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第六話 成長の証

 

 公開訓練が終わった後。

 夕暮れに、クロードは邸宅の中でくつろいでいた。

 これから己が為そうとしている計画を、反芻するように思い浮かべる。


 先祖からの悲願。

 初代の頃より達成を望まれていた大仕事。

 それを自分が成し遂げるのだと、強く意識した。

 茶を飲みながら心を落ち着けていると、部屋の扉が開いた。


「――失礼します」


 情報を集めさせていた従者が、中へ入ってきた。

 従者は懐から一枚の紙を出す。

 灰色の地には何も書かれていないように見える。

 だが、それをクロードが手に取った瞬間、じわりと文字が浮かんできた。

 盗賊の隠蔽魔法で書かれた文字なので、看破されない限り情報が漏れることはない。


 己の元へやってきた報告書を、クロードは舐めるように見た。

 そこに書かれていたのは、次の通り――


 ・帝国の兵1000、魔法師200人が国境近くに待機

 ・ドワーフの坑道に王国兵も気づいていない

 ・魔法師200人は、全員転移魔法を習得しているとのこと

 ・炎鋼車の国境への到着は間近


 その内容を見て、クロードは口の端を釣り上げた。

 一番の難関を、ついに突破したのだ。

 これで計画の半分は成功したも同然。

 ここまで来れば、もう誰にも止められない。

 面白いように事が上手く運ぶので、思わず喉が震えてしまう。


 しかし、それも当然。

 この野望を決行するために、ラジアス家は500年もの間耐えてきたのだ。

 初代国王に手を貸して、一貴族に甘んじてきたラジアス一族。

 だが、歴代当主の心はいつも一つだった。


 『ラジアス家は、この程度で終わる器ではない』


 炎鋼車という最強の兵器を持ちながら、国王に押さえつけられてきた過去。

 一度300年ほど前に、自分と同じ事を企んだ先祖がいたらしい。

 だが準備段階で警戒され、実行にまでは至らなかったそうだ。

 王都三名家の力関係は、ラジアス家が圧倒的に抜きん出ている。


 だが、他の二家が王を熱く信奉しているのだ。

 ゆえに、野望を持っていたラジアス家は初代の頃より警戒されていた。


 しかし、帝国との緊張が高まり、

 全貴族に私兵の増備が求められている今。

 炎鋼車が王国の絶対的な兵器となり、

 いくら増産しても目を付けられなくなった今。


 時は来た。

 クロードは哄笑する。

 だが、まだだ。

 成功に至るまで、乗り越えなければならない難関がある。

 クロードは隣の従者に問いを投げかけた。


「ジークはどうしている?」

「ご子息は、学院内の邸宅で勉学に励んでおります。

 気になるのであれば、見張りをお付けいたしますが」

「無用。それでは私が息子に怯えているみたいではないか」

「左様ですか」

「私はクロード。覇道を歩む者。

 障壁となるのであれば、例え息子でも踏み砕いて見せよう」


 クロードは強く頷く。

 今のところ、ジークは大人しくしているようだ。

 やはり普段怒らないようにしているためか、あの一喝が効いたようだ。


 ――だが、本当にこれでいいのだろうか。


 クロードの胸に一抹の不安が湧いてくる。

 今のジークを放置するのは危険なのではないだろうか。


 しばし黙考した後、彼は静かに決断した。

 少しの火種でも、確実に摘み取っておかねばならない。

 彼は首を振って、従者に指示を出した。


「いや待て。一人つけておいてくれ」

「了解いたしました」

「……さすがに、気にしすぎかもしれんがな」


 しかし、もしものことを考えれば、この選択が正解な気はする。

 狂っているとはいえ、ジークもラジアス家の人間。

 この家が、自分が不利になるような行動は、そうそうしないだろうが。


「よし、順調に行っていることが知れただけで十分。下がれ」

「承知いたしました」


 老練な従者は、一礼してその場を去った。

 幼き頃より己を支えてくれた従者だ。

 本音では、今回も計画の根幹に関わって欲しかった。


 だが、たとえどれだけ信用できる人物であろうと。

 最後の最後まで、開示できない秘密もある。

 それを知っているのは自分だけでいいのだ。

 クロードは遠目に見える王城を見て、邪悪な笑みを浮かべた。


「王都三名家筆頭・ラジアス家。

 この肩書きを名乗るのも、あと少しか――」


 重々しくつぶやいた声は、暗くなりゆく王都の風に乗って、どこかへ消え去った。

 騒乱は、近い。


 

 

     ◆◆◆





 ――レジス視点――


 

 

 

 修練場の訓練から一週間が経過した。

 北方で荒ぶっていた帝国兵が姿を消し、騒ぎは収まった。

 斥候部隊への攻撃が酷く、敵兵の動きまでは分からなかったらしい。

 しかし、炎鋼車が到着した途端に姿を消したらしいので、素直に退却したんだろう。


 兵が数千人いたとしても、あの炎鋼車と正面からぶつかるのは嫌なはずだし。

 炎鋼車50両は任務を終え、数日後に帰ってくるらしい。

 国王の的確な指示で、見事に交戦を回避できたな。

 そこにラジアス家の力が絡んでるのが釈然としないけど。


 まあいい、俺は俺のやることをやるだけだ。

 今日も今日とて、俺はアレクにボロ雑巾にされて寮に帰ってきた。

 もはや日課である。

 アレクの洗練された治癒魔法がなかったら、とても毎日続けるのは無理だろう。


 そんな俺は今日、イザベルと組み手の予定が入っていた。

 しかもエドガーの方からも呼びつけられている。

 そう、予定がダブルブッキングしているのである。


 それのことに昨夜気づいて『あばばばばば』と謎の声を発してエリックを引かせたが、

 どうやらエドガーの方は急ぎでもないらしい。

 イザベルとの一件が終わった後でいいだろう。


 そう、待ち受けているのは組み手。

 なんでも、イザベルも体術には自信があるようで。

 手合わせして上達を確かめてくれるらしい。

 エルフは基本的に直接戦闘が苦手なことが多いと聞く。


 しかし、俺の知り合いはその常識を見事に崩してくれる奴らばかりだ。

 この非常識人どもめ。

 これだから、一般人でキングオブ平凡な俺が苦労するんだ。

 と思案しつつカップに入った茶を飲む。


 舌が触れた瞬間、まだ淹れて一分も経ってなかったことを思いだした。

 ジジジ、と舌が焼ける感触。


「……ほうわちゃぁ!」


 カンフー映画の主役みたいな声を出し、俺は悶絶した。

 冗談を空想しただけでこの仕打ちとは。

 俺が呻いていると、眠たげなエリックが声をかけてきた。


「朝早くから何をしてるんだお前は」

「いやぁ、朝の一杯が健康にいいって聞いたからな。

 でも、とんだ迷信だった。舌がこの通り悲鳴を上げた」

「お前の飲み方に問題があると思うんだが……」


 手痛い突っ込みを放たれてしまった。

 あまり寝ていないのか、エリックは眠そうに外の洗面台へ向かう。

 授業が始まるまでは十分な時間もある。

 俺は心ゆくまでイザベルの相手をしてくるとしよう。


 稽古を二人がかりでつけてもらえるなんて。

 俺は幸せものだなぁ。

 自己暗示して、何とか地獄を乗り切らねば。

 そう、イザベルとの訓練は楽しいのだ。

 思い込め、思い込むんだ。


 もっとも、アレクの方は毎回瀕死になるから全く嬉しくないけどな。

 あれはさすがに自己暗示でどうこうできるレベルじゃない。

 身震いしつつ、俺は待ち合わせ場所の大広場に急いだのだった。

 

 

 

 

 男子寮と女子寮の中間にある場所。

 大広場。


 入学試験を取り行った場所であり、広々としていて運動には最適である。

 ここで数時間前に、アレクと血みどろの戦いを演じたんだっけ。

 まあ、血を出したのは一方的に俺だけなんだけど。

 よく見れば、点々と俺の血液が落ちている。


 あいつ、地形が変わる技を放った時は土魔法で元に戻すのに。

 俺の血についてはノータッチか。

 俺の血液がそんなに汚いと申すか。


 ふざけやがって。

 前世の俺は健康食品大好きだったから、血がものすごく綺麗だったんだぞ。

 一度出血したら中々止まってくれないほどだ。


 その習慣ゆえに、今でも健康によさそうな飯ばかりを選んでいる。

 健康ニートとは、我ながら前衛的試みに取り組んでいたものだ。

 自分で感心しつつ、大広場の中央へ。


 すると、丁度反対側からイザベルがやってきていた。

 身軽そうなローブをたなびかせ、俺に手を振ってくる。


「おはよう、レジス」

「ああ、いい朝だな」


 イザベルもずいぶん陽気な様子だ。

 2ヶ月前に死闘を繰り広げた後、以前にも増して俺と話す機会が増えた。

 最初は彼女も慣れない様子だったが、徐々に適応してきたようだ。


 普通に好意を寄せてくれているなら、これ以上嬉しいことはない。

 前世では、一人を除いて誰からも愛されることがなかった。

 だから、今世では誰かと触れ合えることが純粋に嬉しい。

 涙が出そうになる。


 だから俺も、『組み手やろうぜ』なんていう、

 地雷の匂いが満載の誘いにホイホイ乗ったのだ。

 アレクとの地獄鍛錬を知っていたら、普通は選ぶまい。


 だが、イザベルは。

 イザベルだけは、俺に優しい訓練内容を取ってくれるはずだ。

 何の根拠もないが、そう信じたいものである。


「じゃあ訓練を始めるけど、いいかな」

「いいぞ。いつでも来い」

「うん。だけどその前に、ちょっと確認させてね」


 そう言うと、イザベルは俺に接近してきて、服の上から身体をまさぐってきた。

 いきなりの接触に、思わず上ずった声が出る。


「お、おいっ……!?」

「あー、動かないで。筋肉の流れが分からなくなっちゃう」


 そう言って、俺の軸足に体重をかけて動けなくしてきた。

 その上で、無遠慮に背中、腹、腰、太もも、ふくらはぎと。

 全身を擦るようにして何かを確認している。


 特に腹のあたりは入念に調べてようとしてきた。

 服の下に手を入れ、腹筋に沿って指を這わせてくる。

 思わず『ひっ』と声が出そうになるが、何とか声帯を黙らせた。


 胸、肩、首へ――。

 ひとしきり確認すると、イザベルはひょいっと俺の元から離れた。

 そして、指を折りながら説明していく。


「当然だけど、ここ二ヶ月で筋力がずいぶん上がってるね。

 特に軸がブレないように、体幹近くを徹底的に鍛えてる。合ってるかな?」

「あ、ああ。アレクがそういう方針だから。

 けど、二ヶ月前はいつ調べたんだ?」

「…………」


 俺が聞くと、イザベルは無言の微笑みとともに首を傾げた。

 あ、これは聞いちゃいけなかったか。

 俺の精神衛生上のためにも、これは詮索しないほうがいいな。

 

「うん、体術はそのあたりを鍛えてないと上達が見込めないからね。

 とんでもなく筋力が疲労した形跡があるけど、その分だけ筋力はついてるよ」

「ほぉ。そりゃあ良かった」


 何だ、セクハラまがいのことをしたかと思えば。

 単なる成長度のチェックか。

 ちゃんと成果が出てるようで安心した。


 あれだけ地獄を見て、筋力一切ついてませーんなんて言われたら、

 泣きながら壁を殴り続ける所存だった。

 俺の研究データを踏まえて、イザベルは聞いてきた。


「ずいぶん強くなってると思うけど。あんまり自信はなさそうだね」

「そりゃあな。俺が成長する度合いに合わせて、

 アレクは死にそうになる技をかけてくるからな。

 こっちの攻撃は一切当たらないっていうのに」

「あれは別格だよ。比べちゃダメ。

 神殿の柱を蹴り一つでへし折る人なんだから」


 確かに。

 アレクに勝とうとするのが、そもそもの間違いなのかもしれない。

 それより今、聞き捨てならない合言葉が聞こえたんだが。


「……折ったのか?」

「昔エルフの峡谷の大神殿で暴れて、

 以来出入り禁止を喰らってるはずだよ」

「……そんな過去があったのか」


 もし万が一、イザベルに案内してもらえなくなった時。

 アレクにエルフの峡谷への手引きをしてもらうことも、視野に入れていたんだが。

 出入り禁止もらってるってどういうことだ。


 いったいなぜ暴れるような事態に至ったのか。

 まあ、あの幼女のことだから、どうせ下らないことで癇癪でも起こしたんだろうけど。


「鍛錬は結果が目に見えるからこそ続くんだよ。

 レジスは耐えてるみたいだけど、

 常人なら実力がついてないと絶望する事が多いね」

「まあ、アレクは俺が耐えることを前提に教えてる節があるからな」

「今回の組手で、どれくらい強くなってるかを実感させてあげるよ」

「そりゃありがたい」


 イザベルは俺と一定の距離を置き、徒手空拳の構えをとった。

 アレクはもう少し上体を上げているが、

 イザベルはかなり下方に身体を傾けている。

 超高速で突っ込むためだろう。


「これから一般人では反応できない速度で攻撃するから、避けて反撃を入れてね。

 今のレジスなら可能だと思うよ」

「本当か?」

「多分」

「多分!?」


 色々と文句を言いたくなったが、その前にイザベルがスタートを切っていた。

 視界から完全に消え、走り回る音だけが聞こえる。

 風魔法での加速は使っていないはずなのに。

 エルフとしての能力だけで、ここまで疾走できるのか。


 だが、落ち着けば対応できる。

 俺は超速で思考を回転させた。

 地面への影はないため、上空からの攻撃はなし。

 となれば、視界から消え続けて背後からの一撃。

 その可能性が高い。


 俺は乾坤一擲とばかりに、踏み込む音に反応して振り返った。

 同時に、巻き込むような足払いを放つ。

 踏み込んだ足を払ってしまえば、完全に無力化できる。

 だが、イザベルはそれを読んでいたのだろう。


 バックステップで足払いを回避して、正拳突きを打ち込んでくる。

 しかし、それこそ俺の真骨頂。

 アレクが放ってくる正拳十七連打より、随分と速度が遅い。

 あの速さに慣れきっている俺からしてみれば、ただのテレフォンパンチだ。


 俺はアレクから教わった技を、ここで掛ける。

 相手の足と交差するように踏み込み、こちらも拳を突き出した。

 アレクが俺に叩きこみやがった、クロスカウンターだ。


 一撃を回避し、俺の拳がイザベルの喉元に迫る。

 だが、そこで寸止めをして勢いを殺した。

 あと少し止めるのが遅ければ、綺麗に拳が決まっていたことだろう。

 それを見て、イザベルが微笑む。


「ね? ちゃんと体術は身についてる」

「ああ、そうみたいだな」

「それにしても、成長が早いね。

 今まで見てきた中では、レジスの伸びが一番かも」

「上達に関しては自信があるよ。

 なんたって、数年間ウォーキンスに戦闘術を学んだ下地があるからな」


 実際、これの寄与する所が大きいだろう。

 体術の基礎は、ウォーキンスが教えてくれた型と似ている面もあった。

 だからこそ、反復練習じみた結果になり、急速な成長が見込めたんだろう。


 元々蓄えていた力を、上手く引き出したって形だ。

 だけどまあ、一番の理由はやっぱりアレクの外道鍛錬だろうな。

 あんなもん、逃げ出せるならいつでも逃げ出したい。


 全裸で靴も履かなくていいから、逃げ惑う自信があるわ。

 確実に捕まってフルボッコにされるから、まずやらないけど。

 だが、体力が付いて来てるのも実感できたし。

 イザベルには感謝だな。


「よし、それじゃあ訓練は終わり。

 短い時間だったけど、得るものは大きかったはずだよ」

「ああ。ありがとな、イザベル」

「レジスのためだからね。そりゃあ頑張るよ。

 また伸び悩んだりすることがあったら、私に相談してね」

「ああ、そうさせてもらう」


 まったく、健気な子だ。

 アレクは『手加減してくれ』って頼んでも即答で拒絶するからな。

 まあ、適度に自信を付けられる機会があっていいかもしれない。

 その点じゃ、イザベルに頼ることもまたあるだろう。


「それじゃあ、また後で」

「うん、気をつけてね」


 何に気をつければいいのか。

 よくわからないが、とりあえず頷いておいた。

 イザベルと別れ、俺も寮の方面に帰っていく。

 授業までは、まだもう少し時間があるな。


 エドガーの用を先に済ませておくか。

 となれば、今以上の警戒をしなければならないだろう。

 ガスマスク、鎖かたびら、プロテクトアーマー、オリハルコン製の兜。

 それらを着用してようやく安心できるレベルだ。


 だが、そんなものが当然あるはずもなく。

 俺は薄氷を踏む思いで、購買ストリートに向かったのだった。



 

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