第九話 模擬決闘
「我が一族の怨嗟、今ここで晴らしてみせるわ!」
「引きずってるのはどうせ、お前の母親だけだろ」
「ち、違うわよ!」
慌てて否定するミレィ。
内心の動揺がすぐ外に出るタイプらしい。
やっぱり、こいつを倒しても、母親を説得しない限り終わりそうにないな。
とはいえ、一応プレッシャーを掛けてみるか。
「まあいいか。とにかく、俺とやるんだな?」
「の、望むところよ」
「死んでも文句は言うなよ。
模擬決闘とはいえ、殺しは禁じられてないんだ。
王都三名家だからって、手加減すると思ったら大間違いだ」
「承知の上よ。私は負けない。絶対に、あなたを倒してみせるわ!」
おお、気持ちのいい気合だな。
全力で人生を生きてるって感じだ。
前世ではバケツの中のイモリみたいな日の当たらなさだった俺だ。
見ていて眩しいものがあるな。
ただ、それが周りの影響で邪魔されてしまっているのが惜しい。
きっとミレィは、母の私怨に突き動かされているのだろう。
騎士としての誇りとすり替えられて、仕方なく務めを果たそうとしている感じか。
だから、ここでそれに気づかせれば、十分に話はわかってくれるはずだ。
俺が『まあまあ、過去のことは水に流しましょうや』、
とミレィの母親にヘコヘコしながら言っても、間違いなく切り捨てられることだろう。
だからここは、ミレィ自らに説得してもらわないといけない。
それに、既に言質は取ってある。
ミレィはこの決闘に負けたら、二度と俺に付きまとわないと言っている。
二ヶ月にも及ぶこいつとのストーカー一本勝負に、ようやくトドメを刺す日が来たか。
「戦闘不能か降参か。決着はそれでいいか?」
「構わないわ。重傷を負っても、私が直々に治癒魔法を掛けてあげる」
「それはありがたい。多分そんなことにはならんだろうが」
「戯言をっ! 参ります!」
ミレィがレイピアを抜き放った。
基本的に、レイピアは武器の特性としては軽い部類に入る。
主な攻撃方法は刺突のみ。
まあ、初動と切っ先に注意してれば、まず間違いなく食らわないだろう。
本命は、恐らく自らの魔法のはずだ。
ジークと同じとまでは言わないが、こいつも相当な使い手のはず。
慎重に行きたいところだが、俺も残存体力は心もとない。
速攻をかけて降参させるのが上策か。
俺が拳闘術の構えを取ると、ミレィが走りこんできた。
フェイントを絡めながら、間合いまで接近してくる。
そして、レイピアを急所に突き立てるためか。
一足飛びで踏み込んできた。
それをバックステップで回避。
すぐに距離をとる。
やはり、戦闘方法は予想通りだな。
レイピアの腕も相当だが、本命は魔法による補助――
あるいは、攻撃を主軸に攻めるタイプか。
魔法師は魔法だけではない。
体術の達人、アレクが普段から言っている言葉である。
それを弟子その一として、忠実に実行させてもらおう。
ミレィは俺が動かないのを見て、素早く詠唱を行った。
「――天空に君臨する猛き神雷よ。
我が御手に力を貸し給え――『エンチャント・サンダー』っ!」
レイピアからまばゆい光が放たれる。
雷のエンチャント魔法か。
積もり積もった熟練で、魔法自体は打ち消せるだろうけど。
あの放電するレイピアが厄介だな。
直視できないほど輝いてるから、剣の軌道が分かりにくい。
ミレィは一気に距離を詰めてきて、鋭い刺突を放った。
何とか間一髪、いつか習得した奇跡のマトリックス避けを行う。
そのまま横に転がり、レイピアの有効範囲から逃げる。
だが、ミレィの動きの方がわずかに早かった。
先回りしていたミレィは、俺の鳩尾付近に迅速な一撃を見舞ってくる。
何とか身体を捻って急所は避けたが、脇腹に激痛が走った。
「ぐぁッ……! くっ、――『クロスブラスト』!」
次の連撃は阻止しないと。
俺はミレィを中心に、大きな炎の壁を作った。
俺の火魔法の前では、並の魔法師の熟練による装甲は紙に同じ。
ミレィも危機を感じ取ったのか、すぐにクロスブラストの外に出た。
右脇腹に触れてみる。
多少の出血はあるが、動くのに支障はない。
だが、右肩から先が妙にしびれて、感覚のつながりを感じ取ることが出来ない。
雷魔法で、どこかが一時的に麻痺したか。
「もうそれで、右半身は使えないわね」
「俺の雷魔法の熟練を突き破ってくるのか」
「私、雷魔法が一番得意なのよ。適性は多分、Aを軽く超えてるわ」
そりゃあ強いな。
道理で、ここまで身体をビリビリさせてくるわけだ。
これを鳩尾に喰らってたら、一撃で戦闘不能だったかもしれない。
戦力を分散していては不利だ。
無駄に反動を与えてくるクロスブラストを解除。
すると、すぐにミレィが次の攻撃を仕掛けてきた。
「――『ライトニング・ネット』!」
詠唱省略で、とんでもなく広範囲の雷撃。
これは、避けきれないか。
仕方ない、ならばここで甘んじて受けよう。
俺は急所を確実にガードし、到来する雷に身を投げだした。
ジジ、バヂィッ。
閃光とともに、全てが爆ぜるような衝撃を喰らう。
全身がしびれ、熱い感覚で神経が焼き切れそうになる。
鼓膜をヤスリで削り取られるような、断続的な痛み。
吐き気をもよおし、身体が痙攣して焦点が合わなくなる。
常人なら失神、あるいはショック死もありえる電気ショックだ。
心臓が止まるかと思った。
ミレィは無抵抗で突っ立っている俺を見て、とどめを刺すべくレイピアを振るってきた。
だが――俺はそのレイピアを蹴りでたたき落とす。
「な、なんで――!?」
「痛みにはちょっとだけ自信があってな」
「そ、そんな。痛いってレベルじゃないのに!
私の覚えてる雷魔法の中でも、一位二位を争うほどの強さなのに!」
濡れた手でコンセントに触ったことがある俺を舐めるなよ。
もっとも、そんな経験が微細に感じるほどの強烈な魔法だったが。
熟練がなかったら即死だっただろう。
逆にいえば、そんな危険なものをぶちかましてくれたわけだ。
これは反撃をしないといけませんなぁ。
下衆い笑みを浮かべて、レイピアを弾き飛ばされたミレィに突撃する。
とっさに中級の雷魔法を当ててくるが、そんなもので止まるわけもない。
鋭い足払いを決めると、ミレィは背中からリングに落ちた。
「きゃッ!?」
「終わりだ」
そこに、顔スレスレまで拳打を振り下ろす。
だが、途中で勢いを弱めて直前で止めた。
誰が見ても分かる、露骨な寸止めだ。
それがミレィにも不満だったらしく。
「……何で当てなかったの?」
「何でと言われても。人を殴る行為はあんまり好きじゃない。
それともお前は、殴られないと気が済まない被虐趣味なのか?」
「ふ、ふざけないで! そんな侮辱じみた理由で、決闘の最後を汚すつもり!?」
「違う。力でねじ伏せても、心が納得しなければ意味がないだろ。
回りくどいとは思うが、俺が何を言いたいか分かるな」
「……つまり。降参、って言わせたいわけね?」
俺は無言で頷く。
もっとも、言ってもわからない奴もいたが……。
俺はちらりと教員の方を見る。
彼はひっそりとリングから逃げ去り、高位貴族に助けを求めていた。
だが、面倒を嫌ってほとんどの貴族は放置している。
そのうち中堅貴族が彼を担いで、教員棟の方へ運んでいった。
親切だな。
いつかその恩を返さないとダメだぞ教員。
ミレィは話の通じそうな相手なので、こうやって降伏勧告をしている。
とはいえ、強情なミレィを説得するには、もうひと押し必要だ。
少し上から目線な物言いになってしまうが、挑発のためなので構うまい。
俺は頷きつつ、ミレィに告げる。
「そうだ。それ以上に、人形みたいに操られて、
騎士の務めが果たせそうになってないミレィを、解放してやりたくてな」
「……私の家の事情に、ずいぶんと安い心で踏み入ってくるのね。
おせっかいを通り越して不快だわ」
「基本的に偽善だからな。心からの付き合いができるほど親交がないだろ。
でも、俺は因縁さえなくなれば、仲良くできるんじゃないかと思ってる」
「……なっ!?」
ミレィが急に驚いたような顔をした。
俺の言っていることが理解できないのだろうか。
ではなくて、単に『何言ってるんだこの大馬鹿野郎は』と思っているだけなのかもしれない。
「しつこく付きまとっていた人を相手に、よくそんなことが言えるわね」
「いやぁ、そりゃあ付きまとってくる相手によるだろ。
お前に決闘決闘と騒がれてる時は、少なくとも面白いと思ってたよ」
まあ、それはミレィの容姿が端麗なのだからであって。
それ以上に真っ直ぐな心を持っているのだからであって。
ゲフンゴフン。
決してハゲで髭面の肥満体型のおっさんにストーカーされて、
怒らないというわけではない。
そんなのが夜道で付いて来ていたら、恐怖を感じて殺意が湧くわ。
相手が警察を呼びたくなるような地獄を見せてやりたくなる。
まあ、ミレィが相手だから、多少のことは別に気にならなかった。
敵意はあっても悪意はなかったみたいだし。
「……じゃあ、恨んでないの?」
「なにがだ」
「私があなたを追い回していたことを。
無理やり模擬決闘に持ち込もうとしていたことを」
「その程度で怒ったりしないよ。
俺とお前の関係において、恨んできてるのはミレィの母親だけだろ」
「……そう、ね。そうかもしれないわ」
ミレィの瞳から闘気が消えていく。
今まで澱んでいた部分が、綺麗に浄化されたような感じだ。
冷静を取り戻したミレィは、静かにつぶやいた。
俺の目を見て、まっすぐ言ってくる。
「分かった、降参するわ」
「おや、もういいのか?」
「勝てそうにないもの。それに、確かに私が間違っていたわ」
「ほう」
「安心して。もう付きまとわない。久しぶりに、母上と話してみるわ。
目をさますのが遅すぎるのかもしれないけど、まだ間に合うと思うから」
「そうだな。健闘を祈る」
シャルクインの家にも、色んなしがらみがあるんだろう。
となれば、これ以上混乱を招くのは避けた方がいいな。
シャルクインの当主が没落貴族に負けたとあっては、騒ぐ輩も出てくるだろう。
たかが模擬決闘で何を喚くことがあるのか。
純粋にそう思うが、まあ声のでかい連中を黙らせるには、俺が勝利を手にしてはダメなのだ。
「私の負――」
ミレィが叫ぼうとしたので、その口をふさいだ。
ダメだダメだ、俺が勝ったら面倒なことになるだろうが。
それを何とか挙動で伝えようとする。
そこは普段から挙動不信の俺だ。
ジェスチャーだけで大体の意志は伝えることができる。
警察を相手に煽りまくる挙動は、今でも十八番として息づいているぞ。
ミレィは少し驚いて体を強張らせたが、すぐに硬直はなくなった。
妙に脱力して、俺に身を任せている。
俺は耳を澄ませた。
……ふむ。
まだ周囲の観衆にミレィの降参は聞こえていないみたいだな。
俺は静かにミレィの上からどく。
その時に、一つだけ耳打ちをしておいた。
その後、大げさに痛がるふりをする。
地面を転げまわって、とんでもない大声を出した。
「いだだだだ! 足がッ、足が物凄いつり方をしおった。
この足の痛みは世界一ィイイイイイイイイイイイ!」
その結果、周りから狂人のような目で見られた。
ポカンとしている者もいれば、俺の醜態を笑っているものもいる。
ただ、エリックとイザベルは、違う意味で俺の行動を笑っていた。
意図に気づいたようだな。
そして、俺が一つ合図を出すと、ミレィは大きく息を吸った。
そして、全く同時に、同じ事を叫んだ。
「降参ッ! ほうわぁああああ、痛い、この痛みは無限大ッ!」
「降参します」
同時の降参であれば、勝負は引き分け扱い。
茶番以外の何物でもないが、規則上は何の問題もない。
この勝負は見事な死闘を演じた上での引き分けだった。
間違いない。
ミレィは少し恥ずかしそうに顔を赤らめ、走って去っていった。
俺は足の痛い演技をしつつ、エリックの元へ上がっていく。
すると、エリックは肩を貸しながら、皮肉な笑みを浮かべた。
「よお。良い勝負だったな」
「だろ。俺が勝負を決めかけたんだが、そこは騎士の底力。
見えざる攻撃を食らって、足をつるという即死攻撃を受けてな」
「それはしょうがないな」
「ああ、しょうがない」
その時、ちょうど授業の終了を告げる音が鳴り響いた。
この場に残っていても、もはや意味はない。
ちなみにこれは後々知ることになるのだが。
俺と戦った教員は、辞表を出して姿を消したらしい。
生徒にボコボコにされたのが、よほど堪えたみたいだ。
第一印象は大事だな。
どこかの自称天才魔法師だって、初めに見た時はただの幼女にしか見えなかったわけだしな。
逆に頼り甲斐のあるお姉さんに見えて、その実酒乱の変人傭兵だったりすることもあるし。
中身もよく見ましょう、って話だ。
一つ頷いて、俺たちは次の授業に向かったのだった。