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第一話 売国の狼煙

 


 ――王都・ラジアス家本拠

 

 

 水面下での一件から三日後。

 ラジアス家当主――クロード・ハルバレス・ラジアスは子息を呼びつけていた。


 クロードは当主になってからというもの、なるべく表世界に出ないようにしてきた。

 王都三名家の権力は絶大。

 だがそのかわり、下手なことをすれば王都中に影響が伝播する可能性がある。


 現在、国王との仲も良くないため、あまり下手な手は打てない。

 彼は細心の注意を払いながら、勢力を拡大してきた。

 先祖から受け継がれてきた宿願を、果たすために。


 そして、この自分の世代になって。ついに時は来た。

 この勢力配置。

 大量に造り上げた炎鋼車。

 数十年かけて構築してきた人脈。

 この王国に衝撃を与える一発を叩きこむ準備が、完成しつつある。


 ところが、だ。

 大人しくしておけと言った息子――ジークが余計な行動を取るようになった。

 確かに同期として入ってきたディン家を警戒しろとは忠告した。

 ホルゴス家を弱体化させたのは他ならないディン家だからだ。

 しかし、危険を犯してまで攻撃しろとは言っていない。


 こちらは薄氷を踏む思いで、準備に取り掛かっているというのに。

 ジークの単独行動には目に余るものがある。

 勝手に一族が不遜をしでかせば、芋づる式に発覚する恐れもあるのだ。


 特に、三日前の一件。

 学院内に特例で配置している炎鋼車を、勝手に起動させてしまった。

 どれだけ連中に対する後処理が大変だったと思っている。


 今度ばかりは、クロードも我慢ならなかった。

 一度、強い説教で喝を入れる必要がある。

 そう思い立って、彼はジークを己の邸宅に呼んだのだ。

 来いと言った時刻が迫ってくる。


――廊下の外から足音が聞こえてきた。


 時間に一寸も違わぬ来訪。

 一秒たりともズレることがない。

 まるでカラクリのようだ。

 扉が開かれ、貴族服に身を包んだジークが姿を現した。


「お呼びでしょうか、父上」

「……入って来い」


 クロードが冷たく言い据えると、ジークは無表情のまま入ってきた。

 いや、口元が微かにつり上がっている。

 彼は自分が何故呼ばれているのか、これから何の話をされるのか。

 分かった上で来ているのだ。

 この奇妙な勘の良さは、幼少期から変わらない。

 クロードの背筋に悪寒が走る。


「なぜ呼んだか分かっているな」

「さて、なぜでしょう?」


 ジークは首を傾げて聞き返してきた。

 挑発するかのような視線。

 同時に、不安を煽るかのような態度。

 明らかに父を下の人間としてみている。


 クロードは静かに息を吐き、ジークの頬を殴った。

 唐突に、全く容赦のない一撃。

 ジークは地面に倒れた。

 クロードは痛む手を擦り、荒々しい語調で叱責した。


「いい加減、私に対するその態度をやめろ。見ていて不愉快だ」

「……ご冗談を。これが僕の偽りなき本性ですよ?」


 ジークは全く表情を変えず、ゆらりと立ち上がった。

 そして、己を殴りつけた父親の前で肩をすくめた。

 それを見て、クロードの険がいっそう強くなる。


「――お前、このラジアス家を潰す気か?」

「話が見えませんが」

「私とて、権謀術数を否定するつもりはない。

 今まで私も数多の人々を踏み台にしてきたのだからな。だが――」


 あと少しで計画が実行に移せるという時に。

 あまりにもお粗末な謀略で、

 このラジアス家を窮地に追い込みかけたのだ。


「時期と手法くらい、考えろと言っているんだ」

「僕は熟慮の上で実行に移したのですけどね」

「ふざけるな。炎鋼車を動員しようとしたらしいな。

 もし遊び道具が庭に来たとして、

 お前はそのまま敷地内で暴れるつもりだったのか?」


 炎鋼車は、クロードにとって最強にして最高の武器。

 このラジアス家が、王都で一番の貴族で在り続けることができるのも、

 初代の当主が開発した炎鋼車の功績に他ならない。

 一両でも欠けてもらっては困るのだ。


 そして炎鋼車はその強さゆえに、大臣たちから目を付けられている。

 一両移動させるのにも、強い監視が付きまとうのだ。

 だからこそ、破綻しないように細心の注意を払ってきた。


 だが、ジークはあろうことか学院内で炎鋼車を起動させようとしたのだ。

 軽挙妄動としか言いようがない。

 クロードの詰問に対して、ジークは喉を震わせて笑う。


「その通りです。

 しかし、外に騒ぎが漏れぬように、

 音と魔力を遮断する魔法を同時に使うつもりでしたよ」

「――探知魔法は?」

「はい?」

「探知魔法のことを考慮していたのかと訊いているんだ」


 最上位の探知魔法であれば、かすかな魔力の漏れすら感知する。

 炎鋼車の起動を察知した者が通報していたら、確実に破滅していたのだ。

 クロードの圧迫を、ジークは肩をすくめて受け流す。


「教員を含めて、この学院にそんな魔法を修得している者は皆無です。

 それに、探知魔法は警戒する時に使うもの。

 あの夜は情報が一切漏れていませんでしたし、杞憂でしかありません」


 あくまで自分の非を認めるつもりはないらしい。

 クロードはため息を吐いた。


「……お前の言い訳は聞き飽きた。

 いいか? 中途半端に策を練ろうとするな。

 不測の事態を想定していない者は、決して策士にはなれん。

 お前のような愚者は――ただの道化師だ」

「褒め言葉ですね。道化師で結構、むしろこれ以上何を望まれますか」


 いつの日から、この少年はこうなってしまったのか。

 今では親をもってしても、手綱を御すことが敵わない。

 クロードは怒るのも馬鹿らしくなったのか、失望の呟きを漏らした。


「……お前以外に男子が生まれなかったのが、つくづく残念でならん」


 名家の娘と婚姻を結んだのが二十年ほど前。

 それ以来、仲睦まじくラジアス家を発展させてきた。

 先祖の遺物を守り、さらなる発展を見込むため。

 そして、初代からの悲願を達成するため。


 クロードは粉骨砕身、跡継ぎの件に関しても積極的だった。

 だが身体に衰えを感じた時には、息子は一人しかいなかった。

 この狂気に満ちた少年、ジークだけだったのだ。


 もちろん最初は、立派な後継者になることを望んでいた。

 ジークも幼少期は素直で裏表がなかったし、クロードも息子を愛していた。

 だが、いつの間にかジークは、暴虐を腹に溜め込む男になってしまった。

 どこで間違えてしまったのか。


 クロードは自嘲するように歯を噛み締めた。

 そして目の前のジークに向かって、最終通告を行う。


「知っているだろうが、私には野望がある。

 これは先祖の願いでもあり、私の生きる理由でもある。

 それが何かくらい、お前でもわかっているだろう」

「幼き時より、何百回も聞かされましたからね」

「ならば――邪魔をするな。あと少しで宿願は果たされるんだ。

 お前はただの人形に過ぎん。私がお前に望むことはただ一つ。

 何も考えず、ただ勉学にでも励んでいろ」

「…………」


 射殺すような眼光。

 そこにはもう、親子としての信頼関係は皆無だった。

 何もするなとの命令に、ジークは少し眉を下げた。

 それを見て、クロードは舌打ちをする。


「不服か? 逆に止めるのが遅すぎたくらいだ。

 今までお前の行動に目を瞑ってきたのは、そこに厳然たる理由があったからだ。

 今のお前は、全く理解することができん」

「理解、できない?」

「ああ、そうだお前が――」

「……ふっ、ふふ、ははっ、はははッ」


 クロードの言葉を遮って、ジークが高笑いをする。

 彼の豹変に、クロードは眉をひそめた。

 肩を怒らせて聞き返す。


「何がおかしい?」

「はは、はっ、ハハハハハハハハハハハハハハハッ!」 

「何がおかしい、と訊いているんだ」

「滑稽ですよ父上。僕の行動が理解できない?

 僕はただ、父上の教えに基づいて、

 『忠実』に、『微塵も違うことなく』、動いてきただけなのに?

 いったい、何を仰っているのでしょうね」


 大げさに身振り手振りを交えて、

 ジークは己の父が言ったことを嘲笑する。

 その目には、窺い知るにはあまりにも汚れた狂気が満ちていた。


 クロードは息を詰まらせる。

 ジークの言葉を聞いて、少し引っかかる記憶を思い出した。

 ジークが幼き時に、王都の貴族がどうあるべきかを教育した際。

 クロードは敵対貴族を破滅させる光景を見せた。


 恐らくジークは今、その事を言っているのだろう。

 だが、彼が狂信しているのは、クロードが伝えたかったことではない。

 この王都は、騙りと欺瞞で溢れかえる魔の都。

 そこで立ち回るための術を、教えていただけなのだ。


 だが、ジークはその教育をねじ曲げて解釈してしまっている。

 ジークの視線から逃げるように、クロードは目を背けた。


「……私はお前に、そんなことは教えていない」

「虚偽はいけませんね。教えて頂きましたよ?

 『虫は潰すべき』と。幼き頃より、呪いのように」

「……分かった、もういい。

 悲しいがお前と私は、いつからか心が離れてしまったようだ。もう黙れ」


 いつから違ってしまった。

 少なくとも昔のジークは、ここまで狂信的に自分の道を突き進んだりしなかった。

 思慮分別があって、クロードの言うことを素直に聞いていた。


 もしかしたら、その純粋さを壊してしまったのは、自分なのかもしれない。

 クロードは胸を押さえた。

 怒りと不安で、心臓が早鐘を打っている。


 どの貴族もやっている非情な英才教育。

 それが、爆薬に引火する引き金になってしまったのかも知れない。

 クロードは戦慄する。

 すると、ジークがとどめを刺すように告げてきた。


「逆ですよ父上。僕は貴方に限りなく近づいていっている。

 同族嫌悪とでも申しましょうか。

 父上は勝手に若き日の自分を僕に重ね、

 鬱憤を晴らしているだけではないのですか?」

「黙れ、と言っている。もうお前に言うことはない。

 さっさと戻れ。そして、私が事を果たすまで大人しくしていろ」


 三度目は言わんぞ。

 とクロードは強く眼で訴えかける。

 これ以上言葉に背くようなら、廃嫡も辞さない。


 それくらいの決意がなければやり遂げられないことを、

 今実行に移そうとしているのだ。

 この野望を、身内に邪魔される訳にはいかない。

 殺意すらこもった視線を受けて、ジークは肩をすくめた。

 ため息をつき、目を吊り上げる父に微笑みかける。


「そうですね。

 地を這う人間は己の享楽のために存在する、

 と懇切丁寧に教授してくださった父上です。

 その言葉に従うとしましょう。それでは、失礼しました――」


 そう言って、ジークは踵を返す。

 その時――クロードは息子と今日初めて目があった。

 そこに宿る光は、まさしく暴虐の狂気。

 抑えきれない愉悦と激情が、形となって現れていた。


 クロードは思わず身震いする。

 あんなものを、自分は生み出してしまったのか、と。

 ジークが扉を開け、外へ出る。

 足音が遠ざかっていく中。

 クロードは脱力したようにつぶやいた。


「……あいつに弱者を潰す快楽を教えたのは、間違いだったかもしれん」


 いや、違うな。

 間違えたのは自分か。

 あの道化を育ててしまったのは間違いなくクロードなのだ。

 今さら性根を叩き直すのは不可能。

 やるならば、血を見させてでも再教育するしかない。


 だが、今は他のことに力を傾注している。

 そんな事に時間を割く暇はない。

 つくづく、自分が親に向いていないのだと知る。


 ――クロード。君はいつか自分の鏡に身を焼かれるだろう。


 チリッ、と頭の端が焼けるような錯覚。

 遥か昔の記憶が蘇る。

 たかだか地方貴族の三男坊が、王都三名家の子息に向かって告げた言葉。


 クロードは学生時代、ある人物を陥れようと画策した。

 200年前に学院に現れ、彗星のように主席で卒業していった少女。

 彼女は後に研究者となり、推薦人としてこの学院に現れた。


 事件が起きたのは、クロードが学院生だった頃だ。

 推薦人の少女の研究が、当時ラジアス家の抱えていた研究者のものとかぶっていた。

 裏から金を出しているのに、手柄を取られては大損だ。


 慌ててその少女を叩き出そうと策略を練った。

 だが、そこであの男が身を張って邪魔をしたのだ。

 権力もなく、力もなかった男が言った言葉。

 気にかける必要もないはずなのに、今でも脳裏に焼き付いて離れない。

 クロードは深く息を吐きながら、虚空を見つめた。


「……なあ、シャディベルガよ。私は一体どこで間違えた」


 かつて自分と、正面から争った男のことを思い出す。

 かたや王都三名家。

 かたや西部地方の没落貴族。

 最初から闘争になる余地もなかった。

 だが、あの男によって、目的だけはしっかりと阻止されてしまった。


 あの時のシャディベルガは、情熱の化身としか言えないほどに燃え盛っていた。

 それはクロードとしても同じだった。

 だが、あの男と張り合った時の負けん気。

 それは貴族として立ち回っている内に、いつの間にか薄まってしまった。

 そのことを認識して、クロードは自嘲する。


「……昔の、話だな。敵として別れて数十年。

 敵として在り続けた連中を、まとめて潰すのは口惜しいが。

 もはや私に後戻りはできん」


 覇道を突き進んだ、初代ラジアス家当主。

 彼は初代国王の、圧倒的な勢いの前に屈した。

 そのまま片腕として国を守ること数百年。


 今の連中は、すっかりラジアス家の牙が抜け落ちたと思っているだろう。

 だが、それは完全なる間違い。

 この数百年で、炎鋼車は50余台にまで増えた。

 私兵も睨まれないよう徐々に増やし、秘密裏に人脈も形成してきた。


 間違ってはいけない。

 ラジアス一族はそもそも、忠誠心なんて持ち合わせていない。

 ただ、我が栄達のためだけに。

 クロードは窓から学院の方を見つめ、感慨深げに王城を眺める。


 そして、服の下にある短剣を握り締めた。

 特徴的な短剣には、藍色を基調に黒剣が交差する紋章が刻まれていた。

 それは――王国に仇なす敵国の証。


 クロードは空を見上げる。

 そして全てを揺るがす決意を固めたのだった。



「帝国に、栄光あれ――」

 


 

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