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第十話 手紙

 

  

 本日の授業が全て終わった。

 俺と戦ってぶっ倒れた教員は、どこかへと姿を消したそうな。

 衆目の前であれだけやられたんだ。もう俺の前に姿を現すことはないだろう。


 そんな俺は今、日課の最難関に挑もうとしていた。

 そう、ドキドキ、アレク師匠との魔法レッスンだ。

 エドガーの方では、基礎知識の復習などをする。

 そしてアレクには、実戦で使える魔法の修得や適性の強化などを手伝ってもらっている。

 前者では貞操を失いそうになり、後者では命を落としそうになるという苦行。


 いつか死ぬんじゃねえの、と思わせるスケジュールだ。

 師匠連中がもれなく過労でぶっ倒れる日まで、俺の平穏はないのかもしれない。

 あるいは、俺が卒業するまでか。


 でも意外と、エドガーは簡単に懐柔できそうな気がする。

 酒だ、酒でベロンベロンに酔わせれば俺の勝ちだ。

 でも、それには樽一杯を飲ませる必要があるんだよな。

 しかも、あいつは酒が入ると色んな意味で凶暴になる。

 やっぱり、授業はまじめに受けないとダメってことだな。

 納得。



「何をブツブツ言っておるのじゃ。早く始めるぞ」

「お、おお」


 ここはアレクが使用している研究棟。

 ホルトロス家が後ろに付いているらしい。

 アレクは研究道具を片づけ、俺の修行に付き合ってくれている。


「あ、アレク。今日になってやっと、体術で強くなってるんだなって実感が湧いたよ」

「ほぉー?」

「学院の教員を倒したからな。同時に、かなりの魔法の使い手を体術で降伏させた」

「何の自慢にもならんじゃろ。学院の教員ごとき、我輩なら研究の片手間に皆殺しじゃ」


 恐ろしいことを言う。

 そりゃまあ、大陸の四賢なんて、存在が反則級なんだからな。

 古代の英雄が未だに残ってるって、それはかなり恐ろしい気がする。


「あと、エドガーに反動を無視して魔法を使うのはやめろって言われたんだけど」

「うむ。やめた方がいいぞ」

「……え?」

「いや、じゃから強い反動を受けてまで、魔法を使うべきではないと言っておるのじゃ」


 アレクが言ってることは、明らかにおかしい。

 普段からこいつは、俺が反動を受けながら修行に明け暮れてることを知っていたはずだ。

 そして、それを特に止めもせず鍛錬に付き合ってきてくれた。

 だというのに、何故ここで完全否定するようなことを言うのか。


「魔法はな、身体から魔素を無理やり引きずり出して自然現象を現界させる神秘じゃ。

 そんなことをすれば、当然人の身では扱いきれなくなってくる」

「扱いきれなくなった時に感じるのが……反動?」

「んー、まあそんな感じかの。

 とにかく、反動は我輩らの身体が訴えかける危険信号じゃ。

 それを無視しておれば、間違いなく身体に何らかの危険が及ぶ」


 まあ。

 それくらいは、予想していた。

 言うなれば、反動は身体が泣く時に発する断末魔の叫び。

 これ以上使うとヤバいから、不快感や激痛として詠唱者を警告するんだ。


 だけど俺の場合、普通の人より多く反動を受け、そしてそれを無理やり我慢している。

 そのことを、アレクは良くないと言ってるんだ。

 だけど、それなら――


「何で危険だと分かってるのに、止めないんだ?」

「止まるのか? 我輩の忠告を、汝は聞くのじゃな?」

「……いや、聞かないな。多分」

「じゃろうな。

 それを分かっていて、汝の教育者はあまり強力な魔法を覚えさせんかったのじゃろう」


 汝の教育者、と言うのはウォーキンスのことだろう。

 と言っても、アレクにはウォーキンスのことは教えていない。

 何やら変な因縁があるみたいだしな。

 下手に事態をかき回すよりはマシだろう。


 だから、ウォーキンスのことは謎の教育者として伝えている。

 だが、アレクも教育者が只者でないことには薄々感づいているようだ。

 入学試験を無視したかのような八年間の鍛錬。


 だが、それは入学後のための布石であり、

 現に俺はこうして順調に学院内で立ち回れている。

 その用意周到さと千里眼を、アレクは怪訝に思っているようだ。


「ああ……でも、俺は『メテオブレイカー』を習得してるぞ。

 これは十分強力な魔法じゃないのか?」

「そうじゃな。反動も汝が覚えておる中では群を抜いておる。

 じゃがその魔法、教育者でなく汝が覚えたいと駄々をこねたのではないか?」

「……うっ」


 それは正解だ。

 メテオブレイカーは、熟練の魔法師ですら忌避する特殊魔法。

 その推進力を、強大な反動で賄っているマゾ魔法だ。

 それゆえに、ウォーキンスも最初はこの魔法を習得するのを止めようとしていた。


 それを押し切ったんだけどな。

 いやぁ、何て不孝者なんだ俺は。


「恐らく、教育者は汝が強い反動を受けることを望んでおらんのじゃろう。

 じゃから、反動が少ない割に使い勝手のいい魔法ばかり教えておったのじゃ」


 なるほど。

 思えば、確かにウォーキンスはいつでも俺の身を案じてくれている。

 魔法の修得一つとっても、反動が少ないのを極力選んでくれていたのだ。

 まったく、いつだってあいつは知らない所で気を揉んでくれている。

 卒業して帰ったら、いっぱい恩を返さないとな。


「……これは警告じゃが。

 もし魔素が身体を焼くような反動を感じたら、すぐに魔法を使うのをやめるのじゃぞ」

「何でだ?」

「何でもじゃ。もしそんなことになったら、すぐに我輩のもとに来るように」

「興味本位で聞くんだが、もしそれを放置したら?」

「汝が汝でなくなる、じゃろうな」


 そう言って、アレクは押し黙った。

 これ以上教えるのはマズいとでもいうように。

 ふと、2ヶ月前のことを思い出す。

 ベッドの上でアレクに起こされた時、こいつは言っていた。


 魔力を使うと、『我輩が我輩でなくなる』と。

 まさか、今のはそのことに関係してるんじゃないだろうな。

 情報不足でこれ以上は窺い知れないが。

 ウォーキンスと同様、こいつもなにか俺に隠してやがるな。


 どうして俺の周囲の人間は、秘密が大好きな奴ばっかりなんだ。

 って、アレクは人間じゃなくてエルフだったか。

 一緒にしたら、しばかれるところだった。


「まあ、とにかく注意するよ。それじゃあ、今日の修行はどうするんだ?」

「ふむ。では、汝の苦手な土と風魔法の適性を上げるぞ」

「了解」

「く、クククク」

「な、なんだよいきなり」


 俺が元気よく返事をすると、アレクが不気味に哄笑した。

 おかしくてたまらないといったように。

 そして、コヒューという音と共に、アレクは大きく息を吸い込んだ。

 そして、今までにない大笑いを放った。


「クックック、ハッハッハ、ハッハッハッハッハッハッハ!」


 まさかの三段笑い。

 どうした、ついに狂ったか我が師匠よ。

 小悪党にしか見えんぞ。

 てか、そんな大声を上げて不審者と思われたらどうする。


 その時、窓が開きっぱなしになっているのを発見した。

 バカみたいな笑い声が外に丸聞こえだ。

 急いで閉めねば。

 そう思って向かった瞬間、俺の襟首が後ろから引っ張られた。


「グボッ、フォゥイ!」


 およそ人間のものとは思えない声を発し、俺はアレクのもとに引き戻された。

 首が締まるかと思ったぞ。

 だが、アレクはずいぶんとご機嫌のようで。

 嗜虐的な光を瞳に宿し、俺を無理やり立ち上がらせた。


「さあ、夜は長いぞ。明日は休日じゃったな」

「あ、ああ」

「となれば、足腰立たなくしても大丈夫なわけじゃな」

「おお、全然大丈夫じゃないぞ」

「安心せい。失神するまで風魔法と土魔法漬けにして、

 翌日には『か、かぜ……』と『つ、つち……』しか喋れんようにしてやるのじゃ」


 恐ろしいことをほざいてくる。

 知性をトロールレベルまで退行させるつもりか


 基本的に『適性』は、魔法の反復詠唱によって上昇していく。

 要するに、使えば使うほど強くなっていくのだ。

 だから極論で言えば、魔力切れを恐れずに魔法を撃ちまくれば、

 その属性の適性はみるみる上がっていく。

 つまり、アレクは俺の魔力が空になるまで修行をしようとしてるのだ。


 アレクは心底楽しそうに、ニヤニヤと笑みを浮かべながら俺の顔を覗きこんでくる。

 やめてくださいよー、そのマジキチスマイル。

 自堕落ニートだった俺に、そんなスパルタ教育は辛いって。


「じょ、冗談だよな……?」

「冗談に見えるのじゃな。ならば本気で行くしかないの。

 魔力が空になれば、我輩の魔力を強制的に分け与えてやろう。どうじゃ、嬉しいか?」

「いらねえ。そんな不健康な輸血は絶対にいらねえ」

「照れるでない。本当なら与えた魔力を、違う力で返してもらうのじゃが……」

「違う力?」

「精力とか」

「光の早さで退避ィ!」

「逃げられると思っておるのか」


 またしても首を掴まれた。

 しかも今度は完全にキメられてる。

 何という機敏さ。

 その細腕のどこからそんな力が出るんだ。


 師匠、弟子を殺すつもりですか。

 反駁したくなったが、ここは大人しくやり過ごすのが最善だろう。


「冗談じゃ。取って食ったりはせん。さっさと始めるぞ」

「そ、そうか……」


 良かった良かった。

 完全に捕食者の目だったからヒヤヒヤしたぜ。

 俺が安堵の息を吐いていると、アレクは満面の笑みで答えた。


「とりあえず、朝日が登るまで魔法を打ち続けるかの」

「全く状況が変わってねぇええええええ!」

「さあ、修行開始じゃ――!」

「いやぁああああああ! 誰かッ、誰か助けろぉおおおおおおおお!」


 必死の抵抗虚しく。

 開け放たれた窓から、俺の絶叫が迸るのだった。

 



 

     ◆◆◆

 

 


「……コヒュー、コヒュー」

 

 魔の個人授業が終わりを告げ、すっかり日も暮れた頃。

 俺は半ば這いつくばるような体勢で、寮へ戻ろうとしていた。

 呼吸は乱れに乱れ、ダースベーダーみたいな音が発生している。


 特筆すべきは足の震え方だ。

 もはや生まれたてのバンビちゃんどころではない。

 死にかけのヒキガエルだよ。

 電極付けられて筋肉震わせてる実験体の状態だ。


 全身に満ちる鉛のような疲労感。

 魔力を完全消費してしまった。

 満足な歩行もままならないほどの憔悴状態である。


「……くくく。だが、耐え切ってやったぜ。

 大陸の四賢も、実はたいしたことないガブファッ――」


 謎の息が口から漏れた。

 思い切り咳き込んでしまう。

 多分出血してたら盛大な吐血をかましてたよ。


 フラフラになるほど、身体と魔力を酷使させられる。

 それはいつものことなので、大して気にならないのだが。

 今日はいつにも増してスパルタだった。


 途中からアレクが鬼軍曹に見えて仕方なかったもの。

 『それじゃあ次食事シーン行ってみよっか』的な映画監督のノリで、

 『じゃあ次は土魔法30連発いってみるのじゃ』って宣告しやがる始末だ。

 いつか俺を殺す気に違いない。


 だが、体術はともかく、夕方の個人授業は俺が志願しているのだ。

 途中で音を上げる訳にはいかない。

 寮まで何とかたどり着き、中へ入る。

 すると、自室の扉に一枚の紙が挟まっているのを見つけた。


 管理人が届けてくれたのだろう。

 手にとって開封してみる。

 手紙だ。

 それも、ウォーキンスからの。


 二ヶ月くらい離れただけなのに。ずいぶん恋しく感じてしまう。

 やっぱり、俺の帰るべき場所はウォーキンスがいる屋敷だな。

 卒業してエルフの妙薬を手に入れたら、

 シャディベルガとセフィーナとウォーキンスで、どこかに行ってみてもいいな。


 淡い希望に胸を膨らませ、手紙の内容を見てみる。

 そこには、柔らかい筆跡で彼女の言葉が綴られていた。。


『レジス様。お久しぶりでございます。

 勉学の調子はいかがでしょうか。

 このウォーキンス、レジス様のお側で支えることが出来ないことを、

 とても不甲斐なく思っています。

 ですがその代わり、奥様の看病はお任せください。

 私の全存在を懸けてでも、奥様の痛みと苦しみを和らげてみせます』


 ああ、やっぱりウォーキンスは変わらないな。

 全く、俺が生まれた時から変わらない。

 十五年、ずっとセフィーナの看病に努めてきた。


 治癒魔法で病状の悪化をできる限り遅らせ、

 同時に俺の成長に合わせて色々と教えてくれた。

 シャディベルガもそうだが、彼女も相当の苦労人だろう。


 いつか、その不安と責務から、解き放ってやらないと。

 そのためには、俺が頑張らないとな。


『シャディベルガ様は見事に領内を治めています。

 これ以上領地が増えない限り、何とか運営できそうだ、とのことです。

 私も微力ながらお手伝いをさせてもらっています。

 レジス様が戻ってきた暁には、ぜひ書物を焼き払いながらお迎えいたします』


 シャディー、逃げてシャディー。

 あんたの隠し床、すでにバレてるぞ。

 いつでも首根っこを押さえつけて、証拠を付きつけられる状況だ。


 これは胸がときめくな。

 もう少し泳がせて、シャディベルガの心臓がどこまで持つかを試すのも面白いかもしれん。

 早い所帰って、焚き火パーティーに付き合うとしようか。

 楽しげなことを思い描きつつ、続きを見る。

 するとそこには、少し聞き捨てならない文章が並べられていた。


『さて、ここから少し身勝手な話になるのですが。

 恐らくこの手紙が届いた時、私はディン家領内にいないでしょう。

 心苦しいですが、急報が入ってしまったのです。

 独自の情報筋ですので、確信はないのですが。

 シャディベルガ様より許可も頂いております。

 いつもよりも念入りに治癒魔法を使用しておきましたので、奥様の体調は大丈夫です。

 ご安心ください。3日もあれば、私も屋敷に戻れると思います』


 ん、ウォーキンスが今領内にいない?

 何かあったのか。

 まさか隣の豚貴族が、また何かやらかしたんじゃないだろうな。


 でも、それなら詳細を教えてくれてもいいだろうし。

 どうにも内容をぼかすような言い方だな。


『まずは、ご自分の目の前のことにお取り組みください。

 周りで生じる不都合は、全てこの私が片付けてみせます。

 安心して、勉学に励んでください。

 ウォーキンスはいつもレジス様のことを想っております。

 それでは――』


 そこで、手紙は終わっていた。

 どうも引っかかる言葉遣いが多かったな。

 俺の知らないことで、変な動きがあるのかもしれない。

 これは、注意しておく必要があるな。

 思案していると、目の前の扉が開いた。


「お、レジス。どうした部屋の前で突っ立って」

「いやいや、何でもない」

「そうか? ずいぶん遅かったんだな」

「ハハハ……。師匠に思い切り叩きのめされたよ」

「ずいぶんやつれてるぞ……大丈夫かよ。とりあえず、身体を休めとけよ」

「ああ、そうだな」


 疲労感が頭まで侵食している。

 ここは素直に休息を取ったほうがいいだろう。

 俺は部屋で着替えると、倒れこむようにして眠りの世界へ旅立ったのだった。



 

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