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第十五話 許されぬ余韻

 

 魔素供給所の中は酷いことになっていた。

 あちこちの地面がひび割れ、壁には大穴が開いている。

 魔力のぶつかり合いで、建屋には細かい傷が走りまくっていた。

 これは、証拠隠滅が難しいぞ。


「イザベル、修復魔法が使えるか?」

「無理だと思う。それって学院でしか学べない魔法だし。

 今はまだ、入学式を明日に控えている段階なんだよ?」

「そうだったな」


 修復魔法というのは治癒魔法とは少し性質が違い、

 どちらかと言うと補助魔法に分類される。

 治癒魔法は、主に生物の回復効果を急速に早めたりするもの。

 修復魔法は、魔力で無機物をしばらく前の状態に戻すことができる。


 王国の魔法師が発見した魔法であり、習得方法は国家の機密であるとか。

 物量と人員で劣る王国は、このような小細工と炎鋼車で数百年戦ってきた。

 それゆえに、修復魔法はこの学院でしか教えてもらえないのだ。

 イザベルは周囲を見渡して、危機感を募らせる。


「とりあえず、今は一刻も早くここから出よう」

「見つかったらマズいしな」

「うん。ヘタしたら一発退学もありえるよ」

「……初日にそれは嫌だ。逃げるぞエリック」

「ああ、分かった」


 俺とエリックは何とか立ち上がる。

 ここから出たら、治癒魔法で回復しないといけないな。

 イザベルかエリックが使えるかもしれないし。

 今はただ、ここから逃げ去らねば。

 修復魔法を覚えていない今、証拠隠滅を図りつつ逃げるのが最善ッ!


 そう思って門の方へ走っていく。

 すると、いきなり目の前の地面が隆起した。

 行く手を塞ぐかのように、中から腕が突き出して来る。


「……な、なんだ?」


 思わず飛び退いてしまう。

 地面から生えてきた異物。

 ただただ禍々しかった。


 丸太のような腕だ。

 あちこち生傷だらけで、褐色と土色を混ぜた肌色をしている。

 土の中から、少しづつ誰かが出てくる。


 この状況で人がいるということは、何を意味するか。

 答えは簡単だ。

 敵だ。

 敵しかいない。


 俺がナイフを抜いた瞬間、腕が地面に再び潜った。

 こっちの敵意を感じ取ったようだ。

 辺りが、突如として静寂に包まれる。


「……くっ、土の中だと探知魔法も届かない!」


 イザベルが探知魔法で位置を特定しようとするものの、

 地面が震えるだけで察することが出来ない。

 神経をとがらせていると、いきなり背後から土の破砕する音が聞こえた。

 そっちは、間違いなくエリックの方向。


「エリックッ!」


 彼の足元から巨躯が飛び出してきた。

 そいつは腕を大きく振り上げ、エリックを地面に引き倒した。

 そして、常軌を逸した大きさの足で踏みつける。


 体力も魔力も枯れ果てているエリックは、抵抗すら出来ない。

 地面から出てきたその男は、圧巻の背の高さ。

 2メートルは確実に超えている。


 そして、恐ろしいのはその筋肉。

 大木が突っ立っているかのような、異様な威圧感を放っている。

 間違いない、この特徴を持つ種族は――ドワーフだ。


 ドワーフ。

 大陸の北部に本拠を置く発掘集団。

 大陸一の鉱脈であるドワーフ鉱山から掘り出した鉱石を、売り飛ばして勢力を拡張している。

 帝国と協定を結び、王国を完全に敵視している種族だ。


 そのドワーフが、何でこんな場所にいる。

 男はエリックを踏みにじりながら、醜悪な笑みを浮かべた。


「妙に邸宅に来るのが遅いと思ったが。

 まさかこんな場所で足止めを食らってやがったか。

 雑魚だな、やはり脆弱な種族か――」


 エリックを侮辱しながら、奴は巨大な鉈のようなものを抜く。

 すると、イザベルが曲剣でその腕を切り裂いた。

 風のように背後に周り、エリックに重圧を掛ける足にもう一太刀を決める。

 その上で、目のさめるような声を発した。


「どいてくれないかな。無駄に殺したくないんだけど」

「はッ? まさか、今のが攻撃だったのか?」

「なに?」

「攻撃ってのは、こういうのを言うんだぜァあああああああああッ!」


 ドワーフの男が拳を振りぬく。

 だが、イザベルは間一髪で逃げる。

 すると拳は地面に直撃し、激しいクレーターを形成した。

 パラパラと、土の破片が舞う。


 ただ、軸足をずらした瞬間に、イザベルがエリックを引きずり出して後ろに跳んでいた。

 そして、俺にエリックを預けてくる。


「レジス、ちょっと待ってて。

 この不躾な刺客に、制裁を加えてくるから」

「気をつけろ。多分そいつ、ラジアスが雇った暗殺者だ」


 けしかけたのは、恐らくジークだろう。

 男を睨みつける。

 すると、奴はこっちを向いて愉快そうな顔をした。

 俺としては、とても不愉快だ。


「ほぉ、お前が雇用主の言ってたガキか。貧弱そうなナリだな」

「頭の足りてなさそうな男に言われる筋合いはない」

「クク。俺ァお前と、そこでボロ雑巾みたいに転がってるドラグーンもどきを、

 完膚なきまでに殺すように頼まれてたんだぜ?

 だが、いつまで経っても邸宅に来やしねえ」

「それで、わざわざそちらから出向いてくれたのか?」

「その通り。テメエらみたいなガキ相手に、炎鋼車を使う必要もねえって言ってやったのよ」


 なるほど。

 恐らくこいつは、ジークに雇われてラジアス邸で待機してたんだろう。

 魔素研究所から無差別攻撃を放ち、その後到来するはずだったエリック。

 それを迎え撃つ任務を帯びていたんだ。


 だが、残念ながらその愚行は俺がここで止めてしまった。

 業を煮やしたジークが、雇ってた暗殺者を放ったんだろう。

 炎鋼車を引き連れて、直接ここに来れるはずもないだろうしな。

 シュターリンのような、腕利きの暗殺者を出向かせるはずだ。


「本当に退屈だったぜ。

 エリックってガキが動くまで、俺はお前の監視をさせられてたんだからよ」

「……なるほど。王都に来た時から感じてた敵意はお前のだったのか」


 妙な地響き。

 地震と錯覚するかのような感覚。

 あれは、こいつが動く時に発生したものだったのか。

 つまり、ジークは俺がこの学院に来る前に、既に目星をつけてたわけだ。

 当然だよな、ホルゴス家を潰したのは俺なんだから。


「苦労したぜ。

 妙な幼女が、お前を覆うようにして探知魔法を使ってやがったせいで。

 全く殺す機会がなかったんだからな」

「だけど、ここまで来れば流石にその探知魔法は届かない。

 二人相打ち気味に倒れたところで、殺そうと出てきたわけだ」

「いい線いってる――が、勘違いするんじゃねえ。

 俺は2人がかりどころか、3人がかりでもお前らをなぎ倒せる」


 鉈を肩に担ぐ男。

 馬鹿力にも程がある。さすがドワーフといったところか。

 全種族の中で、最も熟練の素質が高い。

 多少の魔法であれば問答無用で無効化してしまう戦闘種族だ。


 ドラグーンが竜に騎乗してさえなければ、その力は全種族中最強を誇る。

 俺が警戒していると、目の前にイザベルが立った。

 彼女は曲剣をくるくる回して、目の前のドワーフに相対する。


「さて、話は終わったかな。

 私たちは早く帰らないといけないんだよね

 だからさ、悪いけどこの世から消えてくれる?」

「ハッ、やってみろ小娘! 捻り潰してやらァ!」


ドワーフが叫ぶと同時に、イザベルが走り出していた。

 凄まじい速さで疾走し、同時に魔法を詠唱する。


「天地疾駆す風神よ。

 我が健脚に加護を与え給え――『アクセル・バースト』!」


 出たな。

 エルフが得意とする風魔法だ。

 それも、身体能力を付与するエンチャント型魔法。


 イザベルが超加速を始める。

 ドワーフの反応速度を上回る動きで翻弄。

 背後からザックリ行くつもりなのだろう。

 それを見越した男は、己が得意とする属性魔法を発動した。


「大いなる王土は全てを飲み込み、連峰を成す――『インヴァイト・アース』……!」


 すると、奴を中心にして、土が弾けまくった。

 縦横無尽に大地を揺るがし、次々と歩行可能な足場を失くしていく。

 あっという間に、イザベルには一本の道しか残らなくなった。

 それは、ドワーフに正面から突っ込む道。

 明らかに誘っている。


 それを察知したイザベルは、空高く飛んだ。

 そこから振り下ろすように詠唱を行う。


「天より来迎す数多の氷矢よ。

 我が求めに応じて降り注げ――『アイシクル・レイン』!」


 魔力が圧縮され、氷の矢が吹き荒れる。

 俺はエリックに肩を貸して、建屋の側に避難した。

 その時、下にできた血だまりで足を滑らせてしまった。

 誰の血だよ、これ。邪魔臭いな。


 と思ったら、俺の全身から吹き出ている血液だった。

 これは、今までに類を見ない出血具合だ。

 不思議と痛覚がないので、気づかなかった。

 いや、逆か。

 痛覚が麻痺仕掛けているほどに、身体が弱っているんだ。


 くそ、筋肉がこわばってうまく歩けない。

 何とかエリックを足元に寝かせる。

 こいつも俺との戦いで消耗していて、ロクに動けそうもない。


 イザベルが現界させた氷の矢が、次々と投下される。

 矢の嵐を受けて、ドワーフは身体がハリネズミみたいになっていた。

 そこに、イザベルがトドメの一撃を入れようとする。

 下降する勢いと合わせ、一気に曲剣を振り下ろした。


「――風の御剣は其が身を砕く。いざ一刀の――」

「しゃらくせえ!」


 その時、男が一気にイザベルに腕を突き出した。

 詠唱中のイザベルの身体を掴み、思い切り投げ飛ばす。

 彼女は俺の真横に吹っ飛んできて、受け身も取れず壁に激突した。


 その様子を見て、ドワーフは心地よさそうに笑った。 

 こいつ、今の攻撃を受けて。

 全く効いていないのか? 


「……く、ぅ」


 イザベルはすぐに立ち上がろうとする。

 だが、少し呼吸がおかしい。

 血を吐いて、苦しそうに呻いている。


 まさか、肋骨が折れて肺に突き刺さったのか。

 イザベルは口から血を零しているが、それでも曲剣を握り締める。

 その時、俺の頭の中でブチリという音がした。


――何をしている。早く立て


 ギリ、と拳が蠢動した。

 力何を入れると、血が全身から吹き出す。

 目の前が赤くなる。


 おい。

 何をしてるんだよ俺。

 女の子一人に戦わせて。


 ここで役立たずのまま、見ているだけか?

 しかも、劣勢じゃないか。

 どうしてここで座り込んでるんだよ。


――立つんだ。あの男が動く前に


 俺の信条を忘れたのか。

 ここで投げ出してどうするんだ。

 疲れている?

 魔力が切れた?

 ふざけるな、そんな言い訳は一切許されない。


 俺は誰あの時なんて誓ったんだ。

 クズ極まっていた俺が死んだ時、一体何を誓ったのか。

 思い出せ。


 誰かを守れる人になりたい。

 そう決めたんだろうが。

 救うって、決意したんだろう。


――動け、動け動け動け。


 無理やり身体に力を入れようとする。

 ミシミシと、砕けた骨が悲鳴を上げた。

 だが、それがどうした。


 魔力が足りなければナイフを使う。

 腕が砕けたなら足を使う。

 これ以上、イザベルが苦しむ姿を見てるわけにはいかない――。


 そう念じた瞬間、頭の何処かでカチリと言う音がした。

 今まで意識していなかった空間から、妙な流れを感じる。

 異常な量の魔力が、頭から全身にかけて巡っていく。


 これは、まさか。

 嘘だろ。

 あの時、あの時のか。

 あいつから得た残滓が、今ここで流れ込んできてるのか。


 一気に身体に魔力が満たされていく。

 それは一瞬で俺の総魔力を回復させる。

 溢れた魔力が、止め切れずに外界へ吹き出した。


 それを確認して、すぐに腕を動かした。

 動ける。拳は作れる。

 魔力だって、全快に近い。

 俺を見たエリックが、息も絶え絶えに疑念を投げかけてきた。

 

「……おい、レジス。お前」

「大丈夫だ。ちょっと待ってろ。

 調子に乗ってる筋肉ダルマを、後悔させてくるからな」


 不思議と、全身の痛みが消えていた。

 拳が砕けているのは相変わらず。

 呼吸がしにくいのも変わらない。

 だが、それ以上の魔力の奔流を感じる。


 身体も、運動機能を取り戻していた。 

 何つう無茶苦茶な魔力だ。

 あの時あいつの言ったことが、脳裏に蘇る。


――『今汝の身体にある魔力には、我輩の魔力も含まれておる』

――『しばらくの間、我輩の影響を受けるやもしれんけぇ』

――『余の全魔力の千分の一程度くらいの力は出せるかも知れん』


 なるほどな。

 そういう事か。

 ふざけやがって。


 これが千分の一だと?

 あいつの魔力総量はどれだけ狂ってるんだ。

 だが、起死回生の幸運。

 アレクの魔力を、今俺は一部借り受けている。


 この魔力を身にまとっているせいか、自然治癒の速度がおかしいことになっていた。

 生傷が一瞬で修復され、中途半端だった痛みも完全に遮断された。

 治癒魔法が永続して働いているらしい。

 どれだけの魔力を注ぎ込んだんだか。


 だけど、おかげで動ける。

 俺は今、誰かの為に動くことができる。

 ――ありがとう、アレク。


 内心で礼を言って、俺は立ち上がった。

 自分の服を破り、イザベルの出血箇所を止血する。

 やはり、腹部に裂傷が起きていた。

 これではロクに戦えないだろう。

 

「イザベル、エリック。ここは俺に任せろ」

「そんなこと言ったってお前、その怪我じゃないか」

「私は、ゲホッ、コホッ。まだ、戦えるよ」

「久しぶりに鬱憤を晴らしたいんだ。

 ここまで心底腹が立ったのは、八年前の闘技場ぶりだからな。

 ――任せてくれるな?」


 俺が訊くと、二人は脱力したように微笑んだ。

 各々が、憎まれ口を込めて送り出してくれる。

 片方は、不満そうな声調で。

 もう片方は、ひたすら心配するような雰囲気で。


「死ぬんじゃねえぞ。

 俺に『死ぬな』なんて言っておいて、お前がポックリ逝ったら許さねえからな」

「レジス、私も同じだよ。絶対に生きててよ」

「何を言ってるんだお前らは。俺を誰だと思ってる」


 全身で迸る魔力を、一本に集中していく。

 イメージの反復によって得られた成果で、無駄に溢れる魔力を最適化した。

 これは、ウォーキンスが一番重要視した修行法。


 まさかこうなることを予測していた、なんてことはないだろう。

 だけど、ウォーキンスの指導を受けていて、本当に良かった。

 二人に向かって、俺はナイフの柄を見せる。

 そこには没落貴族の象徴。

 ディンの紋章が輝いていた。


「俺はレジス・ディン。大切な人との約束は、絶対に違えない」


 言い切って、俺は男に相対した。

 目の前で仏頂面をしているこの男、ずいぶん余裕だな。

 俺たちが入学式も迎えていない学院生ってことで、舐めているのか。


 いたよ、8年前にもそういう奴が。

 人の絶望を見るのが楽しくて、俺にトドメを刺さなかった暗殺者。

 お前はそういう輩と、同じ理由で負けるんだ。

 ナイフを向けると、男は迅速に詠唱を行なった。


「熾烈な土は牙を向き、縦横無尽に荒れ狂う――『ランダミング・ロック』!」


 突如、俺の足元の土が爆発した。

 そして魔力のこもった土の欠片が、土煙を巻き起こしながら俺の体を蝕む。

 辺りの地形を跡形もなく変形させ、男は自信ありげに嘲笑した。


「はッ、魔力を込めた土は弾丸を越える!

 穴だらけになりやがれ、クソガキッ!」


 確かに、かなり魔力が超圧縮されている。

 こんなもので肌を傷つけられれば、普通は死に至るだろう。

 もっとも、普通の場合はだけどな。


 盛大に暴れた土が、やがて元に戻る。

 かくして、無傷の俺が立つことになった。


「ば、馬鹿なッ! てめえ、何の手品を使いやがった!」

「知らないのか? 俺は元々全てにおいて熟練が高い。

 それでも土属性はちょっと苦手だけど。

 全身の総魔力で底上げすれば、こんなもの――ただの土くれだ」


 土の付いた服を手で払う。

 無駄に熟練が高いのも困りものだな。

 ただ防御しただけで驚かれるのはむず痒い。


 それに、今の防御にはアレクから借りてる魔力すら使っていないのだ。

 純粋に、男の魔力が脆弱すぎる。

 そんなことで、よく俺を殺そうと思ったな。


「殺しはしない。だけど、戻ってジークに言っとけ。

 お前はその内、誰よりも辛い苦しみを与えて、民衆の審判にかけてやるってな」

「クックク、ここで死ぬ貴様が言うことじゃないだろう。なんたって――」

「――『アストラルファイア』、をナイフに加護として付属」

「……なッ!?」


 男の目が見開かれる。

 馬鹿みたいに魔力を食う魔法の使い方だから、血迷ったかと思われたのかもしれない。

 これはウォーキンスが教えてくれた、エンチャント魔法と強化魔法の応用だ。

 絶好の使い所。

 今ここで、その真価を見せてやる。


 詠唱を省略して、アストラルファイアを発動。

 炎で刀身が焼けないよう、、魔素をいじってナイフを例外にする。

 その上で、異常なまでに高純度な魔力で生成された炎を纏わせた。

 すると、ディン家のナイフが、炎神のような輝きを持つ。


「行くぞ」


 言葉を吐き捨て、俺はかけ出した。

 一気に距離を詰めていく。

 すると、男は鉈を振り回して牽制してきた。


 だが、遅い。

 ウォーキンスと何年、直接戦闘の修練をしてきたと思ってる。

 そんな大振り、弱点を誘うものでしかない。

 俺は飛び上がり、男の鎖骨付近にナイフを突き立てた。


 しかし鈍い音がして、炎が肌を焦がすだけ。

 中に刃が通らない。


「しゃらくせえって、言ってるだろうが!」


 男が再び鉈を振り回した。

 仕方がないので一歩引く。

 すると、男は首のあたりを押さえて、あざ笑うかのように鼻を鳴らした。


「ドワーフの皮膚は屈強にして堅固! そんな刃が通るかよ」

「じゃあ、追加しよう。

 これは死ぬかもしれないから使いたくなかったんだけど。

 そこまで言うなら、耐えてみせろ」


 俺はメラメラと燃え盛るナイフに、再び手を添える。

 そして、莫大な魔力を使い上位魔法を詠唱した。


「燃え上がるは修羅の業火。

 災い来たれ火炎の導き――『イグナイト・ヘル』」


 最終試験で壁をぶっ壊した魔法だ。

 それを詠唱によって強化し、再びナイフに纏わせる。


 外部には全てを焦がし、なおかつ消えない不滅の炎。

 内部には地獄を思わせる、異常な熱を込めた炎神の灯。


 立て続けに魔法を使ったからか、眼の奥が痛む。

 だが、それすらも今は治癒効果で打ち消される。

 いける、このまま突っ込む。


「らぁああああああああああああああ!」


 先ほどより加速して、一気に空を翔ける。

 そして鉈をかいくぐり、再び鎖骨付近にナイフを突き立てた。

 まずアストラルファイアが更に表面を焦がし、耐久度をそぎ落とす。

 その上で、イグナイト・ヘルが痛覚の限界を超えた苦痛を与える。

 その同時攻撃が、強烈な破壊力を生み出した。


「ぎ、ぎゃああああああああああああああ!」


 男がついに悲鳴を上げる。

 どれだけ硬い皮膚でも、この業火は耐え切れないだろう。

 これを耐えれるのは、せいぜい火に強いドラグーンくらいのもの。

 ついにナイフが体内へ侵入する。


 よし、ここだ!

 同じ魔法を短い間隔で使うと、通常の数倍の反動を受ける。

 だが、構うものか。

 俺はこみ上げる吐き気をかなぐり捨て、一気に詠唱した。

 今度は、普通の属性魔法として。


「もう一回――『イグナイト・ヘル』!」


 刹那、男の体内で異常な爆発が起こった。

 ドワーフ特有の皮膚が内部から赤く染まり、白目をむく。

 どれだけ外が強くても、こうして中から崩されれば一撃だ。


 ドワーフってだけで上等な存在だと思うな。

 こうして人間に駆逐されることもある、ただの一種族だ。


「か、はッ」


 だが、そこはラジアスが雇った暗殺者。

 何とか意識をつなぎ止め、土の中に潜った。

 全身を焼かれながらも、逃走をとっさに選択できるなんてな。

 流石に、ラジアス家が雇った暗殺者なだけはある。


 男が移動する度、かすかな揺れが響いてくる、

 追撃はできないが、向こうも完全に牙は折れた。

 地の底の音源は、徐々にジークの邸宅の方へ去っていく。

 

 勝った。

 完全勝利だ。

 これを楽勝と言わず何という。

 よろめく身体を引きずって、二人の元へ戻った。


「どうだったよ、楽勝だったろ」

「オレの主観だが、楽勝ならそんな青ざめた顔はしないだろう」

「レジス、大丈夫!? 顔が土色だよ!」

「はは、戦ったのがドワーフだけにってか」


 ああ、やばい。

 いつもの寒い語り口が、輪をかけて酷い。

 原因はわかってる。

 二度目のイグナイト・ヘルで、借りた分の魔力を使いきってしまった。


 さすが上位魔法。連発したら一瞬でグロッキーだ。

 目の前がかすみ、心臓が早鐘を打つ。

 これはもう、ダメだ。

 意識を、保っていられない。


「……悪い。ちょっと、頑張りすぎた」

「おい、レジス! 何寝ようとしてるんだお前!」

「早く逃げようよ!」


 二人が急かすものの、指一本動かせそうにない。

 治癒が効いてたとはいえ、さすがに骨折や裂傷までは治らなかった。

 その上、魔力が完全に枯渇している。

 無理のしすぎだ。


 二人の声をよそに、俺は深い場所に沈んでいく。

 最悪のタイミングで失神してしまう。

 まだ、倒れるわけには行かないのに。

 だが、身体が重い。動かない。



 ――守ら、ないと



 その思考を最後に、俺の意識は閉塞を迎えたのだった。

 

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