表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/170

第二話 己の立場を知る

 

 

 波風立たないように過ごすこと半年。

 何となくこの家のことが分かってきた。


 俺ことレジスは、このディン家の一人息子である。

 そして父親は、ナイーブで心配性な男――シャディベルガだ。

 年齢は32。


 彼は苦労人らしく、領内の政務をほぼ単独でこなしている。

 もっとも、そのおかげで領民からの人気は高いようだ。


 母親の名はセフィーナ。

 年齢は15。

 いや、俺が生まれてから一回誕生日があったから16か。


 つまり、だ。

 俺の両親は30過ぎの男と16の少女ということになる。

 これを犯罪と言うんじゃないだろうか。

 警察は今こそ仕事をすべきだろう。


 ただ、セフィーナは俺を産んだ後に体調を崩してしまったらしい。

 この半年、部屋にこもりっぱなしで静養している。

 夫のシャディベルガでさえ、たまにしか会えないようだ。


 無論、俺は未だに面会すらしていない。

 産んでくれた母親を、一度も見ていないことになる。

 妙な話だ。


 鏡を見る限り、俺は母親似であるらしい。

 輪郭や声には、父親方の遺伝が働いてるみたいだけど。

 全体的に、シャディベルガの容姿は引き継がれていないようだ。


 そして、使用人のウォーキンス。

 年齢不詳。

 だけど見た目はどう見ても十代後半。

 主人であるセフィーナとは幼年時代から仲が良かったらしい。


 しかし、なんだ。

 ウォーキンスを観察していても、内面を察することができない。

 何かを企んでるわけじゃないんだろうけど。

 どこか不敵なオーラを放っている。


 最後に、他の小間使いが数人。

 これがディン家の住人である。

 ちなみに、この国における我が家の立ち位置はシンプルだ。


 いわゆる『没落貴族』。

 それがどういう意味で、どのような影響を俺に及ぼすのか。

 詳しく聞いたことはないのだけれど。

 まあ、ロクな話じゃないだろうから、今は知る必要もない。




 


 話は変わるのだが。

 俺は今、純粋な疑問を抱いている。


 下世話な話なのだが、

 俺の食事風景は倫理的に大丈夫なのだろうか。

 この世界の人は実母が乳をやることが少ないみたいで、

 食事時には若い女性が授乳をしてくれる。


 小間使いの一人なのかな、この人は。

 何の抵抗もなしに、俺にカロリーを与えてくれている。

 こんなことは、相手が純粋な赤子だからできる話だよな。


 俺に自我があることを教えたら、一体どうなるのか。

 案外、光の早さで卒倒するかも知れん。

 不都合になることは言わないけどな。


「ふぅ、よく飲みましたねー」


 ナデナデと俺の頭を撫でてくる乳母さん。

 乳が出るってことは、子供を生んだということなんだろう。

 だけど、どうみても二十歳行ってるか怪しい外見だな。


 一体どんな男がこんな若い女の子を歯牙にかけたのか。

 この世界にはロリータなコンプレックスを持っている輩が多いのかもしれない。

 あやかりたいものだ。

 可愛い嫁さんを持ってさぞ幸せなことだろう。

 若干妬んでいると、部屋の扉が開いた。


「あ、終わりましたか。あとは私が引き受けましょう」


 入ってきたのはウォーキンスだった。

 手に幼児用の遊び道具を提げている。

 そして、妙な石を片手に握り、笑顔で近づいてくる。


 何というか、こいつは油断ならないな。

 とぼけてるように見えて、その実はしっかりしてるタイプだ。

 しかもかなりのイタズラ好きときている。

 かくいうあのシャディベルガも、彼女には苦手意識を持っているようだ。


「聞いてください、レジス様。

 今日は面白いものを盗賊から奪って来たんですよ。

 ほら見てくださいこれ、探魔石マジックサーチストーンッ!」

「……あぅ」


 俺は力なく返事をする。

 というか今、盗賊から奪ってきたとか言わなかったか。

 深追いするのも何なので、素直に頷く。


「あれ? やっぱりレジス様。

 何となくですけど、私の言ってることを理解してますよね。

 さすがレジス様、早熟にして賢明!

 もっといっぱい勉強して、私に楽な金策を教えてくださいね」


 そんなのがあったら俺が教えてほしいわ。

 前世でどれだけ金に困ったと思ってる。

 辟易しているとウォーキンスは身体を抱え上げてきた。


「このウォーキンスが、全身全霊を持って遊んで差し上げます」


 これだ。

 運動機能的に、そろそろ這い這いで動けそうなのだが。

 試そうとすると、ウォーキンスや他の小間使いが止めてしまう。

 過保護も困ったものだ。


「さてさて、ではこの部屋で……」


 ウォーキンスが連れてきた場所は、本がぎっしり詰まった書庫だった。

 情報の山である。

 彼女は俺をマットの上に寝かせると、妙な石を手に取った。


「この探魔石はですね、素肌にかざすと潜在魔力が分かるんですよ。

 多くの魔力を秘めていれば赤く光り、その才能がなければ砕け散ります。

 『同職連盟』が持っている水晶と違って、精度はイマイチなんですけど。

 大雑把な魔力チェックでしたら、この通り――」


 ウォーキンスは俺の服の裾をめくると、探魔石を腹に押し当てた。

 ひんやりとした冷たい感覚。

 しかし徐々に石が熱を持ってくる。

 体感温度がグッと上がっていく。


 30度。

 40度。

 50度――


 嫌な予感がする。

 どんどん熱が上がり、収まる様子がない。

 異変に気づいたのか、ウォーキンスが首をひねる。


「簡単にできちゃう石なので……って、あれ? 何か熱い?」


 今さら気づいたのか。

 もう火傷の一歩手前だよ。

 探魔石は莫大な熱を孕み、淡い光を石の奥に宿していく。


 すると次の瞬間。

 石が完膚なきまでに爆散した。


「……ぐぅ、あッ!?」


 鼓膜を突き破らんばかりの轟音。

 網膜を焼きつくすような眩しさが、俺の視界を奪う。


「レジス様ッ!」


 しかしウォーキンスは動じず、優しく体を被せてきた。

 一瞬混乱しかけたが、彼女のバニラアイスの匂いで落ち着きを取り戻す。


 光が次第に収縮していく。

 石は形を崩して粉々になり、最後には塵だけが残った。

 ウォーキンスは俺から身体を離すと、砕けた探魔石をまじまじと見る。


「こ……これは」


 正直、嫌な予感しかしない。

 石が砕けたということは、魔力の才能がないということ。

 これだけ怖い思いをしたというのに、まさかの無能なのか。

 ショックで卒倒しかけていると、ウォーキンスが口を開いた。


「……光と熱が強すぎて、砕け散っただけみたいですね」


 石の断面を吟味し、彼女はそう決定づけた。

 一通り確認すると、石を窓の外に放り投げる。

 そして、電光石火の勢いで俺に飛びついてきた。


「すごいです、レジス様!

 あんな反応見た事ないですよ!」


 ウォーキンスは興奮冷めやらぬといった様子だった。

 俺を抱え上げ、高い高いしながら喜んでいる。

 

「王国の上位魔法師でも、ヒビを入れるのは難しいのに。

 このような御仁に仕えられて、ウォーキンスは嬉しいです!」


 よく分からんが、いい結果を出せたみたいだな。

 俺も喜んでおくとするか。

 顔を綻ばせようとしたその時――


「お、おいウォーキンス!

 書庫の扉が吹き飛んでいるじゃないか!」


 シャディベルガが狼狽して飛び込んできた。


 よく見たら部屋の扉がどこかへ消えている。

 さっきの轟音は、扉がご臨終になった音だったのか。

 豪奢な飾りがしてあった気がするな。

 年季が入っていたとはいえ、それなりに価値があったんじゃないか。


「国王にお金を献上したばかりなのに……。

 また僕の私財から修理費を出すのか?」


 シャディベルガの表情に暗雲が立ち込める。

 そんな彼を、ウォーキンスは明るく宥めようとしていた。


「まあまあ、そんなことは置いといて。

 あなたのご子息はとても将来有望ですよ」

「置いとける問題じゃないだろ。

 また僕がセフィーナに言われるじゃないか」


 シャディベルガはため息を吐く。

 しかし、ウォーキンスは悪びれずボソリと言った。


「虐められるのが好きなくせに」

「好きじゃない! 雇い主になんてことを言うんだ!」


 火に油を注いでどうする。

 まあ、ウォーキンスの場合、その辺りまで計算してそうだけど。


「何を勘違いしているのか分かりませんが、

 私の雇い主はセフィーナ様ですよ? ねー、レジス様ー」


 同意を求めつつ、楽しそうに微笑んでくるウォーキンス。

 対して、嫁の雇った使用人に悪戦苦闘するシャディベルガ。

 どっちが上の立場だか分かったもんじゃないな。


 とはいえ、論争している二人の顔はとても活き活きしている。

 シャディベルガも本気で怒っているわけではないようだ。

 ウォーキンスは俺を軽く揺すり、返事の催促をしてくる。


「レジス様は、私の味方をしてくださいますもんね」

「赤子に立場の保証をさせようとするんじゃない」

「……あぅ」


 今ひとつ、この家の人間関係がわからない俺だった。




 シャディベルガとウォーキンスが楽しく言い争っている最中。

 俺は床に目を落としていた。


 この部屋には沢山の本がある。

 衝撃で崩れ落ちた本は、ページが開いたままだ。

 ざっと目を通してみたが、どうやら字は読めるようだ。


 こと勉学においては赤点を取りまくっていただけに、少し安堵した。

 この世界のことを知っておいて損はしないだろう。


 扉がなくなったお陰で、書庫に出入りできるようになったわけだし。

 渡りに船というやつか。


 正直な話、魔法という概念について知識を持っておきたい。

 修練を積めば、RPGのように魔法も打てるのだろうか。

 もしそうだとしたら、胸がときめいてくるな。


 ウォーキンスの言葉を信じるのであれば、俺には多分魔法の適性がある。

 取っ掛かりになる力があるのなら、伸ばしていくだけだ。

 今度こそ、後悔しないよう生きるのだから。


 俺は内心で誓いつつ、

 当主と使用人の戦いを傍観していたのだった。





     ◆◆◆





 ちなみに数日後。

 書庫での一見を聞いたセフィーナに、シャディベルガが呼び出された。

 嫁に久しぶりに会えるとあって、彼も本望だろう。

 が、そんなことはなかった。


 待つこと数十分。

 シャディベルは死人のような目をして部屋から出て来た。

 寒いわけでもないのに震えており、何故か歯の根も合っていなかった。


 シャディベルガはフラフラと俺の近くに腰を下ろす。

 どうやら、身の毛もよだつ恐ろしい体験をしたようだ。

 放心状態の彼に、通りがかったウォーキンスが声をかける。


「おや、シャディベルガ様。どうなされました?」

「……なんでもない」

「ふふ。相変わらずセフィーナ様も容赦がないですね」


 ウォーキンスは苦笑する。

 何があったのか察しがついたようだ。

 彼女は俺の頭を撫でながら、思い出したように言った。


「そういえば、セフィーナ様が一度レジス様に会いたいと言っていました。

 体調が回復した暁には、連れて行って差し上げましょうか」


 勘弁して欲しい。

 この惨状を見て、会う気になると思っているのか。

 シャディベルガは俺の肩にポンッと手を置いてくる。


「……死ぬなよ、レジス」


 お前も不吉なことはやめろ。

 前世なら数珠を叩きつけているところだ。

 

 まあ、真面目な話。

 セフィーナも赤子相手に無茶なことはしないだろう。

 自分の子供は、目に入れても痛くないと言うことだし。

 刺激しなければ、地雷も踏むまいよ。


 もし会うことがあれば、慎重に事を運ぶとしよう。

 いつか来る邂逅を思って、俺は震えていたのだった。

 

 

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ