第七話 魔力の残滓
学院の門を越えると、雰囲気がかなり変わった。
先程までは和やかな喧騒で辺りが満ちていたのに。
この場所は今、かなりピリピリした空気になっている。
まあ、試験の時は皆こんなものだろう。
試験を受ける紳士淑女たちが、学院内にひしめいている。
こいつらに紛れて、小柄なアレクを見失ってしまいそうだ。
それにしても、だ。
明らかに、周囲の視線が俺に集まっている。
ヒソヒソと、俺を見ながら仲間内で話しているグループもいた。
十五歳で試験を受けるのが珍しいのだろうか。
「……の没落……でしゃばりやが……帰れば……のに」
「……ホルゴスを……打倒し……に乗っている……」
「……すぐに化けの皮……しょせん没落……だろう」
いや、年齢で注目を浴びているわけじゃなさそうだ。
恐らく徒党を組んでいるのは、王都出身の御曹司たちだな。
ロクな爵位を持っていない貴族に、何の用があるんだろうか。
見世物にされてるみたいで、あまりいい気分じゃないな。
「くく、羽虫のざわめきに耳を貸すでない。
己に自信のない者ほど、口がよく動くものじゃ。
我輩のような選ばれしエルフは、微動だにせず耳だけ動かす」
「すまん。エルフの常識を持ちかけられても困るだけだ」
確かに、アレクの耳は常に音のする方向に向いている。
エルフの敏感な五感をフル活用しているのだろう。
しかし、ピクピク動く耳が目に入っていると……何だかこう。
ムラムラするな。
思い切り触ってみたい。
怒られてもいいから、心ゆくまで触れてみたい。
とはいえ、逆鱗に触れたら殺されそうだ。
ここは涙を飲んで、見るだけに留めておこう。
俺の前を大股で歩いて行くアレク。
すると、一部の受験生が驚きの声を上げた。
彼女の顔を確認し、次々と情報を伝えていく。
「……おい、あの少女」
「ああ、二百年ぶりに属性別の試験でSランクを出した奴だ」
「彼女以来、誰もその記録を叩き出せていない。バケモノだ……」
無遠慮な視線がアレクに突き刺さる。
しかし、彼女はそれを物ともせずに歩いて行く。
それにしても、聞き捨てならない台詞が飛び出してきたな。
属性別の試験――つまり『属性別魔法適性試験』でSランクを叩き出した?
何だよそれ、俺は一回も聞いてないぞ。
「おいアレク。評価はEからAの5段階評価じゃなかったのかよ」
「そうじゃよ?
人間の物差しで計るのならば、その5段階で十分じゃからの。
しかし我輩は、爆誕せし時より規格外。
人間の雑種を選別する試験で、
Aなどという安い評価なんてつけられたくないのじゃ」
「……ああ、そういう事か」
要するに、おかしなことを試験でやってのけたのだろう。
まさしく人間の所業とは思えない行為を。
雷で試験官を皆殺しにでもしたんだろうか。
まあ、そんなことしたら追放モノか。
でも、それに似た偉業か何かを打ち立てたんだろう。
「そういえば、お前。
大陸の四賢・アレクサンディアだってことが、周囲にバレてないよな?」
受験生の反応は、どこか違和感があった。
アレクがかつて試験で、Sランクを叩き出した存在だと知っている。
だが、その口からは一度も、
『アレクサンディア』や『大陸の四賢』などという言葉が出てきていない。
俺が指摘すると、アレクはローブをはためかせて応えた。
「常に幻惑魔法を纏っておるからの。
その名も『カオス・メモリー・ディスペル』。
人の認識を狂わせる古代魔法の一つじゃ」
ずいぶんと大仰な名前の魔法だな。
認識を狂わせるっていうのは興味深い。
「それを使うと……どうなるんだ?」
「特定の人間を除いて、
他者全てに『異なる自分』を認識させることができるのじゃ。
試験でSランクを叩きだした少女。しかし名前も身元も出てこない。
不思議なものじゃの。まあ、我輩が世を忍ぶために不可欠な魔法じゃな」
……それはまた、尋常でなく凶悪な魔法ですな。
一応、それに対抗する魔法だってあるんだろうけど。
一般人に使ったら、身元を隠して何でもやりたい放題じゃないか。
胸が熱くなるな。
大陸が十六国に分かれていた時代。
そしてその更に前に成立して、資料にすら残っていない魔法。
それを『古代魔法』というらしい。
古代魔法は、必要がないから消えていった魔法でもある。
そして、使えば災いをもたらすために封印した魔法でもある。
まさしくパンドラの箱。
研究の過程で、いくつか古代魔法を修得したんだろう。
「それって俺でも使えるのか?」
「修得からして無理じゃろ。
それに、人間ごときに使える魔法ではない」
「本当かよ」
「試してみるか?
では、我輩がこの『カオス・メモリー・ディスペル』の維持に、
どれだけの魔力を使っているか。実感させてやるのじゃ」
そう言うと、アレクはローブから右手を出した。
俺の胸元に当て、軽く圧迫する。
何だか急に不安になってきたぞ。
心臓を掴み出されたりしないだろうな。
「今からこの魔法の維持に使用するのに等しい魔力を、汝より吸い出す。
気絶しても知らんからの」
「……やめておけばよかったかもしれない」
今になって後悔する。
だけど、もしそれに耐えれたら、俺だって古代魔法が使えることになる。
この8年で成長した、俺の魔法基礎力を舐めるなよ。
特に熟練をな。
アレクは俺を瞳を覗きこんで、不敵に微笑む。
幼さの残る口元から、獰猛な凶暴性を表す犬歯が飛び出している。
アレクは右手に力を入れ、魔法を詠唱した。
「――『ディマイズ・ドレイン』」
唱えた途端、アレクの身体から膨大な魔力が飛び出してきた。
しかし、周囲の人間には分からないほどの、圧縮された爆縮。
この短距離において、アレクが凶刃の一端を振るった。
詠唱を省略し、しかも聞いたこともない魔法で。
ローブの下から溢れ出る魔力が、視界を焼く。
なるほど、このために下着をつけてないのか。
普通の魔法師とは、根本からして違う。
もはや最初から、同じ土俵で勝負していない。
魔力のこもった右手が、俺の心臓付近に触れる。
その刹那、俺の脳内がスパークした。
「……ぎぅ!? ぎ、ぎぐぁあああああ!」
「うるさいのじゃ。近所迷惑じゃぞ」
これは、痛み?
いや違う。
無理やり内蔵を引きずり出されているような、激痛を伴う喪失感。
口にボーリング球をねじ込んだりしたら、この痛みになるだろうか。
抜けてはいけない大切な魔力が、凄まじい勢いで漏れ出していく。
どっと汗が吹き出し来る。
呻く俺を見て、アレクが呆れた声を出す。
「どうじゃ? 分かったじゃろう。
人間が使うのは土台無理な魔法じゃと」
「……まあ、待てよ。俺はまだ、音を上げて、ない」
意識がキリキリと削られていく。
だが、こんなものはしょせん痛みだ。
痛覚を苛められようとも、俺は絶対に屈しない。
これ以上の痛みを、俺は遥か昔に味わったのだから。
やせ我慢する俺を見て、アレクはため息をつく。
まずいな。
調子に乗るんじゃなかった。
正直言って、限界が来ている。
そろそろギブって言おうとしたのに。
痛みで喉がひきつって声が出ない。
このままだと俺ショック死するんじゃないかな。
いや、まだだ。
この目から溢れ出る涙に、アレクはきっと気づいてくれるはず。
可愛い下僕だもんな。
俺が死なないかどうかを、きっちり見て判断してくれるもんな。
「……ふぁーあ。まだ続くのじゃろうか」
あ、これダメだわ。
駄目なパターンだわ。
アレクさん、あくびして天を仰いでるもの。
子供から数秒の間、目を離した結果起きた悲劇――的な流れになりそうだ。
意識が閉塞していく。
あれ、俺このまま死んじゃうのかな。
シャレじゃなくそう思った。
「……汝が異常なことは分かった。
これ以上やると命まで絞りとってしまうのじゃ。やめやめ」
アレクが瞬時に魔法を解除する。
それに呼応して、全身を苛んでいた痛みが収束した。
しっかりと地面に足がついている感覚。
ああ、本当に死ぬかと思った。
ショック死でなく、痛覚神経の使い過ぎで臨終もありえるんだな。
そういえば。
慢性的な痛覚刺激で死に至るって話を、昔に聞いたことがあるような。
都市伝説かもしれないけど、俺の場合まんざらシャレにならない。
膝から地面に崩れ落ちた。
肩で息をして、何とか不快感に耐える。
「……ゼー、ハー。ゲフォッゴフォッ、し、死ねる」
「これでも使えると言うか?
これを我輩は常に発動させておるのじゃぞ。
汝らとは総魔力からして違う」
胸を張るアレク。
完全勝利したような顔をしやがって。
俺はゆらりと立ち上がった。
「何言ってるんだ。
あの程度の痛み、安い指圧マッサージかと思ったぞ。余裕余裕」
「その割には、涎と汗で見れん顔になっておるようじゃが……」
そこは突っ込んでほしくなかったな。
俺が意地を張ってるんだから、せめて合わせてほしい。
今の一連の流れ、周囲の人間には見えてないみたいなんだから。
つまり、周りからは今のがどう見えたか。
答えは簡単。
俺がいきなり地面に這いつくばって、
『ハァハァ』言ってるように見えたわけだ。
しかも幼女の目の前で。
やばい。
シチューション的には悪くないが、
社会的信用がもの凄い勢いで崩れていくぞ。
このままだと職員につまみ出される。
急いで息を整えないと。
そう思っていると、周囲から嘲笑が飛んできた。
「ふん。下賎な者の考えることは分からんな」
「まったくだ。いきなり地面を舐めたりして。己が虫けらだと自覚したか」
「あの賊紛いの男と同じ国出身であることが恥だ」
おお、言いたいことを言ってくれる。
いつもなら煽り返してやるんだが。
今はちょっと体力切れ、もとい魔力切れだ。
俺の調子がなかなか戻らないのを見て、アレクが困ったような顔になる。
「……ちと吸い過ぎたか。
美味い魔力じゃったし、いくら吸っても嫌がらんかったからの。
予定の5倍ドレインしてしまったのじゃ。
よく干乾びんかったの。褒めてつかわす」
「そりゃあ虫の息にもなるよな!
だって普通なら致死量だもの! 死んじゃうもの!」
「ヤケになったら終わりじゃ。我輩が何とかしてやろう」
いや、何とかするって言ったってさ。
俺もう魔力残ってないんだけど。
どれだけ喰らい尽くしてくれたんだ。
この食いしん坊め。
脳髄まで胃袋か。
てか、この状態で試験受けるのか?
もう不合格の三文字しか浮かんでこないんだけど。
カツ丼食ってどうにかなるレベルじゃないよこれ。
そう思っていると、アレクが這いつくばる俺の元にしゃがみこんできた。
そして、白魚のように細く美しい指で、俺の顎をクイッと持ち上げる。
呼吸確保をしてくれるとはありがたいな。
俺が感謝しようとした瞬間、アレクが魔法を詠唱した。
「煉獄ノ美姫ハ口唇デ惑ワス。
移レ魔神ノ悪シキ祝福――『ディープコンタクト』」
彼女の魔力が再び漏れ出してくる。
何をされるのかと身構えた瞬間。
思い切り唇を押し付けられた。
首元に、表皮を食い破られそうな勢いで。
「……ちょ、お前何をッ!?」
「黙っておれ。魔力を返しとる途中じゃ」
俺が逃げようとすると、くぐもった声で制止してくる。
反射的に逃げようとする上半身を。強制的に固定してきた。
ビキビキと、関節が悲鳴を上げる。
そして、更に強く唇を押し付けてくる。
柔らかい。でも、犬歯が皮膚に食い込んで出血してるんだけど。
これ大動脈が切れたらヤバイんじゃないかな。
俺の不安をよそにして、アレクは魔法を続ける。
それに伴い、周囲の目がとんでもなく厳しくなった。
奇異の視線を通り越して、怒りと嫉妬の視線が入り乱れている。
なんだ、何故俺をそんな目で見る。
見てる暇があるなら助けてくれよ。
俺は今、変態魔法師に虐待されてるんだぞ。
引き剥がせこの大バカ者を。
俺にマゾっ気はないので、こんなものは苦痛にしかならない。
しばらく俺の首元を蹂躙していたアレク。
彼女は、ぷはっとビールを飲み干した後みたいな声を上げて離れた。
舌で唇の辺りを入念に舐めとり、乾いた笑いを上げる。
「ほれ、これで魔力は戻ったじゃろう。
ただ、今汝の身体にある魔力には、我輩の魔力も含まれておる。
しばらくの間、我輩の影響を受けるやもしれんな」
「まじかよ! うわああああ! 露出して捕まるのは嫌だぁあああ!」
「……もう一回、空っぽになるまで吸い尽くしてやってもいいんじゃぞ」
不穏なことを言い始めたので、素直に感謝の辞を述べる。
しかし、影響を受けるって何だよ。
怖すぎるんだけど。
「汝は今、一時的とはいえ我輩の魔力を身に秘めておるのじゃぞ?
ありがたく思え、そして敬うのじゃ。
もし影響が出た際、いつもより多くの力が出るかも知れんの」
「お前の無茶苦茶な魔法が使えるようになるってか?」
もしそうなら胸がときめくんだけど。
色々と魔法を活用できそうだ。
しかし、アレクは首を横に振る。
「まさか。ただの魔力の残りカスじゃから、そんな大層なものではない。
しかし、余の全魔力の千分の一程度くらいの力は出せるかも知れん」
「しょぼいな……」
大賢者の力を借りて魔力増幅かと思いきや。
一時的なものなのかよ。しかも、効果は微弱。
役に立つとは到底思えない。
でも、魔力はきっちり返してくれたみたいだ。
身体を動かしてみるに、少し力の漲りを感じる。
よしよし、疲労感も見事に吹き飛んでるな。
一時はどうなるかとヒヤヒヤしたぜ。
「道草を食うわけにもいかん。さっさと先に進むのじゃ」
「ああ、試験会場で会いたい奴もいるしな」
今の所、探し人は二人。
一人は歓迎してくれると思うけど、もう片方は嫌悪するだろうな。
だが甘い、俺が一度ツンツンされたくらいで折れるものか。
ツンデレルートをデレデレルートにするまで、
絶対に他のゲームに浮気しない誠実者だぞ俺は。
『会いに来て頂いてありがとうございます』と挨拶するようになるまで、
アタックを仕掛けてやる。
同年代の男友達とか、今までに一人もいなかったからな。
そういうのに憧れるんだ。
世間一般の人は、男友達と何の話をするんだろう。
経験がないから分からんな。
それは次へのお楽しみということで。
いざ栄光に向かって一歩を踏みださん。
そう思った瞬間、視界の端に何かが映った。
そいつは俺の眼前に立つと、肩をすくめて足を止めた。
周りの貴族達が一気に後ずさる。
俺は奴が持っているレイピアに視線をやる。
違うな……シャルクインじゃない。
だが、一般貴族が持てない高級装備を身にまとっている。
宝石が散りばめられた黄金色のレイピア。
そして、目も眩むような新品のローブ。
何かの魔法陣が組み込まれているのか、
ローブは少し不思議な文様を浮かべていた。
その持ち主は紫がかった白髪をしており、全体的に軽薄な印象を与える。
皮肉が込められた口元は、俺を見て醜悪に歪んでいた。
瞳には仄暗い光が宿っていて、全く心中が読めない。
恐ろしい目だ。狂気すら感じる。
「劣等貴族殿はやることが違いますね。
白昼堂々、道の中央で女性とお戯れですか」
粘りのある声。
人を見下したような態度だ。
その人物は従者を幾人も従え、周りの貴族を押しのけて道を占有している。
「家名を堕とさぬように務めるのが子息の役目。
それが普通であると僕は思うのですがね」
奴は肩をすくめて、周囲に同意を求めた。
今の発言が、正当性のあるものか。
その如何を訊いているのだろう。
すると、貴族達は慌てて拍手喝采を送った。
その通りだと言わんばかりに、手を叩き続ける。
いつか見た、独裁じみた光景。
八年前、ホルゴス家が全く同じ事をしていたように思う。
その家と肩を並べ、悪名で王都に旋風を巻き起こした名家――
王都三名家の筆頭である自覚たっぷりに、その人物は名を名乗った。
「僕はジーク・ハルバレス・ラジアス。
以後よろしく頼みますね。没落貴族のレジス君――」
◆◆◆
イケメンオーラを放ちながら、奴は話しかけてきた。
恐らく、年齢は俺と同じくらいだろう。
ただ、ひとつ言わせてもらおう。
煽りが安い。安すぎる。
それで怒り心頭になる人間なんて、皆無に近いぞ。
ちょっと風刺されたらブチ切れる貴族なら別だけどな。
没落貴族はもう、悪口とは思えなくなってきた。
「……レジスよ。まさか、こんな下らぬことに腹を立てたりせんじゃろうな?」
アレクが分かりきったことを訊いてくる。
心配しなくとも、血生臭い展開に誘導するつもりはない。
大丈夫だよ、俺には秘策があるから。
その名も、開き直ったら終わりの法則だ。
俺は生前、哲学ってなんだろうとずっと考えてた。
そしてある日、遂にたどり着いた。
タレスやアルキメデスに匹敵する真理へと。
大地が生誕せし時より幾星霜。
遂に見つけた言い逃れの真実。
それを開眼した俺である。
口喧嘩において、負ける要素がない。
予め言っておこう。
俺は論破を防ぐ三つの盾を備えている。
この鉄壁の守り、やすやす崩せると思うな。
言い訳だけで前世を生きてきた無職を舐めないで欲しい。
伊達や酔狂で、ニートなんてやってられないんだよ。
俺が何回、次の言葉を念仏のように唱えてきたと思ってる。
『無職でいいじゃないですか』
『誰にも迷惑かけてないじゃないですか』
『無生産でもいいじゃないですか』
これが俺の前世での口癖、ベスト3だった。
この三名言を押し出して、ニート生活を乗り切ってきたんだ。
人生の底辺を這いずりまわっていた俺に、
その程度の挑発が通じると思ったら大間違いだ。
「悪い、聞こえなかった。何て言った?」
俺は白々しく聞き返す。
すると、王都三名家の一人――ジークは眉をひそめた。
しかし、表情に貼りつけた笑顔だけは失わない。
あくまで公衆の面前では上品でありたいようだ。
だが、その顔の裏にはドブ川のように澱んだ欲望が透けて見えた。
友達のホルゴス家がやられてご立腹か。
そこまで結束が堅いのなら、一緒に没落してやればよかったのに。
俺の返答に対し、ジークはため息を吐いた。
「ふぅ、僕の名声もまだまだ低いのですね。
眼中にない貴族に名乗り直すのも億劫ですが、我慢しましょう。
僕の名はジーク・ハルバレス・ラジアス。
この王都を守護する貴族の一角です」
丁寧に二度も名乗ってきた。
そこまでして俺に名前を覚えて欲しいのか。
あまり心象を悪くするのもなんだ、と思ったけど。
こいつに憚ることはなさそうだ。
一欠片も好感を持ってくれてないわけだし。
俺は呆れを全身で表現して、ジークに返答した。
「誰もお前の名前なんて聞いてない。俺はアレクに尋ねたんだ。
また聞き返すハメになると困るから、ちょっと黙っててくれ」
そう言って、俺はアレクの方を向いた。
すると、彼女も付き合いがいい。
丁寧にもう一度言い直してくれた。
「まさか、こんな下らぬことに腹を立てたりはせんよな?」
「もちろん。開始時刻に遅れないように、早く会場に行くぞ」
「合点承知じゃ」
頷き合い、足を進める。
ジークの横を通り過ぎ、従者を押しのけて先へ向かった。
縁があるなら、またどこかで会うことだろう。
後ろをちらりと見ると、ジークは口元に手を当てて微笑んでいた。
もっとも、口元に運ばれた手は震えていて、不快感を隠すことができていない。
王都三名家の一角を無視して、俺達は試験会場に向かう。
可愛い女の子に絡まれるのならまだしも、
あんな軽薄野郎に因縁を付けられるのは御免だ。
マトモに相手なんてしてられるか。
ジーク、だっけ。
ありがとう。
お前が掻いた恥は忘れないよ。
悪いけど俺、お前には興味ないんだ。
だってほら、アレだから。
俺はPCゲームにおいて、友人Aとの無駄話はスキップする派なんだ――