第五話 王国の守護兵器
魔猪が炎鋼車に迫った。
口元から生えた強靭な牙で、一気に装甲に穴を開けようとする。
だが、炎鋼車はそれを避けるようにスピードを出した。
空振った猪が、リングの壁に直撃する。
強烈な破砕音がして、観客の多くが耳を押さえた。
アレは痛いな。
そして俺の耳も痛かった。
鼓膜ちゃんが息をしなくなったらどうしてくれる。
不満を交えつつ、猪のぶつかった場所を見た。
壁がごっそり剥がれ落ち、パラパラと粉塵が舞っている。
さすが通称、村潰し。
数多の村落を地獄に変えてきただけのことはある。
確か八年以上前、ディン領近くの村を魔猪が襲ってたな。
私兵からも怪我人がいっぱい出てたはずだ。
そりゃあもう、地方の没落貴族が抱える私兵じゃ敵うはずもない。
『やってやんぞおらぁ!』
『猪がなんぼのもんじゃ!』
『素焼きにして晩餐に並べてやらぁ!』
と息巻いて出陣した兵たちは勇敢だった。
数分後に担架に乗せられて帰ってきてたけどな。
お前らがエサになりかけてどうする、と突っ込みたくなった。
事態を重く受け止めたシャディベルガが、討伐隊を組んだほどだ。
猪は近隣の畑を食い荒らし、あわや村の中へという所まで接近。
大惨事は免れない、というところまで事態は逼迫した。
まあ結局、鉄壁のウォーキンスが一人で討伐しちゃったんだけど。
さすが名ストッパー。
強肩強打のメジャーリーガーでも彼女には手も足も出まい。
まあ、あれは別格だから置くとして。
とにかく、魔猪は普通の騎士などでは相手にならない強さなのだ。
その破壊力たるや、堅牢なバリケードを一撃で粉砕するほど。
たとえ強力な装甲を持っていたとしても、正面から受け止めるのは避けたいだろう。
魔猪の突進を見事に避けた炎鋼車。
しかし、魔猪の切り返しが異常なまでに早い。
魔獣は再び突貫すると、ついに炎鋼車の喉元に迫った。
だが、炎鋼車に触れた瞬間――
魔猪が断末魔のような絶叫を上げた。
毛皮に火が燃え広がり、全身を焦がしていく。
炎鋼車が、劣勢になるかもしれない。
そう思っていただけに、驚きが大きい。
今の光景を見て、俺は思わずつぶやいた。
「……なんだ、ありゃ」
「車体からは常に中級以上の火魔法が吹き出してる。
普通の魔物じゃ接近することすらできねえみたいだな」
すぐさまエリックが解説してくれた。
敵の秘密兵器ということで、詳しく調べを入れているのだろう。
いつかアレを敵に回す時のことを考えながら。
しかし、いざ実物を見ると、戦意が消えてしまいそうになるな。
圧倒的な性能差。
魔猪がのた打ち回り、距離を置こうとする。
するとすぐさま、炎鋼車の上部に穴が開いた。
開閉可能な小窓らしい。
そこから魔法師が攻撃魔法を放とうとしている。
どうやら炎鋼車の内部にも、声を拡張させる結晶を積んでいるようだ。
公開訓練ということで、実際の連携の現場も見せてくれるらしい。
魔法師が静かに詠唱を開始する。
「聖なる光をその身に宿せ。
我が鋒矢は破邪をもたらす。――『ホーリー・アロー』ッ!」
あれは、光魔法。
属性魔法の中でも、番外に近い変わり種だ。
どちらかと言えば補助魔法に性質が近い。
そして、あのホーリーアロー。
魔物が嫌う魔素で光を作り、矢に灯らせる。
それを手持ちの弓で放つという、物理魔法一体の技だ。
放たれた矢が唸りを上げる。
そして、勢いを衰えさせぬまま高速で猪に突き刺さる。
苦しみながら逃走を図ろうとする魔猪。
だが、そこで炎鋼車が凄まじい加速を見せた。
アクセルを効かせた速度で、一気に魔猪を轢き潰す。
回避行動すら取れなかった魔猪は、なす術もなく絶命した。
それを見て取った魔法師が、魔力を調節して減速しようとする。
しかし、調節が難しいのだろう。
勢いあまって、近くの魔猪をもう一頭跳ね飛ばしてしまった。
巨体が宙を舞い、そのままリングの端に着地する。
しかし、すぐさま立ち上がろうとした。
そこへ、再び小窓から魔法が繰り出される。
体勢を立て直そうとした魔猪の身体へ直撃。
それがトドメになったらしく、猪は動かなくなる。
あっという間に2頭を駆逐。
だが予定とはどうも違ったようで、炎鋼車の中の魔法師が不満を漏らした。
「何をやっている。それぞれ別々の手法で倒せと言われただろう。
2頭同時に轢き殺してどうするつもりだ」
「悪い。減速の効きが悪いんだ」
「お前の操縦が下手なだけだ。変われ」
少し連携が乱れているようで、炎鋼車の動きが止まる。
それを見たクロードは、少し眉を釣り上げた。
数人がかりで動かすから、やっぱり連携が難しいんだな。
すぐに内部での交代が終わったようで、炎鋼車が再び猛進する。
残り一頭の魔猪は、追い詰められたことを察したようだ。
乾坤一擲、正面からぶつかろうとする。
すると、炎鋼車もそれに応じて加速した。
正面衝突するつもりだ。
あっという間に両者の距離が詰まり――
魔猪がその場でミンチになった。
ドラグーンの鱗と、ドワーフの頭蓋。
その二つを織り交ぜた特殊合金は、何者にも破られない。
機体から吹き出す炎が、猪の死骸を火葬するように焼いた。
三体いた魔猪が、為す術もなく駆逐されたわけだ。
「――魔猪、討伐完了」
「――緊急。前方より魔素を検知」
「――魔素の詳細を獲得。炎攻撃と予測」
「――了解。各自、障壁に魔力を分配」
炎鋼車がスピンを効かせながら、リング上を走り回る。
竜は今までリングの端で力を溜めていた。
だが、ついに炎鋼車を目標に定める。
全長10メートルを超える炎鋼車を吹きとばそうと、果敢に突進した。
今までは正面から受け止めていた炎鋼車。
しかし、ここでは今までと違う撃破方法を選ぶらしい。
リングの上を駆け回り、竜の背後から強力な火魔法を放つ。
だが、ほとんど効いていない。
竜は火属性に対して、強い耐性を持っているのだ。
魔法師が車内から繰り出した魔法は、簡単に無効化された。
少し相性が悪いか。
しかし、だからこそか。
強敵であるがゆえに、竜を相手に選んだのだろう。
大陸の魔物で最上位の実力を持つ、竜を圧倒する。
それを見せつければ、炎鋼車の強さがいっそう証明される。
竜の攻撃を避けつつ、炎鋼車は怪しい光を灯らせた。
「――炎鋼槍、用意」
「――了解」
その言葉と共に、炎鋼車がガチャンと音を立てた。
内部から巨大な槍がせり上がってくる。
しかも、何十本も。
炎鋼車は竜の爪や突進を避けつつ、側面から衝突した。
生々しい音が響き、血が飛び散る。
竜の強靭な鱗を突き破り、そのまま加速していく。
槍が深く突き刺さるたび、竜が悲鳴を上げる。
しかし、竜はその程度では屈しない。
咆哮を上げて、溜め込んだ魔素を解き放った。
獄竜炎、と呼称される超高温の炎。
その勢いは森林を焼き払い、鉄をも塵に変えるという。
車体に強烈なブレスが降りかかる。
その瞬間、炎鋼車の中から冷静な声が聞こえてきた。
「――総員、魔法障壁の強化」
「――了解、私は前方」
「――俺は天蓋部分」
「――では、私は側面を」
操縦者を除き、全ての魔法師が守りに徹しているようだ。
全てを焼き尽くそうと、業火が炎鋼車にまとわりつく。
だが、強堅に張られた魔法障壁が、本体への損傷を許さない。
数十秒続いた膠着は、竜の息切れで終わりを告げた。
それに呼応して、一気に加速を強める。
槍が臓物にまで達したのか、竜は口から大量の血を吐く。
「――動きを止めろ。氷魔法を」
「――了解。操縦者を除き、総員詠唱せよ」
動きが鈍くなり、竜は回避行動も取れない。
炎鋼車の勢いに力負けし、徐々にリングの端に追いやられる。
壁に竜の背中が着く。
その瞬間、ついに槍が竜の体躯を突き破った。
磔のようになり、一切の反撃ができなくなる。
そこへ、最後の仕上げが牙をむく。
魔法師たちは詠唱を終えると、連鎖するように発動した。
「――『ブリザイア』」
「――『エターナル・アイス』」
「――『アイシクルスピアー』」
「――『スノウィング・クラッシュ』」
氷魔法は、乱暴に分別するなら水魔法と土魔法の複合魔法だ。
両方が均等に使えないと、発動させることすらままならない。
上位の属性魔法といっていい。
それを乗組員全員が使えるってか。
ずいぶんと精鋭なんだな。
ゴブリン突撃部隊みたいなキワモノ連中かと思ったんだが。
学院卒業者でも雇ってるのかもしれん。
オーバーキルと思える攻撃が、竜に降りかかっていく。
決まったな。
俺を含め、多くの観衆がそう思った時――
竜が目を血走らせて咆哮した。
「――ガ、ァアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」
大陸で最上級の魔物が、この程度で終わるはずがないだろう。
血を吐きながらの怒声は、そう主張するかのようだった。
とんでもない声量。
形容するのも難しい音程。
声の波動による衝撃を受けて、貴族の一部が席から転げ落ちる。
俺も思わず、耳を手で塞いでしまっていた。
イザベルを含め、エルフは来なくて正解だな。
こんなもん、鼓膜を完全に破りに来てやがる。
だが甘い。
俺の鼓膜ちゃんの耐久度たるや、常人の比ではない。
階段から転げ落ちた時に、壺に側頭部をぶつけて一回。
精神的ブラクラを踏んで、最高音量の絶叫を被弾した時に一回。
俺は今までに、2回鼓膜をぶち破ったことがある。
それ以来、耳の危機に対しては異常なまでに反応が早い。
他の人が顔を歪める頃には、既に耳をふさいでいた。
だが、それ以上に早かったのはエリックだ。
こいつは竜が叫ぶより先に、耳に手を当てていた。
明らかに、予測したとしか思えない。
「エリック。何で防げたんだ?」
「聞きたいか?」
「……まあ、それなりに」
俺の友人がラッキーボーイかエスパーかの分水嶺だ。
するとエリックは、ため息を吐いて口を開いた。
そこから出てきた声は、もちろんエリックのものだ。
だが、どこか悲痛で。
そして、胸を揺さぶられるような感情がこもっていた。
「――『痛い。やめてくれ。……なんで、なんでこんな目に』」
「ん、どういう意味だ?」
「――『マスター。助けてくれ。痛い、痛いんだ』」
「……まさか、それって」
俺はリング上の竜に目を落とす。
ひどく悲しげな瞳をしていた。
諦めや不安、恐怖の感情が溢れだしてきそうだ。
エリックはなおも言葉を続ける。
「――『もう、どうしようもないのか? ここで死ぬしかないのか?
……おのれ、おのれ人間。私が何をしたというのだ』」
「…………」
「『憎い、憎い憎い。なぜマスターと引き裂かれねばならない。
我が憎しみと怒りを知れ。たとえ、たとえここで朽ち果てようとも。
貴様らには、ただではやられんッ!』」
そう言って、エリックは静かに黙った。
なるほど、全て理解した。
今のは、竜の声だ。
ドラグーンにしか聞き取れない、竜の本心。
エリックは親父がドラグーンだったから、竜の言葉がわかるのだろう。
竜には、知性と感情が芽生えている。
それは、前に何処かで聞いたことがある。
だから、ああして死の淵に立って、嘆いているんだろう。
竜は身体から流れ出る血液を見て、瞳に強い光を宿した。
失いかけていた闘志を再燃させる。
「――ガァアアアアアアアア、リィアアアアアアア!」
竜は炎鋼車に向かって吼える。
圧倒的な声量は大気を震わせ、修練場を揺らす。
観客は耳をふさいでいるが、それでも辛そうな顔をしている。
ビリビリと空気が振動した後、エリックが竜の言葉を紡いだ。
「『聞いてくれマスター。私のこの痛みを。
もう二度と会えないなら、最後に私の炎を感じてくれ。
全てを焦土と化す、煉獄の光をッ!』」
「……煉獄の光? それは何だ」
「知らねえ。でも、とりあえず防御態勢は取っておいたほうがいい」
エリックはローブの中から万魔の書を取り出した。
いざとなったら、それを開いて身を守るつもりなのだろう。
つまり、竜はまだ最後の攻撃を残しているということか。
俺も静かに、炎を防ぐ『ファイアーシェル』の準備をする。
すると、竜が身体から膨大な魔力を漂わせた。
やはり、弱体化されているとはいえ、竜は底なしの力を持っている。
炎鋼車の槍をものともせず、一歩前へ踏み出す。
肉が引き裂けながら、槍が抜けていく。
そして、竜は炎鋼車の内部につながる小窓に顔を近づける。
最後の一撃を叩きこむつもりなのだろう。
観客の一部から悲鳴が上がる。
だが、対面に座るクロードは、その光景を見て微笑んでいた。
なんだ、少しでも劣勢になったら出資者からケチがつくはずなのに。
どうしてそんなに余裕な表情なんだ。
ここから不安を一撃で払拭する手があるのか。
怪訝に思っていると、修練場の脇から急に魔法師が飛び出してきた。
その数、約200人。
彼らは観客席の最前列に立ち、詠唱を開始した。
「焦がす炎をその身で止めよ。
聖なる盾は炎を通さず――『フレイム・ガーディアン』」
炎魔法を無効化する魔法。
それを、魔法師たちが唱えた。
あれは確か、ファイアーシェルの上位版だったか。
俺も使えることは使える。
だが、この200人全員が上位魔法を習得しているのは驚きだ。
やっぱり、ラジアス家が雇っている魔法師は全員エリートか。
観客席を保護するように、彼らは魔法を張り巡らせる。
貴族連中から安堵の息が漏れた。
そうだよな。
油断してると、自分の雇った暗殺者が観客席に突っ込んでくることもあるもんな。
あの場合、物理的な攻撃だから防ぎようがなかったんだけど。
魔法師が結界を張り終わった瞬間――竜が目を血走らせて咆哮した。
「――ガ、ァアアアアアアアアアアアアアア!」
竜の口から、炎の柱が迸る。
天を衝くような一撃。
そこから発せられる光だけで、網膜を焼かれてしまいそうだ。
結界に反射した炎が、リングの中を暴れまわる。
結界も常軌を逸した炎を防ぎきれず、ピシピシとヒビが入っていく。
だが、すぐさま魔法師が補修するため、こちらに飛び込んでくることはない。
この攻撃を受けたら、たとえ炎鋼車といえども……。
炎が収まった後、俺はゆっくりと目を開いた。
――するとそこには、無傷のまま竜を貫く炎鋼車の姿があった。
思わず声がひきつる。
「……なんつう耐性だ」
「どれだけ強くても、炎魔法は炎鋼車に効かないってことだろ」
冷静に事態を見守るエリック。
竜の悲鳴が言葉となって聞こえるためか、彼は顔を歪めていた。
拳を鬱血しそうなほどに握り締めている。
その時、炎鋼車の内部から、冷たい声が響いた。
「――トドメだ」
「――燃料結晶、発火準備」
「――風魔法での後押し用意」
「――了解。操縦者、引きつけろ」
「――燃料結晶、発火完了」
突如、炎鋼車の頭頂部が燃え上がった。
そう、頭のてっぺんが発火したのだ。
シャディベルガが悶絶して転げまわりそうな説明である。
だが、そうとしか形容できないほどに、結晶が強い輝きを放って燃えていた。
あれは炎鋼車の核とも言える、燃料結晶だ。
洗練された魔法知識に、長い年月をかけて研鑽された技術。
それらを併せ持ったラジアス家にしか作れない、魔法の粋を極めた逸品だ。
それが火花を散らしながら炎上し、今にも弾けそうになっている。
そこから漂う熱だけで、竜の身体が炎上した。
とてつもない炎だ。
先ほど竜が放ったブレスを凌ぐほどの、高圧縮された炎魔法。
それが、一つの合図を受けて解き放たれる。
「――『炎鋼の光矢』、発射」
超集約された一撃が、竜の喉元を突き破る。
燃料結晶から放たれた攻撃。
それは炎耐性を無視するかのように、竜に致命傷を与えた。
光が収まり、炎も落ち着きを戻す。
炎鋼車の攻撃を受け、ついに竜にも限界が到来した。
遠い目をした竜は、倒れる寸前に悲しく叫んだ。
「……ギ、ガァアアアアアアアア…… ギグゥ、ァ――」
勝負あり、か。
誰もがそう思った時。
炎鋼車が更なる光を強めた。
冷徹な声が、車内から響いてくる。
「――跡形もなくせ」
「――了解。『炎鋼の天爆』、発射」
次の瞬間、竜の身体が爆散した。
観客席に被害が及ばないよう圧縮された、小さな爆発。
それが竜の身体を完膚なきまでに破壊し尽くした。
炎の嵐が過ぎ去った後。
そこには何も残っていなかった。
炎鋼車が、敵を完全に駆逐したのだ。
エリックは残念そうにため息を付き、先ほどの竜の嘆きを口にした。
「――『貴方のパートナーでいられて、本当に良かった。
爪を剥がれ、羽を断ち切られようとも。
この一生は、貴方と会えただけで満足だった』。
どうやら、ドラグーンと契約した竜だったみたいだな」
「……酷いことをしやがる」
最後の最後で、恨み事じゃなくて感謝を述べたのか。
ドラグーン以外には、ただの魔物の叫び声にしか聞こえない。
だが、その竜の心中は人間と大して変わらないのだ。
それを容赦なく殺して、見世物にしたのか。
趣味の悪い余興だ。
だが、支持している連中からしてみれば真逆のようで。
ラジアス家の訓練に対し、修練場の観客が沸き立った。
「素晴らしい! これぞ王国の宝!」
「まったくだ! 帝国がどうした! 王国には炎鋼車がある!」
「ラジアス家に、王家に栄光あれ!」
「ラジアス! ラジアス! ラジアス!」
拍手喝采が、数分に渡って続いた。
その黄色い声援の中心。
クロードは立ち上がり、その期待と称賛を一身に受けていた。
彼は声を拡張させる結晶を口元に持ってくる。
そして、興奮冷めやらぬ観客の前で演説を開始した。
「いかがでしたでしょうか。
炎鋼車の真髄を、少しは見せられていればよいのですが」
クロードは炎鋼車を一瞥する。
あれだけの大立ち回りをしておいて、装甲に傷一つついていない。
その様子に満足そうにうなずき、続きを口走っていく。
「皆様のご協力で、今回新たに『炎鋼槍』と、
『燃料結晶魔法』の開発に成功しました。
いかに大陸最強クラスの竜とはいえ、炎鋼車の前では塵に同じです」
戯言を。
そんな虚言は、実物の竜を見たことがない貴族連中にしか通用しない。
まあ、俺だって実際に見たのはこれが初めてだけど。
でも、竜が万全の状態で戦えてなかったことくらいはわかる。
「この炎鋼車を、当王国は50余両も保有しております。
そして、我がラジアス家は優秀な魔法師を数百人抱え、
いつでも帝国を迎え撃つ準備はできています」
王国の不倶戴天の敵であり、北方に位置する強国。
そこと対決しても勝つだけの自信を、クロードは持っているらしい。
さすがは王都三名家筆頭。
クロードは、隣の空席を見て皮肉げに笑った。
「まあ、戦うことで栄達した家も、この私がいる限り必要ないのかもしれませんね」
そこはシャルクインの席。
しかしミレィは、この修練場には来ていない。
賛同するように笑い声を上げる貴族。
だが、一部の連中は舌打ちをしてクロードを睨みつけた。
やはり、シャルクインを支持する貴族も多いということだろう。
不穏な雰囲気を嗅ぎつけたのか、クロードは相好を崩して訂正した。
「もちろん冗談ですとも。
この王都は、三名家の密接な連携によって成り立っております。
そうでしょう?」
「…………」
後ろを振り向いて、ホルトロス家の当主に賛同を求めた。
だが、壮年の男は静かにうつむいて沈黙を保つ。
馴れ合うつもりはない。
そういう意思表示だろう。
どうやら、王都三名家はお互い仲がいいというわけでもないみたいだ。
ミレィも公開訓練をブッチするほどだし。
王国の傭兵集団の元締めであるホルトロス家。
その当主――ノーディッド・ハルバレス・ホルトロス。
王国建国時から王を助けた名家の長だ。
彼はクロードの言葉を聞き流し、静かに腕を組んでいる。
その姿を見て、クロードは肩をすくめた。
「知っての通り、帝国の兵が国境に迫っています。
しかし、この炎鋼車50両が、まもなく緊張地帯に到着します。
まず仕掛けては来ないでしょうが、もし正面から戦うことになれば――」
そこで、クロードは拳を握りしめた。
修練場全体を見渡し、全員の注目を集める。
そして、腕を振り上げると同時に、力強く宣言した。
「悪しき帝国を、この炎鋼車を持って駆逐してみせましょう!」
その言葉をきっかけに、修練場内に熱狂的な声援が沸き立った。
どうしてこうも、謀略を仕込む奴は演説が無駄に上手いのか。
ドゥルフといい、クロードといい。
逆か。
そうやって人を上っ面の言葉で扇動できるからこそ、栄華を掴むことができるんだ。
その点俺の家は大丈夫だな。
シャディベルガは建前でも嘘をつくのが苦手な熱血漢だし。
間違っても貴族の蹴落とし合いにはついていけないだろう。
あれ? これいつになったら没落貴族から脱却できるんだよ。
一人で疑問に思っていると、隣のエリックが立ち上がった。
「レジス、オレはもう出るぞ」
「ああ、そうだな。これ以上とどまっても意味がない」
「あいつの演説は聞いてるだけで吐きそうになる」
エリックは唾棄して、出口に足を向けた。
俺も同感だな。
どうもあいつの言っていることは胡散臭い。
いつか妙なことが起きなければいいんだが。
俺は不穏な予感を振り払い、修練場を後にしたのだった。