第十二話 王国の腐敗
――レジス視点――
何てこった。
今になって、エリックが何故怒ったのか分かってきた。
十中八九、あいつは貴族に対する恨みで動いてるんだ。
俺が王都三名家と話していたから、酷く不愉快になったんだろう。
しかし、それに加えてもう一つ。
多分あいつは、俺に何かを隠している。
その上で、何かを企んでいるのか。
終始挙動が怪しかったしな。
特に、ローブがめくれてからの目つきには鬼気迫るものがあった。
普通ならば、あそこまで視線で詮索してこないだろう。
臭う、臭うぞ。
ここで俺がどう動くかで、BADエンドかハーレムENDかが決まるのだ。
ナイスボートは嫌だぞ俺。
ゲーム脳の利点を、今こそ活かすんだ。
定番の動きで行くなら、ここはエリックの過去を調べるべきだろう。
本人が嫌がっているようだが、ここで諦めてはストーカーの名折れ。
出来れば可愛い女の子について調べたかったが。
文句は言うまい。
このまま放置していると、とんでもなく悪い結末を迎えてしまいそうな気がする。
というわけで――
「アレク。過去の偉人の言葉を借りて、魔法を使うことなんて出来るのか?
エリックって奴が、妙な魔法を使ってたんだが」
「何じゃいきなり」
ここは研究棟の一角。
この学院には、東西南北にそれぞれ研究棟が建っている。
危険または高難度な実験をしたい学者は、
王都三名家が運営する研究棟に集まっているらしい。
ちなみに今いる場所は東棟である。
余談だが、こことは反対に位置する西の研究棟は、今は閉鎖中。
ラジアス家の鶴の一声で、数年前から進入禁止となった。
研究棟は、それぞれ王都三名家が個別に所有していて各々不可侵である。
北と西の研究棟はラジアス。
南はホルトロス。
東はシャルクイン。
王都で名の高い研究者が、そこで日夜しのぎを削っているのだとか。
そして、我が師匠であるアレクは、薄暗い部屋の中で古文書をひっそり読んでいた。
うーむ、影が薄い。
俺の唐突な質問に、アレクは考えこむ。
しばらくの沈黙の後、重い口を開いた。
「それは恐らく、引用魔法じゃな」
「引用魔法?」
「少し前に確立されて話題を呼んだ特殊魔法じゃ。
属性に依存せず、過去に生きた英霊の言葉を借りて、魔法を行使するのじゃ」
トリッキーな魔法だな。
なるほど、エリックが使っていたのは、比較的新しい魔法だったのか。
あいつが最終試験で使用した魔法。
それを発動した時、最後に人名を言ってたな。
エドワード・アルヴィンだったか。
十六国時代の軍略家だ。
多くの著書が残っていて、今でもその人気は高い。
あの時は、そいつの英霊の力を借りたってことか。
「でも。今までそんな魔法、聞いたことがないんだけどな」
「当然じゃ。その魔法は爆誕してから数年で、すぐさま禁忌として研究が禁止された」
「禁止だと?」
「適性と熟練の高い者が使えば、英霊を揺り起こす可能性があるのじゃ。
それに引用魔法は、発明した人物が異種族じゃった。
人間に仇為すやも知れん者が、強大な力を手に入れたら、高位貴族の格好の標的じゃ」
ああ、上からの圧迫で封印されたのか。
それなら俺が知らなくても納得だ。
俺の質問で、記憶が蘇ってきたんだろうか。
アレクは思い出したように手を打った。
「ふむ。どこかで聞いたことがあると思ったのじゃが。
エリックという少年、恐らく10年前の『異端虐殺』の被害者じゃろう」
「いたん、ぎゃくさつ……?」
なんだそれ。寡聞にして知らんぞ。
随分と画数の多い字の集合体だな。
王都で起きた事件なんだろうけど。全く耳にしたことがない。
「ああ、知らんのも無理はない。
なにせ当時、ラジアス家が事件を握りつぶしたのじゃから」
「ラジアス家が、ねえ」
そこから、アレクの説明が始まった。
事件は10年前。
国が優秀な研究を表彰する祭典の寸前に起きたらしい。
その祭典は国を挙げての祝勝会みたいなもので、
讃えられた人物は名誉を得る絶好の機会なのだとか。
シャディベルガが抱えてる研究者も、その祭典に向けて頑張ってたな。
まあ、とても精神が正常じゃなさそうな人ばっかりだったけど。
超難解魔法概論者に、氷魔法の偏執狂に、鉱石物の偏愛者だったか。
凄いな。
あの面子が進めた研究で、以前に大臣に褒められたことがあるんだぜ。
研究者に常識は必要ないということか。
ただ、倫理だけは備えておいて欲しいな。
知っての通り、研究者は貴族の庇護を受けて活動をしている場合が多い。
故に、もし雇っている研究者が表彰された場合、雇用主である貴族も称賛を得る。
だから、基本的に研究者と貴族が二人三脚で成功を目指しているそうだ。
掻い摘んで言えば、両者の利点が一致していることになる。
ここで、この王国の腐敗度が混沌を生む。
勝てば官軍、弱者に人権は無し。
祭典が創設されて以来、研究者の暗殺や施設の破壊など、とんでもない悪行が横行した。
その中で最も激しかったのが、10年前の異端虐殺らしい。
当時ラジアス家が雇った研究者が、人体実験と魔兵器の改良で脚光を浴びた。
まず間違いなく、祭典で最優秀者に選ばれる。
誰もがそう確信していたらしい。
そんな時、ある学者が新魔法を創始した。
かつて大陸に存在した英雄たちの心に触れ、
言葉を借りる事によって魔法を発動させる。
――通称・引用魔法。
それが学会で発表されるやいなや、一気に最優秀者候補になった。
当時彼はフリーな研究者だったので、周りの貴族が躍起になって招こうとした。
しかし、彼は『誰の力も借りない』と言って、貴族の援助をすべて断ったそうだ。
つまり、どこの貴族の家にも所属していなかった。
このままでは、ぽっと出の無所属研究者に最優秀の栄誉が与えられてしまう。
研究者を擁する貴族たちは、辛酸を嘗めさせられたそうだ。
そして、そこでラジアス家が動いた。
ある日、ジークの父親は己の邸宅に、学院内で働く優秀な研究者を集めた。
祭典を前にしての宴会だったらしい。
引用魔法を大成した学者も、その宴会に招かれた。
彼は別に、研究費用をもらっているわけではない。
ラジアスはライバル達を多くを抱える家なので、むしろ敬遠したかった。
しかし、学者は研究施設としてラジアス家の研究棟を使っていた。
仕事が出来る場所を借りているのは事実。
誘いを無下には出来ない。
結局、その研究者は宴会に出席したらしい。
彼の大切な家族を連れて、毒牙に満ちた鬼門へ足を踏み入れた。
そしてその時――事件は起きた。
いきなりラジアスの私兵が、研究者に斬りかかった。
抵抗する暇も与えず、そのまま研究者を惨殺した。
それをかばった妻も、同じく殺したそうだ。
晴れがましい場で起きた、凄惨な事件。
普通であれば、ラジアス家が非難を浴びて当然である。
しかし、その研究者の胸元に『ある刻印』をあるのを見つけ、誰も口を開けなかった。
ドラグーンの刻印だ。
ドラグーン。
人間に仇為す野蛮な存在。
竜を使役し、戦場を駆る戦闘種族。
なるほど、貴族からしてみれば排除対象以外の、何物でもなかったわけだ。
その後、ラジアスは毅然とした態度で、己の正当性を主張した。
領内に無断で侵入した異種族を、排除しただけ。
しかも、その異種族はドラグーン。
殺さなければ、いずれ王国に害を招いただろう。
厚顔無恥にも、そう宣言したのだ。
誘いをかけておいて。どの口がそれを言う。
しかし、事件が起きたのは学院の中。
言うなれば、ラジアスの庭である。
すべての研究者たちは口を閉ざし、その事件を闇に葬った。
入念な隠蔽工作の結果、一部の研究者を除いてその事件を知る者はいないという。
それこそ、事件から10年が経過した――今でも。
「――という訳じゃ」
「ちょっとまず一つだけ突っ込ませて欲しいんだけど、まあいい。
……とりあえず、頭の中を整理するから待ってろ」
要するに、ラジアス家が私欲で、研究者の一家を抹殺したってことか。
なるほど。
ホルゴスと近しい連中だとは思ってたけど。
ドゥルフと同等、もしくはそれ以上の鬼畜さだ。
相当にタチが悪い。
王国内に、そこまで危ない貴族がいたのか。
こういう連中が下を虐げてるから、俺たちが没落状態から脱却できないんだ。
まず官位の独占をやめろと。
シャディベルガは明らかに、労働力と報酬が見合っていないんだぞ。
過去の事件――異端虐殺。
本当に王都は暗い過去が渦巻いているな。
しかし、いくつか疑問が残る。
「で、その隠蔽された話を、なんでアレクは知っているんだ?」
「招待された研究者の中に、知り合いがおったのじゃよ。
後にそやつから聞いたのじゃ」
「……そうか」
「どうした。急に押し黙って」
「――この王都にも、まだそんな手を使う奴がいたのか」
なるほどな。
今の話でつながった。
恐らく、殺された研究者の息子が――エリックなんだろう。
エリックの胸に見えた烙印。
アレは間違いなくドラグーンの証だ。
自分の父親を、とんでもなく下らない理由で殺された。
王都に蔓延る貴族の手によって、容赦なく突き落とされた。
どれだけ復讐しようと願っても、手の届かない高みにいる存在。
……ああ、やっと分かった。
エリックが持つ、凄まじい貴族への恨み。
それは全て、異端虐殺が引鉄になっていたんだ。
しかし、いくらラジアスが恨めしいからといって、
どうして全ての貴族に憎悪の念を向ける?
もちろん、その一件の衝撃が大きかったからかもしれない。
家族を皆殺しにされて、
貴族の全てを拒んでしまうようになったのかもしれない。
でも、それでもだ。
その場合、恨みの矛先が向くのはラジアス家だけなんじゃないか。
「なあ、アレク。その一件は本当にラジアスだけの陰謀だったのか?」
「……ふむ、これは伝聞じゃから確証はないのじゃが。
汝は何やら、数日前に辺境の高位貴族を叩き潰したらしいの」
「数年前な。どんな時間感覚してやがるんだ。
ホルゴスだよ、ホルゴス。当時の領主はドゥルフだ」
「ああ、そうそう。そのホルゴスなのじゃがな――」
話によると。、ドゥルフには下卑た趣味があったらしい。
それは女色よりも尚タチが悪い、犠牲を必要とする娯楽だった。
奴はドラグーンを殺害し、残骸で家具や武具を作っていたらしい。
ドラグーンは激昂状態になると、皮膚が硬質化して竜のようになる。
いわゆる『種族能力』だ。
その状態になると、炎や衝撃に強い耐性を持つようになる。
エルフやドラグーン、ドワーフなどにも備わった特殊な身体能力。
エルフは確か、行動の迅速化と、更なる五感の発達だったか。
ドラグーンの皮膚は、硬質化した時の色彩が美しいので貴族間での人気が高い。
中にはそれを剥ぎとって、武具の素材にする奴もいるとか。
そこで、思い出すのは相対した暗殺者――シュターリンだ。
アレは竜の鱗で作ってると思ったのだが。
――我が装備しているのは、『灼炎竜の鱗鎧』。
その名前から察するに、使用している素材は竜のもの。
しかし思い出してみると、あれは竜の体表と言うよりも、
むしろ人間っぽい、或いはドラグーンの皮膚に似た物だった。
ここまでくれば、答えは一つ。
あいつらは竜だけでなく、激昂状態のドラグーンを虐殺して、
それで武器や防具を作って楽しんでいた。
その結果が、シュターリン兄弟の着ていた耐熱・耐雷の鎧というわけだ。
そして、ここにアレクの話がつながる。
ドゥルフは10年前、当時のラジアス家に次のような頼みをしたらしい。
『ドラグーンの素材が足りない。収集を手伝ってくれ』と。
それを聞いたラジアス家当主は、二つ返事で了承したそうだ。
奴は当時、あるドラグーンを殺そうと考えていた。
それがエリックの親父だ。
祭典の最優秀者と素材。
二つの欲望がつながった結果、異端虐殺は引き起こされた。
アレクは『あくまで伝聞じゃからの』と念を押していたがまず間違いなく真実だろう。
当時まだ幼かったエリックからすると、次のように見えたわけだ。
――貴族がよってたかって親父を殺した。
なるほど、貴族そのものを憎悪するのも無理はない。
腑に落ちた気分だった。
「……なるほどな。俺の知らない所で、犠牲は増え続けてるんだな」
「それが王国の現状じゃ。そして、この学院はその縮図でもある」
「王国から差別はなくならないのか?」
「知らん。じゃが少なくとも、他種族に邪念を抱く者がいるのは事実じゃ。
そいつらが死に絶えるか改心せん限り、絶対になくならんじゃろうな」
「そうか」
俺は静かに頷いた。
少し、ショックを受けた。
どうやら思った以上に、この国の中枢は酷いことになっているらしい。
「教えてくれてありがとう、アレク。じゃあ俺、寮に行くから」
「おお、気をつけるのじゃぞ。相部屋が高位貴族にならんよう、祈っておくのじゃ」
是非そうしてくれ。
寮は規則上、二人で一つの部屋を使うことになっているんだ。
もちろん、原則としてルームメイトは同性。
キャッキャウフフな展開は期待できないだろう。
しかも、相部屋になる奴は無作為に決められるらしい。
だから、下手をすれば高位貴族様とご対面だ。
テンションが下がってくる話だが、仕方ない。
頼むから、下位貴族を蔑む連中と一緒になるな。
王都三名家なんて、もっての外だ。
ミレィと当たる心配はないだろうけど、他はありうる。
まだ見ぬルームメイトに戦慄しながら、俺は寮に歩いて行ったのだった。
◆◆◆
寮は全部で、第一寮から第十寮まである。
その内、一から六までが男子寮。
七から十までが女子寮だ。
ちなみにイザベルは第七寮に宿泊するらしい。
そしてこれは、さっき知ったことなのだけど。
王都三名家やそれに準ずる貴族は、格段豪華な所に振り分けられているらしい。
奴らは寮という安っぽい施設でなく、特別な建物に一人で住んでいるみたいだ。
特に顕著なのがラジアス家とその取り巻き。
とりわけラジアスは、学院内に私有地を有しているにも関わらず、
更に別に邸宅を建ててそこに住んでいる。
他の王都三名家は、普通に自分の私有地に寝泊まりしているらしい。
そこは授業をする棟にも近く、多少寝坊しても間に合うこと間違いなし。
うらやましいな。
寮は全て中央部から離れた地区にあって、徒歩で十分以上掛かるのに。
何という格差だ。
ちなみに、俺の入る寮は第二寮である。
で、今その建築物の前に来ているのだけれど。
この寮、無駄に歴史だけはあるみたいだ。
表札が腐食してるもん。
なかなかないよ、こんな終末物件。
この無駄なクオリティは何なんだ。
疑問を感じながら玄関を突破する。
すると、妙に屋内全体が涼しかった。
歩いてだるさを訴える身体を、ゆっくり冷やしてくれる。
上を見ると、木製のダクトから冷風が噴き出していた。
……この空気、少し魔素が混じってるな。
水魔法か何かで、温度を調節してるのか。
そう言えば、食堂も妙に涼しかったな。
あそこにも、この設備が配置されてたのか。
どこで制御してるんだろ。
魔法も便利な使い方ができるものなんだな。
頷きつつ自分の部屋へ。
二階の13号室のドアを開け、無造作に中へ入る。
おお、やはりこの部屋も涼しい。
快適な空間じゃないか。
ところで、だ。
話は変わるのだが。
俺ってほら、信心深い方だから。
結構、神様とか奇跡の存在を信じちゃう方なんだ。
死ぬ時も神への祈りを欠かさなかった男だし。
そう思うと俺ってかなり従順な信徒だよな。
ピンチになるといつも神に願っちゃうもん。
困った時の神頼み、人はそれを寄生という。
俺の得意技だな。
それにしても、俺の神頼みの精度は凄いな。
思わず涙が流れてくる。
まさか、最高の部屋割りをしてくれるなんて。
「そう思わないか?」
「…………」
ここは俺と、もう一人のために用意された部屋。
そう、そこには――うんざりした顔をするエリックの姿があった。
彼は死ぬほど俺に会いたくなかったようだ。
そんなエリックを無視して、俺は感動に浸っていた。
地面に跪いて、目尻の涙を拭う。
「……良かった、本当に良かった。
コミュ力の無い俺が、初対面の奴と一緒にされたらどうしようと。ずっと不安だった」
ハンカチ的な布で涙を抑える。
高位貴族ばっかり合格してたから。
てっきりルームメイトは嫌味な奴だと思っていた。
それがどうだ。
俺の同室者はツンデレ系男、エリックだ。
もはや心配事は何もない。
だが、エリックはひたすら俺をうざったい視線で見てくる。
睨むなよ、萎縮しちゃうだろ。
俺は荷物を置くと、部屋を見渡した。
ベッドが部屋の両脇に二つ。
机が二セット用意されているが、あまり狭さは感じない。
さすが王都一の学院。
設備にも金をかけてやがる。
でも、できれば改築くらいはして欲しかったな。
部屋の壁、所々に穴が開いてるんだけど。
辺りを見渡していると、エリックが苛ついた声で吐き捨ててきた。
「……ちょっと外出てろよ。着替えたいから」
「野郎同士だろう。気にすること無いんじゃないか」
「……二度は言わねえぞ」
「そう言われると逆らいたくなる」
「……出、て、行、け」
指をベキベキと鳴らすエリック。
目が本気だ。すごく好戦的だな。
どうやら、そこまでしてオレに着替えを見られたくないようだ。
まあ、理由はなんとなく想像できるけど。
「分かったよ」
詮索はしないでおこう。
大人しく外に出る。
その時気づいたのだが、エリックのローブからは血の匂いがしていた。
狩猟でもしてきたのかってくらい、濃厚に血潮の芳香が漂っている。
この学院に狩れるような魔物はいないだろう。
ということは、ハンティングしたのは別の何かか。
動き出してきたな。
こいつがこれから、何をしようとしているのか。
そしてそれがどんな結末を迎えるのか。
なんとなく予想できる。
でも、それを達成する手段を、これから講じなければならない。
でないと、エリックが結末を迎えてしまう。
そしてそれが、俺の見たい結末でないことは確かだ。
少し、世話を焼かせてもらおうか。
俺としても気になることがあったので、寮の外へ散歩に出かけたのだった。
◆◆◆
まさか、ここでもこの看板を見ることになるとはな。
今俺がいるのは、寮の近くにある購買ストリート。
生徒の数が多いので、いたく繁盛している様子だ。
そんな中に、新装オープンしようとしている店があった。
エドガー魔法商店。
荷運びを済ませた店主が、せっせか商品を運び入れていた。
「エドガー、もう来てたのか」
「おお、レジス。
聞けば、かなりハチャメチャな結果で受かったらしいじゃないか。
それも200年ぶりのSランク判定を出して、だっけ」
「偶然だよ。あの壁が殴られすぎて老朽化してたんだろ」
隕石を受けても、動じることなくそびえ立つ壁だったけどな。
あの最終試験で、何人の受験生が涙を飲んだことか。
知らんけど。
「それで、何の用かな。何か理由があって来たんだろう?
いや、もちろん理由がなくても来ていいけど。というか毎日来てくれると嬉しいな」
「いや、一つ相談したいことがあるんだ」
エドガーからの殺人パスを華麗に回避。
こいつのペースに飲まれたら色々とやばい。
エドガーは俺に意識を向けながらも、重そうな魔法書を積んでいく。
まさに一心不乱。
早めに開店しようと努力しているのだろう。
いい商人魂だな。
時間を取って水を差すのも悪いし、単刀直入に質問した。
「もしこの学院の最高貴族を殺そうとする場合、エドガーはどうする?」
「は?」
エドガーの目が点になる。
気の抜けた返事を返されてしまった。
抱えていた本を取り落とし、俺の言葉に耳を傾けてくる。
「いやだからな。もし最高貴族を間引こうとしたら、お前ならどう動くのかって」
「……本気で言ってるのか?」
「もちろん。安心しろよ。俺はそんな強硬手段なんて取らないよ」
「……なんだ。つまらない」
「そこでがっかりするお前が怖いわ」
必死になって止めてくるのかと思いきや。
俺がなにか仕出かすんじゃないかと、期待してやがったな。
だが残念。
今回は、あまり派手に動くつもりはないんだ。
できるだけ穏便に済ませたい。
「じゃあ、傭兵の仕事だと思ってくれ。目標はこの学院の最高貴族。
仮想敵は、そうだな……『ジーク・ハルバレス・ラジアス』にしておくか。
どれだけ犠牲が出ても、顔が割れても問題なし。
むしろ最後は自分もろとも壊滅させる勢いだ。
そんな条件下で、お前だったらどうやって任務を達成する?」
「ふ、懐かしいな。昔はよく無茶な作戦を立てたりしたものだ。
いいだろう、詳しく話をしようじゃないか。
話の内容もここじゃなんだし。上がってくれ」
ビッ、と店の奥を指し示して来るエドガー。
他意はないんだろうけど。
こいつの口車に乗って、密室空間に行っていいものだろうか。
友人に襲われて大切な物を喪失、なんてことになったら目も当てられんぞ。
こいつも可愛さが凄いんだから、妙なアピールをするのはやめて欲しい。
反応を迫られると色々困ってしまう。
まあ、傭兵を務めた奴の意見も聞いてみたいし。
とりあえず上がっておくか。
彼女の後を追って、新品の匂いがする店内へ入った。
残念な点は色々とあるが、そこは百戦錬磨のエドガーだ。
大船に乗った気持ちでいるとしよう。
「そこに座っていてくれ。今ちょっと一杯やれるものを持ってこよう」
ああ、ダメだ。泥船だよこれ。
だから、昼間から酒を飲もうとするなよ。
いつかの酒場の一件みたく、また泣くハメになるぞ。
庶民が月一の楽しみくらいで口をつける嗜好品を、
水代わりに消費しようとするんじゃない。
「よし、お前こそ座れ。酒はいらん水もいらん。
さっさとお前の意見を聞かせてもらおうか」
「陵辱から始まる恋もあると思う」
「何の話だ?」
「いや。恋愛観の意見、かな?」
「『かな?』じゃねえよ。誰がそんな意見を述べろって言ったよ」
しかも今サラリととんでもないことを口走ったな。
お前と俺は色々と趣味が合わんようだ。
恋愛モノはやっぱり純愛に限る。
ドロドロしたものや、欲望にまみれた恋は良くないと思うんだ。
うん、さんざん前世で変なゲームやってた俺が言えることじゃねえな。
エドガーは戸棚から色々なものを引っ張り出してくる。
そして、この学院の地図をテーブルの上に広げた。
「これは学院の地図だ」
「相変わらず広いよな、ここって」
王都のど真ん中に建てられた教育施設。
目的と理念は、『王都を守護する勇士の育成』と『優秀な研究者の育成』。
今活躍する著名な研究者は、ここの出身であることが多い。
推薦制度が数十年前に始まってから、その傾向が顕著だ。
さすが先々代国王。
あんたが作った制度で多くの研究者が排出されてるぞ。
統治者としては理想の人だったみたいだな。
「で、王都三名家の一人であるジークを殺す場合、どう動くかを知りたいんだったっけ」
「そうだ。まあ、ジークっていうのはあくまで例だぞ」
嘘だけどな。むしろ本命だ。
詳しく言うとややこしくなりそうなので、現段階では黙っておく。
エドガーはまず、地図の左上を指さした。
そこには、見たこともない施設名が乗っている。
「ここがどういう所か分かるか?」
「えーっと、『魔素供給所』……ってなんだ」
魔素は知ってるけどな。
空気中に存在する魔力の素のことだ。
それを身体の中に貯めこんで、人は魔法を使っている。
だけど、この施設が何なのかは皆目検討がつかない。
「ここには、学院全体に魔法を拡散させる設備がある。
主に快適な学院生活を助けるためのものだな」
「ひょっとして、部屋が涼しかったりするのはこれのお陰か?」
「そうだ。水魔法の冷却効果を拡散させて、学院全体を冷やしているんだ」
なるほど。
素晴らしい試みだな。
その設備を発明した研究者に、礼を言いたいレベルだ。
ディン家の屋敷は換気に気をつけないと、すぐに温度が変動するからな。
こうやって安定させられるのは凄いことだ。
エドガーは地図を指さしながら、淡々と説明を続ける。
「まずこの魔素供給所に忍び込み、学院全体に強力な魔法を拡散させる」
「盛大に一般人も巻き込みそうなんだけど」
「それは当然。一般人どころか、下手したら学院中の人間が死に至るぞ。
油断してる所に、いきなり上級魔法だからな」
「……ふむ、やり過ぎな気もするが」
「や、やり過ぎ?
れ、レジスが『どれだけ犠牲が出てもいい』って条件を出すから言ったのに」
「ああ、悪い。続けてくれ」
いきなり萎れかけるエドガー。
彼女は心配そうに俺の表情を伺ってくる。
「れ、レジスが訊いてくるから答えてるだけで。
あたしは普段そんなに凶暴じゃないからな?」
いや、わかってるって。
お前のスイッチが入るのは大剣を握った時だろう。
暴力的だと思われるのが、あんまり好きじゃないんだな。
覚えておこう。
エドガーはしばらく頬を赤らめていたが、咳を一つして地図に視線を落とした。
「次に、混乱状態の学院内を突っ切って、ジークのもとに向かう」
「何? 魔素供給所からの無差別攻撃で十分じゃないのか」
「甘いな。この学院では、たいていの高位貴族が魔法を軽減するローブを着ている。
そういう危機を見越して、ちゃんと向こうも準備してることが多いんだ」
「……あー、確かに」
そう言えば、ジークも変な魔法陣が書かれたローブを着てたな。
俺がうっかり台無しにしちゃったけど。
仕方ないよな、ちゃんと警告はしたんだから。
でも、多分あのレベルの貴族なら、ローブの一着や二着、替えが効くだろう。
「ラジアスの邸宅は、幸運にして魔素供給所に近い。
一気に急襲をかけて、側近ごと叩き切れば終わりだ」
どうだ、と誇らしげに胸を張るエドガー。
おお、胸が。胸が強調されて直視できない状態になってるぞ。
てか今、俺達って人に聞かれたら粛清されそうな話をしてるよな。
この魔法学院で最高の権力を持つ一家の御曹司を、どう殺すかなんていう議題。
物騒にも程があるな。
でも、放置してるともっと物騒なことが起きてしまうのだ。
「なるほど。動くとしたら夜か?」
「当然だ。昼は見張りが多いからな。
魔素供給所は、学院の中でも一位二位を争う厳重さなんだ」
それは当たり前だろうけどな。
学院全体に魔法を拡散することが出来るんだ。
悪人がクーデターでも起こそうとしたら、間違い無くそこを襲うことだろう。
警備レベルは最高潮のはず。
「そこを普段警備してるのは、高位貴族が雇った魔法師たちらしい。
一人一人が相当強いみたいだ」
「ふむ、やっぱり貴族は保身が大事なんだな。色んな意味で」
俺は特に守りなんて考えないけどな。
ノーガード戦法で敵を打ち砕きに行く所存だから。
そして接敵前に殺されるのがデフォだ。
FPSゲームは致命的に俺に向いてなかったな。
とりあえず、聞きたいことは聞けたか。
「ありがとう、エドガー。おかげで対策ができたよ」
「そう言ってくれると嬉しいな」
「あと、今日の夕方までに調べて欲しいことがあるんだけど。いいか?」
「ずいぶん急だな。まあいいぞ。何でも言ってくれ」
エドガーは首を俺の方に傾けてくる。
耳打ちしろとのことらしい。
誰も聴いてないんだから普通に聞けばいいのに。
仕方がないので、耳元で用件を伝えた。
「――ラジアス家の邸宅と、『炎鋼車』についてを詳細に報告して欲しい」
「……ひぁ」
「気持ち悪い声を出すな」
「いや、耳に吐息が当たるのが気持ちよくてな。
失敬、お前の頼み、聞き届けよう。準備をするからしばし待ってくれ」
俺の言葉を聞くやいなや、エドガーは支度を整え始めた。
開店前の作業をしていたところだったのに。
悪いな、でも事は急を要するんだ。
エドガーは仕事道具を身にまといながら、俺の方を振り向いた。
「レジス、一つ聞きたいんだけど」
「どうした?」
「さっきの話は、『お前』か? それとも『他の誰か』か?」
神妙な顔をしている。
俺が馬鹿なことを仕出かそうとしてないか、確かめてるんだろう。
あんな話をしたんだ。そりゃあ誰だって勘付くか。
「もちろん後者だよ。止める側だ」
「だろうな。安心したよ。その時、私も手伝おうか?」
「いや、大丈夫だ。俺一人で十分。
それにこれは、一対一でじゃないと通じない話だと思うから」
「そうか」
そう。
もはや止められない所まで、事態は進もうとしている。
現場を押さえていないから、断言は出来ないけど。
これでラジアス家に動きがあれば、間違いなく決行は近い。
強者に食らいつこうとする大鼠と、おびき寄せて完全に根を絶とうとする強者。
どっちが勝つかは目に見えている。
だから、その両者に勝ちを与えない。
誰も勝たず、ただ負けるだけ。
それを達成するには、俺がぶち壊さなきゃダメなんだ。
しつこいと思われるだろうが、もう一度だけ挨拶しておく必要があるな。
さすがにもう、洗い終わっているだろう。
となれば、最後の仕上げだ。
エルフに協力を仰ぐとしようか。
それですべての準備が完了する。
「じゃあ行ってくる。連絡はテレパスでいいな?」
「いいぜ。俺がメガテレパスで繋ぎ直すから、とりあえずテレパスをくれ」
「ん、了解だ。それと、気をつけてくれ」
「分かってるって。そう心配そうな顔をするなよ」
「うう……でも、お前に何かあったらと思うと」
エドガーがオロオロしながら手を握ってくる。
どれだけ弱いと思われてるんだ俺は。
でも、エドガーの心を痛めさせるのは嫌だな。
こいつは大切な友達なんだから。
俺は肩の力を抜いて、エドガーに微笑みかけた。
「お前を残して死んだりするわけ無いだろ。
無傷でピンピンしながら帰ってきてやる。約束だ、エドガー」
「ああ。行ってこい、レジス!」
「了解ッ!」
可能な限り、力強い返事をした。
そして、俺は商店から飛び出す。
見てろ、どうやってこの不毛な諍いをぶち壊すかを。
俺は一つの決意をして、仕上げを行う場所へ向かったのだった。