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第二十話 決着

 

 

 

 え……何してんのお前。

 観客たちの心の声が聞こえてくる。

 ドゥルフを応援している連中ですら、口を半開きにして呆けていた。

 シュターリンを苦しめていた炎が消え失せる。


 焼け焦げた鎧を脱ぎ捨て、奴は立ち上がった。

 耐性があるとは言っても、直接炙られたら強度に限界があるみたいだ。

 上質な素材で編み込まれた鎧は、見る陰もなくボロボロになっている。


 これで、この我慢比べは互角の条件になった。

 とは言え、勝率がグッと上がったのは敵の方だろう。


「な、何をしてるんだレジス!」

「…………」


 シャディベルガがあたふたしながら声を飛ばしてくる。

 ウォーキンスは変わらず、静かに両手を合わせていた。

 太刀を構え直すシュターリン。

 奴と相対した瞬間、また脳内に声が響いてきた。


(……抵抗するなよ。貴様の命が消えた時、ナイフは父殿に返却してやろう)


 ああ、やっぱりそうか。

 俺を殺すまで、ナイフを脅しに使うつもりだ。

 打ち合わせがしてあったのか、シュターリンが斬りかかってきた。


 俺はその一撃を、避けることなく受ける。

 痛烈な衝撃とともに、左脇腹が斬り裂かれた。


「……がッ、ぐッ」


 熱い感覚。

 痛覚神経が焼け切れそうだ。

 だが、俺はそんな攻撃で屈しない。

 すぐに直立する。

 そんな俺を見て、シュターリンは剣呑な目つきになった。


「……終わりだ。冥界を惑え、没落貴族」


 刀をチャキリと交差させ、奴は詠唱を開始する。

 それは奇しくも、対処が絶対に不可能な魔法だった。

 以前に見た絶望が、再び目の前に姿を現す。


「……狂い惑いし獄宴の一閃。

 我が二刀に宿る醜神――『カオス・ストロゥク』」


 奴の身体がブレる。

 思い切り目の焦点を合わせようとする。

 しかし、力を入れるほどに霞んでいく。

 まるで掴み所のない、蜃気楼のようだ。


 シュターリンが斬り掛かってくる。

 だけど、抵抗はしない。

 今ここで歯向かえば、全てが無駄になるから。


 首を落とそうと横薙ぎが入る。

 絶命だけは勘弁なので、回避行動だけは取る。

 だが、避けきれるはずがない。


 熟練の傭兵ですら見破れなかったのだ。

 接近戦の経験が少ない俺に太刀打ち出来るはずもない。

 剣閃が鎖骨の辺りを通過した。


 先程とは比べ物にならない鋭い痛み。

 流石に耐え切れず、喉の奥からうめき声が漏れた。


「……ぐ、ぐぁ」


 そのまま地面に倒れこむ。

 すぐに膝を立てる。

 だが、もうそこには太刀が待ち構えていた。

 殺される。

 本能でそう感じた瞬間――



「せぁあああああああああああああああああ!」


 狂犬のような咆哮。

 百年の眠りすら覚める大声が聞こえてきた。

 リングの上から発せられた声ではない。

 この凛々しい気合の発生源は――



「エドガー・クリスタンヴァル、見参ッ!」



 その声と同時に、観客席から破砕音がこだましてきた。

 階段状の席が四段ほど粉々になり、周囲の人間から悲鳴が上がる。

 いきなりの闖入者が、会場の静寂を打ち破った。


 俺の家のナイフを人質に取っていた、卑劣な暗殺者。

 奴は会場の端まで吹っ飛ばされていた。

 だが、立て直しが早い。

 観客席から一瞬で立ち上がり、エドガーを睨みつける。


「……チッ、不意打ちか」

「暗殺を仕出かそうとしたお前たちだ。まさか卑怯なんて言わないよな」

「……貴様、このナイフが見えないのか?」

「ああ、綺麗なナイフだな。このままあたしが貰いたいくらいだ」


 エドガーは挑発するように笑みを浮かべる。

 その手には、装飾の派手なナイフが握られていた。

 余裕の表情のまま、ナイフを手元に隠すエドガー。

 その行為に、暗殺者の目が見開かれる。


「……ば、馬鹿なッ。ナイフはここに――」


 己が握っていた物を。

 いつの間に。

 そう思っていることだろう。


 その証拠に、奴は焦ったように手元を確認した。

 だがそこには、しっかりとジルギヌス家のナイフがある。

 その瞬間、暗殺者の眼前に小さな影ができた。


「ありがとう、よそ見してくれて」


 涼しい声が大気を揺らす。

 エドガーは渾身の力を込めて、ナイフを投擲していた。

 一瞬怯んでしまった暗殺者。

 当然避けることが出来ない。

 右肩の付近を、鋭いナイフが刺し貫いた。


「……ぐぁッ! き、貴様ッ!」


 しかし、痛みには慣れているのか。

 暗殺者は顔を歪めながらも肩からナイフを抜く。

 二刀流で戦う者にとって、致命的な怪我を負ったな。


 アレは俺が王都に来た時に購入した安物ナイフ。

 紋章が彫ってある柄さえ見せなければ、

 ジルギヌス家のナイフにそっくりな物だ。

 一瞬の隙を生ませるために、事前にエドガーに渡しておいた。


「これで終わりじゃない。行くぞ」


 エドガーは直剣を抜いた。

 それに呼応して、暗殺者も静かにナイフを抜く。

 右と左に、一本ずつ。

 シャディベルガを襲撃した時と全く同じだ。


 右肩を負傷したはずなのに、奴は傷をかばうような挙動を見せない。

 隙のない構えで、エドガーを睨みつける。


「……勝てると思ったか。我が兄に勝てぬような、愚者が」

「ほぉ、ならお前はその兄より強いのか」

「……無論。この決闘も、本来なら小生が、出るはずだった。

 下らぬ怪我を、負ったせいで、兄に任せることに、なったがな」


 暗殺者は言い切ってみせる。

 今俺の首に太刀を当てているシュターリン。

 こいつよりも、秘めた力は強いらしい。


 ちなみに、今シュターリンは黙って観客席を見つめている。

 俺をいつでも殺せる余裕があるのだろうか。

 奴は俺の首元に太刀を当てたまま、観客席を見ていた。


「……邪魔が入ったか。

 だが見ていろ、我が弟が貴様の希望を砕く様を」


 ああ、そういうことか。

 援軍が到来して、士気が確実に上がっている俺。

 しかし、それがぬか喜びであることを知らしめたいのか。

 そして絶望に沈む俺を見下した上で、殺すと。


 弟がエドガーに負けるはずがない。

 こいつはそう思っているのだろう。

 その自信は、今までの実績から生まれた確かなもの。


 シュターリン兄弟。

 弟が倒れても兄がいて、兄が砕かれても弟が砕き返す。

 連携が生み出す脅威は、身を持って知っている。


 観客席は、阿鼻叫喚状態だった。

 衝突しようとしている二人から距離を取ろうと、貴族が逃げ惑う。

 蜘蛛の子を散らした虫けらのようだ。

 いつもお前らが誇示している貴族の矜持とやらはどうしたのか。


 エドガーも気持ちは同じのようで。

 周りの状況を見て、クスクス笑っている。

 そして、エドガーは暗殺者を剣呑な目つきで見据えた。


「さて、一戦やってみるか」

「言っただろう。

 我が兄にすら勝てぬ蛆虫に、遅れを取るはずがないと」

「口では何とでも言えるからな。

 それに、地下での一戦が本気だなんて誰が言った?

 あの時は不覚を取ったが、今なら出せるよ。――紛れも無い本気を」

「……ふん。ならば、見せてみろ」


 暗殺者が迅速な動きで接近する。

 怪我をした右半身を軸にして、ナイフを振るった。

 エドガーはそれを間一髪で避ける。

 そして、思い切り後ろへ跳躍し、距離を取った。


 暗殺者は再び突撃しようとする。

 しかし、その前にエドガーの魔法が発動していた。


「爆ぜる炎剣天空へ突き刺す。

 燃ゆに燃えゆく真紅の楔――『エンチャント・ファイアー』ッ!」


 その瞬間、爆ぜるような炎が直剣を纏った。

 エドガーはかなり火力を強めているのか、剣から火柱が吹き上がる。

 彼女の目つきが狂犬じみた、凶暴なものになる。


 前にその魔法を発動した時は、武器が仕込み杖だった。

 そしてシュターリンと戦った時も仕込み杖。


 だが、今は違う。

 今エドガーが握っているのは、巨大な直剣。

 恐らく傭兵時代に使っていたものだろう。

 身の丈ほどもある巨剣を、自由自在に振り回している。


 何という馬鹿力だ。

 傭兵の時を思い出したのか、

 エドガーは好戦的な笑みを浮かべる。

 それに対し、暗殺者が嘲笑するような声を上げた。


「……見掛け倒しが。剣自体の攻撃力はさして変わらん」

「さらに、上位エンチャント魔法――」

「……なにッ?」


 エドガーが思い切り剣を振り上げる。

 そのまま斬りかかるかのような威圧感。

 その状態で、一際盛大な詠唱を行った。


「来たれ炎神、我は其が守り手。

 一の太刀にて邪を打ち払え――『ホーリー・バースター』ァアアアアアア!」


 垂れ流しになっていた炎が、全て剣に集約される。

 先ほどまで火柱を噴いていた刀が、紅く輝く。

 とんでもない密度で、大剣に炎熱が宿っている。

 まるで赤い宝玉で作った宝剣を、握り締めているようだ。


 エドガーの姿は、炎の精霊のように神秘的だった。

 傍観を決め込んでいた他の観客が、悲鳴を上げて逃げ惑う。

 その絶叫の中心で、エドガーは気勢を上げた。


「行くぞ、消し飛んでしまえ」

「貴様ッ、それほどの炎が――」


 極大の剣から発せられる業火。

 見ているだけで目がやられてしまいそうだ。


 暗殺者は思わず一歩引いてしまう。

 しかし、エドガーの踏み込みのほうが早かった。

 一瞬で間合いを詰めた彼女は、一刀のもとに剣を薙ぎ払う。


 両ナイフを重ねて防御する暗殺者。

 しかし、そんなもので防げるわけがない。

 ナイフの素材を溶かし、刀身で砕き去り、そのまま暗殺者に鋭い一閃を放つ。

 ――闘技場に、揺れるような爆砕音が迸った。


「……ぐ、ぐぉあああああああああああああああ!」


 上半身を斬りつけられた暗殺者。

 恐らく、シュターリンと同じ耐熱鎧を着ていたのだろう。

 だが、その鎧は無残に焼け焦げ、素肌がむき出しになっていた。


 辛うじて生きているようだ。

 しかし、観客席に熱で張り付いてしまって、動けなくなっている。

 あの攻撃を受けて、なお生存。

 凄まじい生命力だ。


 しかし、勝敗は決した。

 とんでもない一撃を放ったエドガーは、疲れの色を顔に浮かべる。

 倒れた暗殺者を見て、ふぅっと息を吐いた。


「……筋は断たせてもらった。

 もう二度と仕事は出来ない。殺し合いだ、悪く思うな」


 魔法を解除して、剣を仕舞う。

 暗殺者に近づいて一本の刃を拾い上げた。


 豪奢な装飾がなされたナイフ。

 それは、ジルギヌス家とディン家の統合の象徴。

 それを取り戻したエドガーは、俺を見て叫んだ。


「――あとはその男だけだ。勝てッ、レジス!」


 頼もしい一言。

 そうだな、もう遠慮はいらない。

 俺は固くナイフを握り締める。


 その瞬間、首元から金属音がした。

 同時に、頭上から苛立った舌打ち。


「……チッ、愚弟が。

 負けるゴミと、同じ腹から生まれたと、思われたくない」

「…………」

「……まあいい。

 貴様を殺せば、この勝負は我の勝ち。今度こそ、死ね小僧」

「なあ、お前さ」


 そこで、俺は口を挟んだ。

 今こいつは、何て言ったのか。

 あまり人間関係に頓着しない俺ですら、無性に苛立ってしまう。

 これ以上こいつの言葉を聞いていると、我慢がならなかった。

 俺の言葉に、シュターリンが首を傾げる。


「……なんだ、遺言か」

「お前に言ってるんだ。家族を何だと思ってる」

「……ただの他人だ。

 生きていく上で、利害が一致しているから、つるんでいるに過ぎん」

「薄っぺらい野郎だな、お前」

「……ふん。一体、何が言いたい」


 シュターリンが眉を歪ませる。

 なぜ己が侮蔑されたか、それが分からないのだろう。

 こんな俺ですら、ゴミのような人生を送ってきた俺ですら、

 家族が大切なものだって分かるんだ。


 なのに、お前はどうだ。シュターリン。

 無言で見下ろしてくる奴に、俺は冷たく言い放った。


「別に言いたいことなんてないよ。

 多分、どれだけ話し合っても俺とお前は相容れない」


 ふと、脳裏に妹の顔が浮かぶ。

 愛しかった。

 もっとあいつの前では立派でいたかった。

 祝ってやることさえ出来ず、離れてしまった存在。

 もう二度と、喪失感なんて味わいたくない。


「――だから俺は、お前を倒して家族を守る」

「……そうか、ならば幻想を抱いて、そのまま息絶えろ」

「当てられるのか? その太刀を」

「……なに?」


 怪訝そうな視線が俺に突き刺さる。

 もうアストラルファイアの炎は消え、殺される寸前まで来ている。

 だが本当なら、こいつは俺をさっさと殺しておくべきだった。

 弟がエドガーと戦っているのを悠長に見ていずに、とどめを刺すべきだった。


 見てみろ。

 せっかく火の勢いが弱い所で戦ってたのに。

 クロスブラストの炎がこんな近くまで来ている。

 熱いだけで命の危険はないが、この要素だけで俺には十分すぎた。

 最後の詰めが甘いから、こうやって牙を剥かれるんだ。


 俺は奴の呼吸を外すように、思い切りサイドステップをした。

 それを見て、シュターリンは大太刀を横に薙ぐ。


 その瞬間、俺は膝をほんの少しだけ屈めて、揺れるような動きをした。

 すると、剣閃は俺の頭の少し上を通過して行く。


「……なんだとッ!?」

「陽炎だよ。これだけ燃え盛ってたら、光の屈折だって起こるさ」


 太刀の範囲から逃げて、ナイフを構え直す。

 リングのあちこちで発火しているこの状態で、

 通常と同じ剣が振るえると思っているのか。

 少なくとも、動き回る対象物に剣を当てられるはずがない。


 俺のナイフだって、こんな灼熱状態じゃ役に立たないだろうしな。

 当たったとしてもかすり傷。

 急所に当てられる環境じゃない。

 倒すには程遠いダメージだ。


 だから、ここまでナイフを全面に押し出す戦いをしなかった。

 クロスブラストで逃げ場を削り、この離れた立ち位置を確保した。

 そして、時は来た。

 今こそ、勝負を決める魔法を発動しよう。


「打ち所が悪いと死ぬと思うから、防御してくれよ」

「……戯言を、言うなッ!」


 距離を詰めようとしてくるシュターリン。

 だけど、炎に阻まれて迂回せざるを得なくなっている。

 それを見て取って、俺は全身の魔力を絞り出した。

 全ての潜在魔力を表面へと押し出し、一気に詠唱する。


「放つ一撃天地を砕く。

 墜ちる極星、核まで喰らう――『メテオブレイカー』!」


 風圧で炎が一層激しくなる。

 たった今、俺の全魔力を消費して、この魔法を発動した。

 エドガーやこの男が得意とする、『エンチャント魔法』。

 その中でも、修得が破滅的に難しい『達人編』の上位魔法だ。


 修行時に全ての魔力を使い、

 かつ身を砕かれるような激痛に襲われ、

 それを幾度も繰り返さなければ、決して修得できないゲテモノ。

 修得するには、星一つが潰れる痛みを全て一身に受けないといけないとか。


 なるほど、道理で何度も気を失ったわけだ。

 ウォーキンスとの修練中、何度死にかけたことか。

 エンチャント魔法の研究者ですら、敬遠する魔法らしいからな。


 昨日完成しなかったら、激痛に苛まれながら今日に挑む所だった。

 良かった、ギリギリで間に合って。


 この魔法は身体に異常な強化作用をもたらす。

 全ての魔力を力に変え、ただ一撃で全てを放出するもの。

 高リスクで割に合わないにも程がある。

 馬鹿馬鹿しすぎる。

 だけど、それでも、だからこそ。

 俺に最適な魔法だ。


「――これで、お前を、倒すッ!」


 舌がもつれる。

 腕が痺れる。

 頭が頭頂部を境にして真っ二つになりそうで、

 胃はひっくり返されてサンドバックにされてるみたいだ。


 この魔法、中には発動してショック死する奴もいるらしい。

 でも、あの病気ほどじゃない。

 前世で俺が患ったあの病に比べたら、こんなものが何だ。


 発動に成功させ、ひたすらシュターリンを睨みつける。

 俺の形相が恐ろしいのか、奴は目を見開いて驚いた。


「……貴様、その状態で――」

「行くぞ、動くなよ」

「……くッ」


 後ずさろうとするシュターリン。

 しかし、背後から死へと誘うように炎の手が伸びてくる。

 たまらず左右を見るが、そこは灼熱の海だった。


 異常な程の魔力を投入して、クロスブラストを発動したんだ。

 あまり上位とはいえない魔法とはいえ、

 リング一面を火で覆うことくらいは出来る。


 後ろ、そして右左。

 どこにも逃げられる場所はない。

 諦めたのか、最後に正面を向き直したシュターリン。


 そこにじわじわと、膨大な力を溜め込んだ俺が近づいていく。

 それを見て、シュターリンの顔が引きつる。


 濃厚な死の予感。

 死線をくぐり抜けてきたからこそ分かる、直感だろう。

 恐れでガチガチになっている。


「動けないよな。俺はずっと待ってたんだ。この位置関係を」

「……く、来るなッ」

「いい機会だ。あいさつしてやらないとな。お前の主人にも」

「……やめろぉおおおおおおおおおお!」


 シュターリンが踏み込んでくる。

 進退窮まって、ついに突撃してきた。

 大太刀を頭上に振り上げ、俺の命を消し去ろうとしてくる。


 それに対して、俺は一振りのナイフを突き出した。

 そのまま、シュターリンの腹部に突き刺す。

 奴の太刀は俺の胸のあたりを掠めただけ。


 ここからだ。

 メテオブレイカーで強化されたパワーを、一気に解き放つ。



「――喰らえ!

 メテオ、ブレイカァアアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!」



 突き刺さったナイフに力を込め、思い切り振り上げる。

 すると、奴の足が空中に浮いた。

 辺りで荒れ狂う炎の触手が、奴の身体を発火させる。


 ナイフ一本で、空中へ持ち上げられたシュターリン。

 身体を貫かれ、炎で身を焼かれながらも、まだ意識があるようだ。

 執拗に太刀で俺の頬を削り取ってくる。

 しかし、勢いが弱すぎて無意味。


 これが、最後の攻撃だ。

 俺はドゥルフの方を睨みつけた。

 死にそうな激痛の中で戦う俺の顔。

 それは奴の眼から見て、どのように映ったのだろう。


 観客席で震えるドゥルフは、怯えたように声を出した。

 俺がこれから何をしようとしているのか。

 察しがついたのだろう。

 奴は怯えたような声で、俺に叫び散らしてきた。


「やめろ、やめてくれッ!」

「何をだ」

「わしの負けでいいから、それだけはやめるんだッ!」

「……それを俺が認めると思ってるのか?」


 冷たく言い返す。

 すると、全身から脂汗を吹き出しながらドゥルフは甲高い声を出した。


「……よし、分かった! ウォーキンス殿は諦めよう。

 そのゴミも好きにして構わん。だから、だから――」

「黙れ。言うのが遅すぎたよ、お前は。

 親父に重傷を負わせた件。

 ウォーキンスを不快にさせた件。

 エドガーの店を襲撃した件。

 そして俺の神経を逆撫でした件――」


 そこで俺は言葉を一旦区切る。

 大きく息を吸い込んで、声を出す準備をする。

 そして可能な限りの激怒を全面に押し出し、思い切り吼えた。

 


「――全部、償えよ大豚ァあああああああああッ!」

「ひ、ひゃああああああああああああああああああああ!」



 観客席から転げ落ちるドゥルフ。

 周りの従者に助けを求めるが、我先にと逃げ出してしまう。

 誰も奴の周りにいなくなる。


 それが金と欲望で得た信頼だ。

 非常に脆く、壊れやすい。


 窮地に陥った時、誰も助けてくれない。

 それくらい、分かっていたことだろう。

 分かっていながら、俺達に手を出したんだよな。


「うぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!」


 渾身の力で、一歩踏み込む。

 強烈な衝撃で、着地した足から波紋のようにヒビが広がる。

 そして、シュターリンへの最後のトドメを兼ねて、

 思い切りナイフから打ち出した。


 遠心力をつけて、一気に投げ飛ばす。

 太陽の光を人影が遮る。

 天空へ吸い込まれそうな勢いで、飛んでいったシュターリン。

 奴はある一点へ向かって加速していく。


 そう。周囲を見て喚いているドゥルフに向かってだ。

 飛来するシュターリン。

 それが直撃する寸前。


 雇用主は断末魔の悲鳴を上げた――


「ひぎッ、ぎぃやぁああああああああああああああああああ!」


 醜い叫び声の後、大地を揺るがす破砕音。

 リングが軋み、観客席が土煙を上げる。

 周りにいた従者らも巻き込んで、派手な爆砕を起こした。


 周りの貴族は叫びもせず、ただ息を飲んでいた。

 目の前で起きたあり得ない事に。


 煙が晴れると、無惨な光景が広がっていた。

 潰れた虫のように、シュターリンは観客席にへばり付いている。


 生きてはいるようだ。

 しかし、肺や肋骨が全てダメになったのだろう。

 血を大量に吐いて、そのまま動かなくなった。


 もっと酷いのはドゥルフだ。

 超速で飛んできたシュターリンに直撃され、壁と飛来物に挟まれたのだ。

 全身の骨が砕けたのか、無惨に地に伏せている。

 ただ、厚い肉塊で命だけは助かったようだ。


 しかし、その脂肪が悲劇を巻き起こす。

 発火しているシュターリンに接触したことで、身体が盛大に燃え上がった。

 奴は失神しながらも、まだ業火に焼かれ続けている。


 すぐに職員連中が水を持って来て消したが、相当な火傷を負ったようだ。 

 醜い顔が、一層ひどく歪んでいる。


 だけど、特に何も思わない。

 己の所業で、厄災を引き寄せたのだ。

 謀略を繰り返してきたドゥルフに相応しい罰だ。


 そんなあいつに、一つだけ言っておきたいことがある。

 俺は観客席を見て、静かに吐き捨てた。


「……一生その傷を身体に刻んで生きてろ。

 そして悪事を犯す時に思い出せ。

 世の中には、相手にしちゃいけない人種がいるってことを」


 リングの外に退避していた立会人が戻ってくる。

 戦闘不能になったシュターリンと、未だリングに二本の足で立つ俺。

 その光景を見て、彼女は高らかに宣言した。


「ホルゴス家決闘人、戦闘不能。

 そしてディン家決闘人にも追撃の意志が無いと見なし、

 決闘法補足条規第十九条を適用。

 勝負の続行不可能、及び試合放棄により、ディン家の勝利としますッ!」


 その瞬間。

 闘技場に悲鳴の嵐と歓喜の波が到来した。


 ドゥルフの恩恵を受けていた上層貴族が怒り狂い、

 逆に圧迫されていた周辺貴族が口々に称賛してくる。

 心地いい罵声と賞嘆が、交互に頬を撫でた。


 ふとエドガーの方を見る。

 彼女は俺と目が合うと、ビッと親指を立てた。

 疲れているみたいだが、怪我も大したことはないみたいだ。

 俺は微笑み返して、シャディベルガ達の方に目を向ける。


 シャディベルガは俺を見て何も言わず、ただ頷いた。

 信じていてくれたのだろう。

 その隣では、ウォーキンスが目尻に涙を浮かべて喜んでいた。


 彼女に教えてもらったエンチャント魔法。

 アレがなかったら危なかった。


 たった三日でマスターするという無茶ぶりに、

 見事応えてくれたウォーキンス。

 俺は彼女に照れた表情で頷き返した。


 最後に天空を見る。

 どこまでも果てしない空が、目に映った。

 手を伸ばせば届きそうで、実はどこまでも遠い存在。


 俺はナイフを抜き、空に掲げた。

 太陽の日差しを受けて、ナイフが強い煌めきを放つ。

 銀の剣と金の盾の刻印。

 これは俺達の紋章。


 一つの確信と共に、ナイフをより高く掲げる。

 全ての貴族に見えるように。

 没落貴族でも、西部の覇者に勝てると知らしめるために。


 光が反射して、闘技場一帯を照らす。

 その発生源は言うまでもない。

 俺はゆっくりと頭上を見る。



 そこではディン家の紋章が、

 これからの栄達を約束するかのように光り輝いていた。




  

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― 新着の感想 ―
[気になる点] これで生かしたままだと読み手としてはストレスがたまる。リタイア。これなら最初からスローライフものを読む。残念。
[気になる点] 飛ばし飛ばし読んできました。え、決闘して、生きてるのと驚きました。人の死なないあまあまな設定で、技の名前をちからいっぱい叫んでいるのを読むと、少し違和感があります。主人公が幼いと、残酷…
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