったことがある。

 ズボンがカサカサ音立てながら動くから、おかしいとは思ったよ。

 俺のトラウマランキングのトップ50には入ってる事件だな。


 とにかく、俺はこう見えて身体と服を清潔に保っている。

 アレクの毒舌も、この分野では効果も期待できまい。

 ひと通り嗅いだ後、アレクはすっと俺から離れる。

 その上で、意地悪げに告げてきた。


「この1週間で、4回じゃな」

「……はぁ? 何の話だよ」

「4回じゃな」


 語調を強めて、アレクは二度言った。

 ニヤニヤ笑いながら、俺のズボンを眺めてくる。

 ちょっと待て、この女は今4回と言ったか。

 おかしいな、嫌な予感がしてきたぞ。


「ちなみに、一昨日に1回じゃな」


 ……間違いない。

 こいつの嗅覚は悪魔だ。

 もう、もうやめてくれ。

 俺は土下座するような勢いで停止を求めた。


「悪かった。俺が悪かった。もうそれ以上の詮索はやめろアレク!」

「我輩を見なおしたか?」

「見なおしましたとも! いよっ、さすが大陸の四賢!」

「うむ。我輩に逆らえば不都合しか発生せんぞ」


 優しい微笑みとともに釘を刺してくる。

 悪魔め。子鬼じゃ、子鬼がおる。

 人のプライバシーを完全に無視した鋭敏さだ。

 ふざけやがって。

 少しエルフの前に立つのが怖くなってきたじゃないか。


「で、結局のところ。俺を呼んだのは、さっきの魔法の実験台が欲しかったからか?」

「まあ、そんなところじゃな。もう帰っていいぞ。ダッシュ。1分」

「さっきよりも条件が厳しくなってるだと!?」 


 だいたい、ここから寮までそんな数分で帰れるか。

 走っても軽く二十分くらいかかるぞ。

 無駄に広い学院だから、移動するのも疲れてしまう。


「ところでレジスよ。この機会じゃから訊いておきたいのじゃが」

「ん、どうし――」


 返事をしようとアレクを見た瞬間。

 ゾクリ、と背筋が震えた。

 アレクが、俺の瞳をのぞき込んでいる。

 ただ、それだけのこと。


 だが、さっきまでの表情とはあまりにも違う。

 ふざけてじゃれあっていた時とは、一線を画する。

 ――例えるならそう、仕事人の目だ。


 そこに宿る瞳からは、猜疑心が見え隠れしていた。

 まるで、尋問する兵のような冷徹さだ。

 何だよ、急に。


「ど、どうしたんだ?」


 俺が平静を装って訊くと、アレクは一つ息を吐いた。

 薄暗い影が広がる天井を見上げ、物憂げな顔で俺を見てくる。


「嘘は見破るからの。心して答えるのじゃ」

「……な、なんだよ」

「前々から気になっておったんじゃが。

 汝に魔法を教えた使用人は、ひょっとして――」


 その時。

 俺の世界が真っ白になった気がした。


 アレクが口走った言葉を、かき消すほどの轟音。

 視界が閃光で焼き付き、赤と白の色しか認識できない。

 一瞬で脳内が混乱に陥る。


 何だ。

 何が起きた。


 俺が怯んでいると、腕を引っ張られる感触がした。

 身体が宙に浮き、誰かに受け止められる。

 時間差で、あちこちの物体が破砕する音がした。


 無理やり視力を復旧させる。

 すると、そこには惨状が広がっていた。

 衝撃波で研究室の扉は吹き飛び、壁にヒビが入っている。


 先ほど俺がいた場所は、棚が倒れてきて薬品がぶちまけられていた。

 危ないところだった。

 俺を抱え上げていたアレクが、ゆっくりと地面に下ろしてくれる。


 よくこの体格差で持ち上げられるな、と褒めようと思ったのだが。

 それどころではない、剣呑な雰囲気だ。


「ありがとう、アレク」

「構わんのじゃ。ちょっと静かにしておれ」


 そう言うと、アレクはボソボソと何かを詠唱した。

 目を瞑り、集中している。

 すると、膨大な魔力が彼女を中心に、どこまでも広がっていった。


 探知魔法か。

 しかも、相当上位なものを使ってるな。

 とんでもない規模で、周りの状況をつかもうとしている。


 しばらくして、アレクは魔法を解除して目を開いた。

 そして、冷や汗を流して呟く。


「なんという真似をするのじゃ……。それにこれは、転移魔法か」

「お、おいアレク。何が起こってるんだよ」

「今の衝撃は、炎鋼車の無差別攻撃が流れてきたものじゃ」

「なッ! ……まさか、炎鋼車が乗っ取られて――」

「阿呆。ここに来て、炎鋼車の持ち主を知っておいて。

 汝はまだそんな考えが出てくるのじゃな」

「……てことは、まさか。反乱か?」

「然り」


 くそっ。

 やっぱり、そうだったのか。

 別に、とぼけていたわけではない。

 予想外だったのかと訊かれれば、首を横に振る自信だってある。


 だけど、まさかそんなことはやらないだろうと。

 この王国に仇なすようなことはしないだろうと。

 勝手にそう思っていた。

 だが、ついに恐れていた事態が起きてしまったのだ。


「どっちだ。首謀者はジークか? それともクロードか?」

「……ふむ、この大胆さと綿密さ。恐らく後者じゃろうな」

「当主の方か。急いで止めないと」

「じゃが、ここまで積み上げた策にしては、崩し方が雑すぎる。

 なんじゃろうか。少し、違和感があるのじゃ」

「そんなもんは首領の首根っこひっ捕まえたら解決するだろ!

 急ごう、事態はどうなっているんだ」


 研究室を出て、外を見る。

 すると、絶望的な光景が目に入った。

 学院の外が、主に中央街の辺りが――大炎上している。


 次々と轟いてくる爆発音。

 鼓膜を刺激し、ひどい頭痛を招く。

 同時に、人々の悲鳴が聞こえてきた。


 まさに阿鼻叫喚。

 地獄絵図。


 ひどい匂いだ。

 人や物だけでなく、希望さえも焦がす炎。

 目の端で、通行人が炎鋼車に轢かれている光景を捉える。

 悲痛な叫びが、学院内のここまで響いてきた。


 何てことを、してるんだ。

 こんなのは。こんな死に方は、ひどすぎるだろう。

 下らない死に方をした俺だけど。

 いや、志半ばで死んだ俺だから、これだけは言える。


 こんなことは、あってはならないと。

 思考がまとまらない。

 開いた口がふさがらず、気づけば爪が食い込むほど拳を握りこんでいた。

 人々を蹂躙しながら、炎鋼車はある地点へ向っていく。

 あの方向は――王宮方面だ。


「……くそッ!」

「待つのじゃ」


 走りかけた所で、アレクが俺の袖を引いた。

 思わず振り払ってしまいそうになる。

 だが、アレクは無言で強く腕を握ってきた。

 あえて何も喋らず、俺の目を見据えてくる。


 静寂に満ちた対応だ。

 それに釣られて、俺も頭に昇った血が降りてきた。

 無理やり長い息を吐き、自分を落ち着かせる。


「知なき戦に勝ち目はないのじゃ。我輩の目を見よ」

「な、ちょ……おい!?」


 アレクが俺の首をぐいっと掴んで、引き寄せてくる。

 唇が触れそうな辺りまで接近した。

 顔を背けようにも、アレクが固定しているので物理的に不可能だ。

 彼女は俺の双眸を覗きこみ、癖の強い詠唱を開始した。


「――其ガ記憶ニ我ガ追憶ヲ重ネヨウ。

 賢人ノ知ニ酔イシレヨ――『メモリー・アワード』」


 その瞬間、俺の脳内が塗りつぶされた気がした。

 自分の領域に、他の何かが侵食する錯覚。

 海馬を直接かき混ぜられたような気分だ。


 思わず吐き気がこみ上げる。

 とっさに呻きそうになるが、アレクの腕がそれを許さない。

 彼女は俺の目から視線を切り、頭から手を離してくれた。

 途端に汗がほとばしり、息が荒くなる。


「……ケホッ、ゴホッ。今のはなんだ?」

「我輩が探知魔法で集めた情報を、直接植えつけたのじゃ。

 これで今何が起きているのか、だいたい分かるじゃろう」


 そう言って、アレクは俺の頭を指さした。

 それを受けて、ふと思考する。

 すると、先程まで分からなかった空白が、ピタリと埋まっていた。


 この王都で、何が発生しているのか。

 それらをまとめると、実に簡単で短いものだった。


 炎鋼車50両が、中央街で突如暴走。

 あちこちを攻撃しながら、王宮方面へ疾走している。

 同時に、炎鋼車の中からおびただしい数の人間が降りてきた。


 その数、約1000人以上。

 その全員が、帝国の装備をつけている。

 早い話、帝国兵だ。

 そこまで話を掴んで、強烈な疑問が出てきた。


「な、何で帝国兵がいるんだよ」

「帝国特有の機密魔法に、転移魔法というものがあるのじゃ。

 魔法陣を設置することで、後から複数人をそこに飛ばすことができる。

 恐らく、少し前に国境地帯へ向かった時、炎鋼車の中に魔法陣が張られたんじゃろう」


 転移魔法か。

 確か、帝国が得意とする特殊魔法だったな。

 王国に修復魔法というものがあるように。

 帝国にも転移魔法という武器がある。


 一番オーソドックスな転移魔法は、『テレポーテーション』。

 この系統の魔法が使える奴は、間違いなく帝国の本軍に在籍していた奴だけだ。


 魔法陣を任意の場所に設置して記録。

 その後に転移魔法を唱えれば、距離に関係なく移動することができる。

 炎鋼車に見張りをつけていたとしても、いきなり1000人が攻撃してきたら、

 一瞬で皆殺しにされるだろう。


「じゃが、魔法陣は探知魔法で看破できるはずじゃ。

 なぜ王都に入ってくるまで、誰も気づかなかったのじゃ」

「炎鋼車には、魔法障壁があるんだ。多分それで阻害されてたんじゃないか?」

「チッ、ザルな監視をするからこうなるのじゃ。

 しかし、なるほどの。やっと話の流れがわかったのじゃ。

 一、帝国の魔法師が炎鋼車に侵入して、魔法陣を設置。

 ニ、その後、帝国領に戻って、炎鋼車が王都に入ったのを見計らって兵と共に転移。

 三、転移で見事に国境線を抜け、炎鋼車と共に敵の喉元に奇襲をかける。

 ふむ、なかなか味なことをするものじゃな」

「感心してる場合じゃないだろ! 早く、止めないと」


 いても立ってもいられず、俺は走りだした。

 光の早さで司令官を殴り飛ばさないと。

 殴打、殴打、クリティカル殴打の刑に処して、市中引き回しの上投獄してやる。


 でも、そういう奴はきっと炎鋼車に乗って出てこないよな。

 引きこまれたら手が出せん。

 それはきっと、自室に引きこもって、世界を完結させたニートに匹敵する安全度だ。


 ……おのれぇ。

 いらだちが湧いてきた。

 これが同族嫌悪というやつか。

 やはり天誅を下さねば。


 今度ばかりは、アレクも制止しない。

 浮遊しながら俺と並んでついてくる。


「レジスよ。汝は友人と合流して身を守るのじゃ。

 学院内のラジアス邸に向かっても無駄じゃぞ。そこに敵はおらん」

「そこまで分かるのか?」

「我輩を誰じゃと思っておる。

 この学院内の範囲であれば、探知魔法で一人一人の識別がつく。

 しかし、ここにいなければならないはずの少年が、なぜかおらぬ。

 恐らく、今ラジアス家の中で何かが起きておるのじゃろう」


 推測でありながら、どこか説得力のあるアレク。

 その言葉を信じるに足るだけの自信が、そこには詰まっていた。

 さすが、下着はつけてないのに威厳だけはある。

 なんだろう、この不思議な理不尽。


 まあ、ここで議論をしていても始まらない。

 さっさと向かわなければ。

 でも、一つ懸念が残っている。


「だけど、炎鋼車はどうする?

 多分狙いは国王だ。あれを止めないと、とんでもないことになる」

「……はぁ。我輩は立場上、動いたらマズイのじゃが。

 仕方ないの。炎鋼車は、我輩が止めてやるのじゃ」

「一人で大丈夫なのか?」

「逆じゃ、他がおると邪魔にしかならん。

 何かと戦うのは久しぶりじゃの。

 まあ、地獄を作る畜生どもに、本当の地獄というものを見せてやるのじゃ」


 くくく、と喉を震わせて笑うアレク。

 その表情には、嗜虐的な雰囲気が漂っていた。

 さすが地獄の鍛錬をさせる師匠だ。

 そういう発言をさせた時の邪悪さは尋常じゃないぜ。


 出来れば普段の訓練はお手柔らかにして欲しいんだけどな。

 無理かな。無理だな。

 アレクは炎鋼車の進路を確認すると、上空高くに舞い上がる。


「一人で行かせるのは心配じゃが……頑張るのじゃぞレジス。

 それをできるだけの力が、汝にはある」


 そう言って、見えない高さにまで上昇していってしまった。

 喋ることだけ喋って、あっという間に消えるのか。

 まあ、あとは自分で考えろってことだろう。


 てかそれ以前に、あいつ大陸に干渉しちゃいけないって言ってなかったっけ。

 魔力を大っぴらに行使することを、極端に嫌っていたはずだ。

 何で、あいつは自分から激戦の中で戦う仕事を引き受けたんだ。


 まあ、そんなことは後で確認すれば済むことだ。

 まず俺がすべきことは一つ。

 仲間と合流、または連絡を取って安全を確保することだ。


 炎鋼車に接触したら、まず間違いなく殺されてしまう。

 さすがに兵器と生身で戦うのは無理だ。

 でも、アレクなら。

 大陸の四賢なら、何とかしてくれるはずだ。


 こっちはこっちのことを考えよう。

 まず、テレパスで連絡を取らないと。

 テレクラ詐欺に引っかかりそうになった経験を持つ俺だ。

 通話に関しての手際の良さは他を圧倒するぞ。


 そんなことを思っていた時だった。

 背後からいきなり、火の玉が飛んできた。

 俺の背中に直撃し、派手に爆発する。


「ぐおッ……!」


 思わずよろけてしまう。

 だが、何とか体勢を立て直した。

 しょせん火魔法、それも恐らくは下位。

 恐るるに足らず。


 背後を見ると、そこには一人の男が立っていた。

 藍色を基調にしたマントに、黒剣が交差する紋章。

 間違いない、帝国の魔法師だ。


 俺に魔法をぶつけた軽薄そうな男。

 奴は俺の姿を見て、楽しそうに笑った。


「はっはァッ、学院一番乗りィ! なかなか頑丈だな、お前」


 ああ、転移してきた連中の一人なんだな。

 町中で炎鋼車を暴れさせ、主要な拠点を魔法師と兵で制圧する。

 理想的な作戦だ。

 だけど、絡む相手の実力を思い誤ったな。


 帝国のエリートだか何だか知らんが。

 とりあえず這いつくばらせてやるから、二度と立ち上がるなよ。

 俺は静かに男を指さした。


「――『ガンファイア』」


 圧縮した火が強力な炎玉になる。

 思い切り振りかぶり、それを打ち出した。

 すると、男の目が驚愕に見開かれる。


「なッ、速――」


 避ける間もなく、魔法師の顔面に直撃した。

 下位魔法だが、俺の魔力で使うと十分に致死性を持つ。

 速度も命中性も段違いだ。

 上手くローブで軽減したようだが、完全に気絶したな。


 アレクからもらった情報を探ってみる。

 この王都に襲来した敵兵数の確認だ。

 まず、帝国魔法師が200人。

 そして、帝国兵は1000人。


 明らかに、個人でどうにかなるレベルじゃない。

 早く誰かと合流しないと、ジリ貧だ。

 俺はまず、イザベルを目標にしてメガテレパスを唱えた。

 ところが、何故か繋がらない。


 恐らく、距離の問題だ。

 嘘だろ、学院内にいるなら問題なく届くはずなのに。

 イザベルは今、どこか違う場所にいるのか。

 くそッ、考えても仕方ない。


 後で合流しよう。次はエリックだ。

 あいつならまだ、寮の中で寝ているはず。

 俺は二度目のメガテレパスを使いつつ、男子寮の方へ走っていった。



 

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