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第八話 前座

 

 

 午前中の授業は、グロッキー状態だった。

 早朝の鍛錬をした後、アレクに治癒魔法を掛けてもらったのに。

 その後イザベルと手合わせをして、エドガーの話に付き合ったからか。

 体力が余計に削れてしまった。


 ニート根性が染み付いている俺には酷な状況だ。

 たまには朝まで夜更かしして、太陽が沈む頃まで眠っていたいものである。

 しかし、現実は厳しい。

 というより、スケジュールが俺に厳しい。


 昼食を摂った後。

 俺はフラフラとした足取りで、魔法修練場に向かう。

 なんだか、学習校舎から修練場までが非常に遠く感じる。

 隣を歩くエリックが、心配そうに覗きこんできた。


「大丈夫か? 顔色が真っ青だが」

「心配するな。顔色は土色になってからが勝負だ」

「……いつか死ぬなよ」


 エリックはため息をつく。

 俺としても、休みたいというのが本音だ。

 だけど、エドガーの授業はサボる気になれない。

 可哀想だし、何よりがっかりする顔を見たくない。


 しかも、主席を狙うんだったら欠席などもっての外だ。

 確かに授業では既に学んだことを取り扱うことが多い。

 しかし、ウォーキンスが教えていなかった技術とかも普通に登場する。

 それらを完璧にしていないと、ジークや他の学生に打ち勝てないだろう。


 気合を入れて、魔法修練場に到達した。

 一週間前に公開訓練を行ったこの場所。

 あの時は地面が盛大に削れたりしていたが、教員や魔法師が総掛かりで直したみたいだ。

 すっかり元の状態に戻っている。


 あたりを見渡して、どんな連中がいるかを確認。

 高位貴族、中堅貴族がほとんどだ。

 その中には、シャルクイン家当主のミレィもいた。

 だが、ジークの姿はどこにもない。


 見落としたか?

 そう思って二度チェックしたが、やはりいない。

 どうやら、この修練場に来ていないようだった。


 珍しい。

 今まではどの授業にも出てきていたのに。

 なぜこの授業だけ、欠席しようとしているのか。

 まさか、また何か企んでるんじゃないだろうな。

 その可能性は大いにある。


 注意を払っておくか。

 気を引き締めていると、後ろから声をかけられた。


「レジス、ちょっと……」

「ん、どうしたイザベル」


 話しかけてきたのはイザベルだった。

 周りに声が漏れないように、耳打ちしてきている。


「あの少女が、ずっとレジスを見ているんだけど」

「見ている?」

「まあ、どっちかといえば睨むって言う方が正しいかな」


 どういう意味だ。

 イザベルが示した方向を見ると、そこにはミレィがいた。

 レイピアを腰に差し、まさに完全武装。

 その上で、俺を睨みつけている。


 獣だ、獣が獲物を狙う眼だ。

 前世では搾取される側の人間だったこともあり、ああいう視線は苦手だ。

 もう少し穏便に接してもらえないものか。


 魔法修練場での授業ということで、模擬決闘の可能性があると踏んでいるようだな。

 ふむ、なかなかいい読みだな。

 さすが歴戦の騎士の家系であるシャルクイン家の当主だ。

 エドガーの思惑をピタリと当てている。


「あー、まあ何となく因縁があるみたいだから」

「そう? 危害を加えられそうになったら言ってね。この世から消し飛ばすから」

「……お前、消し飛ばすってな」

「レジスとその仲間以外の人間相手に、容赦するつもりは微塵もないからね」


 きっぱりと言い切るイザベル。

 まだ、普通の人間に対する警戒は解けないか。

 この場には、エルフを虐げる貴族層の人間ばかりが集まっているからな。

 敵意をむき出しにしてもおかしくはない。


 ただ、警戒している割に、俺の背中から離れようとしないのが何ともおかしいが。

 やっぱり、人間からの視線が苦手みたいだな。

 でも、俺は他の生徒から憎しみや見下しの念を持って見られてるから。

 俺の近くにいても視線は絶えないぞ。

 むしろ多くなるかも知れん。


 だが、イザベルは俺の近くから全く離れようとしない。

 仕方ない。

 落ち着かせるために、明るい事を言っておく。


「心配するなよ。それに、きっとミレィは悪い人間じゃないよ」

「……そうか? 私にはよくわからないけど」

「汚い人間ばっかり見てるとな、心が純真な人を一目で見抜けるようになるんだ」


 もっとも、これは前世で培った能力だけどな。

 上っ面だけニコニコしてて全く目が笑ってない人。

 そして、無表情ながらも心に真っ直ぐな芯を持った人。

 そういうのを判別する能力にかけては、少しばかり自信がある。


 草食動物の視野が広いのと一緒だな。

 基本カモとして狩られる側だから、相手がどんな性質を持っているかすぐ分かる。

 人生で通算12回にも及ぶカツアゲに遭った俺だ。

 第一印象で、大体そいつが危ない人間か把握できるようになった。

 何の自慢にもならないけどな。


 しかもそのカツアゲの内10回は、週刊雑誌を買う金しか持ってなかったし。

 チンピラに『貧乏人がぁッ!』って叱責された時、強く生きようと思った。

 あの時は涙が出たな。


 まあ、冗談は置いといて。

 ミレィの着眼点を素直に褒めておくべきだろう。

 しかし、残念。

 エドガーは十中八九、教員と生徒の決闘を予定している。

 まかり間違っても、生徒VS生徒なことにはならないだろう。


 そう思っていると、授業の開始時刻を告げる音が鳴り響いた。

 いつも通りの、授業開始の合図。

 だが、まだエドガーが来ていない。

 まさかあいつ、酒を呑んで酔っ払ったんじゃないだろうな。

 クビになったら洒落にならんぞ。


 少し本気で心配していると、一人の人物が修練場に入ってきた。


「はーい、注目。私を見てくださーい」


 入場してきたのは、魔法基礎を教えている男教員だった。

 軽薄な笑みが混じったその声。

 イザベルが顔をこわばらせた。


 あの教員は、少し含みのある人物だ。

 基本的に、教え方は上手い。

 人望もあって、生徒間からの人気も高いみたいだ。

 だが、勘違いしてはいけない。


 この学院において人望があるという評価は、決して褒め言葉ではないのだ。

 授業をする時は、分かりやすく、丁寧に。

 理解できなければ、何度でも繰り返し教えてくれる。

 まさに教師としてのお手本、と言った感じだ。


 しかし、それは頼む奴がお気に入りの貴族であった場合の話。

 王都三名家、そしてその取り巻きである高位貴族からの質問には喜んで答えようとする。

 つまり、腰を低くして媚びているのだ。

 逆に、中堅貴族相手では露骨に嫌そうな顔をし、

 下位貴族だと声をかけても無視されるレベルである。


 何というスタイリッシュな差別対応。

 学院関係者だけは、公平な人達じゃなかったのか。

 だが、ここにも王都三名家の影があるというだけの話。

 この教員はラジアス家の息が掛かっていて、その教えを忠実に守っている。

 もはや宗教に近い。


 一見すると、優しく紳士な教員。

 その実は、高位貴族しか相手にしない鬼畜な教員。

 その本性を見抜けず、心に深い傷を負った貴族も多いとか。

 まあ、その程度で心が折れる奴は、とっくに学院から出て行ってるけどな。


 この2ヶ月で、40人近い生徒が消えていった。

 その原因の一端とも言えるのが、この教員である。

 奴は近くの高位貴族にへりくだって挨拶をした。

 そして、急に表情を切り替える。


「残念ながら現在、エドガー教員を含め、ほとんどの学院関係者が出払っています。

 なので、この授業は臨時で私に一任されています」

「臨時? 何か緊急の予定が入ったのですか?」


 高位貴族が挙手をして質問をする。

 すると、教員は静かに指を折りつつ説明した。


「国境近くを守備していた炎鋼車が一斉に帰還してきたのです。

 そして翌日、凱旋パレードを取り行うそうで。

 その準備に追われて、近隣の魔法師だけでなく、教員にも手を貸して頂いております」

「帰還は明日だと聞いていましたが」

「その予定でしたが。

 なにやら変更があったみたいで、一日早い凱旋になったみたいですね。

 そのため本日非番だった私が、こうして駆り出されています」


 やれやれ、と教員はウザったらしく肩をすくめる。

 それに呼応して、多くの生徒が破顔した。


 ハッハッハ、今のどこが笑いどころなんでしょうか先生。

 お笑い番組で鍛えられたゆとりっ子相手に、

 その程度の無味無臭ギャグが通用すると思うな。

 お笑いの道は甘くねえんだよ。

 知らんけどな。


「本当は私も休みたかったのですけどね。

 しかし生徒の為を思えば、休日なんて必要としません」


 キャー、ステキーとでも思ってもらいたいのか。

 休日はいらないだと?

 毎日が休日だった経験を持つ俺の前で、そんな不用意な発言をするんじゃない。

 無職に苦しんでる人だってな、好きで無職やってるわけじゃないんだぞ。

 それをお前、休日を取ってたら誠意がないみたいな発言をするんじゃない。


 とまあ、理論が破綻したことを夢想していても仕方なし。

 この素敵演説が終わるまで黙っているとしよう。


「というわけで、本日はエドガー教員の予定通り、模擬決闘を執り行うとしましょう。

 ――レジス君、前へ」

「はい?」

「はい、じゃない。早くリングに上がるんだ」


 ちょっと待てよ。

 エドガーが他に行ってるから休めると思ったのに。

 こっちはもう体力的にも魔力的にも辛いんだぞ。

 この上、まだ相手をさせるつもりか。

 でも、断ってもいい状況に転がりそうにはないな。


 仕方ない。

 ちょっと付き合ってやるとしよう。

 俺は観客席から飛び降り、奴の前へ歩いて行く。

 どうやらこの教員、俺と戦いたくて仕方がないらしい。

 どす黒い感情が表に出て、口元がいびつに歪んでいる。


 どうせまた、ラジアス家の意向で俺を苦しめようとしているんだろう。

 この陰湿な手法は多分、当主じゃなくてジークだな。

 あいつ、一体何を企んでいるんだか。


「さて、基本的に規則は王国の『決闘』と変わりません。

 ただし、これは純粋に生徒の総合力を測るものです。

 どれだけ座学ができていても、ここで結果が出せなければ――」


 そう言って、教員殿は俺を睨みつけてきた。


「魔法師としては最悪の出来だ」


 悪意を持って言い切ってくる。

 同時に、周囲から賛辞の口笛が鳴り響く。

 いやあ、すまんね。

 煽ってるつもりなのかも知れんが。


 生前に某巨大掲示板で国士無双の立ち回りをしていた俺だぞ。

 その程度の囃し立て、耳に心地よきそよ風にすぎん。

 残念だったな。


 ウォーキンス御大の先取り教育のおかげて、あんまり学院の座学に苦を感じないんだ。

 元から頭のいい連中にはさすがに負けるけどな。

 図式で言えば、高校生が中学生のテストを受けてるようなもんだ。

 これだけ条件が揃えば、俺だって人並み以上の結果が出せる。


 だが、この教員はその結果が気に入らないらしい。

 恐らく、この模擬決闘で俺を叩きのめして笑いものにした上で、

 低い評価を付けるようエドガーに要請する予定なんだろう。


 素晴らしい案だな。

 今度お前みたいな奴を苦しめる時には、ぜひ同じ手法を取らせてもらおう。


「安心したまえ。私は十分に手加減をしよう。

 だが逆に、手を抜いた私に負けたら、君が優秀かどうかは疑問と言わざるをえないな」

「はい、全く持ってその通りですセンセー」


 適当に頷いておく。

 すると、教員の額に青筋が走った。

 プライドが高いみたいだな。

 ちょっとぞんざいな態度を取られたら、すぐに頭に血が上る。


 それに、もう言葉から嘘が透けて見えてるんだよ。

 どうせ手加減と言う名の、スチューデントクラッシュをするつもりなんだろう。

 好戦的な雰囲気が身体からにじみ出てるぞ。

 まあ、俺を相手にするんなら、そのくらいの勢いで来てもらわないと。


「決着は降参か戦闘不能になるかで決定する。では、模擬決闘を始め――」

「お待ちください!」


 その時。観客席から一人の人物が名乗り出た。

 その声を聞いて、すぐに誰であるかを理解する。

 ついに来ちゃったか。しかもこのタイミングで。

 まあ、むしろこれは俺にとって天啓というべきだろう。


 いい機会だ。

 この教員に対して、少し意地の悪い煽りをしてやろうか。

 エドガーがいないことを、お前は今日死ぬほど後悔することになるぞ。


 その少女が名乗りを上げると、回りの高位貴族が慌てたように身を低くした。

 人混みの割れ目の中から、ミレィ・ハルバレス・シャルクインが出てくる。

 彼女は凛とした態度でレイピアの柄を叩き、教員に向かって宣言した。


「その生徒――レジス・ディンの相手は私が務めます」


 ここで後腐れのない決闘を挑んでくるつもりか。

 俺としては構わないが、教員からしてみれば予想外もいいところだろう。

 高位貴族が見守る中で、俺を笑いものにする予定だったはずなのにな。

 高位貴族の元締めとも言える、シャルクイン家当主が出てきちゃったよ。


 さぁ、教員の対応やいかに。


「この生徒の相手は私に任せてもらいます。

 ミレィ殿が相手をするにはあまりにも低俗な人間ですので」

「では、その低俗な人間の血族に負けた我が一族は、それにも劣る凡俗だということですか?」

「そ、そんなことは決して。ですが――」


 ああ、分が悪いな。

 思ったよりもミレィの場の運びが上手い。

 教員は泡を食ったように慌てる。

 だが、それでも己がやるべきことを思い出したのか。

 一つ大きな息を吐くと、ミレィに毅然とした態度で告げた。


「では、彼の者の相手は私と試合を終えた後ということで。

 ミレィ殿はもう少しお待ちください。

 ――さて、異存はないな?」


 ギロリ、と威圧するような視線を俺に向けてくる。

 この教員とやらされた上で、ミレィとも連戦か。

 明らかに理不尽過ぎる内容だ。

 ミレィ当人でさえも、俺の顔色をうかがってくくる。


 さて。ここで俺が、

 『ミレィだけと戦う。貴族の富に群がるカスは黙ってろ』と言い放てば、

 一回の戦闘ですみそうな気もする。

 だけど、この教員をのさばらせておくのも癪だ。

 ここは相手をしてさし上げて、その上でミレィと約束の決闘をするとしようか。


「構いませんよ。じゃあ始めましょうか、センセー」

「気やすく呼ぶな、ゴミが。

 では、ミレィ殿は少しばかり下がっていてください。

 今私が、愚劣な下郎を片づけますので」


 教員としてあるまじき発言が出てきたよ。

 教育委員会を呼べ。

 まあ、予想通りに事が運べて何よりだ。

 軽くひねってくれる。


 ミレィは釈然としない顔をしつつも、観客席に腰を下ろした。


 模擬決闘。

 訓練を教員の助けで体験しつつ、他の生徒にも第三者視点から戦闘技術を学ばせる。

 そういう目的のもとで作られたと聞いている。

 だが、こうやって悪徳貴族の息がかかると、理念も何もかもが腐敗するんだな。、


「さあ、試合開始だ。構えろ」


 そう言うと、教員は腰元に隠していた細剣を取り出した。

 どうやら俺と同じで、軽い武器で牽制しつつ、魔法を主軸に攻める戦法が得意のようだ。

 まあ、戦い方が似ているからこそ、実力の差も目に見えて分かるというものだろう。


 どうやらこの教員は、俺の過去などは何も知らないようだし。

 十年以上も毎日欠かさず魔法の修練をしてきたことも。

 そしてナイフや体術で戦闘術を磨いてきたことも。


 まあ、場数を踏んだ暗殺者を相手にしたことくらいは、知ってるかもしれないな。

 当時の王都ではずいぶん騒がれたみたいだし。

 だが、俺の実力がそこで止まってると思ってるのなら、その時点で負けだ。

 教員は挨拶代わりか、雷魔法で俺の行く手を阻んできた。


「――『ライトニング・ショック』!」


 詠唱省略。

 かなり腕は磨いているのだろう。

 だが、火と雷は俺の得意分野。

 その魔法から繰り出される軌道も、簡単に想像できる。

 その場から弧を描くようにして移動し、雷撃を避ける。

 だが、避けた先では教員が細剣を握って立っていた。


「喰らえッ!」


 体重を乗せた刺突。

 だがその程度、ナイフを繰り出すまでもない。

 細剣の切っ先を最小限の動きで避ける。

 その上で、教員の腕を掴み、思い切り捻り上げた。


「ぐ、ぁあああああああ! くそッ! 離せ、この、離さんかぁああああああああ!」


 鋭い前蹴りが飛んでくる。

 下腹部に直撃するが、アレクの蹴りと比べたら児戯に等しい。

 痛みすらも微弱。蹴りをくれたお礼に、俺も回し蹴りをプレゼントした。


 脇腹から骨が軋む音が響く。

 苦痛に顔を歪め、教員はリングの端まで吹き飛んでいった。

 ヒビまでは入らなかったか。

 だけど、中の内臓がかなり揺らされたはずだ。


 その証拠に、苦悶の表情を浮かべている。

 だが、教員は即座に立ち上がった。

 距離を取れたことを好機と見たのか。

 教員は半狂乱の目で魔法を詠唱した。


「死んだらすまんな。上位魔法を使わせてもらおう。喰らえ、――『イグナイト・ヘル』」


 教員の腕から溢れだした魔力が、マグマのように拡散する。

 俺の近くまで猛火が迫った瞬間、大爆発を起こした。

 あまりの衝撃に、背後の壁が砕け散る。

 盛大な破壊行為に、観客が息を呑む。


 だが。

 俺の身体には、傷一つついていなかった。

 若干服の端と、首のあたりに火傷を負ったくらいか。

 こんなもの、怪我のうちにも入らない。


「終わりか?」


 俺が微笑むと、教員は放心したように己の手を見た。

 今撃ったのは確かに、強力な火魔法だったのに。

 そう言いたげな目をしている。


「あのさ、恐らく覚えてる全魔法の中で、それが一番強いから撃ったんだろけど。

 それは失策だよ。どうせ事前に調べて知ってたんだろ? 俺は火と雷に強いって。

 なら、少し威力が落ちても、相性の悪い魔法を使うべきだったな」


 火魔法なんて、俺が最も得意とする属性だ。

 適性も今はAまで伸び、熟練にいたっては測定ができるかも怪しい。

 身体を苛め抜いた成果が、ようやく芽を出そうとしてきている。

 発芽するのが遅いっての。

 入学試験なんて合格点数ギリギリだったんだぞ。


 俺が自嘲していると、教員が発狂したように魔法を繰り出した。


「死ねぇッ! ――『アイシクルスピア』ッ!」


 おお。ようやく、俺の苦手属性を選んできたな。

 ちょっと気合を入れないとマズいか。

 もっとも、直撃したらヤバイってだけだ。

 防げば何の問題もない。

 俺は交差するように、火の一撃を繰り出した。


「――『アストラルファイア』」


 迫り来る氷の槍。

 アレに貫かれたら、間違いなく致命傷を負うだろう。

 なんてものを授業で使ってくれるのか。

 まあ、最初から再起不能にするつもりだったんだろうけど。


 しかし、相手が悪かったな。

 アストラルファイアで作りだされた火の玉が、氷の槍に衝突する。

 すると次の瞬間、鋭い光を放って爆発した。

 氷で作られた長槍が、完膚なきまでに破砕される。

 それを見て、教員は驚いたように声を上げた。


「馬鹿なッ、相殺だと!?」

「違う。よく見ろよ」


 そう。

 炎は氷を駆逐し、まだその勢いを止めない。

 燃やし尽くすまで歩みを止めない炎が、教員に襲いかかった。

 ローブの端から燃え上がった火。

 それが徐々に身体に迫っていく。


 このままでは、大火傷は避けられない。

 それどころか、下手したら焼死もありえるだろう。

 教員は転げまわって消そうとする。

 ……おいおい、八年前の山賊と大して変わらん行動じゃないか。

 だが、そんなもので消えるほど甘くはない。


 教員の目に宿る光が絶望に変わっていく。

 俺は熱さで暴れる教員に近づき、囁くように尋ねた。


「降参するか?」

「ば、馬鹿を言えッ! 誰が――」

「そうか。授業中に死人が出ることになるのか。悲しいな」

「じょ、冗談はよせ!」

「冗談だと思うか? 俺だって気が長い方じゃないんだ。

 燃えるのが嫌ならさっさと負けを認めろ。嫌なら放置しとくぞ」


 冷たく言い放つ。

 すると、今まで高圧的だった教員は、急に媚びたような態度を取り始めた。

 まるで、高位貴族に向かっているのかのように。

 誠意もへったくれもない。


 中途半端に攻撃して、後で恨まれるのも何だ。

 それで仲間に危害がいったら確実に俺が原因だし。

 完膚なきまでに、反撃の心をへし折っておこう。


「は、はは。分かった。お前の勝ちだ」

「足りんな。『舐めた口をきいてごめんなさい』。はい、復唱しろ」

「ふ、ふざけるな! 早く解除しろ!」

「別に追加してもいいんだぞ。今度は雷魔法がいいか?」

「くっ……な、舐めた口をきいて、ごめんなさい」

「『二度と逆らいませんので、どうか許して下さい』。復唱」

「に、二度と逆らいませんので……どうか許して下さい」


 そう言って、土下座にも似た平伏をした。

 それを見届けて、俺は静かにアストラルファイアを解除する。

 残念だな、全く傷を負わなかったか。

 まあいい。俺は黙って背中を向けた。


 さて、ここで一つ整理しておきたいことがある。

 あの教員は、さっきお前の勝ちだとは言ったものの、降参とは一言も口にしなかった。

 つまり、正確に言えばこの勝負はまだついていないわけで――


「――馬鹿が! 喰らえカスがぁッ!」


 負けたふりをして、後ろから襲いかかるのも自由なわけだ。

 すると当然――


「しつけえ。引っ込んでろ」


 俺が渾身の後ろ中段回し蹴りを炸裂させるのも、自由ということになる。

 骨がひしゃげる感覚。

 今度は間違いない、重傷コースだ。


 害悪はベッドから起きてこずに、永遠に病床で教育論について語ってろ。

 教員は血を吐きながらリングの壁に張り付く。

 そして、目をグルンと回して失神した。


 勝負ありだ。

 誰がどう見ても、戦闘不能だろう。

 勝ったか、意外と楽勝だったな。

 静かに勝ち名乗りを上げてみた。


 すると、エリックとイザベルが、何気なく拍手をしてくれた。

 まあ、それ以上のブーイングが渦巻いてるからロクに聞こえないんだけど。

 外野の暴言を無視して、俺は一人の少女に視点を定めた。


「来いよミレィ。決着をつけようぜ」


 すると、ミレィは頷いてリングに飛び降りてきた。

 前座は終わって、ようやく本命だ。

 王都三名家の一角との直接対決。

 ついに、その火蓋が切られた。

 


 

 


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